彼らの思惑を探ってみよう!
体をガクガク揺さぶられるのを感じて、重たい目蓋をこじ開ける。
「起きた?食事を持ってきたんだけど?」
どこか不機嫌そうなアイセさんの顔より、食事という単語に脳が反応した。
「ご飯!」
飛び上がって起きた視線の先には、小さなテーブルの上に置かれたトレー。
牢屋の食事といえば……なことを想像していたのに、意外とちゃんとしたものが用意されていた。
肉団子のトマト煮込みっぽいもの、野菜たっぷりスープ、雑穀を炒ったものにサーダの煮豆。かぼちゃもどきのなんとか焼きと、庶民的な献立である。
食べる前に、トレーに置いてあった濡れタオルで手と顔を拭く。
思ったよりも黒くなったタオルを見て、アイセさんがちょっと引いてた。
「何をしたらそんなに汚れるんだか……」
「この部屋の調査?」
「それだけでこんなに汚れるか?」
怪訝そうな目で見られたので、バレても大丈夫な範囲で、どこを調べたのかを教えた。
「床に這いつくばってって……一応、公爵家の令嬢だろう?」
「でも!前の人が残した暗号とか、秘密の脱出通路があるかもしれないじゃん!」
「そんなものはない」
私が力説したら、間髪入れずに否定された。
「事前に調べるし、そもそも魔法で逃げられないように対策はしてある」
……そうか。土魔法を使える人なら、石材で造られた牢屋なんて脱出し放題になっちゃうか。
アイセさんの正論に悔しいが納得すると、早く食べろとスプーンを握らされた。
促されるままに、まだ湯気の立つ野菜たっぷりスープを掬う。しっかりとフーフーして冷ましてからパクリ。
くぅぅ……優しい味が心身ともに染みるなぁ。
「……僕が言うことじゃないけど、少しは警戒心を持った方がいいんじゃない?」
呆れた様子のアイセさん。たぶん、毒が入っているかもしれないよと言いたいのだろうが、私には寄生している黒とグラーティアがいる!
即死レベルの猛毒でない限り、解毒できるから大丈夫なのだよ!
なんてことを正直に告げるわけにはいかないので、適当なことを言って誤魔化す。
「毒で殺すくらいなら、わざわざさらったりしないでしょ?」
次はかぼちゃもどきのなんとか焼きに手を伸ばす。
あ、これはなんかハッシュドポテトに似ている!
かぼちゃもどき自体の味はまんまじゃがいもなので、ペースト状にしてカリカリになるまで焼いたら、揚げないハッシュドポテトみたいになるのも頷ける。塩胡椒がしっかり利いているのもいい。
スープにつけて食べるのも美味しいかもしれないね。
「君のそのたくましさは素直に凄いと思う」
褒めているんじゃなくて、呆れているのはわかった。
普通、女の子に対して、たくましいなんて褒め言葉にならないからね!
そうアイセさんに文句を言うと、笑って流された。
「僕が片付けないといけないから、早く食べてよね」
「じゃあ、お水とお茶が欲しい」
ご飯を美味しく味わうなら、お口をリセットするお水は必須!
あと、食後のお茶も大事!
両方をリクエストすると、アイセさんはわかったと私の頭を撫でてから牢屋を出ていった。
よし、今のうちに……。
「白、グラーティア、出ておいで」
アイセさんに見つからないよう隠れている二匹を呼ぶ。
二匹ともベッドの下から出てきたので、隠れながらも遊んでいたのかもしれない。
「アイセさんが戻ってくる前に、ご飯食べちゃおう」
白にはおかず全種類、スプーン山盛りにして一杯ずつあげる。
白は料理が体の中で混ざらないよう、体の中で分けるという器用なことをして見せた。
たぶん、味が混ざるのが嫌なのだろう。
気持ちはわからないでもないが、混ざることで美味しさが増すこともある。
というわけで、肉団子のトマト煮込みっぽいものの汁をかぼちゃもどきのなんとか焼きにかけてから、白に与えてみた。
「いっしょに食べるともっと美味しくなる料理もあるんだよ?」
鳴き声の代わりに体を震わせてお返事をする白。
そして、体をくねくねさせて、体の中にある料理をさらに分けた。
何をするのか黙って見守っていると、野菜スープに雑穀を炒めたやつを混ぜたり、サーダの煮豆をトマト煮込みっぽいものに混ぜたりと、自分の体の中でアレンジをし始めたのだ!
わざわざ小分けにするところに、白のこだわりを感じる。
量が少なくてもいいから、いろいろな味を楽しみたいのだろう。
ふむ。白なら、味変での楽しみ方も喜ぶかもしれないな。
無事に帰れたら、調味料や薬味での味の変わりも教えてみよう!
グラーティアには、肉団子を小さく切ってから与えた。
前脚でお肉の欠片を抱え込み、回しながら食べるグラーティアの姿は可愛い。
こんなに可愛いグラーティアだが、なんでも食べられる白とは違い、がっつり肉食性である。
地球産の蜘蛛は体外消化といって、消化液を獲物に流し込み、消化された液体をちゅーちゅー吸う食事方法だが、魔物であるグラーティアの食事方法はそのままむしゃむしゃと食べる。食べ方だけなら、蜘蛛というよりカマキリに近いと思う。
ちなみに好物は魔蟲の幼虫らしい。
森鬼曰く、魔蟲の幼虫はめちゃくちゃ美味しいとのこと。
オスフェの屋敷や宮殿で美味しいものを食べている森鬼が、あれを超える美味しい食べ物はないと言い切るほどだ。
とは言え、魔蟲自体を食べる文化がこちらの人間にはない。
以前読んだ、美食冒険者ハリーの生涯にも、魔蟲の幼虫が美味しいなんて記述はなかったし。
味が気になるけど、幼虫の姿のままは無理そうなので、わからないよう料理されたものをいつか食べてみたい。
私もご飯を食べながら、二匹にせっせと給餌していると、外から足音が聞こえてきた。
アイセさんが戻ってきたようなので、二匹に急いで隠れてもらう。
「お待たせ」
お水とお茶を頼んだのだが、アイセさんの手には木製のカップが二つだけ。あと、脇に挟んでいるのはなんだろうね?
「茶器ごとだと危ないって言われたから、これで我慢して」
茶器ごとだと危ないというのは納得。
だってアイセさんも本来はお世話をされる側だからね。
熱いお茶を運んでいるときに転びでもされたら……と考えたら、怖くて持たせられないよ。
「お水はこっち」
渡されたのは水筒の魔道具。脇に挟んでいたのはこれだった。
何度か見たことがあるけど、めっちゃ便利な魔道具だとフィリップおじさんが言ってた。
まず、水を入れる部分が布で作られているから、大きさも形も自由に決めることができる。
水の量を調整すれば、鞄のデッドスペースにしまえる。中身が水なので、布に余裕さえあれば、隙間に押し込めるというわけだ。
そして、魔石に魔力がある間は水が出るし、高機能のやつは水の温度も調整できるらしい。
ちなみに渡されたやつには、温度調節はついてない。
とりあえず、食事を終えてお茶をすする。
「こ……これは!?」
紅茶や香草茶といった、こちらの世界で飲み慣れた味ではなく、日本的な懐かしい味に驚いた。
味や香りがほうじ茶や玄米茶に似ている気がする。
「口に合わなかった?」
そう聞いてはいるものの、アイセさんは特に気にした様子もなくお茶を飲んでいる。
「いや、想像していたより美味しくてびっくりしただけで……」
「あぁ。このお茶、僕も気に入っているよ」
ガシェ王国や宮殿では出されたことのないお茶なので、別の国かライナス帝国地方独自のお茶なのかな?
ミルマ国ではお米があったし、ここで緑茶をゲットできれば、お茶漬けが食べられるようになる!!
「どこのお茶なの?」
「イクゥ国の南部地方のお茶らしいよ。天災で生産量が減っているから、他国には出回っていないけど」
イクゥ国の南部ということは、小国家群に面する地域か。
チャノキみたいな植物が生息しているのか、それとも製造工程が違うのか。調べてみる価値はあるな。
「近いうちにヘリオスが君に会いにくるだろう」
唐突にアイセさんが切り出してきた。
まぁ、私をさらった理由を聞いてないし、身代金が欲しいのか、私に何かやらせたいのか、目的もわかってないしね。
「どの選択を選ぶもネマの自由だけど、正直者は大損をすることは覚えておくといい」
正直者は馬鹿をみる的なやつ?
つまり、ヘリオス伯爵に馬鹿正直に対応すると痛い目みるよってこと?
アイセさんの意図がわからない。
アイセさんはヘリオス伯爵側の人間なのに、遠回しにいろいろ教えようとしているように思う。
お茶の件だってそう。
「なんで私に教えてくれるの?」
「僕は僕の目的のために利用しているだけだ」
アイセさんはそう言い残して、トレーを持って出ていった。
私はアイセさんが言ったことを反芻する。
ヘリオス伯爵とアイセさんの目的は、同じではない可能性があること。
あの怪しいカルト集団といい、ヘリオス伯爵の様子といい、この誘拐にルノハークが関係しているのは間違いない。
ルノハークもとい、聖主とヘリオス伯爵は関係があると仮定して、アイセさんの目的はなんだろう?
パッと思いつくのは皇帝の継承争いだが……ライナス帝国に限っては、聖獣の契約者であることという条件がある。いくらルノハークでも、アイセさんを聖獣の契約者にはできないし、その決まりを撤廃することも無理だろう。
うーん、アイセさん、謎すぎる!
では逆に、ヘリオス伯爵の目的を予想してみるか。
ヘリオス伯爵がルノハークの一員であれば、聖主の願いを叶えることが目的なはず。
ヴィとも話していたけど、聖主の目的は神様を降臨させることかもしれない。
神様を降臨させてすることと言えば、お願いを叶えてもらうことだと思うけど、聖主の思想からして人間による大陸統一とかかな?
ということは、聖主は神様降臨に愛し子が必要だと知っているってことだよね?
ギィの手紙には、神様降臨の方法を魔族から聞いたと書かれてあったから、魔族が残したものがあった可能性はあるけど……だから聖主は遺跡ばかりを調べていたのか!!
魔族が造った遺跡なら、そういった儀式についての資料が残っているかもしれないから!
もしかして、獣王様も『すべての力』のうちの一つだったりして……。
だから、獣王様を洗脳し、番さんをこんなところに閉じ込めているんじゃないの?
私がさらわれたの、マジでヤバくね??
聖獣や精霊に、私を殺されたくなかったら言うことを聞けと脅迫して、力を揃えることが可能だと、今さらながらに気づいた。
助けがくるまで上手く立ち回らないと、聖主の思う壺になってしまう!
とりあえず、ヘリオス伯爵の出方を見て、なるべく利用されないようにするしかない!
今後の方針が決まったところで、私はもう一度、番さんの様子を覗いてみた。
今は、たまご型の椅子にすっぽり収まっている。というか、寝ている?
鳥の獣人は翼があるせいで、うつ伏せか体育座りのような体勢で寝ると教えてもらった。
ただ、獣王様のように尾羽根が長い種類は、椅子のようなベッドがあると言っていたが、あれがそうなのか!
背もたれ側の一部が空いていて、手足は外に出せるようになっている。
長時間だと腰がつらそうだが、ハンギングチェアのように揺れるのは気持ちよさそうだなぁ。
人が寝ているのを見ていたら、私にも眠気が移った。
あくびをしながら、ベールを濡らして土を振りかけてもみもみ。
程よく茶色に染まったら、穴に戻す。
前よりは目立たなくなった!
◆◆◆
窓がない部屋は、とにかく時間経過がわからない!
灯りの魔道具もずっとつけっぱなしで、明るさの調整もできないから、明るいまま寝るしかなかった。
気分的には朝ご飯にあたる食事が運ばれるのを今か今かと待っていたら、なぜかヘリオス伯爵が現れた。
アイセさんから来るとは聞いていたが、思っていたよりも早くてびっくり!
お早い登場には驚いたが、椅子持参だったのはちょっと笑いそうになった。
なぜかこの部屋、椅子がないからね。
その椅子に優雅に腰かけて、私を見つめるヘリオス伯爵。
今日も男装の麗人として美しく、椅子に座っているだけで様になっている。
「ネフェルティマ嬢、ここの居心地はどうかな?」
「思っていたより快適です。牢屋ってもっと怖い場所だと思っていたので」
私がそう答えると、ヘリオス伯爵は楽しげに笑った。
「アイセントから聞いたよ。隠し通路があると思って探していたんだって?」
アイセさんめっ!そんなことまで報告しなくていいのに!
「牢屋といえば脱走!看守にバレないよう地道に掘り進めた穴や鉄柵の細工は、物語ではお約束じゃないですか!」
こちらの世界では、監獄が舞台の作品はお目にかかったことないが、地球ではそこそこあった。他にも、主人公が敵に囚われてからの脱出アクションものなんかもある。
そういった作品のお約束が、何年もかけて掘ったトンネルだったり、鉄柵をいろいろな方法で外したりするやつだ。
しかも、自分が牢屋に入る経験なんていつ起きるかわからない。ならば、この機会を逃さずになんとする!!
「……子供にそんなものを読ませているのか?オスフェ家の教育はどうなっているんだ?」
ため息混じりにヘリオス伯爵は呟く。
読んだというか、見たのは前世でだが、オスフェの屋敷で読んだらダメっていう本はなかったことを思い出す。
たぶん、私に読ませられない本はどこかに隠してあるのだろう。
お家に帰ったら、それを探すのも一興。帰ってやることが増えたね!
「それで、ネフェルティマ嬢はここから逃げ出そうと思っていたんだね?」
あわよくば逃げようかなって思っていたけど、それを顔に出さないようにしながら否定した。
「だって、おとう様たちが必ず助けにきてくれるもの!」
それなのに、ヘリオス伯爵は憐れむような眼差しを私に向ける。
「ネフェルティマ嬢……貴女の父君も、仲のよい王子も、貴女以外を優先しなければならない立場だ」
パパンが偉い役職に就いていることに対しての遠回しな嫌味、とかではなさそうだ。
言葉通りに受け取るなら、パパンもヴィも国を優先するだろうって意味合いになる。
だが、パパンが数日お休みしたところで、国政が立ち行かなくなるなんてことはない。
「おとう様たちを足止めするために、ガシェ王国に害をなすと?」
ヘリオス伯爵の言い方は、パパンもヴィも助けにこられないと言っているようにも聞こえる。
なんらかの騒ぎ……大げさに言えば有事を起こして、私にかまける暇を与えなくするというふうにも受け取れるのだ。
「賢い子は好きだよ。ネフェルティマ嬢も、無辜の民が傷つくのは望まないだろう?」
これ、人質の私が、人質を取られているってことにならない?
「無関係な人々を巻き込むのは望みません。ですが、伯爵は何をなさりたいのですか?」
有事を起こすことと引き換えに、私に言うことを聞かせても、パパンたちは助けにやってくる。取り引きとしては成立しないよね?
「ネフェルティマ嬢は、ライナス帝国をどう思う?」
私の問いかけは無視され、まったく違うことを聞かれる。
しかも、質問が抽象的すぎて答えに困るやつ!
ライナス帝国にやってきてしばらく経つが、宮殿の外に出かけたのは数えるほどしかない。
答えられるほど、ライナス帝国を知らないんだけど……。
「ライナス帝国はガシェ王国よりも大きくて、獣人やエルフ族もたくさん住んでいるでしょう?だから、治める皇族は大変だなって」
自分の味方を増やすための交遊会だったり、警衛隊の人事も自分で考えないといけなかったりする。
ダオを見ていて、何度、幼い皇子に厳しいのだろうと感じたことか。
次世代が誰もまだ聖獣と契約をしていないから、誰が皇帝になってもいいように教育しているんだろうけどさ。
陛下は先祖返りで長生きするみたいだし、皇子たちが聖獣と契約してからでも大丈夫なんじゃないかなぁって思ったりもする。
「昔はそんなことなかった。いつからか、帝国民も貴族もわがままになり、皇族に多くのことを求めるようになったんだ」
ヘリオス伯爵の言う昔っていつの時代?
今の陛下は契約したのが早かったから、マーリエ父やルイさんは比較的穏やかに過ごせたようだけど、先帝様の時代かな?
「ライナス帝国の成り立ちは知っているね?ロスランは半端者だった。エルフにもなれず、人にもなれず……この世界に馴染めなかった」
そこから!?
ライナス帝国の建国期から語られるとは思ってもみなかった。
話の腰を折るのも悪い気がするので、大人しく静聴していよう。
ロスランは、エルフの父親と人間の母親の子として生まれた。
両親はたいそうロスランを可愛がったそうだが、夫婦仲はよろしくなかったらしい。
ロスランが仲良くして欲しいとお願いすると、子を思ってか、仲良さげに振る舞うが長続きはしなかったと。
当時はまだ魔族がいて、魔族の庇護のもと、人間や獣人が生活していた時代。
魔族との相性が悪いエルフ族である父親は、里を離れて他種族と一緒に生活のするのが大変だったであろうと、ヘリオス伯爵は告げる。
やけに昔のことに詳しいなと思ったけど、そういう資料が残っていてもおかしくはない。
結局、ロスランの両親は夫婦生活に終止符を打ち、ロスランは父親の故郷についていくことになった。
エルフの里で、ロスランと父親は幸せに暮らしました……となればよかったけど、ロスランの苦労は続く。
ロスランは半分人間の血を引いているせいか、精霊の姿は見られても、声を聞くことができなかったそうだ。
エルフ族において、精霊と精霊を使わせし神様は至上の存在。精霊を愛で、ときには頼り頼られて、共存している。
ロスランは、声は聞こえずとも、精霊の表情や身振り手振りで、最低限の交流は持てていた。
しかし、里のエルフたちはロスランを憐れんだ。精霊の声が聞こえない可哀想な子と。
ロスランがどんなに努力しても、どんなに訴えても、エルフたちはロスランを可哀想な子と憐れむのをやめなかったそうだ。
「うわぁ……」
それを聞いて、私は思わず声が出た。
虐待とは言うには弱いかもしれないが、蔑まれたり、暴言を吐かれるのと同じくらいメンタルやられそう……。
一生懸命に頑張っても、お前は可哀想な子だから頑張らなくてもいいんだよとか、反抗的な態度を取っても、あの子は可哀想な子だから仕方ないって遠巻きにされていたといたら、私だったらグレちゃうかも。
「ロスランは自分自身を見てくれないエルフたちに嫌気が差し、エルフの里を飛び出した。母親のもとへ行こうとしたんだ」
母親は、ロスランが生まれ育った町に残っていたらしいが、そこでもロスランはつらい現実を突きつけられる。
母親はすでに知らない男性と暮らしていて、小さな赤ちゃんを胸に抱いていた。
父親と暮らしていたときより貧しく、みすぼらしくあったが、母親はとても幸せそうだったと言う。
このときのロスランの心境はいかばかりか。
母親の幸せを喜ぶ気持ちよりも、見捨てられたという気持ちの方が強かったんじゃないかな?
「それからロスランは別の町で暮らすようになったが、彼に手を差し伸べる者は彼を利用しようと企む者だけだった」
エルフの子でもあるロスランだ。陛下のような、麗しいお顔をしていたのだろう。
そういった目的で手籠めにしようとする者がいてもおかしくないし、エルフの精霊術を狙っていた者もいたかもしれない。
ギィもだけど、ロスランもなかなか大変な人生を歩んでいるようだ。
愛し子の宿命だとしたら、私もこの先、同じようなことに……。
最悪な事態を想像してしまい、思わず両手を握りしめる。
「ロスランに近づいてきた者の多くは人だった。獣人はその場限りの施しをし、魔族は見向きもしない。唯一、彼に寄り添ったのは、彼と同じ境遇の者たちだけ」
「同じきょうぐう?」
「なんらかの理由で出来損ないと捨てられた者。違う種族の間に生まれ、居場所のない者。今とは違い、昔はそういった者たちが肩を寄せ合って生きていたんだよ」
ヘリオス伯爵が言うには、その時代は今のような法治国家が少なかったらしい。
その少ない法治国家で施行された法律は、見せしめに近い処罰がほとんどなので、今の法律とは質が違うとか。
前世で言うところの、古代の都市国家みたいな感じなのかなぁと、ぼんやり思ったり。
ロスランは、そういった社会から爪弾きにされた者たちを集めて、自分たちの集落を作った。
これが、ライナス帝国の前身であるライナス国の始まりである。
「ライナス国は、居場所のない者たちの故郷になるはずだった。それが今やどうだ?」
どうだと聞かれても、私にはわかりかねる……。
「種族の優劣にこだわり、上にいる者はそれを誇示する。劣ると評価された者は、上の者から踏みにじられる。ロスランが望んだ国ではなく、彼らを追いやった存在と同じか、それ以下に成り下がった」
「ある意味、国は大きな群れでしょう? 序列があるから、ある程度秩序が保たれているんじゃないの?」
強い者が生き残る。生き物である以上、この摂理からは逃れられない。
「その通りではあるが、序列が高いからといって好きにしていいのか?それは獣とどう違う?ライナス帝国でも、ガシェ王国でも、国民であれば国に守られている。皇帝が、国王が守ると決めた者を、貴族や国民が蔑ろにするのはよくないと思わないか?」
ど正論に、私は頷くしかなかった。
だって、ライナス帝国もガシェ王国も君主制の国家なのだから。
「だが、貴族も国民もそんな簡単なことすら理解できていない。それならば、立場が逆転しても文句は言えないだろう?」
確かに……。
君主の命令を無視して、弱者を痛めつけていた人が、自分が痛めつけられる側になって「弱者は守るべき!」って声を上げても、お前が言うな案件だよね。
「だから、私がそれを味わわせてやろうと思ってね」
私は首を傾げた。
なぜ、そういう結論になるのだろうと。
様々な理由から迫害されていた人々を守るために国を造ったロスランの意思を受け継いでいるのは皇族だ。
皇帝陛下が貴族や帝国民の言動を憂い、仕組みを変えるというならわかる。
「ヘリオス伯爵はライナス帝国自体に怒っているの?」
ヘリオス伯爵が、今の世をよしとしていないのは理解した。
しかし、ヘリオス伯爵は帝国貴族だ。国政に携わろうと思えば携われるし、陛下に奏上することだってできる。
私がライナス帝国に来る前に、何か働きかけていたかもしれないけど……。
「怒る?……そうだな。私は怒っているのかもしれない。この国にも、この世界にも、創造神すらも」
マイナス感情が先行しすぎて、自分自身の状態を把握できていなかったのかな?
つまり、ヘリオス伯爵はライナス帝国に不満があり、その国を治めている皇族も敵視していると。
あれ?これって謀反?それとも下剋上?
とりあえず、ヘリオス伯爵は今の差別とか偏見をなくすために、ライナス帝国の序列をひっくり返したいんだなぁっていうのは理解した。
でも、ルノハークは人間至上主義じゃなかったっけ?
ルノハークの手を借りて序列をひっくり返すことができたとしても、余計に格差や差別が広がりそうじゃね??
ヘリオス伯爵、手を組む相手、間違ってるよ!たぶん、ルノハークに騙されているから!
「それで、ロスランが望んだ国にするために、ヘリオス伯爵は何をしようとしているの?」
その答えで、ヘリオス伯爵がルノハークに騙されているかわかるかもしれない。
「それは、君がいれば簡単なことだ、愛し子よ」
いつも、誤字報告ありがとうございます。




