退屈すると余計なことしか考えない。
一部、昆虫の描写があります。
苦手な方はご注意ください。
ロスラン計画の視察もとい、ドワーフの勧誘作戦から戻った私のマイブームは、粘土遊びだ。
カイディーテにお願いしていろいろな性質を持つ石を用意してもらい、それを粉にしてから水を足し、こねこねする。
全然水を吸わないものから、スライムのようにデロデロになるものまで、地球のとは違ったものができるから面白い。
いろいろ混ぜ合わせてみたり、好みの弾力を追い求めたりと、こだわり始めるとキリがない奥深い世界でもあった。
「ねぇ、ネマ。それは何を作っているのかしら?」
私が今手にしているのは油粘土や紙粘土に比べると柔らかめに作った粘土で、千切ったりするのが楽で気に入っている。
「見てわからない?」
「わからないから聞いているのよ?」
宮殿の空気がピリピリしているため、室内遊びを余儀なくされている私とダオ。
室内での遊びなんて今まで散々やってきたので、ネタがなくなっていたところに閃いたのが粘土だった。
絨毯に防水シートみたいなのを敷いて、ひたすらこねこね、こねこね。
そうやってダオと遊んでいたら、マーリエが突撃してきた。
「ラース君を作っているの!」
「……そう」
マーリエが遠い目をしているのが気になるけど、どこをどう見てもラース君でしょう?
お目めはあとで綺麗な石をつける予定だけど、この縞模様は我ながら上手くできたと思う。
ちなみにダオは私に合わせて聖獣様にすると言って、凄い集中力でサチェを作っている。
「ダオは青天馬ね。翼の躍動感が凄いわ!」
ダオのサチェは本当に芸術品レベルなので、マーリエがベタ褒めするのもわかる。しかし、なぜ私のラース君は褒めてくれないのか!?
こんなにラース君なのに!!
粘土で作ったラース君とサチェを風の魔法で乾燥させると、カッチンカッチンに固くなった。この石の粘土は乾燥させるだけで、そこそこの強度が出るのがまたいい。焼かなくていいから、お姉ちゃんの手を煩わせなくてすむ。
工夫して遊んでいたものの、段々と宮殿の雰囲気が悪化していき、暢気に遊んでいるのにも申し訳なさを感じ始めた。
ダオとマーリエが遊べない日は、図書館で鉱物のことを調べるのに費やした。
もっと理想的な粘土を作る目的で調べ始めたのだが、図書館の責任者である書官長さんが鉱物の標本がありますよと見せてくれたのだ。
宝石の原石からサンテートに使用される金属鉱物、針状のものやただの砂ではと勘違いするほど小さなものまで、多種多様の鉱物を見ることができた。
さらに、植物や昆虫の標本もあると案内され、書官長さんの解説を聞きながら時間を忘れるほど没頭してしまう。
植物も昆虫も動物と比べると詳しい方ではないので、新しい知識を知るのが凄く楽しい。
特に昆虫は地球と同じく種類が豊富で、環境に適した進化が顕著だった。
そして私は考えた。この能力を使えば、昆虫も手懐けることができるはず。
つまり、ミツバチに似た昆虫を集めて養蜂をしてみたり、繭を作る昆虫をかけ合わせて新たな繊維を開発するとか。
養蜂なら、我が領地でも比較的寒くない王都よりの地域でもできると思うんだよね。
繊維の方は何か特性を出さないと既存のものに負けそうだから、時間とお金がかかるかもしれないけど。
あぁそれと、芋虫タイプの幼虫を扱うときは森鬼に近づかないよう言っておかないと、ゴブリンたちのおやつとして送っちゃいそうだな。
うっかり目に入っちゃったルノハーク……。体は金属光沢で緑から時折茶色に輝くテッカテカなのに、姿形は撲滅推奨種のアレである。
同じケースには近縁種が並べられており、色味は違うもののみんな金属光沢を持っていた。
中には、翅が退化したのか、お腹の部分が外骨格並みにしっかりしていて、蛇腹も他のものよりはっきりしている種類もあった。ぱっと見は古代の節足動物に見えなくもないけど、よく観察するとやっぱりアレだった。よく爬虫類の生き餌に使われるタイプね。
ルノハークって、本当に厨房に現れる厄介者なのに、なんでこんな派手な色をしているのか。外だとすぐ鳥に見つかりそうなくらい色と光沢が目立つ。
はっ!厨房は金属製の調理器具が多いから、それに紛れるためとか?
私は新たな発見をしてしまったかもしれない!
ルノハークの体色の考察は、私がルノハークを飼育研究しなければ確証が得られないことに気づき、即行で諦めた。誰か昆虫が好きな人を見つけたときに丸投げしよう。
書官長さんにお礼を言ってお部屋に戻る途中、慌てた様子のクレイさんと遭遇した。
「ネマッ!」
クレイさんを見て、また何かが起こったことだけは察した。
問答無用で抱き上げられ、早足で陛下の執務室がある方へと向かう。森鬼と星伍たちはついてきているのかと後ろを見れば、そこそこ距離が空いているではないか。
森鬼め、クレイさんだからと手を抜きよって!これがクレイさんに変装した誘拐犯だったらどうするつもりだ!
森鬼たちに手招きをして、しっかりついてこいと伝える。
森鬼やスピカが側にいないと、私がパウルに怒られるんだよ?ちゃんと自覚を持ってくださいって。理不尽だよねぇ。
陛下の執務室に入ると挨拶もそこそこにソファーに座らされ、瞬く間にお茶とお菓子が目の前にセッティングされていく。
しかし、クレイさんは落ち着きがないし、陛下からはこう、どす黒いオーラのようなものが放たれていて、空気がとにかく重い。
なんとかお茶に口をつけるも、執務室にはペンが走る音がするだけ。
早く私を呼んだ理由を聞かせてくれぇと心の中での祈りが通じたのか、陛下の手が止まり、向かいのソファーに座ったと思ったら予想外のことを告げられた。
「ドワーフの村がおそわれた!?」
てっきり皇后様に何かあったのか、それとも脱走した人を捕まえる算段がついたのかと思ってた。
「昨夜、三十名ほどが集団で襲ってきたそうだ。特命部隊が駐在していたため被害なくすんだが、いろいろと複雑な裏がありそうでね」
「何か話を聞き出せたの?」
その襲撃犯は生け捕りにしたんだよね?さすがに全滅はさせてないはず……。
「少しだけなら。ただ、この時期に動いたのが気になっている。ラグヴィズの話では二巡近く前に一度襲撃されたそうだが、今回の襲撃はなぜ今だったのか」
陛下が皇后様暗殺計画に対処している間を狙ったとしたら、ドワーフ村の襲撃犯と暗殺計画を企てている集団とが繋がっていることになる。
「へいかはぐうぜんだとは思っていないってこと?」
「頃合いを見計らったのではと疑ってはいる」
まだ確証は得られていないけど、その線で調べているようだ。
しかし、このあとはどうするのだろうか?
「ドワーフたちが無事だったのはよかったけど、村をお引っこしするのは大変じゃない?」
「ロスラン計画に協力してもらうというのを装って、全員を保護しようと考えているのだが……」
陛下も決めかねているのか、言い淀んでしまう。
全員を保護するのが難しいのか、他に問題があるのか、陛下の言葉を待つ。
「現状、ドワーフが介入する必要があるのかと突っ込まれると、反論できる材料を持っていないのだよ」
私は陛下の言わんとすることが理解できず、思い切り首を傾げてしまった。
「ロスラン計画はシアナ特区とは違い、国の事業として動かしている」
ようは、公共事業の一つだね。
魔物が北へ移動していたときに我がオスフェ領が魔物の被害を被っていたように、ヘリオス領がオーグルの群れで大きな被害を受けたから、その救済処置の一面もあるけど。
ヘリオス領内で雇用を生み、帝都から派遣された者たちが領内で生活することによって消費も生まれる。
ロスラン計画が完成すれば、冒険者の拠点地として活性化も期待される。
「そのため、計画に参加している組合にはお金を払っているし、ヘリオス伯爵家にも減税などを始め、いろいろと融通を利かせているのだ」
うんうん。日本の公共事業のほとんどは、内容を公示して入札という方法を取っているけど、こちらでは組合に依頼するだけだ。各組合が責任をもって、その利益を個々へと還元していく。
還元方法は各組合でも違うらしいので、ときに問題となることもある。
例えば、組合の長がお金を着服して、仕事を請け負った人に少ない金額を渡していたとか、長のやり方に不満が溜まってみんなでボイコットとか。酷い場合は住民を巻き込んでの一揆みたいな騒ぎになった事件もある。
つまり、各組合が何かしら不満を上げれば、それに対抗できるものがないってことであってる?
「組合やヘリオス伯爵が、ドワーフにも参加してもらいたい!って思わせるようすればいいの?」
「簡単に言えばそうだ」
ふむ。陛下の一存で押し込んでも、新参者が何デカい顔してるんだ!ってなるもんね。
シアナ特区の場合は、シアナ特区っていう複合施設に各組合が出店したって形に近い。なので、オーナーであるオスフェ家がどのお店を呼ぼうが自由、みたいな感じだから参考にはならないな。
じゃあ、ドワーフの特性を利用して説得できないか。
ラグヴィズたちは、農具や調理具を作るのが得意だと言っていた。
ぶっちゃけそれだと、建設する建物を増やしたところで即戦力として投入できるか微妙だよね?
「へいか、ラグヴィズも呼んで作戦会議しましょ!ラグヴィズたちがかじ以外の才能を持っていたら、何か方法が見つかるかもしれないよ」
「……ネフェルティマ嬢の名を口実に使ってもいいのであれば」
「私の名前?」
「ドワーフだということを周りに知られるのはまだ避けたい。ネフェルティマ嬢が視察先で仲良くなった少年と会いたがっていると言えば、周りも怪しまないだろう。ただ、ネフェルティマ嬢の評判を下げてしまう恐れもある」
確かに、客として来ているのにわがまま言って陛下を困らせるんじゃないと、不快に感じる人も出てきそう。
私はずっと黙って控えている森鬼に視線をやる。
私自身は知らない人からの評判とか気にしないけど、オスフェ家の恥になるようであればそうも言ってられない。
森鬼は私が気にしていることがわかったのか、精霊に小さな声で何か指示を出した。
「主のやりたいようにやっていいと、パウルが言っている」
これくらいなら問題ないみたい。まぁ、ダオやマーリエを振り回している自覚はあるし、今さらってことなのかも。
なんか、それはそれでもやもやするけど……。
「私なら大丈夫!」
「わかった。ラグヴィズとあと一人か二人、呼ぶことにしよう」
「……あっ!ラグヴィズたちにへいかのいもうとじゃないって、本当のことを伝えるの忘れないでね」
宮殿で皇女様とか呼ばれたら、不敬も不敬すぎる!さすがにそんな恥はさらしたくない!
「えっ、ネマが皇女!?」
クレイさん、そこは突っ込まなくていいから。
◆◆◆
私のわがままということにしたせいなのか、はたまたラグヴィズたちの立場が刑期中の受刑者となっているせいか、陛下と話した日から四日経った日に三日後に来ると知らされた。
その間はせっせと図書館に通い、鉱物と昆虫の本を読みまくった。
お姉ちゃんに養蜂と新しい繊維の話をしたら、いろいろと課題も多かったからね。
まず養蜂だけど、お姉ちゃんも気にしていたのが冬の寒さ。それさえ問題なければ、ディルタ領で養蜂を行っている農家から技術を教えてもらうこともできるそうだ。
それならばと、私は思いついたアイデアを書き出すことにした。
冬は巣箱の周辺をビニールハウスみたいなもので囲むのはどうだろうか?
巣箱そのものを何かで覆うと中の様子がわかりにくくなるから、食卓カバーみたいにカポッてかぶせられる簡易的なやつでいいんだけど。
いっそのこと、シアナ特区の温泉を利用する?
廃水を浄化して、再度温めてって、循環装置を作れば大きなビニールハウスもできそうだよね。そしたら、南の作物を育てられる!我が領地で南国フルーツが流行るようになるかもしれない!!
そのビニールハウスの側でミツバチっぽい子たちに頑張ってもらえば、受粉もできて蜂蜜も取れて一石二鳥なのでは?
新しい繊維に関しては、お姉ちゃんは賛同してくれなかった。
繭を作る昆虫でやるってことは、特性次第では国が権利を独占するミュガエの繭の価値を下げてしまうかもしれないからだ。
ミュガエの繭から発生した利益は国のために使われているので、ひいては国民にも影響が出てしまう恐れがある。
繊維の需要に食い込むのなら、安価で丈夫なものを作ればいけるかもしれないって感じだった。
安価で丈夫、さらに質がよければ庶民向けとして人気が出るのは間違いないけど、三つを兼ね備えるものを作るのは絶対に大変だと思う。
ここは養蜂だけに絞った方がよさそうだ。
お姉ちゃんと相談して、養蜂ビニールハウス計画を発案。
まずは、太陽光を通す防水シートの開発と魔法式循環装置の開発からということになった。
ここが解決できなければ、計画自体が不可能だしね。
ちなみに、開発はお姉ちゃんとオスフェ家の私設魔術研究所が行う。
「研究所の者たちも喜ぶと思うわ」
新規開発した魔道具の出来によっては我が家から褒賞金が出ることもあるので、それが狙えるから嬉しいのかな?
「ごほうびもらえるから?」
「それもあるでしょうけど、今は仕事が少ないし、大きな魔道具を作れるのが嬉しいのよ」
私設魔術研究所の所員たちは、お姉ちゃん直々のスカウト組ばかりだ。
つまり、王立魔術研究所のマッドサイエンティストたちにはおよばないものの、相当な魔法オタクだろうと想像がつく。
私がいつ無理難題を言ってもいいようにと、我が家からの予算は豊富にあるし、ちょいちょい無理難題が持ち込まれるし、飽きが来ない職場なのは間違いない。
ちなみに例の光る剣も私設魔術研究所が関わっており、量産体制も整え終わったそうだ。
魔女っ子ステッキの製造販売権利も買ったらしいよ……。
前世のネマの美術の成績は「2」だった……。