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閑話 はずれ皇子と呼ばれていた僕。中編(アイセント視点)

レジーとアイヴィーは僕より二つ上で、エリザ姉様と同じ歳だった。

アイヴィーはおしゃべりで、レジーは大人しい。顔はそっくりだけど、性格は真反対な双子だ。

積極的なアイヴィーのおかげで、僕は二人と少しは仲良くなれたと思う。

庭で木登りをしたり、川に行って魚釣りもした。

全部初めてで、僕は上手くできなかったけど、アイヴィーもレジーも僕を馬鹿にすることは一度もなかった。


鉱山の見学に行くことになり、お祖父様が二人と仲良くなったのならと、一緒の馬車に乗せてくれた。


「殿下、途中から馬車を降りて歩きますけど、山登りできます?」


アイヴィーにそう聞かれたものの、山登りがどの程度なのかわからなくて答えに困る。

鉱山自体、見るのも初めてだし、山に登るのも初めてだから。


「……山は登ったことない。大変?」


「足が痛くなるかも?つらくなったらすぐに言ってくださいね」


そう言われて、僕は不安になった。

剣術の授業のおかげで、少しは体力ついたと思うけど……。


「無理するのはよくないです」


レジーもそう言うってことは、鉱山に行くのは大変なのだろう。


「わかった。すぐに言う」


二人にそう約束して、僕たちは馬車から降りる。

一応、整地されている道ではあった。ただ、ずっと坂道なだけで。


「殿下、大丈夫ですか?」


アイヴィーとレジーが代わるがわる、僕の様子を窺う。

しゃべる余力はないけど、なんとかみんなについていけている。

剣術の授業で走り込みをしていた成果だろうか?


「もう少しだから頑張って!」


レジーに励まされ、アイヴィーに水を分けてもらいながら、なんとか登り切った。

登っている間は木がたくさんある森だったのに、到着した場所は切り拓かれていて、小さな集落のようだった。

ただ、その集落の奥に大きな穴があるのは、長閑な光景には不釣り合いに思う。

ここで休憩してから、あの穴の中に入るらしい。

普段は鉱夫たちが使っている休憩所で、僕は双子とたわいもない会話をして、時間を潰す。


「そういえば、この辺りでしか見られない、ヒムリって鳥がいるんですよ」


「へぇ、どんな鳥なの?」


宮殿の庭にも野生の鳥がたくさんいるが、種類なんて気にしたことなかったな。


「一見、茶色のどこにでもいるような鳥なんですけど、翼の裏が綺麗な金色をしているんです」


僕にはそれが珍しいのかわからない。

宮殿にいる鳥の獣人の中には、翼の表と裏で色が違う者もいるし。ただ、みんな表の色より薄いか白っぽい色だったような気がする。


「すごく綺麗ですよ」


「アイヴィーもレジーも見たことあるんだ。僕も見てみたいな」


別に動物が好きというわけではないが、なんとなく見てみたくなった。

双子が互いに顔を見合わせると、二人の声が揃う。


「「見にいこう!」」


二人に引っ張られて、僕たちは外に出た。

勝手に動いていいのかなと思ったけど、僕の警衛隊も少し距離を置いてついてきているから大丈夫だよね?


「よく見かける鳥だから、すぐ見つかりますよ」


集落からほんの少し森に入った場所で、僕たちはその鳥を探す。


「あ、あれ!」


レジーが木の上を指差す。

茶色い、小さいとも大きいとも言えない大きさの鳥が枝に留まっていた。

アイヴィーが言った通り、すぐに見つかった。


はずれ(・・・)のお守りでここに来るはめになるとは思わなかったよ」


森の中から聞こえた声に、僕は思わず固まる。


「いいじゃないか、帰省の金が浮いて」


「わかってないな。はずれじゃ自慢できないだろ。テオヴァール殿下の目に止まるかもって、軍部に入ったのに」


「俺は楽ができるから、はずれ殿下でいいけどな」


「行こう」


固まっていた僕の手を、レジーが引っ張る。


「ちょっとレジー!?」


アイヴィーがレジーを呼び止めるけど、レジーは止まらなくて、どんどん森の中に入っていく。

集落から離れていくけど大丈夫かなって思ったとき、レジーの足が止まった。


「殿下、ごめんなさい。叔父さんが酷いこと言って……」


やっぱり、あの声はエスカト……ニール・エスカトの声だったんだ。


「レジー!ここら辺はまずいわ。戻りましょう!」


アイヴィーも追いかけてきたけど、なぜか不安げな様子だった。

そのとき、アイヴィーの大きな声に驚いたのか、数羽の鳥が飛び立つ。

木漏れ日に、綺麗な金色が煌めく。

僕は思わず、その鳥のあとを追いかけようとした。

だけど、数歩歩いたところで、足を滑らせてしまう。

その先はかなり急勾配な斜面になっていて、僕はそのまま滑り落ちた。

とっさに受け身は取れたけど、木にぶつかったりして少し痛い思いもした。

それくらいですんだのは、文様魔法が施された衣装のおかげだろう。

手のひらは擦りむいてしまったけど、骨が折れたり、大きな怪我はしていない。


「殿下っ!!」


上の方からレジーの声がした。


「僕は大丈夫!」


大丈夫と言ったものの、この傾斜を登るのは難しそうだ。

すると、レジーがゆっくりと斜面を下りてくるのが見えた。


「レジー、戻って!」


しかし、レジーは僕の言うことを聞かず、僕のところまで来てしまう。


「殿下……ごめん……ごめんなさい。ぼくがちゃんと場所を覚えていなかったから……」


レジーはぼろぼろと泣きながら僕に謝る。

アイヴィーが戻ろうと言っていたことから、この斜面があることを二人は知っていたのだろう。

でも、鳥に気を取られて動いたのは僕だ。レジーが悪いわけじゃない。


「レジーのせいじゃないよ。僕が気をつけなかったから……」


それでもレジーは泣きやんでくれなくて、僕は必死に彼を慰めた。


「僕ははずれだから公務もまだだし、少し怪我をしても問題ないよ」


「はずれじゃない!でんかははずれなんかじゃないよ……ぼくたちと遊んでくれたのに……」


先ほどよりも激しくなってしまった。しゃくり上げるレジーの背中を(さす)りながら、これ以上口を開くのはやめようと思った。


しばらくすると、上の方から慌ただしい音が聞こえてきた。

アイヴィーが呼んでくれた助けが来たのだろう。


「レジー、助けが来たよ。もう大丈夫だから」


警衛隊の誰かが下りてくると思っていたけど、一向にその気配はない。

どうしたんだろうって上を見ると、冬でもないのにひんやりとした、冷たい風を感じた。

冷たい風と一緒に、見たことない、絵本に描かれた大きなスライムのようなものが伸びてきて、僕とレジーの体に巻きつく。


「何これ!?」


僕が解こうと暴れると、余計に締めつけてくるスライムのようなもの。もしかして、これが魔物!?

山や森には魔物がいて、人を襲うことがあると教師が言っていた。

僕とレジーは食べられてしまう……。

恐怖と絶望から僕の体はガタガタと震え出す。

どうにかしてレジーだけでも助けたいと思っても、体が言うことを聞かない。

スライムのようなものが移動を始め……魔物に食べられる!

怖くてぎゅっと目をつぶり、そのときを待った。


「アイセ!大丈夫か!」


だけど、聞こえてきたのはお祖父様の声だった。

体を締めつけていたスライムのようなものがするりと外れると、僕はお祖父様に抱きかかえられていた。


「……あれ?魔物は?」


「魔物がいたのか!?」


周りの大人たちがざわめき、お祖父様の警衛隊員たちが武器を構えて周囲を警戒する。


「何かが伸びてきて、僕食べられると思って……」


僕が説明したのに、お祖父様は声を出して笑った。

お祖父様の笑い声に馬のいななきが重なる。


「……サチェ様?」


領地に移動するときから、サチェ様の姿はほとんど見なかった。

夜、寝るときはお祖父様の側に戻っていたようだけど、僕がいたから現れなかったのかな?

普段、聖獣たちと接することが少ないのでわからないけど、僕のせいだったら申し訳ないな。


「サチェが水を操って、アイセたちを助けてくれたのだ」


さっきのスライムのようなもの、水だったの!?

僕が魔物だと勘違いしたから、サチェ様怒っているのかも……。


「サチェ様、魔物だと思ってごめんなさい。助けてくれて、ありがとうございます」


サチェ様に謝罪と感謝を告げると、サチェ様は鼻を鳴らして、溶けるように消えていった。


「アイセ、とりあえず手当てをしよう。カイル!」


お祖父様が誰かを呼びつける。

現れたのは、お祖父様の警衛隊員のお兄さん。


「アイセント殿下、治療をいたしますので、御身に触れさせていただきますがよろしいですか?」


僕が頷くと、警衛隊員は手のひらの擦り傷を確認したり、どこか腫れたりしていないかと、衣装の上から触られた。

僕の世話をする侍女にも、こんなに触られたことはなかったので、ちょっと恥ずかしい。

確認が終わったら、治癒魔法がかけられて、一瞬で手のひらの傷もなくなった。


「お祖父様、レジーも……」


「もちろん、レジーのことも診させるよ」


よかった。レジーは落ちたわけじゃないけど、泣きすぎてつらいと思うし。


「さて、なぜあんな場所で怪我することになったのか、儂に話せるか?」


お祖父様に抱えられたまま集落に戻ると、お祖父様が尋ねてきた。

僕が言ったら告げ口になるんじゃないかとためらっていたら、突然怒声が聞こえた。


「お前はなんてことをしたんだ!」


現子爵がレジーの頬を叩く。

怒りのあまり手加減ができなかったのか、レジーの体は衝撃で床に倒れた。


「レジー!」


アイヴィーがレジーを庇うように、レジーと現子爵の間に入り、現子爵を睨みつける。


「エスカト卿、子供に手を挙げるのは感心いたしませんな」


お祖父様の今の隊長が現子爵を(いさ)めるも、現子爵は家のことだから口を出すなと突っぱねる。


「……わかりました。では、陛下の御前です。これ以上醜態をさらすのであれば、不敬として貴殿を拘束する」


隊長に言われて、現子爵はようやくお祖父様がこの場にいることを思い出したようだ。


「陛下、申し訳ございません。アイセント殿下を危険な目に遭わせた二人は、いかように処分していただいて構いません」


自分の子供を切り捨てるような言い様に、レジーとアイヴィーは俯き、互いの手を強く握った。

これが現子爵の見えなかった一面なのか。


「お祖父様、レジーとアイヴィーを処分するのであれば、ニール・エスカトや他のけいえい隊も処分しなければなりません」


「ほぉ。それはどうしてだ?」


僕がお祖父様に意見するのが珍しいからか、お祖父様はどこか楽しそうだ。


「レジーは、ニール・エスカトの発言を僕に聞かせまいとして、場所を離れました。それがたまたまあそこだっただけです。ニール・エスカトが不用意な発言をしなければ、こんなことにはならなかったでしょう」


僕がニールの名前を出すと、ニール本人と一部の警衛隊員、そして子爵家の面々の顔色が悪くなった。


「殿下、失礼ですが、ニールはどのような発言をしていたのでしょうか?」


おそるおそるといった様子で、前子爵が割り込んでくる。

それを見て、お祖父様の目が少しだけ鋭くなった気がした。


はずれ(・・・)の僕では自慢できないと。ニールはテオ兄上のけいえい隊に入りたかったそうだよ。ハドリーは、楽だから(・・・・)僕のところがいいみたいだけど」


「……っ。ニール、貴様っ!!」


前子爵はニールを思いきり殴った。

お祖父様はぽつりと、この親にしてこの子ありだなと呟く。

お祖父様の言う通り、前子爵と現子爵の取った行動は同じだった。


「エイダン・エスカト卿。貴殿も不敬で拘束されたいのか?」


隊長がそう告げると、前子爵はニールを殴るのをやめ、お祖父様の前に(ひざまず)いた。


「誠に申し訳ございません。エスカト一門でこの責任を取りますゆえ、お許しいただけますよう」


「ふむ。アイセ、お前はどうしたい?」


お祖父様は僕に処分を決めさせるつもりのようだ。

僕は……。


「僕はもうけいえい隊の者たちを信用できない。だから、レジーとアイヴィーを僕にちょうだい」


親である現子爵がいらないと言うなら、僕がもらってもいいよね?

けいえい隊も一気には変えられないと思うけど、僕に不満がある人は軍部に戻った方がいいと思う。

その方が、兄上たちの目に止まるかもしれないし、軍部で出世できる可能性もあるし。


「相わかった。アイセの警衛隊は早急に第二体制に移れるようにしよう。そして、そこの双子はアイセが身柄を預かる。もちろん、お主たちと縁を切らせてからだ。よいな?」


「畏まりました」


そのあとはもう視察どころではなくなり、レジーとアイヴィーの除籍に必要な書類を揃えると、早々に宮殿へ戻ることになった。

帰りの道中は、僕のけいえい隊が近くを守ることはなく、皇族に敬意を払えない者は不要とばかりに、お祖父様の警衛隊員たちが僕を守ってくれた。


宮殿に帰って、レジーとアイヴィーをどうするか、父上と話し合うことになった。

他の難しいことは、お祖父様がやってくれるらしい。


「一番よいのは、どこかの養子にすることだね。アイセの側近として取り立てることが決まっているから、希望する貴族は多いだろう」


父上はそう言うが、僕は貴族たちからはずれだと思われている。二人を養子にしたいっていう貴族はいないんじゃないかな?


「おそれながら、発言をお許しいただけますか?」


アイヴィーが父上に許しを求めると、父上はすぐに許した。


「不敬など気にしなくてよい。二人の意見も聞かせて欲しい」


アイヴィーとレジーは互いを見て同時に頷く。

声に出さなくても、お互いのことがわかっているみたいだ。双子って凄いな。


「せんえつながら、私たちにアイセント殿下をお守りできる力を与えてくれる方を紹介していただけないでしょうか?」


「ぼくたちが強かったら、殿下を嫌う人を護衛にしなくてもいいですよね?」


二人は、ニール・エスカトの件が気にかかっているのかもしれない。

僕は、二人にそんなこと望んでないのに……。

無理はしなくていいと僕が言っても、二人は意思を曲げなかった。


「アイセント殿下は、あの家でいらない子だった私たちを欲しいと言ってくれました」


「だから、殿下が欲しいと思ってくれている間は、殿下の力になりたいんです」


父上は二人の事情を知っているのだろう。

父上の表情に憐れみが混じる。


「そこまで言うのであれば、アイセのために、得られる知識、得られる技術をすべて身につけられるよう努力しなさい。そのための人材は私が用意しよう」


「「ありがとうございます」」


こうして、レジーとアイヴィーは父上が用意した人に預けられることになった。

僕のところに戻ってくるのは、数巡後だろうって。




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