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好奇心も過ぎると痛い目をみる。

朝から雨が降っていて、もうすぐお昼だというのに薄暗い。場所によっては、霧も発生しているとか。

今日は室内で遊ぶつもりだったが、予定を変更してウルクの背中でまったり中。

お日様が出てないからか、ウルクがご機嫌斜めだったので、日向ぼっこの代わりに私が温めているのだ!


「ウルクは狭いところ大丈夫なの?」


爬虫類の性質が強いのであれば、雨の日はどこかで雨宿りをしていたよね?

地球産のヘビなら、岩場の隙間や落ち葉の下でじっとしているけど、ウルクの場合は尻尾が邪魔で雨宿りできる場所が限られていそう。


――狭いところは好きではない。


「じゃあ、お外で暮らしていたとき、雨の日はどうしてたの?」


――大きな虫の巣穴を借りていたぞ。


はて?ウルクが入れるほど大きな穴を掘る虫……。

虫の巣といえば、ハチやアリがとっさに思い浮かぶが、ウルクのサイズとなると魔蟲(まむし)の可能性が高い。

大きさ、見た目、習性などをウルクから聞き出し、導き出した答えは……極悪甲種アリ型!

ルルド山のアリさんも極悪甲種だが、ウルクが暮らしていた地域のアリは、アリさんよりも一回りほど小さい種類のようだ。

そのアリの巣の入り口を、雨の日に間借りしていると。


「その虫を食べたりするの?」


――あれは食わない方がいいぞ?


ウルク曰く、ずっとお腹に溜まり、痛くなることがあるらしい。

どうやら、甲種の外骨格が丈夫すぎて、消化不良を起こしてしまうみたい。

なので、ウルクのように丸呑みするタイプより、ワイバーンなどバリバリっと食べるタイプ向きのようだ。

極悪甲種のアリも雨の日は巣に篭もるので、ウルクが巣穴の入り口に居座っても問題ないとのこと。

雨の日限定の共生ってことかな?

アリはウルクが自分たちを襲わないと知っていて、用心棒代わりだと思っているのかもしれないね。

雨の日でもウルクが寛げるよう、何か暖房器具の魔道具を用意しようと思ったんだけど、狭いのが苦手となるとちょっと悩むな。

ホットカーペット的なものだと低温火傷が心配だし、部屋の温度を上げると星伍や陸星が熱中症になるかもしれないし……。

日向ぼっこしているときみたいに、ぽかぽか温めてくれるものがないかなぁ?

窓の外のどんよりと暗い雲を見て閃いた!照明で暖かくできればいいんだと!

照明の魔道具は種類がいっぱいあるそうなので、暖かくする機能つきのもあるかもしれない。

魔道具はお姉ちゃんが詳しいので、学術殿(がくじゅつでん)から帰ってきたら聞いてみよーっと。


それから魔物っ子たちと一緒にゴロゴロまったり怠惰に過ごし、日が暮れる前には雨も上がった。


「明日はお外で遊べそうだね」


窓の外を眺めて呟いたら、森鬼も私に釣られて窓の外を見て、そしてなぜか首を傾げた。稲穂もだ。

森鬼は何かを見かけたとかだろうが、稲穂はたぶん森鬼を真似ただけだな。


「どうしたの?」


稲穂の頭を撫でながら森鬼に尋ねる。


「いや、精霊が落ち着いたようだ」


詳しく聞いたら、朝から精霊たちの様子がおかしかったらしい。それが今は落ち着いていると。

いつも雨の日は水の精霊が少しはしゃぐくらいなのに、今日はどの精霊もそわそわしたり、あちこち飛び回っていたそうだ。


「じゃあ、精霊さんに聞いてみたら?何があったの?って」


「……内緒、だそうだ」


内緒かぁ……。そんなこと言われたら、余計に気になるね。


「この雨はそのないしょに関係あったりする?」


雨が関係するなら、陛下がユーシェの力を使ったか、精霊にお願いした可能性がある。


「……それも内緒だそうだ」


それも内緒ってことは、陛下じゃない可能性もあるから……じゃあ、サチェ?先帝様が皇太后様のために降らせたとか?

いくつか質問してみても、精霊から返ってくる答えは内緒と秘密だけだった。

せめて、はいかいいえで答えくれたら、正解が導き出せるかもしれないのに……。

そういえば、前世にそんな感じの遊びがあったな。


「あ、戻ってきたよ!」

「カーナ様とシェルだ!」


じゃれ合いをしていた星伍と陸星が、ダダダッと駆けてきて教えてくれた。

匂いや足音で、誰かを判断しているっぽい。


「教えてくれてありがとう。いっしょにおねえ様をお出迎えしましょう!」


魔物っ子たちを引き連れ、扉の前で待機しようと思ったら、もう扉が開いた。


「おねえ様、おかえりなさい!」


「ネマ!ただいま戻りましたわ!」


いつも通りぎゅーっとハグされたけど、すぐに解放される。


「今日はずっとお部屋で遊んでいたのかしら?」


「うん。それで、おねえ様に聞きたいことがあって」


お姉ちゃんと手を繋いでリビングに行き、早速照明の魔道具のことを質問した。

雨の日でも日向ぼっこをしている感じになる照明が欲しいことも。


「暖かい光はあることはあるけど、ネマが望むようなほんのり暖かくなるものはないわね」


やはり、暖房器具的なものしかないのか……。


「でも、少し手を加えれば大丈夫よ。わたくしに任せて!」


自信満々に胸を張るお姉ちゃん。思わず拍手してしまった。さすがママンの娘!


◆◆◆


雲一つない晴天!お外で遊ぶにはもってこいだね。

それなのに……ウルクは窓辺で稲穂と一緒に二度寝中だ。

お散歩行こうって誘っても、スパッと断られた。お部屋の方が居心地いいからって。

それを聞いて、竜医長さんの手紙に書いてあったのはこれか!って納得したよね。

竜種は、環境の変化に適応するためだったり、健康維持のためだったり、ただの気分だったりと理由は様々だけど、自分で活動量を減らすことがあるらしい。特に地竜はその傾向が飛竜に比べて強いんだとか。

そう書いてある手紙を読んで、リンドドレイクはまったり過ごしている子の方が多いと、ダンさんが言っていたことを思い出した。

お部屋の居心地がよくて、のんべんだらりしたい気持ちはわかるので、ウルクにはそのまま日向ぼっこを堪能してもらう。


森鬼を連れてお庭に向かっている途中、ルイさんと遭遇した。


「ネマちゃん、特に予定がないなら、僕に付き合わない?」


突然、ナンパのように誘われてびっくり!

普段より警衛隊の人数が多いことから、これから公務なんじゃないの??


「ルイ様、お仕事があるんでしょ?」


チラリと警衛隊の隊長を見やる。

以前、ルイさんとお忍びでエルフの森に行ったとき、庶民に扮した私の伯父役をしてくれたフォードルさんだ。

母親役をしてくれたメルさんもいる。

二人とも特に何も反応を示さないことから、私が同行しても問題ないみたいだけど……。


「そうなんだけど、癒やしが欲しいなぁって」


ルイさん自身、やる気ゼロな感じだな。テンションが下がるくらい嫌な公務なんだろうか?

念のため、何のお仕事なのか聞いてみた。


「獣王様の案内役だよ」


「行くっ!」


即答すると、ルイさんが私を抱き上げた。逃がさないぞっていうことらしい。


「案内って、どこを案内するんですか?」


「宮殿のあちこちだね。獣人が多く働いているところを中心にと考えてはいるけど」


獣人が多いとなると、軍部の詰め所かテオさんのところの警衛隊が思い浮かぶ。あと、スピカがよく顔を出しているという獣人用の休憩室かな?

ひょっとして、私が行ったことない場所を見せてもらえるかも!


うきうきしながらルイさんに抱っこされてついていくと、馬車に乗せられた。

宮殿といっても敷地が広いため、敷地内の移動も馬車を使う。

獣王様たちが泊まっている別宮までお迎えにいった。


獣王様は私も一緒だったことに驚いてはいたが、すぐに歓迎してくれた。


「そうしていると、ネマ嬢はやはり子供なんだな」


ルイさんに抱っこされている私を見て、獣王様は微笑む。

馬車を降りてすぐ、またルイさんに抱っこされたんだよね。獣王様に失礼だから下ろしてって言っても、ルイさんは素知らぬ顔。

獣王様はそのままでいいって許してくれたけど、不敬だって怒られても知らないよ!


ルイさんへの怒っているぞアピールは効果なく、結局ルイさんは私を抱っこしたまま獣王様と会話を続け、見たい場所はあるかと要望を聞いた。


「帝都全体を見渡せる場所はあるだろうか?」


どういう街なのか上から眺めてみたいけど、他国の空を飛ぶのは護衛の面からダメだと言われたらしい。


「それなら、宮殿の時報せの塔から帝都をご覧いただけますよ」


えっ!?あの塔登れるの?

軍部の詰め所に遊びにいくときに先端の方だけが見えるのだが、宮殿では誰も時報せの塔の話をしないので立ち入り禁止なのだと思っていた。


「ネマ嬢も異論はないようだな」


獣王様が私を見て言った。

私の目はきっと、好奇心でキラキラしているのだろう。

もちろん、異論なんてない!


再び馬車に乗ってやってきた時報せの塔。宮殿にはどこからでも見えるよう、三つ設置されているそうだ。

ダオたちとピクニックで見た帝都の時報せの塔はオベリスクに似た細長い塔で、宮殿のものは物凄くとんがっている。いわゆる尖塔ってやつなんだろうけど、こんなにとんがらせるものなの?

天辺近くに展望室があるそうなので、そこまで階段を上らないといけないみたい。

階段の手前で、ルイさんはさりげなく私を森鬼に渡した。

ははーん。ルイさん、私を抱っこして階段はきついと判断したな?

まぁ、ルイさんもいいお歳ですし、鍛えているといっても本職の面々には敵うまい。


「ネマちゃんが何を考えているのかだいたい予想はつくけど、安全のためだからね」


そう言われて、私は頷いた。

体力に不安のあるルイさんよりも、森鬼の方が安全なのは確かだからだ。

それは塔の半分くらいまで上ったところで証明された。


「ルイ殿は少々体を鍛えた方がよいのではないか?」


「これでも普通の人よりはある方なんです」


私は抱っこで運ばれているので疲れてないが、ルイさんの方は明らかにペースが落ちて、獣王様にまで心配されている。


「こうなったら奥の手を使おう。エリダ、いつものお願い」


エリダと呼ばれた女性の警衛隊員が、ルイさんに治癒魔法をかける。

ちょっとずるい感じもするけど、ルイさんの今日のお役目は獣王様の案内係だもんね。獣王様より先に疲れたのでもう無理です、なんて言って途中でやめることはできない。

ようやく展望室の階に到着すると、何もないがらんとした部屋だった。

ガラスの入ってない吹きさらしの窓がいくつもあり、部屋の雰囲気に合ってない古いベンチと小さなローテーブルがあるだけ。

展望室って言うから、もっとお洒落な感じだと思ったのに……。

はっ!時間を知らせる魔道具はどこだ!?


「あぁ、魔道具がある部屋はもう少し上だよ。でも、点検と魔力補充のときしか入れないし、保護具がないと光で失明することもあるから、絶対に侵入しないように!」


転移魔法陣のキラキラを見るために作ったサングラスを使えば……って思ったけど、ルイさんに釘を刺されたので今日は諦めるか。

なので、今度魔道具を点検する日に、お姉ちゃんと一緒に見学させてもらえないか、ルイさんに聞いてみた。


「ここを管理している者が許可したらね」


ルイさんとしては、詳しくない分野なので現場責任者の判断を優先するとのこと。

もし、断られたら潔く諦めてとも言われた。その代わり、お姉ちゃんと一緒に見学できる場所に連れていってくれるって!


「それよりも、ネマちゃんも外の景色を堪能しなきゃ」


私の興味を魔道具から(そら)そうと、ルイさんが窓の方へ促す。

私が覗くには身長がちょーっと足りなかったので、再びルイさんに抱っこしてもらった。

すぐ視界に入ってきたのは、輝青宮正面に広がる大庭園。ここからでも噴水の水がキラキラ反射しているのがわかる。


「大庭園も上から見るとすごい!」


庭師たちが丹精込めて造っている大庭園は、宮殿を訪れる者たちの目を楽しませるために、とんでもない労力が割かれているのだろう。

近くで見ても、輝青宮の窓から見ても、時報せの塔から見ても、それぞれ違う魅力があった。


そして、奥に広がるのが帝都の街並み。

昨日の雨のおかげか、遠くまではっきり見通せる。

エルフの森は煙が立ち上がっているのですぐにわかった。

こうして見ると、宮殿からそこそこ距離があるなぁ。また行きたいね!

それから獣王様と一緒に、ルイさんによる帝都のうんちくをたくさん聞かせてもらった。

特に帝都の中でも、獣人が多く暮らしている地域には変わった外観のお家が多いらしい。

例えば、()族専用集合住宅とか。一つの大きな建物の中に部屋がいっぱいある。ここまでならマンションのようなものをイメージするだろう。

しかし、鼠族専用集合住宅は、すべての部屋が繋がっていて、住民なら誰でも行き来できるそうだ。

プライバシーなんてないに等しい居住空間だが、大家族で暮らす鼠族にとっては、仲間の気配を感じ取れる方が安心するんだって。

他にも、鳥の獣人のお家なら屋上にも玄関があったり、明るいのが苦手な獣人用の窓がいっさいないお家とか。

街を歩くだけでも、どんな獣人が住んでいるのか想像したりして、凄く楽しそうだ!


「次はどこに行きましょうか?」


「そうだな……」


ルイさんと獣王様が次の場所を話し合っていると、獣王様の護衛のお二人が外を気にする素振りを見せた。


「どうしたんですか?」


「いえ、外が騒がしくなったので」


大虎族のキトーさんはそう言うが、騒がしい音なんて聞こえてこない。

外を覗いてみるも、これといった変化は見当たらないけどなぁ。


「あちらの方ですね」


キトーさんが指で示した方は、確か正門がある方だな。

(ゆう)族のオッサンさんも人がたくさんいるようだと教えてくれた。


「あっ……」


ちょうど上空を横切る影が視界に入り、思わず声が出た。

鳥の獣人が何人か集まって、何かをやっている。


「何やら争っているようだ」


森鬼も鳥の獣人たちの方を見つめているが、森鬼の視力ってよかったっけ?精霊が教えてくれたのかな?

ちなみに、大虎族と熊族の視力は人間とほぼ同じだ。違うのは動体視力と夜目が利くこと。

夜もはっきり見えるのは、ちょっと羨ましい。前世ではよく、夜中にお手洗いに起きて足の指を、通販した段ボールにぶつけてたんだよねー。電気つけるのも面倒だったし。


「軍服を着た鳥の獣人たちが、平民の鳥の獣人を取り押さえているな」


この中で一番視力がいいであろう獣王様には、服装まではっきりと見えているみたい。


「レダ、確認を」


宮殿を警備している軍部が動いているので、何か起きているのは確かだ。

ルイさんは、エルフの警衛隊員に指示を出して、返答を待つ。

その間にも、上空では鳥の獣人の数が増えていっている。私の目では軍人なのか民間人なのか、見分けることができない。


「正門前に獣王様を一目見ようと、獣人たちが集まっているようなのですが、様子がおかしいそうです」


状況が把握できていないのか、精霊の言葉を伝えたエルフも困惑している。


「獣王様方は安全のために別宮にお戻りいただいた方がよさそうです」


ルイさんにそう言われて、獣王様は少し考え込む。そして告げた言葉は……。


「わたしの姿を見れば、すぐに沈静化するのではないか?」


「獣王様の姿を見たら、余計にこうふんします!」


間髪入れずに突っ込んでしまった。

だけど、ルイさんも護衛のお二人も頷いているので、みんなの総意ってことで許してもらおう。


「いいですか、人がたくさん集まると……なんだか自分が強くなったように感じます。つまり、みんなで力を合わせれば、軍人なんて怖くない!と、強行手段を取る可能性もあるんです!」


あれだ。『赤信号、みんなで渡れば、怖くない』の心理だ。

しかもこれ、冷静な判断ができなくなったり、興奮から暴力性が出てきたりと、よくない作用を伴う。

日本ではあまり見られないけど、海外だと様々な理由で暴動が起きたりしていた。

人間の暴動でも止めるのが大変なのに、獣人がとなると被害がとんでもないことになりかねない。


「なので、獣王様は安全な場所にひなんするべきです!」


「しかし、わたしが原因で同胞が傷つくのは本意ではない」


私とルイさんで獣王様を説得しようとしたが、頑なに避難することを拒否する。

しかも、ここから飛んで正門まで行こうとするから、私が獣王様の腰にしがみついてなんとか止めた。


「では、こうしましょう。馬車で正門の近くまで行きますが、獣王様は馬車から出ないでください。その後、安全な場所で、獣王様のお声を届けましょう」


ルイさんの提案は、近くで様子を見たらすぐに安全な場所に避難し、そこで魔法を使って正門前にいる獣人たちに獣王様がお言葉をかけるというものだった。

みんなが騒げば騒ぐほど、みんなの前には出られないぞと言えば、大人しくなるかもしれないとルイさんは続ける。

アドレナリンどばどば中の人たちに、その言葉が効くか微妙だよねぇ。もっとこう、ガツンとくる内容じゃないと、聞こうとしないと思う。

とりあえず、獣王様はルイさんの提案を渋々受け入れてくれた。


「じゃあ、ネマちゃんは……」


「帰らないよ!」


私は獣王様に抱きついている力を強める。

このまま獣王様にくっついているつもりだ。でないと、獣王様飛んでいっちゃいそうだし。


「ネマ嬢こそ安全な場所に……」


「獣王様がいっしょなら行きます」


獣王様は自分が無理を言っているので、私に強く出られないでいる。

ぎゅーぎゅーと抱きついていると、獣王様が私の体を持ち上げ、抱っこしてくれた。


「ネマ嬢の身はわたしが守ろう」


「ありがとうございます!」


森鬼には申し訳ないが、森鬼を獣王様と一緒の馬車に乗せることはできないので、ルイさんの馬車に同乗してもらう。


正門の近くで馬車が止まり、窓を開けると怒号が飛び交っていた。


「ネマちゃんも馬車から降りないように」


ルイさんは早々に馬車を降りて、私たちの馬車の横で正門の騒ぎを眺めている。

ちょこっとだけ窓から顔を出して、正門の方を見た。


「おぉ!」


軍人たちは正門の内側で武器を構え、対するは門に群がる獣人。

門の隙間から手を伸ばしたり、門自体をよじ登ろうとしたりする光景に思わずテンションが上がった。ゾンビ映画で必ず見るやつだ!と。


どうやら外側からも集まった獣人を散らそうとしているようだが、効果はないみたい。

それに、門をよじ登っている人が一番上に到達しそうになると、ギャッという悲鳴を上げて落ちていくのは大丈夫なんだろうか?

下にいる獣人が、ササッと避けるのはさすがだなって思うけど。

あと、殴り合いの喧嘩も起きてない?見える範囲では確認できないけど、殴ったな、容赦しねーぞといった叫び声も聞こえてくる。


「どうやら、獣人同士でも争っているみたいだね」


精霊を通じて情報の伝達が行われているようで、エルフの隊員がルイさんに報告していた。

正門前に集まった獣人は移民の人たちが多く、門番たちに暴言を吐いたらしい。見かねた帝国民の獣人がそれを注意したら、やんのかコラァと取っ組み合いが始まった。それぞれお友達が助太刀という名の乱入し、いつの間にか帝国獣人VS移民獣人の闘争まで発展。

それに加わろうとする人間もいるとかで、現場はかなり混乱状態なのが窺える。

上空でも同じような状況で、鳥の獣人同士でやり合っていたり、それを引き離そうとする軍の鳥の獣人、強行突破しようとして地上に叩き落とされる鳥の獣人など、まぁ凄い空中戦が繰り広げられていた。


「ネマちゃん、顔出しすぎ……」


もっとよく見ようと体を前のめりにしたら、片手が窓枠から滑って、お腹を窓枠に強打した上に頭から落ちそうになる。

ルイさんがキャッチしてくれたけど、お腹が……うぅぅ。

ルイさんは私を下ろして怪我とかを確かめようとしてくれているが、痛みが治まるまで動かさないでぇぇ。

鉄棒で勢いよくジャンプしたらお腹をぶつけたときやカフェやバーのハイテーブルの角にぶつけたときの痛みと比べるとまだマシな方だけど、痛いのは痛い!


「殿下っ!!」


警衛隊員のであろう叫び声が聞こえたと思ったら、なんか強風が吹いて、くぐもった声と重いものが落ちる音がした。


「何事!?」


私の近くに鳥の獣人が落ちた音だったっぽい。

つか、鳥の獣人さん酷いあり様だけど、生きてる?


「ネマ嬢、ルイ殿、大丈夫か!!」


「急ぎ宮殿に戻るぞ!」


ルイさんの指示より、獣王様の方が一足早かった。

獣王様は馬車のドアを開け、私の無事を確認すると力強い羽ばたきであっという間に空へ。

ルイさんはくそっと悪態をつき、私の身柄を森鬼に押しつけて獣王様のあとを追う。

ルイさんが狙われたと思ったんだけど、違うの?となると、あの鳥の獣人が狙っていたのは私!?


「あぁ、あれの羽根を毟っておけ」


森鬼は森鬼で精霊と話しているのだが、何を毟るって!?

落下したせいで満身創痍な鳥の獣人が警衛隊員に拘束される中、なぜか次々と羽根が抜け落ちていく。

まさか、精霊が羽根を毟っているの??


「やめたげて!羽根はかわいそうだからやめよう!ね?」


必死に訴えると、森鬼が何かを言う前に、羽根が抜け落ちるのが止まった。

羽根を毟られた痛みから、鳥の獣人は泣きじゃくっていて、見ているこちらも痛い。お腹の痛みが復活しそうだ。


「ちゆ術師さーん!せめて痛みだけでも治してあげて!」


今日同行している警衛隊員の中に、治癒術師がいたことを思い出した。


「先に二の姫様を診ましょう」


「あちらの方が重傷なので先に治してあげてください」


精霊たちが羽根を毟ったのは、どうも私のせいみたいだし。

それよりもと、獣王様の行方を探すが、上空で一際目立つ翼のおかげですぐに見つけられた。

優雅に旋回しながら飛んでいる獣王様に対して、地上では凄くヤバい光景が広がっている。

興奮して雄叫びや遠吠えを上げる者たち、門にしがみつきながらむせび泣く者、獣王様を拝む者。前世だったら危ない薬か詐欺まがいの宗教かと思うほどカオスだ。

これをどうやって鎮めるの?って思っていたら、何やら楽器のような音が聞こえてきた。

曲ではなく、気の向くままに音を出しているだけにも聞こえるそれは、獣王様が歌って……いや、これはさえずりだ!

透き通ったフルートに似た鳴き声、軽やかなピアノのような鳴き声、ドラムロールみたいな軽快な鳴き声に、流れるように音域が変わる鳴き声はトロンボーンを思わせる。

なんという一人オーケストラ!!

獣王様のさえずりに聞き入っていると、辺りも徐々に静かになっていき、すすり泣く音だけになった。

こんな美しい声を聞いては、誰も何も発せないだろう。


「我らはどこに住んでいようと、祖となる動物を誇りとする獣人。我が同胞らよ。獣人同士で争うという愚かな行為は、わたしが許さん。大人しく召し捕られよ」


先ほどのさえずりとは打って変わって威厳のある声には、獣人を従わせる力があるのかもしれない。

騒いでいた獣人たちはみんな、軍人に捕まえてもらおうとその場で膝を折った。

この人数を拘束するのも一苦労だけど、軍の獣人も獣王様を拝んでいるのはどうなんだ?気持ちはわかるけど、仕事しようぜ!


「ネマ嬢、本当に怪我はしていないな?」


獣王様は降りてくるなり、私の方へ真っ先にやってきた。


「はい、大丈夫です!」


「我が同胞が本当に申し訳ない。わたしの友を襲うなど……黙っておられず、つい外に出てしまった」


獣王様に友と言われて照れていると、あることに気づく。

獣王様、あの羽根を毟られた獣人に狙われたのは、ルイさんだと思っているんじゃ?

ルイさんと獣王様は一緒にダンスを踊ったり、今日も案内役を任されるくらいなので、私が知らないだけで友達だったとしたら……。

うわぁぁぁぁ!めっちゃ恥ずかしい勘違いじゃん!

獣王様は私の勘違いに気づいてないようなので、しれっと誤魔化す。


「獣王様が出していた声って、鳥のさえずりですよね?」


「あぁ。我が鵬族は翼の色と同じく、鳴き声も六種類ある」


そういって、先ほどは鳴いていなかった鳴き声を聞かせてくれた。

ハープのような音がはねる鳴き声に、これぞ鳥!といったピッコロみたいな高い鳴き声。

どちらの鳴き声も素晴らしく、つい聞き入ってしまう。

鳥のさえずりにはリラックス効果があるとされているが、獣王様のさえずりはその効果が強いのかもしれないね。


獣王様たちを別宮まで送ると、別宮の警備が物々しいことになっていた。

まぁ、あんなことがあったあとだし、警備はしっかりした方がいいだろう。

別宮だけでなく、輝青宮の方も警備の人数が増えていた。


「ネマ様、おかえりなさい!さっき、氷漬けになった人が発見されたらしいんですが、もしかしてネマ様見ました?」


自分の部屋に帰って早々、スピカからとんでもないことが告げられた。

氷漬けになった人って……え、なんで??



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