閑話 変わり者の従兄弟たち(ヴィルヘルト視点)
ミルマ国の第一王女であるアーニシャが言っていた懇親会まで、離宮に戻らずに王城の客間で休むことになった。
母上にあてがわれた部屋まで付き添い、自分用の部屋はその隣に用意されていた。
「ヴィル兄上、久しぶりにちょっと話さない?」
部屋に入る直前、俺を呼び止めたのはアイセだった。
軽い口調を装ってはいるが、アイセの本質を考えると重要な内容なのだろう。
仕方ないなと嘯きながらアイセを部屋に招き入れる。
そして、精霊たちに俺たちの声が他者に聞こえないようにしてもらった。
「もうしゃべっていいぞ」
「話が早くて助かる」
そう言って、アイセはすぐに本題を口にした。
俺が知りたがっていたから、創聖教本部に行ってみたと。
「表向きは創造神と女神に祈っているように見えるが、異様なほどカーリデュベル総主祭を持ち上げる、気持ち悪い集団になっていた」
アイセの率直な感想に吹き出しそうになる。
しかし、気持ち悪いか。
以前、ガシェ王国内にあったルノハークの拠点を潰したとき、カーナディアが同じようなことを言っていたな。
「おそらくだけど、あそこに聖主はいないと思う」
「なぜだ?」
「ヴィル兄上は、臣下のふりをしている国王陛下の前で偉そうに振る舞える?ずっと自分が一番偉いんだという態度を崩さない自信はある?」
……陛下からやれと言われたらやるだろうが、気が抜けたときに出てしまうだろうな。
それに、重圧感も酷そうだ。継続してやりたいことではない。
「カーリデュベル総主祭は、いつも一国の王のように振る舞っていた。つまり、聖主がいないからこそ、自分が一番偉いという態度を取れているんじゃない?」
もちろん、強靭な精神力をもって、演技をしている可能性はある。
だが、本当に心酔しているのなら、罪悪感なり後ろめたさを感じ、多少なりとも態度に出そうなものだ。
それか、カーリデュベルとやらが聖主になり代わろうと狙っているのであれば面白いのにな。
「それで、僕はカーリデュベル総主祭を訪ねてきた客も調べていたんだけど……さっきの場にいたんだ。ソヌ族の族長の後ろにいた男、間違いなくカーリデュベルと繋がっている」
俺に伝えたかったことはこれか。
アイセはミルマ国を訪れるのが初めてだから、族長の後ろに控える者の意味を知らないのか。
「族長の後ろにいたのは、次代の族長候補たちだ。ミルマ国は大聖女のこともあって、創聖教とは不仲どころか没交渉の状態なんだがな」
しかも、ソヌ族は排他的というか、国内から出ないと聞く。
敵視している創聖教にいったいなんの用が……。
「聖地に侵入した賊はファーシアから来ていると、ラースが言っていた。族長なら、聖地の場所と特殊な入り方を知っていてもおかしくない」
「なるほど。創聖教は遺跡にある何かを手に入れようとした。それに協力したのがソヌ族だとしたら、盗掘団を捕まえられなかったことも説明がつく」
アイセの言う通り、ソヌ族の族長が裏で手を回していたのだろう。
しかし、彼らが協力する理由はなんだ?ソヌ族の利潤に繋がるものが見えてこない。
「族長の目的はなんなのか、アイセは想像つくか?」
「すぐに思い浮かぶのは、王権の簒奪かな?族長候補って奴が、真っ先にオム族を批判していたしね」
「だが、信者もいないこの国では、創聖教は役に立たないだろう」
信者がいれば、民意を操作することもできる。
現に、偽りの神託を出して、獣人への反感を煽っているしな。
「あ、そうか……。でも、簒奪じゃないとすると、第二王女を失墜させたことが説明つかなくならない?」
あの族長は創聖教をどのように利用するつもりなのか。
今夜か明日辺りで動きがあればいいが。
「そうだ、話は変わるけど、オスフェ公爵に協力をお願いされちゃった」
「はぁ?」
唐突な話題転換もだが、その内容も意味がわからない。
「創聖教をぶっ潰したいから、ライナス帝国内での工作をお願いされた」
オスフェ公、やっぱり諦めてはいなかったか。
「それで、なんて返事したんだ?」
「オスフェ公のとっておきの秘密を教えてくれるならやってもいいよって」
なんだ、そのとっておきの秘密って!
オスフェ公の弱味なら、俺も知りたい。
「で、オスフェ公の秘密ってなんだ?」
「それはね……」
やけに出し惜しみするな。
いいから早く吐けと、アイセに催促しようとしたとき、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
近衛騎士が来客を確認し、俺に耳打ちする。第一王女殿下がお見えですと。
アイセに第一王女、アーニシャが来たことを告げ、精霊に声を元に戻すよう指示する。
「来客中に申し訳ない。アイセント殿下もこちらにおられたか」
「アーニシャ、どうした?」
懇親会の準備などで忙しいであろう彼女が、わざわざ訪ねてくるとは。
「実はお二人にお願いがあって参ったのだ」
アイセが僕も?と不思議そうにしている。
俺にとってはアーニシャとアイセは従兄弟だが、アーニシャとアイセは今回が初対面だからな。
「懇親会で、二人には族長候補たちと積極的に交流してもらいたい。本来であれば、主催側の我が取り持つべきだが、叶わぬのでな」
あぁ、そういうことか。
そして、できればオム族に対する反応を調べてこいと。
こうなった責任は俺にもあるから、できる限りのことはやろう。
アイセも快諾したのが少し意外だった。
……というか、何か企んでいるな?
「ありがとう。恩に着る」
そう用件だけ言って、アーニシャはさっさと行ってしまった。
忙しい中、わざわざ言いにきたのか。
アイセはともかく、俺には言付けでよかったのに律儀な奴だ。
「それで、お前は何を企んでいるんだ?」
「企むだなんて酷いな。僕は次代になる人たちに、我が帝国のことをどう思っているか聞きたいと思っただけだよ?」
よく言う。
それで、反感なり敵愾心を持っている人物がいたら、駒を使って排除だろう?
自分のためでなく、兄弟が皇帝になって治めるときに障害にならないようにと。
昔はこんなんじゃなかったのに、どうしてここまで拗らせたのやら。
「じゃあ、僕もそろそろ戻るね」
アイセは何かを察したのか、逃げるように部屋を出ていった。
俺の従兄弟は変なのばかりだな。
『ヴィルひどーいっ!』
『ぼくたちを無視したでしょー!』
『真っ黒けがいっぱいいるって教えたのにっ!!』
一人になるとすぐ、精霊たちが群がってきた。
額や頬を叩くのは……ネマの真似をしているのか?
なんにせよ鬱陶しい。
「お前たちの相手はできないと、俺はちゃんとラースに伝えたぞ」
先ほどの会議のときに精霊たちがしつこく話しかけてきていたが、声を出すなとユージンの奴に念押しされていたため無視した。
『でもでも、真っ黒けがいっぱいのところから愛し子を連れ出してほしかったのっ!』
『まだパァンッてしないと思うけど、真っ黒けの側は危ないのよ!』
「そんなにいたのか?」
精霊たちの言う『真っ黒け』は、悪行を積み重ねて魂を黒く染め上げた者を示す。
人や獣人などは、人生の中で多かれ少なかれ悪行に走ることがある。落とし物をくすねたり、人を殺して金を奪ったり、程度の差も大きい。
だが、今の生で悪行を尽くしても、少し黒の度合いが増える――つまり、灰色になるだけだという。
精霊たちの話を聞いている限りでは、染まりやすい魂とそうでない魂があるのだろう。
そして、染まりやすい魂は創造神の破壊の力が影響していると、俺は考えている。何か確証があるわけではないが。
『うん、いっぱい!』
『もうすぐ真っ黒けになるのもいたよ』
「だが、まだ弾ける状態ではないんだよな?」
真っ黒に染まった魂は弾けて消滅するが、その際にいろいろと危ないのだと精霊は言う。
何がどう危ないのかまではっきり言わないが、それにしてもお前たちはネマに対して過保護すぎる。
『でも嫌なのーっ!』
『ヴィルのわからず屋!』
そもそも、なんで俺がこんなに言われなきゃならないんだ?
「そんなに言うなら、その真っ黒けたちを見張っていろ。ネマに近づいたら、シンキに言えばいい」
ネマの周りの、精霊に関することはシンキの担当だろうが。
『あ、そっか!』
『シンキにも教えてくるー』
『ぼくも行くっ!』
俺の周りに群がっていた精霊たちの半分ほどが、シンキのところへ飛んでいった。
ようやく静かに過ごせるな。
「ちっ。アイセの奴、オスフェ公の秘密を言わないまま逃げやがったな」