遺跡の秘密は誰にも内緒!?
先ほど見かけた建設現場のような場所では、ドワーフたちが壁の模様を写す作業をしていた。
粘土みたいなものを壁に押しつけて、版画のように写しとる。
それをすべての壁に行っているというのだから、途方もない労力だ。
写したものを、ここにいないエルフたちが研究に使っているらしい。
作業をしているドワーフたちを横目に、私たちはさらに奥へと進んでいく。
ここら辺では足場が組まれておらず、びっしり刻まれた文字をしっかり見ることができた。
これがすべて魔法だとしたら、どんな魔法でどんだけたくさんかけてあるのか、知るのが怖いね。
通路の突き当たり、行き止まりの壁に案内役のお兄さんが治癒魔法をかけると、壁が扉へと変化する。
姐御さんもルシュさんも驚いていなかったから、この仕掛けは知っていたのだろう。
扉の中は真っ暗だったけど、灯りの魔道具がつくとみんな息を飲んだ。
女神クレシオール様は生と死、再生と慈悲といったいろいろな面を持つ。そのため、多くの芸術家が女神様をモチーフにその姿を表現してきた。
我が国にも名作と名高い女神像があるし、大陸一美しい女神と呼ばれる絵画も見たことある。
しかし、それらが霞んでしまうくらい、美しい像がそこにあった。
まるで、本物の女神様がそこにいるみたいだ。
像に着色されていることから、金属製ではなく木製か陶磁器製。
一番細部までこだわれるのは木製の方かな?
仏像とかめっちゃ細かい装飾がしてあったりするもんね。
厳かな空気が漂う中、ヴィは躊躇なく女神像に手を伸ばした。
「一部に精霊石が使われているな……。だが、これではない」
意味がわからないけど、ヴィは私たちに説明するつもりはないようで、今度は床を調べ始める。
今気づいたけど、床も凄い!!
今までは記号のような文字がひたすら羅列してあったものが、ここは図形と組み合わせられている。
確かにこうしてみると、魔法陣であることがよくわかる。
よく見かける魔法陣と同じ図形のものもあるし、より複雑にいくつもの形が重なっているものもある。
ふと、数学の図形問題を思い出した。嫌な記憶だ……。
ラース君もヴィの後ろをついて回り、時折床をタシタシと叩く。
「ここか……」
ヴィが何か確信したように、床を撫ぜる。
すると、その部分にあった魔法陣が輝き出し、何かが生えてきた!!
生えてきたは語弊があるかもだけど、床からうにゅーって何かが迫り上がってきたら生えたって思うじゃん??
しかも、その何かは伸びに伸びて……柱になった。
緑色の翠玉の結晶にも見える柱は、ゆうに3メートルは越えている。
これがお宝……ではないよね?お宝にいたるギミックの一つだよね?
いや、これが本物の宝石だとしたらお宝で合ってはいると思うけど。
「ラルフ、ここに水の魔力を流してくれ」
「ここ?範囲はどのくらい?」
「おそらくこれが魔法陣か?だとしたら、これよりも少し広いくらいだな」
お兄ちゃんはヴィに理由を問うこともなく、ヴィの言うことに従う。
言葉にしなくても伝わっているよ感があってちょっとジェラシー!
それはお兄ちゃんの優しさなんだから、図に乗るなよヴィ!!
お兄ちゃんが床の魔法陣と思しきものに魔力を流すと、またうにょーって柱が生えてきた。
ヴィが水の魔力と言っていたのは、柱にも属性が関係しているのだろう。
先ほど、ヴィが生やした柱は緑。つまり、風属性。
お兄ちゃんが生やした柱は青。水属性というわけだ。
「次はカーナだな」
ということは、火の柱を生やすのか。
「こちらに流せばよいのですね?」
「あぁ。変なことはするなよ」
お姉ちゃんのあふれ出る好奇心に不安を覚えたのか、ヴィは釘を刺す。
そんなお姉ちゃんはじっくりと床の魔法陣っぽいものを眺めてから、魔力を放った。
するとやっぱり、うにょーって赤い柱が生えてくる。
「最後は土だが……やるか?」
ヴィは姐御さんを見て、挑発するような笑みを浮かべる。
王太子なのに、物語に出てくる悪役のようだ。
「やるっ!」
即答するってことは、姐御さんも本当はやってみたかったんだね。
ルシュさんも羨ましそうに姐御さんを見つめている。
ヴィの指示に従い、姐御さんが魔力を流して生えてきたのは黄色の柱。
これで四属性が揃ったけど、この柱に何か能力が秘められていたりする?
これから何が起きるのかと、ワクワクドキドキして待っていたら、ヴィは考え込んで動かなくなった。
「おねえ様、あの柱はなんだと思う?」
「わからないわ。でも、魔石ではないことは確かね」
「魔力を流したら現れたのに?」
長距離移動の転移魔法陣なんかも、大量の魔力を消費するため、大きな魔石を使用する。
この床がすべて魔法陣だとすれば、めちゃくちゃ大がかりな魔法を発動するために、めちゃくちゃ大きな魔石がセットしてあると思ったのにどうやら違うらしい。
「ネマ、お前は精霊王たちに会っていたな。何か授かったものはないか?」
脈絡もなく精霊王という言葉が出てきて驚いたけど、この遺跡のことを精霊王たちに伝えて、何か行うのかな?
授かったもの……って、うーん。
「ネマお嬢様。両陛下から贈られた首飾りに加護を与えていただきましたよね?」
首飾り……加護……。
私はポンッと手を叩いた。
パウルに言われるまで、その存在を失念していたけど、あのヤバい首飾りになんかやってもらったわ!
服の中に隠していたペンダントを取り出す。
『絶対不可侵』という、魔法も物理攻撃も利かない防御壁を張ってくれる魔法が込められた魔石。黄色の狼の形にカッティングされており、その中では煌めく靄が動いている。
遺跡に行くわけだし、有名な映画のように罠が仕掛けてあって、大きな岩が転がってくるかもしれないじゃん?身を守るためにも、土魔法の方がいいよねってことで選んだ。
「それは父上があげていた……」
「これに念じればおしゃべりできるって精霊王様は言ってたよ」
試してみろと言われたので、心の中で土の精霊王を呼んでみる。
――グノーアス様!聞こえますか?ネマです!
――愛し子、私を呼んでくれて嬉しい。それにしても、どうして姿が見えない場所にいる?
通じた!!
感覚としては、念話と同じなんだね。
――今、ミルマ国の遺跡にいるんですが、ここの建物の中は精霊が入れないらしくて……。
事情を説明すると、土の精霊王はあそこかと納得してくれた。
――ヴィが精霊王様に何か聞きたいことがあるそうなんですが、この首飾りでヴィもお話できますか?
――ヴィルも一緒か?……仕方ない。愛し子に触れていれば、私の声は聞こえる。
ヴィが一緒だと知って、ちょっとご機嫌斜めになったような……。
ひょっとして、土の精霊王に嫌われるようなことをヴィがしたのかしら?
「私にさわれば、声が聞こえるって。たぶん、念話と同じ?」
頷いたヴィは、なぜか私を抱っこした。
触れていればいいのだから、わざわざ抱っこしなくても……。
――土の精霊王、無理言ってすまないな。
お、おぉぉ!!
頭の中でヴィの声がする!!
――構わない。よほどの事情なのだろう。話してみよ。
陛下と一緒に精霊宮に行ったときも思ったけど、精霊王と聖獣の契約者ってみんな仲良しなの?じゃあ、なんでさっきは不機嫌になったんだ?
とりあえず、私は黙って二人の念話を聞くことにする。
――ここは魔族が築いたものだそうだが、ラースは地竜の寝床だと言う。そして、ずっと感じていた精霊石の気配。これだけ大きな精霊石は精霊王にしか作れないものだ。ここは、何をする場所なのか、精霊王には伝わっているのだろう?
魔族、地竜、精霊王……。この遺跡に関わっている種族、超レアが多すぎでは?
人間、ドワーフ、エルフ、竜種、魔族、聖獣、精霊。あと、獣人と魔物がいれば全部揃うんだけど、うちの子たちをカウントしていいかな?
――地竜の寝床の上に魔族が建てたものだと聞いている。その精霊石はあることに使うのだが、今の人には必要ないものだ。
――では、愛し子にはどうだ?
――ん?私?
うっかり心の声を念話に乗せてしまった。
ヴィに、大人しくしていろとでも言うように、頭を乱暴に撫でられる。
髪型が崩れるからやめてくれ!
――どうだろう?必要と言えば必要だし、不要と言えば不要だ。
どっちつかずな返答に、眉間に皺を寄せるヴィ。
――その判断は私たちではなく、創造主様がなされるだろう。お主も契約者なのだから、創造主様に聞いてみればよい。
神様のお気に入りなら、祈りの声は届くかもしれないけど。
神様はこの世界に関与できないから、代わりに女神様が答えてくれるのかな?
ヴィはこれ以上、土の精霊王から聞き出すことを諦め、礼を告げてから私を降ろした。
――愛し子よ。ヴィルに構っている時間があるなら、精霊宮に遊びにおいで。私の横でファーレムがうるさいんだ……。
火の精霊王とヴィって相性悪そうだなって思った。
行くならまた陛下と一緒の方がいいかもしれない。
――近いうちに遊びにいくね!
土の精霊王と約束をして、念話を終える。
ヴィは私が土の精霊王と話している間に覚悟を決めたのか、女神像の前に跪く。
すると、女神像が淡い光を放ち始めた。
「……そういうことか!」
相変わらず私たちに説明する気がないようで、ヴィは立ち上がるとラース君と何か話している。
「ネマ、サチェ殿とカイディーテ殿をここに呼んでくれないか」
「サチェとカイディーテを??でも、先帝様たちの側を離れないと思うんだけど……」
いくら同じ国にいるとはいえ他国だし、王城からそこそこ距離のある岩山の天辺だよ?
この前カイディーテが皇太后様の側を離れたのは、場所がライナス帝国内で一応サチェが残っていたからだろうし。
「ネマが頼めば来る。聖獣たちが来たら、あとはラースに任せればいい」
ヴィがそこまで言うならと、サチェとカイディーテを呼ぼうとして、その前にやるべきことを思い出した。
お兄ちゃんにお水を出してもらわねば!
いつも呼ぶ前に出口用の水を用意するの忘れて、思わぬ場所から登場させちゃうんだよねぇ。
お部屋の端っこの方に小さな水溜まりを作ってもらい、早速サチェを呼び出す。
「サチェー!あっそびましょー!」
あ、遊ぶんじゃなかった……。つい、いつもの癖でつけちゃったよ。
それでも優しいサチェはすぐに反応して、水溜まりがポコポコ盛り上がりババーンと登場してくれた。
次はカイディーテだけど、本当に来てくれるかな?
「カイディーテ!ここに来て欲しいな!お願い!!」
ちょっと待っても反応がない。
やっぱり精霊がいない場所では声が届かないのでは?
それはサチェも同じだけど、たぶん水溜りという出口を用意していたから聞こえたのかなぁって。
「カイディーテぇぇ!ヴィに怒られちゃうから来てぇぇぇ!!」
泣き落としも効果ないと思うけど、やるだけやらないとヴィに文句言われそう。
やっぱり無理かと諦めたそのとき、ラース君ではない鳴き声が聞こえた!
勢いよく後ろを振り向けば、ラース君の側にカイディーテがいるではないか!!
いつの間に来てたの!?
「揃ったな。ネマは炎竜殿に力を使うと念話を入れておけ」
「私が力を使うって、なんの?」
私に魔力ないの、ヴィも知っているのに。
「炎竜殿の力に決まっているだろ。一度暴走させているから、突然使うと炎竜殿が心配するぞ」
「ソルに心配はかけたくないから、力を使わないという選択は……」
「炎竜殿がここに入れればそれでもよかったんだが」
ヴィとしても、私が力を使うのは不安なんだね。
でも、ソルの力が必要で、ソルが大きすぎてこの中には入れないから私に代わりをしろと。
「でも、意識してソルの力を使ったことないよ?」
「それは俺が教える」
ソルに念話を飛ばして、力を使うって言ったらめっちゃ反対された。
ヴィが大丈夫だと言っていると伝えても、風の坊主は信用ならぬって。
私、ソルとヴィの板挟みでつらい。
お兄ちゃんたちに助けを求めようとしても、ヴィに邪魔されるし。
「炎竜殿に聖獣が揃っていることを伝えろ」
はいはいと言われた通りに、ラース君以外にサチェとカイディーテもいることを伝えた。
――精霊が入れない遺跡と言っていたな?
――うん、そうだよ。大きな精霊石が生えてきて、そうしたらヴィがサチェとカイディーテを呼べって……。
いくら王子でも横暴だよねーって愚痴を続けようとしたら、なぜかソルが折れた。
力を使ってもいいって!
その代わり、ことが終わったらちゃんと説明するように、だって。
こっちが今説明してもらいたいわ!
というわけで、マジでなんの説明もされないまま、サチェとカイディーテに近づくことも許されず、赤い柱の前に立たされた。
「背中の竜玉がネマの体を包み込むよう頭に思い描く。それが難しければ、竜玉でできた衣装を着ていることを想像しろ。いいか、外側にまとうんだ」
うーん、竜玉ってもううさぎさんのイメージが強いからなぁ。それをまとうって言われても……。
うさぎさんをまとう……うさぎさんをまとう……。
うさぎの着ぐるみを想像しちゃう!
夏はめちゃくちゃ暑いけど、冬は暖かそうなうさぎの着ぐるみ。遊園地で子供たちに風船配るのが使命!!
悪ガキに殴られたり蹴ったりされるけど……反撃もしちゃううさぎの着ぐるみ!
「よし。そのまま、柱に手を」
ん?できてる?本当にできてる??
いや、ちょっと待て!妄想で遊んでいたから気づくの遅くなったけど、私……なんか着ぐるみっぽくなってない!?
視界に入る自分の手は、もこもこしたグローブをつけているようだし、体も完全に外気から遮断されているみたいでお布団の中のようにホカホカしている。
さすがに頭は無事だろうと、空いている方の手をやれば……なんかある!!
「まぁ!ネマがぬいぐるみみたいね」
「でも、あれは竜玉だよ。どんな鎧を身につけるよりもネマを守ってくれるね」
お姉ちゃんとお兄ちゃんの感想から、確実に私が着ぐるみを着用していることが判明した。
違う、そうじゃない!たぶん、まとうってこういうことじゃないよね!!
「まぁ、ネマだしな。これもありなんだろう」
ヴィも納得しないで!
つか、着ぐるみの中に入っているのに視界がクリアって、顔の部分はどうなっているの?
まさか、顔は丸出しだったりしないよね?そんな辱め、私泣くよ?
自分の頬に手をやれば、着ぐるみのもふもふ感触が伝わってくる。
「ラース、やってくれ」
私が着ぐるみショックを受けているというのに、ヴィはそれを無視して先を進める。
赤い柱が竜玉の力に反応して強く輝く。緑の柱はラース君の力で、青の柱はサチェの力で、黄色の柱はカイディーテの力で。
四つの柱が放つ光が部屋を満たす。
『珍しいと思ったら、お前たちであったか』
どこからともなく、女性の声が聞こえてきた。
だけど、どこかで聞いたことあるような……。
「もう、手を離しても大丈夫だ」
ヴィはそう言うやいなや、声がした方向に膝をついて頭を下げた。
あのヴィがである!
「全員、頭を下げよ。クレシオール様のご降臨だ」
え、ええぇぇぇぇっ!?
女神様の降臨だってぇぇぇ!!!
忘れた頃に出てくる秘密道具(笑)