ご先祖様の願い。
お姉さんの思い人、ヴィは初代国王の手記に書かれてあったので知っています(笑)
「それでね、彼ったらロイのご機嫌を損ねて、角で突き回されたの。悪いのは彼だからって、みんなロイが落ち着くのを待とうって」
「それで、放置されたんですか?」
「いいえ。彼は地に伏してロイに謝ったのよ。凄いと思わない?」
お姉さん曰く、ただの動物である初代国王の騎獣ロイに、貴人に対する謝罪を行えるのが凄いと惚れ直したそうだ。
でも、ロイにちょっかいを出した思い人さんが悪いよね?謝るのは当然なのでは?だって、伝説の騎獣ロイだよ?
お姉さんの話から察するに、初代国王は愛し子で、騎獣ロイが愛し子の騎士であることは周りに内緒にしていたっぽいね。
お姉さんはエルフなので精霊から聞いていただろうけど、会話の中で愛し子という単語は出てこない。
ちなみに、初代将軍以外は孤児とされているが、後世の研究で我がオスフェ家の初代とミューガ家の初代は前王朝の貴族だったのではないかという説がある。
名前が貴族的であるというのが理由とされているけど、我が家の初代様の手記では、物心ついたときには浮浪児のような生活をしており、気がつけばワイズ家初代のケイと一緒に行動していたらしい。
ラーイデルトと呼ばれてたのも朧気で、ただなんとなく自分の名前のような気がしたから名乗っていただけだそうだ。
まぁ、名に誓ったりすることができたので、名前は正しかったのだろうと、建国後の手記に書かれていたけど。
ミューガ家初代の手記に名前についてのことは書かれてはおらず、我が家の初代と同じで、名に誓うことができている以上、真名であると考えられている。
ただ、前王朝の血を引いているからといって、何かが変わるわけではない。没落して家名が残っていない時点で、平民となんら変わらないのだから。
「彼と小さなあの子が逸れたときも……」
本当にこのお姉さんは凄い。これだけしゃべっていて、一人も初代の名前を出さずに話をしているのだ。
ついぽろっと誰かの名前を口にしてくれれば、今まで聞いた話の内容から個人を特定できるかもしれないのに。
お姉さんの話に耳を傾けながら、ぐぬぬっと悔しさを押し込める。
時折、足に触れる稲穂の尻尾が励ましてくれなかったら、早々に諦めていただろう。
稲穂も相手をしてくれる子たちがいなくて退屈だよね。
稲穂に申し訳ないと心の中で謝り、お姉さんの思い人と逸れたときの話が佳境に入ったときだった。
お家の扉をノックする音が聞こえた。
『地下の賢者様にご招待いただきましたの』
「あら、お客様だわ」
こ、この声は!!
私は椅子から飛び降りて、扉へと一目散に駆ける。
扉は前と同様に自動で開こうとしているのを、力尽くで押し開けた。
そして、目の前にはお姉ちゃんの姿。
突然いなくなって心配をかけたであろう姉の胸に思いっきり飛び込んだ。
いつもと同じようにぎゅーっとされると安心する。
ぎゅーぎゅーっと肋骨が締め上げられる……。そして、背骨がポキッと鳴ったところで、お姉ちゃんにギブアップを宣言した。
「無事でよかったわ」
ぎゅーから解放して、お姉ちゃんは私の頭を撫でるとにっこりと笑った。
そして、何も言わずにお姉さんのお家へと入っていく。
「おねえ様が怒ってる!!」
ムンクの叫びのように両手を頬に当て叫ぶ。
うちの家族は怒っているときほど笑みを浮かべる。あれは激おこではないにしろ、お姉さんに対して怒っているのは間違いない。
「保護者の承諾なしに、強引に連れていったんだ。カーナディアが怒るのは当然だろう」
「あ、ヴィもいた」
お姉ちゃんにしか意識が向いていなかったので、ようやくヴィの姿を認識した。
「ほぉ。カーナディアを宥めながら迎えにきてやったのに、ずいぶんだな」
「ありがとうございます!」
ヴィの言葉尻を食い気味にお礼を言った。
私が言うのもあれだが、一点集中型のお姉ちゃんの怒りを拡散させながら連れてくるのは大変だっただろう。
――きゅん?
私のあとをついてきた稲穂は、私とヴィの周りをウロウロしてから、ヴィを見上げて一鳴きした。
何かを一生懸命伝えようと、前脚をヴィの脚にかけたり、きゅーきゅー鳴く姿はとても可愛らしい。おやつのときにこれをやられれば即落ちするだろう。
しかし、稲穂が何を訴えているのか、ヴィに伝わらない。
「うちの魔物っ子たちはどうしたの?」
稲穂のお目めがうるうるし出したので、私が代わりに問うた。
「長のところで世話になっている」
「だって稲穂。みんなと会えなくて残念だけど、もう少し待ってね。すぐ戻……はっ!おねえ様、その方はご先祖様の命の恩人だよー!」
すぐ戻るためには、穏便に事をすませなければならない!
怒っているお姉ちゃんを止めるべく、慌ててお家の中へと舞い戻った。
お姉さんの前に仁王立ちするお姉ちゃん。
「ずいぶんと乱暴なご招待ですこと。エルフの方は礼儀という言葉をご存じありませんの?」
「無理矢理だったのはお詫びいたします。しかし……」
「言い訳は結構。早く長のもとへ返してくださる?」
「ラーイに似ていますね!」
フードから覗くお姉さんの口元が嬉しそうに上がった。
つか、初めて初代の名前が出た!!
「はい?」
「ラーイが女性だったらこんな感じなのですね。あぁ、でも目元にはケイの面影があるかも。二人は自分たちの子供が生まれたら将来結婚させようって、お酒が入るたびに言っていたけど、本当にさせてしまったのかしら?」
お姉ちゃんは何を言われているのかわからず困惑している。
私はその隙に二人の間に入り、お姉ちゃんにお姉さんのことを説明した。
どの初代様かわからないけど、初代様の仲間で命の恩人なのだと。
「そのような話、聞いたことありませんわ。ヴィはご存じでして?」
お、おう。お姉ちゃんが『ヴィ』呼びするの、とてつもなく違和感があるな。
「初代オスフェの娘が二代目ワイズと結婚させろと国王に直談判した逸話ならあるぞ。初代国王であるギィが『あいつは尻に敷かれるから、お前が目をかけてやれ』と当時の王太子に言ったともな」
ヴィもお家の中に入ってきて、なかなかに残念な我が家の話を告げる。
それ、王族の間で笑い話として語り継がれていたりする?
我が家のご先祖様って、ちょいちょい激しい気質というか、行動力のある人がいるなぁ。
曾祖父ちゃんが今でも話題なのって、王家に入ったオスフェの血が隔世遺伝したからとかではないよね?
お姉ちゃんにワイズの特徴が出ているのは、曾々祖母ちゃんがワイズ家の傍系だったからじゃないかな?
「突然割り込んですまないが、貴女は……」
ヴィがお姉さんに話しかけるが、急に声が途切れ、口だけが動いた。すると、お姉さんは動揺したのか、一歩、二歩とヴィから距離を取る。
「ヴィ、お姉さんに何を言ったの!?いじめちゃダメ!」
「いじめてはいない。確認しただけだ。王家を含め、建国の英雄と呼ばれる五家の歴代当主が探している人物なのかをな。しかし、名を呼べなくされているとは……」
「わたしから精霊様にお願いしたのです。エルフの掟を破ったのですから」
……お姉さんは今こうして地下に隠れ住んでいることも納得がいかないのかもしれない。
エルフの掟を破ってご先祖様を助けたことは後悔していなくても、破ったことに対して罪の意識から、もっと重い処罰を求めているのだろう。
同族が罰してくれないのなら、自ら罰を与えるまでに。
「彼らの仲間として支え、自らを犠牲にして助けてくれたおかげで、今のガシェ王国があり、私たちがある。ギィ・ラス・ガシェの名代として、ヴィルヘルト・レガ・ガシェが貴女に心からの感謝を申し上げる」
ヴィがお姉さんに感謝の礼を取る。
これには私もお姉ちゃんも驚いた。
まず、王太子が頭を下げるという場面に遭遇したことがないからだ。
ライナス帝国でもヴィの立場は配慮されるので、頭を下げる必要があるとすれば、陛下方への挨拶くらいだろう。
今まで非公式訪問だったので、そういった正式な挨拶は省略されていた。そもそも、ライナス帝国の宮殿は、ヴィにとっては母親の実家だ。テオさんたちとの気さくな態度からしても、私が生まれる前からよく交流していたようだし。
「ギィの命により、歴代の王家と五家の当主は、精霊の力を使わずに貴女を探していました。私の代で貴女に出会えたことを光栄に思う」
「ご丁寧にありがとうございます」
ヴィが王太子として感謝を述べたので、お姉ちゃんも倣って感謝の礼を取っていた。
「しかし、なぜ、ネマを連れてきたのですか?これの姉もずいぶん心配しておりましたので、理由を聞かせていただいても?」
「その前にどうぞお座りください」
ずっと立ったままでやり取りをしていたので、お姉さんが着席を促し、新しいお茶も用意してくれた。
稲穂にもミルクが追加されたので、上機嫌でお皿の周りをピョンピョンしている。
「稲穂、お姉さんにお礼を言おうね」
――きゅん!!
お姉さんの前でちょこんとお座りをして、尻尾をフリフリしたまま声高に鳴く。
よほどそのミルクが気に入ったんだね。あとでどこで入手できるか聞いておこう。
「どういたしまして。キュウビってこんなにお利口なんですね」
ちゃんとお姉さんにお礼を言えたので、稲穂に飲んでよしと言えば、勢いよく鼻先をミルクに突っ込んだ。
飲むのが下手な子が、舌ではなく口の開閉で飲むように顔の半分がミルクに浸かっている。
「愛し子を招待した理由をお話します」
お姉さんは素直に理由を話した。
お姉ちゃんが怒らないかドキドキしたけど、お姉ちゃんに会えたことも凄く喜んでいるので怒りにくいようだ。なんか、複雑な顔をしている。
「殿下が風の聖獣様と契約したと聞いたときも驚いたものです。ギィは聖獣様に興味ありませんでしたから」
「記録によると、ギィは精霊や聖獣の力に頼ることをよしとしなかったそうですね」
「えぇ。ギィは人が成さねばならぬことに神の力をあてにするのはよくないと言っていましたから」
お姉さんは昔を懐かしむように、ヴィは教わったことの答え合わせをするように会話が進んでいく。
私としては、歴史の授業を聞いているような感覚だ。
ギィが戦いに身を置くようになった経緯とか、当時の国々の状況もあって大陸史の勉強かというくらい「~の戦い」とか「~協定」とかの名前が出てくる。
お姉ちゃんも貴重な機会だと思ったのか、学説で意見が分かれていることについての質問をしたりしている。
私だけ会話についていけないよー。
恋バナや惚気なら聞いていられるけど、ピンポイントのマニアックな歴史の話はちょっと……。
日本で例えると、我がガシェ王国は武将が治める国で、戦国時代に独立したようなものだ。
戦国時代にどんな武将が活躍して、どんな大きな戦があったのかは知っていても、戦国乱世に突入するきっかけとなったなんちゃらの乱――いくつか諸説があるのはおいといて――がどのようなものだったのかはさわりくらいしか知らない。
ぶっちゃけ、有名な武将の生涯の方がまだ詳しいんじゃないかと思う。推しの武将は死因まで調べるでしょ?
ミルクを飲みきった稲穂が、舌を駆使して顔周りを綺麗にしようとしているけど、猫のようにはいかずに苦戦している。
顎の下、胸の前部分までミルクで汚れているのを見かねて、ハンカチで拭き取ってあげる。
「稲穂、帰ったらお風呂に入ろうね」
――きゅっ!!
最初は怖がっていたお風呂も、今では大人しく……というか至れり尽くせりの状態で楽しむことを覚えた稲穂は、お風呂と聞いて喜んでいる。
我が家の使用人は、私がもふもふが大好きなことを知っているので、生き物の毛並みを最高にする技術を身につけたそうだ。
ちなみに、一番人気はパウルで、二番は屋敷の私専属のリィヤらしい。リィヤはディーのお世話で慣れていたのもあるかも。他にも毛並みのカットや耳や爪などのお手入れなど、トリマーのようなことができる者もいる。その技術、私も欲しい。
さて、このミルクを吸ってしまったハンカチはどうしよう?
正直、ポケットには入れたくないし、うさぎさんにしまうのも嫌だ!
浄化の魔法をかけてもらいたいところだけど、まだ歴史トークは終わりそうにない。
このまま手に持っていて、私の手まで一緒に臭い始めそうだし……水で洗うか。
ついでに手も洗えばいいや。
話の腰を折るのは申し訳なかったが、お姉さんにお手洗いを借りると言って椅子から降りる。
一人で大丈夫かと心配され、大丈夫だと豪語したものの、洗面台に手が届かなかったよ……。
泣く泣く戻ってお姉ちゃんに手が届かないことを告げ、抱っこされて手を洗うはめに。
ついでにハンカチも洗ってもらい、しっかりと乾燥までしてもらった。
戻ると場の雰囲気が変わっていて、そろそろお暇を的な空気に。
こういうのがあるから、中座するのって言い出しにくいよねぇ。
「もし、何か困ったことがあればお力になります。貴女は望まないかもしれませんが、恩返しとかではなく、仲間に頼ると考えていただければ」
「ですが……」
表情は見えないけれど、お姉さんの声は明らかに困っていた。
まぁ、一国の王子、しかも聖獣の契約者に仲間と思って頼っていいよって言われても、はい頼りますとは返せないよ。
「たとえ歴史書に載らなくても、貴女は我がガシェ王国の建国の英雄です。初代亡き今、彼らの直系である私たちが意思を引き継いでいます」
「殿下、仲間と同じように思えなんて、無茶もいいところですわ。殿方は少々機微に疎いと申しますけど、さすがにそれは。せめて、お友達では?初めてお会いした者を死線をともにした仲間と同じとはいきませんでしょう?」
強引なヴィにお姉ちゃんはドン引きしていた。ないわーって心の声が聞こえてきそうだ。
ヴィはヴィで、初代様から続く念願が叶う!と興奮していたのかもしれないけどさ。
「招待は事前にお知らせいただくこと。ネマの側には精霊術師も侍ていますので、精霊様に言付けていただいても構いません。それを守っていただけるなら、ネマのお友達と認めてさしあげますわ」
上からな物言いにも聞こえるけど、なんとか繋ぎを持っておきたいヴィと断りたいお姉さんの妥協点として提案しているのだろう。
何かあれば精霊を通じて私に言ってくれと。それまでは、王家や他の家が何か言ってきたとしてもオスフェ家が抑えると。
「カーナディア、勝手なことを……」
「お黙りになって。彼女の話を聞いて思いましたわ。確かに、わたくしたちの初代様の恩人なのでしょう。でも!それ以上に、彼らがたくさん迷惑をかけていたようですわね。ならば、彼女の望み通りにするのがよろしくてよ。ご先祖様の恥をさらすことになりますもの」
ヴィへの脅迫とお姉さんへのアドバイスを兼ねた発言に、私も唖然とした。
仲間なら、彼らの恥ずかしい逸話の一つや二つ知っているだろう。王家が無茶振りしてきたら、それで脅せと言っているようなものだもん。
「……わかった。そこが落としどころか」
お姉ちゃんの説得は無理だと判断したのか、ヴィの方が折れた。
だがしかし、まずは本人の意思確認が大事だと思うの。
「おねえさん、私とお友だちになってくれる?」
「わたしでいいの?」
「おねえさんがいいの!おねえさんが好きなお菓子とか、おすすめのお茶とか。あと、エルフの美味しい料理とか、いろいろ教えてほしいな」
「見事に食べ物関係しか出てこないな」
ヴィ、うるさい!
エルフの郷土料理とか、凄く気になるし、食べてみたいじゃん!
ガシェ王国では食材が手に入りにくそうだから、この国にいる間に食べないと!それで、気に入ったものは国に帰っても食べられるようにしたい。
「よろしくね、ネマちゃん」
お姉さんには、手紙用の転移魔法陣を贈ることを約束して、長のもとへ送ってもらった。
あのミルクを取り扱っているお店も教えてもらえたので、帰りに寄って帰ろうっと。
「あっ!!おねえさんの思い人って誰っ!?」




