王城見学ツアー
ぞろぞろと並んで進む光景は、まるで大名行列のよう。
私とお姉ちゃんが乗る御輿の前に星伍を連れたパウルがおり、左右には稲穂入りショルダーバッグを提げた海と陸星を連れたシェル。後ろにアニサとジョッシュ、そしてお兄ちゃんの乗る御輿が続いている。マックスは姿が見えないので最後尾にいるみたい。
離宮を離れて目にする光景は……緩やかに続く階段。
そう。移動に御輿を使う理由はこれだった。
傾斜はきつくないものの、どこまでも続く段差。離宮を出てからずっと、やたらと長い階段が続いている。
この階段を見てしまったら、さすがに歩いて移動するのは無理だと超納得!
階段の左右にはなぜか水が流れていて、小動物の憩いの場となっているみたい。チロチロと涼しげな水の音が耳に心地よい。
ようやく階段を上りきると、大きな要塞に似たお城が姿を現す。
太陽の光を浴びて黄金色に輝くそのお城は、我が国のものともライナス帝国のものとも異なる風貌をしている。
一言で表現するなら、そびえ立つ崖だね。外壁が砂岩みたいなもので作られているので、華やかさは皆無だ。しかも、土台となっている岩山の肌が剥き出しのままの部分もあったり。
御輿をつけられる門はまだ先だと言うので、再び御輿に乗って移動する。
少しして門が見えてくると、ようやくお城っぽくなってきた。
門のアーチには飾りが施されていて、武官っぽい警備の人が立って、出入りを厳しくチェックしている。門には鉄扉があったけど、今は開きっぱなしにしているようだ。
門を抜けたら坂道になっていて、御輿はまだまだ大活躍。この坂を登り、さらにもう一つ門を通って、やっと御輿が下ろされた。
なんか、日本のお城に通じるものがあるね。日本のお城も大手門から本丸まで、めちゃくちゃ距離があったり、何個も門を通らないといけなかったりするところとか特に。
「オスフェ家の皆様にご挨拶を申し上げます」
御輿を降りた場所には、一人の女性が私たちを待ち構えていた。
「本日、皆様の案内役を務めさせていただきます、ヴァーニ・クマルです」
ヴァーニさんは一瞬日本人かと錯覚してしまうくらい、アジアン系の顔立ちをしている。
切れ長の目は焦げ茶だし、肌も私たちとは違う白さだ。惜しむべきは、長く綺麗な髪が栗色なところだろうか。
「ラルフリード・オスフェです。こちらが妹のカーナディアとネフェルティマ。今日はお世話になります」
お兄ちゃんは公爵家嫡男にしては物腰柔らかな態度で、ヴァーニさんに挨拶をした。
優しい性格のお兄ちゃんは、身分などにかかわらず誰にでも柔和な態度を崩さない。それがお兄ちゃんの魅力ではあるけれど、妹としては他の貴族になめられないか心配だな。
まぁ、今回はこの対応で正解だったみたい。ヴァーニさんは少し顔を赤らめているので、お兄ちゃんの天使な笑顔にやられたとみた。
「では、こちらのジャイにお乗りください」
また御輿だ……。一人用の座椅子に持ち手の棒をくっつけたような形なので、御輿とは呼べないのかもしれないけど、やっぱり運ばれるのか。
座椅子の部分にちょこんと座ると、ゆっくりと持ち上げられる。外で使った御輿とは違い、こちらは肩に担ぐのではなく、腰の高さで運ぶようだ。
ただ、残念なことが一つ。担ぎ手は棒の間に入り、両手で持ち上げるスタイルの前後一人ずつなので前が見えない。
ムッキムキな広背筋は見事だけど、私は胸筋や腹筋の方が……じゃなくて、お城の飾りとかも見たかったんだけど!
「まずは、我がミルマの歴史を知っていただきたく」
そうして連れてこられたのは展示室。さすがに部屋の中まで御輿ってことはなく、ちゃんと扉の前で降ろしてもらえた。
室内に入ると、まずは部屋の広さに驚いた。想像していたより数倍広い!
この一角をすべて繋げているであろう大きなホールの壁には肖像画や絵画が並び、装飾品などは陳列台を使って展示されていた。
ガシェ王国の王宮とライナス帝国の宮殿にも同じような区域があるし、見学コースの定番なのだろう。
「こちらが、初代ミルマ国女王のリシャラ・オム陛下の肖像画です」
この部屋に飾られている肖像画の中でも一際大きな一枚。
今の女王陛下と比べると、アジア系の特徴が濃いように感じる。ミルマ国の王族も、他国との混血が続いて特徴が薄まっているのかもしれないね。
「ひょっとして、貴女はリシャラ陛下と同じご出身かしら?」
お姉ちゃんがそう問うと、ヴァーニさんはすぐに肯定した。そして、ミルマ国建国までの流れを語り始める。
「いくつもの部族が大きな争いに抵抗するために集ったことが始まりです」
山岳部に住む複数の部族はお互いの縄張りを持ち、特に争いごともなく、それぞれが独自の文化を築きながら生活していたそうだ。
そんな中、大きな争いが起きた。争乱の時代は長く続き、特にデルニア帝国が大陸統一を掲げてからは泥沼状態だったとか。
争乱初期にギィ青年とご先祖様たちが無双した結果、ガシェ王国が爆誕したのだが、実は初代国王ギィはミルマ国とも深い関係があった。
国として成り立たせるためには各部族の調整が必要で、その調整役を初代国王が執り行ったのだ。
「そして、ガシェ王国のギィ陛下が争いに備え、この城を建造したのです」
初代国王ギィは特級の土魔法が使えた。さらに愛し子でもあったので、精霊たちからの手助けもあっただろう。ミルマ国の王城だけでなく、あちこちに砦を建造していたことは我が国の記録にも残っている。
「時代によって増築されていますので、当時の面影が残っているのは一部しかございませんが、要塞としての機能は今も健在ですよ」
初代国王ギィと関係が深かったことが窺える、当時の手紙なども飾られていた。
陳列台も一つ一つ見ていく。
大きな宝石がついた国宝級のネックレスとか、何代目の女王が戴冠式で着用した衣装だとか、なんだか博物館みたいで楽しい。
展示室の次は談話室や応接間がある一角。
部屋をいくつか覗かせてもらったけど、それぞれ趣向が凝らしてあってどれも素敵だった。
「こちらは賓客の皆様もご使用いただけますので」
ほうほう。それなら、あのクッションいっぱいの部屋がいいなぁ。
絨毯の上に直に座って寛ぐタイプで、ラース君も入れそうだった。
それから、今回は使わない宴会場に遊技場だとかを見たあとに、ちょっと特別な場所に連れてきてもらった。
「こちらから先が王女殿下方の居殿、あちらが王子殿下の居殿となります」
増築した区画丸々、王子と王女たちに与えているみたい。王女様は三人でこの区画を使用しているが、王子は一人で使っているとか。
ヴィですら私室は一つしかないのに、なんと贅沢な!
女王陛下と王配の居殿はもっと奥にあるらしくて、さすがにそこまでは入れないって言われた。
その代わり、謁見の間を見学させてもらえることに。昨日は観察する余裕がなかったから嬉しい!
誰もいない謁見の間に足を踏み入れると、空気がちょっとひんやりしていた。
壁や柱の一部は石材をくりぬいた透かし彫りが施してあり、壁の飾りに囲まれているのはとても大きな一枚絵。それが両方の壁にある。
おそらく、フレスコ画みたいに、何か塗った上から絵を描いているんだと思う。
昨日は壁の絵よりも正面に座っていた女王様に視線を奪われていたからなぁ。こんなに大きいとは!
「この絵はこの地域の伝承か何かを描いているのですか?」
「女神降臨の物語です」
女神降臨と言うわりには、女神様らしき姿は見えない。
大きな一枚絵は、物語の場面を区切ることなく繋がっている。そして、その場面すべてに同じ人物と思われる女性が登場しているので、彼女が主人公だよね?
最初は少女が畑仕事をしていて、次は成長した少女らしき女性が怪我をした青年を助けている。その次には結婚式と思われる場面で、新郎はおそらく前の怪我をした青年だろう。
ここまでは、ありきたりな展開で……端折りすぎではあるけど!
んで、子供が生まれた次の場面では、なぜかたくさんの人が入り乱れての戦いになっている。
いやいや、温度差が激しいな!
そして、主人公の女性が、夫を抱きかかえて涙をこぼす場面に。戦いが原因で亡くなったのだろう。
悲劇のヒロインものだったのかと思いきや、次の場面では武器を手に戦う女性の姿が!!
呆気に取られながらも最後の場面に移ると、そこにようやく女神様であろう神々しい女性の姿が描かれていた。
「一般には、ファーシアの大聖女と呼ばれている、ラシリカ・オムが女神クレシオール様に認められるまでが描かれています」
「ファーシアの大聖女がオム族の出身だとは初めて知りました」
お兄ちゃんだけでなく、お姉ちゃんも初耳だったみたい。
「創聖教は大聖女がミルマの系譜であることを隠していますから。我々も、彼らが大聖女と崇める存在とアズカヴ・キビテであるラシリカ様は別のものだと思っておりますので」
「あずかぶ・きびて?」
初めて聞く言葉に首を傾げると、ミルマの昔の言葉で『神の娘』を意味していると教えてくれた。ミルマ国というか、ヴァーニさんたちの一族は独自の宗教観を守っているみたい。
そのせいなのか、ミルマ国には創聖教が根付いていないそうだし、創聖教とも深い因縁がありそうだね。
「ヴァーニさん、この伝承が載っている本を借りることはできますか?」
「えぇ。それでしたら、これから図書館に参りましょう」
大聖女と同じ、治癒の加護持ちのためか、ミルマ国に伝わる女神降臨の物語はお兄ちゃんの興味を引いたようだ。
私たちは謁見の間をあとにし、再び御輿に乗って移動する。
階段を下りることに気づき、図書館が地下にあることに驚いた。そして御輿に乗ったままっていうのはちょっと怖かったよ。
図書館にしては重厚な扉が開けば、なぜ地下にあるのかが判明した。
天井が無駄に高い!あと、本棚も高い!!
オタクが憧れる壁一面の本棚が三面にあり、他は普通の本棚と見せかけて、お兄ちゃんの身長の二倍以上ある。どの本棚にも可動式の梯子が設置してあるのがまたいい!
「すごい!!」
「こちらは貸し出し閲覧可能な書物を置いていまして、この下層に歴史的価値の高い書物などを保管しております」
さら下にもあるのか!
本がいっぱいある空間って、なんかワクワクするよね。それに、一般人が見ちゃいけない本とか、面白そうじゃない?
「先ほど教えてくれた、アズカヴ・キビテについて詳しく載っている本はありますか?」
「わたくしも、女神様降臨の物語があれば読んでみたいです」
ヴァーニさんは司書の人を呼び、お兄ちゃんとお姉ちゃんが希望する本をどんどん選んでいく。
お兄ちゃんたちも建国前の歴史が知りたいとか、我が国の初代国王とミルマ国初代女王が同盟を組むにいたった詳しい経緯だとか、いろいろと追加している。
同盟の経緯はすでに習ってはいるけど、相手の国から見た経緯は違うかもしれないので調べたいのだろう。
お兄ちゃんたちの本が積み上がっていくのを見て、私も何か読みたくなってきた。
だけど、ここら辺の本は難しそうな題名のものばかりしかない。
「なにか生き物のご本はありますか?」
私も司書さんに要望を伝え、生き物関係の本がある棚に案内してもらう。
ただ、半分くらいはガシェ王国の王宮の図書館にあるやつと同じだなぁ……。
「この国にしかいない生き物を知りたいです!」
「この国だけというのは難しいですが、主な生息域がミルマ国周辺の生き物をまとめた本はこちらになります」
本棚の上の方から取り出された本は、思ったよりも薄かった。
これだけでは物足りないので、珍しい生き物に関する本もリクエストする。
すると、ミルマ国に棲む竜種の本となぜか『狩りの名手・ハヴァの日記』をおすすめされた。
竜種の本はわかるけど、日記にはちょっとびっくりだよ。ひょっとして、日記と題されていても、内容はシートン動物記的なお話だったりするのだろうか?
気になってその場で本をめくってみる。
『今日はカップナを二頭仕留めることができた。こいつの角で、冬を越す支度金が賄えそうだ』
……普通に日記だな。この出てきたカップナという動物を私は見たことないが、確かヤギっぽい動物の近縁種だったと思う。
この本に珍しい動物の記述が本当に載っているのかな?
せっかくおすすめしてもらったんだし、私はこの三冊を借りることにした。
お兄ちゃんとお姉ちゃんが選んだ本と合わせて、離宮まで運んでくれると言うのでお言葉に甘える。
さすがに、この量をパウルやジョッシュに持たせるのは可哀想だもの。
図書館はまた来られたらいいなぁと思いつつあとにし、次は庭園に案内された。
庭園は今まで見てきたものと趣が違い、小さな花をつける種類が多く感じる。
「魔生植物もここで育つのですか?」
お姉ちゃんがある一角に植えられていた植物に目をつけ、じっくりと観察している。
魔生植物の外見は多肉植物に似ていて、取り込んだ魔力で表面の色が変わる性質を持つ。魔力を持っている生き物を襲う危険な種類もいるので、王城の庭園に植えるには相応しくない植物だと思うのだが……。
「ここにある魔生植物は、乾燥した状態と土の魔力を好むものばかりで、薬の材料に使われています」
王城の敷地内には温室や薬草園といった施設もあるけど、見た目重視ではなく植物が好む環境を優先しているらしい。
暖かい地域の植物がある温室には火の魔法を好む魔生植物を一緒に育て、噴水や水路の近くに水の魔力を好む魔生植物を植え、王城の屋上には風の魔力を好む魔生植物を管理している一角があるそうだ。
王立魔術研究所のやっばい温室ドームとは大違いだな!
あそこは研究員が面白がっていろいろ育てているから、本当に超危険ゾーンと化している。
「それに、この魔生植物はとても育てやすいので、観賞用に向いているんです」
室内で育てるときでも、水やりはほとんどいらず、なんなら土の魔石を鉢植えに置いておくだけで勝手に育ってくれるらしい。
でも、前世でサボテンを枯らした私が断言しよう!植物を育てるのが下手くそな人は、どんなに簡単だと言われても枯らしてしまうって!!
他にも、ミルマ国の山岳地帯にしか生息しない希少種などを見せてもらいながら庭園を散策すると、突然目の前に巨大な木が出現した。
ここまで大きくなるのには、相当な年月を要したであろう巨木。今は茂った葉を風に揺らしているが、この木は私でもわかる。女神様の木とされているクレシスチェリーだ。
「うわぁ!おっきい!!」
頑張って上を見上げても天辺が見えない。クレシスチェリーが花を咲かせたら、さぞ見応えのある光景に違いない!
「我が国を象徴するクレシスチェリーです。この木はラシリカ様が生まれ育った集落に生えていた木から挿し木で増やしたものと言われております」
しかも、本来植えられていた場所は別のところだったのだが、大聖女に所縁のあるものだからと創聖教が勝手に移植計画を進行させていたそうだ。
そのため、当時の女王陛下が早々に王城へ移し、奪われないようにしたのだとか。
神様たちが絡めば何をやってもいいと思っている創聖教は、本当にろくなことしないな!
再びクレシスチェリーを見上げると、ちょうどその上を大きな鳥が通りすぎた。
「そういえば、あの大きな鳥が庭園に来たりしないんですか?」
これだけ大きな木があれば、一休みする場所に使っていそうなんだけど。
「あの鳥は、ここら一帯が危険であると学習しているので、下りてこないのです」
「えっ……学習?」
ヴァーニさん曰く、鳥が王城周辺に下りてこようとすると魔法で威嚇して近づかないように促すのだとか。
それで、近づくと危険だと学んだ鳥たちは、高い上空を飛ぶことはあっても地表面までは下りてこなくなったんだって。
ちょっと可哀想だと感じるけど、あの大きな鳥は肉食性で、人間を襲った事件もあったそうなので致し方ないのかも。
人の味を覚えた野生動物は人を襲うようになって凄く危険だって言うしね。それに、人を襲わなくても、残飯とかを食べるようになっちゃうとそれはそれで危険だもの。
そうなってしまうと、まさに空飛ぶ熊!普通の人ならめちゃくちゃ怖いよ!!
……待てよ。あの大きな鳥が下りてこないのであれば、ノックスを離宮の庭で遊ばせることくらいはできるかもしれない!
念のため、鳥を追い払う人員を見張りにつけておいた方がいいだろうけど、それを森鬼にやってもらったら稲穂も一緒に遊べるね。
明日は魔物っ子たちとお庭で遊ぼうと決めた。
◆◆◆
王城見学ツアーを終えて離宮に戻ってから、魔物っ子たちに楽しめたか質問してみた。
「隠し通路がいっぱいあった!」
「最初のお部屋、罠がいっぱい仕掛けてあった!」
星伍と陸生は自慢の嗅覚でいろいろと隠してあるものを嗅ぎ取ったようだ。
それにしても最初の部屋ってことは、展示室だよね?防犯のために罠を設置してあるんだろうけど、二匹が面白がって罠を作動させなくてよかった。
それから、借りてきた本を読んだりして夕食までの時間を潰し、パパンとママンが帰ってきたら、王城見学ツアーがどんなだったのかを報告した。
寝る時間になったらお兄ちゃんの部屋に行って、例の『狩りの名手・ハヴァの日記』を読むことにする。
お兄ちゃんも大聖女に関する本を読んでいるので、お互いに面白い記述があると教え合う。
後世に名を残す狩りの名手なだけあり、このハヴァさんは毎日いろいろな動物を仕留めていた。たまに魔物を倒したりもしているから凄い。
日記にはよくカップナを仕留めたと出てくるけど、このカップナの角は民間療法で薬として使われているらしい。
主な効能は二日酔い改善。民間療法と言えど、その効き目は抜群なんだって。
それなら、カップナの角が高く売れるのも頷ける。
読み進めていくと、ハヴァさんがいつもとは違う狩り場に行ったという日が出てきた。
そして、珍しい竜種ムシュフシュと遭遇したと書いてあった。
「おにい様!ムシュフシュがいるって!!」
「……ムシュフシュって、凄く凶暴な竜種だよね」
絶賛厨二病をこじらせている神様が地球から持ち込んだ竜種なので、もちろんムシュフシュについては知っている。
竜種の中では小型の地竜に分類されるのだが、地球の神話に出てくるムシュフシュと同じような見た目らしい。
小さいくせに凶暴で、馴致もできないので、遭遇したらとにかく逃げるしかない。
「ムシュフシュから無事に逃げられたら幸運が訪れるって書いてあるね」
お兄ちゃんが日記の記述を読み上げるが、そもそも無事に逃げ切れたこと自体がめちゃくちゃ幸運だよ!
「ネマなら、ムシュフシュとも仲良しになれるだろうね」
いまだにこの周辺に生息しているのか不明だけど、会えたらいいなぁ。
お兄ちゃんとそんな話をしていたら、部屋にジョッシュが来て怒られた。
「若様、ネマお嬢様。夜更かしは感心いたしませんねぇ」
ジョッシュがお兄ちゃんのことを若様と呼ぶときは諫めるときだけだ。
昔は使用人のみんなが若様って呼んでいたけど、パパンの手伝いをするようになると若様は封印された。
使用人たちからしたら、仕えている主の子供から次の主として認めたという線引きなのかも。
「さぁ、その本をお渡しください」
ついに、本を没収されてしまった。
「ジョッシュに怒られちゃったね。今日はもう寝ようか」
お兄ちゃんは反省した様子がなかったので、ひょっとしたらいつもジョッシュに本を没収されていたりして……。
「ネマ、おいで」
お兄ちゃんに抱き寄せられて、お布団とお兄ちゃんの体温でぬくぬくを感じたら、もう無理だった。
お兄ちゃん、寝相悪くて蹴飛ばしちゃったらごめんね。