ドワーフの真実 前編
ひとまず、野鍛冶流の代表が決まったけど、彼らの旅支度があるので、またもや待たされている。
この待っている間が暇なので、ちょっと気になったことをソルに聞いてみることにした。
――もっしもしソルよ、ソルさんよ〜。
有名な童謡のメロディに乗せて、ソルへ呼びかける。
――お主は普通にできぬのか?
普通?
普通と言われたら……。
――あ、もしもし、ソルさーん?ネマだよ!
おっと、右手が勝手にエアー受話器してる。
誰にも見られて……ないね。
こっちでは意味が通じないけど、それでも見られたらちょっと恥ずかしい。
念話は電話をしている感覚に近いから、つい手も動いてしまったようだ。
――……もうよい。して、どうしたのだ?
呆れを通り越して、諦めたような返事だった。
普通にしろって言ったのはソルなのに!
――ソルは地竜さんの居場所を知ってる?
どうしてドワーフ族が地竜を探しているのか気になるよね?
消える前に地竜と一緒に生活していたみたいだけど、前にソルから聞いた地竜はどちらかと言うと引き篭もりっぽい感じだったし。
――地竜か。わかるにはわかるが、なぜ知りたいのだ?
――知り合ったドワーフが、地竜さんの居場所を知りたがっていたから?
そう答えると、念話から深いため息が聞こえてきた。
そして、しばらく無言が続き、私が困惑していると、陛下と同じく、教えることはできないと言った。
――なんで?
――あやつがそう望んでいるからだ。特にドワーフ族には教えるなとな。
……地竜に嫌われるようなことを、ドワーフ族が過去にやらかしちゃったとか?
とは思っても、基本、聖獣は契約者とそれに関わるものにしか関心を持たないよね?
――地竜はかなり寝起きが悪く、地形を変えてしまうことが多い。
――はい?
突然ドワーフ族ではなく、地竜のことを語り始めるソル。
寝起きが悪くて地形を変えるという衝撃的な出だしから、さらに衝撃を受ける真実が語られる。
地竜は原竜の中で一番大きな体をしているらしい。
地上では生活しにくいこともあって、ほとんどを地中深く潜って眠っているんだって。
起きているときは魔法を使って周りに影響が出ないように移動したりするけど、眠っているときは魔法が使えず、精霊たちがフォローしているそうだ。
しかし、寝ぼけていると激しく寝返りを打ったり、地上と勘違いして起き上がったりして、精霊のフォローが追いつかない状況が発生する。その結果、巨体ゆえに地形が変わるほどの被害を与えちゃうそうだ。
また、その被害の事例が半端なかった。
その昔、冬が厳しく、普段なら雪が降らない地域にも積雪があったほど寒い日が続いたとき。
地竜は温もりを求めて、火山の地下で寝ることにした。
すると、火山の大噴火が起きてしまう。
噴火の音に驚いた地竜が地上に飛び出して大きな穴を開けてしまい、そこからさらに溶岩が溢れ出したそうだ。
この一連の出来事を精霊は見ていた。そう、火山の噴火は自然に起きたものではなかったのだ。
噴火の原因は寝ぼけた地竜の尻尾が地下水脈の壁を壊し、その水が溶岩に流れたことによる水蒸気爆発。
その後、しっかりと目を覚ました地竜が、地下水脈の壁を修復したので噴火は収束。溢れ出た溶岩はゆっくりと冷え固まり始めたため、そのまま放置。溶岩が固まると大きな穴はクレーターのようになり、そこに雨水が溜まって今では湖になっているらしい。
火山の噴火の前も、寝ぼけて海まで突き抜けたことがあるそうだ。溺れると焦った地竜は、海底を押し上げて地上に出た。
それが、現在のジグ村がある付近なんだとか。
つまり、あの大きく突出した岬を作ったのが地竜で、レイティモ山の下にでも眠っていたのかもしれない。
ひょっとしたら、あの一風変わった洞窟群や温泉があったのも、地竜の力が関係しているのかも?
――あやつが寝ぼける原因はドワーフ族にある。あやつは一度眠るとなかなか目を覚まさないのだが、眠っている上でドワーフ族が騒ぐそうだ。
地竜は地中の深くで眠っているんだよね?ドワーフ族が宴会を開いたところで、その声が届くとは思えないんだけど。
――あやつの本質が土地を育ててしまうゆえ、ドワーフ族が引き寄せられるのもわからんでもないが……。
地竜は地中にいるだけで、周辺の地質を良質にし、眠っている場所では鉱物をすくすく成長させる特性を持っているらしい。
驚くことに、大陸で流通している宝石の三割くらいが、この地竜が寝ていた場所で採れているものなんだとか。
その他は、神様が気まぐれに創ったであろう、再生する鉱脈から採れる。再生すると言っても、量が回復するまでに五十年以上かかるけど。
この再生する鉱脈は、国か信頼の置ける貴族が管理していて、我が国だとオリヴィエ姉ちゃんのところのワイズ領がそうだ。
――お主なら昼寝しているときに煩わしい音が聞こえたらどうする?
地竜が育てた鉱物を採掘するために、ドワーフが魔法を使ったり、剣を鍛えるときの金槌の音などが、どうしても聞こえてしまい、地竜の安眠妨害になっているんだって。
――うーん、さわがしくなる前にパウルが排除してくれるだろうけど、うるさくて目が覚めたらとにかく不機嫌にはなると思う。
あれか。夜中に隣や真上の住人が歌ったり、友人連れてきてパーティーしたりして騒音やべぇって感じか。
人間ならクレームや通報って方法があるけど、地竜は黙って引っ越すタイプなのね。
――そんな煩わしい連中がどこまでもついてくるとしたら?
――それは嫌がらせを越えて犯罪です!
……あれ?ドワーフ族って、地竜の集団ストーカーだったの!?
――ドワーフ族が隠れるようになり、あやつはようやく静かに眠っているのだ。
ソルよ、その言い方だと地竜が亡くなっているように聞こえちゃうから!
――ドワーフがいなくなってから、地竜さんはずっと寝てるの?
――寝床を移動するときしか起きてないだろう。寝床の上に行けば、お主でも気配くらいはわかるやもしれん。
さすがに四百年ずっとは寝過ぎでは?
地竜がどれだけ大きいのか見てみたいけど、近寄るといろいろと危ない気もする。
地形を変えちゃう竜だし。後々、地竜を起こした不届き者って名前が残ったら嫌だし。
――そういえば、ドワーフ族に地竜さんが嫌がっているのを言ってもいいのかな?
――言うても問題ないだろう。知っているかもしれんがな。
嫌われているのを知っていても探すのなら、他種族には言えない深い訳があるのかもしれない。また、知らないのであれば、お互いのためにも教えてあげるべきだと思う。
ストーカーはよくないしね。
私から伝えるとややこしくなるから、陛下に言ってもらおうかな。
ソルにお礼を言って念話を終えると、すぐに陛下にこのことを教える。
「そんな事情があったのか……。なおさら、定住しても安定した生活がおくれるようにしてやらないといけないね」
陛下はユーシェに視線をやり、何か言いたげな様子。
ひょっとしたら、ユーシェとカイディーテは地竜がドワーフ族を避けているのを知っていて、教えていなかったのかもしれない。
まぁ、陛下がドワーフと遭遇する可能性は低かっただろうし、地竜のプライベートな問題だからねぇ。誰や彼やに言うものでもないか。
「彼らには陛下が教えてあげてね」
「難しいことをさらっと言ってくれるね」
いやいや、陛下が伝える方がこじれなくてすむかなって。私みたいな子供に言われたら、この野郎って思っちゃうだろうし。
それに、今は陛下の妹ってことになっているから、ソルに聞いたとは言えない。
「セリューにい様、おねが〜い!」
あざとく甘える妹キャラを演じてお願いしたら、陛下のツボにはまったようで、震えながら笑いを堪えている。
ここまでわざとらしいお願いは、パパンにもやったことはない!
そんなやり取りをしていると、魔物っ子たちが何やら騒がしい。
みんなで白を取り囲んでいるようだが、白が何かしでかしたのかな?
集まっているところを上から覗き込むと、白の体内に何かがあった。白よりも大きくて、尻尾らしきものがはみ出ている。尻尾らしきものがビッタンビッタンと地面を叩きつけていることから、まだ生きているようだ。
「お嬢様、いけません」
パウルの声とともに、視界が手で塞がれた。そして、浮遊感。
抱き上げられたのはわかったけど、なんで目を塞がれたんだろう?
「ハクが捕まえたのはバジリスクです。目が合うと石化しますので、直視しないでください」
なんと!?
話には聞いていたバジリスク!ぜひとも見てみたい!
しかし、過保護なパウルに頭をがっつりホールドされていて、魔物っ子たちの方を向けない……。
「そうだ!パウル、あれ出して!」
「あれ……ですか?」
「おねえ様が作った、キラキラを見るやつ!」
転移魔法陣が発動したときに現れるキラキラを見るために作ってもらったサングラスもどき。形はゴーグルだけど、色がついているのでサングラスにも使える。
キラキラを見るやつで理解したパウルは、私を森鬼に渡す。
「絶対にあちらを向かせるなよ」
今度は森鬼に頭を押さえられた!
ふむ……胸筋は森鬼の方がある気がする。
筋肉の感触を堪能し、パウルからサングラスもどきを受け取る。
いざ、装着!!
…………み、見えない…………。
暗すぎて、輪郭くらいしか判別できない。
それにしてもこの形、どこかで見たことあるような?
平べったく丸みのあるフォルムと言えば、ヒラメ、カレイ……は煮物かバターソテーが美味しいよね。
「見えないから外してもいい?」
似たものを思い出そうとすればするほど、なぜか食べ物を連想してしまうので、どうにかして肉眼で確認したい。
「もう消化が始まっていますので、そのままの方がよいかと」
生き物を捕らえたとき、食事風景がとてつもなくワイルドなのは問題だよね。
見られないことはないけど、進んで見たいものでもない。
餌を捕るのは魔物の本能ということもあるけど、私たちが与える餌だけでは物足りてないのだろう。
特に、白、グラーティア、稲穂はまだ子供だから、成長するのに栄養が必要な時期だし。
ご飯の回数、増やしてみるか。
「バジリスク、見てみたかったのに……」
地面に降ろしてもらい、しょんぼりと呟く。
わかったのは輪郭だけ。体の色や模様、顔つきとかを観察したい!できれば触りたい!
でも、私は諦めない!何かしら手があるはずだ!!
と、意気込んでいたら、おでこをふわりとしたものにくすぐられた。
視界不良だけど、この感触は知っている。カイディーテの尻尾の先!
「主、それを外せと地虎が言っているそうだ」
それってサングラスもどきだよね?
まぁ、つけておいた方がいいと言われても、この視界では逆に危険な気がしてきたのでとりあえず外した。
外したら外したで、眩しくて目が痛い。
明るさに慣れるまで目をぎゅっとつぶっていると、再びふわっと撫でられた。今度は目蓋の上だ。
「バジリスクと目が合っても石化しないよう魔法をかけたと」
森鬼のその言葉に、私は目をカッと開いた。
眩しいよりも嬉しいが勝り、私はカイディーテに突進する。
「ありがとう!!」
さすが聖獣様!かゆいところに手が届く!……なんか違うか?
「カイディーテもネフェルティマ嬢には甘くなるのだね」
私たちにはつれないのにと、陛下がカイディーテを見つめながら言う。
それを聞いたカイディーテはプイッと顔を背けてしまった。
すると、ユーシェがまるで私がいるでしょうと言っているかのごとく、陛下に甘え始める。
なんか、ずっとこんな感じだったんだろうなぁっていうのが伝わってくるね。
そんなほのぼの光景を尻目に、私はバジリスクを探す。
「うーん。白、その子はどこで見つけたの?」
白は器用に、はみ出た尻尾を動かして入ってきた扉の方向を差した。
「白、お外に出たの?」
白なら扉の下の隙間を通り抜けられると思うけど。単独行動は危ないと叱ろうとすると、尻尾が横に揺れる。違うよと言いたいのだろうか?
どうやら、尻尾で意思表示をするのが楽しくなったみたい。
だけど、そろそろモザイクが欲しくなるくらい消化されているので、質問するのはやめて、自力で探すとしよう。
とりあえず、尻尾で示された方向に行ってみる。
尻尾は茶色だったから、地面と似ていて見落としている可能性もあると、注意してじっくりと周囲を見回す。
そんな私の横を稲穂が元気よく駆けていった。塀の側でピョンピョン飛び跳ねる姿にピンときた。
「はっ!稲穂、危ないから近よっちゃダメだよ!」
急いで稲穂のあとを追う。目が合ったら、魔物でも石化しちゃうから!
急いだけど、すでに稲穂の足下には茶色い物体があった。その物体の上には、黒い……グラーティア。
どういう状況なんだ!?
「グラーティア、それどうしたの?」
カチカチと牙を鳴らしながら、両前脚をフリフリ。グラーティアがご機嫌なときにする動作ではあるが……。
「グラーティア、眠らせたって!」
「後ろからかじったって!」
いつの間にか側に来ていた星伍と陸星が通訳してくれた。
そっかー、眠らせれば観察し放題だもんね!
くっ、せっかくカイディーテに魔法をかけてもらったのに!
まぁ、気持ちを切り替えていこう。途中で起きてしまう可能性だってあるのだから、安全対策は必須だよ。うん。
その場にしゃがんで、眠っているバジリスクを上から観察してみる。
頭から胴体にかけてほぼ楕円のような形をしていて、徐々に細くなって尻尾になっている。尻尾の長さは頭から胴体までと同じくらいかな?
小さな鱗と目をつぶっていることから、トカゲに近い生き物のようだ。
でも、体は平べったい。海の生き物や昆虫なら、身を隠すために平べったくなった生き物はたくさんいるけど、爬虫類となると思いつかないなぁ。
それに、背中の模様も独特だ。どう見ても、ミズクラゲの生殖腺と同じ。四つ葉のクローバーみたいで可愛いなぁ。
あと、超気になるのが、頭にある瘤みたいなやつ。某ゲームのキノコみたい……。
キノコと言えば、きのこのや……たけのこのさ……ツチノコ!!
さっきから見たことある気がしていたけど、ツチノコの形に似ているんだ!!
はぁぁぁ、スッキリ!
あ、でも、ツチノコって足はないんだっけ?
おそるおそる手を伸ばして、バジリスクをひっくり返してみた。
足はあるね。体の割にはちっちゃいあんよが八つも。
足の指は五本あって、人の手より開く角度が大きいみたい。
足先を指で触れてみると、指がきゅっと閉じた。眠っているだけだから、触れたものに反応したのかな?
ゆっくりと開く小さな手はとても愛らしい!つい、もう一回って指が伸びちゃう。ちっちゃいお手てって、なんでこんなに可愛いんだろう?
お手てに満足し、微かに上下する腹部に目がいく。お腹は背中と色が違って白っぽく、ちょっと押してみると感触も柔らかい。
元に戻して背中を撫でてみると、少しザラつきがあるけど思っていたより柔らかかった。お腹ほどではないにしろ、鱗の感触はしっかりあるのに柔らかいって鱗の意味はあるのか?
グラーティアの牙が通るくらいなので、その防御力はお察しだ。
もしかして、某キノコも柔らかいのだろうか?
ドキドキしながら頭の瘤に触れる。……硬いね。
なんでここだけ硬いの?頭を守るため??
あとは石化させる目を確認したかったけど、眠っているのを無理やりこじ開けるのは気が引けるので次の機会に取っておこう。
「この子……」
「カーナお嬢様にも危険が及びますから、お持ち帰りは駄目ですよ」
うちの子にするなんて一言も言っていないのにパウルから却下された。
石化持ちの子を飼うことが無理なのは、私にもわかるよ!
「眠らせたまま放置するのはよくないって思っただけなのに……」
塀の内側なら外敵はいないと思うけど、スライムなら関係ないとわかったし、安全な場所で解放してあげたい。
「私の早とちりでしたね。申し訳ございません」
まぁ、私に前科がたくさん……はないわ!
うっかり名前を付けちゃったの、森鬼とアリさんだけだよね?
グラーティアは名前を付けるとああなるって知らなかったし、他も不可抗力というか、気づけば名付ける流れになっていた。
「そういうことでしたら、ドワーフ族の方に預けるのがよろしいかと」
それしかないかぁ。預けるにしても確認してからでないと、害獣扱いされてサクッとヤられたら可哀想だ。
私がそうだねと同意すると、パウルはどこからともなく袋を出してきてバジリスクを詰め込む。
本当にすまんと、心の中でバジリスクに謝っておく。
ちょうど、旅支度を終えてやってきた、茶髪の少年にパウルが事情を説明し、バジリスクの入った袋を渡した。
「この子、殺したりしない?」
「え……あぁ。バジリスクとダムダは巣の山で放し飼いにしているようなものなので、大丈夫ですよ」
詳しく聞いてみると、対侵入者用の対策として、昼行性のバジリスク、夜行性のダムダを放しているそうだ。
バジリスクとダムダは人を襲うような凶暴性はないものの、うっかり目が合うだけで石化してしまうので、ある程度の抑止力になるらしい。
ちなみに、ドワーフ族は石化が効かないので、彼らにとってはバジリスクもただのトカゲ扱い。
「じゃあ、これを弟に預けてきますね」
茶髪の少年が弟さんらしき子供のもとへ走る。歳が離れていないのか、茶髪の少年と同じくらいの背格好の男の子に袋を渡すのが見えた。
しばらくして、先ほどのメンバーが揃うと、入口の扉のところで大勢にお見送りされる。
私たちではなく、少年たちを見送っているんだけどね。
あとはこの森を抜けて帰るわけだが、陛下、あのこといつ言うの?
バジリスクはツチノコだった!!




