戦いのときほど精霊様は可愛い(エルフ族の班長視点)
誰やねんこのキャラパート2!
仮眠を終えて一階に上がると、いい匂いが漂ってきた。
さっきまでは何も感じていなかったのに、急にお腹が空いてくる。
「お腹空いたー」
「アルマ班長……ちゃんと装備はつけてください。いつ何があるかわからないんですから」
「君、ルーヴァに感化されすぎだよ。ずっと気を張っているともたないよ?」
別にわたしだって無作為に怠けているわけじゃない。頑張らなくていいときは頑張らないだけ。やらなくてはいけないときは、それなりにやってはいるんだよ?
「いや、任務中だけでもちゃんとしてくれないと、私が被害を被るじゃないですか」
相方のヨーク君に被害がいくなんてことあるわけないのにね。こう見えても、わたしを可愛がってくれる精霊様の中には、高位の方もいらっしゃるのだから。
ちゃんと精霊様にお願いして、ヨーク君を守るよ?まぁ、絶対とは言えないけど。
「大丈夫、大丈夫。それより、今日のご飯は何かな?」
「本当ですか?お隣のローズルさんがチャーを作ってくれました」
魔道具の効果で湯気を上げるお鍋を覗く。野菜がたっぷりと入ったチャーがとても美味しそうだ。
野菜のチャーなのは、私がお肉苦手だと言ったことを覚えてくれていたのだろう。
ありがたいご厚意に感謝しながら夕食を食べ、夜に備える。
夜が一番警戒しなければならない時間なので、ヨーク君は昼に仮眠を取り、私は夕方から仮眠を取った。
ドワーフたちが就寝するにはまだ時間があるけど、どの組もこのくらいから本格的に活動をしていた。
「今日もダムダは元気だねぇ」
ドワーフたちは家に篭もっており、集落にはわたしたち以外の姿はない。
道の上をコロコロと転がるダムダだけが動くものだった。
「これがないと怖くて外に出られませんけど」
これ、と魔道具に手をやるヨーク君。彼にとっては邪魔なもののようだが、それがなければ彼は石化してしまう。
「獣人はいろいろと鋭いから逆に大変だ」
狼族の獣人は、嗅覚が特に優れていることが知られているが、耳もよく、夜目も利く。
ダムダは目から魔力を発していて、その魔力を目で感知すると石化すると考えられている。そのため、夜目の利く獣人は遠くからでもダムダの石化を受けることがあるらしい。
また、耳がよいと、鳴き声に厄介な魔法を乗せる魔物の被害に遭ったりもするそうだ。
そういえば、班長が全員参加する会議で、急にルーヴァが悶絶したことがあった。噂によると、ルーヴァの隣にいた班長がおならをしたそうで、その臭いを近距離で嗅いだからだったとか。
鼻がいいのも善し悪しだね。
「本当に……。でも、便利ではありますよ。今、罠の音がしました。四つ足ではなく二つ足です」
森の中に設置してある罠にかかった音が聞こえるとか、さすがとしか言いようがない。しかも、動物ではなくて、わたしたちのような二本足で動く種族ってまでわかるのだから。
「精霊様、人で間違いないですか?数もわかると嬉しいです」
『人だよ!みんな武器を持ってる!』
『数は二十八だった!ちゃんと数えたの、凄いでしょ!』
『違うよ!二十九だよ!離れたところに一人隠れてたもん!』
わたしが精霊様にお声をかけると、辺りがいっせいに賑やかになった。
質問されたことに一生懸命答えようとする精霊様のお姿が可愛らしくて、ついつい頬が緩みそうになる。
「風の精霊様、パルハに届けてください。『敵襲あり、数は二十九、至急応援求む』と」
『わかったー!』
風の精霊様たちは楽しそうに一陣の風を起こし、瞬く間に飛んでいった。
「では、ヨーク君。わたしたちは気配を消して、敵の動きを探ろうか。ドワーフ族が敷いた防衛機能がどこまで働くか見てみたいし」
「……最後のが本当の目的ですよね?人が石化するところを見たいだなんて、悪趣味ですよ」
そうは言っても、生き物を鉱化させる鉱物とか凄く気になるし、ダムダも使えるようであれば土のジュド族の者に使わせるのもありだなって思ったんだよね。
自分で検証するのは面倒臭いから、条件が揃っているここでやってしまおうってなるのも仕方ないよ。
「応援できた者たちに『敵はこちらを感知していないので、交戦が始まるまで隠密行動に徹せよ』と、伝言お願いします」
敵の情報を集めるために、可能であれば数人を捕虜として確保したい。隠密行動の方が孤立した敵を狙いやすくなるのと、他の敵に襲われたことに気づかせないようにすることも可能だから。
まぁ、あとはルーヴァが来れば彼が指揮を執るので、わたしは好きに動ける。
わたしとヨーク君の声が敵に届かないようにして、行動を開始する。
「ヨーク君、わたしたちは隙をみて捕虜を捕まえるからよろしくね」
「はいはい。拘束具は持ってきていますか?」
「凍らせるから大丈夫!」
拘束具を持ち歩いていたら、変態じゃない?
それより、手足を凍らせた方が確実だし、なんなら息止めて失神させるとすぐ大人しくなるよ?
「わかっているとは思いますが、人は脆いですからね。いつもの感覚でやっていると壊れて使い物にならなくなりますよ」
ヨーク君の言葉にわたしは違和感を覚えた。
いつもの感覚……それは訓練のとき、または任務のときを示すのだろうが、わたしは相手を再起不能に陥らせるような失敗はしていない。
それは、人の同僚たちがどのくらい頑丈なのかを何度も試したからだけど。
「ふーん。つまり、素人が混じっているってこと?」
「完全な素人ではないようですが……。なんというか、軍人にしてはいろいろと雑な音が聞こえます」
実際に動きを見ればわたしでもわかるだろうけど、情報が音だけでは判断できないよ。こればかりは耳のいい獣人にしかわからない感覚だね。
「なんかいやらしいなぁ。罠という可能性もあるし、一番いいのは後方で監視している人物を捕まえられることだけど……」
ある程度腕の立つ者を数合わせで連れてきたのだろうけど、あえて捕まえさせるための餌という可能性も捨てきれない。
罠でないのなら、そういった立場の者は口が軽いので尋問するのに打ってつけだ。情報量で言えば、後方に控えている指揮官らしき人物が一番持っているはずだけど、どうしようかなぁ。悩むなぁ。
ヨーク君に先導してもらい、多くの気配が集まっている場所を目視できる位置に着いた。
その間もわたしは今後の動きを練っているが、状況はどんどん進んでいく。
敵の位置は集落を囲う配置ではなく、出入口と反対側から挟み込むつもりなのだろう。
そんな中で応援が到着し、わたしの伝言を伝えたよと精霊様が教えてくれた。敵が本格的に動く前に間に合ったね。
「やつら、塀を登ります」
「精霊様、後方に隠れている人が動いたら教えてください」
『はーい!』
『見張るの早いもの勝ちね』
『あ、ずるいっ!!』
精霊様たちはいつも楽しそうにお願いを聞いてくださる。
精霊様たちのように純粋さを失わずに生きていけたら、この世界はどんなに美しく見えるのだろうかと思うときがある。
精霊様たちがふざけ合う姿に癒やされながら、わたしの耳にも何者かの声が聞こえてきた。
「いっ……」
「どうした?」
「いや、棘みたいなのが……」
どうやら鉱化の罠に引っかかったようだ。どうやって変化するのか見たいけど、まだ出ていくわけにはいかないしなぁ。あとで実験してみるか。
『あの人、鉱化しているけどいいの?』
『追加で石化もかけちゃう?』
『それより、ダムダを投げてみるのはどう?』
精霊様、それは大丈夫なのでしょうか?精霊の悪戯ですむ範囲を超えているような気がするのですが……。
でも、ダムダを投げつけるのは面白そうだな。
塀の向こう側では鉱化による混乱が起きているみたいだね。
出入口の方では、扉をどうにかして侵入しようとしているらしい。
『これより全班員の声も聞こえるようにする。敵の捕縛を優先するが、ドワーフに危害を加える者は容赦なく排除せよ』
ルーヴァが組の布陣を指示していくけど、わたしとヨーク君は自由行動だと言われる。
わたしのことをちゃんと理解してくれていて凄く気分がいい。
出入口の方ではすでに敵が侵入しているようで、どう分断するかの相談が交わされていた。
こちら側に配置された組はまだ静かに様子を窺っているだけだが、ついに敵が塀を乗り越えてきた。
慎重に、鉱化する石に触れないよう塀を越える姿は滑稽で笑えるね。
一人、二人と越えてくるも、失敗して鉱化する石に当たってしまった者も数名いた。
すると、敵は鉱化に怯える仲間に対し、魔法で声が出ないようにした上で放置するではないか。
鉱化が始まった部分を切り落とせばまだ助かるのに。ジワジワと死が迫る恐怖を味わえだなんて、酷い仲間がいたもんだ。
「あの捨てられた奴らを確保するよ。鉱化しているところを切って、止血だけしておいて」
塀の外にあった気配がすべて内に入ると、治癒魔法が使える者がいる組が動いた。
わたしの指示通り、鉱化し始めた腕や足を切り落とし、簡単な治癒魔法をかける。
足を切った奴は動けないからいいとして、腕の奴は逃げるかもしれないので一応拘束具をつけさせる。
あとは邪魔なので、土の精霊様にお願いして落とし穴を作り、その中に捕まえた奴らを放り落とす。
他の組も狙いを定めて敵を捕まえようと動き出した頃、なぜか敵の一人が塀のところに戻ってきた。
放置している仲間が心配になったのか、それとも集落の異常な空気に気づいて一人逃げようとしているのか。
後者だったら面倒臭いので、さっさと狩ることにする。
ちょうど転がってきたダムダと近くにいた数匹を捕まえて、敵に向けて転がす。
ダムダに気づいて目で追ってくれればいいなぁって思ったけど、すでにダムダに気づいていたのか、目を向けないようにしているのがわかった。
それなら……。
一匹残しておいたダムダをヨーク君に渡し、敵に投げつけるようお願いした。
ブンッという空気を裂く音とともに豪速で飛んでいくダムダ。
「ぐっ!」
ダムダは魔物だけど、体の表面を小石で覆っているから当たるととても痛いはず。
お腹にめり込む勢いでダムダが当たった敵は、痛みに耐えかねてか地面に膝をついた。そして……わたしが転がしたダムダの一匹と目が合う。
「ひぃぃ……」
敵は声を殺そうとしているようだが、恐怖のためか完全には殺しきれていない。
おそらく、眼球の表面が石化を始めていて、視界がすでに石に覆われて見えなくなっているのだろう。
瞬きするたびに走る痛みで目を開けられないとしても、眼球がどんどん重くなっていく感覚はあるはず。
そろそろ石化の進行を止めないと脳に達してしまうかなと思いながらも、敵が苦しむ様子を眺めていた。
「だから悪趣味ですって……。頭まで進行すると、尋問ができなくなりますよ」
少しでも脳に石化が進んでしまうと、死ななくても体が動かせなくなったり、しゃべられなくなったりすることがある。
「土の精霊様、あれの石化を止めてもらってもいいですか?」
『うん、いいよー』
土の精霊様は他の属性の精霊様に比べると穏やかな性格をしているので、こちらまで和んでしまう。
蹲る敵の意識を刈り、拘束してから落とし穴に放る。下敷きになった奴もいるけど、まぁいいか。
「じゃあ、わたしたちは外にいる奴を捕まえにいくね」
ヨーク君を促して塀を越える。
ヨーク君は獣人ならではの身体能力で、軽々と塀を跳び越えていった。
わたしは風の精霊様に助けてもらい、ふわりと舞うように飛ぶ。
気配と音を消しながら指揮官と思しき敵の背後に回る。
「アルマ班長って、ジュビ族なのに風や土の精霊様とも仲がいいですよね?」
「うん。親和性が高いと言うだけで、火の精霊様も真摯にお願いすれば聞いてくれるよ?」
火の精霊様は少しふて腐れた表情をしながら、お願いを聞いてくれる姿がまた可愛らしい。
それに、親和性が高いと言っても、他の属性の精霊様より難しいお願いを叶えてくれる程度でしかない。
「うーん、それでもアルマ班長は他のエルフとは違う感じがします」
獣人の勘なのか、ヨーク君は鋭いところを突いてきた。
「こう見えても、複雑な生まれだからかな?」
わたしが人との混血だという噂が立っているが、本当は母親が人との混血だ。
父親はジュビ族だけど、祖父がジュビ族とジュダ族の混血なので、多少なりとも風の精霊様との親和性を持ち合わせている。土の精霊様の態度を見ると、どこかでジュド族も混ざっている可能性もあるかも。
「アルマ班長、いました」
「ヨーク君、やれる?」
「はい!」
元気よく返事をするやいなや、ヨーク君は軽快に駆けだした。足場の悪い夜の森にもかかわらず、あっという間に距離を詰め襲いかかる。
しかし、敵も手練れのようで、ヨーク君の初手を躱した。
精霊術は戦闘には使えないので、わたしはただ見守るだけだが、ちょっとした隙を作ることくらいはできる。
隠し武器である針を数本取り出し、標的からずらして放つ。
ヨーク君がわたしの動きに気づいて、わざと針の飛ぶ方へ動き、敵を誘引する。
そしてほんの半瞬で体を捻り、ギリギリで針を避けた。針はそのまま敵に当たるも、装備のせいで刺さることはなかった。
だが、敵の気が逸れた瞬間をヨーク君は見逃さない。
塀をも軽々と越える脚力から繰り出された蹴りは敵の横腹に入り、面白いくらい吹き飛ばされ、森の木に激突する。
防御の文様魔法を装備に刻んでいただろうに、人の体から聞こえてはいけないような音がした。
「ヨーク君、君が脆いからって言っていたのに……」
わたしに注意したくせに、自分ができていないのはどうなの?
あれ、死んでないよね?
確認するために近づくと、敵は口から血を出していたのでちょっとまずいかもしれない。
「ヨーク君、これを運んで急いで治癒魔法かけてもらうようにして。装備はすべて外して、拘束具は厳重にしてね」
指揮官くらいになると脱出用の魔道具を持っている可能性もあるので、下着姿で拘束するのが一番安全だ。
「了解しました」
ヨーク君が敵を担いでドワーフの集落に戻るのを、わたしは後ろからゆっくりと着いていった。
「ルーヴァ、指揮官を捕まえたよ。ヨーク君が運んでいるから、あとよろしく」
さぁ、あいつらを本部に運んだら尋問だ。腕が鳴るなぁ。
アルマさんは人間嫌いなので、人に対しての優しさは持ち合わせていません(笑)