お約束の罰ゲームといえば……。
お部屋からお庭にやって来たぞー!
ウルクも一緒に連れていこうと思ったのに、承諾してくれなかったのは残念だ。
ウルクは竜種なのにヘビの性質が強いのか、宮殿に来てからあんまり動きたがらないんだよねぇ。
運動させた方がいいのか、竜医長さんに手紙で相談してみよう。
ちなみに、星伍と陸星、稲穂は朝からどこかへお出かけ中だ。パウルが何か指示を出していたようなので、宮殿内をいろいろ嗅ぎ回っているのだろう。
海は昨日、たくさん欲を食べたからか、お部屋でゴロゴロしていたい気分らしい。
森鬼も海と同じように寝っ転がっていたが、パウルの指名で私たちにつくことに……。庭について早々、地面に寝っ転がっているので、お昼寝できればどこでもいいみたい。
あと、スピカは休憩タイムに入っているので同行していない。今頃、パウルお手製の昼食を頬張っていることだろう。
「では、羽子板の遊び方をもう一度説明するね。この羽根を、この板で打つだけ!それで、羽根を打ち返せずに落とした人が負けになります。負けた人には……ばつとして、勝った人に顔に落書きされるんだよ!」
最初に説明したけど、念のためもう一度説明しておく。
罰ゲームについては初めて言ったけど、羽子板といえば落書き!これがないと盛り上がらないよね。
「ちょっと待ちなさい!罰があるなんて聞いてないわ!」
「今言いました!」
「屁理屈言わない!」
だって、罰ゲームがあるって先に伝えたら、マーリエは参加してくれないじゃん!
「ちゃんとすぐ落ちるすみだから大丈夫!」
しかも、書道に使う墨汁ではなく、お肌に優しい天然由来成分100%でできているなんちゃって墨汁なのだ!
なので、紙に使うと濃い赤紫っぽい色合いをしている。
試しに私の手の甲に丸を描いて、濡れタオルで拭き取ってみせる。
「ほらね。水にぬらせばすぐに落ちるのよ」
「珍しく汚れない遊びだと思ったのに……」
あー、確かに最近は、水遊びとか泥遊びとか粘土とか、汚れるものが多かったなぁ。
「大丈夫よ、マーリエ!負けなければいいんだから!」
私がそう告げると、ダオが呆れたように言った。
「二人とも女の子なんだから、顔じゃなくて腕でいいんじゃないかな?」
顔だから面白いんであって、腕に描いても何も面白くないよね?
それに、勝負に張り合いがなくなってしまう。
「それじゃあつまらない……」
「だめ!ちゃんと令嬢としての品位は保たないと」
こうなったらダオは頑固だ。
ダオを説得するより、妥協案を出す方がいいかも?
「じゃあ、順位をつけて、最下位の人にだけばつをするのはどう?」
まずは総当たりでやれば、三人とも一勝一敗にならない限り順位は決まるよね?
もしなっちゃったら、もう一度総当たりをやればいいし。
私の説明を聞いたダオは、少し考えてから承諾した。
「これは勝負なんだから、手加減は禁止よ。ダオ、わざと負けようとしちゃダメだからね!」
私が忠告すると、ダオは明らかに狼狽えた。
やっぱり、自分が負ければいいと考えていたようだ。
「ダオは、勝ちをゆずってもらったらうれしいの?」
「……うれしくない。ちゃんと本気でやるよ」
よしよし。
ダオが私たちのことを思って言ってくれているのは嬉しいけど、遊ぶときくらいはもうちょっと気を抜いてもいいと思うんだよね。この庭に来られる人は限られているんだし。
順番を決めるのにあみだくじをやろうと思ったんだけど、お庭は芝生なので、地面に線が描けない。
仕方ないので、パウルに土魔法でくじ引き用の穴の空いた箱を作ってもらい、その中に1から3の数字を書いた石を入れる。
箱の中を見ないように石を取り出して、石に書かれた数字が自分の番号となる。
番号は総当たり表……と言ってもパターンが三つしかないけど、1と2、2と3、1と3の組み合わせで羽子板勝負をするのだ。
一人ずつ箱から石を取り、それぞれ番号を告げていく。
「わたくしは2ね」
「僕は3だったよ」
「私が1ってことは……最初は私とマーリエの対決だー!」
早速勝負に取りかかろうとすると、マーリエから待ったがかかる。
「わたくしたちはやったことがないのに、いきなり勝負なのは不公平でしょう?練習時間を要求するわ!」
マーリエの言うことにも一理ある。
私も羽子板をやったことがあるとはいえ、その記憶は遥か彼方だ。感覚を取り戻すのに、練習はあった方がいいよね?
「わかったわ。練習として、軽く打ち合いしてみよう!」
羽子板と羽根を持ち、バドミントンのように下から上へと打ち上げる。
カンッと独特な木の音が鳴った。音は一度だけだった。
羽根の軌道が読めず、マーリエは打ち返せなかったのだ。
「マーリエが最初に打ってみて」
初めてのマーリエには、バドミントンでいうところのレシーバーより、サービスの方がいいだろうと羽根を渡す。
私はマーリエに打ち方をレクチャーし、代わりにダオが相手に入ってくれた。
「そうそう。打つ直前まで羽根は持ってていいからね」
「うん。ダオ、いくわよ!」
真剣な顔で羽根を見つめ、マーリエは下から上へ掬うように打った。
カンッと、ちゃんと羽根が当たった音がして、ダオがそれに反応して前に出る。
羽根は高く打ち上がったようだけど、距離は出なかったようで、ダオはマーリエのすぐ近くまで来た。
マーリエに下がるよう指示したけど、ダオが打ち返す方が早かった。
近距離で打ち返された羽根にマーリエは対処できず、羽根はぽとりと落ちた。
「ネマ、練習時間を延ばそうか」
「うん、そうだね」
ラリーが続かなければ意味がない。
それから三人で、羽子板の打ち方や羽根の動きに慣れるため、いっぱい練習した。
「マーリエもだいぶ打ち返せるようになったし、そろそろ勝負してみる?」
「いいわよ。ネマ、どこからでもかかって来なさい!」
「のぞむところだ!」
こうして、真剣勝負の幕は切って落とされた。
◆◆◆
負けられない戦いがここにあるんじゃー!と、打ち上げられた羽根を思いっきり打ち返す。
角度も速さもいい感じに打てた感触があったのに、ダオはそれにも反応して打ち返してきた。
「あっ……」
ダオは体勢を崩していたからか、羽根の軌道は低く、手を伸ばしても届かない……。
「ダオルーグ殿下の勝ちです」
審判役を務めるパウルが、手を上げてダオの方を示す。
……まさかの二連敗だと!?
マーリエは、羽根がどこに飛んでくるのか予想がつかなかったので、負けたのは仕方がない。
ちょっとしか飛ばないと思ったら、次にはそこそこ距離を飛ばしたり、真上に上がったと思ったら、まっすぐ飛んできたりと……。
あれを打ち返せた自分を褒めたい!
一敗した私は、なんとしてでもダオに勝つしかなかったわけだ。
しかし、剣術の稽古で身体能力も伸びてきているのか、ダオはどんな羽根でも打ち返した。マーリエの予測不能の羽根もすべて。
「それでは、二勝したダオルーグ殿下は一位、一勝したマーリエ嬢は二位、ネマお嬢様が三位という結果になりました」
パウルはマーリエに、例の墨汁もどきと筆を渡した。
「本当にいいの?」
マーリエは墨汁もどきを手にして、少し戸惑っている。
最下位になった人には罰ゲーム。言い出したのは私だ。
「女に二言はない!」
さぁ来い!と、覚悟を決めて目をつぶる。
頬に触れる冷たい感触と、肌の上をなぞるくすぐったさに、体が勝手に竦む。
「あ、動かないで!」
「冷たいし、くすぐったいから無理」
「口も開けないで」
戸惑っていたマーリエはもうおらず、どこか楽しそうに私の頬に落書きを施していく。
「できたわ。次はダオね」
マーリエから墨汁もどきを受け取ったダオは、おそるおそるといった感じで筆を近づけてきた。
「ダオ、ここは思いっきりいくのよ!」
おっかなびっくりやられると、私もなんか怖くなっちゃうからさ。
再び襲ってくる冷たさとくすぐったさを、全身に力を込めて耐える。
「いいのかなぁ……」
顔に落書きを終えてもダオは、気がとがめるのか浮かない様子だった。
「言い出したのは私なんだし、ばつを受けないと私が無責任なやつになっちゃうでしょ?それに、私は楽しいから大丈夫!」
笑顔でそう言ったのに、ダオはなんとも言えない顔をする。
「……ネマ、ごめん……」
皇族だという自覚を持ってから、あまり謝る言葉を使わなくなったはずなのに!?
「もう我慢できない……」
ごめんからの我慢の意味がわからず首を傾げると、ダオが堰を切ったように笑い出した。
「その顔で、真面目なこと、言われても……頭に、入ってこ、ないよ……あははははっ」
笑いの合間に言葉を紡ぐダオ。最後には、遠慮はいらないとばかりに笑い転げる。
マーリエも口元を隠しているが、確実に笑っているな。
二人の落書き、そんなに面白い出来なの?
「パウル、鏡持ってる?」
パウルは表情を変えずに、懐から取り出した小さな鏡を見せてくれた。
さすが我が家の優秀な執事!
心の中でパウルを褒めてから、鏡を覗いた。
「……ぶっふっ」
吹き出しそうになったので、すぐに手で口を塞ぐ。
両方のほっぺに花丸が描かれていて、顎にも立派な髭が出現してた。
昔、ギャク漫画でよく見たやつだ!
この顔で『言い出したのは私。キリッ!』ってしてたら、そりゃ腹抱えて笑うわ!!
「マーリエ、どう?」
マーリエの目の前で、キメ顔をしてみせる。
「ふくっ……ちょ……ネマ……」
マーリエは頑張って耐えようとするが、私が次々とキメ顔を披露すると撃沈した。
しゃがみ込んで肩を震わせ、耐えきれなくなると声を出して笑う。
落書きされた顔で二人を笑わせるの、めっちゃ楽しい!!
興が乗ったので、特別に変顔も披露してしんぜよう!
「何やら楽しげな声がすると思ったら、殿下たちであったか」
突然庭に現れた人物を見て、私たちは三人とも驚きを通り越して固まった。
最初に復活したのはダオで、彼が礼を取ったことで、私とマーリエも慌てて倣う。
「獣王様、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません」
「なに、謝る必要はない。子供が元気なことはよいことだ。して、何をして遊んでいたのだ?」
青空の下で見る獣王様は光り輝いていた。
白い髪は白銀に、翼は虹のように、尻尾は太陽の光で青にも緑にも見える。
私が獣王様の翼に釘づけになっている間、ダオが羽子板のことを説明していた。
「はごいた……それを見せてもらっても?」
「ネマ、いいよね?」
発案者が私だからか、ダオはわざわざ私に伺いを立てる。
「いいですよ!」
ダオが羽子板と羽根を見せると、獣王様は羽根を手に取り観察する。
「本物の羽根を、しかも種類が異なる羽根を使っているが、鳥を殺したのか?」
「まさか!抜け落ちた羽根を使用しているので、一羽も殺してないです」
鳥の獣人だからといって、羽根だけで鳥の種類がわかるってことはないだろう。もしかして、王様は愛鳥家?
「我が国の獣騎隊から分けてもらったんです」
「ガシェ王国の獣騎隊か。聞いたことはあるが、鳥には乗れないだろう?」
獣王様のイメージする獣騎隊は、いろんな動物に乗って戦う騎士って感じなのかな?
間違ってはいないが、獣騎隊は戦う以外にも他の部隊のサポート役を担っている。
獣騎士には複数の担当動物、通称相棒がいるわけだが、馬は必須となっており、馬以外にもう一種類、騎乗できる動物を相棒に選ぶ。
あとは、伝達用の相棒。鳥や小動物を選ぶ獣騎士が多い。
この三種類の相棒を持てて、ようやく一人前の獣騎士と認められる最低ラインだ。
そこから、獣騎士自身の特性に合う相棒を増やしていく。
戦闘が得意な獣騎士なら、クマやゴリラといったパワー系。隠密行動が得意な獣騎士なら、ネコ科の動物かネズミといった齧歯類という極端だが、隠れるのが上手かったり、素早い動物を相棒に選んでいる。
「獣騎隊には鳥もたくさんいます。鳥のお世話をする獣騎士が、担当の子の羽根をお守りにすることもあるんですよ」
他国の人に、騎士団の内情を詳しく話すことはできないので、なんともふんわりとした説明になってしまった。
獣王様は羽根のお守りに興味を示したので、私が聞いた事例を話す。
帯飾りにしたり、武器につけたりもあるが、一番多いのは小さな箱に入れて持ち歩くだ。
相棒になって初めての換羽期は、獣騎士にとって特別らしく、お守りにしない人でも初換羽の羽根は大切に保管している。
ちなみにこの慣習、鳥を相棒にしている獣騎士だけではない。
哺乳類なら換毛期の毛を、爬虫類なら脱皮した殻を、獣騎士ならもれなく全員、何かしら持っていたりする。
まぁ、私も同類なので何も言えないけどね。
星伍と陸星の毛、ノックスの羽根はもちろん、グラーティアの脱皮殻もちゃんととってある。
魔物っ子たちの成長コレクションは密閉容器に入れて飾っているんだけど、衛生的な問題から容器から出すのも触るのも禁止されている。
保存状態がよければ、私の死後、貴重な資料になるかもしれないしね!
まぁ、欲を言えば、グラーティアの脱皮殻は成長の記録として全部保管したかった。それができなかったのは、グラーティアが脱皮を完了させる前に、何度も白に食べられたからだ。
食べないでと言いたいが、動けなくなることを嫌がったグラーティアが食べて欲しいとお願いしているらしく、ダメって言えないんだよなぁ。
なので、グラーティアの脱皮殻は結構貴重なんだよ!
「人は変わった習性があるのだな……」
ちょっと引かれているような気もするけど、ヘビの抜け殻は縁起物だし、羽根や毛をとっておくのは飼い主あるあるだよね?
獣人は、子供の成長記録として、羽根や毛をとっておかないの??
「獣王様、それは人に共通する習性と言うより、思い出を形あるものとして手元に持っておきたいという心情から来るものです」
人間が誤解されているからか、ダオが訂正を入れる。
そういうふうに言えばよかったのか!
今度、同じような話をする機会があったら、使わせてもらおう。
「なるほど、思い出か。しかし、人は本当に器用な生き物だな。いろいろな物を作り出す」
手のひらの上で羽根を転がしながら、獣王様はしみじみと呟く。
憂いているようにも見えるが、何かあったのだろうか?
「あの、もしかして会談が上手くいかなかったのですか?」
ダオがおそるおそる尋ねる。
そういえば、今日は一日中会談の予定だと言っていたな。
早く終わったってことは、綺麗にまとまったか、早々に物別れに終わったか……。
「わたしは政治的なことに関われないのだが、粗方予想通りだったようだぞ?」
獣王様は会談中ずっと聞いているだけで、発言は一度もしていないんだとか。
イクゥ国の決まりとはいえ、獣王様が会談に参加している意味ある?って思っちゃうよね。
「そうだ!獣王様も気分転換に羽子板をやってみませんか?」
獣王様と仲良くなろう作戦は別に考えついていたけど、運よく遭遇できたのだから、このチャンスを逃してはならぬ!!
「ネマ、急にお誘いしてはご迷惑でしょう」
マーリエに諌められて我に返る。
そうだよね。じゃあ、ここで約束を取りつけて作戦を決行する方が……。
「その誘い、喜んで受けよう」
ふわりと微笑む獣王様に、私もマーリエも一瞬何を言われたのかわからなかった。
「よかったね、ネマ。獣王様とはごいたできるよ!」
ダオの嬉しそうな声に、私は確信した。ダオも獣王様と仲良くなりたいんだと!
だったら、獣王様のお言葉に甘えて、今仲良くなっちゃおう!
「じゃあ、やり方を教えますね」
私の羽子板を使って、獣王様に打ち方を教えようと思ったら、パウルから待ったがかかる。
「今、スピカに新しい板を持ってこさせておりますので、少々お待ちください」
いつの間にと思ったが、森鬼がいるので精霊を使ったんだろう。
遊びとはいえ、獣王様に使用済みの道具を渡すのはよくないよね。
獣王様は気を使わなくてもいいって言ってくれたけど、もう使用人が向かっているからと待ってもらえるようお願いした。
「ネマ様ー!」
こちらに向かって全力ダッシュしてくるスピカの姿に、パウルの視線が鋭くなる。
しかし、注意される前に気配を察知したのか、スピカは走るスピードを緩めた。
「お待たせしました!」
ボールを取ってきたわんこのように、褒めて褒めてと尻尾を振っているスピカ。
「休憩中だったのにありがとう」
よくできましたと頭を撫でれば、尻尾の速度が上がる。
それにしても、箱ごと持ってきたのか……。
羽子板に絵を描くときに失敗してもいいようにと多めに注文しちゃったんだよね。絵の具で直に描いても修正が可能だとは知らなかったからさ。
たくさん余っているし、獣王様が気に入るようだったら、何個かプレゼントしよう!
「はい。獣王様、どうぞ」
「ありがとう」
新しい羽子板を獣王様に差し出すと、笑顔で受け取ってくれた。
それから、三人で羽子板の打ち方をああだこうだと身振り手振りに、実際にも振ってみせながら教える。
獣王様は獣人ならでは身体能力を以て、短時間でそのコツを掴み、試しにダオと打ち合ったときには何十回とラリーが続いた。
そのとき、獣王様の護衛が熱心にラリーを見入っていた。というか、羽根を目で追っていたんだよね。
獣王様の護衛は、熊族の獣人と大虎族の獣人で、二人とも祖となる動物の本能のせいか、無意識に動くものを追いかけているみたい。
「せっかくだし、みなさんで勝ち抜き戦をやってみませんか?」
そんな護衛を見て、私は閃いた!
獣王様の護衛やダオの警衛隊も交えて交流戦みたいにすれば、みんなも楽しめるよね?
まったくクリスマス感がないけど、メリークリスマス!




