ちょっと休憩~!
構ってくれる人が近くに見当たらなかったので、身動きが取れないでいるソルのもとへ向かった。
うーん、頭を突っ込んでいる体勢とはいえ、意外にも高さがあった。
おしゃべりしている間、ずっと見上げているのはきついな。あと、できれば座りたい。
――ソルさんや、前脚を中に入れられない?
――建物が壊れるぞ?
そうなんだよねぇ……。
ソルの体勢は、例えるなら車のサンルーフから頭を車内に突っ込んでいるような状態だ。
前脚を入れるとなると、周囲の天井を壊さないと無理だろう。
「愛し子、炎竜。どうしたの?」
先ほどまでお説教されていた土の精霊王だが、なぜか上機嫌な様子。
「動いたら建物が壊れそうだって言うから、どうにかできないかなって」
「じゃあ、天井をなくしてしまえばいいよ!こっちの方には仕掛けはないし!」
そう言って土の精霊王が手をパンッと鳴らすと、天井からザーッと何かが降るような音がし、ソルの体が見えた。
建物に使われていた石材を砂に変えたようだ。そして、その砂は床の石材の隙間に消えていく。
「これくらいでいいかな?あ、床もちゃんと強化したから、炎竜が乗っても平気だよ」
よくよく見ると、出入口付近の壁もなくなっていた。
確かに、これだけすっきりすれば、上半身くらいは入るかも?
『土の精霊王、感謝いたす』
「どういたしまして。じゃあ、私は他の仕掛けを見てくるから!」
土の精霊王が上機嫌なのは、この遺跡の特殊な仕掛けに興味を持ったからだったのか。
土の精霊王、知的好奇心が強そうだもんね。
とりあえず、周りの人たちにソルが体勢を変えることを周知してから、ソルに動いてもらった。
「ソル、もうちょっとこう……前脚を前に出せる?」
ソルは言われるがまま、私が指示した通りに床に伏せる。
「ちゃんと出入りできてる?」
「大丈夫ですよ。壁がなくなりましたから」
ソルが入れるようにしたとはいえ、この巨体だ。
騎士たちが出入りできなくなるのではと心配になり、ちょうど外から来た騎士に聞いてみた。
どうやら、思っていた以上の広範囲で壁も消されたらしい。
よし、これで完璧だ!
私はいそいそと、ソルの前脚の甲によじ登る。
――何をしておる?
――疲れたから座りたかったの!
さすがに地べたに座るのは令嬢としてアレなので、ソルの足なら問題ないはず。
――それに、みんな私を構う暇ないみたいだし、それならソルとおしゃべりしようと思って。
いつもなら、魔物っ子たちと遊んでいれば暇することはないんだけどね。
姿が見えないってことは、パウルにお留守番を言いつけられたのだろう。
服の中から白を取り出し、無心になってもみもみしまくる。
――みゅぅぅぅ……。
湯船に浸かったときのような、なんとも気持ちよさそな鳴き声を出す白。
白の好きなツボは知り尽くしているのだ!私の手からは逃げられまい!
白をもみもみしながら、ソルと念話でおしゃべりをする。
私が囚われていた間のことを聞いたけど、いろいろあったみたいだ。
わざわざヴィが直接、北の山脈にあるソルの住処まで出向いて、私の現状を説明したとか。
――とはいえ、お主が囚われている場所が闇のの住処だったゆえ、さほど心配はしておらんかったぞ。
――えー、そこは心配して欲しかったなぁ。
こっちは連絡手段がなくて大変だったのに!
――お主のことだ。囚われた先でものん気に遊んでおったのだろう?
――失礼な!あれは遊びじゃなくて、敵情視察です!ちゃんと逃げ道を探していたんだから。
建物の構造を覚えるのは大事でしょ!
逃げ出すチャンスが来たときに迷子になったら目も当てられないからね。
でも、他国の文化を知れたことは有意義だったと思う。
――そういえば、レイティモ山の子たちは大丈夫なんだよね?
レイティモ山の子たちを人質にされ、ヘリオス伯爵から脅されていた。
念話をした際に、ソルは心配ないって言ってたけど、何かしてくれたのかな?
――あぁ。お主から念話が来る前に、あやつの手先はすべて捕らえておったぞ。
あやつとは、ヘリオス伯爵のことだろう。
そのヘリオス伯爵はどこからともなく運ばれた椅子に座らされ、手足だけでなく、胴体まで椅子ごと縛られている。
ヘリオス伯爵はされるがままになっており、心ここにあらずな様子。ただ、側にいる軍人さんが気味悪がっているから、英語か日本語で何か呟いているのかもしれない。
ロスラン時代も同じように、口が悪くて、英語や日本語も話していたとしたら、側に仕えていた人たちは大変だったろうなぁ。
皇帝が意味不明なことを言っている!って。
まぁ、我が家の使用人とどっちが大変だろうか?
パウルがせっせと魔法でテーブルセットを作り、ジョッシュがテーブルクロスを敷き、椅子にクッションを置く。
シェルが大きな鞄からティーセット一式を取り出し、綺麗にセッティングしたと思ったら、魔法で水を出してお湯を沸かし始めた。
つか、こんなところにそれを持ってくるの!?
魔法か魔術の話をしていたであろうママンとお姉ちゃんが席につくと、またおしゃべりを再開する。
まぁ、あれだけしゃべっていれば、喉も渇くか。
「シェルがいるのにスピカがいない?」
魔物っ子たちがお留守番だから、そのお守りでも任されたのだろうか?
――獣人の小娘なら、シンキとともに魔物のところへ行ったようだぞ。
――レイティモ山ってこと?
――いや、クエンバ渓谷の魔物の方だ。
クエンバ渓谷?どこそこ??聞き覚えのない地名だけどなぁ。
――ふむ。精霊が使う名前だからわからぬのか。横穴がたくさんある渓谷のことだが……。
横穴……穴がたくさんある渓谷……あっ!
――お引っ越し組の住処!え……そっちの子たちに何かあったの!?
――我も詳しいことは知らんが、シンキと小娘もこちらに来るようだから待っておればよい。
つか、私がさらわれている間にいろいろ起きすぎじゃない?
ヘリオス伯爵、いったいどれだけ策を仕込んでいたのさ!ヘリオス伯爵の執念を感じてしまう。
お引っ越し組のことや森鬼たちのことをパパンに聞こうと思ったら、テーブルセットの数が増えていた。
さすがにママンたち以外は座ってないけど、神様の前でティータイムは不敬にならない?と、今さらなことを考える。
神様も暇しているかなと見やれば、神様もいつの間にか座っていた。
神様が座っている大きな石の椅子、あれも元は御神体っぽい大岩だろうか?
というか、なんかこんな感じの像を前世で見たことある気がする。
考える人はちょっと違うし……アメリカだったかなぁ?
ヘリオス伯爵に聞けばわかるかもしれないけど、今は聞きづらい。
「炎竜殿、失礼する。ネマを……ここにいたのか」
ヴィに話しかけられたソルは何かを察したのか、ヴィがすべて言い終える前に頭を少し動かし、私の姿を見えるようにした。
「食事を用意してあるそうだ。少しでもいいから食べろ」
「ごはん!」
一応パンは食べたけど、さすがにそれだけじゃお腹が空く。
というか、空腹を自覚してしまったからには何か食べたい!
私はソルの足を這い、爪先まで来ると滑り台の要領で滑り降りて……スタッと着地。
「百点満点!」
着地が綺麗に決まったことに満足していたら、ヴィにそういうところだぞと言われた。
意味がわからなくて聞き返そうとしたら、抱き上げられて舌を噛みそうになる。
抱っこするなら、一言告げてからにしてくれと文句を言えば、頬を掴まれむにむにされた。
口封じとは卑怯な!
「こにょひちくほーじめっ!」
「ほぉ、食事はいらないようだな」
「いりゅっ!!」
むにむにしてくる手を外そうと試みるも、子供の力では敵わない。
こうなったら最終兵器……。
「ほとーしゃまぁぁ!」
実は呼ぶ前から側で待機してた?と疑いたくなるほど、パパンの登場は早かった。
「ネマ、私が来たからには安心だ」
パパンがヴィの手首を掴んだと思ったら、ヴィが慌ててパパンの手を振り払う。
「熱かったぞ、オスフェ公」
パパンに文句を言いながら、掴まれた手をぷらぷらさせるヴィ。パパンが掴んでいた部分が、ちょっとだけ赤くなっているように見える。
もしかして、ヴィに魔法を使ったの!?一応、王太子だよ??
「娘に集る虫は焼き殺すのがオスフェ家の家訓でして」
いや、そんな家訓、初めて聞いたが?
悪びれもしないパパンは、私をヴィから奪い取ると、むにむにされた頬を優しく撫でる。
「可愛い頬が赤くなっているじゃないか!」
パパンは自分のハンカチを魔法で濡らすと、私の頬に当てた。
パパン、火属性の特級だから、水属性は苦手なはずなのに無詠唱とは……。さすがチート!
「いいですか、殿下。殿下は仮にも王太子なのですよ?いついかなるときでも、紳士の嗜みを忘れずに、ネマにも、カーナにも、指一本触れないようにしてください」
「仮にもとは、酷い言い草だな」
「言われるような行いをするからでしょう」
私を挟んで、応酬し合う二人。
私、お腹空いたんですけど……。
「父上、何をやっているのですか」
お兄ちゃんが気づいて、間に入ってくれた。
「なに、殿下に節度ある行動をお願いしていただけだ」
「気持ちはわかりますが、証拠が残るようなことはいかがかと思いますよ?」
お兄ちゃんはそう言って、ヴィに治癒魔法をかけた。
「ラルフ、お前もたいがいだぞ」
でもまぁ、お兄ちゃんに言われるのは仕方ないんじゃないかなぁ。ヴィはお兄ちゃんをこき使った前科があるわけだし。
突然、パパンの横から手が伸びてきた。
「ネマ。ここはお兄様に任せて、お母様と一緒に食事にしましょう?」
その手はお姉ちゃんだったので、パパンも渋ることなく、私を渡した。
ママンの隣の席に座らされ、すぐにお茶が注がれる。
「騎士団の方々から譲っていただいたのよ」
ママンがそう告げてから、私の目の前にある物が置かれた。それを見て、一気にテンションが上がる。
「パエルマンだ!」
「あら、ネマは知っていたのね」
あー、ママンやお姉ちゃんは知らなかったのか。
まぁ、貴族が食べるものじゃないしね。
パエルマンは騎士団に常備されている携帯食の一つだ。
形はショートブレッドのようなブロック型だけど、とにかく堅い。
ドライフルーツや食べられる種が練り込んであり、地球で言うところのビスコッティに似ていると思う。
食べる際はゆっくりと噛み砕き、水分もこまめに補給しないと、口の中が傷だらけになることもあるらしい。
蜜をかけたり、甘めのお茶やお酒に浸す食べ方もあるが、私はそのままボリボリ派だ。
素朴な甘みといろいろな種の香ばしさが感じられるのがいい。
私がなぜ味を知っているのかというと、竜舎や獣舎で食べさせてもらったから。
巡回するときや任務での出動の際、携帯食は必ず持っていくものなのだが、食べなかったり、予備の分は期限がきたら処分となる。
それらは、騎士たちがおやつや夜食として消費するか、処分品として騎士団関係者のみに廉価で販売されてもいる。
意外にも、騎士団の携帯食は引退した人たちに人気なんだって。
「……一個が小さい!?」
お皿の上に載っていたパエルマンは、ブロックではなくサイコロサイズだった。
堅いゆえに折ることはできるけど、切るとボロボロになるパエルマンなのに!?
「凄く堅いからって、パウルが切ってくれたのよ」
あぁ、パウルなら綺麗にカットできそう。
って、お姉ちゃんのお皿には蜜がかかっているし、ママンのお皿はジャムが添えられていた。
蜜もジャムも美味しそうだなぁ。
「おねえ様、一つちょーだい!」
「いいわよ。はい、あーん……」
「ありがとう!あーむぅ……」
蜜がたっぷりかかった部分をフォークに載せて、お姉ちゃんが差し出してきたので遠慮なくパクリ。
表面は蜜を吸って柔らかくなっていたが中は堅く、噛むたびにザクザクと音がする。
中にドライフルーツが入っていて、サクサク食感とともに、ほのかに酸味も感じられた。
蜜とドライフルーツで甘みがあるから、渋めのお茶に合いそう!
「おかあ様のも一つちょーだい!」
「この食思の強さは誰に似たのかしら?」
ママンは困った顔をしながらも、ジャムをたっぷりつけてから私にくれた。
ジャムはベリー系の果物っぽいけど、酸味もそこそこあるから、他の果物も混ざっているのかも?
その酸味で唾液が出るのも、口の保護に一役買っている。
ママンのはプレーン味で何も入っていなかった。でも、ジャムのクッキーみたいで、これはこれで美味しい。
そしてようやく自分のお皿の分を食べる。
私の大好きな、種がいっぱい入ったパエルマン。
アーモンドやクルミといったナッツ類に似たものから、カボチャやヒマワリの種に似たものまで入ってて、やっぱりこの味が一番美味しいと思う!
口の中をやっちゃわないよう、ゆっくり咀嚼していると、神様と目が合った。
そういえば、神様って食べたり飲んだりできるのかな?
日本の神様はお供物とかを食べていそうだけど。
教会には女神様の像しかないので、お供物されたとしても女神様の方へ行ってしまうとか?
ここで食べ物を渡したらどうなるか、凄く気になる!
ってことで、パウルにお願いして、神様の分も用意してもらう。
パエルマンが載ったお皿を神様のところへ持っていきながら、どうやって渡すか考える。
神様がいる場所は祭壇で高い位置な上、聖獣たちで埋め尽くされており、上がれそうにない。
「愛し子、それをどうするの?」
「神様にあげるのよ!」
風の精霊王が聞いてきたので、正直に伝える。
「創造主様は食べられないよ?実体ではなく、精神だけが来られている状態だからね」
「お供えしても食べられないの?」
「それを供えても食べられないのは変わらないと思うけど?」
風の精霊王の訝しげな表情を見て、これは意味が通じてないなと理解する。
神仏や御霊前にお供えしたからといって、お供え物がなくなるわけじゃない。
供えたもののエネルギーやお供えした人の気持ちを届けるものだ。
それに、お供えした物は傷んでないなら、お下がりとしていただくこともあり、無駄にすることも少ない。
そんな感じのことを説明しても、風の精霊王は首を捻るばかりだった。
「女神様の像に、感謝の気持ちでお花を捧げたりするでしょう?それと同じだよ!」
「まぁ、植物は自然のものだからわかるけど……」
どうやら、食べ物という部分が引っかかっているようだ。
「このパエルマンも元は植物だよ?」
パエルマンの主な材料は、麦もどきから作られた小麦粉もどき、砂糖もどき、卵、植物性の油と、ほとんどが植物を加工したものとなっている。
「そうなの?」
風の精霊王はなぜか土の精霊王に聞いた。
「……そうだね。ほぼ大地から穫れたもので作られている」
あぁ。土の精霊王だから、植物に詳しいのか。
でも、見ただけでわかるって凄いな!そういう、鑑定みたいな能力、私も欲しい。
「みんな食べているのに、神様だけ仲間外れはかわいそうだよ」
精霊は基本、水しか摂取しないので、精霊王たちには魔法で出した美味しい水が振るまわれている。
聖獣たちは気が向けば食べるスタンスな上、契約者が側にいないことも考慮して、こちらも水のみだった。
「まぁ、試してみるのもいいんじゃない?異なる世界でできていたのなら、この世界でもできるかもしれないし」
そんな軽いノリでいいのか?と思ったが、どうやら土の精霊王も気になるから試してみたいようだ。
そうだよねー、気になるよねーってことで、パエルマンはお皿ごと、風の精霊王が神様のところまで飛ばしてくれた。
たぶん、風の力で浮かせているんだろうけど、お皿がふよふよと飛んでいく光景はシュールだなぁ。
お皿が神様の膝の上に着地すると、ディーが興味を示す。
ふんふんとにおいを嗅ぐ姿は昔と同じなので、食べられるものかチェックしているのだろう。
ディー専用のおやつ……犬が食べても大丈夫なやつを与えていたので、ディーは人が食べているものを欲しがることもあった。
「ディー、それは神様の分だからねー!」
――がうっ!
いいお返事だけど、尻尾の振れ幅が大きくなっているんだが?分けてもらおうとしてないよね??
まぁ、ディーが食べてしまっても害はないと思うけど。
「神様、お召し上がりください」
声に出したのち、念のため心の中でもお祈りしておく。お供物だからね。
『ありがとう、愛し子。私だけに捧げられたものは初めてだ』
なんですと!?
詳細を聞いてみたら、創造神様と女神様、二人……じゃないや、二柱宛てのお供物は女神様と一緒にいただくのだとか。
神様はずっと偶像崇拝を禁止しているし、降臨など表立つことは全部女神様に任せているので、女神様経由でしかお供物は届かないんだって。
初めてのお供物だったら、もっと美味しいものがよかったんじゃあ……。
◆◆◆
そんな感じでみんな好きに休憩していたら、出入り口の方が何やら騒がしくなる。
「待て!今は駄目だ!!」
「うわぁぁぁん!ネマさまぁぁぁぁぁ!」
泣き叫びながら、猛スピードでこちらに向かってくる物体。
「あ……」
「ぎゃんっ」
スピカだとわかった瞬間、消えた……。いや、パウルによって地面に倒された。
「ネマさまぁぁごぶじでぇぇ、パウルさんひどいです、うぅぅ」
大泣きするスピカをよしよしと撫で、パウルから渡されたハンカチで顔を拭いてやる。
「あのままだと、ネマお嬢様が倒れてしまいますから。それより、創造神様の御前です。無礼ですよ」
涙を流しながらも、ぽかんと呆けるスピカ。
そして、ヤバい人物に遭遇したと言わんばかりに、私に目で訴えてきた。
「一応、神様がこうりんしているからね。身なり整えようか」
「……え、本当に?ただの像……」
じゃないんだなーこれが。
神様がスピカの視線に気づき、手を振る。
像だと思っていたものが動いて驚いたのか、スピカが固まった。
「情けないですね。……シェル、お願いします」
パウルはスピカを無理やり立たせると、スピカをシェルに押しつける。
そして、押しつけられたシェルは、スピカを引きずって端っこに連れていった。
小柄な体型のシェルのどこにそんな力があるのか、びっくりである。
「主、やっぱり無事だったな」
スピカのあとにやってきたのは森鬼だった。
それより、無事だったかっていう確認じゃなくて、なんで無事だと断定の言葉なの?
「無事だけどさ……」
ソルも森鬼も、もう少し心配してくれてもいいのよ?
「主の身に危険がおよべばわかる。それがなかったし、ナノが聖獣もいると言っていた」
私の不満を感じ取った森鬼が、無事だと思った理由を教えてくれた。
「前のように、俺が眠らされたり、主が眠ったままの方が危険だ」
ルノハークにさらわれた最初の事件、私と同じように森鬼もトラウマになっているのか。
気づいてあげられなかったのは申し訳ない。
私としては、愛し子の騎士だからとか、護衛だからとか気負わないで、好きなように過ごしてもらいたいんだけどな。
「とりあえず、今から原因に話を聞くから、これからは安全になるかも?」
「原因?聖主という奴か?」
私は首を横に振り、神様とだけ答えると、森鬼に怪訝そうな顔で見つめられた。
「あの像に神様がこうりんしているの」
「……あれに?」
あれって……あれでも一応神様だからね。
『待っていたよ、愛し子の守護者』
なんで?とも思ったが、考えてみれば森鬼も愛し子の関係者だったね。神様としても愛し子の騎士に会いたかったのだろう……。
「しゅご者? 騎士じゃなくて?」
どうして呼び方が違うのかと疑問に思っていたら、神様が理由を教えてくれた。
名称は定まっておらず、愛し子をサポートする存在を愛し子自身が選ぶため、その都度呼び方が変わるらしい。
愛し子の騎士というのは、ギィの騎獣であるロイをそう呼んだことから、ガシェ王国内で定着したものなんだって。
ロイはサイだし、サイの鎧のような皮膚に、角は槍の穂と考えると確かに騎士っぽくはある。
ちなみに、ロスランの守護者は通事様と呼ばれていたらしい。
通事様の意味がわからなかったのでママンに聞いたら、通訳の古い表現だとか。
「なんで通訳?」
ロスランも私みたいに魔物を連れていたとか?
いや、森鬼が魔物の通訳をしているのは、森鬼自身が魔物だったからで……。ってことは、ロスランの守護者も魔物だった??
ヘリオス伯爵に質問したら、んなわけあるか!ときっぱり否定された。
「あいつは同じエルフの里にいた幼馴染みのようなもんだ。オレがジェイリンと契約するまで、精霊の声を聞くことができなかったから、精霊の言葉を教えてくれていた。気づけば、オレが無意識に出す英語も理解している恐ろしい奴なんだ」
……リスニングだけで英語をマスターしただと!?
ワーホリやホームステイなど、嫌でも現地の言葉を使わないといけない状況なら、すぐに上達するという話は聞いたことあるけど。それでも、一応、日本人は義務教育時代から英語の基礎は学んでいるからね。
まったくの下地がないのに聞いて覚えるって、天才じゃん!
あと、何が凄いって、ロスランが無意識に口にする英語ならほとんどがスラングでしょう?
スラングって、その文化圏に馴染みがないと理解できない言い回しが多いのに、それを理解できているって半端ないよ!!
「ロスラン陛下の通事様といえば、ラウネルターナー家の開祖とされる、ゼダルゥフ・ジュビ・へヴァテェモス様のことか」
テオさん、エルフ族の発音しにくい名前を難なく口にしている!凄い!!
それにしても、テオさんが言ったラウネルターナー家って聞いたことある名前だね。確か、ライナス帝国でも重要なお家だと教えてもらったような?
「そうだ。エルフの名前は長ったらしいだろ?だから、爵位をやるときに、家名をターナーにしろって言ったら、簡素すぎて嫌だと言いやがったんだ、あの野郎!」
エルフ族の名前は長い上に発音しにくいから、改名しろと言いたくなる気持ちはよくわかる。
どちらも折れなかったため、折衷案として、皇帝のものを意味する『ラウネル』をつけることにしたんだとか。
「むかついたから、オレは意地でもターナーって呼び続けたが、あいつはオレが死ぬまで元の名前を使いやがった。子孫までそうだったら、ぶっ潰してやろうと思ったのによ」
ロスランは、エルフの里で育っても、エルフ族独特の感性は育たなかったようだ。
「ゼダルゥフの跡を継いだゼアナヴァル以降は、ずっとラウネルカーターを名乗っている」
その名前を聞いてようやく思い出した。
ゼアナヴァル・ジュビ・ラウネルカーターといえば、ライナス帝国の教科書に載っている偉人で、現宰相のゼアチルさんの曽祖父ちゃん!
二代目と三代目皇帝に仕えたエルフだけど、百年ちょっとで飽きたと言い残して失踪したというエピソードの持ち主。
数百年後にフラッと戻ってきたそうだけど、その間何をしていたのか、今もわかっていないそうだ。
信徒が全員お外につれていかれると、広間に閑散とした悲しさが漂う。お祭りやイベントが終わる頃の時間のような、独特な空気感よ。
これで神様と本格的に話せるようになったけど、どの話題からするのかも問題だ。
神様の話を聞くのか、こちらの疑問を問いかけるのか。
ヘリオス伯爵にロスランだったときの不平不満を言ってもらうのもありだが、長くなりそうな上に、放送禁止用語連発されそうなんだよなぁ。
ここは無難に、神様のお話から聞いてみるのがいいかな?わからないことや疑問点が出てきたら、そのときに質問すればいいし。




