お買い物に行こう。
「お誕生日おめでとう、ネマ」
「ありがとーございましゅ、おとーしゃん」
そう。私、ネフェルティマは4歳になりました!
もう4歳…いや、まだ4歳!
子供ということで、できないこと、させてもらえないことが多すぎる。
それを考えると腐っちゃうよ、私。
「お祝いも兼ねて、ネマのお願いを一つだけ叶えてあげよう。何がいい?」
えぇ、一つだけぇ?
意外とケチだな、パパンは。
そうだなぁ。せっかくの誕生日なんだし、物を買ってもらうより、思い出に残ることをしたいな。
んーそうだ!
「まちにいきたいでしゅ!」
そう、私ときたら、今までお家と王宮しか行動範囲がなかったのだ!
なんという引き籠もり。そしてもったいない。
とりあえず、目下の目標は通貨を覚えることと物価を知ることかな。
そろそろ初めてのお使いデビューしてもいい頃でしょ?
「いやいやネマ。街は危ないよ!」
ヲイ!さっきはなんでもいいって言ったじゃないか!
「あら、一人じゃないならいいじゃないですか」
おぉ。ママンは私の味方になってくれるんだね!
一人じゃないなら、お姉ちゃんと行こうかな。やっぱ、買い物は女の子同士の方が楽しいよね!
「じゃあ、ねーねといくー」
「女の子だけだなんて、益々危ないじゃないか!」
えーっと、お姉ちゃんは魔法使えますよ?そんじょそこらの野郎なんか黒焦げになっちゃうくらい強いよ?
まぁ、実戦経験でいうならまだまだなんだろうけどさ。
「でぃーもちゅれてく!」
「あと、荷物持ちとして、パウルかジョッシュを連れていけばいいでしょう?」
パウルとジョッシュは見習い執事だ。フットマンってやつかな?
お家のことを全部取り仕切る家令と、お父さんお母さんの専属執事が二人、その執事から教わっている見習い二人。侍女が八人、厨房三人、厩番三人、庭師二人。
改めて考えると大所帯だね。
これでも他の上級貴族のお屋敷と比べると少ない方らしい。
本当は使用人の仕事って細分化してて、そのせいで雇う人数も増えるんだって。
家の使用人はみんなスーパーマルチな人材ばかりなんだよ。
なんだか中世ヨーロッパみたいでしょ!
執事にセバスチャンがいないのが残念すぎるけど。
あ、パパンが負けた。ママンに口で勝てるわけないのにね。
「では、ネマ。お出かけする準備をしてきなさい。カーナにはわたくしから話しておきますから」
「はーい!」
やったね!
どんなお店があるのかな?
初めての場所に行くときって、ワクワクするよね!
王都は高台にある王宮を中心に、上級貴族、中級下級貴族の住居地区、教育機関や工房の工業地区、様々なお店が建ち並ぶ商業地区、そして平民たちの住居地区がドーナツのように広がっている。
それらの地区を区切るために通りがあり、四重の円になっている。
その円を8本の大通りが放射線状に貫いていた。
簡単な王都の地図を見ながら教えてもらったんだけど、あることが気になってしょうがない。
土地が限られてるってことは、建物を増やせないってことでしょ?
そうすると、発展はしないと思うんだな。
そしたら、ママンが得意気に教えてくれましたよ。
2年に一度、超大がかりな魔法を使って、拡張が必要な地区をずらすんだって。
土属性魔法と無属性魔法を駆使して、建物や道をそのまま押し出して拡げるの。そうやって作ったスペースに新しいお家やお店を建てるとか。
なんでそんなめんどくさい街にしたの!
え、初代の王様が上から見てもキレイな街並みにしたかったからって?
やっぱり初代の王様って変な人…。
さすがに商業地区を一周しようとすると一日じゃムリだから、お姉ちゃんがよく行く学院側の商業地区に行くことになった。
馬車に揺られてガタンゴトン。
別に道が荒れてるってわけじゃないよ。
大通りは石畳だし、3車線分くらいの広さはあるし、ちゃんと歩道も確保してある。
お家から出ると、まずはでっかいお屋敷がいっぱい。ゴーシュじーちゃんちはお屋敷っていうよりはプチ砦だけど。
その次は大きさは様々だけど、見栄っ張りなお家がいっぱい。
道場みたいなのがいっぱい並んでる道を真っ直ぐ行くと、王立学院がドデーンと佇んでいる。
とりあえず学院で馬車を下りて、あとはお姉ちゃんとぶらぶらウィンドウショッピングを楽しむとしよう。
お姉ちゃんと手を繋ぎ、反対側にはディーが。パウルは黙って後ろに控えている。
馬車で通ったのとは別の大通りに出ると、そこはまさにイベント会場!
人がいっぱい!つか歩けない気がする。下手したら迷子だ!
よし、回避策は一つ。
「でぃーにのりゅ!」
パウルにお願いして、ディーに乗せてもらう。
ていうか、人が避けてくれるようになったけど…私目立ってる!?
絶世の美少女とお付きの執事とイヌに乗った幼女…変な組み合わせだから?
でも迷子になるよりマシだよね。
「ネマとお買い物できるなんて、本当に嬉しいわ」
今日のお姉ちゃんはとてもテンションが高い。表情が輝いているから、いつもより美人度2割増。何事もなければいいけど。
「ねーね、おかねのつかいかたおしえてー」
そう。そこを知っておかないと、何もできないからね。
お姉ちゃんは自分のお財布からお金を取り出して、まずは種類を教えてくれた。
「そうね。一番小さいのがライ。10ライで銅板1枚。銅板10枚で銅貨1枚。同じように銀板、銀貨ってなっていくんだけど、銀貨の次は何でしょう?」
えーっと、そのパターンで行くと金板?それとも意表を突いて紙幣?
「きんばん?」
「残念。銀貨10枚で金貨1枚。あと滅多にないけれど、金貨10枚で白金貨1枚になるの。白金貨は王宮でのみ交換してくれるから、貯金として集めてる人もいるわ」
わーい、ややこしい!
紙幣はないんだね。他の国にはあるのかな?
「あそこの屋台で売っている飲み物は8ライ。でも、お店の中で飲んだりするのは、大体銅板3枚って所かしら」
ほうほう。わかったぞ!
1ライが十円で、あとは百円、千円、一万円って10倍ずつなっていくんだね。
となると白金貨は一千万円!?
でも、円の紙幣より持ち運びにはいいよね。コインなんだし、いざっていうときにかさ張らないし。
そうそう、今日の軍資金は銅板10枚、銅貨10枚、銀板2枚。
お店側がおつりに困らないように、細かいお金を用意してくれたママンはできる母親です!
よーし!早速屋台に突撃だ!!
お祭りのときの出店みたいで、すっごく面白そう!
「でぃー、あしょこいこー」
指を差して、お目当てのお店をディーに教えて連れていってもらう。
おぉ、さすがディー!面白いくらいに人が避けてく。なんかドラマとか映画みたい。
最初に覗いた屋台は串焼き屋さん。
なになに、ワイルドターキーの燻製焼き、1本銅板1枚だって。
ん?ワイルドターキーってバーボン!
なわけないか。七面鳥みたいなやつだよね。
にしても、肉デカッ!
燻製にした鳥肉を串に刺して、鉄板にジューッジューッて押しあてて焦げ目を付けてから、クリームチーズやいろんな種類のペーストを塗って食べるみたい。ペーストは別料金かよ!
「にーちゃん、しゃんぼんくだしゃい!」
兄ちゃんっていうよりはおじさんだが。こういう活気がある所はノリよくいかないとね!
「いらっしゃい!嬢ちゃん、目が高いね。うちは世界一美味しいターキーだよ!」
ね、こういうノリだよ!
ここで世界一にツッコムなどと無粋なことはしないよ。
「3本で銅板3枚。熱いから気をつけて食べるんだぞ」
串を受け取って、お金渡す。
あぁ、いい匂い!おっと、ヨダレが…。
「ねーねはい」
まず1本はお姉ちゃんの分。
「ありがとう」
そういえば、お姉ちゃんの好き嫌いを知らないけど、受け取ってくれたってことは大丈夫だよね?
「パウるもはい」
差し出したときは驚いてたみたいだけど、すぐに表情を引き締めて、お気遣いなくだって。もぅ。
「にもつをもってもりゃうためのわいりょなのー」
「賄賂ですか…?」
パウルは困ったような苦笑いだったけど、そういうことならって受け取ってくれた。
ではでは、みんなでいただきまーす!
もぐもぐ…うっまーーい!
思ってた以上に肉が柔らかいし、肉の旨味が噛めば噛むほど出てくるし。
ゆっくりと時間をかけて2個食べて、残りはディーにあげる。
「でぃーおいちい?」
「ワフッ」
本当は人間の食べ物って塩分多いからあげちゃダメなんだろうけど、今回だけだと思うし、仲間外れは淋しいしね。
「ねーねもパウるもおいちかった?」
「ええ、とっても。ネマと食べるとなんでも美味しいわよ。ねぇ、パウル?」
「はい。お嬢様、ありがとうございます」
って、パウル全然ありがたいって顔してないよ!
別にこういうときぐらい表情出してくれてもいいのにさ。
あ、お姉ちゃんの姉バカっぷりに呆れてるのか。慣れだよ慣れ。
串焼きの屋台をあとにして、パラス(サンドイッチ)の屋台を冷やかして、その隣りにあった飲み物屋さんはシェーキだった。
ちょっと気になったけど、もっと気になる物を発見したので後回し。
黄色い膨らんだお菓子。甘い、いい匂いがする。
「ねーね、ありぇは?」
「ペペって言うお菓子よ」
ペペ?こっちの言葉でたんこぶって意味だけど…。
「ジュウの実の粉末を小麦粉と一緒に練って、生地をお湯で茹でてから鉄板で焼くと、ああいう風に膨らむのよ」
ペペを作ってる屋台を覗いて見ると、お姉さんが丸いお団子みたいなのを茹でて、おばさんがそれを今川焼きみたいな鉄板で焼いている。火が通った所で、鉄板の片方を外すと自然にプクゥーっと膨らみ出す。
おぉー結構面白い!
でも、なんでたんこぶ?
「なんでペペなのー?」
「諸説はいろいろとあるようですが、デザートキャメルの瘤に似ているから、と言うのが通説でございます」
デザートキャメルって、ラクダみたいな子だったっけ?
確かに、たんこぶってよりはラクダのコブだね。
「みっちゅくだしゃい!」
「おや、可愛らしいお嬢ちゃんだね。3つでいいのかい?」
えー、そう言われると迷っちゃうじゃん。どうしよっかなぁ。
悩んでいると、すかさずおばさんが畳みかけてきた。
「20個買ってくれるなら、3つはおまけするよ?」
20個って、どんだけ買わすつもりなんだよおばさん!
お家のみんなのお土産でもするか?
パウルを除けば、ちょうど20人だしね。
「んーとね、おまけよっちゅにしてくれりゅ?」
「買ってくれるなら構わないけど、4つ目は誰の分だい?」
まぁ、一つはイヌと半分こするつもりだったなんてわからないよね。
「このこのぶん!」
そう言って、ディーを示した。
「お嬢ちゃん、いい子だねー。じゃあ、20個とおまけが4個で銅貨1枚だよ」
安っ!!
ペペって実はめっちゃ単価安い?
家でも作れちゃったりする?
んー、そんなのお土産にしてよかったかな?
とりあえず、20個の方を包装してもらい、4つはそのまま受け取る。
「ありがとーごじゃいましゅ」
「これからも贔屓にしてくれたら、おまけしてあげるからね」
わー、おばさん商売上手!
「またくりゅー!」
ほくほく笑顔でおばさんに手を振り、屋台をあとにした。
人の流れがない所で、まずはパウルに包装してもらった方を預ける。
「ネマ、そんなにたくさんどうするの?」
お姉ちゃんとパウルにも1個ずつ渡すと、お姉ちゃんが質問してきた。
「おうちのみんなにあげりゅのー」
すると、お姉ちゃんにガシッて抱きつかれた。
「もう、本当に可愛いわ!」
お姉ちゃんハグ痛いよ!ペペも潰れちゃうから!ちょっ、それ以上力入れないでぇぇー!!
「カーナお嬢様」
パウルが制止の意味も込めて、お姉ちゃんを呼んだ。
おかげでお姉ちゃんは我に返り、ごめんなさいねっと撫でてくる。
まぁ、ペペが無事だったからいいけど。
さて、気を取り直して、いただきます!
はぐはぐ…あっまーい!うっまーい!
でも、砂糖の甘さとはちょっと違う気がする。そうだな、焼き芋とかサツマイモ系の素朴な甘さに近いかな?
生地はパンケーキと蒸しパンの中間くらい。食感はカステラに似てるね。
これクセになるなぁ。また買いにこよーっと。
露店のアクセサリー屋さんを覗いて、お姉ちゃんとお揃いのペンダントを購入。ウサギが飛び跳ねてる姿のペンダントトップがすっごく可愛いの!
私がピンクで、お姉ちゃんは緑。
別のお店で見つけた、鳥をモチーフにした綺麗なバレッタをママンに。お兄ちゃんには銅の栞。銅の薄い板に竜が彫ってある。よく中華街とかでお土産に売ってそうなやつ。
お兄ちゃんは読みかけの本をうつ伏せで放置する癖があるの。本が傷むから止めてほしいんだよね。
パパンにはコレっていうのがなくて、悩みに悩んで、ペーパーナイフになった。仕事でも使えるからいいよね?
いっぱいお店を見て疲れたので、休憩がてらお茶してからお家に帰ろうってことになった。
お茶する場所は、お姉ちゃん行きつけのカフェ。
学院からも近いし、大通りから少し外れてるため、静かなお店なんじゃないかな。
仮定形なのは、お姉ちゃんに絡んできた女の子たちがうるさいから。
お店に入ってすぐ聞こえたのは、若い女の子たちのキャピキャピした笑い声。
昔はよくファーストフード店とかでよく見かけたけど、こっちでも同じなんだなぁって思っていたら。
「げっ」
げって…お、お姉ちゃん!?
まさかお姉ちゃんがそんなこと言うとは思えないんだけど、パウルも眉をしかめてるし、やっぱりお姉ちゃんがげって言ったのか…。
騒いでた女の子たちもこちらに気づいたようで、二人が席から立ち上がってこっちに来る。
「あら、カーナディア様ごきげんよう」
「ごきげんよう、ウルティナにシェーラ」
全然ご機嫌よろしくないですよ、お姉ちゃん。
「珍しいですわね、こんな所でお会いするなんて」
なんかお約束パターンな挨拶だな。
お姉ちゃんが行きつけだって知ってて言ってるよね?
「今日はたまたまよ。妹とお買い物してたから」
「妹さん?あの噂の?」
ほへ?最近噂になるようなこと仕出かしたかな?んー身に覚えがないぞ。
なーんか、嘲笑っぽい笑い方されてるんですけど。
つか、私は貴女たちのこと初めましてなんですよ?
ちゃんと挨拶できないのはダメだな。
いくら年上でも、お姉ちゃんが呼び捨てにしてるってことは、こちらから挨拶する必要はなし。ってことで、観察してよう。
「カーナディア様も大変ですわね。妹が出来損ないだと。その点、わたくしのシェーラは教師らの覚えもよくて、自慢の妹ですのよ」
へー、この二人姉妹なんだ。
似てるっちゃ似てる気がするけどさ。
「そんなお姉様。お姉様こそ、才色兼備で自慢の姉ですわ」
そういうのはお家でやろうね。
外でお互いを褒め称えるなんて、馬鹿にしか見えないからさ。
「クスッ。貴女方に妹の素晴らしさがわからなくて安心しました。才覚がある方はすぐにおわかりになるから」
「どう言うことですの?」
えぇ!!わかんないの?
すっげーあからさまに「あんたたちは馬鹿だから」ってお姉ちゃん言っちゃったよ!
それともあえて聞いてる?
「言わなければわからないのね?貴女方ラズール公爵家はオスフェ公爵家より位が低いのはご存知よね?それなのに妹に挨拶もなく、初対面の相手を貶める発言をするのが貴族令嬢のすることですか?一緒にいる貴女方もです。いくら身分が高いからといって、品位のない方と付き合っては家名に泥を塗ることになるかもしれませんよ」
…さすがお母さんの娘だ!
正論なだけに言い返せない。ぐうの音も出ないってこういうときに使うんだろね。
「お姉様は本当のことをおっしゃったまでですわ。美しくもなく、魔力も持たない。それに、黒い瞳だなんて不気味だわ。そんな子が貴族である理由がございまして?」
おぉ、妹さんの方が中々しっかりしてんな!
頑張れ妹さん!って応援しちゃダメだった。
てか、ここまでボロクソ言われたのは初めてじゃなかろうか?
「そう。では貴女は創造の神を否定なさるのね?」
「なっ!誰もそんなことは申しておりません」
確かに言ってないと思う。どうしてそうなったんだ?
「人の存在を否定すると言うことは、人をおつくりになった創造の神を否定するのと同じことです。この時代に妹が必要だと神が思われたから、妹が生まれたのですから」
ちょっとお姉ちゃん!それは極論すぎやしないかい?それに貴女、そこまで熱心な信者じゃないでしょう。
ただ、そんなに間違ってないっていうのが恐ろしいね。転生のこと誰にも言ってないし、これからも言うつもりもないけどさ。お姉ちゃん、感付いてんのかな?
「それを理解できる方々は、とても妹を可愛がって下さるわよ。王室御一家とかね」
あーあ、最終兵器出しちゃった。
まぁ、確かに可愛がられてるよ。玩具とか着せ替え人形的な意味でね。
だから私に下手に手を出すと、王様の不興を買うんじゃないかって、いい大人がビクビクしてんの。
現にこの姉妹も顔色変わったしね。可哀想なくらい真っ青だよ。
しょうがない。助けてやりますか。
「ねーね、もうかえりょー」
スカートをつんつん引っ張って、疲れたことをアピールしてみる。
「そうね。この方たちがいたんじゃ、ゆっくり休めないものね。早くお家に帰って、お父様とお母様にお土産を渡しましょう」
ふぅ。とりあえず一件落着かな?
今日のご飯は何だろう?
誕生日だから、私の好物がいっぱいあるといいな。
よーし、お家にかーえろっ。
ようやくネマの行動範囲が広がりました!
今回は食べ物ばかりでもふもふが入りませんでした(。-_-。)
やたらと食い意地が張っててビックリです(笑)




