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エルフの森へいざ参らん!

「ふふふっ。オリヴィエ姉様に頼んで正解だったわ!」


耳下の位置で三つ編みをされながら、ご満悦のお姉ちゃんの顔を鏡越しに見る。

お姉ちゃんが用意したという服は、今、ガシェ王国の王都で流行っているスタイルのものだった。

シンプルな切り替えのないワンピースは丈が短く、色は淡い黄緑で、襟周りや袖周り、裾周りに色取りどりのお花が刺繍されてある。

超ミニスカなのでワンピースとは呼べないかもしれないが、濃い緑色の七分丈のズボンがあって安心したよ。

ガシェ王国の民族衣装って、袖や裾がヒラヒラなのが特徴だけど、あれは貴族だけなのかな?


「仕上げはこれよ!」


お姉ちゃんが手にしているのはスカーフ?

それをお姉ちゃんから受け取ったシェルは、首に巻くのではなく、私の頭にかぶせた。

……これ、生地の色や刺繍がなければ、どう見ても給食の割烹着。

本当にこれが王都で流行っているの?


「お店の看板姉妹を目指してみたの」


なるほど。確かに、働く服としては動きやすいかもしれない。

お姉ちゃんは同じデザインの服だけど、色は紺色のワンピースに水色のズボンで、頭巾はなしだ。

髪をサイドテールにしているから、かぶりづらいっていうのもあるだろうけど。

それにしても、お姉ちゃんのパンツスタイルは珍しくて新鮮だな。


「準備はできたし、行きましょうか」


お姉ちゃんに手を引かれリビングに行くと、みんなが総揃いしていた。

スピカからはいつものショルダーバッグ稲穂入りを肩にかけられ、海からは星伍と陸星のリードを渡された。二匹の上に、白とグラーティアが乗っかっていて、ノックスが止まり木から私の肩に飛び移る。


「カーナお嬢様、ネマお嬢様、お気をつけていってらっしゃいませ」


パウル、スピカ、シェルが丁寧にお見送りしてくれたが、森鬼と海はどこかげんなりした表情をしている。

私たちがお出かけの用意をしているときに、今日の予定を聞いたからかもしれない。

私たちがいない間に、お部屋の模様替えをするのだ。

邪魔になる魔物っ子たちは私の護衛として外に出し、人型である森鬼と海は模様替えを手伝わせるとパウルが言っていたから。


「あとはよろしくね」


ヴィとの合流地点までは、陛下の警衛隊が案内してくれる。

私の行動範囲ではない場所を通っていくので、つい、キョロキョロと周囲を見回してしまう。


「こちらは宮殿で働く者たちが使う棟です」


この棟は半分くらいが物置として使われていて、リネン類や食器といった備品、洗剤や掃除道具といった消耗品、保存がきく食品など、宮殿の維持管理に必要な物がたくさん置いてあるそうだ。

棟の外には洗濯場があり、魔道具や魔法を駆使して洗濯物を洗っている光景が見られるとか。

洗濯の魔道具って、巨大な洗濯機でもあるのだろうか?


棟から外に出ると、その先には門があった。

広めの馬車寄せもあるし、門自体も大きなものなんだけど、こう武骨な感じを受けるのは裏口的なものだからだろうか?

馬車寄せには一台の馬車が停まっていて、以前使った幌馬車ではなく、簡素だけど客室があるちゃんとした馬車だった。


「あの馬車?」


「はい。外見はどこにでもある馬車の(なり)をしておりますが、皇族が使用するお忍び用の馬車ですので、快適にお過ごしいただけますよ」


お忍び用の馬車!?

楽しそうだとルンルン気分で馬車に近づけば、何やら人影が……。


「あら、殿下。とてもお似合いですわよ?」


殿下……ヴィか!!馬の世話をしている人じゃなかったのか!!


「挨拶もなしに嫌味が先か?」


「失礼いたしました。ご機嫌よう、殿下。本日はよろしくお願いいたします」


ドレスではないので、正式な挨拶はできないけど、お姉ちゃんは優雅に腰を落として頭を下げた。


「あぁ。ネマは大丈夫だが、カーナディアは言葉遣いを崩せるか?」


ヴィの前ではお嬢様言葉を使わないから大丈夫だと判断されたんだろうけど、なんかもやるぞ?


「えぇ、お任せください。こういうこともフィリップ小父様に教わりましたので」


フィリップおじさん、下品な言葉とか教えてないよね?

場合によってはママンに報告して、叱ってもらうよ!


「まぁ、期待はせずにおく」


フィリップおじさん直伝ということで、ヴィも(いぶか)しんでいるようだ。


「それにしても、ヴィもガシェ王国の服なの?」


今日のヴィは、長袖のシャツの上から紐のベルトをしているだけの、私たち以上にシンプルな格好をしている。

我が国の男性にとって、ベルトは必須アイテムなので、どんなラフな格好であろうと着用するものだ。

男性のお洒落(しゃれ)ポイントでもある。

前髪を無造作に結んでいるのも、めったに見ることできない姿。おでこ出しても似合うっていいなぁ。

でも、ゆったりとしたライナス帝国の衣装をヴィが着るの、見てみたかった。

陛下が用意したって言っていたから、ライナス帝国風の服装をするのだと思っていたのに。


「我が国の服にするように言ったのは俺だ。今日は、旅人を装う」


「一応、ライナス帝国の服も用意していたのよ。今度はそっちでお出かけしましょうね」


ライナス帝国の服なら、給食の割烹着にはならずにすむかな?


「じゃあ、行くか」


ヴィが馬車のドアを開けて、私たちをエスコートするために手を差し出す。


「ラース君はどうするの?」


「ラースは空から向かう。中には入れないだろうから、木の上で昼寝すると言っていたぞ」


あの大きな森の木の上でお昼寝……なんと羨ましい!私もお供したいけど、寝返り打ったら落っこちそうだ。

馬車の中は豪華ではないものの、座椅子はふかふかだし、飲み物も用意されている。

走り出しても振動はほぼないので、魔道具も取りつけてあるみたい。


「庶民の格好が似合うと叔父上から聞いてはいたが……本当に違和感がないな」


叔父上って……ルイさんか!!

でも、似合うっていうことは、一応は褒めているのか?


「可愛らしいでしょう?お父様が作る衣装は赤が多いから、緑にしてみたの」


「……お前の瞳の色を着せたかっただけだろう」


ヴィの言葉に、お姉ちゃんはふふふっと笑うだけだった。


「ということは、カーナディアの色はネマの色か」


私の瞳は夜空の色なので、青系と言えば青なんだけど、お姉ちゃんが着ている色はどちらかというとヴィの髪の色だよねぇ。

ちなみにヴィは、うっすい茶色のような色で、私とお姉ちゃんの色は入れていない。


「仲良し姉妹ですから」


お姉ちゃんの設定では、家業を手伝う器量よしな姉妹となっているそうだ。

ヴィは近所のお兄さんで、姉妹の護衛役としてついてきているんだと。


「幼い姉妹だけで、隣国にお使いって無理があるだろう。父親の仕事についてきたとする方が自然だ。俺は父親の部下で、世話を押しつけられたことにするか」


と、ヴィにダメ出しを食らってしまう。


「じゃあ、わたくしたちのことを『お嬢様』と呼んでくれるのかしら?」


「いいですよ、カーナディアお嬢様(・・・)、ネフェルティマお嬢様(・・・)


ヴィにお嬢様って呼ばれた瞬間、ゾワワッと悪寒が走った。


「やっぱり気持ち悪いので、愛称でいいわ……」


お姉ちゃんも鳥肌ものだったのか、両手で腕を抱えている。


「お前ら……失礼な奴らだな」


そう言いつつも、怒っている表情ではないので、ヴィも自分のキャラじゃないと思ったのだろう。


「それから、俺のことはヴィルヘルトとは呼ぶなよ。母上の息子の名前として知られているから、気づかれる可能性がある」


王妃様は王様に嫁ぐ前はこの国の皇女様だったし、国民からも人気が高かったそうだ。嫁いでもなお愛されていて、ヴィも息子として有名なんだって。

ヴィルヘルトという名前と紫の瞳で、ガシェ王国の王子だと勘付く人もいるかもしれない。

私はヴィルヘルトって呼んだ記憶がほとんどないので、気をつけるべきはお姉ちゃんか。


「わたくしもネマを真似てヴィって呼ぼうかしら?」


「ヴィでもヴィルでも、好きにしろ」


そのとき、ショルダーバッグに入っていた稲穂がゴソゴソと動いたと思ったら、ピタリと止まった。

どうしたのかと視線をやると、隙間からちょこっとだけ鼻先を出している。

ぴぉーぴぉーっていびきにしては可愛い音が聞こえてきた。いびきだと息を吸うときに出るけど、稲穂の鼻音は吐くときのものだ。

起きているときにはこの症状は出ていなかったけど、鼻詰まり、鼻炎などの病気の可能性もあるから、ちょっと心配だね。

エルフの森に動物に詳しい治癒術師さんいないかな?長さんに聞くだけ聞いてみよう。


「よく寝るなぁ」


バッグの中が退屈だから、寝るしかないんだろうけど、昨日の夜も私と同じ時間にベッドに入り、私と同じ時間に起床しているんだよ?

今日のために少し早く寝たので、地球の時間で言うと、夜の八時くらいから朝の六時くらいかな。


「王宮に来るといつも昼寝しているし、二巡も眠りこけていたお前が飼い主だからな。そっくりだ」


「いつもじゃないはず!」


一日中、竜舎や獣舎で遊んでいた日もあったよ。二巡も寝ちゃったのは、私のせい……か?

心配かけたのは私が悪いけど、眠りこけていたのは不可抗力だと思うなぁ。


「それに、最近はお昼寝の回数もへったよ」


体力がついてきたのか、以前のように遊び疲れていつの間にか眠っているということは減った。

ダオとマーリエがアグレッシブじゃないからとかではないと思いたい。


「帰る前にラースと昼寝をさせようかと思ったが、いらぬ世話だったか」


「それとこれは別だから!ラース君は特別なのよ!」


あのお腹の弾力といい、毛並みといい、とにかく最強なんだよ!!

お腹に寄りかかっても、背中に寝そべっても、即落ち三秒。いや、もふもふを堪能するために最低三分は欲しいな。


「本当にラースへの執着が凄いな」


「ヴィはずっとラース君といっしょだから、ありがたみを感じなくなっているんだよ」


ラース君と契約したのが八歳くらいでしょ?ということは、倦怠期とか?


「ダメだよ、いるのが当たり前だと思っちゃ」


「そうは言うが、何事もなければ、俺が死ぬまでラースはいるぞ?」


「でも、ソルみたいにラース君が大きくなって側にいれないとか、思わぬことが起きるかもしれないじゃん」


ラース君がソル並みの大きさになったら……グラーティアのように全身でもふもふを堪能することができるのでは?

大きさは想像できるけど、毛並みはまったく思い描けない。大きくなると、毛も大きく太くなるのかな?

そうすると、今の極上さらもふつやすべな肌触りは失われてしまう?


「ダメだ!ラース君の巨大化はなんとしても阻止しなければ!!」


「お前は何を想像しているんだ」


だって、ラース君の毛並みが失われたら、私は生きる楽しみがなくなって……うっ。


――ぴぉーぴぉー。うきゅぅぅぅ。


稲穂の鼻の音で我に返る。

寝言?それとも息苦しいのか?

魔物は怪我はすれど、病気には(かか)りにくいこともあり、魔物の病気に関する知識はほとんど持っていない私だ。

星伍や陸星も健康優良児なので、聞いたところで答えられないだろう。

いざとなれば、レイティモ山のハンレイ先生を頼る手段もあるが……遠い。


「稲穂、稲穂。大丈夫?」


――むきゅぅぅぅ……きゅぅ?


「苦しいとか、どこか痛いとかある?」


――きゅっ。きゅぅぅぅぅーん。


「ウィーディにぐるぐるぎゅーってされた夢を見たって」


星伍が稲穂の言葉を訳してくれた。

稲穂、夢の中でもウィーディにちょっかいをかけて、返り討ちにあっているのか!?


「具合が悪いとかはないのね?」


――きゅぅん。


夢見が悪くてうなされていただけならいいんだけど。しばらくはしっかり様子を見ていくことにしよう。


そうこうしているうちに、馬車は帝都を走り、目的のエルフの森の近くで停まった。

森の入り口は、相変わらずエルフが仁王立ちして守っている。

前回もらった耳飾りをして、そのエルフさんに声をかけた。


「こんにちは。長さんとお約束しているのですが」


門番のエルフは耳飾りに手をかざし、何か魔法をかけられた。


「確認しました。どうぞ、中へ」


お許しが出たので、うろの中に入ろうとすると、星伍が我先にと駆けていく。星伍の背中にはノックスの姿があった。

じゃあ、次は私がと思ったのに、ヴィに(さえぎ)られる。


「むぅ」


「紳士としては、女性の後ろをついていくわけにはいかないだろう?」


それもそうかと納得して順番を譲り、ヴィの次に中に入れた。

ヴィにお姉ちゃんのお尻を見せるのは嫌だけど、私がヴィのお尻を見つめるのもなんか不思議だ。

王太子が四つん()いになるのもそうそうないことだし、その形のいいお尻を間近で見られるとは!

すぐに真っ暗になったから、ヴィの姿もわからなくなってしまったけど。

ドームのような空間に出ると、前回と同じ案内役さんが立っていた。


「お世話になります」


「またお会いできて光栄です」


名前を思い出せなくて申し訳ないが、ヴィとお姉ちゃんに自己紹介しているので、こっそり聞き耳を立てる。


「カーシェ・ジュゼ・セロイフェンです。長のもとへご案内いたします」


よし、覚えたぞ!

カーシェさんのあとに続き、エルフの森の奥へと入っていく。人が少ないルートを選んでくれていて、でも前回とは違う道だった。

エルフの姿がちらほらとしかないのに、道自体は広い。

お家が並んでいることから、住居区なのかもしれないけど雰囲気がちょっと違う。

店が開く前の商店街に近い?

それならお家ではなくお店ということになるが、看板などは見当たらない。不思議だ。

何か答えがないかと周囲を見回すと、覚えのあるにおいがした。

草のにおいだ。

前世の田舎では、舗装されていない歩道の脇に(たく)ましく生える雑草を、定期的に草刈り機で刈る光景が見られる。

その際に、漂う草のにおいと同じだ。

エルフの森で草刈りでもしているのだろうか?

においのする方を向くと、何やら大きな生き物の尻尾らしきものが見えた。

一瞬だったので、なんの種類かは特定できず、カーシェさんに聞こうと思って振り向いたら……。


「えっ……?」


辺り一面が真っ暗になった。

停電なわけないし、まだ森の浅い部分を歩いていたので、木の葉の間から太陽の光がちゃんと届いていたよ。


「おねえ様!ヴィ!カーシェさん!」


大きな声で呼んでも返事はない。

自分に何が起きているのかまったく理解できず、何も見えないし何も聞こえない。

自分の目と耳がおかしくなったのか、凄く怖い!

おそるおそる歩こうとしたら、一歩足を出しただけでバランスを崩した。

とっさに両手をついて転倒自体は防げたけど、ボスッと音がして、ショルダーバッグが地面に当たってしまったみたいだ。


――きゅーっ!


「ごめん、稲穂。大丈夫?」


何かあったのかと、稲穂がバッグから出てきた。


――きゅぅん?


稲穂をぎゅっと抱き寄せ、温かい毛並みに顔を(うず)めた。

稲穂の体温と毛並みの感触がとにかく安心する。


「よし!充電完了!!」


まずは状況を把握して、無事にお姉ちゃんのもとへ帰らねば!



犬猫のいびきや寝言って可愛いですよね~( *´艸`)

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