雪山での遊び方。
アニレーの満月設定を忘れていたため、一部を書籍用に改稿したものと差し替えています。
フィリップおじさんが、山の麓にある村に立ち寄りたいと言うので、ソルに目立たないところで降ろしてもらった。
村までの道のりで、寄り道する理由を教えてもらう。
「山の麓にある村は、その山で狩りをしたりするから詳しいんだよ」
それで、ここ数日の天気とか危険な場所がないかとかを教えてもらいに行くんだって。
まぁ、山に登るときは天気予報大事だもんね。
村に足を踏み入れると、驚いたことに獣人の村だった。
熊の獣人なんだが、耳が白い。
つまり、シロクマさん!種類としてはホッキョクグマだけど。
ちょっと感動していると、彼らは氷熊族の獣人だと聞いて驚いた。
ラックさんと同じじゃないか!
でも、ラックさんと毛の色が違うのはなぜ?
獣人さんたちに囲まれたので、近くで観察するチャンス!
フィリップおじさんが情報が欲しいと交渉している間に、ラックさんとの違いを考えてみた。
耳の形はラックさんよりも丸みがある気がする。肌色は同じで日焼けしたような浅黒さだ。
筋骨隆々でたくましいのは、熊族共通なのだろう。
それにしても、お耳が可愛いなぁ。
強面に可愛いお耳がついていると、結局は可愛いが勝つんだね!
いつの間にか、村の長の家に案内されていた。
長がいる部屋にも、強そうな獣人さんが数人いたけど、やっぱりみんな白い耳だ。
毛並みの色に個体差が出ていないのも珍しいよね。
突然、長さんから話を振られたけど、なんの話をしていたんだっけ?
聞いていなかったのがバレバレだが、せっかくなので疑問をぶつけてみることにした。
「あの、なんでみなさん耳が白いんですか?」
知り合いの氷熊族と違うと指摘すると、長さんの反応が大きかった。
なので、ラックさんの名前を告げたんだけど、そうしたらなんと、ラックさんはこの村の出身だった!
ヴェルといい、ラックさんといい、意外なところで繋がるもんだねぇ。
ラックさんとの出逢いを語ると、長さんの態度が柔らかくなった気がする。
「ラックの手紙に書いてあった、変わった貴族の令嬢というのは君のことだったのか」
……ラックさん!?手紙になんて書いたのさ!!
私、変なことしていないよね?
耳を触らせてもらったのと、ベルガーのところに料理を運ぶの手伝ってもらったくらいしか記憶にないんですけど。
「君が言う通り、ラックは氷熊族の色合いとは違っている。彼の母親が石熊族なので、そちらの色を継いだんだ」
ほうほう。ご両親のいいとこ取りをしたから、あの素晴らしい毛並みになったのか。
それにしても、氷熊がホッキョクグマだとして、石熊はなんのクマだろう?
熊族はたぶんヒグマだと思うんだけど、地球にはいないクマかもしれないね。
残念ながら、ラックさんのご両親は亡くなっており、ご兄弟が暮らしているらしい。
フィリップおじさんたちは長さんと山の話をするので、私たちは村を見て回っていいとお許しをもらった。
厳しい環境の中で暮らす氷熊族だが、村自体は長閑だ。
子供たちが元気に走り回っている。
「意外と子供が多いな」
子供の耳は大人よりも丸っこく、髪の毛もふわふわだ。なでなでしたい!
「お前たち人なんだろ?ラック兄ちゃんの知り合いって本当か?」
突然、小さな男の子に話しかけられた。
他にも数人の子供がいて、どの子も好奇心で目を輝かせている。
「おれの父ちゃんが言ってた。ラック兄ちゃんのおかげで聖獣様に会えたって!」
だから、自分たちも聖獣に会いたいと、私たちを探していたのか?
子供たちはヴィを見上げて、挨拶してもいいかと聞いた。
上目遣いのおねだりとか、私にして欲しかった。子供たちが見上げるほどの身長がないから、上目遣いにはならないだろうけどさ。
「それはラース次第だな」
ヴィも冷たいなぁ。一緒にラース君にお願いするくらいしてあげればいいのに。
ほらぁ、子供たちがしょんぼりしちゃったじゃん!
……犬とは違って、耳はぺたんってならないのか。
よし。ヴィがやらないなら、私がお願いしよう!
「ラース君、私からもお願いします」
頭を下げてお願いすると、ラース君は地面に伏せて、子供の目線に合わせてくれた。
人目があるところではラース君に抱きつくことはできないので、あとで思いっきり感謝を伝えよう。
「よかったな。ラースが許してくれたようだ」
ヴィの言葉に、子供たちは歓声をあげた。嬉しくて堪らないという笑顔に、こちらも嬉しくなってしまう。
最初に声をかけてきた子が、ラース君の前で跪いた。
「氷熊族のスタンです。風の聖獣様にはいえちゅ……できたことを光栄に思います」
途中噛んでしまったけど、なんとか言いきったスタン君。
他の子たちのお兄さん的存在なのだろう。
真っ先にラース君に挨拶したのも、お手本を見せるためだったのか。
ラース君は何も反応しなかったけど、それでも子供たちはスタン君を真似て挨拶をしていく。
獣人たちにとっては、聖獣に敬意を表することが重要なので、ラース君が目をつぶって眠っていても気にしない。
いや、ラース君は寝ていないと思うけど、興味がないことは伝わってきた。
「ありがとう。お礼にこれ、やるよ」
そう言ってスタン君が私に渡してきたのは小さな箱だった。
小さいけれど見覚えがある気がする。
「これは?」
箱をマジマジと見てみると、あれだ。お弁当箱だ!
日本で昔使っていた、薄い板材を曲げて作るお弁当箱に似ている。
「それを持っていると、極悪甲種がよってこないんだ」
この弁当箱ではなく、中に入っているもののことだろう。
そっと蓋を開けてみると、緑色した米粒のようなものがぎっしりと詰まっていた。
「おれたちは涙の素って呼んでいる。これを噛むと鼻がめちゃくちゃ痛くなって涙が止まらなくなるから、絶対に食べるなよ!」
食べるなと言われると、食べてみたくなるよね……。
一粒だけ口に入れ、噛んでみて、スタン君が言っていた意味がわかった。
「あっ、食べるなって言ったのに!」
ツーンと鼻から抜ける刺激と唐辛子とは違う辛さ、そして、緩む涙腺。
私には馴染みのある味だった。
そう。刺身や寿司に欠かせないもの、わさびだ!
「ネマ、大丈夫?」
ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を、お姉ちゃんが丁寧に拭いてくれる。
「うん。なんかね、すごく大人の味がするの!」
まぁ、お子ちゃま舌には刺激が強いので、そうそう食べられるものではないが、やっぱり刺身につけて食べたい。
私が食べられるならと、ヴィも一粒食べてうめいた。
「……これは、香辛料か何かか?」
香辛料っちゃ香辛料か?
にしても、涙目のヴィとか、とても貴重なものが見れた!
意地でも泣くまいとしているようだけど、美青年の苦痛に耐えている表情はくるね。
「お前、よく平気だな」
ヴィはわさびの辛さが苦手らしい。
あの唐辛子大根は平気だったのにね。
ヴィにも苦手なものがあったのは嬉しい。
今度、こっそりヴィの食事に入れてみようっと。
「ネマ、何かを企むときは、顔に出しては駄目よ」
お姉ちゃんにそう忠告されてしまった。
きっと、悪どい顔になっていたのだろう。気をつけないと。
子供たちとの交流を楽しんだあと、フィリップおじさんたちと合流し、ドトル山に向かった。
山の中腹にちょうどいい平地があり、そこにソルが降り立つ。
まっさらな雪にテンションが上がるけど、はしゃいでいる場合じゃなかった。
私はフィリップおじさんにわさびもどきを渡そうとした。おじさんたちの方が、極悪甲種に会う可能性が高いからだ。
しかし、やんわりと断られてしまう。
使ったことがないものは、ぶっつけ本番で使わないんだって。
それがおじさんたちのやりかたなら仕方ないよね。このわさびもどきは私がお刺身に使うね。
フィリップおじさんたちはすぐに出発の準備を整えて、私たちに向かって言った。
「十日経っても消息が掴めない場合は死んだものとみなせ」
「フィリップおじ様……でも……」
フィリップおじさんは、自分たちは冒険者だからと言う。
前も言っていたけど、どんな依頼でも死ぬ危険性があり、経験を積んだ冒険者ほどちゃんと覚悟を決めているのだと。
彼の表情を見る限り、この状況を楽しんでいるようでもあるので、心配はいらないのかも。
紫のガンダルをみんなで見送ると、パウルたちが天幕を組み立て始めた。
森鬼は手伝わされているが、私やお姉ちゃんは何もやらせてもらえないので見ているしかない。
つまり、退屈である。
命綱は伸ばされているし、遊ぶには問題ないとくれば、遊ぶしかないよね。
雪で遊ぼうとしていたら、海の様子がおかしいことに気づいた。
「どうしたの?」
ソルの側に置いてある籠の中から出てこないのだ。
「外、寒いからいや」
「おねえ様に魔法かけてもらおうか?」
それでも海はいやいやと首を振る。
うーん、じゃあ。
「稲穂おいでー」
雪の中を星伍と陸星と一緒に駆け回っていた稲穂を呼ぶ。
-きゅぅん?
「海が寒がっているから温めてあげて」
-きゅっ!
お安い御用だと元気に返事をして、籠の中に入っていく。
海には稲穂を抱くように言った。
「……温かい」
稲穂の尻尾は常時、カイロのように温かいが、触れているだけでも温かさをわけてもらえるのだ。
「さぁ、遊ぼう!」
海と稲穂を連れて、天幕から離れた場所で雪をかき集める。
「星伍と陸星も手伝ってー!」
たくさんの雪を集めたいので、彼らにも犬かきで雪を集めてもらうのだ!
丸く雪山を作り、踏み固めていくけど私が軽すぎてダメだ。
「パウル、シャーロはある?」
雪山なので、持ってきているだろうと思って聞いてみれば、逆に聞き返されてしまう。
「何をなさるおつもりですか?」
副音声で、天幕ができるまで大人しくしていろと聞こえたが、みんなの邪魔をせず、大人しく遊んでいるじゃないか!
「ないしょ!」
どうせ、すぐにダメって言われるから、完成まで教えなーい。
「シンキ、ネマお嬢様についていろ。お嬢様にシャーロを握らせるなよ」
酷い言われようである。
ちなみにシャーロとはスコップのことだ。
雪かきには必須だよね。
森鬼がスコップを持ってきたので、大きな雪山を作るのだと伝えた。
星伍と陸星と一緒に雪を集め、それを森鬼が積み上げていく。
力持ちな森鬼のおかげで、雪山は森鬼よりも大きくなった。
綺麗に形を整えたところで、今度は海の出番である。
「表面にまんべんなく水をかけてほしいの」
「わかった」
寒さもあって、雪山はかき氷のように溶けることなく、水を吸い固まっていった。
さぁて、あとはくり抜くだけだ!
小さめの出入り口を作るために印をつける。
中の雪をかき出すだけとはいえ、壁の厚みに気をつけなければ崩れてしまう。
森鬼はパウルの言うことを守り、私にスコップを握らせてくれないので、指示に徹するしかない。
半分ほどくり抜いたところで一休み。
すでに天幕はできあがっているのだが、お姉ちゃんとヴィは優雅に読書をしている。
二人が仲良く並んでいる場面なんてそうそうないのだが、こうして見ると絵になるね。
美男美女でお似合いなのに、相性がすこぶる悪い。
『もう終わりか?』
何も言わず、私たちの作業を見ているだけだったソルが、雪山を上から眺めていた。
「まだだよ。もっと中を広くしないと」
今は、私がようやく立てるくらい掘り進んだところだ。
魔物っ子たちが入るには、断然狭い。
『中?』
中を覗こうとして距離を見誤ったのか、ソルは鼻先を雪山に突っ込んだ。
——すまぬ。
なぜか念話で謝られた。
ソルがこういったドジをするのは珍しい。
レアなものが見れたので、ある意味ラッキーだよね?
「また、作るから大丈夫!」
ソルが気にしないように、元気にそう言うと、安心したのかソルは鼻先を抜こうとした。
その瞬間、凄まじい爆風が私たちを襲う。
風に吹き飛ばされ、雪の上にボフッと落ちた。
痛みはないけど、めちゃくちゃびっくりした。
「ネマッ!!」
お姉ちゃんが慌てて駆け寄り、私を起こしてくれる。
「何があった!」
ヴィやパウルたちも集まってきて、ラース君が一鳴きしたのが聞こえた。
「はぁ?」
ラース君が何か言ったのだろう。
ヴィが変な声を出したので、何を言ったのかが気になる。
「……炎竜殿のくしゃみ?」
『……重ね重ねすまぬ』
恥じ入るように謝るソルの姿があった。
目の錯覚かもしれないが、体を小さく縮こめているのが可愛い。
『雪が鼻に入り込んだのだ』
突然くしゃみをしてしまった理由は、雪が原因だったらしい。
そもそも、ソルもくしゃみとかするんだね。
ってことはラース君も?
猫のくしゃみは可愛いので、ぜひともラース君のくしゃみも見てみたい。
さすがに、ソルみたいに爆風にはならないと思うし。
雪山の側で休んでいた星伍と陸星も盛大に飛ばされたらしく、キャンキャンと鳴きながら戻ってきた。
耳がぺたんこなのは、驚いたせいかな?
「みんな、大丈夫?」
びっくりしたねーと、二匹を落ち着かせる。
あれ、海と稲穂が戻ってこないな。
「海!稲穂!」
大きな声で呼ぶと、離れた場所から主様と声がする。
声がした方に行けば、漫画に出てきそうな大の字型に凹んだ部分があった。
「海!?」
「動けない」
その中に海が埋もれていたのだ。
ちょうど飛ばされた先が他の場所よりも雪が深かったようで、海は身動きが取れなくなっていた。
私がやると二次被害が起きかねないので、森鬼が雪をかき分けて海と稲穂を救出した。
海はずっと稲穂を抱いていて、飛ばされた瞬間も守ってくれたようだ。
全員の無事を確認し、再び場所を変えて雪集めを始める。
最初の雪山は爆散してしまったので、諦めるしかない。
最初のやつと同じくらいの山を作ったところでタイムアップだ。ご飯の時間である。
それに陽も暮れるしね。
パウルたちが作ってくれたご飯は鳥の丸焼きだった。
お鍋を開けるといい匂いがして、お腹がぐーっと鳴る。
ジューシーなお肉と、鳥の旨味を吸った野菜がとても美味しそうだ。
いただきますをする前に、ある作戦を実行する。
精霊に頼んで、ヴィの食事の中にわさびもどきの粒を入れるのだ!
私の目には、緑色の粒が浮いて見えているが、精霊が見えるヴィには粒が隠れていると思う。
だが、精霊はある意味素直だった。
ヴィのお皿の上に、緑色の粒がぽとりと落ちる。
そう、野菜の隙間に隠すとか、バレないように置くとかじゃなく、ヴィの目の前で落としやがった!
「ネマ、俺が王子だから怒らないとでも思っているのか?」
目が本気だ。
そうは言っても、怒るときは怒るのがヴィである。何度頬を引っ張られたことか。
手が伸びてきたので、今回も頬を引っ張られるのかと身構えていると、むぎゅっと顔を掴まれた。
おわかりか。頬に指が食い込み、強制的におちょぼ口のような変顔にさせられるのだ!
さほど痛くはないが、変顔を見られるのが恥ずかしい。
「はにゃちてぇぇ……」
私が嫌がっているのに、誰も止めてくれないのはなぜ?
「今はいいけれど、他の人がいるときはしては駄目よ?」
「にゃんで?」
さすがに、私も知らない人がいるところでいたずらしようなんて思わないけど、お姉ちゃんがわざわざ忠告するくらいだ。
精霊にお願いしたのがまずかったのか?
「お前な。王太子である俺の食事に何かを混ぜたとなれば、毒による暗殺を疑われて死罪もあり得るんだぞ」
「にゃっ!!」
私としてはちょっとしたいたずらだったのだが、確かにわさびもどきではなく毒だと思われたら一巻の終わりだったな。
「……ごめんにゃしゃい」
ヴィが離してくれないので、とてもしゃべりにくいが、なんとか謝罪の言葉を告げる。
謝ったのに、ヴィは離してくれず、さらには顔を左右に振られた。
やめて!内側の頬の肉噛んじゃう!
むぅぅぅっとうなっていたら、ようやく振るのをやめてくれた。
ほっとしたのもつかの間、今度はグイッと視線を合わせるように持ち上げられる。
「次は本当にお仕置きするからな」
イケメン王子よ、そこはほっぺぷにゅではなく顎クイのシーンではないか?
いやいやいや、みんな大好きイケメンのどアップでも、それがヴィだと嬉しくない。
お兄ちゃんとチェンジで!
「その目は反省していないだろう」
「ちてましゅっ!」
「俺に何かしたら、二度とラースに触らせないからな。やるなら、覚悟してかかってこい」
「んなぁぁぁ!!!」
酷い!私からラース君を引き離すつもりなのね!
この鬼畜!陰険!……あとなんだっけ?
「それと、私からはお菓子をいっさい禁止させていただきます。今後、殿下に何かをなさろうなどとは考えないようお願いいたします」
パウルにとどめを刺された私は瀕死である。
ラース君に触れない、お菓子も食べられない、そうなる危険を犯してまでヴィにいたずらをする価値はない。
ヴィよりもラース君のもふもふが大事だ。
「にどちょしましぇん!」
つか、ヴィよ。そろそろ手を離して欲しいんだけど。
「なら、これはネマが責任を持って食べろ」
わさびもどきが乗ったお肉を、ヴィが私の口元に持ってくる。
……強制あーんだと!?
「じぶんでたべりゅ……んぐ」
ちょっと口を動かした隙に突っ込まれた。
食べ物を粗末にはできないので、もぐもぐ咀嚼するけどつーんってきたー!
目が潤んできたけど、鶏肉にわさびは微妙。
わさびなら牛肉の方が合うし、鶏肉ならやっぱり柚子ごしょうがいいな。うん。
賑やかな食事を終えて天幕に戻る。
さすがにお風呂はないので、髪だけを洗い、体はスピカに拭いてもらった。
さっぱりしたところで、もう寝るかと思うでしょ?
夜はまだまだこれからなのだ!
命綱の先は森鬼へと変わっているので、彼を連れて外に出る。
私が動けば、星伍と陸星はついてくるのだが、稲穂がいまだ海に捕まっていた。
その海はもう眠ってしまっているので、稲穂も動く気はなさそう。
海はたくさん飛んで疲れているだろうから、そっとしておこう。
ソルの側に寝転ぶと、ふわりと空気が温かくなった。
ソルにお礼を言って、空を見つめる。
本当に、この世界は美しい。
どこに行っても、美しいものばかりだ。
地球とは違い、この世界に住む人間が自然を破壊することもない。
ただ、欲に取り憑かれた結果、壊れていったものはたくさんあるけど。
こうしていると、ソルが見せてくれた光景を思い出す。
北の山脈の寒々しくも美しい光景を。
「きれいだねぇ」
神様も見ているかな?
……私が創ったんだよーってドヤ顔してそう。
神様もねぇ。凄いんだか変な人なんだか、よくわからない神様だよね。
それに、私はいつまでこの生活を続けなければいけないんだろう。
お姉ちゃんがいて、ヴィもラース君もいるのに、お兄ちゃんがいないのが淋しい。
早くお家に帰りたいって思う。
私がお家に帰れるようになるには、ルノハークをどうにかしなければならない。
ルノハークが創聖教となんらかの関わりがあるのは確かなんだけど、宗教っていう性質上、国が口出しするのはよくないんだよね。
ようは、創聖教を内部からどうにかするか、対抗できる組織を作るかだよなぁ。
でも、宗教戦争は避けたい。絶対、最悪なことにしかならないし。
うーん、私が愛し子だぞーって創聖教を乗っ取れれば簡単なのに……。
だって、神様って創聖教の人たちが思っているような都合のいいものではないし、私が知っている神様の方が人間臭くて親しみが持てると思うよ。
それか、もう神様がバーンッて降臨して、みんな仲良くしなさいって言った方が早いんだけど。
なんで神様は人と関われないんだ!
だからこんな面倒臭いことになるんだ!
ひとしきり神様への愚痴を心の中で言いまくると、少しだけすっきりした。
「ソル、明日の夜は久しぶりにお散歩行こうよ!」
パパンに怒られるまで、夜中にこっそり抜け出して、ソルと一緒に夜空を楽しんだりしていた。
ここでなら、お姉ちゃんたちも許してくれると思うし、今のうちに満喫したいよね。
——そうだな。作っていたものを壊した詫びもせねばなるまい。
まだ気にしていたのか。
明日には改めて作った方が完成するから、気にしなくていいのに。
「大丈夫だよ!時間もまだまだあるから、何個でも作れるよ」
フィリップおじさんが戻ってくるのは、早くても明後日だしね。
他にもいっぱい遊べるよ!
◆◆◆
ソルとおしゃべりしているうちに寝落ちしてしまったらしい。
起きたら天幕の中だった。
朝ご飯を食べて、今日は昨日の続きをやる。
森鬼にお願いして、雪山を掘り出す作業を見守る。
-きゅぅぅぅぅん!
尾を引くような鳴き声のあと、ぽふっという音がした。
-キュゥゥゥゥ!!
先ほどと似たような鳴き声と音が続く。
「もう!また変な遊びをして!」
そう、昨日のソルのくしゃみに吹き飛ばされたのが楽しかったのか、ソルの鼻先にしがみついて鼻息で飛ばされるという遊びをしていた。
つか、ソルも付き合わなくていいんだよ!
みんなにめっをするためにソルに近づくと、白がソルの鼻にへばりついてしまった。
……あっ!飛ばされる系の遊びは、白が一番好きなやつじゃないか!
白はソルの鼻を覆うように薄くなり、そして勢いよく飛ばされていった。
鼻息が私にかからなかったことから、鼻息ではなく魔法か精霊の力なのだろう。
稲穂や星伍たちと比べると、だいぶ遠くまで飛ばされた白だったが、戻ってくるのは早かった。
コロコロと転がってきたせいで、大きな雪の塊になってしまっている。
-みゅっ!
スポーンと雪の塊から飛び出てきた白。
懲りずにまた、ソルの鼻に張りついた。
こうして、謎のオブジェが作られていったが、それを積み上げるという遊びを海が始めた。
三段、四段と積み上げられた雪の塊を、星伍と陸星が突っ込んで破壊してしまう。
「二匹とも、海のじゃましちゃダメでしょ」
「いいよ。壊すのも、楽しい」
そう言って海が許すもんだから、作った端から壊されている。
そうこうしているうちに、森鬼の作業が終わった。
「主、これでいいか?」
「おぉぉ!これですよ、これ!」
そう、完成したのは雪と言えばコレ!のかまくらである。
魔物っ子たちを集合させて、完成したかまくらのお披露目だ。
海も立てるくらい大きなものなので、みんな入れると思う。
「中に入ってみて!」
入り口が小さいので中は薄暗いが、風が入ってこないぶん暖かく感じる。
ろうそくでも立てれば、火の灯りでもっと暖かくなるのかな?
「ネマが作りたかったものはこれなの?」
外からお姉ちゃんが覗いている。
さすがにもう人が入れるスペースはないので、私と森鬼が出ることにした。
お姉ちゃんが中に入ると、薄暗かった中が明るくなった。
「光源ではなくて、普通に炎の方がよさそうね」
そう言って、手に炎を出現させたお姉ちゃんだったが、蛍光灯のような明かりではなく炎の揺らめく明かりの方がかまくらには合う。
オレンジ色に染まった中は、わずかな凹凸が陰影となり、いい雰囲気になっている。
「あまり熱が高いと溶けてしまいそう。温度を低くして、少し浮かせて……」
何やら考え込んでいるなぁと思ったら、お姉ちゃんは少し待っててねと言って天幕に戻ってしまった。
言いつけ通り待っていると、手に箱を持って戻ってきた。
「それは?」
「簡単なものだけど、炎を留めておく文様魔法よ」
箱の中には小さな炎が少しだけ浮いていた。
その下には紙が敷いてあり、精霊文字が書き込まれている。
真ん中に置いてあるのは魔石だろう。
「これで、ネマの隠れ家が完成よ!」
箱をかまくらの真ん中に置くと、先ほどの光景が戻ってきた。
魔力がなくならない限り効果が続くので、暗くなっても大丈夫そう。
「おねえ様、ありがとう!」
感謝のぎゅーをすると、お姉ちゃんもぎゅーってしてくれた。
そのあと、ヴィやラース君もかまくらを覗きにきたけど、さすがにラース君は入れなかったよ。
予想外だったのは、星伍と陸星がいたく気に入ったことだ。
「前のおうちみたい!」
「みんなと一緒のおうち!」
よくわからなかったので詳しく聞くと、シシリーお姉さんたちと合流する前の群れのときの住処を思い出したんだって。
「どんなお家だったの?」
「どうくつ!」
「みんなでくっついて寝るの!」
氏の仲間同士で、雑魚寝みたいな感じだったのかな?
「以前の群れでは、洞窟で固まって寝ていたそうです」
スピカが教えてくれたのだが、草の氏を始め、狩猟の氏は作業をあまりしないので、雨風がしのげる場所さえあればいいと、寝床にこだわらないんだとか。
だから、洞窟で雑魚寝なのか。
「でも、すぐ側に仲間がいる安心感があれば、洞窟でも木の上でも、どこでもいいんですけどね」
きっとスピカもシシリーお姉さんにくっついて寝ていたのだろう。
家族と一緒っていう安心感は何物にも代えがたいもんね。
夜中、森鬼が動いたことで、目が覚めてしまった。
「森鬼、どうしたの?」
「いや、音がしたと思ったんだが……」
何かを感じ取ったようだが、森鬼は再び寝る体勢に入る。
少し不安を覚えたものの、私も眠たかったのでそのまま寝てしまった。
そして迎えた三日目。
フィリップおじさんたちはまだ戻ってこない。
フィリップたちが頑張っている間、ネマは元気に遊んでました(笑)