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ようやくネマに会えるな。(デールラント視点)

馬車から降りれば、陽の光を浴びて白く輝く教会が嫌でも目に入る。

高位貴族の屋敷よりも大きな白亜の城といった風情に、思わず舌打ちしそうになった。

待ち構えていた神官に案内され、教会の内部に足を踏み入れれば、これまた場違いだろうと笑いたくなる華美な装飾があちらこちらに置かれている。

我がオスフェ家の金でこれを作らせたのかと思うと、もう一度ここを破壊した方がよいのではないかとすら考えてしまう。

忌々しい場所だからと、報告だけですませていた自分も悪いとはいえ、これはない。

金を出すのではなく、建物を作らせてから渡せばよかったなと、今さらながらに後悔した。


創聖教の威厳を演出したいのだろうが、奴らにはどうやら感性というものがないらしい。

威厳を出すにしろ、常に緊張を強いるような見せ方ではなく、気を落ち着かせるためにあえて質素を装うことも必要だ。

王宮なら、正門とそれに続く入口は華美に、他では目を休ませるように庭園が見えたり、気づきにくい部分に贅沢を施す。そして、謁見の間とそこに続く通路は、国王の権力を見せつけるためにとりわけ豪奢に飾り立てられている。


教会の中央部、貴族を迎えるための応接室の中でも一番広い部屋へと通された。

部屋の中にはすでに目的の人物が、立ったまま私を出迎える。


「閣下、再びお会いすることができて、誠に嬉しく思います」


貴族への敬意の礼を取られ、私は苦笑する。


「私もまた貴方にお会いできて光栄です。それと、悪たれっ子にその礼は過剰ですよ」


「悪たれっ子だなんて……閣下はとても立派に成長されましたね」


昔を懐かしむように、目を細めて私を見つめる眼差しはとても優しかった。


「これも、カリヤス神官長のおかげです。お忙しい時期に無理を言ってすみません」


「一部の者とはいえ、創聖教の神官がご息女の件に関わっていたのですから、私が(おもむ)き謝罪すべきでした。此度は誠に申し訳ございません」


カリヤス神官長は深く頭を下げる。

首の後ろをさらすということは、斬り落とされても構わないという意味でもある。

これが前任の神官長であれば、遠慮なく斬り落とすところだ。


「申し訳ないが、神官としての謝罪は受け取れない」


国と創聖教の間で話はついているが、オスフェ家としては創聖教を許していない。教会を建て直す費用を負担したのも、被害者がこの国の貴族であることを印象づける茶番にすぎない。


「わかっております。只人(ただびと)のカリヤスの気持ちをご理解いただけますよう」


「そういうことでしたら、お受けしましょう」


互いの立場上、この一連の流れは欠かせない。オスフェ家も創聖教も関係なく、個人的に(・・・・)折り合いをつけたという建前が必要なのだ。

それをこなせば、空気は和らぎ、カリヤス神官長の昔と変わらない笑みに促され着座した。


「こちらへの赴任を承諾してくださり、助かりました」


「お話をいただいたとき、皆様が私めを覚えていてくださっているとわかり、大変嬉しく思いました」


新たな神官長を彼にと言い出したのはユージンだが、学院生活の中で特にお世話になったカリヤス神官のことを忘れることはない。


教養の一つである神学を教えるために、創聖教から派遣されていた神官の中でも、彼は変わり者と呼ばれていた。

神学は一番人気のない科目ではあったが、彼の講義の進め方は他の神官とは違っていたそうだ。

私は彼の講義しか受けたことないので比べられないが、初めての講義に言われた言葉は今でも覚えている。


『この大陸には、人だけでなくエルフ族や獣人といった種族がいて、彼らも創造神様を敬愛し、聖獣様や精霊様を敬っています。それなのに、なぜ人だけが信仰に(つど)うのでしょうか?私は、それは人が弱いからだと考えます』


その当時はまだ至上派は台頭していなかったが、元より、人は他の種族よりも優れているから繁栄しているのだという考えはあった。

エルフ族の精霊術には魔法で、獣人にはたゆまぬ鍛練で、対等にやり合えていると。

しかし、そこまでの才能を持つ者は、極僅(ごくわず)かにすぎない。ほとんどの人は『弱い』のだと知った。

人は一人で強くなることはできず、誰かに教え導かれることで心身共に強くなっていくのだと、カリヤス神官は言葉を続けた。


『この学院で学ぶ君たちは、いずれ何かしらの強さを手に入れるでしょう。ですが、平民の多くは、その強さを持たない者がほとんどです。彼らが(うれ)い、悩んだとき、何かにすがり救いを求める心のよりどころとなるのが、神の存在です。創造神様がお伝えになった言葉も、女神様がご降臨されたことも数えるほどしかなく、神々が一人一人に何かを()すわけでもない。創聖教が教え説くのは神々のことではなく、信仰の中で培った叡智(えいち)なのです』


弱い人がめげず、負けずに生きていくために、信仰に集うのだと言う。

また、信仰だけでは救えないから、君たちがいるのだと。

カリヤス神官の言う『君たち』には、貴族である私たち始め、平民であっても国に仕える騎士や文官、侍従や侍女といった者たちも含まれた。


「人は弱いから信仰に集う。貴方が仰った言葉は今でも忘れられません」


迷惑をかけたり、困らせたことも多かったが、カリヤス神官は誰一人見捨てることなく、真摯(しんし)に私たちと向き合ってくれた。

彼の言葉で私は見識を広め、オスフェ公爵家の嫡男として成長できたと思っている。


「教会が破壊されたと聞いたときはまさかと思いましたが、貴方のお名前を見て納得いたしました。学院にいたときも己の力を自覚し、感情に流されず律していた貴方ですら、我々が卵を抱いて竜種の尾を踏んだことは許せなかったのだと」


「えぇ、その通りです。竜種も我が子を盗まれそうになれば、盗人を容赦なく噛み殺すでしょう?たとえそれが、盗み出すときに尾を踏んでしまうような間抜けであっても」


大切な宝物である我が子を奪おうとし、盗人の手引きをしていた前神官長らは、露呈(ろてい)すれば私に報復されることもわかっていなかったらしい。

彼らの計画はルノハークに任せっきりで、裏社会での情報すら集めていないことが調査で判明している。

裏社会で少しでも我が家のことを探れば、触れてはならぬ存在だと教えてもらえただろうに。


「当主としてだけではなく、父親としても成長なされたのですね」


私が父親に反発していたことを知っているだけに、カリヤス神官は感慨深いと言いたげな様子だ。

それから、少々いたたまれなくなる話題もあったが、昔の話をして、本題へと切り替える。


「今回お伺いしたのは、これからのことをお願いするためなんです」


「私でお力になれることがございますか?」


「貴方が動くべきときが来るまで、何があっても動かないでいただきたい」


カリヤス神官長のお考えは、至上派ではなく現在の神代(しんだい)聖教の方が近い。それなのに、至上派にいるということは、何かしらの考えがあってのものだろう。

正直、先王陛下の駒は中立派なので、どこまで至上派に食い込めるかわからない。

ファーシアは無理だとしても、ガシェ王国内の派閥を抑えられればこちらが有利に動くことができる。


「それは……お約束いたしかねます」


「貴方がなぜ至上派にいるのか、その真意は問いません。ですが、このまま(じゅん)じるおつもりか?」


聖主(せいしゅ)を捕まえることができたら、創聖教の上層部もただではすまなくなる。

ガシェ王国としては、国民に害を為した責任を追及せねばならないし、他国とも何かしら問題を起こしていれば、ファーシアの解体だってあり得るのだから。


「新たに総主祭(そうしゅさい)となったカーリデュベル様はとても才覚の優れたお方です。閣下が要求してくることも、その理由も、あのお方は読んでいると思います」


「なるほど。つまり、総主祭猊下はガシェ王国に協力する気はないと。それならそれで構いません。私たちが必要としているのは、カリヤス神官長ですから」


総主祭と聖主は繋がっている。さすがに、総主祭が聖主だった、ということはないと思うが、彼の身近な人物が聖主というのはありそうだ。


「創造神様に背くようなことはできません。おわかりいただけますかな?」


あわよくばこちらの陣営にと思ったが、カリヤス神官長の意思は揺るがない。

おそらく、何かするつもりでいるが、外部の手は借りずに創聖教内部だけでやりたいのだろう。

これ以上の説得は私では無理か。


「……そういうことでしたら。そうだ。ユージンがまた先生(・・)のお話を聞きたいと言っていましたよ」


「私の話でよければ、いつでもいらしてください」


十分な成果とは言えないが、まぁ、得るものはあった。あとはユージンに任せた方が、上手くいくだろう。


◆◆◆


カリヤス神官長にお会いした数日後。

珍しく、ユージンが王宮に顔を出した。どうやら、カリヤス神官長に会った帰りらしい。


「それで、どのように動くのか決めたのか?」


「それはもうちょっとかかるかな。今、周りを固めているところだから」


「協力できることがあれば言ってくれ」


「大丈夫。カリヤス神官長は優しいから、すぐに見つかるよ」


ユージンの……と言うよりは、ディルタ家のやり口と言った方がいいか。

普段は人畜無害ですという、人当たりのよい顔をして、裏では目標に定めた者をいたぶるように追い込む。

目標となっている本人ではなく、その人物が大切にしているものを使ってだ。


「というわけだし、あとは頼んだ」


……ユージンが王宮に顔を出した目的はこれだったか。

仕方ないと、ユージンが手渡してきた書類を受け取る。

外務は大臣であるユージンがいなくても仕事が回るようにはなってはいるが、彼の承認が必要なものも当然ある。

その仕事をすべて私に押しつけて、ユージンは帰っていった。


私はユージンの代理として外務の方に顔を出し、いろいろと指示を出して自分の執務室に戻ると、陛下が待っているとの報告を受ける。

今日中に必要な仕事はすべて終わらせたはずだがと、(いぶか)しみながら陛下の執務室前に立つ近衛騎士に取り次ぎを頼む。


「陛下。お呼びとのことですが、何かございましたか?」


「ミルマ国から国書が届いた」


ミルマ国では第一王女の立太子がご内定されているとの情報があるので、それに関連してのことだろうか?


「第一王女で決まったのですか?」


まさか、別の王女を選びましたとかではないよな?

(まれ)にだが、ミルマ国は男女間のいざこざで荒れるときがある。一番最近のものでも数十巡前か。あれは、身内が関わっているのでなんとも言えないが。


「あぁ。それで立太子の一連の儀への招待を受けたのだが……」


なぜかそこで言い淀む陛下。私が無言で先を促すと、これを読めと国書を渡された。

そこに書かれていたのは……。


「ほぉ、ネマをミルマ国に招待したいと」


「おそらくだが、叔父上の働きかけでもあったのだろう」


ミルマ国も独自の情報網を持っているため、私の娘たちがライナス帝国に遊学していることを把握しているのは間違いない。

他にも娘たちに関する情報を得て、ネマを国に呼びたいとなったとして、多忙を極める立太子の儀の時期を選んだのは理由がありそうだ。


「それだけではないような気もいたしますので、調べてみましょうか?」


「叔父上は意外と直情的なところもあるから、深く考えていないんじゃないか?」


陛下にとって叔父という近しい血縁ではあるも、先の王弟殿下は若くしてミルマ国入りしている。陛下が直情的だと言う性格は、ミルマ国の王配として作られたものではないだろうか?伴侶である女王陛下を立てるための道化として……。

もしかして、娘たちをライナス帝国に取られる前にとか思っていないだろうな?

立太子の儀でなら国力を示すことができるし、国内の有力貴族も集まる。


「幼い子供を招待するのであれば、保護者である私たち夫婦を招待するのが道理だと、お返事していただけますか?」


「確かにな。いくらヴィルたちが同行するとはいえ、公爵家の娘を一人にさせるわけにはいかんな」


私の提案を快諾してくださった陛下だったが、数日後には思わぬ展開を見せる。

陛下は、ネマを呼びたいのであれば、オスフェ家当主を招待するべきだとミルマ国に伝えた。

すると、我が家に正式な招待状が届いたのは届いたのだが、ネマだけでなく、ラルフとカーナの名も記載されていた。つまり、家族で招待されたわけだ。

さらに、元々はヴィルヘルト殿下と外務のユージンを使節とする方向で調整していたのに、予想外のところから人を追加することになってしまった。

そのため、私のところの宰相室だけでなく、外務・内務双方も大変忙しくなったのは言うまでもない。

セルリアの方もミルマ国に向かう日までに片付けなければならないことが多く、ラルフもヴィルヘルト殿下の手伝いをしていて、顔を合わせる時間が減ってしまった。

久しぶりに家族が揃うということもあって、二人が励んでいるのも理解できる。

私だってそれを励みに、妻と息子に会えない淋しさに耐えているのだから。



パパン、頑張る!

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