閑話 レスティン・オグマの場合
「ダグ、遅れています。ワイルドベアーを御せなかったら、次には行けませんよ」
今日は獣騎隊に配属になった新人の訓練日で、朝からずっと付きっきりです。隊長の務めと言えど、正直疲れますね。
基本である馬での訓練が先日修了し、ワイルドベアーに移った初日。
ここにいる動物たちは皆、馴致してあるので、コツさえ掴んでしまえば制御は簡単なんですよ。
「よぉ、レス!」
どうやら、招かれざる客が来ましたね。まったく…。こう見えても忙しいんですけど、僕は。
「何しに来たんです?」
まぁ、彼は取り繕わなくていい相手という意味では楽と言えますが。
「いや、ベイに乗らせてもらえねぇかなと」
「竜に乗ると言って出て行った貴方が、元相棒に乗りたいとは…。竜たちに嫌われでもしましたか?」
こいつは元々獣騎隊にいたんですが、ずっと志願し続けていた竜騎部隊に移り、隊長にまでなってしまった竜バカです。
「そっちの方がマシだったかもな…」
おや、本当に珍しい。こいつがここまで凹むとは…。
今では同じ隊長職ですが、獣騎隊にいたときは乗る動物は違っても、後輩として一応可愛がっていました。物怖じしない性格と諦めの悪さ、常に前向きな考え方をするやつだったんです。
「面白そうな話はあとで聞くとして、ベイが許可すればいいでしょう」
「面白そうってな…」
僕からしてみれば、十分面白そうなんですけどね。
「ついでに、新人たちにお手本を見せてあげて下さい」
竜騎士として結構名が知られていますが、今でも獣騎士たちの間で語り草になるほど、ワイルドベアーだけは巧いんですよね。
「まぁ、いいが」
不思議なことに、こいつがいるとワイルドベアーたちの機嫌が良くて、言うこと聞かせ易くなるんです。
使わない手はないですよね。
獣騎士時代の相棒でワイルドベアーのボスであるベイに、あいつが話しかけると嬉しそうに鳴いた。
小熊の頃から手塩にかけて育ててた子ですからね。それが群の長にまでなったんです。感慨も一入でしょう。
ベイに飛び乗り、手綱と轡の感覚を確かめています。
足で合図を送ると、ベイは素晴らしい脚力を見せ、すぐに最大速度まで達しました。その上であいつは愛用の武器であるハルバートを、軽々と振り回すんですから。
相変わらず、呆れた腕力ですね。
あの速度で抵抗の大きいハルバートを、鋭く振り切るなんて身体強化の魔法をかけるか、獣人でないと無理でしょう。
それに加えて、急旋回、急停止とワイルドベアーの操獣もあるんですから。
ベイは他のワイルドベアーより体格がよく、速度も2割ほど速いですかね。
それを筋肉の動きを読み、ベイに負担が少ない一瞬で方向を変えています。絶妙なんですよね。
ほら、新人たちもぽかーんと馬鹿面になっていますよ。
確かに僕は「聞く」と言いました。
いいものも見せてもらいましたし、ベイの機嫌も頗る良くなって訓練もはかどりました。
ですが、内容が愚痴、もしくは幼女に邪な思いを抱いてしまった懺悔とでも言いますか…。邪と言っても、憎しみや悔しさ、つまりは嫉妬という負の感情ってとこですけど。
面白いと言うよりは、楽しませてもらいました。久しぶりに声を出して笑いましたよ。
「笑ってられるのも今のうちだ。どうせ、他人事じゃなくなるさ」
聞き捨てなりませんね。僕が貴方のようになるとでも?
「恐らくヴィルヘルト殿下かオスフェ公爵を通じて、ネフェルティマ様が獣舎に来るだろうよ」
小悪魔到来ですか。いいでしょう、受けて立ちます。
えぇ、少し侮っていたことは認めましょう。
噂では聞いたことあったのですが、本当にオスフェ公爵とは似ていないのですね。なんと言うか、地味?
それが第一印象でしたし。
まさか、あのワズが懐くなんて。
数多くの獣騎士たちを泣かせてきたあのワズが、実はヘタレ…もとい繊細な子だったとは。
確かに僕には甘えてくることもありますが、それは主だとわかっているからとばかり。
面白くありませんね。
本当に面白くありません。
なんですか、あなたたちは!
いくら馴致されてると言っても、僕たちにすらそんな行動は取ったことないでしょう。
ヨッシュも勝手に止まるんじゃありません。僕のことも偶に振り落とそうとするあなたが、幼女に気を遣うなどと…。気難しい性格ではなかったのですか?
とどめがホワイトムースが脱走ですって!?
よりにもよってあの希少種を逃がしただなんて…。
ホワイトムースは森でも山岳地帯でも使える優秀な種類で、ここでも数は少ないのに!
「フェルギーで追跡し、形跡を発見次第フレアホッグに代えて下さい」
動物の中で一番嗅覚が鋭いワイルドベアーなら一発で見つけられるでしょうが、それだと僕たちが認識前にワイルドベアーの気配に気づいて逃げそうですからね。
猟犬の種類のうちでは嗅覚の鋭いフェルギーを使い、あとは警戒されないようにフェルギー以上の嗅覚を持つフレアホッグ(小型のブタ)を使って捜す。これが今のところ最善でしょうね。
ですから、なんでこうなるんですか!
「まいごになってたの」
迷子と言うよりは、王宮に入れなかったんでしょう。王宮の側にある林にいたのなら、帰る方向は覚えてたってことでしょうし。
「ネフェルティマ様が見つけて下さったのですね?」
ひとまず、詳しい事情を聞いておかなければなりません。
「ちがうの。しぇーりぇーしゃんがまいごなのにきづいてまもってくりぇてたの」
…えーっと、精霊が迷子になってたホワイトムースを保護してくれていたんですね。
「しょれをラーしゅにおしえてくりぇてひきとりにいったんだよ」
精霊に教えられた聖獣様が連れ戻してくれたと。
「よくわかりました。しかし、またこのようなことがあった場合、まず僕たちにご報告頂けますか?」
帰ったと思ったネフェルティマ様が、殿下の聖獣様とホワイトムースを引き連れて現れたのには驚きました。
嬉しそうにホワイトムースに乗っている姿にはムカつきましたよ。
どんな動物にでも好かれる…そんな能力があるなら、獣乗りとして僕も欲しいですよ!
別にネフェルティマ様のこと、嫌いじゃないですよ。ただ、可愛さ余って憎さ百倍って感じですかね?
動物に触りたいって気持ちは、同じ動物好きとしてよくわかります。
問題なのは、節操なしなんです。ネフェルティマ様は!
程々にして下さい。いいですね?何事も程々が一番いいんです。
あれ?レスティンってこんな人だったっけ?私がビックリですよ(笑)
ですます調ってやっぱり難しいです。
変な所や改善した方がいい所がありましたら、教えて下さいm(_ _)m
フェルギー:猟犬の一種。中型で短毛、色は黒地に白の大きな斑がある。垂れ耳で、ビーグルに似ている。
フレアホッグ:ミニブタより一回り大きく、白いブタ。鋭い嗅覚を持っているため、食材や地下水脈、鉱脈などを探すことにも一役買っている。