思わぬ出会い。
「えっ?何が起きたの?」
突然、バチーンッと何かが弾けるような音がしたと思ったら、お姉ちゃんに掴まれるわ、星伍と陸星は唸り出すわで、状況がまったくわからない。
誰かに襲われたようなのだが……。
「前に出るなよ!」
ヴィの大声でスピカの動きが止まった。
よくよく見ると、星伍と陸星も同じ方向を威嚇しているが、やや腰が引けている。怯えている証拠だ。
あの子たちが怯えるなんて、よほど強い敵なのだろうか?
ヴィがラース君に何か言うと小さな竜巻が巻き起こり、塀に直撃した。
すると、何もなかったところから、何かが出現したではないか!忍者のように塀に張りついていたのかな?
ここからではわかりづらいのだけど、変わった尻尾を持つ生き物みたい。
あと、ヘビの威嚇音に似たシューシューっていう音が聞こえる。
でも、ヘビはあんな尻尾じゃないしなぁ。
「涼しげな顔で上級魔法を、しかも無詠唱でああも操るなんて、なんだか腹が立ちますわね」
「ヴィルよりも強い風魔法の使い手はいないと思うよ?」
お姉ちゃんは悔しそうで、お兄ちゃんはちょっと怒ってる?
私には感知できないけど、ヴィはどうやら凄い魔法を使っているらしい。
風魔法は、他の魔法と違って目に見えないものが多いから、何がどう凄いのかさっぱりだ。
「黙れ。殺しはせん」
風の精霊の仕業か、ヴィの声がこちらまで届いた。謎の生き物を殺す気がないとわかってよかった。
たまたまここを住処にしちゃった動物だったら可哀想だもの。
「追うぞ」
謎の生き物はヴィの魔法でフラフラ状態になりながら、儀式の建物の奥へ逃げようとする。
その後ろ姿はとても奇妙だった。
尻尾は外骨格っぽい殻がついているし、後脚は猛禽類の脚に似ている。
駆け出すヴィに、それを追うお兄ちゃん。
慌ててジョッシュもついていくのを、私は見送るしかできなかった。私の手はお姉ちゃんにしっかりと握られているし、行く手にパウルが立ち塞がっているからね。
「あれは……。ひょっとしたらとは思ったけど、さすがネマね」
お姉ちゃん、偶然だね。私も今、ひょっとしたらって思っていたところなんだ。
「……ムシュフシュ?」
「じゃないかしら?本に書かれていた特徴とそっくりだったわ」
お姉ちゃんも私が借りてきた本を読んでいたっけ。
そうとわかれば、お姉ちゃんとパウルを急かしてヴィのあとを追う。
追いついたときにはムシュフシュが床に倒れていた。
殺さないって言ったのに!!
「ヴィーーーッッッ!!ムシュフシュになにしたのぉぉぉーー!!」
お兄ちゃんと話をしていたヴィの脚をポカポカと殴る。
私に身長があれば、胸ぐらを掴んでガクガク揺さぶってやったのに!!
「ちょっと意識を奪っただけだ。死んではいない」
「本当?絶対?うそついたら針千本飲ませるからね!!」
「針千本って……そっちの方が死ぬぞ?」
お約束が通じないヴィは放っておいて、私はお兄ちゃんにムシュフシュを治して欲しいとお願いした。
「ネマのお願いは聞いてあげたいんだけど、ムシュフシュは寝ている状態に近いから、治癒魔法は効かないと思うよ?」
「寝ている?魔法で攻げきしたんじゃないの?」
「ヴィルは、ムシュフシュが息を吸えないようにしたんだ」
息を吸えないようにって……窒息!?
風の魔法って、そんなことまでできるの?向かい風が強いと息がしにくくなるあれかな?
「風を動かして、周りの空気を取り除く。すると、ほとんどの生き物は息を吸っても、息を止めているのと同じ状態になる」
ヴィが使った魔法を説明してくれたけど、それはつまり真空状態ってことだよね?
風が当たらないようにしたり、空を飛んだときに地上と同じように呼吸ができる魔法があるなら、その逆もできるだろうけどさ。
「精霊さんにお願いしたら、もっとおんびんに仲良くなれたかもしれないのに……」
私が竜種の言葉を理解できても、普通は襲ってきた人間の話を聞こうとはならないよねぇ。
警戒されるか、嫌われるかだよ。
「精霊は基本、生き物の争いには口を出さない。代償を払い、命令しない限りな」
そうだった!神様のお気に入りが持っている、神様の力みたいなのを精霊に渡すことでお願いを聞いてもらっているんだった!
「これでも傷つけない魔法を選んで対処したんだぞ」
風魔法は目に見えないわりに、殺傷能力が高いものが多いんだよね。下級の魔法でもかまいたちのような現象を起こすことができるし、特級になると巨大竜巻で大きな街を破壊するレベルだ。
それを考えるとマシなのかもしれないけど……。
「ネマが呼べば目を覚ますんじゃないか?」
「わかった。やってみる!」
いつまでも床に寝転がっているのも可哀想だし、早く起こしてあげよう!
ムシュフシュに近づくと、お腹の辺りが上下に動いているのがわかった。
ひとまず、死んでいなくてよかった。
「もしもーし、ムシュフシュさーん!!」
耳……がどこにあるのかわからないので、とりあえず頭の近くで声をかけてみる。
しかし、起きる気配はない。
それにしても、不思議な体をしているなぁ。
頭から腹部にかけてはまんまヘビだけど、なぜか角がある。しかも、二対も!
おそるおそる額にある角に触れてみると、思ったよりもつるりとしていたので、鱗が変異したものなのかもしれない。もう一対の方は、少しザラつきがあって、サイの角に似ている。
そして、どういうふうにくっついているのか、骨格がとっても気になる四肢。
前脚はネコ科の動物に似ている。地球産のムシュフシュも獅子の前脚や胴体を持つとされているので、ライオンに近いのかも。丸みがあって、爪が出ていないので出し入れもできるのだろう。
ちなみに、脚のつけ根は動物の被毛の部分とヘビの鱗の部分が混ざったような感じになっていた。
後ろ脚は、キュッと引き締まった鶏もも肉……じゃない、立派な爪を持つ鳥類の脚だ。こちらは、つけ根は羽毛の部分とヘビの鱗の部分が綺麗に分かれているね。
最後は、今はくてーってなっているけど、サソリのような尻尾。やや丸みのある節を数えると七つ、先端の毒針の部分を含めると八つもある。これは地球産のサソリと違っているが、構造は類似していると思われる。ひょっとしたら、体の大きさに合わせて、神様が増やした可能性もあるけど。
毒性に関しては不明だが、人が襲われるとほぼ助からないとなれば、即効性の高い強力な毒なのは間違いない。
うっかり刺されないよう気をつけよう。
それにしても、大部分がヘビだからか、鱗はツルツルのスベスベで大変気持ちいい。鱗は金属光沢があるので、体が動くと濃淡の度合いが変化している。そういえば、ムシュフシュもヘビの部分は脱皮したりするのかな?
ライオンの前脚部分は毛並みは硬く、爪の周りだけがちょっとふわっとしていた。そして、肉球も固かった。ムシュフシュの生活環境を考えれば致し方ないことだけど、やっぱりちょっと悲しい。
気を取り直して後ろ脚の羽毛へ。
「なんとっ!!」
後ろ脚の羽毛もダメージが酷いのかと思いきや、かなりよい感じのふわもふ具合だぞ!
よく見ると、小さな羽が隙間なく高密度で詰まっている。ノックスのお腹の羽よりも小さい羽がだ!!
これだけ小さいと、羽の軸の感触もないな。しかし、プルーマの極上ダウンとは感触が違う。ダウンよりも弾力がある気がする。
「ネマ、起こすのではなかったのか?」
「はっ!!」
後ろ脚の羽毛を、両手でもみもみしてふわもふを楽しんでいたら、ヴィが呆れたように言ってきた。
うっかりムシュフシュのもふもふに夢中になってしまっていたよ。
――いつまで辱めを我慢せねばならないかと思ったぜ……。
「うぇいっ!!」
微かに息を吐くような音がしたような気もするけど、頭の中に聞こえてきた声の方が驚いた。
つか、いつ目を覚ましたの!?驚きすぎて、乙女としてあるまじき声が出ちゃったんですけど!
ここはきゃあと驚くべきなんだろうが、潰れたカエルのような声じゃなかっただけマシか。
「びっくりしたー。いつ起きて……」
――お前さんが角を触ったくらいから。
おぃぃぃ……。最初の方から起きてたってことじゃん!もっと早く言ってよ!!
「えーっと、具合は大丈夫?痛いところとかない?」
――別に。酷い目にはあったけどな。
「ヴィがごめんね。あれでも優しくした方なんだって」
私が代わりに謝ると、ムシュフシュはチロリと舌を出してヴィを睨んだ。
たぶん、あれは優しくないって抗議の意味もあるのだろう。
「先に攻撃をしてきたのはそちらだぞ?」
ヴィはその視線に気づいて、悪いのはムシュフシュの方だと張り合う。
王族は簡単に謝っちゃいけないって聞くけど、ムシュフシュは竜種なんだし、素直に謝ればいいのにね。
――俺は縄張りを守るためにやったんだ!
「ムシュフシュはなわばりを守るためにやったって。急に私たちが来たから、ムシュフシュもびっくりしたんだよ」
「ムシュフシュが棲み着いたなんて報告はなかったのに!?」
私がムシュフシュの言葉を伝えれば、反応したのはヴィではなく案内役のお兄さんだった。
そんな報告がされていたら、私は今日、ここには来られなかっただろうから、よかったと言うべきかな?
――俺も最近移ってきたからな。でも、ここは賊がうるさくてかなわん。
「ぞく?」
不穏な言葉に、どういうことなのか問い詰める。
ムシュフシュが言うには、頼まれてここに住処を移したけど、頻繁に人間が来ると。
その人間は残念ながらムシュフシュの食事になってしまったそうで、本当に賊なのかわからない。
それをヴィたちに伝えると、何かその人たちが身につけていたものが残っていないかと周囲を探し始めた。
すると、出てくるわ、出てくるわ。冒険者がよく持っている装備の数々が!
中には冒険者組合の身分証まで見つかった。
「まさか……。この場所は一部のオム族しか知らないですし、資格なきものは入れないようになっています」
案内役のお兄さんはとても困惑している。
部族の聖地が他者に知られていたということは、身内にその情報をバラした者がいるということだ。平常心ではいられないのだろう。
「その資格とは、治癒魔法を使えるかどうかですか?」
お兄ちゃんの質問に、案内役のお兄さんはそうだと答える。
「あの魔法の仕組みを知っていれば、治癒術師を用意すればいいだけのこと。何者かが治癒術師の同行を条件に、冒険者組合へ依頼を出していたと考えられるよね」
だとしたら、その依頼した人物は遺跡にムシュフシュが棲み着いていることを知らなかったのか。
知っているのに、告知せず依頼したとなると、それはそれで大問題だ。
さすがに、ムシュフシュとまともにやり合おうという冒険者はいないと思う。それに、依頼者が冒険者の命に関わるような重要事項を秘匿し、冒険者が被害に遭った場合、組合から恐ろしい報復を受けることになる。
前にアドが、エルフとは思えない恐ろしい顔をして教えてくれたので間違いない!
「しかし、ここはオム族の歴史的に重要と言うだけで、何か価値の高いものがあるわけではないのです。なぜこんなことを……」
「その人にとって、危険をおかしてでも手に入れたいものがここにあるのでは?何に価値を見出すかは人それぞれでしょう?」
案内役のお兄さんは金銭的な価値を言っているのだろう。
だけど、歴史的、学術的に見れば、この遺跡はとても価値があるし、研究したいと思う学者も多いと思う。
それに、骨董マニアとか収集癖がある人がたまたま知って、どうしても欲しい!となり、金に糸目をつけず依頼した可能性だってあるわけだし。
「ということは、オム族が気づいていない何かがこの遺跡に存在すると?」
私の言いたいことを理解してくれたヴィに笑顔を返す。
「そう!ひょっとしたら、私たちはわかるものかもしれないよ!」
この国の人々の感覚では価値がないものでも、他国では珍しくて価値があるものとかね。
お米もどきとか、お米もどきとか!!
こうなってくると、探してみたくなるのが世の常で……。
はっ!じゃあ、ムシュフシュはお宝を守る番人だったのでは!?
そのムシュフシュを手懐けた今、遺跡アドベンチャーからお宝探しなトレジャーハントへと様変わりだ!
「ネマが何を考えているのか伝わってくるけど、危ないことは許可できないからね」
「ラルフの言う通りだ。ここも精霊が入ってこられないから、何か起こっても対処できない」
なぜかこの遺跡の建物の中には精霊が入ってこられないらしいんだけど、それがお宝の秘密と関わっていたとしたら……。
「それに、このムシュフシュは味方だとは限らないぞ。誰かに頼まれてここにいるんだろう?」
ヴィの言葉に、私は思わずムシュフシュを見つめた。
こんなに可愛い竜種なのに、私の味方になってくれないなんて……。せめて、この遺跡にいる間くらいは一緒にいたかったのに……。
――竜の娘に害をなすと思われているのは心外だ!俺に頼んできたのはドワーフだぞ。
シューシューと威嚇音をヴィに向けるムシュフシュ。
敵対する意思はなさそうなのは安心だけど、それよりもだ!
「ドワーフ!?なんでドワーフ??」
――奴らもここに住んでいるぞ?
ドワーフ族は定期的に住処を変えるってラグヴィズは言っていたけど、まさかこんなところにいるとは思わないじゃん!?
それに、なんでドワーフがムシュフシュをここに連れてきたの??