睡眠欲と食欲を満たそう!
長い一日だった……。
あのあと、第一王女様と王配の王弟様、なぜか同席している先帝様と皇太后様に遺跡であったことをすべて話した。ヴィとお兄ちゃんが。
私の出番はなかったよ。手に汗握るスペクタクルアドベンチャー風に披露しようと思っていたのに……。
それが終わると、姐御さんとルシュさんは王城に泊まるのでバイバイして、私たちは離宮に戻る。
離宮では、頬を紅潮させたママンが出迎えてくれた。ウルクに加え、光の聖獣となったディーがいるのだ。ママンの知的好奇心が暴走するのを誰も止められなかった。
お兄ちゃんがママンを宥めている間、私はヴィを捕まえて、ソルに今日のことを説明する。
何がどうなって女神様が降臨したのか、ヴィの言葉をただ反復するだけの伝言マシンをやったよ!
それが終わるとようやく食事と入浴……の前に、今日はディーと寝る宣言をしておく。
「じゃあ、僕と一緒に寝ようか?」
あ、お兄ちゃんもディーと一緒に寝たいよね。
「おぉにぃさまぁぁ?」
お姉ちゃんが発した「お兄様」が恨めしや〜って聞こえた……。
同じ抑揚になったのはまぐれだろうけど、ちょっと面白い。
「カーナもどうぞ?」
「言われなくても、潜り込んであげますわ!」
いや、何を言い争ってんの?
「では、寝床は私が整えておきますので、若様たちはお食事へどうぞ」
若様を強調するジョッシュ。
「そう。では、お願いね」
ジョッシュが怒っていることに気づいたお姉ちゃんはそそくさと退散。お兄ちゃんも私を抱き上げて逃走した。
「ジョッシュ!ありがとう!」
私は離れていくジョッシュに、言い争いを止めてくれたことと寝る準備をしてくれるお礼を伝える。
ジョッシュにちゃんと伝わったようで、爽やかな笑顔で送り出してくれた。
夕食はこってり系のなんちゃって中華料理だった。でも、チャーハンもどきがあったのには感動した!
前世で食べたチャーハンとはちょっと味が違っていたけど、そもそも調味料が違うのだから仕方がない。
デザートとして出てきたのは果物と白米を蜜で固めたものだった!!
あ、米じゃなくてミイの実か。
見た目は杏仁豆腐かババロアに似ていて、花の形にカットされた果物が目を楽しませてくれる。
果物と実を砂糖で固めたものって考えれば、果物の飴がけやナッツのキャラメリゼに近いお菓子なのかもしれない。
お姉ちゃんは美味しいって言っていたけど、私はおはぎのあとにフルーツポンチを食べたような味だと思った。
だからか、無性におはぎが食べたくなった。白米もどきとあんこもどきがあるなら、おはぎもきっとある!
配膳係の人に聞いてみたら、そのような食べ方は知らないと返ってきた。
ミイの実を甘くして食べるなら、あんこもどきで甘くしてもいいじゃん!!
お口はおはぎを求めていたけれど、胡麻団子もどきで誤魔化すしかなかった。
お風呂タイムにうとうとして、スピカに救出されるというヒヤリハットが発生。
いやー、気持ちよくてつい。
魔物っ子たちがいてくれれば、遊んだりして起きていられただろうけど。
魔物っ子たちはパウルの手によってピカピカのふわふわになり、すでにお休み中だ。
ノックスの水浴び姿、見たかったのになぁ。
水滴を飛ばすために体を震わせるとき、尾羽をピッと立てて、お尻をぷりぷりするのが凄く可愛いんだ!
さっぱりほかほかになってお兄ちゃんが寝泊まりしている部屋に向かうと、風景が様変わりしてた。
「すごい!」
床の半分が寝床になっている!
なんかマットみたいなのを敷いて、エキゾチックな柄のリネンと大小様々な大きさのクッションがいっぱい。その中にデデンッと鎮座するハンレイ先生のぬいぐるみが。
ハンレイ先生のおでこには、アクセサリーのようにグラーティアがくっついている。そこが寝るときの定位置なんだよね。
「ウルクも呼ぼう!」
こんなに広いんだから、みんなで雑魚寝じゃー!って考えていたのに……。
「駄目です。ネマお嬢様は寝相がよろしくないので、毒針が刺さったらどうするのですか?」
パウルから反対された理由がまさかの寝相!?
いや……寝相が悪い自覚はあるけど、最近はほら、そこまで酷くなかったしぃ……。
希望を込めて、パウルにお願いってしても、首を横に振られた。
「いくらスライムをつけていても油断はいけません。何せ、スライムですから」
あ、私の寝相以外にも理由があったのね。
確かに、紫紺が寝ぼけて毒針から落ちる……あっ!
「パウル、もう一匹毒系のスライムを呼んでくれない?紫紺だって遊びたいだろうし、交代できる子が必要よ!」
「畏まりました。明日、お連れいたしますので」
「お願いね。あと、ウルクを同じ部屋で寝かせるのはいいでしょ?ちゃんと離れて寝るから!」
うっかりウルクの毒針が刺さらなかったらいいわけで、距離をおけば大丈夫だよね?
「……仕方ありませんね。必ず1ミノ以上離れること。お嬢様方とウルクの間に、ハンレイ先生を置くこと。この二つをお約束してくださるなら、ウルクを連れてきましょう」
1ミノって約3メートルくらいか。それくらいなら大丈夫そうだ。あと、間にハンレイ先生のぬいぐるみを置くって、ハンレイ先生が防波堤代わりなのか?グラーティアもいるんだけど!?
……うーん、グラーティアはディーの頭の上に移動させればいいかな。
「わかった、約束する!」
パウルがウルクを連れてくるために下がると、お兄ちゃんがお風呂から戻ってきた。
「ネマ、湯冷めしちゃうよ?」
「まだポカポカしてるから大丈夫だよ!それより、おにい様はディーといっしょにお風呂に入ったの!?」
お兄ちゃんの隣にいるディーは艶が増しているし、ご機嫌な様子だ。
「ディーが久しぶりに入りたいって言ったからね」
男同士の裸のお付き合いってやつだね。お風呂で積もる話でもしたのかな?
なんかお兄ちゃんとディーの距離がグッと近くなった気がする。ちょっと羨ましいぞ!
「ネマ、お兄様、ディー!一緒に寝るわよ!」
寝る準備を終えたお姉ちゃんもやってきて、なんかキャンプのときみたいだ。
そして、パウルがウルクを、森鬼が星伍たちを連れてきてくれた。
「主、セーゴとリクセーを連れてきたんだが……」
星伍と陸星は森鬼の後ろに隠れていて、稲穂は森鬼の腕から降りたがらない。
星伍と陸星は腰が引けている上に、耳がぺったんこになっているし、稲穂は尻尾に隠れて小さく震えている。
その姿を見て、この子たちはまだウルクに慣れていなくて怖いんだとわかった。
帰り道では、魔物っ子たちとウルクが離れていたから怯える素振りを見せなかったのか。
「今日はシンキと寝る……」
「シンキの側、安全だから……」
星伍と陸星の元気のない様子に、わがままを言ったことを反省する。
「ウルクのことは無理せずゆっくりいこう。今日は森鬼たちのお部屋でしっかり休んでね」
三匹の頭を撫でてから、森鬼にあとをお願いした。
「セーゴ、リクセー、イナホ。明日からウルクと同じ部屋にいるように」
パウルは鬼だった……。こんなに怯えているのに容赦なしかよ。
稲穂なんて、さっきより震えが大きくなっているじゃん!
「パウル、無理をさせたら……」
「いいえ。早急に慣れてもらわねばなりません。ここはライナス帝国の宮殿とは違いますので。それに……役立たずは必要ないと思いませんか?」
こ……怖いよぉ……。
ウルクのことを即戦力になる助っ人だと賛成してくれたことからして、パウルはミルマ国自体を警戒しているのだろう。
ウルクが増えても、魔物っ子たちが動けないのであれば、結局プラマイゼロだもんね。
「オルファンに叱られたからといって、他のものに当たるのはおやめなさい」
お姉ちゃんも厳しすぎると感じたのか、間に入ってくれた。それは嬉しいんだけど……。
パウル、オルファンに叱られたの!?
驚いてパウルを見ると、いつもの畏まった顔のままだな。
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません」
「オルファンに言われたばかりじゃない。パウルは……」
「カーナ、そこまでだよ。まずは二人とも落ち着こうか」
お兄ちゃんがお姉ちゃんの言葉を遮った。普段は最後まで話を聞いてくれるお兄ちゃんにしては珍しい行動だ。
そして、森鬼に魔物っ子たちを連れていくように言った。
魔物っ子たちがウルクに怯えているのに、言い争いに付き合わせるのはよくないからって。
森鬼がどうするのかと私に視線を投げてきたので、お兄ちゃんの言う通りにしてと頷く。
「ネマは眠たくなったら寝ていいからね?」
いや、こんな空気の中、はいそうですかと寝られないよ!
私、そんなに神経図太くないからね!!
「さてと。パウルはもう一度、オルファンに言われたことをしっかりと理解しようか」
お兄ちゃんにそう言われたパウルは、はいと返事をして頭を深く下げた。
「カーナは、パウルの主人として相応しくない発言をしようとしたね?」
お姉ちゃんは見ていられなかったと反論を試みるも、お兄ちゃんのにっこり冷ややかオーラには勝てなかった。
お姉ちゃんの声は心境を表すように、徐々に尻すぼみになっていく。
「使用人の彼らにだって感情はある。それを汲み取って、適切な言葉を選ばなければ、信頼は築けない。パウルなら、何を言っても許してくれると思うのは、カーナの甘えだよ」
お兄ちゃんの言葉がとても耳に痛い。
お姉ちゃんだけでなく、私にも向けて告げているようだ。
「ネマにあんなことがあったし、僕たちに知らされていないだけで、裏で処理したものもあるかもしれない。パウルは、ネマとカーナを守るために最善を尽くそうとしているんだ。それは理解できるよね?」
お姉ちゃんはこくりと頷く。
そして、ふぅーっと息を長く吐いて、体の力を抜いた。
「オスフェの者として、相応しくない言動でしたわ。パウル、わたくしを許してくれるかしら?」
「わたくしめが未熟だったせいです。カーナお嬢様がお気になさる必要はございません」
お姉ちゃんとパウルは仲直りしたってことでいいのかな?
「じゃあ、カーナもネマも寝ようか」
お兄ちゃんが私たちの背中を軽く押して、寝床へと促した。
「念のため、隣にジョッシュとスピカが控えておりますので、何かございましたらお声がけください」
ジョッシュが隣にいるのはわかるけど、スピカもってことは、何か起きたら音やにおいで気づけるようにってことだろうか?
「ウルクはどこで寝るの?」
ウルクが寝る場所を決めないと、ハンレイ先生を置く場所も決まらない。
――人が寝るその台を試してみたい。
ウルクは部屋の備え付けの寝台に興味を示す。
それをお兄ちゃんに伝えると、いいよと即座に承諾してくれた。
ベッドなら3メートルも守れるし、いくら私が寝相悪くても、毒針が刺さることもないだろうからって。
ウルクは心なしかウキウキした様子でベッドに飛び乗った。前脚でふみふみをして感触を確かめたあと、ゴロンと寝っ転がる。ちょうど枕の位置に頭がくるようにしているのが、なんとも人間臭い。
「さぁ、僕たちも寝ようか」
床の寝床に潜り込むと、右にお兄ちゃんが、左にはお姉ちゃん……と言いたいところだけど、ディーが来てくれた。私を挟むと言うより、私とお姉ちゃんでディーを挟んでいるな。
ただ、鬣が発光しているから、寝るにはちょっと眩しい。
眩しいけど、凄くもふもふ!以前のディーと毛質が似ている気がする。
それに、お風呂に入っているのにお日様の匂いがするのも、ディーがここにいるって実感がぐっと湧くね。これは癖になるなぁ。
「ディーとこうして一緒に眠るの、いつぶりかしら?」
反対側でお姉ちゃんもディーに寄り添い、もふもふを堪能しているみたい。
「寒い日はよく、ディーの取り合いをしていたね」
懐かしいなぁ。
魔法で温かくするから、本当は寒くないんだけど。でも、ディーがいるといないとでは体感温度が違うんだよね。
三人と一頭で思い出話に花が咲き、ちょっと夜更かしをしてしまった。
◆ ◆ ◆
朝起きると、すでにウルクの姿がベッドにない。
部屋の中を見回すと、窓辺で太陽の光を浴びていた。
体がヘビだから、やっぱり変温動物なのだろうか?
でも、寒くて竜種が動けなくなったとか聞いたことないなぁ。
お兄ちゃんたちも起きていたので、朝の挨拶をしていると、ディーがウルクの隣に寝そべった。
陽の光を浴びて、鬣がより煌めいている。光の聖獣に相応しい神々しさだ。
「ん?」
お手てが……揃ってる!
ディーとウルクの前脚が、ぴったり綺麗に並んでいるのが可愛い!!
ウルクはヘビの部分が多いけど、前脚は獅子。ディーも外見はほぼ獅子。つまり、どちらの前脚もネコ科の大きなお手て!!
これはぜひとも近くで愛でなければ!という使命感が湧き上がる。
「ネマお嬢様、遊んでいる時間はございません」
ディーとウルクのお手てを前に、パウルによって連行されてしまう。
「お手てがぁぁ……」
「ネマお嬢様が身支度に協力してくだされば、朝食の前に少し余裕ができますよ」
「わかった!パウル、早くはやく!」
ちょっぱやでよろしく!
パウルの手を取り、急いで私とお姉ちゃんの部屋に戻る。
パウルに言われるがまま、テキパキと動いて身支度を整え、再びお兄ちゃんの部屋へ向かった。
まだ窓辺で日向ぼっこしてくれててよかった!
二頭のもとへ駆け寄ると、ウルクだけが頭を上げた。
――何をしているんだ?
「お手て見てる」
ディーとウルクの前脚は、似ているけどちょっと違っている。
体格差があるからか、ディーの方が大きい!
――脚など珍しくもないだろう?
「何言っているの!脚一本一本、ちゃんと個体差があるんだから!」
星伍と陸星で例えるなら、星伍は右前脚の肉球に薄ピンクの部分があるが、陸星の肉球はすべて黒い。
私が熱く語ったのに、ウルクはつまらなさそうに「そうか」と呟いた。
――ぐるる。
ディーが私に向かって、右前脚を浮かせて見せる。
お手のポーズだけど、これは……。
肉球を触ってもいいってことだね!!
ラース君ですら、肉球はめったに触らせてくれないのに、ディーは本当に優しいなぁ。
遠慮なく、ディーのお手てをむぎゅっと掴むと、想像していたよりも硬い。
それに、私の手より大きな肉球……むぎゅっー!むぎゅっー!
この硬さ、この弾力、何かを思い出させるなぁ。
……あ、車のタイヤだ!溝がある方じゃなくて、横の部分の感触に近い。つまり、ゴムだね!
ディーの肉球を堪能していると、お兄ちゃんが朝食に行くよと声をかけてきた。
スッとディーのお手てが消え、お兄ちゃんに従えとでも言うように、ディーに見つめられた。
「はーい!ウルクもいっしょにご飯食べよう!」
――俺はしばらく水だけでいい。
「えっ!?」
食事がいらないという返事に驚いた。
竜舎の子たちは、食事の管理をされてはいるものの、毎日ご飯タイムにはもりもり食べていた。しかも、肉の小山が秒で消えるくらいの早食いだ。
リンドブルムたちと比べたら、ムシュフシュ自体が少食なのかな?
――たくさん人を食ったからな。
ウルクの説明にいろいろと察した。
あの遺跡に侵入した冒険者たちを……。
普段のウルクは、小動物を主に食べているらしい。大きな動物を狙わないのは、お腹いっぱいで動きづらくなるのが嫌なんだって。
ムシュフシュが……と言うより、ウルクの生活スタイルなんだろうね。
「でも、ここで待っているのもひまだろうし、いっしょに行こう!紫紺も朝ご飯食べたいよねぇ?」
――むぅぅっ!!
鳴き声のニュアンスから、紫紺も食べたいって言っているに違いない!
ウルクもそれならばと了承してくれた。
ウルクに乗ったまま食堂の中へ入ると、ガシャンッと何かが割れる音がした。
どうやら、配膳係の人がウルクに驚いて、お皿を落としてしまったようだ。
まぁ、昨日の今日では慣れることはできないよね。
「ウルクがご一緒のときは、オスフェ家の者で配膳いたしますのでご安心ください」
ウルクを部屋に戻すべきか悩んでいたら、ジョッシュがそう教えてくれた。
私のことだからと、昨夜のうちに手配してくれたらしい。
さすがジョッシュ!次期当主の専属を務めるだけのことはある。
そんなできる男ジョッシュに、ウルクのお水と紫紺が食べられそうなものをお願いしようとして気づいた。
「紫紺、毒がないものでも食べられるの?」
――むぅぅぅ。むっむっ!
森鬼に通訳してもらうと、毒がなくても食べられるけど美味しくないから嫌い、だそうだ。
でも、有毒な食べ物ってそうそうないよ?
いや……地球だと、緑に変色したじゃがいもだとか、トマトのヘタだとか、果実の種に毒性があったりするから、こちらの世界でも可食部以外に毒性を持つ食べ物があるかもしれないな。
「ジョッシュ、毒を持つ果物とかあるかな?」
「毒、ですか?……毒ではないですが、とても辛い果物ならあります」
とても辛い果物?果物なのに辛いとは??
物は試しだと、それを用意するようお願いした。
食べてみて不味ければ吐き出してもらおう。んで、もったいないからそれを白に食べてもらえば捨てなくてすむ。
ウルクのお水と一緒に運ばれてきた辛い果物。
見た目は枇杷のような楕円の果実だが、色があからさまに何かありますって感じ。
葡萄の皮の裏側……巨峰よりは薄いけどデラウィアより濃い紫色をしている。毒々しい紫ってこんな色を言うのかも。
そんな辛い果物を紫紺は一つ丸々取り込んで、消化を始めると、小刻みに体を震わせた。
これは聞かなくてもわかる。
「紫紺、美味しい?気に入ったみたいだね?」
――むっむぅぅぅ……。
美味しいものを食べたとき、感動に身を震わせるリアクションを白も黒もよくやる。同時に生まれた兄弟だから、属性が違っても似たところがあるのだろう。
さて、気になるのはやっぱりそのお味。
チラリとジョッシュを見やれば、困ったような笑顔を向けられた。
「ネマお嬢様は口になさらない方がいいです。微量でも凄く辛いですから」
そう言われるとビビるけども、やっぱり試してみたいよね。
どれくらい辛いんだろう?鷹の爪を齧ったときくらいい??
「そのような言葉では、ネマお嬢様は諦めませんよ。辛いだけなら、痛い目をみるのはネマお嬢様だけですし、試させるのも手かと」
パウルがサラッと恐ろしいことを言ってくる。
忠告してもやると言うなら自己責任だぞって意味だろうけど、私には自業自得というふうに聞こえた。
……よし!何事も経験じゃっ!!
「パウルもこう言っているし。ね、お願い!」
「本当の本当に辛いですよ?絶対にネマお嬢様は耐えられないですよ?」
「大丈夫!おとう様もジョッシュを怒ったりしないよね?」
やり取りを見守っているだけだったパパンに話を振る。
「もちろん、ジョッシュを怒ったりはしないけど、私もやめておいた方がいいと思うが……」
「やりたいと言っているのだからいいじゃないですか。忠告を聞かなかったときのよい教訓になりますもの」
ママンが味方……というか、パウル側についたので、パパンもジョッシュもこれ以上は阻止できなくなった。
……ママンには逆らえないからね。
「ちょっとだけですよ。ほんの少し舐めるだけにしてください。いいですね?」
「はーい!」
ジョッシュはしっかりと念を押してから、枇杷みたいな果物にナイフを入れる。そこからにじみ出た果汁をスプーンの背の方につけて、私の口元に差し出す。
おそるおそる舌を伸ばして、そのちょびっとだけついている果汁を舐めると……。
「う゛あ゛っっっ!!」
自分の声とは思えない、変な声が出た。
ヒリヒリを通り越して、舌がビリビリと痛い。口の中全部が熱を発しているようだ。辛さを感じる間もなく、ただただ痛いだけ。
涙はボロボロを出るし、唾液は飲み込めなくてあふれそうだし、どうしていいのかわからない。それなのに、声も出せない!
これはトウガラシ以上だと思う!食べたことないけど、キャロライナリーパーとか、そこら辺のレベルでは?
「凄く辛いでしょ?」
ジョッシュがお水を飲ませてくれたけど、それは逆効果だよ!
「いだぁいぃぃ」
お水を飲んだことで口の中だけでなく、喉や食道までカッカビリビリしてきた。
牛乳!牛乳をくれ!
なんでもいいから乳をくれと、ガッサガサになった声で訴える。
乳をゴクゴクプハーッと飲んでも、痛みが緩和されることはなかった。
極悪トウガラシもどきの辛さの成分がカプサイシンではないからなのか。それとも、乳の成分が違うからなのか。たぶん前者だと思うけど、牛乳が効かないなんて絶望だ。
「ネマの可愛い表情も見れたことですし、そろそろいいでしょう」
ママンがそう告げると、お兄ちゃんがちょっと笑いながら私を抱き上げた。
お兄ちゃんの綺麗な指が唇に触れたと思ったら、ふんわりとした温かさを感じるとともに、ビリビリがスーッと引いていく。
「もう大丈夫だよ」
口の中を火傷したときと同様に、治癒魔法をかけてくれたようだ。
あのビリビリは治癒魔法が必要なレベル――つまり、火傷と同じかそれ以上の怪我または炎症とみなされるのか……。
そりゃあ、痛いわけだ。
「それで、お味の感想は?」
ママン、なんで楽しそうなの?
「ビリビリのカッカするだけで、からさはわからなかった……。大人はからいって感じるの?」
大人になると味覚が変わると言うし、これを辛旨と感じる人もいるかもしれない。
「通常はこの果汁を薄めて料理に使うので、ちゃんと辛いと感じますよ」
パウルの満面の笑みと一緒にネタばらしされたわけだが、薄めて使うんかいっ!!と突っ込まなかった自分を褒めたい。
というか、試すのも薄めたやつでよかったじゃん!
騙されたーと思いながら、朝ご飯を食べる。
やっぱりお粥が美味い!
こってりメニューが続くと、お粥みたいなあっさりしたものがもっと美味しく感じるよね。
お粥をおかわりして、満足したところでデザートが用意される。
「ネマお嬢様が仰っていたものを作ってみたと、厨房から言付けを預かりました」
あんこもどきがたっぷりと載っているだけのお皿を見て首を傾げる。
私、あんこもどきを食べたいって言ったっけ?あんこだけってきついなぁ。
そんなことを思いながら、あんこもどきにスプーンを入れたら、何か別の感触があった。
その正体を探るべく、あんこもどきの中をスプーンで取り出す。
すると、米もどき……もとい、ミイの実があんこもどきに隠れていた。
おはぎか!!
そういえば、おはぎみたいなお菓子はないかって、配膳係の人に聞いたわ!
確かに、米とあんこという部分で言えば、おはぎと変わらないんだけどさぁ……。
そこはかとなく漂うコレジャナイ感。
きな粉餅ときな粉ご飯も同じようで違うしね。
やっぱり、もち米やうるち米じゃないと、あの味にならないのかぁ。
調べてみて、もち米やうるち米に似たものがなかったら、品種改良しちゃおうかな?
そういう食材に関する研究ってどれくらい行われているんだろう?
「いかがなさいましたか?」
「美味しいけど、これがもっと美味しくなる方法を考えてる」
パウルに尋ねられたので素直に答えたら、みんなにやっぱりね、みたいな顔された。
「ミイの実も美味しいものと美味しいものを交配させたら、もっと美味しい実ができるかもしれないでしょ!」
私のその発言に、なぜかパパンが驚いた表情を見せる。
その驚きは、私がそこまで食いしん坊だったとは!って驚きなの!?それとも……。
「本当に、ネマの発想にはいつも驚かされるな」
なんか釈然としないが、食いしん坊で驚いたのでなければ、まぁいいか。
あとで食材の品種改良のこととか、パパンに聞いてみよ。




