★コミカライズ7巻お礼小話 屋敷で起こったある出来事。
遅くなりました!
ネフェルティマがさらわれ、屋敷に戻ったときにはすでに、女神クレシオールの力で深い眠りについていた。
元気に遊び回るネフェルティマとディーの姿がないだけで、屋敷の雰囲気は明らかによくない方へと変わっている。
報復のために忙しいデールラントやセルリアを補佐しながら、日々の業務に追われている家令のマージェスは、使用人たちの情報共有用連絡帳に不可解な報告の書き込みが目についた。
『厨房で、処分予定だった野菜くずが消えた。部下たちも触っていないので、ハクが食べたのかもしれない。 料理長ヨーダ』
『プルーマが餌を吐き戻した。体調不良のためか酷く警戒されたので、清掃は明日行います。 庭師アイル』
『小さな影を目撃。動物が入り込んだ可能性があるとして周辺を捜索するも発見できず。 夜番カールス』
『プルーマが吐き戻した餌を清掃しようとしたら、なくなっていた。プルーマが食べたのならお腹を壊すかもしれないので、要観察。異変があったら、すぐに僕に知らせてください! 庭師アイル』
『階段付近で物音あり。警戒するも異常なし。 夜番サンジェ』
『寝かせておいた肉が消えた。盗み食いした奴は名乗り出ろ! 料理長ヨーダ』
特に多いのが、何かが消えた、物音が聞こえたといったもの。
以前はそのようなことは起きなかったが、ネフェルティマが魔物っ子たちを連れてきてからはそういった報告が増えていた。
今はネフェルティマが眠っていることもあって大人しくしているのだが、活発な性格の白が夜中に動き回っているのだとマージェスは思った。
屋敷の状況が状況なだけに、使用人に不要の緊張を強いるのはよくないと、マージェスは息子であり、魔物たちの世話をしているパウルを呼び、ハクに控えるよう伝えろと指示を出す。
数日後、ハクが厨房に忍び込んでいたのでしっかりと言い聞かせたとパウルから報告があった。
これで一件落着と思いきや、魔物っ子たちが強くなるためにレイティモ山へ行ったあとも、何かが消えたり、奇妙な影を見るという報告が続く。
マージェスはこれはおかしいと思い、自ら夜の屋敷を見回ることにした。
「マージェス?君が夜番なんて珍しいね」
とても疲れた顔をしたラルフリードが、マージェスの姿を見かけて声をかける。
「ラルフ様。今日もたっぷりとやられたようですね」
ラルフリードとカーナディアは現在、当主であるデールラントの命にて、特別な鍛練を課せられていた。
本来なら、気を失うまで徹底的に扱かれるのだが、優秀なラルフリードはもうその段階を終えている。
それでも、体に蓄積する疲労により顔色がよくない。
「治癒魔法の使用禁止をこれほど恨めしく思ったことはないよ」
己の限界を知るために、治癒魔法の使用が禁じられており、ラルフリードとカーナディアは生まれて初めて疲労困憊という状態に陥っていた。
「それでは、ゆっくりとお休みなさいませ」
「うん、ありがとう」
マージェスはラルフリードに休み詞を告げ、部屋に入るまで見送る。
そして、ラルフリードが歩いてきた方向に目をやり、わずかに表情を変えた。
ラルフリードの疲れは、鍛練によるものだけではない。親友でもあった愛犬を失い、可愛がっていた妹までも寝たきりの状態。
ネフェルティマがちゃんと呼吸をしていることを確認しないと、不安で眠れないのだろう。
そんなラルフの心境を思い、マージェスはネフェルティマの部屋に向かって祈る。
『ネマお嬢様、早くお目覚めになってください。ラルフ様が壊れてしまう前に……』
結局、その日は何も起こらなかった。
しかし――。
『侍女休憩室に置いていた、フィガーレンの焼き菓子を全部食べたの誰!!奥様からの差し入れで、みんな楽しみにしていたのに!! 侍女エーリス』
『俺の剣がどこかいったんだが、誰か見てないか? 護衛マックス』
相変わらず、奇妙な報告が続いた。
三度目の夜番の日。マージェスはついに、あるものを目撃した。
廊下をポンポンと飛び跳ねながら移動する物体。形から明らかにスライムである。
だが、今この屋敷に白はいない。
マージェスは気配を殺し、スライムの後をつける。
後つけられていることに気づいていないスライムは、予想外に厨房ではなく庭へ出てしまう。飛び跳ねて移動していたのに、庭に出たとたん、芝生の上を転がり、移動を速めた。
それだけで見失うようなマージェスではないが、転がるスライムを見て、外で遊ぶネフェルティマのようだと微笑ましくなった。
スライムは大きな池の近くにある、プルーマの小屋の中に入っていった。
そっと中の様子を窺うと、プルーマのバギャーという鳴き声に合わせて、にゅっにゅっとスライムらしき声が聞こえる。
スライムがプルーマのところに遊びにきたのだとわかったが、そもそもこのスライムはネマが連れてきた魔物なのか、野生のスライムなのか、判断できなかった。
野生のスライムが屋敷に住み着いているとしたら、それはそれで大いに問題だが。
しばらくするとスライムが出てきたので、マージェスは再び後をつける。
スライムは屋敷内に戻り、今度こそ厨房へ向かっているようだ。
――にゅっ!にゅぅぅ。
――くふぅ!
――もももっ!
厨房で、スライムが増えた。厨房にスライムが二匹もいた。
暗闇で色合いまではわからないが、白と同じくらいの大きさなのは間違いない。
そして、白の鳴き声とは違うようなので、やはり別の個体だと見るべきだろう。と、マージェスは冷静に観察を行っていた。
厨房で何やら動き回っていたスライムたちだが、満足したのか三匹は楽しそうに鳴きながら厨房を出ていく。
廊下では静かに移動をしていたが、足取りは軽やかだ。スライムに足はないが。
スライムたちは器用に階段を上がり、ネフェルティマの部屋の前まで来ると、液体のように体を変化させ、扉の隙間から中へ入ってしまった。
マージェスはネフェルティマの様子を見にきたふりをして、部屋の中を探る。
しかし、スライムの姿はどこにもなかった。
翌日。
ネフェルティマの部屋には家族と関係のある使用人が数名集まっていた。
「ネマの中にスライムがいるんだね」
「えぇ。忘れていたけど、寄生型のスライムがいたわ」
カーナディアが父親のデールラントにそう告げる。デールラントはネフェルティマの寝台に腰掛け、体内に寄生しているスライムに話しかけた。
「何もしないから、中から出てきてくれるかな?」
すると、眠っているネフェルティマの鼻がヒクヒク動き、鼻の穴からにゅるんとスライムが出てきた。
貴族の令嬢として人に見せられない姿だなと、デールラントはやや引いてしまった。
それが一度だけでなく四回も……。
出てきたスライムは一匹は真っ黒で、残りの三匹は灰色の濃淡が異なる色をしていた。
ネフェルティマの体に寄生していた、黒、灰、銀鼠、薄墨はたくさんの人に囲まれて、プルプルと体を震わせている。
「まぁまぁ!スライムの特異体!」
セルリアが黒を見たとたん、目を輝かせた。それも、キラキラではなくギラギラと。
身の危険を感じたスライムたちは、さらに体を寄せ合って固まる。
「怯えなくても大丈夫だよ。ネマの体から出ていたのは、食事をするためだったのかな?」
ラルフリードが優しく声をかけると、黒は何かを訴えるようににゅぅにゅぅと鳴いた。
しかし、残念なことに、魔物の言葉がわかる者はここにはいなかった。
「この子たち、ネマじゃなくて誰かに移したらどうかしら?」
いくら寄生型とはいえ、眠り続けるネマに寄生させるのもよくないだろうと、カーナディアが提案すると、灰色のスライムたちはいっせいにラルフリードへと群がった。
「ネマ以外なら、ラルフがいいってことかな?」
「そうみたいね」
デールラントとセルリアが会話している中、黒もラルフリードへのもとへ行きたがっていた。だが、なぜか気づけばセルリアに捕まっており、動いてはならないと本能的に覚る。
一方、灰、銀鼠、薄墨の三匹は、困惑しているラルフリードの一瞬の隙をついて体内に入り込んだ。
そういった訓練を受けているマージェスとパウルにはそれが見えたが、カーナディアには突然目の前から消えたように見えた。
「あら?」
スライムはどこにいったのかと、周りを見回すカーナディア。ますます困惑しているラルフリード。できれば、使用人に寄生させたかったデールラント。黒が手に入ってご機嫌なセルリア。せめて森鬼は連れてくるべきだったと思ったパウル。この場をどうしようかと悩むマージェス。
ネフェルティマが起きていたのなら、こう叫んでいただろう。
『うちの子で遊ばないで!』
その後、寄生型のスライムたちは優しいラルフリードのことをいたく気に入り、ネフェルティマが起きても離れることはなかった。
スライムたちは、ネマを守るためにどれか一匹は残るようにしていました。
オスフェ家の人々の圧が強くて、一番穏やかなお兄ちゃんに避難。黒はママンが怖くて従順に(笑)
それと、剣を食べた犯人は黒です。




