★10巻お礼小話 皇后様の秘密の温室
今日は、ダオとマーリエと一緒に、皇后様の温室に招待された。
肌の露出が少なく、汚れてもいい服で来てねと、招待状に書かれていたのが謎だ。
温室って汚れるものだっけ?
王宮の敷地内にある、王立魔術研究所の温室なら、やっばい魔生植物がうようよいるので、そういった服装でも納得いくのだが……。まさかねぇ?
嫌な予感がひしひしとする中、ダオとマーリエがわざわざ迎えにきてくれた。
「ネマのおかげというところが納得いかないけど、皇后様の温室にお邪魔できるなんて夢かしら?」
「……そんなにすごいことなの?」
「凄いことなの!」
ずずいっと顔を近づけて、私を睨んでくるマーリエ。圧が強いです……。
「母上が大切にしている場所だから、クレイ兄上も中には入ったことないって言ってたよ」
なんと!?
息子であるクレイさんも入ったことないだと!
逆にそんな場所にお邪魔していいのだろうかと不安になるな……。
まぁ、今日は魔物っ子たちもお留守番にさせて、森鬼とスピカだけだから粗相はしないと思うけど。
ダオの警衛隊の隊員たちに先導してもらいながら、その温室に向かう。
温室がある場所は、歴代の皇后様が管理するプライベート庭園にあるらしい。
その庭園に到着すると、皇后付きの侍女がお出迎えしてくれた。
「うわぁ……すごい!」
皇后様の庭園は他の庭園と趣が違っていて、ツンツントゲトゲした草木に極彩色な花々が咲き乱れていた。
見たことない植物が多く、地球で言うなら亜熱帯とかに生えていそうな形状をしているね。
なぜ熱帯地域じゃないのかというと、アマゾンやインドネシアより沖縄やハワイの植物に似ているから。
あ、果物がなっている木もたくさんある。あれ、食べられるのかな?
庭園を進むと、すぐに温室と思われる建物が見えてきた。
だがしかし、物凄く見慣れた感がプンプンするね。
「これだけ大きな温室は初めて見るわ」
マーリエは温室と言っているが、私にはビニールハウスに見えてしょうがない。さすがにビニールは使われていないけど、形がまんまそれなんだよなぁ。
温室って、ドーム型で、天井がガラス張りで、キラキラしているものだとばかり……。
ビニールハウスもどきの一つに入ると、空気の重さが変わった。
体感の魔道具がなければ、きっと蒸し暑さを感じられただろう。
南国風の植物に囲まれた真ん中にお茶の席が用意されていて、すでに皇后様は席につかれていた。
「母上、本日は招待していただきありがとうございます」
ダオの言葉に合わせて、私とマーリエも礼をとる。
「そんなに畏まらないで。ダオの母親として、仲良くしてくれている二人にお礼がしたかったのよ」
席に着くと、早速お茶が注がれる。
そのお茶の色を見て驚いた。凄く見事なピンク色!
透き通るピンク色のお茶は初めて見る。あちらの世界でもハイビスカスティーやローズヒップティーとかあるけど、どちらかと言えば赤味が強かったように思う。
まぁ、ハイビスカスティーはあのハイビスカスではなく、近縁種の花の萼を使ったものだし、ローズヒップは果実だし、花からお茶の色を連想しちゃいけないんだけどさ。
「綺麗な色ですわ!」
美麗な茶器と合わさって、ピンク色のお茶はより美しく見えるのか、マーリエのテンションが上がっている。
頬を紅潮させたマーリエもとても可愛らしく、座っていなければぎゅっとしたいくらいだ。
「わたくしの故郷の花を使ったお茶なのよ。さぁ、冷めないうちに召し上がって」
お言葉に甘えてお茶を飲もうとカップを口に近づけると、ふわりと不思議な香りがした。
花の香りにしてはスパイシーで、一口飲むと酸味で唾液腺がきゅぅってなった。
表情筋を駆使して、すぼめそうになった口の口角を上げる。
そして、ダオとマーリエの反応を盗み見ると、二人の頬も引きつっているのがわかる。
「ふふっ。すっぱいでしょう?」
酸味のあるお茶だと知っている皇后様には、私たちの反応が面白かったのだろう。
「次は、こちらを一粒入れてみて」
カップの側に置かれていた小皿は、茶請け的なお菓子かと思っていたのだが、どうやら違うみたい。
前世でもよく舐めていた、黄金色の飴と同じ色をしているけど、粒は小さい。
それを小さなトングで摘まんで、お茶の中に入れると……。
「わぁ!母上、色が変わりました!」
粒を摘まんだ感触は柔らかく、お茶の熱で溶けやすいもののようだ。
粒の周りから揺らめきながらピンクから黄緑へと色が変わっていく。
スプーンで混ぜると、玉露のような澄んだ色合いになった。
「この粒は、このお茶と同じ花から採れた蜜で、なぜかこのお茶だけが変化するの」
レモン汁を入れたら色が変わる飲み物とかあるし、紅茶も蜂蜜を入れたら色が変わることもあるらしいので、何かしらの化学反応で色が変化したのだろう。
爽やかな色になったお茶を飲むと、先ほどとは違い、優しい甘味とほのかな酸味を感じる。なんか、レモネードみたい!
「甘さが足りなければ、粒を足すといいわよ」
私はこのくらいがちょうどいいけど、ダオはもう一粒加えた。
たぶん、甘さが欲しいというよりは、さらに色が変わるのかという好奇心からだと思う。
私も気になって見せてもらったけど、緑色が濃くなっただけだった。
美味しいお茶とお菓子をいただきながら、皇后様と楽しくおしゃべりできた。
皇子・皇女たちの幼いときの悪戯や失敗談などを聞かせてくれたのだが、その話題からしてダオの不安を和らげようという心配りだったようだ。
まぁ、エリザさんはさすがと言うか、失敗談ではなく、なかなか手の込んだ悪戯をされていたけど。
これから、温室の中を案内してくれるって!
「この温室は、陛下から賜ったものなのです。故郷を思い出せるものがあった方がよいだろうと、帝都では気候の違いから育ちにくい故郷の植物を育てるためだけにいろいろとご尽力くださって……」
皇后様はライナス帝国の南、小国家群に近い地方のご出身なんだとか。
帝都は標高がやや高いところにあるので、夏はまぁまぁ暑くて冬は寒いらしい。南国の植物には向かない気候なので、わざわざ温室を作ったと。
それにしても、こんなものをプレゼントするくらい、陛下は皇后様に惚れているということだね!
しかも、カイディーテにお願いして庭園全体を守ってもらい、土壌も南国の植物に適したものに変えてしまったのだとか。
「ここは花ではないけれど、とても珍しい植物があるの」
ガシェ王国やライナス帝国でもめったに見ることのできない草花は十分に見応えあったけど、さらに珍しい植物とな!?
わくわくしながらその温室に入ると、温室の中に川が流れていた。
魔道具のおかげで暑さは感じられないけど、川のせせらぎがあるだけで涼やかになるね。
川があるってことは、水辺に生える植物のエリアかな?
「この石についている白いのなんですか?」
川の周りにある石には、苔のように白いものがびっしりと付着していた。
「これはホアナという苔よ。害はないので、触れてみてはどう?」
洞窟で光る苔みたいなのは見たことあるけど、そういえば、苔そのものを観察したことはないな。
触ってもいいとお許しが出たので、遠慮なく触ってみる。
「ん?んんんーー??」
指から伝わる感触は凄くふわふわしている。どう考えても植物の感触じゃないよ。しいて言うなら、たんぽぽの綿毛か?
顔を限界まで近づけて、ふわふわの謎を探る。
細い毛のようなものが密集しているのはわかるが、根元は黒っぽい。植物とするなら、この部分が根っこなのかもしれないけど、ちょっと違う気もする。
なんと言うか、前世の黒歴史を彷彿させるんだよね……。
就職のために上京し、慣れない独り暮らしで初めての繁忙期を乗り越え、やっと休みだーと開放感を味わっていた休日に悲劇は起こった。
疲れ切って自炊する気力もなくて、コンビニ弁当ですませていたせいで、冷蔵庫には調味料くらいしか入っていない。
買い物に行く前に、少し片付けをしようとキッチンに目をやると、いつ飲んだのかも記憶にないコップが流しに置かれていた。
私は声にならない悲鳴を上げた。
コップの中で、カビルンルンが繁殖していたからだ。
白いふわふわした見た目で大きなコロニーを形成していた。青っぽい部分もあったので、白いけど青カビだったのかもしれない。
嫌なことを思い出したせいで、ホアナがカビルンルンに見えてしまう。
君、まさか……菌だったりしないよね?
神様からもらった能力は植物には効かないけど、菌などの微生物には試したことがない。だって、肉眼で見えないから!
皇后様は苔だって言っていたけど、ちょっと怪しいので観察のために育ててみたいなぁ。
「ホアナは温室以外では育てることできないのですか?」
「ネマさん気に入ったの?」
「はい。どんなふうに成長するのか、自分で育ててみたいと思いまして」
怪しいから~とか言っちゃうと、逆に怪しまれるので気に入った体にする。
「ホアナは暖かく湿った場所を好むから、室内で育てるのは難しいと思うわ」
ふむ。つまり、温度と湿度の管理が大事ってことか。
それに、たぶんだけど日光の照射時間もさほど必要じゃないんじゃないかな?生育環境から察するに、木々の隙間からの光や朝夕の弱い日が差す場所に生えていそうだし。
となると……。
「魔道具で小さな温室を作れませんか?」
「小さな温室?」
この温室の温度や湿度の管理も魔法によるものだし、それをきゅーっと小さくして水槽や金魚鉢くらいのサイズにできないかなぁっと。
テラリウムやアクアリウムみたいに、インテリアも兼ねた身近な植物になると思うんだ。
こちらでは、部屋や屋敷に飾るのは切り花が基本だし、庭は植物ごと植える。鉢やプランターで育てるのは庶民の文化らしい。
前世で見たテラリウムのイメージを皇后様に伝える。
透明な容器の中に土を入れて、倒木っぽい木の破片や石を入れたり、ミニチュアハウスや小さな人形を入れたりして、ありそうな風景を小さく再現してみるやつ。
魔道具は容器の下に置いて鍋敷きみたいな感じにし、火の魔法で温度を、水の魔法で湿度を管理できるようにする。
本当は、土の魔法で土の状態も管理できたらいいんだけど、三属性を同時に使う魔道具はめちゃくちゃ作るのが大変だとお姉ちゃんが言っていたので、つけない方がいいだろう。
もし、植物の様子がおかしくなったら、庭師や花屋さんに相談するとかでいいと思うし。
待てよ……。魔法の組み合わせで環境が再現できるなら、砂漠の植物や水中植物もいけるわけで、あらかじめ各環境に合わせた一式を販売することも可能なのでは?
そうすると、植物を採取してくる仕事が増えて、新人冒険者も依頼を受けることができる。
希少な植物なんかは行くのにも大変なところに生育しているだろうから、ベテラン冒険者にも依頼はあるはず。
生産が増えてブームになれば……。
「貴族や市井の間ではやれば、皇后様のふるさとのすばらしさを理解してくれる人もきっと増えますね」
「……ネマさん、素晴らしいわ!早速、陛下にお願いしてみますね」
皇后様に両手ぎゅっと握られて、やたら感動された。
艶やか美人が目をうるうるさせているのを間近で見ちゃうと心臓がバクバクする。
話が一段落したところで、次の温室に向かうことになった。
「そういえば、兄上たちはなぜここに来たことがないのですか?」
ダオの質問に、皇后様は苦笑しながら次の温室で教えるわねと仰った。
その次の温室は植物が少なくて、何も植えられていない区画がいくつもあった。
「今日は、ここに木の苗を植えましょう」
侍女さんが若木の苗を台車で運んできた。
ヤシの木みたいな、細くてツンツンした葉っぱの木で、ちょうど私たちくらいの大きさだ。
園芸用の小さなスコップを持ち、ふかふかの土をえいほえいほと掘り進める。
マーリエは一生懸命ドレスの裾が汚れないようにしていたけど、私は即諦めた。
たぶん、これをしたかったから汚れてもいい服装で来てと書かれてあったのだろう。
それにしても、こんなにふかふかの土を触るのは久しぶりな気がする。
我が家の庭でアイルのお手伝いをしたとき以来かも?
「母上、これくらいでいいですか?」
皇后様はマーリエを手伝っていたけど、声をかけたダオを見て笑った。
「あらあら、お顔に土が」
皇后様がハンカチでダオの顔を拭くと、ダオは恥ずかしかったようで耳まで真っ赤にして俯いた。
スコップを使っているのに、何で顔が汚れるのよとマーリエが呆れていたが、私も経験があるのでよくわかる。
汚れないようにとか、怪我をしないようにと、私以外は手袋を着用している。
手袋をしていると理解していても、素手の感覚でついつい顔に手をやってしまうのだ。自分では、汚れていない手の甲を無意識に使っているのだと思っても、汚れている指先部分が他に触れてしまったり。
おそらくダオも、穴掘りに夢中になって気づかないうちに触れていたんじゃないかな?
「そろそろいいわね」
穴を掘り終えると、侍女たちがその穴に苗を入れてくれて、私たちが埋めきるまで支えてくれた。
盛った土をスコップの背で軽くポンポンして終了だ。
「ふぃぃー」
終わったときの達成感はやっぱりいいね!
「ダオ、先ほどの質問の答えがこれです」
汚れた手袋を外し、皇后様はダオの頭を撫でながら言った。
「皇后たる者が土いじりをし、衣装を汚している姿を……たとえ我が子であろうと、そのような姿を見せるのは恥ずべきことだと思っていたの」
「……僕も剣の稽古で服を汚してしまいますが、恥ずかしいことだとは思いません」
ダオは汚すのは皇后様だけじゃないと言いたいのかもしれないけど、訓練用の服は汚すためのものだし、そもそも剣術を学ぶときは汚れてなんぼだと思うの。
「ふふっ。我が子に綺麗な母親だと思ってもらいたい女心は、ダオにはまだ難しかったかしら?」
「母上はどんな格好をされていても綺麗ですよ?」
よく言った!
心の中でダオにサムズアップして、息子に綺麗だと褒められて照れ笑いする皇后様を見てニヨニヨする。
「ねぇ……わたくしたち邪魔じゃないかしら?」
小さな声でそっと耳打ちしてきたマーリエに、私も同感だと頷く。
「少しはなれて、あっちで遊んでよう」
遊ぶと言っても、植物と土しかないし、勝手にいじるのもよくないので、何をするか悩むな。
ぐるりと温室内を見回し、ある物が目に入った。
ある区画だけ、土ではなく玉砂利のような石がゴロゴロと敷かれていたのだ。
植物らしき姿は見えないけど、土で育てるには向かない植物があるのかもしれない。
あの石がいくつか欲しいと、こっそり侍女にお願いする。
侍女はこちらの意を汲んでくれたのか、小さな声で承諾し、綺麗な布地の巾着に入った石を持ってきてくれた。
ただ、その石入り巾着を見て、私が思っていたよりも貴重な石なのかもしれない。
「これって遊びに使ってはいけない高い石だったりする?」
小声でマーリエに聞くと、わたくしが知るわけないでしょうと、同じく小さな声で返される。
いや、ひょっとしたら知っているかもしれないじゃん?
私たちがコソコソ話していたことに気づいた侍女が、大丈夫ですよと言ってくれたので、その言葉を信じるよ!
端っこに移動し、巾着から石を取り出して適当に置く。
「何をするの?」
「石に石を当てて取り合うの。多く石を取った方が勝ち」
ルールはおはじきに近いけど、石だと指を痛めちゃうので投げて当てることにした。
一度お手本として、置いた石とは別に投げる石を選んで、どの石に当てるかを告げてポイッとな。
石は見事に目的の石ではなく別の石に当たった。
「違う石に当たったらダメで、宣言した石に当たらないと石は自分のものにならないの」
マーリエは一回でルールを理解してしまったので、早速勝負することに。
「あら、また当たったわ」
「ぐぬぬぅぅ……」
おかしい……。教えた私が当たらなくて、マーリエは二回、三回と連続で当てている。
狙った石を外さないって、コントロールが尋常じゃない!
もしかして、マーリエの隠れた才能が開花したとか?
「……負けました」
最後の一個も取られて、惨敗ですよ。惨敗!!
悔しいのでもう一回とマーリエにお願いしていたら……。
「僕をのけ者にするなんて酷いよ!」
と、ダオがこちらに駆け寄ってきた。
「せっかく皇后様といっぱいおしゃべりできるようにしたのに」
私がそう言うと、ダオは満面の笑みを見せてくれた。
「ありがとう。でも、やっぱり遊ぶときは一緒がいいな」
はぁぁぁ……可愛い!!
「じゃあ、ダオも一緒にやりましょう」
マーリエもダオの笑顔にやられたのか、私がもう一回とお願いしていたときは渋い顔していたのに、あっさりと承諾したよ。
ダオにルールを説明していると皇后様も興味を示し、一緒にやることになった。
プレイヤーが四人になったので置き石を増やし、いざ勝負!!
私が一番ノーコンでした……。
遅くなりましたが、10巻も無事に発売することができました。
ご購入くださった皆様、応援してくださる皆様、ありがとうございます!