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閑話 レイティモ山の現状。 前編(森鬼視点)

目の前で揺れる焚き火の炎を見つめながら、なぜ主の兄がこんな場所で野営するなどと言い出したのか理解できないでいる。


主の兄が突然やってきて、ゴブリンたちが奇妙な行動をしていると主に相談を持ちかけた。

話を聞いて、俺はまた変なことを覚えたな程度にしか思わなかったが、主たちは違った。

レイティモ山があるシアナ特区を任されている者たちの意見を重く受け止め、群れを分けて、別の住処を用意するとまで言い始める。

まぁ、主の好きなようにすればいい。

レイティモ山しか知らない個体が、外に出たいと思っているかもしれないしな。

群れを分けるかどうかは、新しい住処の候補地を見て、スズコたちの意見を聞いてから俺が決めていいと主は言った。

だから、主の兄とともに新しい住処の下見に来たのだが……。


「このヒェルキの森は、以前にゴブリンが住み着いていたこともあるそうだから、条件は整っていると思うけどどうだった?」


主の兄は、小さな転移魔法陣から送られてくる食事を並べながら俺に問う。

携帯食や軍部の食堂で出される食事ではなく、主が普段食べているようなしっかりと作られたものだ。

料理には木の器が使用されているので、送る側も野営中なのを理解しているはずだが……。


「確かに池があり、寝床となる坑道もあって条件は揃っている。だが、森自体が小さく、レイティモ山から遠いことが気になる」


主の兄が最有力だと言っていた理由はそれだった。

ゴブリンがいただけあって、森の中には多少濁ってはいるが飲み水とするのに十分な池があり、放棄された坑道は寝床に最適ではある。

だが、ディー殿に乗って上から見た限りでは、この森はレイティモ山より狭い。

そして、一番の問題がレイティモ山から遠く、この森にたどり着くには見晴らしのよい平野を越えなければならないことだ。


「ゴブリンは隠れ住む習性がある。オスフェ領は森が多く、移動にも困らなかったが、あの平野を越えるのは難しいな」


「オスフェ領はほとんどが山林地帯だけど、ディルタ領は逆に平地が多いんだ」


主の兄は食事の手を止め、何やら考え込み始めた。

今思えば、魔物がオスフェ領に集まったのは、ルノハークに追われたこともあるが、隠れられる森が多かったのも一因だろう。

主の兄に渡された料理を食べながら、当時のことを思い出す。


初めてルノハークらしき冒険者と遭遇したのは、俺がまだゴブリンの頃だった。

俺がいた群れは大きく、ホブゴブリンも多くいた。そのため、冒険者などの人に見つからないよう、群れの長は常に対策を取っていたな。

人の気配を感じたらすぐに住処を変えたりと、一個所に長期間留まったことがない。

ルノハークらしき冒険者を見かけたときも、すぐに移動した。

しかし、人の気配はどこに行ってもつきまとってくる。

一匹のホブゴブリンがそれに痺れを切らし、十数匹のゴブリンを率いて突破しようと試みるも、結果は全滅。

それ以降、長はひたすらに逃げることを選んだ。

住みやすかった鉱猟(こうりょう)の森を出て、ワイズ領の山岳地帯を越えて、とにかく安全な場所を求めた。

長は山岳地帯で滑落して死に、群れの仲間たちも飢えや動物に襲われたりして数を減らしていく。

俺が生き残れたのは運もあっただろうが、変わり者の兄のおかげだ。

移動しながらの食料確保は難しく、オスフェ領の森に入るまではそこら辺の雑草を食って飢えをしのいでいた。

兄は小さな昆虫や木の実を見つけると、自分では食べずに俺に譲ってくれた。

他にも同じ雌から生まれたゴブリンがいるのに、なぜか俺にだけ。

ゴブリンは兄弟という認識はあまりせず、群れの仲間ということを重要視する傾向が強い。

だから、兄は変わり者だと、群れのみんなから言われていた。

そんな兄の最期は、人の襲撃から逃げる際に俺を庇って殺された。

なぜ俺を庇ったのか、兄が何を思っていたのか。当時の俺には理解できなくて……。

主と出会い、愛し子の騎士となって知識を得、家族というものを直近で見た今だから思うことがある。

兄は、より人に近いゴブリンだったのだと。

主がパウルに叱られるときに主の姉が寄り添うように、兄も俺に何かしたかったのだろう。

俺がもっと早くホブゴブリンに進化できていれば、兄は死なずにすんだかもしれない。

見捨てていくしかなかった兄の亡骸(なきがら)が脳裏に浮かぶ。

だが、主の兄の声で、現実へと呼び戻された。


「魔物たちは、馬車での移動に耐えられるかな?」


「馬が(おび)えるだろうな」


中が見えないようにした荷馬車なら、人の目を気にすることなく移動できる。

しかし、馬は魔物の気配に敏感だ。

ゴブリン数匹なら蹴り殺して逃げたりするが、ホブゴブリンがいる場合は近寄ることすらしない。コボルトもいたらなおさらに。


「魔物に慣らしてある馬はいるにはいるけど、連れてくるのは難しいな」


オスフェ家には、獣騎隊の馬のように特別な訓練を施した馬がいると聞く。

その馬は訳ありな場所で使用されているので、国内にはいないらしい。

いたとしても、俺が同行することになれば、俺の気配に怯えて使いものにならないと思うが。


「やっぱりシンキを連れてきて正解だったよ。僕では、ネマみたいに魔物を理解してあげられないから」


「いや、それが通常だ。主の方が変わっている」


愛し子の特性とも言うべきか、過去にいた愛し子たちも変わった性格をしていたようだ。

主は、聖獣も魔物も動物も、全部同じだと思っているのかもな。


食事を終えて器を返したら、今度は寝袋が送られてきた。

主の兄は、寝袋の中には入らず地面に敷き、毛布を体に巻いてからディー殿に寄りかかる。

どこか楽しそうな表情は、主とそっくりだった。


「僕は、妹たちには自由でいて欲しいと思っているんだ」


ディー殿の(たてがみ)を撫でながら、主の兄は呟く。

俺の返事を欲しているようには見えないので、ただ聞いてもらいたいのだろう。


「やりたいことをやって、言いたいことを言って。成功も失敗も、様々なことを経験させてあげたい」


黙って聞いていようと思ったが、気になったので俺は口を開いた。


「お前ができなかったからか?」


俺のお前呼びを気にすることなく、主の兄は答える。


「……そうかもしれない。でも僕は、オスフェの跡取りであることに誇りを持っている。諦めたものも多いけど、後悔はしてないよ」


主が遊んでいるときも、主の兄と姉は学院とやらに行っていたな。

屋敷にいても、剣術や魔法の稽古に、主の父親の手伝いにと忙しくしていたことを思い出す。

諦めたのは、主とともに遊ぶ時間か、それとも……。


「お前がそう思っているということは、諦めたつもりでも諦められないことがあるんじゃないのか?」


「……一度でいいから旅をしたいんだ。父上のように冒険者を経験するのもいいけど、僕はいろいろな場所を自分自身の目で見て回りたい」


正直、なんだそんなことかと肩すかしを食らった気分だ。

主みたいに、変なものを作りたいとか、やりたいと言い出すのかと思った。


「できなくはないだろう?仕事とやらは他の奴にやらせればいいし、ディー殿がいるのだから護衛も必要ない。どこにでも行けるのに、何が問題だ?」


いや、問題ならあるな。

主が嬉々として、旅についていくと暴走するのが容易(たやす)く想像できる。


「そうか……。ディーが一緒なら旅もできるのか」


――ぐるるるぅ。


ディー殿が甘えるように主の兄へ顔を寄せた。

主の兄は、まだ聖獣としてのディー殿の存在に慣れていないようだ。

今のディー殿は、精霊術も光魔法も使える。スノーウルフだった頃とは違い、常に側にいられる。


「お前がディー殿や精霊の力を使う練習にもなると思うぞ。特に精霊(あいつら)は容赦ないからな」


旅をするなら、何かしら事故や災難に見舞われることもあるだろう。自分だけの力で対処できないとき、ディー殿や精霊の力を借りるとしても、加減を知らなければ余計に悪化する。


「力を使う……。わかった、心に留めておくよ」


一通り話をして、明日は早めに出発するからと、早々に寝ることになった。

俺も寝袋には入らず、上に寝転がる。

野営するとわかっていれば、吊床(つりどこ)を持ってきたのにな。


◆◆◆


以前に来たことのある、ミューガ領とイクゥ国の境に近い山。その山から一つ(いただき)を越えた渓谷が候補地だった。

そこは、虫が大量発生していた山とは異なり、地盤が固く、川の両岸には浸食でできた岩陰や洞穴がいくつもある。

レイティモ山と比べると危険な場所が多いが、そのため人が立ち入りづらく、住処とするなら最適だ。

そして何より、昨日の森よりレイティモ山に近い。


「シンキの言っていた条件は揃っていても、レイティモ山やレニスの森とは雰囲気が違うからどうかなって思ったけど、ここが気に入ったみたいだね」


「あぁ。群れを分けるならここにしよう」


魔物の移住先が決まり、俺たちはそのままシアナ特区へと向かった。

主の兄は、シアナ特区を管理している者たちと会わなければならないので、俺だけでレイティモ山に入る。

転移魔法陣で飛ばされた先は、コボルトの集落に近い場所だった。

コボルトとの話を先に終わらせようと山を登れば、早速罠が出迎えてくれる。

罠を避けずに、飛んでくる石や杭を叩き落としながら進んでいると声をかけられた。


「シンキの兄貴、何やってんだよ!罠は壊すなっていつも言ってんだろっ!」


「フィカか」


草の(うじ)のハイコボルト、フィカが木の上から降りてきた。


「……今日は兄貴だけ?ちびどもは?」


「今回は俺だけだ。セーゴとリクセーは主とライナス帝国にいる」


フィカは草の氏長の子であり、セーゴとリクセーの兄でもある。

コボルトの集落周りに設置している罠のほとんどは、このフィカが作ったものだ。


「つまんねーの。じゃあ、オレのあとについてきて。絶対に罠を発動させるなよ!」


フィカのあとについていき、コボルトの集落へ出る。

以前見たときよりも、集落が大きくなっているのは気のせいか?

フィカは集落の広場を通りすぎ、以前にはなかった建物に入っていく。


「シシリー様、シンキの兄貴が来てるぜ」


フィカが我が物顔で扉を開けた先では、コボルトの長シシリーと見覚えのある女がいた。


「また怠けにきてんのかよ、ベル」


「今日はヒールランさんから頼まれたんです!」


フィカと女が言い合いをしている間に、シシリーと挨拶を交わす。

そして、シシリーはキャンキャンとうるさいフィカを追い出し、俺が来た理由を問う。


「群れを分ける話が出ている」


「ベルに詳しい話を聞いていたところだ」


それでこの女がいたのか。

シシリーは、レイティモ山の現状とコボルト側の意見を話してくれた。

ルノハークに追われていたときと比べ、群れは安定している。

だからこそ、他の群れがどうしているのか、できるなら交流を再開したいと。


「他の群れを混ぜなければ、弱い子しか生まれなくなる。それはゴブリンも同じだろう?」


群れを分けたり、他の群れを受け入れたり、ある程度の変化を起こさないと、弱い個体ばかりが生まれて、成体になる前にほとんどが死ぬ。


「それに、ここでは簡単に進化の条件が揃ってしまう」


ハイコボルトたちは新人の冒険者では物足りないからと、フィリップを始め、腕に覚えのある冒険者たちと稽古をしていた。

また、人とともに生活することで、知識と技術も得た。

ゴブリンの群れにボブゴブリンが増えたように、コボルトの群れも進化の条件を揃えた個体が出始めたと。


「普通なら、同じ群れから何体もウェアウルフに進化することはない。ネマ様も、こんなふうになるとは考えていなかっただろう」


進化の兆しがあるハイコボルトは、ゴヴァとトルフ、そして緑の氏長だと言う。

ゴヴァとトルフは、フィリップとやり合っていたので、進化が早まるのも理解できる。

まさか、あまり戦いを好まない緑の氏長までもが進化の兆しがあるとは驚きだった。

緑の氏は畑仕事だけでなく、この山全体の木々の管理もしているそうで、そのため新人冒険者との遭遇が他のコボルトより多くなっているらしい。

長く群れにいる個体は強くなり、新たに生まれる個体は弱くなる。


「問題は、群れを維持するために繰り返さなければならないことだ。それを続けるのはよくないと、星にも出ている」


「それで、お前はどうしたいんだ?」


「ここを(つい)の住処と決めたもの以外、皆を出すつもりだ」


俺は大きく息を吐いた。

確かに、群れの問題を解決するなら、山の外に出るのが一番簡単だ。

しかし、新人冒険者に魔物との戦いを経験させることが難しくなる。


「主がそれを許すとは思えない」


そうは言ったものの、シシリーが強く望めば、主は叶えようとするだろう。


「なに、コボルトとの戦い方は残った者が教える。過程は変わるが、得られる結果は同じだ。レイティモ山だけでなく、シアナ特区自体が変わってきている。わたしたちもそれに合わせて変わらねばな」


シシリーの決意は固いようだ。

俺としては、ゴブリンたちを変えさせる気はない。

外よりは死なないとはいえ、動物を狩るだけでもあっけなく死ぬこともある。あいつらは弱いから、新人の冒険者と遊ぶくらいがちょうどいい。


「近いうちにシアナ特区の者たちとの場が設けられる。まずはそこで説得してみろ。主へ願いを通したいのであれば、主の兄を引き込めれば優位に働くと思うぞ」


「ネマ様の兄がいるなら、もう一つの話はそちらにした方がよさそうだな」


主に関係することなのに、シシリーが俺に言うべきか悩む理由はなんだ?


「星読みの巫女シシリー、お前は何を見た(・・)?星は何を告げた?」


星読みの氏は、星の動きで先を知ることができるらしい。

それがどれくらい正確なのか不明だが、主に関わることなら聞いておかなければ、あとあと厄介なことになる。


「近いうち、ネマ様の周囲で争いが起こる気配がする」


その争いは、どれを指し示しているんだ?

聖主(せいしゅ)とやらが率いるルノハークか、不穏な気配がする獣人の問題か。それとも、いまだ(くすぶ)り続けている大陸南西部か。心当たりが多すぎる。


「今回は特に気をつけた方がいい」


「前にも主に関するお告げがあったのか?」


シシリーによると、主がこの国を離れてから数回あったそうだ。

しかし、主が災難に遭うというより、主の周囲にいる者へ災難が降りかかり、主は守られることがわかっていたから伝えなかったと。

それを聞いて、納得した。

ドトル山のときも、交遊会のときも、ミルマ国のときも……周りにいる人の方が酷い目に遭っていたな。

それなのに、今回は主にも危険がおよぶ可能性があるのか。


「パウルに伝えておく。星に変化があれば、すぐに教えてくれ」


そこら辺を飛んでいる風の精霊を捕まえて、シシリーのお告げがあれば声を届けるよう命じる。


『しょうがないなぁ。ぼくがシンキの力になってあげるよ!』


()が偉そうに胸を張るので、指で弾き飛ばす。


『暴力反対!愛し子に言いつけてやるぅぅぅ!!』


虫の相手をするときりがない。

しばらく無視をしていれば、精霊は飽きて他のことに興味を移した。


必要なことは聞いたので、ゴブリンのところへ行くと告げるとシシリーに驚かれた。


「こちらへ先に来たと知れば、スズコたちもいい気はしないだろう」


「ゴブリン、コボルト双方の意見を聞けと、主からの命令だ。たまたまこちらが近かっただけだ」


「慕ってくれる者をあまり無下にしてやるな」


今は、俺よりも主を慕っていると思うがな。


「シンキさん、スズコさんのところへ行くなら、ご一緒してもいいですか?」


「………………」


この女がいたことをすっかり忘れていた。


「ヒールランさんの部下のアリアベルです!ほら、キャスの町で会った……」


「いや、覚えてはいる。主が拾った奴だろう?」


俺がそう言えば、アリアベルは小さな声で何かを呟く。

どうやら、拾った奴という部分に異論があるようだ。

そんな中、シシリーがアリアベルを送るよう言ってきた。スズコとの話が終わったら、俺もヒールランのところへ行くのだからと。

仕方なしに、アリアベルを連れて、コボルトの集落をあとにする。


「お兄ちゃんまってー!!」


集落を出たところで、茶色いコボルトが転がるように駆けてきた。


「よかった……間に合った!」


若いコボルトは草の氏のようだが……。


「お前、ちびか?」


「お兄ちゃん、おぼえててくれたの!?」


主が眠りにつく前、レニスで保護したコボルトの子で間違いないようだ。

こうして大きくなった姿を見ると、セーゴとリクセーに顔つきが似ている。だが、体格はちびの方が大きい。

あの二匹が、下の子の方がでかくなったと知ったら、騒ぎ出すだろうな。


「わなの道、ぼくがあんないするね」


ちびは忙しなく尻尾を振りながら、俺たちの前に出た。

左右に激しく揺れる尻尾を眺めながら、あとについて行く。


「成体になったばかりか?」


何気なく尋ねると、元気に肯定された。


「それなのに、もうそんなに言葉をしゃべれるのか」


魔物同士であれば、鳴き声で意思疎通ができるため、あまり言葉を必要としない。

コボルトは知能が高いこともあり、いつの間にか言葉を使うようになったと言われている。


「ネマ様にお礼が言いたくて、がんばっておぼえたんだ」


「そうか。きっと主も喜ぶ」


喜ぶどころか感動して、ちびの体を余すことなく撫で回すだろう。


「あ!ネマ様をびっくりさせたいから、ぼくがしゃべれるのないしょね」


主に報告しなくても問題ないと判断し、ちびの願いを聞き入れる。


「そういえば、君の名前は決まったの?」


今まで大人しくしていたアリアベルが、ちびに尋ねた。

コボルトは、長が成体になった子に名付けをする習慣があったな。


「まだないよ。五番目と六番目のお兄ちゃんたちみたいに、ネマ様に名付けてもらえないかなって……」


「ネマ様なら絶対、素敵な名前をつけてくれるわ!ね、シンキさん?」


ちびとアリアベルが、期待の込もった眼差しを俺に向ける。

俺はちびに、主が名付けるとどうなるのか説明した。

聖獣の契約者は名で魔物を縛ることができる。

正しいものの、これは正確ではない。

不完全な種族だから、魔物に名付けると影響が顕著(けんちょ)に現れるというだけだ。

だが、魔物だけでなく、どの種族にも多かれ少なかれ影響は出ている。

他の契約者がそれに気づいているのかはわからないが。

特に主は愛し子ゆえか、名付けの影響が他の契約者より強い。炎竜と真名の契約を交わしていないにもかかわらず……。


「主が炎竜と真の契約を交わせば、より強く名に縛られることになるだろう。名を与えられると、群れよりも、己の氏よりも、主を優先せざるを得なくなる。それを後悔することがあるかもしれん。主に名をねだるなら、よく考えるんだ」


そう言ってちびの頭を撫でる。

俺はほぼ強制的に愛し子の騎士にされたが、それを恨むこともなければ、主に名を与えてもらったことに後悔もない。

しかし、群れと離ればなれにされたスピカ、セーゴ、リクセーはどうだろうか?己の決断を後悔したことがあってもおかしくない。


「……わかった。お兄ちゃん、おしえてくれてありがとう!」


罠の区域を抜けたところで、ちびと別れる。

アリアベルはなぜか不満そうな表情をしていたが、俺に何か言ってくるようなことはなかった。

途中、視界に入った獲物を仕留め、遭遇したゴブリンたちを引き連れて、巣に到着した。


「長!?」


スズコが驚き、他のゴブリンたちは嬉しそうに俺を取り囲む。

そいつらに仕留めた獲物を渡すと、涎を垂らしながら解体しにいった。

残った数匹のゴブリンは、周囲を見回しながら落ち着かない様子だ。


「長、主様はどこ?」


「ギィーッ!」


スズコも残ったゴブリンたちも、主の姿を探していたのか。


「俺だけしか来ていない」


俺が答えると、あからさまに落胆した。

そして、ギーギーと騒ぎ立てる。

ここに残ったゴブリンは、俺がホブゴブリンのときに同行していた者たちばかりだな。

そんなに主に会いたかったのか?


「それより、スズコに話がある。お前たちは獲物を(さば)くのを手伝ってこい」


まだ騒いでいるゴブリンたちを巣から追い出し、スズコと群れを分ける件について話す。


「群れ、出ていきたいものは好きにすればいい」


スズコからは予想通りの答えが返ってきた。

群れに入るゴブリンには警戒するが、群れから出ていく場合はこだわらないからな。

外に出ていきたいものがいるかを確かめるからと、明日は狩りに出ず、全員巣にいるよう言いつける。

狩りに出ているものたちが帰ってくればさらにうるさくなるからと、俺は早々にレイティモ山を出ることにした。


「シンキさん、今日はどちらにお泊まりですか?案内しますよ!」


そういえば、どこに行けばいいのか聞いていなかったな。


「知らん」


「ラルフリード様とご一緒だったんですよね?とりあえず、ロタ館に行ってみましょう!」


アリアベルは急にやる気に満ちた顔をして、俺の前を歩き始める。

主の兄の居場所を精霊に聞いたら、ロタ館ではなく、ヒールランがいる事務所とやらにいた。



皆様、覚えていますかね?

レニスの街で保護したコボルトのおちびさん。元気に育っております!

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