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作戦会議とちん入者。

朝議から解放されると、私はすぐにダオへ訪問していいか伺いを立てた。

約束もあったので、いいよと返事をもらい、森鬼を連れて向かった。

向かう前に、黒が体に戻りたがらないというアクシデントがあり、パウルが一言放つとプルプル震えながら私に飛びついてきた。

ご褒美は食べたいけど、今は私の中にいる方が安全だと判断したのだろう。

まったくもってその通りだぞ!

スピカに聞いた話によると、フィリップおじさんの言葉で何かに目覚めたらしく、簀巻きにする特訓が始まったって。

素早く、確実に、私を捕獲し簀巻きにする特訓が!

私の側に控えるのはパウルとスピカが多いという理由で、毎回簀巻きにされる役はシェルがやっているという。

シェル、お姉ちゃんが大好きで我が家の使用人たちを実力で押しのけて、ライナス帝国に同行する侍女に選ばれたのに簀巻きにされるなんて……。シェルには特別手当を支払った方がいいと思います!


ダオの部屋に来ると、待ってましたという勢いで侍女の皆様に部屋の奥へと通された。

これには物凄く驚いた。

だって、ダオ付きの侍女たちにこれだけ歓待されたことないからね!

護衛の森鬼に対しては相変わらずよくない反応だったけど、あんなことがあったばかりなので、国賓に護衛を連れてくるなとは言えない。

宮殿内で起きた事件ってことは、宮殿の人間が関わっているってことで、私たちとしてはライナス帝国の者より自国の者で自衛をした方が安全だからね。


「お待ちしておりました。ダオルーグ殿下が寝室に篭られてしまい……」


侍女頭さんの顔には疲労が色濃く出ていた。

急に決まったダオの交遊会の準備をし、それがめちゃくちゃになり、事情聴取をされ、ダオが塞ぎ込みと、キャパシティーがいっぱいいっぱいなのだろう。

さすがに可哀想なので、(いたわ)る言葉をかけてから、ダオの様子を教えてもらった。

昨日、帰ってくると早々に寝室に篭もり、誰も寄せ付けないとか。

食事もとらず、飲み物も頼まれないから、どうにか水分補給だけでもさせたいと言われた。


「……毒が使われたから、何かを口にすることを怖がっているのだと思うわ。でも、ダオのことを思うなら、許可がなくても寝室に入るくらいはしてもいいのでは?」


「一応、お声かけに返事がございますので……」


まぁ、皇子の意向に逆らいづらいのもわかるけど、一日何も飲んでいないのは問題なので、ここは強引にでも寝室に押しかけるとしよう。


扉の前で警備していた警衛(けいえい)隊の二人に礼をされ、案内してくれた侍女がノックをして私の来訪を告げた。


『……ネマだけ入ってきて……』


反応はあったものの、私も侍女も困ってしまう内容だった。

幼いとはいえ、男女を二人きりにさせる外聞の悪さと護衛面でも問題となる。


「森鬼とけいえい隊のお兄さんを一人、いっしょに入れてほしいな」


『……シンキはいいけど……』


私と森鬼以外を(かたく)なに入れようとしないダオを必死に説得したけど無理だった。

ダオ、意外と頑固な一面も持っていたのね。

結局、扉を開けっぱなしにすることで折り合いがついた。

扉が開いていたら異常にも気づきやすいし、すぐに駆けつけることができるからって。


「ダオ、大丈夫?」


ベッドの上で丸く膨らんでいる布団を見て、ちょっとほっこりした。なんというか、ダオらしい。


「ダーオ、約束したでしょう?作戦会議するから、出てきて」


もごもごと布団が(うごめ)いて、頭だけがひょっこり出てきた。

髪の毛があちこち跳ねているのは、布団に潜っていたせいなのか、それとも寝癖なのか。


「……作戦会議って何するの?」


「犯人を捕まえる作戦を考えるのよ!」


「でも、捜査は捜査班がするんだよ?」


「精霊と仲良しなエルフができるのなら、うちの森鬼にだってできる!それに、今ならラース君がいるもの!」


ラース君は風の精霊を使ってヴィに必要な情報を集めたりしているらしい。

らしいと言うより、森鬼がそう言っているので間違いない!


「ヴィルヘルト兄様を巻き込むのはどうかと思うけど……」


「しょうがないでしょ。ラース君にはもれなくヴィもついてくるんだもの」


ユーシェを頼れば陛下がついてくるし、サチェだと先帝様、カイディーテだと皇太后様がついてくる。さすがにそれは恐れ多いので、ヴィという選択肢しか残っていないのである。

ダオはまだ困惑した顔をしていたけど、ゆっくりした動作でベッドから出てきてくれた。

着替えるために、侍女を呼ぶベルを鳴らしたダオに、待っているねと言って部屋を出ようとしたら呼び止められた。


「不安だから一緒にいて」


え、男性の着替えに付き合うって……いや、ダオだけど、ダオだけど。私、痴女扱いされたりしない?

私がオロオロしている間に、侍女たちはテキパキとダオの着替えを手伝っていく。凄いのは、素肌が見えそうなときはしっかりと壁になって、見えないようにしてくれたことだ。

ダオのぴょんぴょん跳ねた髪には少し苦戦していたようだが、それでもさほど時間がかかっていないことから、皇子付きに相応しい技術を持った侍女たちであるのは間違いない。

ダオの準備ができたところで、いつもお茶をする部屋に移動しようと、ダオの手を取る。

寝室を出ようとしたところで、侍女からお礼を言われた。


「姫様、ありがとうございます」


とりあえず、私はニッコリと笑うだけにしたけど、歩きながらダオにこっそり聞いてみた。


「ねぇ、なんで私のことを姫様って呼ぶの?」


「名前を呼ぶ立場ではない者はそう呼ぶようにって、ゼアチルがお触れを出したからだよ」


いつの間にそんなお触れが出ていたのかは知らないが、確かに働く側としては一々、オスフェ公爵令嬢って言うのは面倒臭いだろうし、私の方なのかお姉ちゃんの方なのかわかりづらいよね。

それで、私たちがガシェ王国の王族に連なる血筋でもあるからと、準皇族の令嬢の敬称とされる『姫』と呼ぶようにしたんだとか。

普通というか、我が国で姫といえば高貴な身分の未婚女性を示すが、ライナス帝国では『姫』と呼ばれる身分が定められている。それが、準皇族の未婚女性。つまり、マーリエのような、片親が皇族の令嬢を示す。

同じ『姫』でも、パパンが口にする「我が家の姫様たち」とは重みが違うね。


侍女たちも、結局のところダオが心配だったのだろう。

個々の心中はわからないが、貴族として教育を受けているのなら、自国の皇族に対して何かしらの思いはあるはずだしね。

私やお姉ちゃんが、ヴィのことを腹黒陰険鬼畜王子だと思っていても、ヴィに何かあれば心配くらいはするもん。……たぶん。


いつものお茶の部屋に入ると、窓際の特等席に準備がされていた。あとはカップにお茶が注がれるだけ、とういう状態だ。

お菓子もダオが好きなものばかり用意されていて、本当に侍女たちの必死さが伝わってくる。


「どうぞ」


自分がつらいときくらい自分を優先してあげればいいのに、こんなときでも紳士であることを忘れないダオは椅子を引いてくれた。


「ありがとう」


私たちは席に着くと、すぐにお茶が注がれる。

いつもなら、お茶を一口飲んでから会話を切り出すダオだったが、今日はカップに手を触れることなく言葉を発した。


「ネマ、やっぱり僕たちが動くのは危ないと思う」


ダオは憔悴(しょうすい)した様子で、だから僕は協力できないと言う。


「それでダオが乗り越えられるならいいよ」


「……どういう意味?」


「何かを口に入れることが恐ろしくて、食事もままならないんでしょう?」


ダオは返事をせず、私を見て、お茶やお菓子に視線をさまよわせたあとは(うつむ)いてしまった。

ここはダオの部屋で、交遊会のときのように不特定多数が立ち入れる場所ではない。それなのに、出されるものに対して疑念を持ってしまうのだろう。

これは安全なのか、毒が入っているかもしれないと。

昨日の今日なので、精神的に落ち着いておらず、体が受け付けないのもわかる。わかるが、このままズルズルいってしまうのはよくない。


「とりあえず、お水くらいは飲みましょう。サチェに目の前でお水を出してもらったら安全だってわかるでしょう?」


聖獣ともなれば、毒の水を作ったりできるかもしれないが、サチェがダオにそんなことするわけない。

ちなみに、なぜユーシェじゃないのかというと、呼んだら最後、遊び疲れるまで離してくれないからだ。

その点、サチェは空気を読む。基本、私が一緒に遊ぼうって言わない限りは側で見守ってくれる。


「サチェ様の迷惑に……」


「けいやく者の孫に対して迷惑だなんて思うわけないでしょ!」


というわけで、空っぽのピッチャーとコップを用意してもらい、サチェを呼び出した。

ただ、迂闊(うかつ)だったのが、出口用の水を用意していなかったので、サチェは花瓶の水から現れた。

警衛隊の人たちは私がサチェやユーシェと仲がいいことを知っているのでさほど驚いたようには見えなかったが、側に控えていた侍女さんたちは驚きすぎて腰を抜かしている人もいた。

なんか、申し訳ない。


「サチェ!」


私が手を伸ばすと、サチェは当たり前のように顔を私にすり寄せてくれる。

この部屋では狭そうなので、早く用件を伝えるべきなのだが、ひんやりふるんふるんなサチェの感触から手が離せない。もうちょっと……もうちょっと……。

そんな私の様子に、サチェが呆れつつも促すように鼻先でつついてきたので我に返ることができた。


「あのね、ダオが元気になれるよう、サチェが作ったお水を分けてほしいの」


そうお願いすると、サチェはそんなことかと言うように、短くブルッと口を震わせた。

サチェがピッチャーに視線をやるだけで、あっという間に水で満たされる。

きっと、『美味しい水』の魔法より美味しい水に違いない!

ちょっと飲んでみたいけど、ダオに飲ませる方が先だ。

早速、コップに水を注ぎ、ダオに手渡す。

すると、不思議なことに、ピッチャーの水かさが減っていない。

これも聖獣の力なのかとサチェを見ても、なんの反応もしてくれなかった。


「……おいしい」


すべて飲みきったコップに、もう一回注いでみる。……やっぱり減らない!


「ダオ、この水、減らないわ!すごい!」


「……減らなくても、毒を入れられる可能性はあるよね?」


むぅ。つまり、安全だとわかっている今しか飲まないよってことか?

ずっとピッチャーを見張るわけにもいかないし。そもそも、見張り役を立てたとしても、ダオがその人を信用していなかったら一緒だしね。


――ブルルルッ


サチェが何か言いたいのか、鼻先をグイグイ押しつけてきた。鼻息もかかる距離だが、何を言っているのかさっぱりわからん!


「……聖獣は毒が混入してもすぐに浄化できるとナノが(・・・)言っている」


意思疎通のできなさを見かねたのか、森鬼が教えてくれた。

私が聖獣の言葉もわかるとは知らなかったと驚けば、精霊が間に入って伝えるように言ってきたと。

森鬼が精霊の通訳をするときは、周りに聞こえないようにしてもらっている。それにうっかり返事をしてしまうと、いきなり独り言を言い出す変な令嬢と思われてしまうので要注意だ!


「サチェ、この水は毒が入れられるとどうなるの?色が変わったりする?」


一応、サチェから教えてもらったという体裁にするために問いかける。

色の変化があるのかという問いには首を横に振り、毒の成分が消えるのかと問うと頷いたサチェ。

これで、水分補給に関しては心配はなくなったけど、食べ物に関してはどうするべきか。

毒味役がいても、遅効性の毒や先日の事件で使われたような複数の成分で発生する毒に対しては対処のしようがない。

……あっ!


「この水は熱を通すと効果がなくなったりするかしら?」


この問いに、サチェの首は横に振れた。それならば!


「この水を使って、ダオの目の前で料理してもらえばいいのよ!」


我ながら名案だ!

室内でも使える調理用の携帯魔道具があることは知っていたので、ようは卓上ガスコンロで鍋をするみたいにしてしまえばいい。


「それか、ダオ自身が料理するっていう手もあるわ」


ダオは器用だし、いつぞやの料理特訓でもちゃんとした料理(・・)を作れていた。


「えっ……できるかな?」


「この前だってちゃんとできていたじゃない。ダオならできるわよ」


確実に、私が作るよりも美味しいものができあがると思うぞ!なんならご相伴にあずかるぞ!!


「じゃあ、あとで必要なものを取りそろえてもらいましょう。今は作戦会議を続けよう!」


ダオに、まだ諦めてなかったのと言われたが、ダオが安心して生活できるようにするためでもあるのだから、私は諦めないよ。


「シンキが精霊術を使えるとして、どうするつもりなの?犯人を捕まえるの?」


「犯人を捕まえるのは捜査班のみなさんでしょ?私たちがやるのは証拠探しよ!」


ちゃんと陛下の命令で捜査班の人たちが動いているので、私たちが先に捕まえるのは越権行為な気がする。

それならば、犯人はこいつですよーっていう証拠を提出した方がいいかなぁって。


「証拠って……例えば?」


「うーん、毒の成分が含まれたお茶っ葉やお菓子がどうやってきゅうでんに持ち込まれたか。もしくは、それを手に入れる手段から調べてみる?」


「それはもう、捜査班が着手しているんじゃないかな?」


そっかぁ、そうだよねぇ。

現場百回と言っても、犯人の落とし物が見つかるとかはないだろうし……。

あとは、ファンタジーの鉄板で言えば、暗殺ギルドが関与しているとか?さすがに暗殺者の組合はないが、裏社会でソレを生業にしている者はいる。

誰かが暗殺者に依頼したとして、その目標はダオなのか、私なのか。誰が狙われたかによって、犯人像も変わってくるもんね。

ダオなら、この国や皇族に対して恨みを持つ者だろうし、私ならルノハークだろうし。もし、無差別だとしたら、きっと本当の目的が別にあるはずだ。


「ねぇ、ダオ。今回の事件は誰を狙ったものだと思う?」


「……僕の交遊会での犯行だから、僕なのかもしれないけど、おかしな点があるって聞いたよ?」


粗方の情報は隊長さんが報告してくれたようだ。

即死系の毒でなかったことと不特定多数が毒を口にしたことが、隊長さんも気になると言っていたんだって。

それに、交遊会の当番だった警衛隊の治癒術師は、数日前に変更を告げられて休みになったと証言しているのだとか。

その変更は、隊長さんも当番を管理している副隊長さんも承認していないものなのに、どうして本物の指示だと思ったのか。

そもそも、なぜ当日になっても治癒術師が来ていないことに気づかなかったのか。

警衛隊内部のことなので、この件は隊長さん自ら調べていると教えてくれた。


「ひょっとしたら、犯人はあの場所にはいなかったのかもしれないわね」


警衛隊に偽装工作ができるのであれば、お茶っ葉とお菓子を毒入りにすり替えることもできるのでは?

招待客だけでなく、皇子も口にするものだから、当日はしっかり毒味がされていたと思う。だけど、品数が多いため、数人で毒味の仕事をしていたら?同じ人が食べないようにと犯人が工作していたら?

それをやるなら、この宮殿においてある程度地位がないと難しいはず。事件の黒幕的存在がいると仮定して調べてみるのも手だな。

それに、こういった悪いことをする人物は用心深く、証拠を手元に残しておいたりするし、逆に不都合なものは物であれ人であれ切り捨てようとするんじゃないかなぁって。

まぁ、やってみるだけの価値はあると思う。

ということを訴えている間、ダオは口を挟まずに聞いてくれた。


「それでね、けいえい隊の治癒術師に変更を伝えた人から探ってみるのはどうかな?その人に指示を出した人物がいるだろうし、その人物も別の誰かから指示を受けている可能性が高いよね」


「確かに、隊長たちが大事な日の人員を把握していなかったというのはあり得ないことだよ。考えられるのは、その地位に近い隊員が脅されたか賄賂を受け取ったか……」


うんうん。ありそうなパターンだねと頷くと、ダオはだけど、と言葉を続ける。


「それらが言葉だけ(・・・・)だったらどう証明するの?名に誓わせて、言えないようにしている可能性もあるよ?」


はっ!?

……それは盲点だった。

確かに、脅迫も賄賂も言葉だけの場合がある。賄賂と言っても、金銭ではなく、昇進や融通をつける約束(・・)の場合も十分に考えられるよね。

犯人側はその約束を守ることを名に誓い、協力させられる側は他言しないことを名に誓う。その誓いを破れば堕落者になってしまうのだから、どちらも必ず誓いを守るだろう。

しかも、他言しないと名に誓った場合、その誓いの内容については精霊たちも簡単に言いふらしたりしない。

さすがに聖獣がお願いすればしゃべってくれるかもしれないぞ?

サチェをジッと見る。何用かと、サチェも私を見つめ、そっと顔を寄せてくれた。

内緒話をするように、両手で筒を作ってサチェの耳元でヒソヒソと聞いてみた。

私の息がくすぐったいのか、しゃべるたびに耳が荒ぶってバシバシ手に当たる。いい音はしても、痛くはない。


――ビョーブブブッ


普段よりも低い声で鳴かれたので、おや?っと思ったけど、機嫌が悪いとかではなさそう。


「契約者に関わることなら教えてくれるらしいぞ」


森鬼の言葉に私は考え込む。

つまり、契約者と関係のないことだったら教えてくれないわけで。この場合、ラース君にお願いしても精霊は教えてくれないだろう。


「可能性があるとしたらユーシェ?」


皇帝陛下のお命が狙われたわけではないが、彼の息子が巻き込まれているわけだ。さらに、何かしらの陰謀が渦巻いているとしたら、陛下にも関わりがあると言えるのではないか?

ただ、その陰謀が陛下の治世を脅かすものではなく、己の私腹を肥やすためのものだったら教えてくれない可能性がある。


「まだユーシェ様の方が許されるかもしれない。いくらヴィルヘルト兄様でも、他国の問題に関わるのは危ないよ」


「……あっ」


私が考えていたことと、ダオが考えていたことがまったく違うことが判明した。

私はどうやって言葉だけの証拠を集めるかを考えていたけど、ダオはどう調べるかを考えていたんだね。


「ネマ、ヴィルヘルト兄様の立場を考慮してあげよう」


「ソウデスネ……」


私が事件に巻き込まれたから、ヴィは国側からの説明を受けた。それは、外交的配慮からだろうし、ヴィがいてもいなくても、ガシェ王国に報告はするはず。

私の存在だけでは、捜査へ介入する理由にはならないか……。


「そうなると、私が動くのもよくないね」


「うん。警衛隊を調べていることが知られれば、皇族に害をなそうとしていると思われるかもしれない。ネマが僕のことを思って、調べようって言ってくれたのは理解しているよ。でも、それでネマが悪く言われてしまうのは嫌だ」


さすがに、大人たちは『刑事ごっこしているのね~』なんて思ってくれないか。

子供であることが隠れ蓑にならないのなら、信用できる大人に動いてもらうしかないのだが……。

そうなると、ルイさんかテオさんに協力をお願いするくらいしか思いつかないや。


――ブルルゥ


「やっと来たと」


森鬼がサチェの言葉を訳してはくれたけど、誰が来たのかまでは言ってくれなかった。

すると、少し焦った様子の侍女頭さんが来て、ダオに耳打ちをする。


「えっ!?」


それを聞いたダオはとにかく驚き、どうしようと小さくこぼした。


「何かあったの?」


「それが……」


ダオが説明してくれようとしたとき、扉が大きく開いてまさかの人物が登場した。


「ダオルーグ、具合はどうだい?」


その人物の登場に、警衛隊も侍女も皆が礼を取り、私も慌てて椅子から下りてそれに倣う。


「楽にしてよい。ネフェルティマ嬢も、私のことは気にせず座りなさい」


突如として現れた先帝様は、先ほどダオがしてくれたように椅子を引き、私を座らせようとしてくる。

陛下と呼ばれる御仁が立っているのに、私が座るのもいかがなものかと躊躇(ちゅうちょ)していると、私的な場だから気にしなくてもいいと仰ってくれた。

そこまで言われると大人しくエスコートされるしかなく、私は諦めて座る。

すぐに先帝様の椅子も用意され、ダオが唖然としている間にお茶も出てきた。


「……えっと、あの、太上(たいじょう)陛下はなぜ……」


「ダオルーグ、今は家族の時間だ。陛下と呼ぶのはいただけないな」


「す、すみません、おじい様」


おじい様と呼ぶのが恥ずかしいのか、ダオはどこかくすぐったそうな顔をしている。

そんなダオを微笑ましそうに眺めていた先帝様は、私の方に視線をやるとニコリと笑った。


「ネフェルティマ嬢もそう呼んでくれ」


思わぬ発言に私はピシリと固まり、まぬけ面をさらした。


「……お、恐れ多いことですので……」


「なに、孫たちと仲良くしてもらっているようだし、私も可愛いお嬢さんから太上陛下なんて堅苦しい呼び方をされたくないのだよ」


なんて言って断るのが正しいのかわからず、あたふたしていると先手を打たれた。

こんなふうに言われちゃうと無下にはできないわけで……。


「それでしたら、どうぞわたくしのこともネマとお呼びください」


と言うしかないのだよ。

私の気も知らず、というか押しの強さは、皇帝陛下やヴィに通ずるものがある。やっぱり、為政者は我が強くないと務まらないのだろう。

先帝様は嬉しそうにさらなる難題を投下してくれた。


「君たちがいてくれるとこの宮殿も華やぐから、このまま腰を落ち着かせてくれると嬉しい」


ここ数代、男性皇族が多いことが続いていて、皇太后様が寂しそうなんだって。孫のエリザさんやマーリエもいるけど、娘のように関わることはできないらしい。


「おじい様、ネマを困らせないでください」


ダオが助け船を出してくれたのはありがたい。

しかし、皇族の皆さんは家族のふれあいが苦手なのかね?


「じじいの戯言(たわごと)だ、気にするな」


気にするなと言うのなら、話題を変えるチャンスだ!行け、ダオ!

私の念が通じたのか、ダオがおずおずと突然来た理由を尋ねた。


「サチェが呼んだから来たのだ。ダオルーグ、誰かが用意したものを口にするのは恐ろしいか?」


「……はい」


「お前が恐れているのは、見知らぬ者から向けられる殺意(・・)だ。自身に向いた殺意を感じたのは初めてか?」


その問いに、ダオが小さく頷く。


「身分ある者は、敬われるだけではない。どちらかと言えば、妬みや不満、恨みなど悪感情を向けられることの方が多い。慣れろとは言わぬ。だが、心を強く持つのだ。そうすれば、周りの人が手を貸してくれるだろう。ネマのようにな」


先帝様は心配だったんだね。だから、私がサチェを呼んだ理由を聞いて、来てくれたのだろう。


「もちろん、私もダオルーグの力になりたいと思っている。あれを……」


先帝様が侍従に声をかけると、侍従は部屋から出ていったが、少ししてカートを押して戻ってきた。


「ダオルーグに必要だと思って用意させた」


カートの上には、様々な調理道具が載せられている。

エルフの森で見たことのある、野営用のコンロ魔道具に大きさの違う鍋がいくつか。お玉やヘラまでちゃんとある。

その中で、特に存在感を主張しているのが大きな土鍋だ。

寒い日に、家族みんなでつつく、鍋料理に欠かせない土鍋。他の調理道具と系統が違うので、やたらと目を惹く。


「料理をするのだろう?楽しみにしているよ」


あれか。先帝様はダオが鍋料理を作ったことがあるのを知っているんだな。

あの唐辛子もどき大根がたっぷり入った激辛鍋をご所望か?


「えっ……おじい様も食べるのですか?」


「私だけだとセリューに恨まれそうだから、みんなも呼んでおやり」


家族みんなで食べるなら、ダオも安心して食べられるかもしれない。

なので、その提案に私も賛同した。


「さて、私はそろそろ行くが、一つ助言をしよう。警衛隊はダオルーグのものだから、君の指示が優先される」


そう言って、先帝様は来たときと同じように颯爽といなくなった。

先帝様がアドバイスをくれたのは嬉しいが、私たちの会話が筒抜けだったということは、それを伝えたものがいるというわけで……。

その伝えたであろう聖獣も、私が何かを言う前にちゃっかり姿を消していた。




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