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忙しない日々。(ヴィルヘルト視点)

エルフの森を後にし、急いで王宮に戻る。


「でーんーかぁぁ!」


即、オリヴィエに捕まってしまった。


「出ていくなら行き先を伝える!あと小型転移魔法陣も常に携帯してください!署名が必要な書類を送るので!」


出先でも書類仕事をこなせと無茶を言ってくるオリヴィエを宥めつつ、自分の執務室に逃げ込む。

執務室の机には、たくさんの書類が置かれていた。

そのほとんどが、捕らえたルノハークに関する報告書だと思うが……今からこれに目を通すのか。


――のーん!


俺が戻ったことに気づいたヒスイが、どこからともなく出てきて、俺の頭に飛び乗る。


――のーん!のののーん!!


ため息を吐きながら、ヒスイに魔力を与えた。

頭の上で踊るな!


「殿下、お疲れですか?」


突然声をかけられて驚いた。


「ユージン、驚かすな。というか、勝手に入るな」


外務大臣を務めるユージン・ディルタが、長椅子に寝転がっていた。

こいつはいつも突然現れては、いつの間にか消える。


「早くお知らせした方がいいかなと思いまして」


そう言ってユージンは紙をひらひらと振る。

それが、例の紋章を写したものだと気づき、俺はユージンの向かいの席に腰を下ろした。


「もうわかったのか?」


「一応、監視対象に入っている家門ですからね」


ユージンから渡された書類には、ライナス帝国のある家門について書かれていた。


「ラムジー男爵家……聞かない名だな?」


「それはそうでしょう。その家門はヘリオス伯爵家の傍流で、表には出てきませんので」


ヘリオス伯爵の名が出たことで、俺はしっかりと書かれてあることを読み込んだ。

ラムジー男爵家の興りは、二十一代前のヘリオス伯爵が戦場での功績により男爵位を授かったことから始まる。

二十一代前と言ったら、大陸争乱よりも前の時代だ。

当時のヘリオス伯爵は次男に男爵位を与えた。これにより、ラムジー男爵家はヘリオス伯爵家を主家とし、定期的にヘリオス家の血を迎えながら仕えてきた。

ライナス帝国では、歴史が長いゆえか新興貴族がいないとされている。

新たに興った家門でも大陸争乱の時代なので、我が国と同等の歴史を持つ。

本家から爵位を授かり分かれた家は、本家を守る盾となり、剣となる。時には本家の罪を代わりにかぶり、断罪されることも。

我が国では考えられないことだ。

我が国では、領主である公爵がそれぞれ領地を任せる代主(だいしゅ)に大義名分を与えるため、国王に推薦する。国王の意に適えば、伯爵以下の爵位が授けられ、代主に任命される。

侯爵へと陞爵(しょうしゃく)するには、領主である公爵家の血が入っていることと、相応の功績を残していることが条件となっている。

本来は、公爵家が代主らを守りやすく、また自治がしやすいようにと始まった制度だ。

それなのに、本当の飼い主を忘れている者が多い。公爵家の後ろ盾がなければ、吹き飛ぶ爵位なのにな。


「ところで殿下、ヒスイをこのまま飼うんですか?」


ユージンは、俺の頭に居座っているヒスイが気になるようだ。


「飼うか!次、ネマに会ったときに返す」


――のぉぉん……。


ヒスイの悲しげな鳴き声が聞こえたが、お前の飼い主はネマだろうが。

離れたくないというのも、どうせ俺の魔力目当てに違いない。

ヒスイのことは放っておいて、赤のフラーダが目撃した一連のことをユージンに話した。


「ユージンは今回の件、どう考える?」


「ヘリオス伯爵家とイクゥ国は、最近繋がりが強まっています。その縁でとも考えられますが、番を解放するのが目的であれば、ライナス帝国を頼った方が確実です。つまり、頼ってしまうと何か露見する事柄があるのでは?」


さらに、ユージンは赤のフラーダが目撃した片割れが獣王か否かを考察し始める。

生まれれば獣王の座に就くことが定められている(ほう)族の実態は、ほとんどわかっていない。

生まれることが稀な上に、イクゥ国以外では残されている情報が少ないのだ。


「伝承によれば、鵬族は必ず雌雄で生まれるとあります。今代の獣王様は女性ですので、対となる男性の鵬族も生まれているはず」


不慮の事故などで女神様のもとへ旅立ったことも考えられるが、獣人の店にいた片割れが本当に獣王であれば、その鵬族の男性が何者かに囚われているということになる。


「一つ、鵬族の男性がライナス帝国で生まれており、それを隠蔽(いんぺい)している。一つ、生まれた頃より鵬族の男性の行方がわからず、ヘリオス伯爵家を頼って探していた。一つ、何者かがイクゥ国もしくは獣王様を掌中に収めるため、鵬族の男性をさらった。考えられるだけでも、いくつもの予測が立てられます」


もし、鵬族の男性を助けたいがために、ネマを狙っているというのなら、こちらもやりようがある。

しかし、店でのやり取りでは、愛し子の方を優先しているようだった。

愛し子を狙っているのであれば、ルノハークが関わっているのは確実だろう。

それに、他種族を嫌っている聖主だ。他種族国家であるライナス帝国にも手を出すくらいだから、元は獣人の国で今なお多くの獣人が住うイクゥ国に手を出していないとは思えない。

イクゥ国の上層部を意のままにするために、希少な鵬族の男性をさらった可能性も出てくるわけだ。


「とりあえず、鵬族の男性が本当にいるのか。(くだん)の人物が獣王だと仮定して、獣王の番がどこにいるのかを探った方がよさそうだな」


精霊に聞いてもいいが、情報部隊を動かした方が時間はかかってもより詳細なことがわかるだろう。


「ラムジー家はどうされますか?」


「我々が動くより、セリューノス陛下にお任せした方がよいだろう。明日、あちらに行ってくる」


俺がそう言うと、ユージンはどこか楽しげに告げる。


「またオリヴィエに怒られますよ?」


「しばらくは、父上と母上にお願いしよう。業務が滞らなければいいんだろう?」


捕らえたルノハークの件で、これでも業務をかなり絞ってもらっている状態だ。

なので、父上たちにお願いしても、さほど負担にはならないだろう。


ユージンが退室してから、机に向かい、書類を手に取る。

俺の署名が必要なものを先に片付け、報告書を読む前にラルフからの手紙を開けた。

ラルフの方も初代の霊廟で収穫があったようだ。

子孫に宛てた手紙なのに、書いてある文字が不明で読めないと。

その手紙も異なる世界の文字で書かれているのだろう。

ラルフに朝一でその手紙を持ってくるようにと返事を書く。

それからようやく報告書を読み、ルノハークの奴らが腐り切っていることに、ある意味安堵を覚えた。

これなら、どんな処罰になろうと罪悪感を抱かずにすむと。

レニスの貧民街で起きていた人さらいの事件以降、我が国では厳重に警戒を行ってきた。

人をさらって魔力の抽出ができなくなったルノハークは、魔力を注いで作る人工魔石の方に切り替えたようだ。

それは、ミルマ国で多くの魔石を盗んでいたことから予想はついていたが……。

ルノハークは、借金などで首が回らない者、怪我で働けない者、前科があるなどの訳ありの者を集め、人工魔石を作っていた。

もちろん、奴らが相応の対価を払うわけもなく、その実態は一方的な搾取だった。

食事は質素な献立で一日一食、反抗的な態度を取った者には罰としてその一食すらも抜く。身内からの連絡には疑われないようにすべて検閲をかけ、解放するときも口外しないよう名に誓わせている。

小賢しいのは、身内から連絡がある者、家族が心配して押しかけてきた者に限って解放していることだ。

違法労働させていると、家族が騎士団に駆け込まないようにするためだろう。

だから、捕らえるまで発覚しなかった。

代主が関与し、家門ぐるみでこれらのことをやっていたところもある。

領主である各公爵家の監督責任も言及せねばなるまい。


朝食時に、父上と母上に業務の肩代わりをお願いした。

父上はあからさまに不服そうな表情を見せる。


「急ぎで承認が必要になったものだけです。父上にはオスフェ公がついているのですから、問題ないでしょう」


「あいつはここ数日、例の者たちに王命を出せとうるさくてな……。隙あらば御璽(ぎょじ)を押させようとしてくるんだぞ!」


「父上が負けなければいいだけです」


オスフェ公が出させようとしている王命は、国法で裁けない者でも国民に害がおよぶと国王が判断した場合に、無期限でその身柄を拘束できるやつだろう。

その王命を出し、捕らえたルノハークを牢獄に送ったら、数巡後には全滅していそうだな。


「ガルディー様はあのように(おっしゃ)っているけれど、ヴィルのお願いですもの。叶えてくださいますわ」


母上は、純粋に息子の力になろうとしてくれているのだろうが、言葉の裏に圧を感じる。


「リリーナの言う通りだ」


表情を取り繕い、母上に同意する父上。

母上は父上に異を唱えることはめったにないが、だからこそ父上は母上に弱いとも言える。

母上の信頼をなくしたくないのだ。

父上は、悩んでいる姿や情けない姿を俺たちに見せることがある。家族だからというより、父上の場合は意図して行っているように思える。

人心掌握のお手本のような感じとでも言えばいいか?

とはいえ、父上の気持ちもわからなくもない。

母上という存在は、父上がどんな手段を用いても掌中に収めておきたいほど価値が高いのだ。

ライナス帝国の皇女であり、両親にも兄弟にも可愛がられ、その知性と品性から両国の国民に高く支持されており、我が国の貴族たちとも上手く渡り合っている。

ここで母上に見限られると、俺が即位した以降の治世にも影響が出るだろう。


「母上、ありがとうございます。お礼は何がよろしいですか?」


「ふふっ。お礼なんていらないわ。あちらに行ったら、皆様によろしく伝えてね」


ライナス帝国に行ったら、母上のお礼のことも相談するか。

皇太后様なら、母上の好みも熟知されておられるだろう。


◆◆◆


手紙で指示した通り、ラルフは朝一でやってきた。


「ヴィルヘルト殿下の下知により、ラルフリードが参じました」


慇懃な態度で王族に対する礼を執るラルフ。

必要ないと何度言っても、けじめは大事だと言ってやめない。


「急がせて悪い。それで持ってきたか?」


「これだよ」


ラルフから受け取った手紙は、紙質がよいとは言えず、変色もしていた。

こちらには精霊術がかけられていなかったのか?


「どのように保存されていたんだ?」


「それが……凄くわかりやすく台座に言葉が刻まれていてね」


ラルフ曰く、石櫃(せきひつ)を載せる台座に、初代の遺言が書かれていたそうだ。

幼い頃に一度霊廟に入ったことがあったが、そのときは気づかなかったとも。


「何が書かれていたんだ?」


俺が尋ねると、ラルフは初代オスフェの遺言を(そら)んじた。


『私の血を受け継ぎ、愛し子を大切に思う者のみ開けよ。条件を満たさぬ者が触れたときは、精霊の怒りを受けるがよい』


初代もやっぱりオスフェなんだな。敵だと判断した者に対して、本当に容赦がない。


「どうやら、初代様は精霊石を使って仕掛けを作ったみたいなんだ」


精霊石は精霊王からもらうしかないので、ライナス帝国から融通してもらったのだろう。


手紙の封は開けられており、中身を取り出す。

用箋(ようせん)と封筒が出てきた。

用箋の方はラーシア語で書かれており、初代オスフェ公が子孫へ宛てたものだった。

文面は短く、愛し子が現れたらこの手紙を渡すようにと。

もう一通の手紙。封蝋には、王族が使う蝶の紋章がはっきりと押されている。

こちらもすでに開けられていて、中の用箋には異なる世界の文字が書かれていた。


「初代様は、後世に現れる愛し子が異なる世界の記憶を持っていると確信があったようだ」


ラルフに初代様の手記を見せる。

初代様たちの恩人である地下の賢者に、初代国王ギィの直筆に間違いないと言われたこともつけ加えた。


「この手紙とこちらの手記、筆跡が同じだね」


「あぁ、初代国王ギィが書いたものだろう」


「……これをネマに見せるの?」


ラルフは不安をにじませた声で問うてきた。

愛し子が、自分の力で身を守る(すべ)などが書かれている可能性もある。


「最終的には読ませるしかない。しかし、その前にライナス帝国にも確認を取る。もしかしたら、ロスランも何かを残しているかもしれないからな」


ラルフにこれからライナス帝国に向かうことを告げる。

俺が留守にしている間、ルノハーク関連の業務はラルフにやってもらわなければならない。

なので、権限の委譲とその権限の範囲、追加の指示等をまとめた書類を渡す。


「判断がつかないものは、宰相か陛下の指示を仰げ。なるべく早く戻るようにはする」


「わかった。連絡はこの子たちにお願いするね」


そう言ってラルフは精霊たちを示す。

精霊も頼られるのが嬉しいのか、口々に任せてと張り切っている。


「では、留守を頼んだぞ。……お前も留守番だ、ヒスイ」


俺についてこようとしていたヒスイを確保し、ラルフに預けた。


転移魔法陣を使用して、ライナス帝国の宮殿に飛ぶ。

飛んだ先の転移の間では、すでにセリューノス陛下が待ち構えていた。


「いらっしゃい、ヴィル」


「わざわざ出迎えていただかなくても……」


陛下の横でユーシェが歯を剥き出しにして、こちらを威嚇してくる。


『坊、ずいぶん嫌われたようだな』


ラースめ、面白がっているな。

陛下がユーシェを宥めてくれて威嚇はしなくなったが、俺のことが気に食わないというのはしっかり伝わってきた。


「昔、一緒に遊んだことがあるんだぞ?」


まだラースと出会う前から、テオやクレイの誕生日を祝う宴や他の祝い事によく招待されていた。その際、幼かったテオやクレイと一緒に、ユーシェが相手をしてくれたこともある。

ユーシェは、そんなこと覚えてないと言うように顔を背けた。


「ユーシェ、光の聖獣に会いたいと言っていただろう?ネフェルティマ嬢にお願いしておいたから」


陛下がユーシェの首を撫でながら告げる。

ユーシェがディーに会いたがっているというのは不思議だが、よほど嬉しいのだろう。

先ほどまで放たれていた剣呑な空気が霧散した。


場所を移し、まずは互いの近況報告をする。

ライナス帝国に引き渡したルノハークの調査は順調に進んでおり、我が国でのような変わった動きはないという。


「帝国でなら、魔石は採掘した方が早いからだろう。魔石鉱山で盗掘か横流しされていないか、早急に調べさせよう」


国土の広いライナス帝国は様々な鉱山を有している。

地竜の寝床だった場所では、鉱物だけでなく魔石も多く採掘できるし、鉱脈の回復待ちのところもある。


――ブルルルッ!


今まで陛下の側で大人しくしていたユーシェが、突然陛下に甘え始めた。


「あぁ、行っておいで」


ネマがユーシェのことを呼んでいると、精霊が知らせにきたようだ。

ユーシェは部屋の隅にある水甕(みずがめ)に近づくと、その水甕の中に溶けるように消えていった。


「さてと、本題に移ろう。ヴィルが届けてくれた物についてだが、ヘリオス伯爵家傍流のラムジー男爵家の家紋であることが確認できた。それで、ラムジー家は何をやらかしたのだ?」


陛下に、赤のフラーダが目撃した出来事を説明する。

不穏な会話をしていた二人組の片方が獣王様で、もう一方がラムジー男爵家の者ではないかと。


「獣王と思われる人物と会っていた者か。獣王といえど、宮殿の警備を()(くぐ)るのは難しいと思うが?」


「獣王様が暴動を収めたと聞きました。そのように活躍したばかりなら、獣王様へ取り計らおうとする獣人がいた可能性もあります」


(ほう)族の獣王という、伝承の中の存在を目の当たりにし、さらには力の片鱗を見てしまえば、畏敬の念を抱いてもおかしくない。

それに、皇族の何人かが時折お忍びで抜け出している。警備の者たちも、悪い意味での慣れが生じているのだろう。


陛下はため息を吐き、警備面は別に調査すると仰った。

軍部にルノハークの手がおよんでいたら、ネマだけでなく、皇族たちの身も危険だ。


「ヘリオス家、ラムジー家双方の調査はそちらにお願いしても?」


「あぁ。ヘリオス家はロスラン計画のこともある。もう一度、すべて洗った方がよさそうだ」


ロスラン計画はネマの発案のせいか、かなり大がかりな事業になっていると聞く。

そのような事業には、害虫が多く(たか)ってくるしな。


「それと、暴動と賊は片づいたのですか?」


「暴動で捕らえた獣人のほとんどがイクゥ国からの難民でね。獣王が宮殿にいるからと集まったようだ。ただ、この騒ぎは陽動だったのかもしれない」


陽動?故意に暴動を起こしたと?


「ヴィルの話を聞いて、獣王が本当に番を探していたら、と考えた。獣王は宮殿に番が囚われていると思い、正門前で騒ぎを起こし、警備の隙を作って使節団の者たちに探させた」


では、賊はイクゥ国の使節団の者だったのか!?

陛下に賊のことを聞くと、肯定で返された。

尋問を行っても、誰も目的を吐かなかったそうだ。


「スライムを使ってでも?」


スライムを尋問に用いると、ほぼ全員と言っていいくらいに自白する。

自分の体が魔物に食われていく恐怖に耐えきれないのだ。


「いや、軍の者が飼っているスライムたちは、皆ルノハークの方にかかりっきりでね。順番待ちだそうだよ」


陛下はスライムが大活躍している状況が愉快だというように笑った。

確かに、こんな用途でスライムが人気になるとは、誰も予想だにしなかっただろう。

ただ、食われる様子を見せるのであれば、他の魔物も使えるのではないか?

ゴブリンは雑食で、人を襲い食らうこともある。コボルトはレイティモ山での生活を見てわかる。人を食らうことはほとんどない。動物の肉すらも、焼いた方が美味いと言うコボルトが多いくらいだ。


「ゴブリンでも同様のことが可能でしょう。ネマのためなら、協力してくれる魔物がいます」


そう提案してみると、陛下はすぐに首を横に振った。

ネマに関わる魔物に、そのようなことはさせられないと。


「だが、提案自体は面白い」


ふと見せた悪どい顔。

大国の皇帝だから、聖獣の契約者だからといって、聖人君子ではない。

その力に(おご)ることなく、守るべきものを守る。

帝国の者たちはそれを長い歴史から学んでいる。知らぬは他国のものばかり。

残念ながら、ガシェ王国でもそうだ。

聖獣の契約者に相応しい行動をと言ってくる者たちの多さよ。

何を以て相応しくない行動とするのか。それすら理解していないのによく言える。

俺が馬鹿なことをしたら、ラースはすぐに諌めるだろう。半身であり、伴侶であるのだから。

セリューノス陛下のように、表と裏を上手く使い分けられる王となるには、まだまだ精進が必要だな。


「私にはダグラードという頼もしいオーグルがついているからね」


オーグルで思い出した。そういえば、捕まえたオーグルを届けたな。

オーグルに加減ができるのだろうか?どう考えても、自白させる前に殺してしまいそうだが……。


とりあえず、ライナス帝国側に任せたいことはお願いできたので、ロスランについて尋ねた。

以前話に聞いた、ロスランの手記以外にロスランが残した物はないかと。


「ロスランの手記以外か……。そんなものが残っていたら、地下の宝庫で厳重に保管しているだろう」


つまり、あの手記以外は何も残っていないのか。

ギィや初代オスフェのように、どこかに隠してあるかもしれない。

霊廟で初代たちが残した手記や手紙のことを話し、また愛し子にしか読めない文字で書かれていることも伝えた。


「聖主は、愛し子と似たような能力を持っていると思われます。これらを読み解けば、聖主の正体を掴む手がかりがあるかもしれないのです」


聖獣と契約しなかったギィ。真名ではない、暫定的な契約のネマ。水の聖獣と契約したロスラン。

それぞれ状況が異なる愛し子。

カーリデュベルが語った聖主の能力がなんなのか、ギィやロスランなら知っていたのではないか?


「なるほど。歴代皇族の遺物については、トゥーエンの管轄だな。彼に調べさせよう」


トゥーエン伯父上は、学術殿(がくじゅつでん)時代から皇族の歴史を研究しており、個人的にも皇族に関係するものや皇族の私物を蒐集しているそうだ。


「ネフェルティマ嬢にその初代国王の手記を読ませるのだろう?」


「はい。なるべく早めに読んでもらおうと考えています」


「それならば、一時的にネフェルティマ嬢をガシェ王国に戻してはどうだ?」


突然の提案に、即座に反応できなかった。

陛下は、なぜネマを戻すべきかを語る。

まず一つは、獣王様や使節団の存在だ。彼らが何か企んでいる以上、側に置いておくのはよくないと。

二つ目は、警備面の不備だ。先ほども指摘した通り、なおざりになっている部分がある。それを調べ、是正するのにも多少時間が必要だろう。

そして三つ目。ラルフが光の聖獣であるディーと契約したこと。ディーが契約者と離れても問題ないのであれば、ネマが戻っている間、付き添ってもらえるのではないかということだった。


確かに、ネマの安全を考えたら、今はガシェ王国にいる方がいいかもしれない。

それに、ギィの手記に何か……ネマが衝撃を受けるようなことが書かれていた場合、オスフェ家の手助けが必要だ。


「では、その方向で話を進めます」


最後に、赤のフラーダのことも託す。

しばらくは、エルフの森にいてもらうしかないが、準備ができ次第、安全な場所で保護してくれると。


エルフの森に寄って、赤のフラーダに今後のことを伝える。

保護している間、依頼を受けることができないので、その期間の補償と秘匿事項の確認を行い、契約書に記す。


「……ここまでしていただかなくても」


ユーガ殿は恐縮しているようだが、彼らは証人でもあるのだ。

会話を聞かれていたと例の人物たちが知ったら、彼らを抹殺しようとすることも考えられる。


「貴殿らの腕前は十分承知している。しかし、今我々が対峙している敵は一筋縄ではいかない。貴殿らが敵に目をつけられ、襲われる可能性もある。警戒するに越したことはない」


不自由させることを詫び、何か欲しいものがあれば長に伝えるよう言って別れた。

長にも迷惑をかけることとなるので、何かお礼をしたいと言ったのだが、ネマを連れて遊びにこいと返される。それが精霊が一番喜ぶからと。

どこまでも精霊を尊ぶエルフらしいお願いだ。


ガシェ王国に戻ると、真っ先に父上のもとへ向かう。

父上にセリューノス陛下の提案を進言すると、側で聞いていたオスフェ公が壊れた……。


「陛下、そうしましょう!皇帝陛下自らが、あちらは危ないと仰っているんです。今すぐ!うちの娘たちを呼び戻すべきですっ!!」


触れ合わんばかりに顔を近づけ、父上に熱弁を聞かせるオスフェ公。


「さぁさぁ!皇帝陛下へ親書をお書きください!あぁ、娘たちが戻るための準備は、私がしっかりと行いますのでご安心を!さぁ、陛下!!」


圧が凄い……。

早よ書けと、オスフェ公は父上に筆を握らせようとする。ちゃっかり御璽も用意してある。

下手したら、一晩で全部準備が終わるのではないか?

俺は心の中で父上に詫びて、静かに部屋から出る。

オスフェ公に目をつけられたら、何をさせられるかわからないからな。





パパンが本気を出すようです(笑)

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