閑話 パウルを怒らせるな!(森鬼視点)
もふなで9巻は7月15日発売ですよー!
その日は俺を連れていけないという主の言葉で、俺は自由となった。
俺と同じ理由でスピカも連れていけないらしく、落ち込むだろうと思っていたら、笑顔で送り出して驚いた。
「イナホ、お姉ちゃんと遊ぼう!」
あぁ、そういうことか。
主はスピカにイナホの世話をしろと申しつけたのか。
主が連れていったのが、完全に隠れることのできるグラーティアに、ハウンド種として誤魔化しの利くセーゴとリクセー、そして人型になれるカイだ。
パウルがいるとはいえ、少し不安が残る構成だな。
――みゅっ!みゅっ!
「もちろん、ハクも一緒よ」
――きゅー!
「スピカ、俺は外に行ってくる」
――ピィー
ノックスの言っていることはわからないが、俺の肩に乗ったということは、一緒に外に出たいのだろう。
「ノックスもついてくるそうだ」
「はーい。シンキお兄ちゃん、ノックス、いってらっしゃい」
スピカはパウルがいないと昔のような言動に戻る。さすがに上から降ってくることはないが。
「じゃあ、ノックス行くか」
自由な時間ができたときは、軍部の訓練場で体を動かすことにしている。
軍部の建物に入ると、顔見知りの奴らが声をかけてくれた。
「あ、ノックスちゃんおいでおいで」
鶏族のおばさんが目敏くノックスを見つけて手招きをしている。
その周りには、種族はわからないが鳥の獣人が集まっていて、しかも女ばかりだ。
あの集団には逆らうなと教えられているので、ノックスに行ってこいと促す。
「ノックスは人気者だな。シンキ、バルグたちなら訓練場にいるぞ」
「帰るときに迎えにくるから、ノックスを頼む」
「あの集団に可愛がられている存在に害をなそうという強者はここにはいねぇよ」
彼女たちを見て、主もおつぼね様には逆らうなと言っていたし、それくらい強い獣人なのだろう。今度、手合わせを願ってみるか。
「よぉ、シンキ。今日はお嬢と一緒じゃないのか」
蜥族のバルグが豪快に同僚を吹き飛ばして、こちらに気がついた。
相変わらず、馬鹿みたいに強い奴だ。
「今日は交遊会とかいうやつに行っている」
「あぁ、ダオルーグ殿下のやつか。ああいったものには獣人を近寄らせないからな」
俺が暇している理由をバルグは知っていたか。
やるだろうと誘われて訓練場に足を踏み入れたとたん、バルグの尻尾が襲ってくる。
一歩下がってそれを躱し、脛を目がけて蹴りを入れる。蹴りは当たったが、バルグは痛がる素振りも見せず、真上からその太い腕を振り下ろした。
地面に転がり攻撃から逃げてもその先に尻尾があり、案の定吹き飛ばされた。
蜥族はそのしなやかな筋肉から、攻撃速度が異様に速い。本当に厄介だ。
バルグに吹き飛ばされまくったあとは、蛇族の奴に締め上げられ、熊族と力比べして、翩族に振り回された。
誘われるがままに戦っていると、突然大きな音が響き渡った。
「おい、シンキ。お前は早く戻れ。宮殿内で何か起きたようだ」
「どういうことだ?」
「あの音は、捜査班と治癒班の緊急招集の音だ。お嬢も巻き込まれているかもしれねぇぞ」
ナノたちが騒いでいないので主が無事なのは知っているが、軍部の様子が慌ただしくなってきているので、部外者はいない方がいいのだろう。俺は言われた通りに部屋へ戻ることにした。ちゃんとノックスも回収した。
「ノックス、菓子屑つけていると、パウルに怒られるぞ」
パウルは主だけでなく、主に仕える魔物たちの食事も管理している。さすがに、俺やカイにうるさく言うことはないが、ノックスやイナホといった毛を持っている奴には本当に細かい。
主が毛を触るのが好きだからと、艶やかな毛並みを維持するのに栄養が大事とかで、つまみ食いは見つかったらお仕置きされる。
――ピィィィ……。
嘴と胸辺りについていた菓子屑を払ってやりながら歩いていると、廊下の隅でうずくまっているカイを発見した。
「あ、シンキ……」
「どうした?」
「欲、凄く不味かった……。気持ち悪い……」
変なものを食べて、腹を壊したのか。
魔物だから腐っているものを食べても死にやしないが、置いていくとパウルに怒られそうなので回収する。
「それは嫌。背中がいい」
小脇に抱えようと思ったら、カイが不満を漏らす。
今は本当に調子が悪いようだから言うことを聞いてやるが、今回だけだぞ。
カイを背中に背負うと、ノックスが肩に止まれなくなるのでどうするのかと思ったら、俺の頭に移動してきた。
まるで巣で休んでいるときのように、もぞもぞと動いて位置を調整している。
「カイの頭にしてくれ」
そう伝えてもノックスは動こうとしなかった。ピッと短く鳴いた声が、嫌と言っているように聞こえた。
ノックスは賢い鳥だ、カイの頭が嫌な理由があるのだろう。主がカイの髪をサラサラだと褒めていたので、ノックスにとっては滑りやすいとかそんな理由が。
カイが揺れると気持ち悪いと言ってきたので、慎重に歩き、いつもよりも時間をかけて部屋に戻った。
すぐに寝台がある部屋に行き、カイを寝かせる。
「主、大丈夫?」
「パウルが側にいるんだ、心配ない」
そうは言ったが、やはり多少の心配はあるので、カイを寝かしつけてから主の顔を見にいくことにした。
すでに戻ってきているようだが、その姿はなく、パウルに問いかける。
「ネマお嬢様なら疲れきって眠っている」
換気のためか、露台に続く窓を開け放ちながら教えてくれた。
「シンキ、お腹空いていないか?軽くつまめるものを作るが?」
朝に食べたきりなので腹は空いている。俺は迷うことなく、食うと答えた。
パウルが備え付けの調理場へ姿を消すと、俺の足下に黒いものが転がってきた。
『シンキだ!』
「少し見ないうちに大きくなったか?」
『今日は!いっぱいご飯もらったからなのだー!』
ただの食べ過ぎで丸くなっているだけか。
他のスライムに比べると、寄生しているコクは小ぶりに感じる。寄生型のスライムは魔法を食べる機会が少ないので、成長速度に差が出るのだろうか?
『シンキも遊ぼう!』
今度はハクがコロコロと転がってきて一緒に遊ぼうと誘うが、俺はお前たちみたいには転がれないぞ?
「俺は疲れているからいい。セーゴやリクセーを誘ったらどうだ?」
『ふたりはおひるねしてるのだー』
あの二匹は主を守るために、いろいろと気を張っていたのかもしれない。
普段は宮殿を散策して、隠し通路を見つけたり、怪しい奴がいないかなど動き回ってはいても、側で警護するのはまた別の苦労があるからな。
「そういえば、スピカとイナホはどうした?」
俺が出る前に、ハクは二人と遊んでいたはずだ。
そもそも、イナホは見つかると騒ぎになるから、この部屋を出ることを禁止されている。
『スピカがかばんに入れてどっか行っちゃった』
それがパウルの指示であれば問題ないが、そうでないなら……。
スピカも、主たちがこんなに早く戻ってくるとは思っていなかったとしても、イナホはまずいだろ。
『コク、あっちまで競争しよー』
『シンキ、合図出すのだー』
二匹が並んだのを確認してから始めと合図を出せば、二匹はコロコロ転がりながら部屋を駆け回る。
これくらいならパウルには怒られないだろうと、放置することにした。
「シンキ、こっちに来い」
食事をする机にはパラスと果実水が用意されている。
それを食べながら、話を聞けと言うので、遠慮なく食べる。
「ダオルーグ殿下の交遊会で起きたことを説明する」
すべてを聞き終わる頃にはパラスを食べきってしまった。パウルの作る飯は美味い。
まぁ、主が標的ではなさそうではあるが、ルノハークだったとしたらとっとと抹殺するべきだな。
「で、殺るのか?」
『僕の勝ちー!』
『いいや、ぼくだ!ぼくの方が速かった!』
言い争う声が聞こえ、パウルがハクとコクの名を呼ぶが、二匹は聞こえていないのかどんどん鳴き声が大きくなっていく。
パウルは静かに席を立ち、気配を消して二匹に近づくと、一瞬で捕らえた。
「ネマお嬢様が眠っているので静かにしなさい。できないというなら、わかっていますね」
あの二匹は痛みを感じていないだろうが、パウルの手によってグシャッと潰された。
それをポイッと捨て、こちらに戻ってきて話を続ける。
「殺りたいのはやまやまだが、帝国人だったらまずい。今、目をつけた一人を追跡しているから、情報を待て」
『怒られちゃった……』
『ハクが悪いのだー』
『コクがさわいだからだよ!』
パウルは再び席を立つと調理場の方へ行き、箱のようなものを持ってきた。
問答無用で二匹をその箱の中に詰め込み、蓋を閉め、目にも止まらぬ速さで振り始めた。
おそらく、撹拌の魔法のように混ぜ合わせる用の箱なのだろうが、混ぜたところでスライムに痛手を負わすことはできないはずだが……。
満足いくまで振り、箱を床に放置するとパウルは少しすっきりした顔で座る。
「あれ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。中で目を回しているだけだ」
目を覚ませば自力で箱から出てくるという。
それを知っているということは、すでに何回もこの仕置きが実行されているということだ。
スライムを閉じ込めておくのは不可能なので、こういう手段になったのか。
「俺は他の部下たちに指示を出してくるから、シンキはこの部屋から出るなよ」
わかったと答えて扉までパウルを見送ると、最後にボソッと付け足した。
「あいつらがうるさくしたら、締め上げる」
俺で抑えられるかはわかないが、主が起きてしまったら確実に殺されるな。
しばらくはハクたちも出てこなかったので、のんびりと本を読んで時間を潰していたが、セーゴとリクセーが起きてきた。
「あるじ様は?」
「寝ているから起こすなよ」
「わかったー!」
わかったと言いながら、興味津々に床に置いてある箱を鼻でつついている。
『苦しいのだー!』
「ぎゃっ!なんか出てきた!」
『セーゴとリクセーだ!遊ぼ!』
もうすでに賑やかになっているが、これくらいならまだ問題ないと思う。
コロコロと転がるスライム二匹をコボルト二匹が追いかける。追いついたセーゴがコクに噛みつき、左右にブンブン振り回す。
「あっ……」
勢いがよすぎたのか、セーゴの口からコクが吹き飛び、ベシャッと壁にぶつかる音がした。
ハクが同じことをリクセーにねだり、ブンブンベシャッという音が何度も続く。
「ハク、ただいま戻ったよー!」
そこにスピカが帰ってきた。パウルがいない隙を狙うとは、なかなか鼻が利くな。
シンキお兄ちゃんお帰りなさいと言ってくるスピカに、主が寝ていることを伝えると、面白いくらいに固まった。
「あ……パウルさんは……」
「パウルはすぐに出ていったぞ」
この場にパウルがいないことを確かめて、ようやく息を吐く。
怒らせると怖いとわかっていて、なぜ怒られる行動を取るのか。
スピカがお茶を淹れて、ちびどものおやつを用意する。食べている間は大人しいので、パウルの伝言を伝えた。
「そうだ、カイが寝ているから、水を届けてやって欲しい」
「はーい」
スピカが俺たちの寝室へ向かうと、おやつを食べ終わったちびどもはまた走り回り始める。
――ピィー!
ノックスが主の寝室の扉と俺を行ったり来たりして、何かを伝えようとしてくる。
言葉はわからなくとも、これは理解した。
「主を起こさないことが条件だ」
――ピィッ!
ノックスであれば大丈夫だろうと寝室の扉を開けると、羽ばたきすら抑えて滑空で寝台の側に止まった。
こちら側のセーゴたちが駆け回る音が聞こえてしまったのか、主は何かうにゃうにゃ言いながら寝返りをうったので、慌てて扉を閉めた。……危なかった。
「リクセー、くわえた?いくよ?」
「ううよー」
セーゴとリクセーは二匹でハクを咥え、ゆっくりとセーゴが後退し、ハクを伸ばしていく。
似たようなことを主がやっていたな。
バチーンと激しい音とともにリクセーの顔にハクが張りついて、リクセーは痛かったのかきゅーきゅー鳴いている。
『ハクはここなのだー』
コクが目印として、角砂糖を一つ置いた。
ハクがリクセーから離れると今度ぼくなのだーと言いながら、コクが二匹に咥えられ待つ。
そして、先ほどと同じような光景が再現され、今度はセーゴの顔にコクが張りついた。
『コクはここねー。僕の勝ちだー!』
『ハクの方が大きいから、差し引いてぼくの方がすごいのだー』
こいつら、ずっと競い合うつもりか?
まぁ、走り回るわけではないので好きにさせようと、俺はまた本を読み始めた。
これから同族による殺し合いが始まる場面で、物凄い音がした。
何事かと本を置いて周囲を見回せば、コクがお茶の器の中にいて、お茶は机に飛び散り、なんかいろいろなものが壊れている。
これは……どうしたものかと悩んでいるときに限って、部屋の扉が開く音がする。
音がした扉の方を見れば、殺気を放つパウルが。
「全員、お仕置きです」
あっという間に捕獲されるスライム二匹とコボルト二匹。
どうするのか見守っていると、狩った獲物を縛るように四肢を拘束され床に転がされるセーゴとリクセー。必死に謝っているが、パウルは見事なまでに無視をする。
スライム二匹は見たことのない箱に入れられた。
「箱だと出てこれるんじゃなかったのか?」
「これはスライム捕獲用の箱だから、出てこられないさ。レイティモ山のスライムで実証済みだ」
パウル曰く、絶対に漏れない容器が欲しいと、何かのおりに主に話したことがあったと。それで、主がいくつか案を出し、その中のひとつがこの箱らしい。
蓋の縁に柔らかい素材を置くことで、蓋が強い力で押さえられると隙間がなくなる。その蓋を押さえる金具は外につけられていて、箱の素材はハクが消化に一番時間がかかったサンテートを用いているそうだ。
主は、パウルがハクたちの仕置きのための容器を欲しがっていたとは知らずに、こんなものを教えたのだろう。
さらに、イナホを捕まえ檻の中に入れ、スピカを捕まえて懲罰用の鍛錬が課せられた。
やはり、パウルに黙って外に行っていたのか。
拘束されたちびどもはカイが寝ている部屋に放り込まれた。
「寝るときはうるさいかもしれないが、それがお前のお仕置きだと思え」
ちびどもがきゅーきゅー鳴く中で寝ろと?
それよりも、何も悪さをしていないカイの方が可哀想だ。
俺が考えていることがわかったのか、カイには音を聞こえないようにする魔道具を使うと言ってきた。
そういうところは優しいんだな。
まぁ、いい。うるさくて寝られなかったら、昼寝すればいいだけのことだ。
スピカはお姉ちゃんぶりたい、森鬼はみんなに甘い、パウルは調教師!