味がソフトクリームならシェークは作れる!
「ただいま戻りましたー!」
エルフの森から宮殿に戻り、護衛してくれた陛下の警衛隊の皆さんにお礼を言い、ラース君の尻尾をもふもふしてから自室へと帰ってきた。
「お帰りなさいませ」
「……まぁ!ずいぶんと素敵になったわね」
お姉ちゃんが驚くのも無理はない。
お部屋がだいぶ様変わりしているからね。
備えつけのものはそのままなはずなのに、こうまで変わるとは……。
「いかがですか?気に入らないところはございませんか?」
初めて入るお部屋のような、新鮮な気持ちを感じながら部屋を見て回る。
リビングの絨毯は焦げ茶色になり、ベランダに面する窓の側には森鬼も使えそうな大きな揺り椅子が置いてある。
長椅子は赤色で大きさは前のより小さくなった気がする。上に置いてあるクッションのせいかな?
「お……おぉぉ!!」
目に入ったものに、思わず拍手をしてしまう。
まさにイメージ通り!というか、それ以上だよ!!
「パウル、これ何!?」
「おもちゃ?おもちゃなの!?」
星伍と陸星も興奮して、クンクンとにおいを嗅ぎまくっているし、復活した稲穂もおっかなびっくり二匹の隙間から覗いていた。
「また凄いものを作ったわね。美術品を飾っているようにも見えるわ」
お姉ちゃんの言う通り、部屋のレイアウトに合わせて木材を焦げ茶に染色している。細い部分には金色で装飾が描かれていて、モチーフは蔦っぽい。
土台と中央の太い柱には赤い布が巻かれていた。
これぞ、犬も遊べるキャットタワーだ!!
「ネマお嬢様の意見を参考に、いくつか変更点がございます」
一際目立つ赤い布は、当初、縄を巻くようにしていた部分だ。
保護材を塗った木材はツルツルするので、滑り止めとして巻きたいと言ったのだが、見目がよくないとのことで、毛足が短く薄く織られた絨毯に削りまで入れて表面に凹凸をつけたそうだ。
試しに触ってみると、確かにポコポコしている。
「こちらの小さい樹幕ですが……」
あぁ、ハンモックね。これも樹幕の仲間になるのか。
「リアとは違い、ハウンド種は体勢を整えるのが難しいということで、脚をかける突起をつけました」
ちょっと高めの位置にあるハンモックは、降りられないと危ないからって足場になる板をつけるようにしたんだけど。その前に、ハンモックの中で立てない危険性もあるのか。
一つはすぐに降りられるように下につけてあるから、もう一個も下につける?
「樹幕の布は調節できる?」
「はい、可能ですよ」
ならば、なるべくピンッとなるように張り直してもらおうかな。
それなら、ハンモックの上で立つことができるだろうし。
あと、私が絶対にこれはやって欲しいとお願いした安全対策もバッチリだった。
不意な怪我などしないように、表面の露出している部分の角はすべて丸く削ってもらった。
そこそこ大きなものだし、強度の兼ね合いで土台や留め金に金属を使っていいけど、魔物っ子たちが遊ぶものだから露出しないようにお願いした。
そうしたら、金属を打ち込む部分に溝を作り、その中に打ち込んだあと、溝に合わせた木材で埋めるという方法を取ってくれたらしい。
土台部分にまでその方法が取られたのは、金属で巻いた絨毯が傷むのを防ぐためだとか。
さらに、トンネルは蛇腹の筒で延長してあるのだが、外側は赤茶色で内側を黒の布を使って二重にすることで、真っ暗にしてくれていた。
暗い方が進むのに慎重になるからと、冒険している感がでるからって。
心配りが行き届いている職人技!ほんと、凄いわ!
「遊んでいい?」
「遊んでいい?」
星伍と陸星は待ちきれないと私の周りをくるくる回る。
分身の術みたいになっているから落ち着いて!
「いいけど、けがしたり落っこちたりしないように気をつけてね」
はーいと元気よくお返事してから、キャットタワーもどきの攻略に取りかかる二匹。
稲穂も負けじと二匹を真似てタワーに飛びかかる。
稲穂は意外にもジャンプ力を活かして、どんどん足場となる板を登っていった。
天辺はノックス用の巣にしていたけど、箱タイプではないので、稲穂もすっぽりと収まることができた。尻尾がはみ出ているけどね。
「夕食の準備もできておりますが、いかがなさいますか?」
「そうね。そこまでお腹は空いていないから、軽くでいいわ」
「畏まりました。元より、そのようにご用意しておりましたのでご安心を」
「ふふふっ。ネマが美味しそうに食べているとついね」
私が買い食いするの前提だった!
でも、お外で食べ歩きは楽しいし美味しいからやめられないよねぇ。
夕食をすませると、パウルたちにお土産の説明をする。
ミルクと樹液の黄金比はレアンさんに教わってきたし、冷却の魔道具もこの部屋にあるから、美味しいミルクを作ることができる!
パウルに作ってもらい、みんなに飲んでもらった。
「ふぁ……お口の中が幸せですぅ……」
ミルクを一口飲んだスピカは、予想通り、大変気に入ってくれたみたいだ。
「群れのお母さんに乳を飲ませてもらったことがあるんですけど、こんな味ではなかったです」
あー、お乳の味って母親の健康状況に左右されるらしいから、多産で赤ちゃんのお世話に疲れていたとか、追われていたときだったらその状況自体がストレスだったろうし。
群れの仲間が子育てを手伝ってくれるとはいえ、授乳期間のお母さんは本当に大変だったと思うよ。
ちなみに、この世界の粉乳は不味い!
そうそう、驚いたことに海もミルクを飲むことができた!なんでって不思議だったけど、理由はいたって簡単。
セイレーンの赤ちゃんも母乳で育つから!
お姉様方、魅惑のおっぱい持っているもんね。使わないわけないよね。
でも、みんなで美味しいって言っている時間を共有できてよかった。
「いいなー」
「いいなー」
――きゅぅぅん!
においを嗅ぎつけた三匹が、ミルクを狙っている。
残ってはいるけど、これはダメなんだ!明日、ミルクシェークを作る分なんだよ!
私が三匹に諦めるよう説得していると、お姉ちゃんがパウルにあることをお願いしていた。
「それで、このパパイソの樹液でお菓子を作ってほしいの」
「ネマお嬢様ではなく、カーナお嬢様が仰るのは珍しいですね。宮殿の厨房と相談しますので、少々お時間いただいても?」
「もちろんよ。それと、シアナ特区からヴェルシアを王都の屋敷に呼んでおいてくれる?あのお薬、ヴェルシアに任せるのがよさそうなの」
「畏まりました」
あ、私もお兄ちゃんにお手紙を書かないとだ。
レスティンのことをお願いするのと、あのことも説明しないとだから。寝る前までに書き終わるかな?
◆◆◆
結局、パウルが早く寝なさいと言いにきても、手紙を書き終えることはできなかった。
もうちょっと、もうちょっとと引き延ばしをお願いして、書き終えたときにはいつもの就寝時間になっていた。
そして、お兄ちゃんへの手紙は、過去最高の厚みとなったのは言うまでもない。
封筒が立ったときには、思わず感動してしまったよ。
夢も見ずにぐっすりと寝た翌日はヴィが帰る日だ。
「お嬢様、まだ冷やすのですか?」
「そう!」
「凍ってしまいますよ?」
「大丈夫、その手前でやめるから」
それなのに、私は朝からシェーク作りに挑戦していた。
とは言っても、私は口出しするだけで、手を動かしているのはパウルだけど。
使用している冷却の魔道具が家庭用だからか、威力が低くてなかなかシェークになってくれないの。
「ネマ様、殿下がお見えになりましたよ」
「人を呼んでおいて、何をやっているんだ?」
スピカが対応してくれたようだが応接室へは行かず、こちらに来てしまった。
まぁ、ヴィにしたら勝手知ったるなんとやらなのだろう。オスフェ家の屋敷でもこんな感じだったし。
「乳を凍る直前まで冷やしているの」
「お前が提案したとかいうあいすくりーむとは違うのか?」
我が家でアイスを食べたことがあるヴィなので、アイスクリームという単語が出てくるのは不思議ではないけど、言い方!なんでそんなに可愛らしく「あいすくりーむ」って言うの?ヴィならちゃんとアイスクリームって発音できるでしょうに!
「たとえるなら、アイスになる手前の飲み物かなぁ?」
突っ込みたいのをグッと我慢して、作ろうとしているものがなんなのかを説明した。
ヴィは興味を引かれたのか、冷却の魔道具にセットしてあるミルクを覗き込む。
この冷却の魔道具は家庭用のため小型で、ぱっと見コップに見えるけど、飲み物を入れたコップごとその中に入れて使う。なので、セットするとコップホルダーをつけたコップに見えてしまう。
持ち運びやすいように、取っ手もついているからなおさらにね。
「ちゃんと混ぜたか?」
「混ぜているけど、全然思った通りにならない。やっぱり、水魔法で凍らせるしかないのかな?」
「パウル、火の魔石はあるか?小さいもので構わない」
「はい、ございますよ。お持ちいたしますか?」
パウルの問いかけに、ヴィは頼むと短く返した。
凍らせようとしているのに、なんで火の魔石なんか必要なんだろう?
「魔石をどうするの?」
「まぁ、見てろ」
すると、コップの中のミルクが何もしていないのに渦を巻くように回り始めた。
手のひらを上に魔石を置いた手をコップに触れそうなギリギリまで近づけて……。
「放熱」
詠唱を唱える。
「……ヴィが詠唱を使うの初めてみた」
ラース君が風の聖獣だからか、ヴィは風の魔法ならすべて無詠唱で使用することができる。
他の属性は精霊にお願いするときがあるけど、会話の中でのことなので詠唱とは違う。
「火の中級魔法だ。カーナディアなら無詠唱で使えるだろうが……そういえば、どこかに出かけているのか?」
ヴィのお見送りをするからと、お姉ちゃんは今日も学術殿をお休みしている。
ヴィもそれを知っているので、お姉ちゃんの姿が見えないことを訝しんでいるのだろう。
「お姉ちゃんは昨日買った糸を試したいってこもってるよ」
エルフの森でお姉ちゃんの研究心をくすぐる、特殊な糸を大量購入したのだ。
その買い物の仕方は貴族というよりは、推し作品のグッズを箱買いしまくるオタクに似たものだったなぁ。
「なるほどな。それより、まだ冷やすか?」
ヴィに言われて、ようやく気づいた。
さっきまで、栓を抜いたお風呂みたいに渦を巻いていたミルクが、もったり重たそうな半固体状になっている!
「こんな感じこんな感じ!もういいよ!」
ストロー、ストローはどこだ?……ない!!
かき氷作ったときに、スプーンストローも作ってってお願いすればよかった……。
雰囲気がでないけど、仕方ないのでスプーンでシェークを食してみる。
「んー美味しい!」
ミルクの味がソフトクリームなだけにちゃんとバニラシェークっぽくなってるよ。
「どれ」
ヴィにスプーンを奪われ、私より倍以上の量をすくって口に入れた。
むぅ。キーンってなればいいのに!
ヴィにアイスクリーム頭痛が起きますようにと心の中で祈ってみたが、痛がる素振りはまったくなかった。
さすがに一口目でキーンは起きないかぁ。あ、知覚過敏の方にすればよかった!
「確かに、液体のときと味が少し違うな」
「あぁぁぁ、そんなにいっぱい食べちゃダメ!私の!!」
「エルフの森から取り寄せればいいだろ。国に帰ったら、俺はめったに食べられないんだから優先しろ」
「横暴だっ!おとう様に言いつけてやる!」
諸刃の剣でもある『パパンに言うぞ』は、効果覿面だった。
ふっ。さすがのヴィでもパパンのことは恐ろしいようだな。
この技がなぜ諸刃の剣なのかというと、チクった結果、一緒に怒られるはめになったり、パパンの好き好き攻撃を食らったりするからだ。
「ちっ、仕方ないな。ほら……」
スプーンを返してくれるのかと思ったら、シェークが載ったスプーンを差し出された。
あーんごときで私が怯むと思うなよ!
遠慮なく、差し出されたスプーンを口に入れた。
「殿下、ネマお嬢様で遊ぶのはおやめください」
そう言って、私の前に差し出されたのは新しいスプーン。
パウル、遅いよ!
「しばらくはこちらにも来られそうにないから、今は許せ」
「……ラース君とお別れはやだー!」
あと数時間でラース君がいなくなるなんて、シェークを食べている場合じゃなかった!
「ヴィ、それ全部あげる!ラース君、遊ぼう!」
シェークをヴィに譲り、ラース君のお腹に突撃する。
「ネマお嬢様の扱いがお上手ですね」
「あいつは単純だからな」
二人して楽しそうに言っているの、ちゃんと聞こえているから!
でも、今はラース君の方が大事!あっちは放っておこう。
「それでは殿下、この薬を兄ラルフリードにお渡しください」
秘薬はお姉ちゃんのポシェットではなく、もっと頑丈な魔法がかけられている箱に入れ、ヴィに渡した。
「あぁ。任された」
「それでは、王宮までの道中お気をつけて」
お姉ちゃんとヴィのやり取りを、私はラース君の尻尾を抱きしめながら見ていた。
陛下方には先ほど挨拶を終えたので、あとはもう本当に帰るだけだ。
「ラース君……」
ラース君の尻尾の毛は弾力があるので、いつまでも抱きついていたい。たぶん、尻尾が一番毛の密度が高いんだと思う。
ラース君がグルルと喉を鳴らして頭を寄せてきたので、尻尾を離して頬へ頬ずりをする。
時々、お髭が首筋に触れてくすぐったいけど、ラース君のもっちりほっぺたはお腹に次いで気持ちいい場所だ。
地球産のトラとは違い、よだれがつくこともなく安心してぐりぐり顔を擦りつける。
「ラース、行くぞ」
ヴィが声をかけると、ラース君は私の襟首を咥え、わざわざお姉ちゃんのところまで運んでくれた。
「さぁ、ネマ」
お姉ちゃんに促されて、ラース君にまたねと別れの挨拶をする。
ラース君がお姉ちゃんのところまで来たのは、私がいつまでも離れないと思ったからだろう。
お姉ちゃんに手を取られては振りほどけないし、ラース君は私のことをよくわかっている。
ラース君が空に舞えば、あっという間に見えなくなった。
「うぅぅぅ淋しい……」
ライナス帝国に来て、ガシェ王国との物理的な距離の遠さに何度泣いたことか。
――ガァゥ。
私が淋しいって言ったからか、カイディーテが来てくれた。
力一杯ぎゅっと抱きつけば、ラース君とカイディーテの毛質の違いがわかる。
「ありがとう、カイディーテ」
しばらく付き合ってくれそうなので、今まで確かめることができなかった、お腹周りと尻尾のもふもふを堪能させてもらおう!
早速寝っ転がってとお願いして、お腹に顔を突っ込んだ。
カイディーテの毛並みは表面が艶々しているけど、お腹の毛は短くて細いためふわふわした肌触りをしていた。
しかも、きゅっとお腹が引き締まっている。
別に、ラース君のお腹がたるんでいるというわけではない。あれはルーズスキンだ!!
たゆんたゆんって手で揺らすのも、やめられない止まらないってなって、やり過ぎだとよく怒られる。
かといってカイディーテにルーズスキンがないわけでもなく、後脚を伸ばしているからないように見えるだけのはず。
今日はたゆんたゆんさせてもらえないようだ。
お腹をわさわさ触っていると、くすぐったいのかぺしりと尻尾で叩かれる。
次に尻尾が来たときにキャッチして、そのままもみもみ。
むふ、やっぱり尻尾は毛の密度が高い気がする。
もみもみしていると、尻尾の先だけを動かして、私をくすぐり始めた。
太い筆でこしょこしょされているみたいで、くすぐったいやらちょっとチクチクするやらで変な声が出そうになる。
「……ふひゃっ」
とっさに出てしまった変な声に、しまったと両手で口を塞ぐ。
すると、カイディーテの尻尾に逃げられてしまい、くすぐり攻撃はなくなったけど、尻尾もなくなってしまった。
「あ……尻尾……」
両手が淋しくなり、ワキワキと動かしていたら、パウルにそのくらいでと止められた。
「地の聖獣様は人に触れられるのに慣れていらっしゃらないようですし」
「うん。カイディーテ、ありがとう」
最後にもう一回だけ首元にぎゅっとして離れた。
カイディーテの毛並みでもふもふを補給できたからか、思った以上に気持ちが落ち着いている。
明日は久しぶりにマーリエに会うので、元気がなかったら心配をかけてしまう。
あ……二人のお土産買うの忘れてるじゃん!!
誤字報告、いつもありがとうございます。
特に、前回「ギュルル」を訂正してくださった方、個所が多くて大変だったと思います。
寝不足で執筆すると勘違いしたまま気づくことができないのだとわかりました(笑)