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厄介な兄妹。(レスティン)

片足が動かずとも机仕事はできると、杖をつきながら獣舎の詰め所にある執務室へ向かいます。一段一段しか登れない階段は厄介で、部下たちが手を貸しますよだとか背負いますよと群がってきたのは、ありがたくもあり、恥ずかしくもありました。

どさくさに紛れて、お姫様だっこしましょうかと言ってきた奴には可愛い可愛いサブピエの餌やりを命じました。


「俺、この前当番終わったばかりなのに!!」


もちろんそれくらい知っています。だから罰になるのですよ。


「この前は防御魔法を破られて、死ぬ思いしたんです!!だから嫌です!!」


「それは君の餌のやり方が悪かったということです。どうせ、怖がって無駄に大きく動いたり音を出したりしたのでは?」


サブピエは鳥の中で最も小さい種類ですが、肉食性で動くものはなんでも襲います。

小さな殺戮(さつりく)者なんて呼ばれることもありますが、それは数の優位からくるものです。一羽だけでは絶対に襲ってきませんし、今の生活に慣れているあの子たちは防御服を着ていれば餌を運んでくる何かだと理解しています。

現に、防御魔法を破るほど襲われる部下は数人しかいません。


「動物を怯えさせないのは、獣騎隊の基本中の基本ですよ。訓練として、サブピエたちが襲ってこなくなるまで当番を任せましょうか?」


「いえ!しっかりと本日の当番を遂行いたします!」


そう言って奴は走り去っていきました。

執務室に入り、窓を大きく開けます。天気がよいので、こんな日は動物たちと(たわむ)れていたいですね。

机の上にある書類の山を見て、知らずにため息が出てしまいました。

先日の出動報告書や動物たちの観察日誌など、目を通さなければならないものばかりですが、急ぎのものはありません。

片足が動かないとわかってすぐ、副隊長に指令権を一時委譲(いじょう)しましたので、上層部に提出しなければならないものは彼が代わりに処理してくれているのです。


――みぃ~お。


「おや、ナスリ。もうお腹が空いたのですか?」


しばらくすると、リアの鳴き声がして足下に触れる感触が。

この子は生まれて(いく)ばくもないときに、巡回中の部下が拾ってきました。

母親と(はぐ)れたのか、それとも理由あって見捨てられたのかわかりませんが、怪我を負いながら一生懸命母親を呼ぶ幼子の声を無視できなかったようです。

怪我の後遺症により、獣騎隊の一員として迎えることはできませんでしたので、隊内で寄付を募り、その資金でナスリを飼っています。


椅子に座ったまま、机の下の引き出しにある、遊びにきた子や伝達できた子たち用のおやつを取ろうと手を伸ばしました。

その手を跳び越えて、ナスリは僕の足の上に着地すると、すぐに丸くなったのです。


「……慰めてくれるのですか?」


――みぃ~ぉ。


ちらりと僕を(あお)ぎ見て、ナスリはそうだよとでも言うように返事をしてくれたのです。

一度傷ついたことのある動物は、傷を負うものに(さと)くなるのはなぜでしょうね。

ナスリの体温も重みも感じることができるのに、この足は動かないんですよ。

この王都一の治癒術を持つであろうラルフリード様にも治せなかった怪我です。治すことは諦めたのに、この子たちに触れると気持ちが揺らぎます。

……ネフェルティマ様がやってくれるのではないかと、柄にもなく期待してしまいそうになる。


時折ナスリを構いながら書類を半分ほど処理し終えると、部下が昼食を運んできた。


――ふしゃーーっ!!


ナスリはある気配を敏感に察知し、威嚇音を出したあと止める間もなく窓から逃げていきました。


「ナスリは相変わらず、この子が苦手なようですね」


「すみません。声符(せいふ)では従ってくれなくて……」


昼食を運んできた部下が申し訳なさそうに、(かたわ)らの存在に視線をやります。

自分が話題になっているのも気づかず、昼食から目を離さないで尻尾を振りまくっているのはシルーです。

尻尾を振るといっても、ハウンド種とは違ってフレアホッグの尻尾は細く小さいので、揺れているようにしか見えませんが。


「シルー、それは食べてはいけません。こちらにおいで」


人が食べる物は動物に対して毒になることもあるので、ここではどんなに可愛くおねだりされようと与えることはないのです。

もし、与えた者がいれば懲罰ものですからね。

引き出しから取り出したのは草食動物用のおしゃぶりで、花蜜と果汁でできてます。

様々な大きさのものを作っていますが、これを与える場合は時間稼ぎが目的ですので、口に入りきれない大きさを選びました。

シルーはにおいでわかったのか、僕の前まで駆け寄ると早くちょうだいと鼻を鳴らします。


「少しの間、いい子にしていてくださいね」


シルーは僕の言葉には反応せず、けっして長くはない舌を一生懸命使っておしゃぶりに夢中です。

その間に僕は昼食をさっさとすませます。

終えたらすぐに、シルーからおしゃぶりを取り上げなければなりません。

おやつとはいえ、甘味の与えすぎもよくないですから。

ブヒブヒと不服を訴えるシルーですが、僕が折れないとわかると、執務室の床のにおいを嗅ぎ回り始めました。

僕はここでお菓子を食べたりしないので、食べかすが落ちていることはないのですが……。

これだけ執拗に探しているということは、下の食堂や休憩室で同じような行動を取っているのでしょう。

部下たちには詰め所を清潔に保つよう厳命はしていますが、何せ男ばかりの集団です。がさつな者が食べかすを放置して、シルーがそのおこぼれを探すのを覚えたというのは十分あり得ますね。

その対策をどうするべきか。

机には戻らず、長椅子に身を任せて考えていると、食べかすを探すのを諦めたシルーが僕に寄ってきました。


「本当にお前は食いしん坊に育ちましたね」


数巡前はここまで食いしん坊ではなかった記憶があるのですが、やはり、獣騎隊の者たちが甘やかした結果でしょうか?

シルーの背中を撫でてやると、気持ちよさように目を細めてくれました。

シルーの肌はしっとりと瑞々(みずみず)しく、ちゃんとお手入れされている証拠です。

フレアホッグは本来、湿地などの水辺に生息していて、水浴びや泥浴びを好む習性を持っています。

しかし、シルーは他のフレアホッグに比べると肌が薄いせいか、日光浴をしたり泥をつけたままにしておくと肌がただれてしまうのです。

そのため、野外での活動に従事させることができず、人懐っこい性格を活かして獣騎隊皆の癒し係にさせました。

獣騎士と動物にも相性があるので、獣騎士が惚れ込んでも動物が受け入れてくれるとは限りません。振られてしまった獣騎士は自信をなくす者も多く、そんなときにシルーに甘えられると、まだ大丈夫だと思えるのです。


「めったにここに来ない君が来てくれたということは、僕の気持ちが伝わってしまったのでしょうか?」


ネフェルティマ様に淡い期待を抱きつつも、心の中の大半は現実(・・)を受け止めています。

隊長の席を潔く後進に譲るべきだろうと。


「ここの子たちと離れるのはとてもつらい。君たちがいない僕になんの価値があるというのでしょう……」


◆◆◆


杖での生活は、半つ季(はんつき)もかからずに一応慣れることができました。

毎日鍛錬をしていますが、そのたびに己の体の不甲斐なさを痛感します。

その間、自身の進退について、上は何も言ってきません。副隊長にも確認してもらいましたが、まだその時ではないと言われたそうです。

これでも隊長職に就いているので、辞めるにしろ騎士団長の承認が必要ですし、ひょっとしたら将軍に何か言われているのかもしれません。

ゼルナン将軍はネフェルティマ様に甘いですから。


――クワァ~。


「ルティ、ご苦労様」


窓辺に降り立ったルティにご褒美の木の実をあげます。嬉しそうに頬張り、軽く毛繕いをして窓の外へと飛び立っていきました。

色鮮やかな羽根を持つルティは、獣舎の門番と対をなす伝達役です。

足につけられた筒の中には用件が書かれた紙が入っており、内容はラルフリード様が到着されたと。

ラルフリード様から本日お会いしたいと手紙をいただいていたので、気が重いですが執務室で待機していたのです。


「オスフェ公爵ご令息様方をお連れいたしました」


扉の前で報告する部下に入れと指示を出しながら、おやっと思いました。お一人で来られたのではないということでしょうか?

高位貴族は侍従らを連れ歩くのが普通なので、このような場面で人数に含むことはまずありえません。

つまり、事前に知らせたくない人物を連れてきたと?

訝しんでいると、ラルフリード様が入室され、僕を目にすると微笑まれました。


「お加減はいかがですか、レスティン隊長」


「ラルフリード様が治癒魔法を施してくださっていますので、問題ございませんよ」


ラルフリード様の隣には、可愛らしい女の子が笑みを浮かべて(たたず)んでいます。

僕が彼女に視線をやったからか、ラルフリード様が紹介してくださいました。


「彼女は我が家の治癒術師で、ヴェルシア・ジュド・カーグファンです。レスティン隊長の足を治すのに彼女の力が必要なので連れてきました」


「王国騎士団第十一部隊獣騎隊隊長のレスティン・オグマです。わたしのためにご足労いただき、感謝いたします」


オスフェ家には優秀な人材が集っているとシーリオ隊長から聞いたことがありましたが、まさかエルフまでいるとは思いませんでした。


「いえいえ、私の方こそお礼を言いたいくらいですから、気になさらないでくださいね」


僕を治すことで何かしらの報償が出るのかもしれませんが、ラルフリード様は我が家の(・・・・)と仰った。

つまり、この怪我のために見つけ出してきた治癒術師ではなく、元々オスフェ家に仕えている治癒術師ということです。

そうすると、なぜ今になって連れてきたのかという疑問が出てきます。


「早速、怪我の具合を診たいので、そこの長椅子に横になってください」


「しかし……」


ラルフリード様は信用に値するお方ですが、初めて会う彼女の前で無防備になるのはいささか問題が……。


「ネマが治す方法を見つけてきたら、治療を受けると約束しましたよね?」


ネフェルティマ様のご動静はさすがにここまで聞こえてくることはありませんでしたが、やはり他国でも大人しくしてくれませんでしたか。


「ネフェルティマ様次第だとお答えしたはずです」


「では、これを読んでくれますか?」


ラルフリード様に手渡されたのは手紙でした。

(つたな)い字で僕の名前が書かれていて、裏にはオスフェ家の封蝋が施してあります。

おそらく、ネフェルティマ様からの説得のお手紙でしょう。

ネフェルティマ様をいたく可愛がっているラルフリード様の前では、読まないという選択肢は選べません。

仕方なく封を切り、中の紙を出してその場で読みました。


「……はい?この手紙の内容をラルフリード様はご存じなのですか?」


「もちろん。ネマがやりたいって言っていることを、僕が知らないわけないじゃないですか」


ですよね。


「わたしの権限を越えているので、お答えすることはいたしかねます」


「それはまだ素案ですし、時機を見る必要があるので、すぐにというわけではないので」


ネフェルティマ様からのお手紙には、獣騎隊であることをやったらどうかなという提案でした。

文頭に怪我を心配する言葉が(つづ)られていましたが、それ以降はすべて提案についてしか書かれていません。

確かに、凄く魅力的な発案です。できるなら、すぐに実行したいくらいです。

しかし、それすらもネフェルティマ様の手のひらで踊らされているようで、少々……いや、かなり(しゃく)(さわ)りますね。


「これを実行するにはレスティン隊長がいることが前提ですし、もし退役されるとしても、レスティン隊長と同等の動物を見極める()が必要ですので育ててもらうことになりますよ」


えぇ、そうでしょう。獣舎の子たちを個体識別できて、癖や好み、体調も把握しているとなると僕しかいないでしょう。

僕と同等のとなると、個人の素質も問われるので、現在所属している獣騎士の中にはいません。探してきて一から仕込むか、治療を受けて自分でやるか選べということですね。

そして、もしこの案が獣騎士たちに知られ、頓挫(とんざ)したとなったら、いらぬ恨みを買いそうです。


「……わかりました。部下たちから袋叩きにされたくはないので、治療を受けます」


「ご理解いただけてよかったです」


エルフの治癒術師が、話がまとまったら早く横になってくださいと、やけにやる気に満ちて手招いていました。


「右太ももでしたよね?」


服の上から怪我した部分を教えると、彼女は手をかざし詠唱を始めました。

じんわりと温かいものが体内に注がれるのを感じます。


「なるほど。こうなっているんですね。ラルフリード様はわかりました?」


「いえ、違和感があるとしか」


「じゃあ、一緒に魔力の流れを感じてください。怪我している場所の少し奥……ここです。治癒しているのに、下に流れていないのわかりますか?」


僕を使って練習しているとかではないですよね?ラルフリード様に恩を売れたと思って今は耐えますが、こちらとしては気が気ではないです。


「あ、わかった……」


「通常であれば治癒術で治るんですけど、(まれ)に武器に使われている材質や周囲の環境といった要素で治癒が阻害されることがあるらしいです。本当に稀すぎて、私も初めてなんです」


エルフである彼女が何歳なのか恐ろしくて聞けませんが、初めて遭遇する症例だからはしゃいでいたのですね。


「阻害している要素をなくさないといけないので……これです!」


鞄から取り出した小さな瓶を自慢げに見せてくる治癒術師。

それ、色があり得ないくらい拒否したい色をしているのですが?


「さぁ、飲んでください!」


「これを……ですか?」


「はい!グイッと!一気に!!」


このエルフ、楽しんでやっていますね?

色はあれでも、味はまともかもしれないと瓶の蓋を開けてにおいを嗅いでみました。

においというにおいはなく、かすかに香草のようなにおいがするだけでした。


「……ん゛っ……ぐゔっ……」


「吐かないでくださいね。貴重な薬なので、予備はないんですから」


想像を絶する味に悶え苦しむしかできない。口を開こうものなら瞬く間に逆流するものが飛び出る。

手で口を押さえ、ひたすらに鼻で息をしてこみ上げてくるものを飲み込む。

何度も何度も、胃が収縮するたびに長椅子に体を押しつけてやり過ごす。


「とても可哀想だから、どうにかできないかな?」


「無理ですね。すぐに効果が現れる薬じゃないですし、最低でもあと四本は飲んでもらわないと」


この苦しみがあと四回もだと!?冗談じゃない!


「僕たちがいると休めないでしょうから、ここでお(いとま)します。そうそう、明日はゴーシュじい様も同席したいということでしたので。では、また明日」


苦しみの方が強くて、そのときはラルフリード様が何を言っているのか理解できなかったが……くそっ。やられた!


長椅子と対の机の上には、王都で有名なお菓子屋の箱が置かれていました。

ラルフリード様はあの薬がくそ不味いことを知っていて、口直しにと持ってこられたのでしょう。

そして、不味さの度合いによっては僕が明日以降の薬を拒否することを見越して、ゼルナン将軍を呼んだ。

隊長職とはいえ、騎士団は貴族と同じく階級社会です。

僕が将軍に逆らえるはずがありません。

兄妹ではめられるとは……。


「あの兄妹、覚えてろよっ!」



あまりの不味さに壊れたレスティン。

でも、まだまだ振り回される運命です(笑)

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