閑話 楽しみの裏側では。(パウル視点)
何通目になるかわからない指示書を転送し、ようやく一息吐く。
城下町の見学ではお嬢様方の安全を考慮して、ミルマ国に潜入している父の部下たちを護衛として配置することになっていた。
ただ、ミルマ国の第二、第三王女がネマお嬢様に害を与えようとした件で予定が変更となり、その連絡を終えたところだった。
「王女様たちもやってくれたよねぇ」
戻ってくるなりぼやくジョッシュ。
旦那様に報告するという、誰もやりたがらなかった任務を無事に終えたようだ。
「ガシェ王国に不満を持つ連中の入れ知恵だろうが、結果を考えられない時点で程度が知れている。それで、旦那様のご様子はどうだ?」
「次の会談は大荒れだろうよ。オルファンさんがいてくれて助かった」
すぐにでも報復しようと息巻く旦那様の姿が目に浮かぶ。
これ以上、ガシェ王国に手出ししないよう圧をかける必要があるので、この国の実力者たちに対して暴れるくらいは問題ないだろう。
旦那様と奥様のことはオルファンに任せ、俺とジョッシュはお嬢様方に専念せねばならない。
ヴィルヘルト殿下から、女王陛下に謁見を申し込むと連絡が来ており、あちらがどう対処するかで俺たちの動きも変わる。
「それより、王女様たちは動くと思うか?」
「何かしらの手段で、挽回しようとしてくると予測している。それが穏便な方法であればいいが……。それと明日から、食事の毒味は念入りに行ってくれ。給仕たちの動きも目を離すなよ」
「了解した」
一応、厨房にもこちらの手の者を紛れさせているとはいえ、すべてに目が届くわけではない。あんなことが起きた以上、いつもより警戒を強めなくては。
俺とジョッシュの懸念は、王女たちがラルフ様とお嬢様方を逆恨みしないかだ。
さすがに、王族の流れをくむオスフェ家に手を出せば、外交問題に発展することは理解している……と思いたい。
女王陛下も思うところがあったのか、紋章入りの外套を貸してくださいました。
そうして、今度こそ予定通りに城下町の散策を決行することができた。
すでに父の部下たちは配置についているし、王女たちにも動きはみられない。ネマお嬢様が予想外の行動を起こしたりしなければ、無事に終えられるだろう。
……ラルフ様もご一緒だし、大丈夫だよな?
念のため、命綱も用意しておこう。
外出の準備の際に、命綱をつけることに多少ごねられはしたが、ネマお嬢様は比較的大人しく城下町を楽しまれている。
思えば、ガシェ王国でも王都内へ出かけた回数は少なく、ライナス帝国ではエルフの森に行ったときくらいしかない。
ラルフ様の腕の中で大人しくしているのも、平民とどのように接すればよいのかわからず、困惑しているからとも考えられる。
ガシェ王国に戻られた際には、もう少し平民と接する場を設けるべきか。
大通りを散策中、ネマお嬢様は特にお店に立ち寄るわけでもなく、賑わっている様子を観察しているようだった。
「セーゴ、リクセー。よそ見をしないように」
――くぅぅん……。
――きゅぅぅん……。
甘えた声を出す二匹が熱心に見つめていたのは肉の塊。
その店は生の肉だけでなく、干し肉や焼いた肉なども売っていた。
もちろん二匹にはちゃんと食事を与えているが、目の前の誘惑には逆らえないのだろう。涎まで垂らしている。
「ちゃんと護衛を務めれば、褒美をやる」
――ワンッ!!
――ワンッ!!
すると、すぐに表情を引き締め、張り切り出す二匹。扱いやすいのは助かるが、この食い意地は誰に似たのやら。
ネマお嬢様と私以外から食べ物をもらわないよう、もう一度しっかり躾ける必要があるな。
その後、やはりと言うか、ネマお嬢様も食べ物に興味を持たれた。
スピカ、シェルとともにシンキを並ばせ、毒などの混入がないか、調理過程を精霊に監視してもらう。
ネマお嬢様が一緒に食べようと仰るだろうと、スピカたちの分も用意させたが、私とジョッシュは辞退する。
精霊に監視してもらったとはいえ、何かあってはお嬢様方を助けることが叶わなくなるし、オルファンに知られたときが恐ろしい。
オスフェ家に仕える執事たる自覚が足りないと、鍛練を課してくるだろう。それだけならまだいいが……いや、いいと開き直れる程度ではないか。半殺しにされるのは確実だ。
最終的には屋敷にいる父に報告され、お嬢様付きを外されることもありえる。
土産物の店で、ネマお嬢様はミルマ国に遺跡があることを知ってしまった。今から行きたいと言い出さないか心配だ。
「パウルさん……」
ネマお嬢様の意識を遺跡からどうやって逸らそうかと思案していたら、スピカに呼ばれた。
「どうし……」
言葉を続けなくても、スピカが言いたいことがわかった。
大量に買い込んだ荷物を見れば、一目瞭然だろう。
「すみません、つい……」
一応、反省というか申し訳なさは感じているようだが、そうなる前に気づけ。
一緒につけてもらったのか、腕にあまるほどの大きな籠いっぱいにいろいろと入っている。
仕方ないので父の部下を呼び寄せて、スピカの荷物を離宮に届けさせることにした。
「確かに承りました。それと、先ほどからこちらを監視している者がいます」
「お嬢様を狙っているのか?」
「おそらくは。確証を得るため、どこか別の道に入ってはいかがでしょう」
その部下の提案を受け、お嬢様たちの興味を引くようなものがないかと探そうとした。
「ミルマ国は魔道具の修繕が得意な職人が多くいると聞いたことあるのだけど、そういったお店はありまして?」
カーナお嬢様がそう要望してくださったので、勘づかれることなく誘導できそうだ。
「もちろんです。もう少し行くと魔法の道が見えてきますので、その中に魔道具の道がございます」
不審者がお嬢様方のあとをついてくるようであれば確保しろと、父の部下に指示を出してから別れる。
スピカやシンキといった同行している者たちにも不審者の情報を共有し、警戒を強めた。
魔法の道に入ると大通りの雰囲気から一変し、余所者を拒む空気がある。
遠巻きにされているだけですんでいるのは、案内役の男とお嬢様方が身につけている外套のおかげだろう。
ここにいる者たちは地元の職人だと思うが、観光客が足を踏み入れても今のように拒むのか?
「あれは、もしかして!」
早速、カーナお嬢様が何かを見つけられたようだ。
型の古い魔道具が並ぶ店の窓に、古めかしくも装飾の美しい魔道具が飾られていた。
「やっぱり!お兄様、魔工匠ウェールデンの保温器ですわ!」
魔工匠ウェールデンと言えば、ライナス帝国出身の有名な魔道具職人だな。
ずいぶんと昔の人物だが、乱世の爪痕が消えて各国が発展していった時代に、魔道具に文様魔法を付与する方法を編み出した。
「しかもレーオナ連作の一つじゃないか」
それは、なかなかの名品ですね。ウェールデンの収集家なら是が非でも手に入れたい一品でしょう。
花弁が炎のようにも見えるレーオナを意匠に使った文様は、芸術品としても評価が高いですし。
「ウェールデンが晩期に作った茶の魔道具一式は、孫娘レーオナの嫁入り道具として大切にされていたのに、嫁ぎ先の没落により売却。今では散逸してしまい、所在がわからないものもあるとか」
カーナお嬢様の熱の篭もった解説を、ネマお嬢様が真剣に拝聴されています。
ネマお嬢様は、こういった貴族が好むような魔道具には興味がないと思っていたので意外ですね。
お嬢様方が魔道具に集中している間に、先ほど報告された不審者を父の部下たちが確保した。そのまま、彼らが目的を聞き出してくれるだろう。
「お嬢さんは博識だな。この保温器は孫娘の子孫から修繕を依頼されたものなんだ」
店主と思しき人物が店から出てきて、カーナお嬢様に近づく。
ジョッシュとマックスが瞬時に身構えるも、先ほどとは別の部下が合図をしてきた。安全な人物だと。
その証拠に、彼が話しかけたときから周囲の余所者を拒む空気が消えている。
「では、引き取りにこられるまで展示されているのですか?」
「あぁ。あと数日もすれば取りにくるだろう」
カーナお嬢様は時機がよかったと喜ばれる。カーナお嬢様の笑みにほだされたのか、機嫌がいい店主は私たちを店内に誘い入れた。
店内にはもはや骨董品と呼べるほど古い魔道具がたくさん置かれている。
「これ、懐かしいな」
ラルフ様が手に取られたのは、以前に流行った子供用の魔道具だった。
「カーナが初めて分解して爆発させたやつ」
そんなこともありましたね。
侍女が目を離した隙に分解して魔石を取り出し、属性の異なる魔力を流して魔石を爆発させたことが。
「おねえ様、そんな危ないことやってたの?」
「若気の至り、というやつですわ!」
カーナお嬢様、お恥ずかしいのはわかりますが、それは違うと思います。
魔道具を楽しんだあとは、魔石を取り扱う店に立ち寄った。
大小様々な魔石は、お嬢様方の目を楽しませるだけではなかった。
ネマお嬢様の帽子から伸びて、不穏な動きを見せるあれ。
その物体が魔石に触れる前に握り潰す。それだけで、あれは帽子の中に引っ込んだ。
「パウル、どうしたの?」
「いえ、お髪が少々乱れておりましたので」
せっかく楽しまれているのに水を差すこともないだろうと思い、誤魔化すことにした。
しかし、あれは懲りない。
幾度となく体を伸ばしては、魔石に触れようとする。そのたびに握り潰し、叩いたりして阻止した。
さすがにこれ以上は誤魔化せないだろうと、実力行使に出ることにする。
「ネマお嬢様、帽子ごとハクをお借りしてもよろしいですか?」
案内役や店の者に聞こえないよう、ネマお嬢様の耳元で囁く。
「ふぁい!?」
くすぐったかったのか、小さく体を跳ねさせて耳を庇うネマお嬢様は可愛らしかった。
「どうやら、お腹を空かせているようですので」
「それでさっきからゴソゴソしていたのね!」
ネマお嬢様の了承を得て、そっと帽子を取り外す。
ネマお嬢様は帽子を覗き込んで、空腹時はすぐ言うようにとハクへ告げる。それはネマお嬢様の優しさと飼い主の義務からくる言葉なのでしょう。
ですが、それを真に受けて、ハクたちが図に乗ると困るのはお嬢様の方ですよ。
私の手に帽子が渡されると、面白いほどハクの震えが伝わってきた。
「シンキ、音を頼む」
精霊の力を借りて、ハクの鳴き声が聞こえないようにする。
「そんなに怯えなくてもいい。いつものをやるだけだ」
優しく声をかけてから帽子の中にいるハクに当たらないよう、攪拌の魔法を放つ。
スライムには魔法が利かないが、周りに現象を起こすと多少の影響は受ける。
いつものお仕置き用の箱を持参すれば、こんな面倒臭い方法を取らずにすんだのだが。
目を回す程度にハクをぐちゃぐちゃにし、少し様子を窺う。
――み……みゅぅ……。
「反省したか?」
そう問いかけると、ハクは縦に伸び縮みして肯定を示した。
しかし、どうもその場限りの反省に思える。
「それなら、ハクは褒美の必要はないな?」
セーゴとリクセーに約束したこともあり、大人しくしていた子たちにはご褒美を与えようと思っていたのだが。
ハクはご褒美がもらえないかもと理解すると、まるで泣いているような震え方に変わった。
「パウル、スライムに空腹を我慢しろというのは無理だろう」
まったく。シンキはネマお嬢様にも甘ければ、魔物たちにも甘すぎる。上位の立場であるなら、甘い顔ばかりではならないと教え込ませなければならないか。
「ハクが主の役に立てば不問になるか?」
「何か考えがあるなら聞こう」
シンキは捕らえた不審者の尋問をハクにさせると言い出した。
それを聞いて、以前にハクが砦の方に忍び込んだときのことを思い出す。
ある日、軍部のエルフが迷子になっていたというハクを届けてくれた。そしてそれ以降、軍部では尋問にスライムを使用するようになったのだが、その原因がハクだとシンキは言っていたな。
「上手く白状させられたら、ハクに褒美を与えろということか」
私とシンキのやり取りを聞いていたハクは、まるで任せろと言うように大きく鳴いた。
まぁ、それも面白いかもしれない。
しかも、ハクが尋問できるのであれば、レイティモ山にいるスライムたちにもできるということだ。一考の価値はあるな。
「では、お嬢様方が離宮に戻られる馬車に乗るとき、気づかれないよう抜け出せ。捕らえた男がいる場所に連れていく。その男から、お嬢様方の後をつけていた目的を聞き出すことが褒美をやる条件だ。いいな?」
――みゅっ!!
◆◆◆
ネマお嬢様がマックスとしゃべっている隙に、ハクが帽子の中から抜け出す。
そのハクを回収し、あとをジョッシュに任せると、私は父の部下の一人と合流し拠点へと向かった。
「こちらです」
父の部下に案内されたのは、宝石店の一つだった。
装っているわけではなく、オスフェ家に仕える者が商人となり、出店しているのだ。
オスフェ家の息のかかった店は、基本的に貴族が利用してもおかしくない商品を取り扱うようにしている。
今回みたく、突発的に上級の使用人が訪れても怪しまれないようにするためだ。
堂々と表の扉から入り、まずは応接室へと通される。
「捕らえた男の様子はどうだ?」
「指示通り、こちらからは手を出しておりませんので、訝しんでいるようです」
「では、早々に終わらせるとしよう」
ジョッシュに任せてきたとはいえ、お嬢様方から長く離れるわけにはいかない。
さすがに今日は疲れておいでだろうから、もう変な遊びをしたり、夜更かしはされないと思うが……。
いや、カーナお嬢様はいくつか魔石を購入されていたので、もしかしたらもしかするかもしれませんね。
「我々に任せていただいても……」
「そうする予定だったが、試したいことができた」
衣装の中に隠していたハクを取り出すと、父の部下は表情は変えなかったものの、理解まではいたらないようだった。
「ライナス帝国で実施されている尋問の効果を検証してみるんだ」
有用性が実証できたら、彼らもスライムを使うようになるだろう。
いちいち痛めつけたりしなくてすむし、やり過ぎて死ぬという失敗もなくなる。治癒術師を待機させる必要がなくなれば、その分必要とする場所へ回せるな。
人に慣れているレイティモ山のスライムを使えば、手懐ける手間も省ける。
「ハク、期待しているぞ」
そうして、尋問をハクにやらせてみた結果、働きは思っていた以上で正直驚いている。
まさか、ハクにこんな才能があったとは……。
お嬢様方をつけ狙っていた目的を吐かせるのに、さほど時間は要さなかった。
スライムの消化能力が高いのは、実際に日々見ていることもあって知っている。だが、あそこまで絶妙な調整ができるとは、聞いたとしても信じなかっただろう。
肌の表面だけを溶かしたり、逆に狭い範囲で深く溶かしたり、指だけ、片目だけと部位のみも可能。体液も食べてしまうから、後始末も楽になる。
ただ、ハクの色が薄紅に変化したのはまずい。
離宮に戻るまでに元通りになってくれるといいのだが……。
なんとかハクの色が戻ったので離宮に連れて帰ると、なぜか使用人の出入口にセーゴとリクセーがいた。
「何をしている?」
――ワン……。
「ここには私たちしかいないから、しゃべっても大丈夫だ」
さすがにシンキがいなければ魔物の言葉はわからない。
「マックスを待ってるの!」
「美味しいもの買ってきてくれるって!」
そういえば、マックスは案内役の男に店の場所を聞いていたな。
任務中の性欲処理は各々に任せているので、そういった店に行くのは問題ない。しかし、マックスがセーゴとリクセーに食べ物の土産を買ってくる理由はなんだ?
「それは、誰に頼まれた?」
「あるじ様!」
「あるじ様!」
予想通りの答えが返ってきた。
「わかった。お前たちは戻っていい。褒美ももうすぐ届くだろうからな」
ハクの色が戻るのを待つ間、仕事の指示出しとは別に、魔物たちの褒美の手配も行ってきた。新鮮な肉の塊が離宮に届けられる予定だ。
「ほんと!?」
「パウル、ありがとー!」
二匹は尻尾を激しく振りながら、礼を言って駆けていった。
さて、私はネマお嬢様に小言を言わねばならないようです。
パウルはやっぱりパウルだ(笑)