閑話 ドワーフ族の苦難(ラグヴィズ視点)
今の場所に巣の山を作り、居着いてから二巡くらい経つので、そろそろ別の土地に移動しようかという話があがり始めた。
僕たちドワーフはその昔、人の強欲さに嫌気がさして表舞台から姿を消した種族だ。
それ以降、流と呼ばれる集団をいくつか組み、大陸中を移動している。
一つの場所には二、三巡しかおらず、どんなに長くても五巡以内には次の場所に移動する。
そんなとき、世話になっている行商エルフがやってきた。
表舞台から姿を消したとはいえ、関係を絶っているのは人だけで、エルフ族やエルフを通して獣人たちとはいまだ交流を持っている。
風の色を持つジュダ族のアディルーゼが率いる行商エルフたちは、他の流や獣人の村から仕入れたものをいつもの場所に広げて即席の店を作っていく。
「あれは陶製流の作ったものか?それとも、陶器流?」
「陶器流だよ。美しい色合いが見事だと思わないかい?」
アディルーゼが言う通り、今までに見たことのない鮮やかな赤い色が目を惹く。
鮮やかな赤を出すのは難しいと聞いていたが、成功したのか。
「新しい釉薬の配合が上手くいったとあちらの長が言っていたから、これから新しい色も増えるかもしれないね」
陶器流は陶製流から分かれた集団だが、華やかな色づけが得意な者たちが中心になってできた流だ。
当初の集団は、僕たちの野鍛冶流、武具流、陶製流、築造流の四つだったが、野鍛冶流から農鍛冶流が、武具流から得物流が分かれ、陶器流と合わせて七つの流がある。
新しい流は若い者たちが先導しているので、次々と様々なことに挑戦していて羨ましく思う。
最初にできた流は昔ながらのやり方にこだわる者が多く、特にじじいどもが頑固で困る。長である僕の言うことですら、自分より若いからと聞きやしない。
冒険者向けに軽くて持ち運びしやすい鍋を作ったときも、強度が足りないだの持ち手が使いづらいだの文句ばかり言っていた。
強度を上げて長く使ってもらいたい、使い勝手のいいものにしたいという気持ちはわかるが、冒険者にとっては荷物が小さく軽くなることはいいことだし、程よい期間で買い直してもらう方がこちらの利にもなるというのに。
「そういえば、そろそろ移動する時期じゃないか?次の場所は決まったのか?」
「まだ確定ではないが、北の方に行こうかと考えている」
「北……精霊宮は越えない方がよいかもね。ガシェ王国のディルタに得物流がいるから」
「珍しいな。武具流とかぶるのを避けていたのに」
今、武具流はガシェ王国のワイズ方面にいるはずだ。
流が同じ国にいることはままあるが、分かれた流が元の流と同じ国に留まることは避けていた。
「それが、どうも東の方がきな臭く、避けるために移動したらしい。そのせいか、得物流からしばらく依頼は持ってこないでくれと言われたよ」
東の方なら、イクゥ国の東部かイロンガネ地方だな。あの辺りは干ばつが起きたと聞いていたが、暴動でも起きたのか?
だとしたら移動するのもわかるが、依頼はなぜだ?
「……君たちを通さずに、他所から依頼を受けたということか?」
得物流が依頼を受けないということは、作ることができる者全員に個別の依頼が入ったか、一度に大量の数を頼まれたか。
いくら人との関わりを絶っているとはいえ、個人的な依頼ならその人物を見極めてから受けることもある。
とはいえ、武器関係は見極める目も厳しいので、全員が埋まるほどの依頼を受けるとは思えない。
「少なくとも、エルフ族が関わっていないことは断言できる」
昔の誓約のせいで、エルフ族はドワーフ族に関することは口外できないからな。
自分たちで調べるしかないか。
「わかった。情報、感謝する」
行商エルフたちは他で仕入れたものをこの巣の山で売り、そして僕たちが作った調理具や日用品を買い込んで去っていった。
僕はじじいどもに行商エルフから聞いた話を告げ、相談した。得物流が人に大量の武器を与えている可能性があると。
国や種族が起こす大きな争いには一つたりとも武器は与えない。それが、ドワーフ族の絶対に守らなければならない掟だ。
流が違うとしても、同胞がそれを破ったとなれば、あの大きな争いのときに各地を転々とすることを決断した先祖やそれを守り続けた先祖に申し訳がたたない。
とりあえず、他の流から詳しく聞こうと手紙を送った。
武具流は得物流に一番近いこともあり、調べてみると返ってきた。陶製流からは初耳だということで、詳しい話が聞きたいと。築造流、農鍛冶流、陶器流からは返事が来なかった。
築造流はなんと言うか、変わった者が多い。手紙に気づいていないか、手紙をやり取りする転移魔法陣をなくした可能性もある。
過去何度も連絡が途絶えたと思ったら、前触れもなく築造流の者が現れて『転移魔法陣なくしちゃった』と悪びれもなく言う、なんてことがあったから。
しかし、農鍛冶流と陶器流が返事をよこさないのはおかしい。
武具流と陶製流とやり取りを続けながら移動の準備をしていた日の夜。
巣の山が襲撃を受けた。
闇夜と顔を隠していたせいで襲撃者の正体はわからないが、応戦した感じだと人だった。
どさくさに紛れて回収した武器も、ドワーフのものではなく人の手で作られたもので間違いない。
荷物はまとめ終わっていたこともあり、すぐに巣の山を捨てて逃げた。もちろん襲撃者たちは追ってくるが、そこはたんまりと罠を用意しておいた。
物作りの印象が強く、襲撃者は僕たちドワーフが戦えるとは思っていなかったのかもしれない。
鍛冶に必要なのは体力と精密な魔力制御。ドワーフは男だけではなく、女も鍛冶に携わる。そして、幼い頃から体力作りと魔力制御を叩き込まれるので、子供たちもじじばばどもも逃げるぶんには足手まといにはならない。
現に、逃げる途中で子供たちは楽しそうに罠を設置していたし、じじばばどもが考えるものはかなりの殺傷能力を持っていた。
「ラグヴィズ、精霊宮の近くまで向かおう。うまくすれば聖獣様の護りが得られる」
ライナス帝国は代々、聖獣の契約者が皇帝となる。そのため、皇帝の害になる存在を感知すれば排除する。
襲撃者たちが皇帝の害になると判断されれば、僕たちが助かる可能性は高い。そのためには精霊が多くいる場所の方がよいということだ。
じじいの助言を受け入れ、僕たちは精霊宮に向かうことにした。
上手く逃げ切れたのか追撃はなかったけど、気になることがある。
奴らは装備から見ても山賊の類ではない。あの襲撃が偶然でないとしたら、どうやって巣の山の場所を知ったのか?
考えられるのは二つ。あちら側に精霊術師がいる、もしくは同族が裏切ったかだ。
裏切ったとしたら得物流と言いたいところだが、返事のない農鍛冶流と陶器流も十分怪しい。
それもあって、精霊宮の周辺を念入りに調べながら、大きな巣の山は作らず、いつでも逃げ出せるようにして生活することになった。
じじいどもとも何度も相談を重ね、他の流との連絡を絶つことにした。一応、武具流と陶製流には襲撃の件と身を潜めることは教えたけど。
◆◆◆
数日で移動する生活を半巡ほど続け、ようやく望ましい土地を見つけることができた。
周辺にはダムダとバジリスクといった石化を持つ小型の魔物が生息してるため、人もそうそう入ってこないような場所だ。
ドワーフに石化は効かないし、なんならダムダとバジリスクを手懐けることもできる。防衛手段として、巣の山で放し飼いにしてもいいかもしれない。
巣の山を作り終えると、その周囲を土塀で囲った。いつもなら柵で十分なのだが、今回は安全を優先する。
塀は高すぎると余計に目立つので、視界を遮れるほどの高さにし、よじ登ることができないよう塀の上に罠を仕掛ける。
ナルナリという鉱物は生き物の身体を鉱化させる毒を持っている。鉱化は石化の上位変化で、石化に強い耐性を持つドワーフですら、長く触れていると変化させてしまうほど強力なものだ。
しかもナルナリは、生き物の部位によって異なる変化をする。皮膚や脂肪といった表面の部分は石灰のような柔らかい石になり、筋肉は脆い金属タンガになる。
タンガは他の金属と相性がよく、混ぜ合わせると加工がしやすくなるので、サンテートに多く用いられている金属だ。
そして、骨や歯は、鍛冶師には欠かせない鋼鉄になる。
この変化したものは、元が生き物なので不純物が多いことが難点だが、ある生き物だけは違う。
強靱な鱗を持つ竜種の、その鱗がガイダイトへと変化するのだ。
ただし、鱗の表面にナルナリが触れただけでは変化しないので、あの巨体すべてを鉱化させなければならない。そのためには、ナルナリを竜種に飲み込ませるのだが、あまりにも危険が大きすぎるので挑戦しようという者はいない。
これまでガイダイトを手にした者は、運よく病気や寿命で弱っている竜種を見つけ、なおかつ変化させられるだけのナルナリを所持していた場合のみ。
いつかそんな幸運に恵まれるかもしれないと、地竜様の寝床からしか採れない希少なナルナリを長い時間かけて、竜種を二頭くらいは鉱化できるであろう量を集めたのだ。
それを使って、塀の上に針山状にしたナルナリを設置した。
よじ登れそうだと塀に手をかければグサッと刺さり、石化耐性がない者ならすぐに両腕が変化するはず。
ナルナリを使うことにはじじばばどもから強く反対もされたが、同胞を守るためと言って押し切った。
もったいないから、襲撃者がもう来ないことを祈るしかない。
次は溶鉱炉の設置。これがなければ、僕たちはただのワームになってしまう。
溶鉱炉作りは用途別に、形、大きさ、強度などが異なり、作業工程も細かく決められているため、流総出で行う大仕事となる。
溶鉱炉を作っている間、子供たちにダムダとバジリスクを捕獲してくるようお願いした。
ダムダと聞いて顔を顰める女の子もいたが、女の子に格好いいところを見せたい男の子たちがこぞって『俺が捕まえてやる』と口にする。
その様子を微笑ましく見守る大人たち……の中に、痛々しげに見つめる者たちがいた。
あれだ。過去の自分と重ね合わせているのだろう。
こうして、防衛力を兼ね備えた巣の山ができ、少し不安は残るものの普通の生活に戻ったように思った。
しかし、時が経つにつれて、夫婦、親子、兄弟、はては師弟まで、いざこざが増えて、流の雰囲気は段々と悪くなっていった。
他の流との交流を絶ち、行商エルフも来ない状況は変化に乏しく、代わり映えのしない日々に鬱憤が溜まっているようだ。
もう襲撃者も来ていないので、交流を再開してはどうかという意見もあったが、他の流が裏切っていた場合はどうするのかというじじいの問いに、誰も答えられなかった。
「そこでだ。もし、得物流が掟を破り、我々を裏切っておったのなら、武具流と陶製流に合流するのも手だと思うぞ」
じじいの思わぬ発言に周りが騒然とする。
「同胞同士で争うなど愚の骨頂。奴らにドワーフ族としての誇りを思い出させてやればよいのじゃ」
「しかし、どうやって……」
「元より我らドワーフは、地竜様と行動をともにしておった。地竜様のお力で増えた鉱物を採掘し、それを用いて様々なものを作る。我らが地竜様のもとへ戻ったと知れば、他の流も戻りたくなるだろうよ」
「つまり、地竜様を探し、武具流と陶製流にその場所を教え合流する。すると、他の流も合流したいと交渉してくるということか?」
「そうじゃ。それには、まず我らの流が地竜様を見つけ出し、他の流より優位に立つ必要がある」
じじいの案、悪くない。上手くすれば、外との交流を持てるようになるかもしれない。
どの道、放浪の生活も限界がきている。昔の生活に戻るのも手だと思う。
もう少し早く判断していれば、同胞を疑うこともなく、古の技術を失うこともなかったのかもしれない。
そうして、地竜様を探すための捜索隊が結成された。
種族の特徴上、捜索隊はすべて女が選ばれた。仕方のないことだとわかっているけど、彼女たちに苦労をかける忍びなさと羨ましさで、かなり複雑な心境だ。長として情けない。
だが、地竜様探しは難航し、僕たち野鍛冶流には閉塞感が漂っていた。
流の一人があるものを見つけてくるまでは。