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パウルのいない間に。(森鬼視点)

ラース殿の(あるじ)、王子に頼れと言われた精霊は、今までの精霊とは少し違っていた。


『君が愛し子の騎士か』


『わたしたち、ヴィルヘルトのお手伝いをたくさんしているから、できることも多いわよ』


今まで見た精霊たちに比べると、雰囲気が穏やかだ。

風の精霊はみんな好き勝手にしゃべる奴が多くて、火の精霊はちょっかいを出してきて、とにかくうるさい。

水の精霊は水のだけなら大人しいのだが、風や火と揃うととたんに口うるさくなる。土のは好奇心が旺盛なのか、主が遊ぶときは率先して(つど)っている。

王子が寄こした中位精霊の二人は主にも俺にもくっつくことなく、大きな目を細めて微笑んでいた。


王子とラース殿が帰ると、中位精霊が俺に尋ねてきた。


『あなたはわたしたちに何を望むのかしら?』


何をと言われても、とっさに思い浮かぶものはない。

主の望みはおそらく事件の犯人を捕まえることなのだろうが、今は目的が変わっているようにも感じるので、俺が願ってもいいものなのか。


「とりあえず、事件に関することを集めてきてほしい。エルフがどこまで調べているのか、誰が得するのか、誰が喜んでいるのか。人目のない、安全な場所ほど、人は本音を吐露(とろ)するのだろう?」


情報の有用性はパウルに嫌というほど叩き込まれたが、正直なところ理解ができない。

黙っていればいいのに、どうして人はしゃべりたがるのか。一人で抱えきれないというなら、なぜそれに関わるのか。

人という種族は複雑怪奇で、生きるということ以外への執着が強いように思う。


『任せて、そういうの得意だよ』


中位精霊の二人はどこか楽しげな様子でどこかに消えていった。

奴らは得意だと言った通り、翌朝には調べ終えていた。

主はまだ寝ているのでパウルに同席してもらい、精霊の言葉を伝えていく。

しかし、時に奴らは訳のわからないことを言い始める。


「……真っ黒けって、ディケンズって奴のことか?」


俺は中位精霊に聞いたのだが、他の下位精霊たちも真っ黒けに反応して、あちらこちらから声が上がった。


『真っ黒けー!』

『いつパァァンッてなるか、みんなで見張ってるの!』

『もうすっごく真っ黒けなのよ!』

『危ないから愛し子は近づけちゃだめー』


風や火の精霊たちは楽しそうにしているが、水や土の精霊は真剣な声で忠告を発している。


『みんな落ち着いて。彼らには魂の色が見えないのだから、ちゃんと説明してあげないと』


『そうそう。業は知っているよね?大樹が年輪を刻むように、大地が地層を刻むように、魂は業を刻んで生を繰り返すんだ。真っ黒けの人は、魂を黒く染め上げるほど悪い業を積み重ねたということさ』


聞いて思い出したが、植えつけられた知識の中にそんなものがあったな。

一度認識してしまえば、それに関連する知識が次々に浮き上がってくる。

それを軽く説明すれば、パウルはなるほどと頷く。

訳のわからない世界の(ことわり)の一部を彼はあっさりと受け入れた。

まぁ、知ったところで魂の色なんて自分でどうにかできるものでもないし、主に何かあるわけでもないし、流すくらいでちょうどいいのだろう。

それから、茶葉と焼き菓子を売った商会、入手先や運搬経路など細かいところを聞き出していく。


『愛し子起きたよー!』

『セーゴとリクセーがお腹空いたって!』

『ハクとグラーティアが露台から落ちて遊んでるよー』


主が起きるとあいつらも動き出す。主が寝ているときに騒げば、パウルが容赦ないからだ。

セーゴとリクセーは成体となって落ち着きも出てきたが、ハクとグラーティアはまだまだ遊びたい盛り。

俺の種族も子供のうちは悪戯と失敗を重ね、痛い目を見て大きくなっていくが、その過程で死ぬことだってある。

ハクは落ちたくらいでは死なないだろうが、グラーティアはどうだろうか?

パウルに主が起きたことを教えると、主の寝室へ向かう前に精霊にあるお願いをする。


「商品の運搬経路のどこかに加工作業をした場所があるかもしれないから、それを調べておいて欲しい」


『地上でわたしたちが行けない場所、入れない場所はないから任せて』


なるほど。風が通る隙間さえあれば、風の精霊たちはどこにでも行けると。


『あ、でも、地下だったら土にお願いするから。土の中は窮屈(きゅうくつ)で息苦しいのよね』


まぁ、風だからな。閉鎖された空間は苦手なのだろう。精霊同士、上手くやってくれればそれでいい。

パウルは俺にあいつらを押しつけて、主のもとへ急いで行った。

さて、回収に向かうか。


「ハク、グラーティア、何をしている」


「あ、シンキ見て見てー!」


ついこの前のコクと競っていたときのように、体を思い切り伸ばしたハクが露台の外にぶら下がっていた。

露台の柵に先端を巻き付けて落ちないようにしているが、スライムはこんな生き物だったか?レイティモ山のスライムたちも遊び好きだが、ハクのような奇妙な行動を取っているのを見たことがない。


「パウルに怒られる前に戻れ」


「もうパウル来ちゃったの?」


俺たちが話し合いをしていたから、来るのが遅くなることを見込んでの遊びだったか。

微妙にうねりながら露台の中へとハクが戻ってくると、ハクの後ろ……背中なのかお尻なのかわからないが、そこにグラーティアは糸をつけていた。


「その糸が外れたら危ないぞ」


ハクのつるんとした体だと、吸着が弱くて外れることもあるかもしれないと注意を促せば、糸を登ってきたグラーティアが大丈夫だと前脚を振る。

いや、何かを見せようとしているのか。

グラーティアを手に乗せて、大きく掲げた前脚の先の方を見た。

白い小さな球体のようなものが浮いている。


「糸の先に何かくっつけているのか?」


そう尋ねれば、先にくっついている白いものも糸の塊だと言う。

糸一本でぶら下がるより、先端に糸の塊をつけると外れないのだと豪語するグラーティア。

自慢げな様子からして、何度も試行錯誤をしたのかもしれない。

となると……。


「その方法を編み出すまでに、何度も失敗しているな?」


思った通り、少し低い声を出して言えば、グラーティアは図星だと言わんばかりに固まった。なぜかハクも同じように固まっているが、そうか。お前も共犯か。

糸だけだとハクの体から外れたから、くっつける部分を増やして試していたらしい。


「ハクはここから落ちても死ぬことはないが、グラーティア、お前は怪我をするかもしれないんだぞ。お前に何かあれば、主が悲しむ」


グラーティアは力なくカチカチと牙を鳴らし、ごめんなさいと謝った。


「僕が守るから大丈夫だよ!」


「ハクが守るのは当たり前だ。しかし、守れない状況もあるのだと理解しろ。グラーティアはお前の弟なんだろ?」


主が拾ったのはグラーティアの方が先だが、生まれてからの長さで言えばハクの方が長い。

シズク曰く、一度は進化をしているそうなので、魔物としての強さも違う。


「弟!!ぼく、おにーちゃん!……あれ?おねーちゃんだっけ?」


「スライムに雄雌(おすめす)はないからどちらでもいいと思うぞ」


前に主が何か言っていたような気もするが、ハクも気にしていないから掘り下げなくてもいいだろう。


「ほら、戻るぞ」


「ご飯!ご飯!」


ハクとグラーティアを連れて部屋に戻ると、清々しい笑顔のパウルがすでに檻を持って待機していた。


「朝食は用意できているぞ」


早く食べてしまえと言わんばかりの圧に、主とともに席につく。

机の下では、セーゴ、リクセー、イナホの食事が用意されていて、三匹はパウルの合図が出るのを今か今かと待っていた。

いや、イナホはまだ眠いのか、何度も大きなあくびをしている。


「どうぞ、お召し上がりください」


パウルがすべて言い終える前に、主はもう一口目を頬張っている。

セーゴとリクセーもお腹空いたと訴えていただけに、ガツガツと食らいついていて、すぐに食べ終わってしまいそうだ。

イナホは……食べながら寝ている……。飯に顔を突っ込みそうになると目を覚まし、また飯を食ってはカクリと顔が下がる。

見ているだけでハラハラするんだが……。

ハクとグラーティアは俺たちが飯を食っている間、お仕置きとして飯をお預けにされていた。

腹が減ったと鳴くハクの相手をカイがやっていて、ついでに食欲ももらっているようだ。


主が俺たちを急かして部屋を出る前に、パウルはスピカやカイに仕事を振っていた。

スピカは宮殿での噂集め、カイはイナホの子守り。

カイはともかく、スピカは大丈夫かと心配だったが、あいつはあいつで獣人と交流をしていたらしい。

宮殿で働く獣人も多く、獣人の種族によっては耳がよくて内緒話を聞いてしまったり、夜目が利くので怪しい密会を目撃したりすることもあるのだとか。

なので、獣人自身が見た聞いたという噂は信憑性が高いそうだ。

カイはすでにイナホを抱えて、日当たりのよい窓辺に移動していた。二度寝する気満々だな。



◆◆◆


ダオルーグの部屋で、パウルが事件のあらましを説明し終えると、俺と主はあの隠し部屋へと追いやられた。

主は警衛隊への質問の打ち合わせが気になるようで、隠し部屋へ向かうのを渋っていた。


「主、ハクとグラーティアが奇妙な技を編み出したから見てやったらどうだ?パウルがいると怒られるだろうから、今のうちに隠し部屋でやった方がいい」


ハクが伸びて、グラーティアがぶら下がるくらいではパウルも怒らないと思うが、口実にはちょうどいい。

主は早く見たいと、先ほどまでとは打って変わってご機嫌な様子で寝台の下に潜り込んでいく。

隠し部屋に到着するやいなや、主はハクをむぎゅっと掴んで、見せて見せてと迫る。


「うん、いいよー」


主にはみゅぅっと気の抜けた鳴き声にしか聞こえないだろうが、ハクはどこか嬉しそうだ。

ハクはぷるりと震えて、俺に言った。


「シンキ、お手てかして!」


仕方がないのでハクを手のひらに乗せると、グラーティアも跳び移ってきた。


「上に高いたかーいして!」


あぁ、そういうことか。

ここには高い位置で掴まれる場所がない。俺が露台の柵代わりってわけだ。

ハクの言う通りに、手を頭の上まで挙げる。

手のひらの上で、ぐにぐにと動き出したと思ったら、指の隙間に入り込んできた。

くすぐったくて振り払いそうになるのを堪える。ハクから動いちゃダメーと文句をもらうが、それなら最初から、指に掴まると言っておけ。


指の隙間から、どろりとハクがこぼれる。

だが、水とは違って途切れることはなく、細長く垂れ下がっている。

グラーティアは指先まで行くと、器用にハクに掴まりながら滑り、そのまま落ちていった。

床まであとわずか、というところでグラーティアの落下は止まり、ゆっくりと床に着地する。

薄暗いこの部屋では糸がみえづらく、失敗したのかと心配した。


「……うぅん?」


主は、いつもの遊びとどう違うのかわかっていないのか首を傾げるが、次の瞬間には目を見開いて驚いていた。


俺の指に絡まって伸びていたハクが、一瞬で元の形に戻ると、その勢いで床にいたグラーティアが飛ばされたのだ。

ハクとグラーティアは糸で繋がっているので、飛び上がったグラーティアは再び落下し、今度は左右に大きく揺れる。


「おぉぉ!!逆バンジー!!」


「あるじ様のまねしてみた!」


「ママと同じ!」


……主の真似って、アレか?

ソルの頭の上から落ちて、精霊たちが力加減を間違えて吹っ飛ばしたアレか?

ハクとグラーティアの言葉を伝えると、主はなんとも言えない顔になった。

アレは主としても不可抗力というか、望んでやったことではないので、真似されても嬉しくないのだろう。


「グラーティア、あれは命綱がないと……糸があると言っても、切れたら危ないんだよ?」


グラーティアは大丈夫と、体を上下に動かして主張する。

主の母親も丈夫な糸だと言っていたので、外れることはあっても切れることはないはずだ。

納得のいかない様子の主に、グラーティアが糸の先に施した工夫のことを説明する。

実際にグラーティアが目の前で作って見せたが、薄暗い部屋なのと小さくてよく見えなかったのか、主は眉間に皺を寄せて睨んでいる。


「糸の先に糸の塊?……ひょっとして、投げ縄みたいに遠心力で遠くに飛ばせたりする?いや、軽いから……待てよ、投げ縄!」


グラーティアがこれだよこれ!と糸の先を頑張って見せようとしているのに、主は何やら考え込み始め、小さな声で独り言を呟いていた。

主、考え事に集中するのもいいが、グラーティアを見てやってくれ。

あと、自力で体を伸ばせるようになったハクのことも褒めてやってほしい。拗ねているから。


「グラーティア、白の体に糸をぐるぐる巻きにするのじゃダメだったの?白が食べなければ、外れることもないよね?」


主の言葉に、グラーティアは動きを止めた。

俺の肩で拗ねているハクもブルブル震え始めた。


「それは……やったことない」


「体に巻く……食べない……」


外れないようにするのであれば、糸の先を太くするよりも、ハクの体に巻きつけた方が早いし楽だろう。

そんな簡単なことを思いつかなかったことに衝撃だったのか、それとも恥ずかしいのか。二匹は項垂(うなだ)れているように見えた。

主に試したことがないと伝えると、ちょっとやってみようと返ってきた。

二匹を励ましつつ、再び手のひらに乗せて上に挙げる。

ぬるんと伸びたハクの体の上をグラーティアが()う。

下の方まで行ってグラーティアが体の向きを変えた。そして、ぎこちない動きでハクの体を周回していたのだが、段々と様子がおかしくなっていく。

動きがなめらかになり、加速し始めたと思ったら、なぜかハクの方も回転している。ハクが回転しているからか、グラーティアは脚を動かしているのに位置は動いていない。


「目がまわるー」


ハクのどこに目があるのかいまだにわからないが、ハクの回転が止まるとグラーティアは体から落ちていき、先ほどと同じように床に着く直前で停止した。


「えいっ!」


ハクはかけ声とともに元の形に戻り、グラーティアは宙に舞う。俺の頭を越したくらいの高さまで上がり、今度は落下。そして、振り子のように左右に揺れていると、いつの間にか円を描く動きに変化していた。


「何それー!僕もやりたい!」


また変な遊びを覚えてしまったな。どうせ最後は吹っ飛ぶんだろ?

予想に違わず、グラーティアは勢いが強くなると自分で糸を外し、主の頭目がけて飛んでいった。


「ママー!うまくちゃくちできた!」


主は突然飛んできたグラーティアを両手で捕まえようとしたが間に合わず、グラーティアは着地した頭の天辺で成功した喜びの踊りを踊っている。


「僕も!僕も!シンキ、ブンブンしてっ!!」


「俺がやったら意味ないだろ」


グラーティアよりも勢いをつけたいのか、俺に振り回してとお願いしてくるハク。

手は貸してやるから、自分でやれ。

結局、ハクは勢いをつけすぎて、主を通り越して壁にべちゃりと張りつく結果になった。

まぁ、体を制御できるようになれば、狙い通りの場所に着地できるかもな。でも、それなら俺がぶん投げた方が早くないか?


ダオルーグの隊長って奴が来たので、ハクとグラーティアの遊びを終了させた。

まだ遊び足りないとごねる二匹だったが、パウルの名前を出せばすぐに大人しくなった。

お預けのお仕置きは効果があったようだ。


隠し窓の向こうから、パウルが準備はいいかと問いかけてきたので、こちらの音があちらの部屋に伝わらないよう精霊にお願いする。


『じゃあ、みんな。これから来る人のことを知っていたら教えて』


中位精霊がそう言って、下位精霊たちが自由気ままにしゃべり出すのを止めた。

そういえば、もう一人の中位精霊がいないな。

どこか調べにいっているのかもしれない。そうこうしているうちに、一人目が部屋に入ってきた。


『はいはーい!あの人、洗濯係と掃除係の女の子と付き合っているよ!こういうの、二股って言うんだって!』


風の下位精霊が言ったことを、俺が紙に書く。忘れないために書き残して欲しいと主にお願いされたからだ。

それを読んで、主の顔が(しか)められた。


『前、街の食堂の女の子から頬を叩かれてたー!』


「……女性にだらしがない人なのかな?」


強い雄が多くの雌に囲まれるのは自然なことなのに、主は不快感を隠そうとしない。

森の動物の繁殖は様々だった。

多くの雌に近寄る雄や、逆に多くの雌と交わる雄。ただ一匹だけを(つがい)に選ぶ種もあれば、繁殖期ごとに変わる種もある。

獣人に繁殖期のことを尋ねたことがあるが、人に近い種族もあれば、祖先の影響が強く出る種族もいるので、他種族の獣人同士での婚姻は珍しいらしい。

そういう場合は、双方が生涯番を変えない種族なんだと。

主の考えは、その種族に似ているのだろう。

まぁ、あの親を見て育てば、当然のことかもしれん。


『この人はラース様を拝んでいたよ』

『この人は孤児院で子供と一緒に遊んでた!』

『この人知ってる!教会でよくお祈りしているんだけど、そのお願いっていうのがね、賭博に勝てますようにだって。神様も女神様も運は管轄外なのにねー』


半数ほどが終わったところで休憩と言われ、上に戻る。なぜか隊長が憔悴(しょうすい)しているように見えたが気のせいだろう。

パウルたちと合流して、精霊たちが言っていたことをダオルーグに伝えた。


「この、いい人悪い人っていうのは、どういうふうに見分けているのかな?」


『魂だよ!悪い人は悪い業ばかりを積み重ねているからね!』


土の精霊が、胸を反らせるような格好で自慢げに告げた。

しかし、意味は伝わらない。

主もダオルーグも首を傾げるので、パウルに説明したときと同じ話を二人にする。


「魂ってしましまなの?」


主らしい発想である。年輪と地層の例えが悪かったようだ。わかりやすいと思ったんだが。

パウルは主のことを年齢の割に賢いと言うが、これが子供らしい一面ってやつなのか?人の子供は主と主の友人くらいしか見たことがないので、よくわからん。


『魂がしましまだったら可愛げがあるけど。善い業と悪い業は、混ざらないのに灰の色になるんだ』


魂が灰の色と聞いて、主は明らかにがっかりだと肩を落とした。

主曰く、神秘的でキラキラしたものだと思っていたらしい。

業や魂の色などは、人の世界ではさほど広まっていないのか、ダオルーグも興味深そうに聞いている。


「その、善い業だけの魂を持つ人とかいるのですか?」


ダオルーグは質問したものの、精霊がどこにいるのかわからないから俺を見たのだと思ったら、視線が合うと慌てて俯いた。

下位精霊たちがそんなダオルーグの頭を可愛い可愛いと撫で始めたが、その行動が気に入ったようだ。


『残念ながらぼくは見たことないね。いるとしたらエルフか魔族だと思う』


エルフと魔族は知性を持つ種族の中でも長寿ではあるが、人や獣人とは違う文化と価値観を持つため、業が溜まりづらいらしい。

魔族には会ったことないので判断できないが、エルフの精霊への態度を見る限りそんな感じはする。


そうして、残りの面接をすべて終えると、思ったよりも精霊が覚えていた隊員は少なかった。

知性があるものは善いことも悪いこともするのが当然であり、精霊たちにとっては代わり映えのしないものだから印象に残っていないのだろう。

その代わり、精霊たちの感性に触れるものは、かなり前のことでも覚えていた。


「どの人も魂の色は特にかたよっていなかったかー」


主が気にしていた、当日いるはずだった治癒術師も治癒魔法が使えるだけあって、他の人の魂よりはちょっと白っぽく見える程度だそうだ。質問にも怪しい素振りなく答えていて、パウルも問題なしと判断した。

変更を告げた隊員も覚えていて、その隊員は通知を掲示板で見たので世間話のついでに伝えたと証言したらしい。


「一つ気になるのだが、その変更の紙とやらは隊員以外には絶対入手できないのか?」


隊員の中に怪しい奴がいないのなら、それ以外の奴っていうのが濃厚になるわけだ。

その紙を外の奴が入手して、名前の部分を書き換えた可能性も考えられる。


「変更通知は手渡しするときもあれば、人数が多い場合は寮に張り出すときもある。しかし、あの日の変更を希望した者はいなかったぞ」


本人に直接言えばいいのに、なぜわざわざ紙で知らせるのかと思っていたが、人数が多いときもあるからか。


「あの日じゃなくてもいいだろ。別の日の希望を出して、休みを交換してもらえばいい。バルグたちは申請通すの面倒臭いから、仲間内で交換していると言っていたが、警衛隊ではやらないのか?」


休みを申請したものの、予定が変わって別の日にしたいがさらなる申請は気が引けると、内密に仲間に相談して代わってもらうということを軍部がやっているのなら、他のところもやっていることだと思った。

そのところどうなのかと、隊長へ視線が集まる。


「……事務日であれば、申請なしの勤務交代を黙認している」


「事務日?」


主も聞いたことなかったようで、説明を求めた。


「護衛が任務とは言え、机仕事もありますので。休みの申請もそうですが、他にも消費した物の申請や野外訓練の提出資料作成など、持ち回りで私や補佐役の手伝いをさせているのです」


隊長や補佐役もずっと机仕事をしているわけにもいかず、任せられるものは任せているらしい。


「ちなみに、その通知の紙は保存されていないのでしょうか?」


パウルの質問に、隊長が期間が過ぎて焼却されていると答えると、大きなため息がどこからともなく聞こえた。


『それなら、その通知ってやつを貼った人を見ていないか聞いてみようか?』


中位精霊の提案に、駄目元で乗ってみる。

すると、意外にも早く見つけることができた。


『その服を着た女の子が貼ってたよー』


風の下位精霊が小さな指で示したのは隊長の服だった。


「隊長と同じ服を着た女の子が貼ったと言っている」


「……女の子?我が隊にはまだ女性はいないが?」


警衛隊の制服はそれぞれ生地の色や意匠が異なるらしい。特に意識したことはなかったが、帯や縁取りの色、付属の小物が違っていて、皇女の隊は彼女が考えた意匠なんだとか。

それに、寮は独り身の男性隊員のみが利用しており、女性隊員は数が少ないため宮殿で働く女たちと同じ寮を使っているそうだ。


「では、その隊服を着た女の子がどこの誰なのか判明すれば、犯人に近づくわけですね」


パウルはその娘が犯人だとは思っていないようだな。誰か別の人物が手を引いているのだろう。

娘を見たという下位精霊に、どこの娘なのかと聞いてみると、あっさりと洗濯係の子だと答えた。


『いつも青い服を着ているのに、二股の服を着ていたから面白いことするのかなってついて行ったら、ただ紙を貼っただけだった』


洗濯係と掃除係の娘を二股しているという男か。娘にいいように利用されたようだな。

精霊は変装しての特別な任務だったら面白かったのにと不満をこぼす。周りの精霊が、変わっているとか、そういうの好きだよねと笑っているので、この精霊の好みなのだろう。


「二股男の繁殖相手の一人だそうだ」


「……シンキ、ネマお嬢様もダオルーグ殿下もいらっしゃるのです。言葉を選びなさい」


いや、繁殖相手は繁殖相手だろ?子を成す目的で一緒にいるんじゃないのか?

人は群れを作る者もいれば、はぐれ同士で繁殖行為だけをする者がいると教えられた。

同じ種族なのに、違う種族のような行動は理解できないが、行き着くところは種の繁栄だ。それはどの種族にも共通する。


「こういう場合はなんと言うんだ?」


「恋人?お付き合いしている人?……でも、本命じゃなかったら浮気相手?」


主も二股男の繁殖相手をどう呼べばいいのか混乱しているようだ。


「お嬢様、そんな不埒な(やから)のことは真剣に考えなくてよいです。まぁ、この場合は親しい相手と濁した方が無難でしょう」


本当に、人とは不可解な生き物だな。

呼び方に決着がついたので、その親しい相手とやらを調べるために、隊長が例の二股男をもう一度呼び出した。

しかし、事態は思わぬ方向に進んだ。



人間とわかり合える気がしない森鬼さんでした!

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