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ドワーフの真実 後編

森の中。私はユーシェの上に乗せられている。

最初は頑張って歩いていたんだけど、やっぱり一番最初に脱落。遅れる原因になってしまうため、大人しくユーシェのお世話になった。

少年たちもきついんじゃないかなぁって、チラチラ様子を見ているんだけど、平気な顔でついてきている。

ドワーフという種族は獣人みたいに体力が高いのかな?


「お姫さん、どうかしたか?」


私のチラ見が気になったのか、ラグヴィズ少年が声をかけてきた。


「みんな疲れていないのかなって。私も自分で歩きたかったなぁ……」


「お姫さんはまだ子供なんだし、無理して大人に合わせることはないだろ?」


まるで自分は大人であるかの言いように、私は首を傾げた。


「貴方たちも子どもでしょう?」


私より歳が上とはいえ、彼らがついていけるのは凄いことだと思う。

私がそう言うと、ラグヴィズ少年はポカンとしたあと、大きな声で笑い出した。


「僕たちドワーフ族の男は、これで大人なんだよ」


「これでって……十歳くらいにしか見えないよ?」


「まぁ、理由はしらないけど、これ以上大きくなることはない」


なんですと!!

年齢は二十五歳だと教えてくれたけど、その子供らしいプリプリお肌が二十五歳だと!?

見た目はどう見ても子供。これで生物学的に体が成熟しているってことは……エルフのように老化が止まっているってこと?

いや、ドワーフの村にはおじいちゃんもいたし、それにあのお兄さんはちゃんと成長しているよ!?


「えっ、でも、あっちのおにいさんは?」


「僕の嫁」


……よめ?お嫁さん、妻って意味の嫁!?ってことは、女性!!

めっちゃ男の人にしか見えないんですけど!

ラグヴィズ少年もとい、ラグヴィズ青年のお嫁さんをしっかりと観察してみる。

身長はパウルより低いけど、警衛隊の隊員に同じくらいの人がいるので、男性とさほど変わらないと言っていいだろう。

体を鍛えているパウルや隊員さんと比べるとどうしても華奢に見えてしまうが、胸の膨らみも腰のくびれもわからない。男性が着るような服装をしているから、正確でない可能性もあるけど、女性的な要素は見当たらないように感じる。

しいて言えば、顔が小さいくらいか。

男装の麗人といえばヘリオス伯爵だが、彼女は某歌劇団の男役のように、男性的な格好よさがありつつも、女性的な美しさを併せ持つ。

かといって、テオさんのような中性的な感じとも違い、ラグヴィズ青年のお嫁さんは誰が見ても男性と答える男らしさがあるのだ。


「僕たちドワーフの男を子供と勘違いする奴は多いよ。それで、変な奴に狙われることも多かった」


「あー、へんたいさん!」


お稚児さん趣味ってやつですねー。

声を大にして言えないが、我がガシェ王国でもそういう趣味の貴族がいるらしいと噂はある。

隠れ住むようになる前は、孤児と思われて誘拐されることも多々あったそうだ。

それで、外に用事があるときは、ドワーフ族の女性が人の男のふりをしていくのだとか。確かに、男性だと思われた方がトラブルは少ないだろう。


「でも、子どもの姿で知能は大人って、立派な武器だと思うの!」


国民的名探偵みたいなフレーズだが、小さいことはいいことだ!


「武器?」


「基本、大人は子どもに優しいの。だから、それを利用するのよ。上手くすれば、お願いだって聞いてくれるし、やっぱり子どもだなって油断もさそえるわ!」


「へぇ、お姫さんはそうやって周りの大人を手玉に取っているってわけか」


手玉って……人を悪女のように言うのはやめてくれ。私は常に、純粋にお願いをしているのだよ!

だけど、ママンのような大人の女性には憧れる。パパンを手のひらの上でコロコロする手腕は見習いたいものだ。

私には無理かもしれないが、マーリエに伝授できれば最強のお嬢様になるに違いない!

でも、ダオの前では初心(うぶ)でぴゅあぴゅあなマーリエでいて欲しい。私もダオも、そのギャップにコロリと昇天してしまうだろう。


「ふっふっふっ。かわいいは正義なのよ!」


「可愛いねぇ……。だけど、子供のような言動をするのはちょっとね。精神的にくるものがある」


気持ちはわからなくもない。私も通ってきた道だしね。


「なんでー?面白そうだからやってよ!エレも見てみたいよね、ラグの子供っぽい姿」


突然会話に割り込んできたのは、ラグヴィズ青年のお嫁さんではない方の女性。見た目は美青年だけど。

彼女はフラールさんといって、バジリスクを預かってくれた茶髪の彼の奥様なんだって。

凄く明るくてひょうきんな感じだけど、見た目が見た目なのでチャラ男になってしまっている。

フラールさんに話を振られたラグヴィズのお嫁さんの名前はエレルーンさん。

名前を聞いても女性だと思わなかったのは、女性的な響きの名前をつけると健康に育つとか、その手の風習だと思ったんだよね。性別とは逆の服装をさせる的なやつ。


「私は……」


「僕の嫁をエルと呼んでいいのは僕だけだから。それと、ヴィズと呼んでいいのもエルだけだ」


エレルーンさんがフラールさんに答えようとしたら、それを(さえぎ)ってラグヴィズ青年が割り込んできた。

脈絡もなしに牽制(けんせい)してきているけど、さすがに私も本人の承諾なしに愛称を呼んだりはしないよ。


「子供の頃のヴィズはとても可愛かったからね。私はどんなヴィズも好きだよ」


私は呆れた視線をラグヴィズに向けていたが、エレルーンさんは夫の独占欲を微笑ましそうに見て、さらりと惚気(のろけ)てみせた。

お嫁さんが二人、夫についていくことを選ぶくらいだから、ドワーフ族は伴侶を大切にする種族のようだ。

一夫一妻制で死別するまで一緒っていう種族は獣人の一部だけじゃなかったのか。


「愛称が別なのはドワーフ族の習かんなんですか?」


フラールさんにこっそり聞くと、あそこまでやるのはラグヴィズ青年くらいだけだと返ってくる。

ラブラブ夫婦はそこそこ見てきたけど、愛称まで独占するカップルは初めてな気がする。


「ラグは大人になったらすぐにエレを口説いたんだよ!エレはまだ大人になっていなかったのに、凄いよねー」


「ドワーフ族の大人は何歳から?」


ラグヴィズ青年の方が先に大人になったのなら、エレルーンさんは年下ということになる。


「人は歳が決まっているんだっけ?ぼくたちはね、ある日わかるようになるんだ」


フラールさんの説明によると、何歳になったから成人というようなことはなく、心身ともに成熟すると大人になったと判断されるそうだ。

その判断もやや曖昧(あいまい)で、本人がそう感じた(・・・・・)と言えばそれで大人なんだって。


「フラールさんはどんな感じがしたんですか?」


「ぼくはねー、こいつなら抱かれてもいいって思ったのがきっかけだったんだ」


それって発情期が来たってこと?

動物の世界でなら、子を成せる準備ができたら発情期が来るわけで。考えてみたら、雌の体格がいいなんてことも生き物の中では珍しくなかったね。


「ラグヴィズさんはいつ大人になったって思ったの?」


「お姫さんにさん付けで呼ばれるのは畏れ多いから、呼び捨てでいいよ」


本当は皇女じゃないけど、お言葉に甘えることにする。


「僕は十二になったくらいだったと思う。エルを嫁にしたいって、突然思い立ったんだ。それから、承諾がもらえるまで、一巡くらいずっと嫁になって欲しいってお願いし続けたなぁ」


当時を思い出しているのか、ラグヴィズの顔が緩んでいる。

惚気が続きそうだったので、より詳しくドワーフについて質問することにした。

ドワーフ族の男性はだいたい十四歳くらいで大人になり、女性は十六歳くらいだそうだ。

つまり、ラグヴィズは大人になるのが早い方だったわけだ。

女性も大人にならないと恋愛感情が湧かないとのことで、やっぱり発情期みたいだなって思った。

しかも、面白いことに、ドワーフ族は他の種族に惹かれないんだって!ドワーフ族の男性は人間やエルフの女性を見ても恋愛対象だと感じないし、男性を見ても男だなとしか思わない。ドワーフ族の女性も、人間やエルフの男性を見ても何も感じないそうだ。

他の種族との交わりを嫌う種族もいるけれど、それでも種族を越えた恋愛は多々あるのに。


「本当なのかわからないけど、他の種族とは子ができにくく、できたとしてもドワーフ族の特徴は現れないって、昔からぼくたちの(ながれ)では言われているんだ」


ドワーフ族の特徴。男性は魅惑のショタっ子で、女性が男前女子……だと姉御っぽいから、ハンサム女子?

エレルーンさんは女子と言うよりも、奥様か妻が正しいのだが……。そうか、ハンサム女房!女房の方が職人の奥さんって感じがするし、それになんか語感もいい。

じゃあ、やっぱり未婚のドワーフ女性はハンサム女子か。


私が外見的な特徴を表すのにいい表現はないものかと考え込んでいると、ラグヴィズがそれだけでないと教えてくれた。


「昔いた人との子は、鍛冶仕事にも、鉱物にも興味を示さず、何より魔法も使えなかったらしい」


ドワーフ族の男性は土の魔法に(すぐ)れ、女性は火の魔法に優れているそうだ。

人間は魔法を使えない者がそこそこ生まれる。ドワーフは、ドワーフ同士であれば魔法を使えない子は生まれないらしい。羨ましい限りだ。


「僕は土と火、二属性の上級だよ。まぁ、僕の嫁は火だけでなく、風の使い方がとにかく上手い。あれは芸術の域だね。何度見ても惚れ直す」


凄いだろうと、自慢げなラグヴィズ。

確かに、二属性ともに上級まで使えるのは凄い。凄いけど、私のお兄ちゃんも風と水の二属性持ちで上級だし。なんなら、治癒魔法も使えちゃいますし!と、心の中でお兄ちゃんを引き合いに出し、対抗してみる。


チートはいいよ。周りにいっぱいいるからね。いっぱいいたらチートにならないだろって思うけど、ただ私の周りが(かたよ)っているだけだから。私の周りがおかしいんだよ。

神様がお気に入りに気前よく、チート級の力を与えちゃうのもどうかと思うよね。二物も三物も与えるのはよくない!

チートかリア充か、どちらかだけでいいじゃん!

ラグヴィズが僕の嫁を連呼するから、エレルーンさんの名前が嫁になりそうだよ!!


落ち着け、私。夫婦がラブラブで仲良しなのはいいことだ。

パパンとママンも、お家でなら軽くスキンシップを取っていちゃついている。子供たちがいようがお構いなしだけど、両親の仲がいいと私も嬉しく感じる。

陛下と皇后様は、一緒にいるところはあまり見ないけど、相手がいないときでも思いやる言葉というか、惚気がよく出ているのでラブラブ度が高いことは伝わってくる。

……私の周り、リア充も多過ぎだから!


ドワーフのことで盛り上がっていたら、あっという間に野宿のお時間がやってきた。

みんながテキパキと準備をする中、ドワーフの皆さんは盛り土を作っていた。


「ラグヴィじゅ……あ、ごめん」


あの盛り土のことを聞こうと声をかけたら、名前をちゃんと言えなかった。

濁点の連続って、舌が上手く動かせなくて言いにくいんだよね。昔と比べると、だいぶマシになった方だけど。


「可愛らしい言い間違いだな」


笑って許してくれるのはありがたいが、なぜ頭を撫でる?


「口が達者だと思っていたけど、子供らしくていいと思うよ」


私は子供らしくないって思われていたの?中身がこれ(・・)だから、子供っぽくないと言われれば子供っぽくないのか……。

こちらに来てから精神年齢が後退している気がしていたけど、隠しきれない知性が溢れ出ているのかもしれない!


「ラグヴィズ!ほら、ちゃんと言えた!」


次はちゃんと名前を言うことに成功したら、今度はエレルーンさんに偉い偉いと褒められた。

めっちゃ子供扱いされているけど、まぁいい。

それよりもだ。私は聞きたいことがあるのだ!


「それってお家じゃないの?」


ドワーフの村……彼らが巣の山って呼んでいる塀の中にたくさんあった盛り土。その中からわらわらとドワーフたちが出てきたから、お家だと思ったけど違うのかな。


「そうだよー。この下に部屋があってね、凄く快適なんだ」


地下にお家を作るのは、家族を守るためだそうだ。基本、入口に木の板を使うけど、魔物が襲ってきたりしたときに、入口を土の魔法で塞いでしまえば中に入ってこられない。それに、部屋自体は地下にあるから壊されないし、隣のお家と繋げたりもできるらしい。

土の魔法を使っているから、作るのも簡単、部屋を広げるのも簡単。定期的に移動する生活をしているドワーフ族ならではのお家と言える。


盛り土を一周しようと裏側に行ってみると、変なきのこが生えていた。私の手のひらくらいある大きなきのこだなぁって観察したら、換気用の穴だった。穴に十字型の格子があって、格子の真ん中からきのこ状の傘が広がっている。

普通に虫とか雨とか入りそうだけど、傘の意味あるのかな?

そんな不思議なきのこ型換気口がいくつかあるだけで、目を引くものは他になかった。


入口に戻り、中を覗いてみても階段しか見えない。奥の方が見えなくてがっかりしていたら、フラールさんがお家見学に誘ってくれた。


「中に入ってみる?」


「みる!」


「足元、気をつけてねー」


フラールさんが火の魔法で明るくしてくれたので、勾配が急な階段を一歩一歩ゆっくりと降りる。

降りた先は半円状の大きな部屋で、もう一つ部屋があるのか穴が空いていた。


「この部屋は男どもが雑魚寝する用で、ぼくたちはあっちの部屋で寝るつもり」


そちらの部屋も覗かせてもらったけど、ベッドのような台が二つあった。触ってみても固い、本当に固まった土の台で、この上に寝たら体が痛くなりそう。


「この上で寝るの?」


「そうだよ。今は固めているけど、魔法を使えば……ほら、この通り!」


固かった台が粘土みたいになった。ちょっと押すだけで指の跡がつくね。低反発のマットレスみたいだ!

これなら、寝袋と併用すれば体が痛くなることもなさそう。


「どうだ、お姫さん。巣の中は意外と居心地いいだろ?」


ラグヴィズたちも降りてきて、ささっと魔法で寝床の準備を始めた。他にも、テーブルや椅子といった家具も魔法ですぐに作れるらしい。

今回は夕食は外で食べるので、寝る準備だけしかやらないみたい。ちょっと残念。魔法でいろいろ作るところを見てみたかった。

それにしてもこの魔法、ぜひともキャンプするときに使いたい。パウルが覚えてくれないかなぁ。


「お姫さんも巣で寝てみるか?部屋ならすぐに増やせるしな」


「いいの!!寝たい!カイディーテもいっしょにいい?」


「もちろん、聖獣様が承諾すればだけど」


よし、今すぐカイディーテを誘いにいこう。

階段を上るときに手をついてしまったけど、急ぐときはこの方法が安全なのだ!

パンパンと手についた砂をはらい、葉っぱの上に寝そべっているカイディーテのもとへ向かう。


「カイディーテ、あの中でいっしょに寝よう?」


しかし、カイディーテは興味ないのか、フンッと鼻息を吐き、葉っぱが数枚舞った。

狭い空間が嫌なのか、それとも地竜と同じく、ドワーフにいい感情を持っていないのかわからないが、そこをなんとかお願いしますと頼み込む。


――ヒィーーーン……ブブブッ!!


いつもよりも甲高いユーシェの鳴き声が響いた。

耳を後ろに伏せ、心なしか目も()わっているように感じる。これでもかっていうくらい不機嫌なのがひしひしと伝わってきた。


「ユーシェ?」


「カイディーテばかりずるいと。自分が一緒に寝ると言っているが、それはできないから我慢しておくれ」


よしよしとユーシェの首を撫でて(なだ)める陛下。

この野宿において、ユーシェは陛下のベッド代わりになっているし、ユーシェがいるから警衛隊の人数も最小限にできているのだ。

宮殿にいるときのように、ほいほいと陛下の側を離れるわけにはいかない。

陛下がユーシェを説得するが、ユーシェは納得いかないのか、陛下の頭に噛みつく素振りを見せる。

本気じゃないと思うけど、見ているこっちはヒヤッとするからやめてくれ。


「私がネフェルティマ……と一緒にあの中で寝るのも問題があってだな……」


私の名前のあとに間があったのは、いつものように『嬢』をつけそうになったのかな?

それよりも、陛下と一緒に寝るなんて……畏れ多いし、不敬になりそうだし、私も遠慮したいな。

とりあえず、寝るまではユーシェと一緒にいるからと許してもらい、次はカイディーテの説得だと振り返ると、なぜかパウルがカイディーテに話しかけていた。


「そういうわけですので、お願い申し上げます」


何をお願いしたのかは聞こえなかったけど、パウルが頭を下げているってことは私のことかも?

気になったので、パウルに声をかけようとする前にあちらが気づき、事の次第を説明してくれた。


「ネマお嬢様に安全にお休みいただくために、聖獣様へ添い寝いただけるようお願いしておりました」


何かあったとき、私のような非戦闘員は閉ざされた空間にいてくれた方が守る側としては楽だと。それに、地下ならカイディーテの力で外部と完全に遮断できるし、もしドワーフが襲ってきたとしても森鬼も一緒につけておけば未然に防げるって。

私の安全のためだからとお願いされれば、カイディーテも否とは言えないようで、渋々とぐぅって低い声で鳴いた。

何がそんなに嫌なんだろう?あとでこっそり聞いてみようかな。


そんなこんなしているうちに、夕食の準備もすでに終わっていた。

警衛隊員のみなさんが、せっせと大皿を転移魔法陣から運んで並べていたことすら気づかなかったよ。

夕食は昨日に比べて豪華さが上がっている。

ドワーフがいるからだとしても、客人をもてなす料理っていうより帝国の権威を示すための見栄って感じがする。

まぁ、美味しければなんだってかまわないんだけど。

夕食もつつがなく、デザートまでペロリといただいたところで思い出した。

陛下、地竜のことまだ言っていないよね?

チラチラと陛下を盗み見るも、言い出しそうな気配はない。

食後には、私と一緒にユーシェと遊び出すくらいだ。なので、こっそりと聞いてみる。


「地竜のこと、いつ言うんですか?」


「ネフェルティマ嬢、繊細な問題は慎重に時機を(うかが)わねばならないのだよ」


凄くもっともらしいことを言っているけど、結局は言っちゃうと気まずい空気になりそうだからギリギリまで延ばしたいってことだよね?


「それとも、ネフェルティマ嬢が伝えるかい?」


「無理です!」


私の場合、つい容赦なくスパッと言っちゃって、ラグヴィズが致命的ダメージを負うのが目に見える。

傷つけず、誤解させず、でもマイルドに伝える話術は、残念ながらまだ持ち合わせていない。

これ以上突くと私に回ってきそうなので、しれっと話題を変えておく。


――ブルルッ!!


ちょうどいいタイミングでユーシェの遊べアピールも入り、その後、地竜の話題は触れられることはなかった。


◆◆◆


ユーシェといっぱい遊んでいると、すぐに寝るお時間がやってきた。

ドワーフの巣の入口は小さく、陸星が尻尾を緩く振りながら中を覗いている。好奇心が抑えられない陸星が中に入りそうになるのを止めて、森鬼に抱えて連れてくるようお願いした。あの勾配だと危ないからね。

カイディーテは入口からではなく、たぶん地中から入ってくるつもりなんだと思う。


とりあえず、私が中に入ると、森鬼も陸星を抱えて後ろをついてくる。森鬼は身をかがめて階段を降りないと頭がぶつかりそう。

頭の角が壁に突き刺さった森鬼を想像してしまい、吹き出したのは不可抗力である。


先ほどのように一歩一歩階段を降りていると、さっきまではなかった手すりがあることに気がついた。


「お姫さん、ちゃんと手すりを使って降りてこい」


わざわざ私のために作ってくれたのか!

両手で手すりを持つと体が横向きになっちゃうけど、安定感はとても増した。それでも一歩ずつ降りないと転げ落ちる自信はある。

一番下まで到着すれば、そこはかとない達成感が得られるのはなぜだろう?


「そのでかいのは、お姫さんの護衛か?」


「そうよ。森鬼って言うの。すい族のじゅう人なんだけど……」


(すい)族は数の少ない珍しい種族らしいので、ドワーフが知らない可能性もあることに気づいて尻すぼみになった。

そしてやっぱり、聞いたことないと言われてしまう。


「知らなくても無理はない。俺の種族もドワーフ族と同じように隠れているからな」


嘘を吐く性格ではない森鬼が、滑らかに嘘を口にする背景にはママンが関わっている。私が眠っている間に、獣人設定をずいぶん叩き込まれたらしい。

そんな鍛えられた森鬼の嘘をドワーフたちは疑うことなく受け入れてくれた。

ラグヴィズたちは大陸中を転々としているから、隠れた村とか集落にうっかり遭遇とかあって慣れているのかもしれない。


「お前さんの寝台は必要か?」


「いや、これがある」


そう言って森鬼はハンモックを見せる。

ラグヴィズたちがいるため、海は馬バージョンのままでいるようパウルに言いつけられており、今夜のハンモック使用権は森鬼が手にしたのだ。

そして、可哀想な子がもう一匹。そう、稲穂だ。稲穂もラグヴィズたちがいるためにショルダーバッグから出ることが許されず、寝るときは海の体に隠れるようにしなさいと言われていた。


「へぇ、ラカルパの吊床(つりどこ)か」


どこの国のお土産だったか忘れたけど、吊床って言うのか。ジーン兄ちゃんから説明されているはずだが、あのときはいろいろあったからすっかり抜け落ちている。


「じゃあ、吊り下げる杭を作ってやるよ」


ラグヴィズが私たち用に増設した穴に入っていき、森鬼にどこの場所がいいか聞いてササッと作ってしまった。

柱が植物のようにニョキニョキっと一本生えてきて、その柱と壁に枝みたくL字型のフックが出現する。


「すごい!」


無詠唱の魔法はお兄ちゃんやお姉ちゃんで見慣れているけど、土魔法は形が残るからまた別の感動があるね。


森鬼の寝床が整ったところで、穴の壁からカイディーテが現れた。

ラグヴィズがいなくなってから出てくるって、やっぱり避けているのかな?


「カイディーテはドワーフたちがきらいなの?」


穴の向こうにいるラグヴィズたちに聞こえないよう小さな声で聞いてみた。


――ガルルルゥ。


不機嫌とまではいかないけれど、なんかうんざりしているような感じ?


「カイディーテはなんて?」


「……地竜のように執着されたくないから近づかないようにしているそうだ」


あ、納得!目をつけられないように避けていたってことね。

地竜にもカイディーテにも、ここまで避けられるドワーフたちはある意味凄いわ。

疑問が解決したところで、私の寝床の準備に取りかかる。

とは言っても、森鬼が運んでくれた寝袋を敷くだけだけど。


――ガウッ。


「今から寝る場所を作ると」


フラールさんが見せてくれた寝台みたいなのを出してくれるのかなっと思ったら、床が砂場になった。

確かに、硬い地面で寝るよりは砂場の方が寝やすいのかもしれないけど……。

私が困惑していると、森鬼が砂の上に寝転べと言う。

半信半疑のまま、言われた通りに寝転がってみると、サーッという音とともに砂が動き始めた。

さらに不思議なのが、砂が肌に当たるにもかかわらず、服の中にまったく入ってこない。

ゆっくりと体が沈み、あとは頭だけになると沈み込みが止まった。

これは……砂浜で体を埋められたのと同じ状態なのでは?

砂の重みはほどよいけど、問題は体を動かせるかどうかだ。

試しにもぞもぞと寝返りするように動くと、想像していたような抵抗感がない。布団の中で寝返りを打つよりも楽かもしれない。

砂浜や砂風呂のように蒸すわけでもなく、寝るのにちょうどよい温度になっている。

これはまさに……。


「砂のおふとんだー!!」


(しずく)のふよふよ感とも、ユーシェやサチェのぽよぽよ感とも違う、新たな感触はなかなか乙なものだ。

砂時計が落ちるときのようなサラサラ感、肌を傷つけるような砂ではなく、クッションの中身に使われるマイクロビーズのような滑らかさがある。

肌に触れる感覚も撫でられているようで気持ちいいよ。


――ワンワンッ!!


砂のお布団の気持ちよさに恍惚(こうこつ)としていたら、陸星が私の顔の周りのにおいを嗅ぎ、突然止まったと思ったら、一心不乱に穴を掘り始めた。

ザッザッザッと砂が掻き出される音が続き、どこまで穴を掘るのだろうと見守っていると、陸星の体が半分以上埋まる深さで満足したようだ。

穴の中をくるくると周り、ドカッと体を横たえた。

陸星も寝床の準備を終えたので、みんなにお休みの挨拶をする。


「優しき夜に安らぎを」


――グルルルゥ。


おでこにカイディーテの毛並みを感じ、ぽふぽふとした動きが手でポンポンされているようで嬉しい。


ちなみに、カイディーテのおっぱいを思い出したのは、朝起きてからだった。

私が起きたとわかると、カイディーテはすぐ地中に潜ってしまったので、私の(よこしま)な思考がダダ漏れしたっぽい。


ドワーフの男性は永遠の少年、ドワーフの女性は青年という、不思議な種族でした!

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