ディーの可能性。(ラルフリード視点)
部屋に入ってきた母上と叔父上の姿を見て、驚きを通り越した。
「文様魔法に精通している人を連れてきたわ」
普段と変わらない様子の母上に、僕も困惑が隠しきれない。
「えっ!?確かに叔父上は文様魔法が専門ですけど……」
ルシュ殿の手伝いであれば、叔父上ほど頼りになる人はいないと思う。
しかし、なぜ母上も一緒なのか?
「母上はなぜ?」
「ネマがね、お兄様からお手紙来ないって落ち込んでいて……」
先ほど感じた驚きなんて大したことなかった。
母上に言われた一言の方が、胸に痛みを感じるほど衝撃が大きい。
ネマのために早く終わらせようと頑張っていたけど、そのせいでネマに手紙を書く余力がなかった。
だけど、それは言い訳にならない。
ネマを落ち込ませるなんて……兄失格だ。
「だから、わたくしがラルフの様子を見て、ネマに教えてあげようと思って」
「……母上?」
手伝いにきたのではなく、ただ僕の様子を確認しにきただけだと?
「お姉様、揶揄うんじゃありません。ラルフ、安心してくれ。姉上はちゃんと、ヴィルヘルト殿下の命でここに来ている」
叔父上はそう言ってくれたけど、たぶん母上は本気で言っている。
殿下の命令の方がついでなんじゃないかな?
「ラルフ、願ってもない増援だ。まずは互いの紹介をしよう」
アイセント様に言われ、僕は母上と叔父上を二人に紹介した。
「レイウス・ビーリスフ!?あの『大陸史からみる文様魔法の変遷』の!?」
叔父上が名前を告げると、即座に反応したのはルシュ殿だった。
精霊と対峙するときのように興奮が抑えられずにいて、叔父上もその勢いに引いている。
「わたしの著書を読んでくださって嬉しいです」
ルシュ殿に手を握られ、困惑しながらもお礼を言う叔父上。
文様魔法について語り始めるルシュ殿をなんとか止め、母上と叔父上に現状を説明する。
「ディー、わたくしに直接見せることはできて?」
『……ぼくの力を受け入れられるのラルフだけ』
申し訳なさそうに告げるディーだが、母上にはぐぅぅっと唸っているようにしか聞こえない。
「できないことを叱るわけではないわ。それとも、何か悪戯をしたことを隠しているのかしら?」
『隠してないよ!!』
ディーはクワッと大きく口を開けて短く鳴いた。
「そう、いい子にしていたのね。偉いわ」
剥き出しの牙に怯むことなく、母上はディーの頭を撫で、褒める。
ディーの表情を読み取り、会話を成立させてしまう母上に僕は感心した。
「……ねぇ、ディー。ラルフが眠っていても、触れることで光景は見られるかしら?」
母上の言葉に、思わず声が漏れる。
その発想はなかった……。
『わからない』
「じゃあ、試してみましょう」
穏やかに微笑んでいる母上だが、これは絶対に楽しんでいるな。
何が起こるのかと、ワクワクしているようだ。
さぁ、と母上に手を取られ、寝台に促される。
睡眠を削っていたため一度横になると、自分が疲れていることをより実感した。
「どこの光景でもいいから、ラルフに見せてちょうだい」
母上に手を握られたままの状態で、どこか見覚えのある光景が浮かんできた。
手入れの行き届いた庭……ライナス帝国の宮殿か!ということは……。
人がいる方に寄ると、ネマが何かを投げているところだった。
ネマの周りにいる子供は、ダオルーグ殿下とマーリエ嬢だろう。
楽しそうに遊んでいる姿を見て、気持ちがやすらぐと同時に申し訳なさも感じる。
「あの子ったら……またパウルを困らせているのね」
パウルに向かって水の玉を投げては返り討ちに遭うネマ。
衣装も濡れているし、顔には泥までついている。
その光景を母上に見せてしまったのは、ちょっとまずかったかな?
「でも、パウルも楽しそうだよ?」
声は聞こえないので、表情から察するしかできないけど、パウルが困っているようには見えない。僕も仲間に加わりたいくらいだ。
母上は小さく笑うと、空いている方の手を僕の胸に置いた。
拍動のように一定の速さで優しく叩かれる。
まだ小さな子供だと思われているようで、少し恥ずかしい。
「……母上も楽しそうだね」
「えぇ。楽しいわ」
その楽しいは、僕をあやすことだけじゃなく、僕が眠ってからやることへの期待が込められている。
母上が楽しいならいいやと、僕は襲いくる眠気に逆らうことなく身を委ねた。
何か夢を見ていたような気もするけど、内容があやふやで思い出せない。
「目が覚めたか?」
なぜ叔父上がいるのだろう……?
叔父上から水を渡され、それを一息で飲み干す。
思っていたよりも冷たくて、寝起きのぼんやりさが晴れた。
部屋の中には、叔父上と母上しかいないことから、検証結果が思わしくなかったことが察せられる。
「できなかったようだね」
「えぇ、残念ながらね」
それから、母上が僕が寝入ってからのことを教えてくれた。
僕が眠るとすぐに、光景が不安定になったそうだ。
はっきり見えるときもあれば、全部がぼやけたり。
また、見たいと思う対象から遠ざかることもあって、僕が寝ている間に作業を進めることはできないと判断された。
「それで今はお二人にも休んでもらっているの」
アイセント様とルシュ殿は、それぞれの部屋に戻ったようだ。
……ルシュ殿は休んでいるか怪しいけど。
「ディーの力を体験してみて、わたくしの考えを述べるけれど、参考くらいに聞いてちょうだい」
「はい、聞かせてください」
博識な母上がディーの力をどう感じたのか、興味がある。
「別の場所を見せられる能力。本来は、全方向に作用しているのではなくて?」
「全方向?」
「ラルフを中心に上も下もすべてよ。だけど、前を向いている状態で後ろを見ることはできない。その感覚を知らないから、知っているものだけ使っているようなの」
全方向の光景が送られているから、現実のように視線を動かせた?
つまり、現実の視野に捉われなければ、全部を見通せるようになるのかな?
母上の言う状態を想像してみたけれど、すべてを見るという感覚がどんなものなのかさっぱりだ。
「そして面白いのは、貴方もこの能力を制御できる点よ」
魔法だと、魔法を制御できるのは術者のみとなる。対してディーのこの能力は、共有状態では僕の制御も反映されているらしい。
「もしかしたら、力を外に放出できる媒体があれば、光景を壁に映したりできるのではないかしら?ラルフの靄を使った幻影の魔法みたいに」
あー、あの、ネマにお願いされない限り、絶対にやりたくない魔法のことか。
どうにか実用化できないかと、いろいろ手を加えてはいた。でも、オスフェ家の研究所の面々から、術者の技量に頼る部分が多すぎて無理と言われてしまって……。
水と風の魔法を別々に発動させてあとに重ねるという、魔力の消費はとんでもないし、想像力がないと制御もままならないから仕方ないよね。
「ディー、できると思う?」
『ばいたいがよくわからないけど、理の中にあるならできるはずだよ』
「理か……探りつつやってみるしかないようだね」
壁に光景を映せるようになれば、全員で書き写すことができるようになる。
早速、壁に映せないか試そうとしたら、叔父上に止められた。
「疲れた状態では上手くいくものもいかなくなる。今日は休んで、明日から頑張ろうか」
作業の効率を上げる方法が見つかったのにと説得を試みるも、母上と叔父上は許してくれず、強引に寝台へと戻される。
逸る気持ちも疲労には勝てなかったようで、僕はいつの間にか眠ってしまっていた。
◆◆◆
母上と叔父上が来てから、作業の進みはよくなったとは言える。
母上は書き写すのが速いし、叔父上はワイズ領の山奥にある村に伝わる文様と遺跡の文字が似ていることを発見した。
とはいえ、書き写しはようやく半分終えたくらいだ。
作業の合間には、光景を映す方法をいろいろと試して、陽玉を用いれば力を外に放出できることがわかった。
ただ、頭に浮かぶ場合と違って制御がとても難しく、まだまだ使えたものではないけど。
子供交流会には間に合わず、次は魔物の移動がすむまでを目標に作業をしていたときだった。
これまでずっと無人で、変化のなかった部屋の扉が開いた。
十日以上、誰も来なかったのに?
驚きと不審から、僕の手は止まっているが、それは隣のアイセント様も同じだ。
「母上、誰か来ました」
休憩中の母上にそう告げると、少しの間をおいて、母上の手が僕の肩に乗せられる。
あの部屋に入ってきたのは二人。
どちらも外套を目深くかぶって顔が見えない上に、体格も似ているため性別も判別できない。
下からの角度にすれば顔が見られるのではと思ったが、それも叶わなかった。
「この仮面……ニイヘ地方の精霊祭に使われているものだ」
アイセント様の呟きに、僕はあることを思い出した。
ミルマ国に近いライナス帝国北部に仮面をつけて祝う祭りがあり、ルシュ殿を連れ去った犯人がその仮面をつけていたことを。
声は聞こえず、仮面のせいで口の動きも読めない。この怪しい人物たちは何を話しているのか。
しばらく話しをして、一人だけが部屋を出ていこうとする。
「あの部屋から出てくる人を追ってくれる?」
精霊にお願いするとすぐに承諾して、遺跡の方へと飛んでいった。
僕は残った人物に注視しながら、別の精霊にお願いをしていく。ヴィル、シーリオ隊長に怪しい人物のことを伝えるようにと。
その間、謎の人物は机に向かい、何かを書き始めた。
何を書いているのかは、母上とアイセント様が確認してくれている。
手を止めることなく書き続けているので、最初は手紙を書いているのだと思った。
しかし、書かれている文字はマカルタ語で、紙が墨で真っ黒になるほど書き込むのはおかしいと気づく。
謎の人物は、書き終えた紙を握り潰し、魔法で燃やして、灰を床に撒いた。
灰を足で踏みつけてから部屋を出ていく。
僕はそのあとを追うが、転移魔法陣を使って逃げられてしまった。
「あの転移魔法の行き先はどこ?」
遺跡にいる精霊たちは行き先を聞いているはずだから尋ねてみたけど、僕の周りにいる精霊たちはみんな首を横に振る。
「どうしたの?」
普段と様子の違う精霊たちに重ねて問う。
『言えないの……』
『言っちゃだめだって……』
えっ!?精霊が言えないことがあるなんて……。
誰かが名に誓っていて言えないのか、それとも他に要因があるのか。精霊の知識が少ない僕には判断がつかない。
「ヴィルに届けて。……今、あの部屋に入ってきた人物のうち一人が、転移魔法陣を使って移動した。精霊に行き先を聞いても、言えないと言っているんだ」
『……言えないだと?』
驚きが混じったヴィルの声が届くとそれ以降の反応がなく、もどかしい時間が過ぎる。
『精霊たちに確認した。おそらく、その謎の人物が精霊に命じたのだろう』
「命じてって……」
『精霊に命じられる存在は限られている。聖獣とその契約者、精霊術師、そして愛し子だ』
それを聞いて僕は息をのんだ。
ヴィルの言葉が正しければ、ネマ以外にも愛し子がいる可能性を示唆するものだから……。
『精霊術師は契約している精霊以外に命じることはできない。となると、聖獣の契約者が関与している可能性が高いということになるな』
聖獣の契約者の身元は全員判明していて、その半数以上が王族だ。ライナス帝国の皇族が何かを企んでいるとも思えないし……。
『聖獣の契約者の動向は俺が調べる。ラルフは作業を継続しつつ、情報部隊と連絡を取るように』
「……わかった」
ヴィルとのやり取りを終えると、母上に名前を呼ばれた。
「焦っては駄目よ。まずは情報をまとめましょう」
母上の言う通りだ。あの謎の人物が聖主である確証はない。
そう理解はできても、今まで何も掴めなかったものが目の前にあって、逸るなというのは無理だよ。
「あの人物は、とても下品な言葉を羅列できるほど、マカルタ語を習得しているようね」
「下品?」
母上がどんな内容だったか語るも、意味のわからないものが多かった。
雰囲気的に他者を貶す言葉なのは伝わってきたけど。
「アイセント様は何か気づかれましたか?」
ずっと険しい表情をしているので、何かあるのだろうと思って声をかける。
「いや……。先に出ていった人物が少し気になって」
アイセント様は言っていいものなのかどうか、躊躇しているみたいだ。
そして、意を決した眼差しで僕たちを見つめる。
「カーリデュベル総主祭と背格好が似ていた」
名前は知っていても、僕は総主祭に会ったことがない。母上も同じなのだろう。
「わたくしには、どちらの人物も似た体形をしていると感じました」
「謎の人物たちがあの部屋にいたとき、カーリデュベル総主祭がどこにいたのか調べるといい。彼がファーシアにいたのなら、あの部屋に現れたのはカーリデュベルではないことになる」
カーリデュベル総主祭は、元々ルノハークの幹部の疑いがかかっている。
彼だけではなく、彼の側近の居場所も確認しておいた方がいいだろうね。
それらのことを追加で情報部隊に伝える。
でも、それだけでは落ち着かないので、作業の休憩中に精霊たちへの質問を続けた。
最初に部屋を出ていった人物に対しても、精霊はほとんど教えてくれず……。
本当は作業どころではないけど、母上があの部屋にはまだ何か仕掛けがあるかもしれないと言うから、それを探すためにも作業は続けた。
深夜にシーリオ隊長がわざわざ来てくれて、直に情報を交換する。
シーリオ隊長も急なことで疲れているだろうに、僕はつい愚痴をこぼしてしまった。
何度質問しても、精霊たちは教えてくれないと。
「奴らが『言えない』や『内緒』と言う場合、聞き出すにはコツがいるんです」
「コツ?」
「はい。例えば、ラルフリード様が移動先を誰にも言うなと命令したとします。俺が、ここにいた人はどこに行ったのかと質問しても、精霊は教えません。ですが、正しくない答えには、正しくないと答えることはできるのですよ」
「つまり、どこに行ったのかではなく、明確な場所を告げれば答えられると?」
「そうです。ラルフリード様がガシェ王国に向かったとしましょう。俺が、ここにいた人はライナス帝国に行ったのかと問えば、行っていないと答えられます。精霊はすでに起きた事柄について、嘘を述べることはできないからです」
シーリオ隊長は精霊について詳しく教えてくれた。
精霊は言わない、伝えないという選択はできても、実際に起きたことには偽りを述べることができない。
すでに起きた事象は神の意思で起こったこと。それをなかったこととして語るのは、神の意思に反することなのだとか。
先のとこなら、神の意思が確定していないので、曖昧に語ることができるらしい。
「これからは『どこか』や『誰か』など、あやふやな言葉は精霊に使わないことです。はっきり言わないと、こいつらは変に解釈しますよ」
『変じゃないもん!』
『みんな、約束守ってるんだから!』
自分たちが馬鹿にされていると思ったのか、精霊たちはシーリオ隊長を非難する。
「うるせぇ。お前たちのためでもあるだろうが。曖昧な言葉で命令されたら、困るのはお前たちだぞ」
『ふふふ。シーリオは私たち精霊のことが大好きだものね〜』
シーリオ隊長と契約している土の精霊がそう言うと、非難していたのが嘘のように喜び出す。
『ぼくたちのこと大好きなんだ!』
『大好きならしょうがないよねー』
『うんうん。許してあげよう!』
「お前らなぁ……」
恥ずかしさを押し隠すシーリオ隊長を見ていると、彼が凄腕の騎士だということを忘れそうになる。
「とにかく、遺跡の方はこちらでも調べさせます。また、あの人物が現れたら教えてください」
シーリオ隊長はここではない別の隠れ家で活動をしているからと帰っていった。
というか、この工房が情報部隊の隠れ蓑だったって今知ったんだけど……。




