ようやく助けが来るようです。
次の日も、朝食を食べたあとすぐに闇の聖獣がいる塔へ向かう。
もふもふ欠乏症だったところに、ラース君級のもふもふが現れたのだ。時間の許す限り、もふもふ成分を補給するのは当然。
しかぁし!もふもふの前に立ちはだかる壁!!もとい、鉄扉。
「やっぱりミーレでもダメか……」
「申し訳ございません」
カルヴァに会いにいきたいのに、鉄の扉が重すぎて開けられない。
ランユーちゃんが来るのを待つしかないのかな?
鉄扉の前で右往左往していたら、救世主が現れ……。
「なんだ、アイセ様か……」
通路の向こうから姿を見せたのは、久しぶりのアイセさん。
「なんだって酷い言い草だな」
「だって……ねぇ?」
今必要なのは、この鉄扉を開けられる人だ。
アイセさんの細腕で、開けられるとは到底思えないんだよ。
「その扉を開けて、上に行きたいんじゃないの?」
どうやらアイセさんは、ここにカルヴァがいることを知っているようだ。
「アイセ様にも開けられないと思うよ?」
「元々獣人仕様の扉なんだから、人の力で開けられるわけがないだろ」
はなから人間には開けられない扉だったと!?
それを知っていれば、ランユーちゃんにお願いして、待ち合わせすることもできたのに。
「じゃあ、やっぱりアイセ様にも開けられないじゃん」
それなのに、アイセさんは自信満々に見ていろと言う。
アイセさんはポケットから小さな袋を取り出すと、中身を床にぶちまけた。中身は砂だった。
何をするのか見守っていると、砂が勝手に動き始めて、扉の下へと吸い込まれていく。
「……砂は石となり丸くなる」
小さな声だったけど、私の耳にはちゃんと聞こえた。
猫がこたつで丸くなる的な語感のよさがある詠唱だなぁ。
なんてことを思っていると、アイセさんが扉に手をかけ……開いた!?
「どうぞ、お姫様?」
猫はこたつで丸くなるは開けゴマだった??
あと絵面よ……。
こんな厳つい扉の前で恭しくされてもときめかないんだけど。
「どうやって開けたの?」
でも、時間は有限なので、アイセさんに中へエスコートされながら、重い扉を開けた方法を聞いた。
「これだよ」
アイセさんが見せてくれたのは、小さなコロコロと動くもの。一見すると、石でできているみたい……って、なるほど!
「魔法で砂を石にしたってこと?」
「正解。そして、この形なら小さな力でも重たいものを動かせるってわけ」
小さな石は円柱の形をしており、キャスター的な働きであの鉄扉を動かしたのだろう。
しかしだ。普通、丸くって言ったら球体じゃね?
昨日も思っていたのと違うなぁってことが何回かあって、妙に引っかかってんだよね。
全部神様の仕業だったりして……。
「カルヴァ、遊びにきたよー!」
鉄格子の中に入り、一目散にカルヴァに突進した。
昨日ぶりのもふもふ!
カルヴァの鬣に頬をうりうり擦りつける。サラサラすぎて毛の感触とは思えないけど、これはこれで気持ちよかったりする。
グルルとカルヴァの鳴き声に促されて顔を上げると、ほっぺに冷たい感触が……。
ちょっと固くてザラザラした感じ。なんてことでしょう!カルヴァに鼻ちゅーされちゃった!
ラース君でもめったにやってくれないのに!!
テンションが上がって、もっともふもふしようと思ったら、カルヴァが前脚でちょんちょんと床を示す。
すると、どこからともなく黒いうねうねが出てきて、あれは誰だというような文章になった。
誰って……。
後ろを振り向くと、こちらを見ているアイセさんと隅っこで立っているミーレがいた。
ミーレは昨日もいたので、カルヴァが聞いているのはアイセさんのことだろう。
「アイセ様……アイセント・シィ・ライナス殿下よ。ユーシェの契約者の息子さん」
『それでか。水のこわっぱの気配を感じるのは』
水のこわっぱ?
話の流れからしてユーシェのことなんだろうけど、ユーシェってこわっぱ扱いされるほど若いの?
聖獣の年齢はよくわからない。
ディーがそうだったように、こちらに顕現?するときにはすでに大きいからね。
神様ももっと考えて聖獣を創って欲しかったなぁ。
聖獣に子供時代がないなんて詐欺でしょ!
ディーのちっちゃいライオン姿とか、絶対に悶えるほど可愛いに決まってる!!
「ユーシェがこわっぱなら、カルヴァはどのくらいなの?おじいちゃん?」
『誰がおじいちゃんだ。私はお兄様だ』
目にも止まらぬ速さでうねうねが動いて、おじいちゃんを否定された。
『こちらにいる中では炎竜が一番古い。おじいちゃんと呼ぶべきはあやつだろう』
聖獣は時間の流れを気にしないみたいで、ソルは生まれてからどのくらい経っているか覚えていないって言ってた。ラース君もたぶん三百年くらいってあやふやだったな。
「今は、ソルと念話ができなくて……」
本来、契約者であれば聖獣と念話ができる。
牢屋を出てからソルと念話できないか試したが、繋がらなかった。
まだ仮契約なのがいけないのか、それとも竜玉がないからなのかわからない。
『気を落とすな。ちょうどよい。私が力を貸してやろう』
ちょうどよい?闇の聖獣の力を借りることが??
意味がわからなくて首を捻っていたら、突然目の前が真っ暗になった。
「何事っ!?」
停電……なわけないし、真っ暗にするのがカルヴァの力なのかな?闇の聖獣だし。
ただ、手を伸ばしてもカルヴァの体に当たらないのはなんで?
つか真っ暗すぎて、自分の手も見えないんですけど!?
状況を把握するためにも明かりが必要だということで、首からぶら下げている巾着を手繰り寄せ、中身を出す。
たったそれだけのことでも、見えないせいで時間がかかった。
根付の紐の感触を頼りに陽玉を判別し、水玉の方は巾着に戻す。こんな真っ暗な中で落としたら大変だからね。
陽玉を軽く握り、光るよう念じる。
ほのかな光が発生し、ようやく自分の手が見えるようになった。
そして、明るさを徐々に強くしていく。
『この文字が見えるか?』
「……びっくりしたー」
私の足元に影ができたと思ったら、その影がうにょーんと伸びて、うねうね文字になった!
「見えるよー」
『では、今から空間を繋ぐ』
空間を繋ぐ?
まさか、カルヴァにはどこでもドア的な超便利能力が!?
「ネマ、聞こえるかな?」
「おにい様??」
まるで目の前にお兄ちゃんがいるかのように鮮明な声が聞こえた。
声は聞こえるのに姿はない。精霊に声を届けてもらっている?
「今、闇の聖獣様の力を借りて、僕たちがいる場所とネマがいる場所を一時的に繋いでもらっているんだ」
「えぇぇ!!ってことは、このまま帰れるの!?」
マジでどこでもドアだと喜んだのもつかの間。
『空間は繋げられるが、生き物の行き来はできんぞ』
と、夢と希望を砕かれた。
「じゃあ、影に潜って別の場所にいく力はある?」
ユーシェやサチェは、水がある場所ならどこでも行ける。
ならば、カルヴァも影があるところなら、どこでも行けるのではなかろうか?
『私と私の契約者であれば、影を伝って移動することは可能だ』
つまり、契約者だけの特権というわけか。残念。
「ネマ、話してもいいかな?」
お兄ちゃんのちょっと困ったような声に我に返る。
「はい、どうぞ!」
お兄ちゃんを放置していた気まずさを大きな声で誤魔化すと、小さく笑う声が聞こえてきた。
「ネマが元気で安心したわ」
「おねえ様!」
どうやらお兄ちゃんは、ガシェ王国じゃなくて宮殿にいるようだ。お姉ちゃんの他に、陛下からも安否を問う言葉をかけられた。
私がこちらに来てからの生活を詳しく話すと、一応、安心したみたい。
「ネマが落ち込んだりしていなくてよかったわ。でも、親切にしてくれたからといって油断は禁物よ」
しかし、お姉ちゃんからしっかりと釘を刺されてしまった。
ミーレとランユーちゃんが聖主側の人間であることは忘れていない。特にミーレは聖主に心酔しているからね。
カルヴァとの会話もすべて報告されていると思う。
まずい会話とかなかったよね?
「さて、ネフェルティマ嬢。これから話すことは、誰にも……精霊にも知られないようにして欲しい」
カルヴァとの会話を思い出していると、陛下からそんなお願いをされた。
精霊にもってことは、たとえ独り言でも口に出すなってことだよね?
でも、精霊に知られないようにするには、精霊がいない状態にしないといけないけど……。
「今は精霊がいないんですか?」
聖獣の契約者は一時的に精霊がいない状態を作ることができるそうなので、陛下がやったのかなと思って聞いてみた。
「あぁ。こちらはマロウに頼んで精霊を弾いている。ネフェルティマ嬢の方は、精霊も立ち入れない空間だそうだ」
一瞬、マロウって誰だっけってなったけど、すぐに竜医長さんだと思い出す。
竜医長さん、引きこもりなのに、陛下にお家から引きずり出されちゃったのかな?
内気な性格の竜医長さんにとって、宮殿は怖い場所だろうなぁ。私のせいでごめんなさいと、心の中で謝っておく。
無事に帰れたら、ちゃんとお礼をするから!
「わかりました。絶対に口に出さないようにします!」
そう宣言すると、陛下はこれからやろうとしていることを教えてくれた。
「神様こうりんをさせるんですか!?」
初っぱなからとんでもない発言が出た。
つか、神様って本当に降臨できるの?
女神様は慈愛と再生の神様だし、女神様が優しいから応じてくれていたんだと思う。
大昔の人が、女神様が降臨するための部屋を作るくらいだからね。かなりの頻度だったんじゃないかなぁ。
一方の神様といえば……人をおちょくっているというか、弄んでいるというか、ちょっと性格に難ありだ。
定められた方法通りに降臨の儀式とか何かをやったとしても、気分じゃないから今は無理とか言って降臨しなさそうじゃね?
それか、どこかで面白いことが起きていて、そっちを見守るので忙しいとか言いそう。
「ネフェルティマ嬢は、ファーシアの遺跡にあった古地図の文章を覚えているだろうか?」
プシュー作戦の遺跡の地図って、力を集める云々のやつだよね?
「文面までは覚えていません!」
だってラーシア語じゃなかったもん。
それに、女神様の逸話が残る場所を調べていたことの方が印象深かったし。
「八つと白と黒の力を集めると書かれていた」
あー、そんな感じだった。
それで、これが神様を呼び出す方法かも?ってなったけど、解釈が違うってラース君が言ってたね。
あと、すべての力が必要だけど、それがどの力までかはわからないってことも。
陛下はそのことも知っていたようで、独自に神様降臨について調べたそうだ。
「この文章の方法では、創造主様はいらっしゃらない。私たちはそこを突くつもりだ」
「えーっと、聖主が失敗して、しょんぼりしている隙に助けてくれるってことですか?」
「聖主がしょんぼりするかはわからないが、多少なりとも混乱はするだろうと思っている」
まぁ、長年の夢が叶うとウキウキしていたのが、実は違っていましたって現実を叩きつけられたら、心が折れそうではある。
「ネフェルティマ嬢は、それまで聖主に逆らわないようにして欲しい。聖主は必ず、聖獣たちを呼ぶよう、ネフェルティマ嬢に言ってくる」
呼び出すのは構わないが、カイディーテは来てくれるかな?皇太后様の側にいたいからって無視されそう。
あと、私、火の聖獣はソルしか知らないよ?
神様を呼ぶ場所がどんな感じかわからないけど、建物の中だったら絶対入れないね。
そのことを陛下に伝えたら、聖獣たちへの根回しもしてくれるそうだ。
ソルについては、建物内だったとしても近くにいれば大丈夫だろうって。
まぁ、本当に神様を呼び出すわけじゃないから、厳密にやらなくてもいいか。
「それで、聖主がこうりんの儀式をするまで待てばいいのですね?」
「いや、こちらから揺さぶりをかけるつもりだ。我が軍と王国騎士団をイクゥ国の国境まで行軍させる」
……なんですとーー!!
それって戦争も辞さないってこと!?
国境に戦力を配置するのは宣戦布告も同然だし、なんなら挑発行為と取られても仕方がないくらいの大問題である。
ちょっとしたことで戦いが始まったらどうするのさ!
一人でわたわたしていたら、陛下が戦闘をすることはないと言い切った。
国境に行軍しても聖主が動かなかった場合、ルイさんが使者として向かい、私の返還を訴えるとかなんとか。
「使節団の件で、イクゥ国はルイにずいぶんやり込められたようだからね。今ならこちらが優位に立てるだろう」
あ、ルイさん帰ってきたんだ。
やらかした使節団を送還するためにイクゥ国に行ってたらしく、送別の宴のときはいなかった。
「大まかな流れは理解できたかい?」
とりあえず私は、聖主や聖主側の人間の言うことを聞く、精霊にも知られないようにするの二つだけ守ればオッケーってことだね。
聖主の姿は今のところ見ていないけど、ヘリオス伯爵が幹部的な立場っぽいし、彼女に逆らわなければいいかな?
「はい、大丈夫です」
あとは、陛下たちと話したことを覚られないかだなぁ。
気をつけてはいるけど、私はよく顔に出るから。
「ネフェルティマ嬢、アイセのことを頼む。あの子は自分を顧みないところがあるから心配でね」
陛下からのお願いに、私は少し意外だと思った。
私から見たアイセさんは、結構自由人だ。ルイさんのような奔放さはないけど、気ままに生きている感じがある。
父親から見たら、それが自分を疎かにしていると映るのかもしれない。
「ネマ、怪我しないよう気をつけるんだよ」
「わたくしたちが必ず迎えにいくわ!」
急に、淋しさを感じた。
お兄ちゃんとお姉ちゃんの声が聞こえているのに、なんでここにいないんだろうって。
いつもなら、お姉ちゃんが苦しいくらいにぎゅーってしてくれるのにって。
「おにい様、おねえ様。帰ったらぎゅーってしてくれる?」
「……っ!?もちろんよ、ネマ!ネマがもういいって言っても抱きしめてあげるわ」
しまった!お姉ちゃんの力いっぱいのぎゅーを受けて、無事でいられるだろうか?
「そんなカーナからネマを助けて、代わりに僕がぎゅーってしてあげるからね」
お兄ちゃんが助けてくれるなら安心だ。
万が一があっても、治癒魔法で治してくれるし。
名残惜しいが、今日はここまでということで、お兄ちゃんたちの声は聞こえなくなった。
陽玉の光を消すようにと、カルヴァのうねうね文字に指示された。
言う通りにしたら、何も見えない真っ暗な空間に、一人ぽつんと取り残された気分だ。
しばらく待っていると、急に強い光が差し込む。
「まぶしっ!」
反射的に、目をつぶって、顔を背けて、手も翳す。それでも、強烈な光の残像が、瞼の裏にこびりついた。
急に暗いところから明るいところは、目に悪いんだぞ!
やっぱり、サングラスは常に持ち歩いていた方がいいかも。
「あ、戻った」
「ネフェルティマ様、何があったのですか?」
アイセさんはあっさりとした反応だったが、ミーレはちょっと焦っているみたい。
正直に言うわけにはいかないので、どうにか誤魔化さなければ!
真っ暗……暗闇と言えば、お化け屋敷……はダメだ。
暗闇……夜……夜!!
「夜のお空みたいにキラキラがいっぱいあって、それがスーッて動いたりして、すごくきれいだった!」
よし、これならイケるんでないか?
「へぇ、闇の聖獣は夜を再現できるんだ」
アイセさんが話に乗ってくれた。
そして、カルヴァに興味を持ったのか、他にどんなことができるのかと問う。
『本気を出せば、夜を呼び戻すこともできるぞ』
カルヴァは私に話を合わせてくれたようだが、内容がぶっ飛びすぎだ。
「呼び戻すって、朝を夜にするってことか?」
半信半疑な様子のアイセさん。
そりゃあ、いつでも夜にできると言われても、すぐには信じられないよね。
『そうだ。夜は私の領域だからな』
自慢げにちょっとポーズをキメるカルヴァが可愛い。前脚が交差しているのもポイント高いよ!
ミーレはどうかなと窺うと、最初は訝しげにしていたけど、アイセさんとカルヴァのやり取りを見て、本当のことだと判断したみたい。
よかった。なんとか誤魔化せた!
「私がキラキラを見ている間、どうなっていたの?」
アイセさんが戻ったと言ったからには、何かしらの変化があったのだろう。
「黒い膜に覆われたようになって、微動だにしなかったから、食われるのかと思った」
アイセさんの顔がニヤついているので、食われる云々は冗談のつもりか。笑えないけど!
「黒いまくにおおわれてって、めちゃくちゃ怪しい物体になってたってこと!?」
はたから見たら、めっちゃ怪しい!動かなかっただけマシかもしれないけどさ。
これで手足の動きがわかっていたら、確実に新種の魔物だわ。
あの空間を使うときは、場所にも気をつけよう。
カルヴァとたっぷり遊んだあとは、お庭に行くことにした。
今日はずっと私と一緒にいるつもりなのか、アイセさんに手を引かれている。
「アイセ様はいつまでいるの?へいかが心配しない?」
陛下がアイセさんのことを心配していたとは言えないので、こんな質問になってしまった。
「僕がいなくて困ることはないから大丈夫」
問題がないことを強調するための物言いなのか、それとも、いてもいなくても一緒だと思っているのか。
もし後者なら悲しいな。
陛下も皇后様も、クレイさんにダオだって、アイセさんに早く帰ってきて欲しいって絶対思ってるよ!
テオさんとエリザさんはちょっと自信ないけど……。
「アイセ様もいっしょに帰ろうね」
アイセさんからの返事はなかったけど、繋いでいる手が微かに震えていた。




