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父親の苦悩を娘は知らない。(デールラント視点)

ガシェ王国の国主であるガルディー・レガ・ガシェ国王陛下の執務室に大きなため息が響く。先ほどまで、机に置かれた書類の文字を追っていた目線も私に向けられていた。


「何か?」


「セルリアが忙しくて構ってくれないからといって、私に八つ当たりするのはどうかと思うのだが?」


手に持った書類を見せつけるように振り、それを差し戻しの箱に放る。


「おや、お気づきでしたか」


「さすがにこれだけの量があれば、馬鹿でもわかる。サンラスの承認を得ていない予算案など、ただの紙くずだ」


その紙くずを一生懸命作成した者がいるというのに、酷い言い草だな。


「こういった不備を先に見つけるのがお前の仕事ではなかったかな?」


「私の仕事は陛下に仕事をさせることです。なんでも署名してしまう傀儡(かいらい)の王など不要ですから」


私の不敬な言葉にも、陛下はお前なぁと呆れた表情をされるだけ。


「ライナス帝国のアーマノスと思しき人物がセルリアと接触したとあったが、それに関係しているのか?」


私の方ではアーマノスだという確証は得られなかったが、なんにせよ情報が早い。掴んだのは情報部隊かそれとも陛下の影か……。


「えぇ、娘たちを通じて接触してきたようです。内容は言えないとのことでしたが、事の発端がネマとだけ。確認が必要でしたら、陛下の方からあちらへ問い合わせてください」


売国行為を行っているわけではないので、どれだけ探られても痛くはない。

アーマノスが動いたのであればライナス帝国の皇帝陛下以外ないし、目的はセルリアの魔法並び魔道具の知識だろう。

セルリアが私にも言えないということは、持ち込まれた案件に問題があるということ。それは、知られるとライナス帝国の利益を損じる可能性がある、もしくはその問題を利点として捉える者に知られたくないかのどちらか。

どちらにせよ、ネマが関わっている以上、うちの陛下が尋ねればあちらは答えるだろう。それで私の娘たちが狙われたりでもしたら、国家間の争いにまで発展しかねないのだから。


「セルリアのことは疑っていないが、確認は必要だろうな」


「あと、いつも言っていますが、私の妻を呼び捨てするのやめてください」


「妹も同然だし、そもそもデールより付き合いが長いのだぞ?」


陛下とセルリアが、サザール老のもとで魔法を学んでいた時期が重なっていたのは知っている。

私がセルリアを認識したのは、学院に入って二巡経ったくらいだったか。

当時王太子だった陛下が、王立魔術研究所内に作らせた研究室に篭もり、公務に出てこないことがあって、私が迎えにいったときにセルリアと出会った。

学院が休みの日は、いつもいるというセルリアが陛下の部屋まで案内してくれた。

そして、公務どころか、研究に夢中になるあまり、食事や睡眠を(おろそ)かにしていた陛下をセルリアが叱責したのだ。

いくら妹弟子という親しみがあっても、一国の王太子に向けるにはどうかと思う嫌味も含まれていた。

しかし、私は不敬だと怒るどころか、嫌味なのに上品さを失わない語彙力と頭の回転速度、権力差に物怖じしない胆力に()れ入るばかりだった。

私は幼い頃より陛下の側にいたが、学院内でセルリアが陛下に近寄ってきたところを見たことがない。

妹弟子という、他の令嬢より圧倒的優位な立場にいながら、陛下の隣を望む素振りはまったくない。

まぁ、あのときはすでに王妃様との婚約が決まっていたからかもしれないが、私にとっては僥倖(ぎょうこう)だった。


「デール、顔がだらしなくて気持ち悪いから」


「失礼しました。セルリアと出会ったときのことを思い出しまして……」


「セルリアを追いかけるデールは面白かったな」


屈託なく笑う陛下に、私は余計なことを思い出すなと睨みつける。

まだ若かったし、すでに大人の女性として自立していたセルリアを振り向かせるためになり振り構っていられなかっただけだ。


「あぁ、そうだ。父上の子から連絡が来た」


「……それだと、先王陛下の隠し子のように聞こえますよ」


「似たようなものだ。子が親を思う思慕を利用して駒にしたのだからな」


先王陛下に先見の明があったのは確かだが、このような手段を用いるとは思ってもみなかった。

私がこのことを知ったのは、父親から宰相の地位を引き継いだときで、すでに陛下の駒もファーシア入りしていた。現在、その駒も至上派の中で少しずつ出世しているようだ。


「一部の信者が密かに集会を開いているらしい。警戒が強く、彼では探ることができないと言ってきたので、こちらで動くことにした」


ファーシアには陛下方の駒だけでなく、ネマが襲われた事件以降、多くの間諜を放っている。

もちろん、情報部隊からだけでなく、陛下の影や私もオスフェの者を送り込んだ。そしておそらく、ワイズ、ディルタ、ミューガの間諜もいるだろう。


「集会が開かれる場所は判明しているのですか?」


「明確な場所まではわからないが、ファーシアの端、ワイズ領に面する聖なる山が見えるどこかだろうと」


女神クレシオール様が降臨された聖なる山。その山の中腹に宗教都市ファーシアがある。

昔はその山周辺のみが独立自治領としてガシェ王国とミルマ国に承認されていた。

しかし、現在はその範囲も広がり、聖なる山を取り囲むように宿場町や信者たちで開拓した町が点在している。


「彼らの狂信的な行動を見るに、集まる場所にも何か理由があると思います。創造神または女神の逸話が残る場所を調べてみましょう」


大陸史に造詣の深い学者たちを呼ぶことと、遺物の調査とでも銘打って情報部隊の派遣の許可を得る。

差し戻しの書類を引き取り、自分の執務室にいた部下に渡し、私は急いで情報部隊への指示書を作成した。

粗方の手配を終えて屋敷に帰宅すると、マージェスが出迎えてくれた。だが、その表情が険しく、何か起こったことを暗に示ている。


「何があった?」


「パウルより、ネマお嬢様が出席された交遊会で毒が使用された事件が起きたと報告がありました」


「その言い方だと、ネマは無事で、狙われたのもネマではないということか?」


「ネマお嬢様はご無事です。狙われたのかについては、確証が得られていない状況でございます」


マージェスの言葉を聞きながら、足早に執務室に向かう。パウルから、より詳細な報告が書かれた手紙が届いているだろう。


「だから私は反対したと言うのに……」


パウルから報告を読み、怒りでその手紙を握り潰してしまった。

いくら聖獣が多いと言っても、彼らは契約者以外には無関心だ。ある程度抑止力になるとはいえ、武力行使にでもならない限り、彼らは当てにならない。

現に、からめ手を使ってきた相手には反応しなかったではないか。

それに、一番恐れていたのは、娘たちがライナス帝国の後継者争いに巻き込まれることだ。

あの国の継承権は複雑すぎる。直系であることと定められてはいるが、配偶者が聖獣の契約者であれば帝位に就ける。先帝がご存命であることから、皇帝の兄弟と皇帝の子息たちがネマを手に入れることができれば、皇帝の座が確約されるだろう。

現皇帝の兄は結婚して子供もいるようだが、ライナス帝国の長い歴史を掘り返せば、親子ほど歳が離れた後妻を迎えた例も出てくるに決まっている。

まぁ、玉座のために妻子を切り捨てるような男であれば、炎竜殿が消し炭にしてくれるだろうが。

現皇帝がエルフの先祖返りで、在位も長くなるという噂もあるにはあるが、そうなるとなおさら各皇子陣営はネマを手に入れたいはず。

次代が子からではなく孫の代から選ばれるとなると、貴族たちは裏で暗躍しまくるのが目に見えているからな。

そして、ネマを懐柔(かいじゅう)するために、カーナにも接触してくるだろう。

私の娘たちが、それはもう喉から手が出るほど掌中(しょうちゅう)に納めたい存在であることは理解できるが、有象無象の虫どもに(たか)られるのは許せない。


「マージェス、パウルの支援と宮殿に潜り込ませる人員を増やすように」


「増やすのは構いませんが、パウルが御しきるか問題です」


パウルには、宮殿に潜入した者たちだけでなく、帝都に散らばっている者たちの指揮も任せているので、そろそろ補佐役を用意した方がいいか。


「パウルと相性がよくて、間諜たちを率いることができる者はいるか?」


「……体が空いている者の中にはおりませんので、少々配置換えをしてもよろしければ」


情報収集を目的とした間諜たちは、この大陸のあちらこちらに散らしている。今はファーシアとライナス帝国に多いが、国内でも活動させているし、イクゥ国や小国家群にも目を光らせている。

優秀な者ほど危険な場所に出向いているので、あまり配置換えは好ましくないが、指揮官同士の相性が悪いと必ず間違いが起きる。


「構わない。優先すべきは娘たちがつつがなく過ごせる環境を維持すること。それが難しければ、早急に報告するよう念を押しておけ」


「御意に」


ライナス帝国でも安全でないとわかれば、娘たちを即座に帰国させる。

それから、私は思い立って用箋(ようせん)を取り出した。

そろそろ、あの方たちにも動いてもらうとしよう。


◆◆◆


学者たちはワイズ領のある地方に伝わる民話を示してきた。


『その地に住まう人々は日々の恵みを神に感謝するため、祭殿にその恵みを捧げ、分け合って暮らしていた。しかし、そんな風習もいつしか廃れ、その祭殿には人知れず魔のものが棲み着くようになった。

魔のものは神への信仰を忘れた者たちを魅了し、周りには気づかれぬよう喰らっていった。

その地は時とともに人々に忘れさられたが、いまだその地方では闇夜の中で人が消えるという』


どこにでもありそうな、神への信仰を促し、闇夜の危険を警鐘(けいしょう)する内容だ。

魔のものに魅了されとあることから、まだこの大陸に魔族がいた時代の話だと思われる。その頃は魔法も学問の形を成してはおらず、小さな集落などは閉鎖的なこともあり、魔法はその集落のために使うべきという認識だったはず。

つまり、火の魔術師に自分が夜更かししたいからと明かりを灯すために魔法を使うな、夜に獣や夜盗に見つかれば集落も危険にさらされるから出歩くな、という戒めであり、破った者は死んでも知らないぞと警告している。

それを幼少期の頃から寝物語として聞き、刷り込まれるわけだ。

貴族の場合は、ご先祖様の武勇伝や圧政を敷いた領主がたどる末路などの話を聞かされるが、私は後者をよく聞かされていたな。


学者たちになぜこの民話なのかと問うと、人が管理せずとも遺物が残っている可能性が高いからと返された。

どんなに高度な魔法をかけても、人が補修をしなければ建築物はいつか壊れる。

それなのに、今なお残っているとすれば、人以外の種族が何かを施したことになる。

たとえば、物作りに()けたドワーフ族、人には成しえない高度な魔法を使う魔族とかだ。

エルフ族は摂理に反することを(いと)うので、その土地を去るときに元の状態に戻すだろうからと可能性からは除外された。

この民話には『祭殿』と『魔のもの』という言葉が出てくるので、祭殿に使っていた建造物を魔族が手を加え、住みやすいようにしていたら……。


ただ、まだ範囲が広いので、数名の学者をその地方にやり、より詳しく調べさせた。

(くだん)の民話の派生のような伝承が残っており、中にはどこどこ村の誰々というふうに地名と身元がわかるものもあった。

そこからさらに絞り込んだ一帯を情報部隊に探らせると、名前のない山の中腹に発見した。

情報部隊のシーリオ隊長を現地入りさせたおかげもあるだろうが、早急に発見できてよかった。

監視については見つかる危険性が高いということで、陛下の承諾を取り、殿下にご助力いただけるよう書状を出した。

ネマの件もあって、いまだライナス帝国にいるが、殿下のお力をもってすれば問題ない。

というか、私の娘たちと遊んでいるのだから、その分働け。

まぁ、ラース殿には申し訳ないと思うが。

ただ残念なことに、殿下が戻られるまであちらに動きはなかった。


「先ほど、ゼルナン将軍が恐ろしい笑顔でどこかに向かっていたが、何かあるのか?」


ライナス帝国から戻られた殿下は、その間に溜まってしまった仕事を寝ずに片づけていたようだ。


「レスティン隊長が治療に前向きになるよう、説得してくださるようですよ」


殿下が持ち帰ったエルフの秘薬はすぐにオスフェ家に持ち込まれ、治癒術師のヴェルシアに託された。

レスティン隊長の治療はラルフに一任しているが、ゴーシュのことは報告を受けている。


『ヴェルシアが言うには、薬を飲んでもすぐに治るものではないようです。最初は、やっぱり治らないのではと不安になることもあると思うので、ゴーシュじい様に励ましてもらえれば乗り越えられるのではと』


そう言っていたラルフだったが、かすかに悪戯めいた笑みを浮かべていたので、目的は励ましだけではないだろう。


「そうか……」


殿下は苦笑しているので、ゴーシュの励ましが過激なものだと思っているのかもしれない。

さすがのゴーシュも、怪我をして足が動かなくなった者に無茶はしないと思うが。


「それで、見張れと言ってきた遺物を調べさせたが……」


殿下の報告によると、建造物が古すぎて、詳細を知っている精霊がいない。

精霊宮におわす、この大陸の精霊王様方にも聞いていただいたら、先々代の時代のことなのでわからないと言われたそうだ。

ただ、精霊たちが言うには魔族の魔法がかかっていて、壊すのは大変らしい。壊すことは考えていないので、建造物が残っている原因が判明すればいい。

それに、内部の様子も特段変わったものはないが、精霊の主観なので当てにするなと殿下は言う。

信者たちは人目につかず、ファーシアから行きやすいというだけで、その場所を選んだのだろうか?


「潜り込ませる手はずは整ったのか?」


「もう少し時間はかかりそうですが、鍵となる人物に接触はできたそうです」


その接触方法がまたなんとも言えず、情報部隊はこんなことばかりしているのかと疑ってしまった報告書を殿下に渡す。

黙って目を通していた殿下だが、しだいに口角が上がり始め、笑い出しそうになるのを堪えているようだ。


「これだけ俗っぽい方が嘘だと思われにくいのかもしれないな」


ルノハークに加担していた狂信者たちの言い分を参考に、人以外の種族を嫌忌(けんき)しているような言動を取り、集会を掌握している人物に近づく作戦だった。

それで成功したのは二人だけ。

一人は、獣人に(つがい)だと言われて、もうすぐ結婚するはずだった恋人を奪われた男。

もう一人は、ライナス帝国の獣人貴族に奴隷として虐げられ、逃げてきた女。

もちろん、すべて偽りで、物語の中(・・・・)でありふれた設定だが、なぜか信じてもらえた。殿下の言う通り、俗っぽいことがよかったのかもしれない。

実際にそのような経験をした者がいるとは聞いたことないが、大陸中を探せばいるかもしれない。


「ここが重要な場所だった場合、どうするつもりだ?」


「どう重要なのかにもよりますが、何もしませんよ。我々の目的は聖主の確保ですからね。奴が何者か判明するまでは、監視を徹底するくらいです」


末端を叩いたところで、大元を絶てなけければ意味がない。

ネマに手を出したことを後悔させるために、正体がわかったらじわじわと攻めてもいいが……。


「わかった。話は変わるが、またネマが何か企んでいるようだったぞ?」


今後の方針を承諾した殿下が、表情を少し和らげ言った。

ほぉ、殿下。その話を今持ち出しますか。

私は殿下の肩に手を置き、笑みを浮かべて答える。


「ネマのお願いは、私が(・・)ちゃぁぁぁんと準備いたしますので、心配はご無用ですよ」


「……いや、オスフェ公が知っているのなら問題はない」


ネマはうっかり、お願いついでにラルフへの私信を書いてしまったようで。

王宮のことは私にお願いするのが一番早いのに、本当にうっかりさんだよねぇ。



数日後、手紙を出したあの方たちから返事が来た。

お一人は条件付きでこちらのお願い(・・・)を聞いてくれると書いてあり、もうお一人は面会を承諾してくれた。





ラルフ宛ての、立つほど分厚い手紙を見たパパンは、このお願いは宰相たるお父様にお願いするべきものだよね!?と大層拗ねていました(笑)そして、王様は八つ当たりされるw

ネマ的には、最初お兄ちゃんへと書いたものの、書いていくうちにパパンとママン宛ての文章が混ざっていき、結果、家族宛てでいっかーと送っちゃったやつ。パパンがお兄ちゃんに激しく嫉妬していることはまだ知らない。

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