★お礼の小話・ある家令の一日
お気に入り件数が大台に乗ったので、お礼の番外編を書いてみました。
お礼になるかはわかりませんが、今後ともよろしくお願いいたします。
皆様、初めまして。
オスフェ公爵家にお仕えする、家令のマージェス・ダスニーと申します。
以後、お見知りおきを。
私めの主には、三人のお子様がいらっしゃいます。
跡取りであらせられるラルフリード様は、お顔立ちは母君のセルリア様譲りのお優しい美貌で、聡明さや武勇は父君のデールラント様のご影響でしょうか。とても将来が楽しみな若君でございます。
第二子のカーナディア様。カーナお嬢様は正にデールラント様の女性版と言われる程、そっくりな性質をしていらっしゃいます。幼い頃はお転婆で、我々も苦労いたしました。それが今では立派な淑女になられまして、人の成長とは早いものですね。
第三子のネフェルティマ様。ネマお嬢様はお顔立ちはご両親に似ておりません。性格もどちらかと言えば、先々代様のご影響が強いためか王族よりでございます。
歴史に名を残す王族の方々はみな、ネマお嬢様のように天真爛漫で破天荒だったと記録が残っております。
そう言えば、あの日のネマお嬢様も大層破天荒でございました。
ネマお嬢様が5歳になられた夏のときの話です。
その日も、夏らしく強い日差しが注いでおりましたが、私ども使用人はみな、魔法を使って体感温度を調整してますので、暑さや寒さは寝起きのときくらいしか感じません。
魔法の使えないネマお嬢様には、同様の効果を持つ魔道具を身につけておられますので、問題はないと思っておりました。
しかし、ネマお嬢様は連日暑いとおっしゃいます。
日差しが強いため、暑い気がするのだろうと私めは思いました。
ネマお嬢様にとっては錯覚であろうと、暑いと感じることがご不快だったようで。
突然、水遊びをしたいと、私の息子であり、ネマお嬢様のお世話を担当しているパウルに申しつけたのです。
もちろん、反対いたしました。ネマお嬢様は以前、庭の池で溺れたことがございますので。
その当時は小さめの池があるだけだったのですが、ある日を境に数多くの鳥が飛来するようになったのです。旦那様は「ネマが見つかっちゃったな」とおっしゃっておりましたが、動物に大層好かれるネマお嬢様ですので仕方ありません。
希少種の水鳥もいるからというネマお嬢様のご希望により、庭の池の数を増やしたのでございます。この池は深さもあり、ネマお嬢様には近くに立ち入らないよう奥様からきつく言いつけられておいでです。
ネマお嬢様にとっては、どの池も危険に違いありません。
ですが、残念なことに、ネマお嬢様の行動力に我々が敵うはずもなく。
さらには、ラルフ様までも味方に付けて、意気揚々と池に向かわれたのでございます。
ラルフ様とパウルがついているとはいえ、不安を覚えましたので、私めもお供することにいたしました。
小さめの池に到着すると、ネマお嬢様はラルフ様に水の浄化をお願いされました。
ラルフ様は風と水の上級魔術師でいらっしゃいますので、浄化も快く引き受けてくださいました。
ラルフ様が手を水に浸すと、透明度が増し、池の底まで見えるようになりました。無詠唱とは、さすがでございます。
ネマお嬢様は手を叩いて大喜びしておりますが、些かお行儀が悪いですね。
パウルが「ネマお嬢様」と注意をしましたが、ネマお嬢様は聞いておられません。やれやれ。
ネマお嬢様は池に足を浸して、水温を確かめてから、周りの目など気にせず、盛大にドレスをお脱ぎになられたのです。
これにはラルフ様も驚きを隠せず、直様止めに入られます。
私もパウルもはしたないのでおやめくださいと申したのですが、ネマお嬢様はどこ吹く風のごとく無視されておいでです。
下着姿になられると、「おいっちにおいっちに」という奇妙な掛け声をかけて体操を終え、池の中に入られたのです。
「気持ちいいー」と歓声を上げて、カエルのようにスイスイと泳いでいらっしゃるではありませんか。
またもや驚かされました。
泳ぐという行為は、王都に住まう者のほとんどができません。漁師など海に住まう者、川や湖の近くに住まう者が遊びを通して覚えるものだと聞いております。ネマお嬢様はいつ覚えられたのでしょうか。
ネマお嬢様の楽しそうなご様子に、ラルフ様も何やら心惹かれるものがあったのでしょうか。
ズボンを捲り上げ、池の縁に腰掛けると、足を池に浸して涼んでおられます。
ラルフ様の参加が嬉しかったのでございましょう。はしゃいだネマお嬢様は、ラルフ様に向かって水をかけてしまわれました。いえ、明らかにわざとでございます。
お優しいラルフ様は苦笑しながらも、着衣のまま池に入られ、ネマお嬢様のお相手をなさっております。
正直、貴族のご令嬢と跡取りの若君がなさることではございませんが、仲の良いご兄妹のご様子は微笑ましいものです。
ですが、ちゃんと奥様にはご報告させていただきますので、お二人とも覚悟なさってください。
パウルも、今一度教育が必要ということがよくわかりました。
さて、これからの予定を調整せねばなりませんね。
「ラルフ様、ネマお嬢様。お体が冷えるといけませんので、程々で切り上げてください」
私めは温かいお茶の準備でもして参りましょう。
その後、ラルフ様とネマお嬢様は奥様からの恐怖の説教を受けられ、半ば屍になっておりましたが、それで懲りるネマお嬢様ではございませんでした。
何をどうやったのかはわかりませんが、商業組合がネマお嬢様の意見を参考に「プール」という施設を造り、大層人気を得ているのだと、小耳に挟みました。
今思えば、これくらいは序の口で、こののちネマお嬢様のお名前は我が国に留まらず、世界中に知られることとなります。
連日暑い日が続いていますね。
皆様、熱中症にはご注意下さい。
我が社ではすでに何名か救急車のお世話になっています(笑)