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食欲に勝るものはない。

お空の旅といえば、やはり景色を楽しむのが醍醐味と言える。

最初は景色に興奮していたけど、ラース君の背中は快適すぎた。

揺れはなく、風もラース君の周りは穏やかだ。

上空は寒いはずだが、魔法のおかげでそれも感じない。

その結果、すやーしてしまったのは必然とも言える。


休憩のために降り立ったのは、美しい湖がある場所だった。


「ラースの上で寝こけるとは、相変わらずいい度胸をしているな」


わーい、褒められた!って喜ぶと思うなよ!


「ラース君だもん。落ちても拾ってくれるよねー」


「ラースは落とすような飛び方はしないが、何が起こるかわからないだろう?」


「何か?」


風の聖獣であるラース君に、いったい何が起きると言うのか。


「野生の竜種が襲ってきたり、急に天候が悪化したり……」


途中で言葉を切り、ヴィは大きなため息を吐いた。

自分で言っておきながら、気づいたのだろう。

ソルがいるのに襲ってくる竜種はいない。天候が急に悪くなろうと、精霊が教えてくれる。


「つまり、ラース君の上でお昼寝しても平気だね」


「使わずにすめばと思っていたが仕方ない」


そう言って鞄から取り出したのは、ベルトのようなものだった。

それをどうするのかと見ていると、私の腰に装着した。

そして、ベルトには細いチェーンがついており、その先にもベルトがある。ヴィはそのベルトを自分に巻いた。

これは……。


「いのちづな?」


「そうだ。セルリア夫人に頼んで作ってもらった」


ママンが作った魔道具なら、そりゃあ頑丈な命綱なんだろうね。

どんな効果があるのか、いろいろと試してみる。

まず、細いチェーンだが長さが調節できる。そして、ヴィの剣では壊すことはできなかった。魔法も同じだ。

ヴィの風魔法、お姉ちゃんの火魔法、コールナンさんの土魔法でもダメなら、水魔法でもダメだな。


「聖獣や精霊の力でなら壊せると言っていたから、俺が許可したときだけにしてくれ」


なるほど。

聖獣や精霊の力を使える人は限られているからね。

もし誘拐されそうになっても、私だけさらうのは無理というわけだ。

で、私に繋げるとしたら、森鬼、パウル、スピカ、お姉ちゃんの可能性が高いとママンは思ったに違いない。

この面子なら何が起きても対処できそうだし。


「ちなみに、鍵は俺が持っている」


これは、帝都に戻るまで、外す気はないな。

……寝るときは外してくれるよね?


「じゃあ、くさりを伸ばして!私も湖で遊びたい!」


先ほどから、湖で(かい)たちが遊んでいるのだ。

私も仲間に入りたい!


「溺れるなよ」


「おぼれないよ!」


前世では、川や海でたくさん遊んだ経験もあるし、水辺の危険性は知識としても身につけている。

チェーンが最大まで伸びたのを確認して、ズボンの裾を膝上まであげる。

ズボンはライナス帝国で愛用されている形のもので、裾の口が紐で調節できるところが気に入っている。

靴を脱いで裸足になり、いざ突撃!


膝下くらいの深さのところで、何か生き物がいないかと目をこらす。

しかし、私の周りで星伍(せいご)陸星(りくせい)が犬かきで泳いでいるので、驚いて逃げてしまったようだ。


(あるじ)、これ、あげる」


人魚姿の海に渡されたのは、マリモのようなものだった。

マリモにしてはやけに重い。何かが水中で苔まみれになったものかも?


「白、表面を食べてくれる?」


-みゅぅぅぅ……。


森鬼の通訳がなくても、白の言いたいことはわかった。

美味しくなさそう、だ。

でも君、石っころも食べるじゃん。

マリモを体内に取り込み、もごもごと(うごめ)いている白。

消化には時間がかかるだろうから、もうしばらく遊んでいようとしたら……。


-みゅっ!


白が何かをポーンッと吐き出した。

慌ててそれを受け止めようとすると、バランスを崩して水面が目の前に!!


「うぐっ」


水面まで数センチというところで、誰かに掴まれた。


「主、大丈夫か?」


森鬼が助けてくれたけど、もっと優しく取り扱ってくれ。

私が取り損ねたものも、ちゃんと受け止めていた。


「ありがとう。それ、見せて!」


森鬼から受け取ったものを見てみると、丸くて、表面にみみず文字みたいな装飾が施されていた。

真ん中に一本の線が入っていることから、容れ物的なものなのかな?


「むぅ!」


開けようと試みるも、引っ張っても回してみても開かない。

仕方がない。お姉ちゃんに協力してもらおう。


「おねえ様、これ開けて!」


「何かしら?」


「海が湖の底で見つけたものだって」


お姉ちゃんもいろいろ試してみるが、開く気配はない。


「どうした?……なんだそれ?」


フィリップおじさんがお姉ちゃんの手元を覗き込んできた。

お姉ちゃんはそれを渡すと、フィリップおじさんはマジマジと観察する。

そして、エジリーナさんに渡した。


「……見たところ、四季(よんき)前に流行った加工ですね。おそらく、寄付箱ではないでしょうか?」


四百年前の寄付箱?


「きふ箱って何?」


「以前は、創聖教の教会に寄付をする際、硬貨を使用するのはよくないとされていたのです」


明確な理由は不明だが、お金は地上で暮らしている人種にしか価値がないものだからというのが有力説らしい。

しかし、教会の運営にはお金が必要だ。

だから、寄付箱にお金を隠して寄付していたんだとか。

寄付箱そのものも、芸術品としての価値があり、高価な寄付箱で寄付することが貴族の間で流行ったこともあったんだって。


「まぁ、特定の神官に寄付箱と鍵を渡して、賄賂を渡していた貴族もいたみたいだが」


いつの時代にもあるんだねぇと感心していたら、コールナンさんも会話に入ってきた。


「魔法の(たぐい)はかかっていませんよ」


エリジーナさんのあと、コールナンさんに渡り、何かしらの魔法がかけられていないかを調べてくれたようだ。

保存の魔法がかかっていたが、長い年月が経過したため消失しているとも。

そんなことまでわかるのか!


「開けてみるか?」


フィリップおじさんがそう言うと、今度はエリドさんが寄付箱を持つ。

そして、反対側の手には、細い棒のようなものが。


「任せて!」


エリドさんがかちゃかちゃと棒を動かす様子はまさにピッキング。

エリジーナさんは調度品や装飾品に造詣が深く、コールナンさんは魔法感知に()けており、エリドさんは手先が器用で、槍使いなのに身軽なんだとか。ちょっと危ない場所に忍び込んじゃったりする系だね。

ショウさんはその人懐っこさから、情報を集めるのが得意らしい。

ただ、その情報を精査するのはコールナンさんの役割だと言うのは納得である。

彼らの知識、技術、情報をもとに指示を出すのがフィリップおじさんなんだけど、レイティモ山の洞窟探検のように、趣味に突っ走ることも多々あるみたい。

なんにせよ、冒険者には、いろいろな知識と技術が必要なんだね。


「開いたよー」


ものの数秒で開けてしまったエリドさん。

わくわくしながら中を覗いてみると。


「まぁ、こんなもんだよな」


フォリップおじさんは苦笑しているけど、出てきたのはライナス帝国の金貨が二枚。


「この年代のものでは、半分くらいの価値しかありませんね」


エジリーナさんになぜかと問うと、いろいろと教えてくれた。

四百年前は、大飢饉による争いが多発していた時期で、装飾品なんかは粗悪品が多く流通した。

そして、金貨も金以外を混ぜて作っていた時期でもある。

なので、この時代の金貨は価値が低いんだって。


「ここを見てください」


金貨の表側に刻まれているのは、誰かの横顔。よく、海外のコインにあるやつだ。


「ライナス帝国では、必ず作られたときの皇帝陛下が描かれます」


それで、作られた時期がわかるようになっていて、この皇帝陛下が描かれた金貨はほとんど回収されているらしい。


「もう出回っていないのなら、逆にきしょう価値ってやつが上がっているんじゃ?」


硬貨ってコレクターがいそうだし、回収されて数がないならプレミアついていそう。


「よくご存知ですね。ライナス帝国の商業組合に持ち込めば、この金貨一枚が金貨五枚になりますよ」


「本当かっ!?」


フィリップおじさんは知らなかったらしい。

面白い顔して驚いている。

でも、半分の価値しかないと思っていたものが、実際は五倍の価値になっていたらびっくりするよね。


「これは見つけたお嬢様がお持ちください」


そう言って渡された寄付箱。

もっと時間が経てば、価値がもっと上がるかもしれない。

というわけで、私の宝物として、パウルに保管してもらうことにした。


「さて、そろそろ出発するか」


フィリップおじさんの号令により、みんながそれぞれの乗り物へと戻っていく。


「海、もうソルに乗ったら?」


海は宮殿からずっと自前の翼で飛んできていたけど、目的地までまだまだ距離がある。


「うん。そうする」


私の勧めに大人しく従ってくれた海は、稲穂を抱いてソルに飛び乗った。

森鬼には及ばないものの、ソルに飛び乗れるくらいジャンプ力があるのは意外だった。

馬の性質もあるからかな?

魔物っ子たちがソルに乗ったのを確認すると、私はヴィによってラース君に乗せられた。


湖をあとにすると、岩山が見えてきた。

この山を越えると砂漠が見えてくるらしい。

山に近づくと深い谷があり、底には川でもあるのかなぁと下を見たら真っ赤だった。

一瞬、血が流れているのかと、本気でビビった。


「上から見ると、恐ろしいな」


谷の底にあるのは、火の魔力で育つ魔生(ませい)植物なんだって。

それにしても、発色が鮮やかだ。

地球で血の色と呼ばれている花よりも、本物の色に近い気がする。

山を越えたら、今度はカラフルな地面が一面に広がっていた。

これも魔生植物なのか?


塩原(えんげん)だな。この先に砂漠がある」


塩原と言えば、天空の鏡と呼ばれているウユニ塩湖が思い出されるが、ここはそもそも塩だと思えない!

だって、虹色だよ?レインボーカラーだよ?

それが塩だって信じられない。


「帰りでいいから、立ちよるのはダメかな?」


「無理だな。この塩原は国の管理地だ」


これだけ綺麗な場所なら、観光資源にもなるし、塩自体が資源だもんね。

今回は諦めて、陛下に許可もらってから来ることにしよう。

そのときは、ダオとマーリエも一緒にね!


塩原の向こうに砂漠の端っこが見えてきた。


「おぉぉ砂漠だぁ!」


隆起している砂山に、風が描く独特な模様。

これぞ砂漠である。


「少し下がってみるか?」


「うん!」


ラース君が高度を下げると、暑さを感じるようになってきた。


「せっかくだから、砂漠の暑さも体感してみろ」


どうやら、適温を保ってくれていた魔法を解いてしまったらしい。

それでも、私にはママンがくれた体感の魔法具がある。

しかし、地上から1メートルくらいになると、物凄く暑く感じた。

魔道具の許容範囲を超えてしまったのか?

湿度がないので、からりとした暑さと思いきや、水分が吸い取られていくような暑さだった。

鼻が乾燥して呼吸がしにくくなり、口呼吸に変えると、すぐに喉が渇いた。


「のどがかわいた……」


ヴィが水筒を渡してくれたので、勢いよく飲んだ。


「ぷはぁ!」


夏場のキンキンに冷えたラムネ並みに美味い!

思い出したら、シュワシュワ炭酸が恋しくなってきた。

それにしても暑い。

水を飲んだばかりなのに、すぐに喉が渇いてしまう。


「もう無理……」


「まだそんなに経っていないぞ?」


日本の猛暑を経験している身としては、うだるような暑さには耐性があっても、焼けつくような暑さには慣れていないんだよ。

この灼熱地獄にいたら、すぐ干からびてしまう!

ヴィは笑いながら、魔法をかけてくれた。

しかも、冷たくて、熱を持った肌を冷やしてくれる。


「はふぅ。生き返る」


「それはよかった」


ヴィに頭をわしわしされたけど、その手もひんやりしていたので心地よかった。


「お、見えてきたな」


高度を上げたラース君の背中から、ヴィが示す方向を見ると水平線が輝いていた。

砂漠を抜け、大きな岩がゴロゴロとしている場所に降り立つ。


「凄い光景ですわね」


お姉ちゃんも見入っている景色は、巨大な槍が今にも海を刺そうとしているような、スケールのでかい景色だ。

岬の先端にはまだ距離があるが、どうしてここでソルが降りたのかがわかった。

先端部分の下は荒波が渦巻いている。

潮によって侵食されたのか、崖が削られて逆くの字みたいになっているのだ。

ソルが岬の先に降りたらボキッと折れそう。


「先に行ってもいいが、気をつけろよ」


フィリップおじさんの許可が下りたので、先端の方に走り出す。

風が強く吹きつけていて、真正面から受けてしまうと呼吸がしづらいほど。

崖の近くには、大小いくつもの岩礁が顔を出しており、その合間に渦潮が発生している。

小さな渦は消えたと思ったら、別の場所に発生したり、消えることのない大きな渦もある。

どういった現象が起きたら、こんなにたくさんの渦潮ができるんだ?

有名な鳴門の渦潮は干潮差によるものだから、発生する時間帯が限られていたりするけど、ここは常時流れている海流のせいなのか?


「さて、トマはどこに生えているかなぁっと」


私が自然の神秘に考えを巡らせているうちに、フィリップおじさんたちはサクサク準備を進めていた。


「泳ぎたい……」


いつの間にか海が側に来て、じっと海面を見つめている。


「うーん、いくら海でもこの荒波は危ないと思うな」


そう答えたものの、水を操ることができる海なら、この渦潮の中でも平気かもしれない。


「ジグの向こうの海、もっと凄い波ある。ソルぐらいの大きなやつ」


ソルぐらいの波って高波?

(かい)がいたジグ村の場所はオスフェ領の北西側で、漁ができるものの冬場は荒れやすい。

強風によって、沖では高波が発生していてもおかしくはない。

地球でも、嵐の影響で10メートル以上の波が観測されるのは珍しくないし、それによる船の転覆事故も起きている。

いくら魔法があるとはいえ、やはり自然の脅威には勝てないと思うんだよね。

しかし、海は諦めきれないのか、どうにかして泳ぎたいようだ。


「あの渦、入ったら楽しそう」


気持ちはわからなくもないが、楽しむなら安全に楽しまなければ!


「サチェとユーシェに頼めば、渦を再現できると思うから、ここではやめよう?」


大きな洗濯機みたいなものを作れば、渦潮と一緒だよね。

なんとか海の説得に成功すると、トマを発見したと声が上がった。

私は急いで声がした方に駆け寄る。


「どこどこ!?」


って、もうフィリップおじさんとショウさんの姿がない。

エリジーナさんたちと合流すると、足元にロープがあった。

ロープの先を覗いてみると、崖の真ん中くらいで二人が宙ぶらりん状態でいた。

なかなか恐ろしい光景だな。

フィリップおじさんがいる付近を凝視するも、ここからではトマが生えている様子は見えない。

それにしても、斜面が前傾なので、上から降りているフィリップおじさんたちは崖に手が届かない。

どうするんだろう?


「ショウ、いくぞ」


「いつでもどうぞ」


フィリップおじさんが振り子のように揺れ始めると、ショウさんの背中を両脚で蹴飛ばした。

蹴飛ばされたショウさんは、その勢いで崖に張りついたらしい。

こんな力技でくるとは思わなかったよ。


「ショウさんは何か魔道具でも使っているの?」


「いいや、手足に鉤爪をつけているだけだよ」


エリドさんが鉤爪を見せてくれたんだけど、私が想像していたものとは違っていた。

武器として使われているようなやつかと思ったら、手袋の指先に猛禽類のような湾曲した爪がついている。しかも、ノコギリのようなギザギザもついていた。

足の方は、登山に使われているアイゼンに似ているけど、こちらの方が武器に見える。

これだけで崖にへばりつけるっていうのが不思議だ。


「これは特殊なサンテートを使っていてね、岩でも面白いくらいよく刺さる」


エリドさんが地面に鉤爪を刺すと、本当にサクッと刺さってしまった。

ちょっとお借りして、私の力でも刺さるか試してみる。

サクッサクッと地面に穴を開けていく。

なんか気持ちいいな、これ。


「おーい!上げてくれ!!」


私が地面に穴を開けるのに夢中になっている間に、トマ採取が終わったようだ。

エリドさんとコールナンさん、パウルたちも手伝ってロープを引き上げている。


「こんなに穴を開けてどうするつもりだ?」


「いや、楽しくなってつい……」


かなりの範囲が小さな穴だらけになったのを見て、ヴィが聞いてきたけど、どうもしないよ。


「殿下、お願いします!」


引き上げられたショウさんが、奇妙な形をした瓶を振ってヴィを呼ぶ。

ヴィが動くと、私も動かねばならないので、二人でショウさんのもとへ向かう。

瓶だと思ったものは、三角形と四角形が合わさった、あまり見かけない形の容器だった。

三角形の面が両開きで開くようになっていて、中に入っている植物がトマというわけだ。

初めて見るトマは、緑色した綿毛みたいだった。

よくよく見れば、たんぽぽのような綿毛ではなく、細い糸が幾重にも絡まっている。

この細い糸が風の魔力を集め、中心部にある核を守る役割を持っているんだって。

この核が種にあたり、魔力が溜まると分裂してばら撒かれ、そしてまた魔力を集めて育っていく。

トマが常に風が吹く場所でないとすぐに枯れてしまうのは、生命維持を魔力に頼っているからだと考えられている。


ヴィはトマを容器ごと受け取ると、その中で風を送っている。

緑色の綿毛が揺らいでいるのはちょっと可愛い。


「ショウ、もう一回降りてこられるか?」


「何かあったのか?」


いいから来いと、フィリップおじさんはショウさんを呼ぶ。

何があったのかわからないまま、ショウさんは再び降りていった。


「何を見つけたのかしら?」


エリジーナさんとコールナンさんは、いつものことといった様子でショウさんが降りていくのを見守っている。

エリドさんはわくわくしながら下を覗き込んでいるけど、身を乗り出しすぎると落ちちゃうよ?


「こいつはすげぇ!!」


「だろっ!」


降りた二人のテンションも上がっている。

何を発見したのかわからないが、凄いという声は届くものの、なかなか上がってこない。

気づけば、もう陽がだいぶ傾いている。


「コールナン様、我々は野営の準備を始めますので、引き上げる際にはお声かけください」


「すみません、彼らが戻ったら手伝います」


パウル、スピカ、シェルの三人は、手際よく大型の天幕を組み立て始めた。

骨組みは金属製、サンテートで作られたもので、重たいであろうそれを、スピカは軽々と持ち上げている。

パウルの指示通りに骨組み同士を繋げたり、くさびみたいなものを打ち込んだりして、あっという間に完成させてしまった。

一つが終わると、また別の天幕を組み立てる。こちらは、最初の天幕より小さい。


「あ、僕たちは自分でやりますから」


見ているのに飽きたのか、エリドさんも動き出した。

一人なのに、サクサクと小さなテントを二つ設営していく。

こちらは天幕というよりも、コボルトたちが移動するときに使用していたものに似ている。原始的なテントだ。


「二つでいいの?」


「うん。全員が一緒に寝るなんてことはないからね。というか、僕は嫌だ」


エリジーナさんは別として、男性陣で見張りをするので、一人二人が寝れればいいらしい。

エリジーナさんが優遇されているのは、女性だからではなく治癒術師だかららしい。

治癒術師が万全であれば、チームの生存率も上がるので、冒険者の間では不文律になっていると教えてくれた。


「ヴィルヘルト殿下はこちらの天幕をお使いください」


パウルたちが設営した小さな天幕は、ヴィのためのものだった。


「王族専用の文様魔法ね。いつ見ても、さすがとしか言いようのない構造だわ」


天幕の布に刺繍されている文様魔法を、お姉ちゃんがうっとりした表情で見つめている。


「歴代の魔術研究所の所長が改良を加えていった文様魔法だ。美しいだろう?」


「えぇ。わたくしももっと精進しなければ」


負けず嫌いの血が騒ぐのか、お姉ちゃんは他の文様魔法も見て回っている。

やっぱりお姉ちゃんもオタク気質だよねぇ。

ママンの教育のおかげかな?


「おーい!上げてくれっ!」


太陽はまだ沈んではいないが、空が夕闇に染まり始めた頃に、ようやくフィリップおじさんが上がってきた。

袋に何かがいっぱい入っているけど、中身が動いている気もする。

嫌な予感が……。いつぞやの、森鬼が虫を大量に集めていたときの袋を思い出させる。


「小父様、何を取ってきたのですか?」


「これを見てみろよ」


ニヤニヤとした笑みを浮かべ、袋を開けて中を取り出した。


「やだ、ナスリンじゃない!」


「すげぇ!こんなにたくさん!」


「ここにも生息していたのですね」


ガンダルの面々は一様に興奮している。

私たち姉妹とヴィは、何が凄いのか理解できていない。


「これは見事ですね。これだけの大きさは王都でも手に入りませんよ」


パウルはナスリンの正体を知っているようだ。


「私にも見せて!」


頭の上でのやり取りに、私も見たいとパウルの手元をぴょんぴょんと飛んで覗き込む。

パウルがしゃがんでくれたことで、袋の中身を見ることができた。


「これは……」


私の目にはウーパールーパーに見える。

正式名称はメキシコサンショウウオと言って、愛嬌のある顔とピンク色のひらひらが特徴的な両生類だ。

あのひらひらは外鰓(がいさい)と言って、魚の(えら)と同じである。

まぁ、目の前にいるウーパールーパーもどきは、鰓ではなくてエリマキトカゲの襟巻きみたいなひらひらだ。


「可愛らしいけど、たくさん集まると気持ち悪いわ」


確かに、お姉ちゃんの言う通り。

これだけうごうごしていると、可愛さが半減してしまっている。


「これはなぁ、煮込むとめちゃくちゃ美味いんだぞ!」


まさかの食用!?

はっ!もしかして、ゲテモノ料理枠か!!

いくら食いしん坊な私でも、ゲテモノ系はちょっと……。


「ナスリンは時間をかけて低温で煮込むのですが、ここでは無理ですね」


「だよなー。宮殿に戻って、料理人にお願いするしかないか」


煮る焼くはできても、繊細な火力調整は野営の設備では無理だね。


「料理人も喜びますよ」


めったに手に入らない、珍味中の珍味として料理人には有名らしい。

珍しい材料が手に入ったら喜ぶだろうけど、うごうごしているまま渡すのかな?



◆◆◆

トマは無事に、エルフの森の長さんに預けられた。

宮殿にひとまず戻ったのだが、その日の夕食に、例のナスリンが出てきた。


ナスリンの姿煮。

お皿の上に、ぶつ切りにされたナスリンが一匹載っており、あの可愛らしい顔がこんにちはしているのが怖い。


「話には聞いたことがあったのだが、実際に口にできるとは思わなかった」


陛下たちも一緒の晩餐ではあるが、ガンダルの面々は目の前の料理に舌鼓をうっている。

緊張よりも食い気の方が(まさ)ったんだね。


まだ食べられそうな尻尾の方を選んで、スプーンですくう。

スプーンの上でプルプルと震える尻尾。

匂いはちょっと臭みがあるけど、豚骨スープに似ているな。

口に入れると、とろーっと溶けた。

こ、これは!美味い!!

煮こごりが溶け出す寸前のような食感と、味の濃さ。噛めばカリコリしたものがあって、おそらく骨と思われる。

鳥軟骨より柔らかいので、サメ軟骨に近いのかな?

これ、煮込むより、表面をパリパリに焼くか揚げた方が美味しいよ!絶対!!


「調理していないナスリンってまだある?」


「たぶん、まだあるんじゃねぇか?結構な量を持ち込んだからな」


何かあるのかとフィリップおじさんに聞かれたので、正直に思ったことを伝えた。


「油で揚げるか……。それも美味そうだな」


私たちの会話を聞いて、陛下が厨房に伝えてくれた。

すぐに、唐揚げもどきと串に刺さっていない焼き鳥もどきが出てきた。


「油で揚げたものと、塩をまぶして焼いただけのものです」


給仕の人が全員の前に新しい料理を配膳していく。

香ばしい匂い。

これは期待できる!

まずは焼き鳥もどきから。


「焼き加減が最高だな」


フィリップおじさんの感想に、私は無言で頷く。今、口の中は忙しいから。

塩だけで焼くと、豚足の塩焼きみたいだった。

外はパリパリで中はとろとろ。軟骨もコリコリしていていい歯ごたえだ。

これは、お酒が欲しくなる味だねぇ。

ガンダルの人たちもそう感じたのか、酒場の安い酒が欲しいと口にしている。

ちなみに、揚げた方は軟骨の唐揚げだった。

予想通りではあるが、これもまた美味い!


「ここの料理人はいい腕していますね。ただでさえ、ナスリンの調理は難しいのに」


コールナンさんが言うには、火加減が強すぎると肉が溶け、弱すぎると半生で美味しくなく、一番簡単なのが姿煮だから他の調理方法は普及していないんだとか。

肉の部分がコラーゲン物質だとしたら、確かに溶けるわな。


翌日、みんなのお肌がぷるんぷるんだったので、やっぱりナスリンはコラーゲンだったようだ。



ソルが空気になってしまった……。

雪山で本領発揮してくれることでしょう!

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