閑話 ある侍女の独白(侍女視点)
ダオルーグ殿下の交遊会にて毒物が混入され、出席者の多くが被害に遭ったことはすぐに知れ渡った。
私はダオルーグ殿下の侍女として準備に関わっていたにもかかわらず、この企みを看破できず、己の失態に目の前が真っ白になった。
その日のうちに捜査班から話を聞かれ、彼らの様子から宮殿で働いている者が手引きをしたか実行犯がいると疑っていることがわかった。
捜査班はエルフが主体となり、精霊術を用いて捜査をするらしいが、具体的なことはわからない。
ここは主様に指示をいただいた方がいいだろう。
寮の自室に戻り、早速手紙を書こうと紙を取り出すと、扉を叩く音が聞こえてきた。
「アイヴィー、いるなら一緒に食堂に行きましょう」
尋ねてきたのは、同僚の侍女の中でも特に親しくしてくれるハンナだった。
ハンナは、宮殿に上がった時期が同じで、新人の頃に配属が一緒だったことがきっかけで仲良くなった。
……仲良くなるよう仕向けたのは私だけど。
「用意するからちょっと待って!」
自室に戻ったからと、お仕着せの襟巻きは真っ先に外したし、身分の証でもある腕輪も定位置の箱にしまってある。
自室から一歩でも出る場合は、身だしなみはもちろんのこと、腕輪の着用が義務付けられている。
急いで鏡の前でお仕着せを整えて、部屋の前で待っているハンナと食堂へ向かった。
食堂はすでに多くの人で席が埋まっている状態だったが、ハンナは気にすることなく食事を手にして、こっちよと私を促す。
ハンナの行く先には、同じ年頃の女の子たちが集まっていた。
どうやら、先に席を確保してくれていたようだ。
「アイヴィー、貴女、交遊会に出てたわよね?」
お疲れ様と挨拶もなく、身を乗り出して聞いてきた。
私は苦笑しながら、その席にいる誰もが興味津々な様子を見て、事件のことを聞きたいがために誘ったのかと納得した。
「配膳をしていたけれど、私は何も知らないわよ?」
「何が起こったのかだけでも聞かせてよ!」
ここにいる子たちはほとんどが文官の執務室付きで、ハンナは皇族の住居区である東翼付きの侍女だ。
「急に誰かが倒れたって声が上がったら、あちらこちらで同じようなことが起こって……」
「まぁ!」
すでに知っていることだろうに、みんなは驚いてみせる。
「あ、でも。始まってしばらくしたら、気分が悪いと仰る方が多かったそうよ。お手伝いにきていた子が、治癒室を何往復もしたって」
その日だけ、別の場所を担当している子が雑用として来ていた。他にも何人かいたが、ほとんどが裏方の……足りないものを持ってこいだとか疲れたご夫人を休憩室に案内するとか、そんな仕事を押しつけられていたらしい。
「そういえば、治癒室にも人があふれていたって言っていたわ」
「ガシェ王国の二の姫様が狙われたって本当かしら?」
「ダオルーグ殿下じゃなくて?」
「えぇ。倒れて意識が戻った出席者が、二の姫様の暗殺に巻き込まれたと言っていたのを、客室階の侍女が聞いたって」
交遊会に出席していたのならこの国の貴族に間違いないが、なぜ、あのお方が狙われているのを知っている?
対外的には、両国の友好を深めるため、王族の血を引くご令嬢を留学させたことになっているはず。
あのお方は、皇子たちの、特にダオルーグ殿下の対等なご友人として連れてこられたと思われているのに。
調べればガシェ王国で何が起きて、どうしてあのお方がこの国に来たのかはわかるかもしれないが、主様も調べるのには苦労していた。そこら辺の貴族が、他国の重要機密を調べられる伝があるのだろうか?
「あんなに幼いのに、命を狙われているなんて……」
「ガシェ王国でも王族に可愛がられていると噂されているし、陛下も殿下方よりも可愛がっておいでだわ。どちらの国かわからないけど、姫様を妬んでいる貴族が暗殺を依頼したと思わない?」
「ねぇねぇ、確か、陛下が二の姫様に嫁いでこいって仰ったらしいって噂があったわよね?」
「あった、あった。あれって、殿下方の誰でもいいから、みたいな感じだと思ったんだけど、ひょっとしたら陛下の側室にってことだったのかも!」
私が発言するまでもなく、みんなは噂話で盛り上がり、どんどん怪しい方向に向かっていく。
「まさか、お歳が離れすぎてるじゃない」
「でも、陛下はエルフの特徴が濃いもの。二の姫様がお年頃になられたときも、きっと今とお変わりない姿だと思う」
「その前に、今までに側室を迎えられた方っていたかしら?」
私の知る限りでは、歴史に名を残した皇帝たちも、ここ数代の皇帝たちも側室はいない。
まぁ、公にできない愛人などの存在まではわからないけど。
でも、友好国の公爵令嬢をそんな日陰の存在にはできないだろうし、そもそも聖獣様がお許しにならないだろう。
「探せばいるんじゃないかしら?」
「五代か六代目の皇帝がそうだったような……」
「六代目は今の陛下と同じで先祖返りよ。皇后様がご病気で身罷られたあとで娶られたはず」
「えぇぇ。じゃあ、あのお方を廃して?」
「しっ!めったなこと言わないの!」
「でも……」
今の皇后様はライナス帝国の南方、元は小国家群の一国だった地域の出身だ。
この国での歴史は浅く、一応、その小さな国の王族の血筋ではあるけれど、一部の貴族には受けがよくない。婚約が決まったときには、多くの貴族が反対したらしい。
そんな皇后様の血が入ったから、殿下方が聖獣様に認められないのではないかと言う貴族もいる。
今の陛下も先代の太上陛下も、幼少期には聖獣様に認められていたせいもあると思う。
「どちらにしろ、二の姫様はお見合いとしてこちらに来られて、命を狙われるって可哀想だわ」
「ダオルーグ殿下やマーリエ姫とも仲がよいし、悲惨な結末にはなってほしくないよね」
「マーリエ姫で思い出したんだけど……」
こうして話題はエンレンス家の侍女がどこどこ伯爵の次男と恋仲だとか、誰それが別れただとか、恋バナで盛り上がっていった。
他の席では、いまだに事件のことで話が弾んでいるようだが、どこも似たような話しかしていない。
食事を終えて、ようやく自室で一人になれた。
机に向かって手紙を書き始めると、あっという間に二枚、三枚と埋まっていく。
転移魔法陣の布を取り出し、主様に付き添っている弟に宛てて送る。
明日の夜には、返事が届くだろう。
◆◆◆
事件の翌日も、捜査班のエルフからいろいろと話を聞かれた。
一人ずつ順番に聞いているとはいえ、仕事中に人が抜けると負担が大きい。
ダオルーグ殿下も寝室から出てこないし、侍女頭もいつもの覇気がない。
それでも昨日の片付けだとか、仕事は待ってくれないので本当に大変だった。
でも、姫様の様子を拝見できたのはよかった。いつもと変わらず、ダオルーグ殿下を引っ張っていく姿はさすがとしか言いようがない。
自室の、転移魔法陣の布を隠している場所を見ると、手紙がすでに届いていた。
早速手紙を広げると、事細かく指示が書き込まれている。
私は怒られることを覚悟していたが、そのことについては何も書かれていなかった。
どうせ、駒が勝手に動いたのだろうと、こちらを気遣う言葉が綴られている。
それに感動しながらも、どの駒を捨てるのか、そのままなのか、動かす駒はどう動かすのか、指示されたことを頭の中に叩き込む。そして、手紙を燃やした。
「……あの人、切らないのか」
一番厄介な駒が現状維持だったのでちょっと面倒臭い。
指示があったものの用意、動かす駒への接触手段、いろいろと算段をつけないといけない。
仕事をこなしつつ、少しずつ準備を進めた。
事件から数日後。
そろそろ駒たちが動いた結果が出始める頃だ。
「ねぇねぇ、聞いた?」
「何を?」
朝食時間の食堂は、夕食のときよりは空いている。
厨房ではすでにお昼の仕込みを始めているのか、刺激のある香辛料のにおいが鼻につく。
「ディケンズ伯爵が捕まったらしいよ」
「えっ、どうして?」
そうなるように仕向けたとはいえ、実際に捕まると安心した。
「あの交遊会の事件、ディケンズ伯爵が裏で糸を引いていたんですって!」
「他にもいろいろとやっていたって聞いたけど、具体的な話は出てこないね」
まぁ、ヘリオス領のこととかは、さすがに公開できないだろうね。……それも仕込んだやつだけど。
これで、捨てろと言われた駒を切ることができた。
邪魔なものも全部処分したし、あとはあの駒が変な動きをしないように牽制しながら、監視するくらいかな。
主様、早く帰ってこないかなぁ。
事件解決はある人物によってお膳立てされておりました。
噂話のシーンは書くの楽しかったなぁ(笑)