役者は揃ったぞ!
パパンからの手紙が届いた。
手紙とは思えないほどの厚みがあったけど、その半分は王様に対する恨みつらみが隙間なくみっちり書き込まれていた。
要約するとこうだ。
オスフェ家としては、可愛い娘たちを冒険者に同行させるのは断固反対!
同行する冒険者が、大陸一と言われている紫のガンダルであろうとも!!
それなのに、王様がいい経験になると言って賛成したらしい。
パパンは王様とやり合ったものの、伝家の宝刀を抜かれた。
『勅命とする』
俺、王様。お前、家臣。を無情にも突きつけられたことになる。
それでパパンは荒れに荒れた。
それなら、宰相も領主も辞めてやるって。
パパンも、それができないことくらい自覚しているだろうに。
現在、ボイコット中とのことだったが、パパンのことなので領民や国民に迷惑をかけるようなボイコットはやっていないと思う。
パパンでなければならない仕事はきっちりこなしていることだろう。
たぶん、王様もそんなパパンの性格を理解していて好きにさせているんじゃないかな。
パパンからの手紙のあとには、我がガシェ王国の紋章が入った手紙が届いた。
王様からだ。
勅命とあった通り、紫のガンダルとともにアニレーとトマを探せと、小難しい言葉で書いてあった。
もう一枚の紙に、王様の直筆で、ガシェ王国から護衛を派遣するので、必ず同行させることと書かれていた。
その護衛を連れていかなければ、ガシェ王国に強制送還するとも。
気になるのは、その護衛が誰かとは書かれていなかったこと。
まだ厳選中なのかな?
私の予想としては、ダンさんじゃないかなぁって思っている。
私のことを知っているし、竜騎部隊の隊長を務めるほどの腕前を持っていて、リンドブルムとリンドドレイクにも乗れる。
ダンさんなら、ワイバーンにも乗れそうだよね。
それに、竜舎の長であるギゼルも、ソルが一緒だと言えば、ダンさんを乗せてやってきそう。
さて、パパンの手紙と王様の手紙、両方によってフィリップおじさんが承諾してくれたのはわかった。
護衛と一緒にライナス帝国入りするらしいが、もう少し時間がかかりそうだ。
なので、私のやるべきことはパパンの説得。
このままでは、パウルによって強制送還されかねない。
お姉ちゃんはお姉ちゃんで、パパンとママンの両方に手紙を送ると言っている。
「でも、お父様にはネマからのおねだりが一番効果的だと思うわよ」
私だけじゃなく、お姉ちゃんからのおねだりにも弱いけどね。
パパンからの返事は比較的早かった。
渋々といった感じで、許すと書いてあったけど、ママンからの手紙で衝撃的事実が判明した。
パパンを心変わりさせたのは、お姉ちゃんの手紙だったらしい。
お姉ちゃんの手紙を読んで、パパンが泣いていたんだって。
「おねえ様、お手紙になんて書いたの?」
「お父様の代わりに、お父様が見たことのない風景を見てきますと書いたのよ」
なんでも、私がまだお兄ちゃんとヴィとで領地視察をしていた頃、お姉ちゃんが合流するためにフィリップおじさんをお家に招いたことがあった。
そのときに、パパンが若いときにフィリップおじさんたちと冒険に出たことがあるのを知ったんだって。
フィリップおじさんの話を聞くパパンの様子を見て、オスフェ家を継ぐよりも冒険者としていろいろな場所に行きたかったのではないかと思ったらしい。
「お祖父様が早くに女神様のもとへ旅立たれたから、お父様も否応なく爵位を継がなければならなかったの。だから、お父様の代わりにライナス帝国のことや、ネマが行きたいというカルワーナ山脈の情景を伝えて、少しでも冒険者の気分を味わってもらいたくて」
実際に、レイティモ山で合流したときも、洞窟の中のことや魔物のことなどを詳細に報告していたらしい。
パパンも、こんな親孝行な娘を持って幸せだね!
パウルにパパンからの許しが出たと手紙を見せると、盛大にため息を吐きながら、仕方ないですねと折れてくれた。
さて、あとはフィリップおじさんたちが到着するのを待つだけだね!
その間は、ダオとマーリエと遊びつつ、まったり過ごした。
「本当にネマは物好きよねぇ」
私の部屋に遊びにきておいて、この言い草である。
「冒険者に任せておけばいいのに。ネマが行ってもお荷物になるだけよ?」
正論をグサグサ刺してくるマーリエ。
「本当は、ネマがいなくなるから淋しいんだよね、マーリエは」
ダオの指摘に、マーリエは顔を真っ赤にしながらも否定はしなかった。
この、ツンデレさんめっ。
マーリエをぎゅーって抱きしめると、小さな声で早く帰ってきなさいよって言われた。
「うん。おみやげを楽しみにしていてね」
それから、穏やかにお茶を楽しんでいたら、ルイさんが訪ねてきた。
「お待ちかねの客人たちが到着したよ」
今は陛下と謁見しているということで、呼んでくるように言われたらしい。
「ルイ叔父上、僕たちも一緒に行ってもいいですか?」
「ネマを預けるに相応しい人物か、見定めさせていただきたいですわ」
ダオとマーリエの申し出に、私だけでなく、ルイさんも驚いていた。
「君たちは本当に仲良しだねぇ。まぁ、正式な謁見というわけでもないから、大丈夫だと思うよ」
というわけで、ダオとマーリエも一緒に行くことになった。
「紫って言うくらいだから、強いのかもしれないけど、性格はわからないもの」
「陽気なおじさんだよ」
「つまり、無配慮な男性ってことね」
容赦ないなぁ。
どうして陽気なおじさんで、無配慮ってイメージになるんだろう?
「でも、フィリップおじ様は元は貴族の子息だよ?」
「へぇ、貴族をやめて冒険者って凄いね。格好いい」
ダオはフィリップおじさんの生き方に男のロマンを見出したようだ。
フィリップおじさんについてしゃべっているうちに、謁見の間に着いてしまった。
大きな扉が開かれると、上段には陛下だけでなく、先帝様と皇太后様のお姿も。
さすがにこれには、ダオとマーリエも固まった。
「お前たちも来たのか。こちらにおいで」
陛下が促してくれたおかげで、二人は我に返り、陛下方に一礼してから、テオさんたちがいる列に並ぶ。
で、私はどうしたらいいんだ?
悩んでいると、背後から誰かに持ち上げられた。
ん?この浮遊感は……。
首根っこというか、服を掴まれて、首回りが圧迫される。
こんな持ち上げ方をするのは、一人……一頭しか知らない。
「ラース君!?」
咥えられたまま運ばれているせいで、ラース君の姿が見えない。
もふもふが、極上のもふもふがすぐ側にあるというのに触れないなんてっ!!
早く下ろしてともがいてみるも、ラース君は知らん顔。
久しぶりだというのに冷たい。
ようやく下ろしてもらえたと思ったら、目の前にいてはならない人物がいた。
いや、ラース君がいるのだから、いてもおかしくはないんだけどさ。
「なんで、ヴィがいるの?」
「お前がまた暴走を始めたからだろうが」
失礼な。
まだ暴走はしていないぞ!
「ヴィルはネフェルティマ嬢の護衛として来たようだ」
……えぇぇぇ!!!
いやいやいや。公爵令嬢の護衛が王太子っておかしいでしょ!!
「正確には俺はおまけだがな」
-ガウッ
つまり、本命はラース君ってことか!
「ラース君、ありがとう!」
お礼を言ってラース君に抱きつけば、グルルと喉を鳴らしてくれた。
首回りの毛に埋もれれば、懐かしい匂いがした。
ふんすふんすとラース君の匂いを嗅いでいたら、毛が鼻に入ってしまったのか、盛大にくしゃみを連発した。
ラース君、すまん。
「……ふはっ……」
声のした方を見ると、フィリップおじさんが一生懸命笑うのを我慢していた。
「ネマ、陛下方の御前だぞ。少しは行儀よくしろ」
ヴィに怒られてしまったので、お行儀よく、ラース君の側に控えることにする。
「ヴィルは少し生真面目すぎるのよねぇ。王たるもの、寛容さを持たねば、相手を萎縮させるだけ」
そう言って、皇太后様はヴィを諌めるが、その目は可愛い孫を見つめるおばあちゃんだった。
「皇太后陛下の言う通りにしたいのですが、ネフェルティマは萎縮するような令嬢ではありませんので」
愛称じゃなくて、わざわざ名前を呼んだ意味は何?
褒めているようで、褒めてないしね!
「ヴィルにとって気の置けない相手なのね」
あぁ、やっぱり王妃様の母親ですね。
微笑ましそうにしているその顔が、王妃様にそっくりだ。
考えていることも同じかもしれない。
ヴィはさらに何かを言おうとしたが、陛下が手だけで制した。
「身内でのおしゃべりはそこまでにして、紫のガンダルの話を聞こうじゃないか」
フィリップおじさんは笑いの発作が治ったようで、キリッとした表情を作っている。
「ネフェルティマ嬢が探しているアニレーとトマは、我が国の中でもほとんど手の入っていない未開の地にある。特にカルワーナ山脈は山そのものが人を拒んでいると言われるほどだ」
「なるほど。それは腕がなりますね。ネマの話だと、洞窟があるとか」
フィリップおじさんは、宝探しをする少年のように楽しそうである。
本当に洞窟探検が好きなんだなぁ。
巌窟王にでもなるのかな?
そうなると、誰が復讐されるんだろう……パパンじゃないことを祈るよ。
フィリップおじさんは、アニレーとトマが生えている場所の詳細が欲しいと願い出た。
大まかな情報はあるけど、より詳しい話はエルフから聞けと陛下が答える。
「アニレーは特殊な魔道具がなければ採取できないらしい。紹介状はこちらで用意するので、エルフの森に行って受け取ってきてくれ」
私には、今回はお留守番だと言われた。
まぁ、ルノハーク以外にも狙われたとなると、大人しく待っていた方がいいしね。
それに、エルフの長さんは紫のガンダルを知っていたので、スムーズにいくと思う。
「わかりました。情報が揃い、準備を終えたら出発いたします」
これから行く場所の地理や気候なんかを知らなければ、必要な物がわからないもんね。
それに、北の山から攻めるのか、南の崖から攻めるのか、順番も大事だ。
どっちから行くにしろ、一度帝都に戻るって選択肢もあるか。
謁見は滞りなくすんだが、これからフィリップおじさんたちと打ち合わせだ。
それなのに、なぜか同席している皇族たち。
フィリップおじさん以外のガンダルのメンバーは固まっているけど大丈夫かな?
「なぜ貴方たちまで来るんですか?」
みんなが心の中で思っていることを、ヴィが代表して伝えてくれた。
「フィリップ殿の話を聞けるのは貴重だから」
テオさんはフィリップおじさん大好きだからわかりやすい。
「お客人をもてなすのは当然ですわ」
エリザさんは……興味本位だよね?
「冒険者に会うの初めてだから……」
ダオはいいんだよ。
あとでいっぱい質問するといいよ。
「ダオもネマもいるからよ!」
強気に言っているが、怯えているのが丸わかりである。
自分がいてよかったのか、今さら怖気づいているようなので、大丈夫の意味を込めてマーリエの手を握った。
「弟たちの保護者として同席させていただきたい」
クレイさんは純粋にダオやマーリエが心配で、そして、テオさんやエリザさんを監視するつもりなのかな?
「一応、関係者だからねぇ」
ルイさんはまぁ、関係者と言えば関係者か。
一緒にエルフの森に行った仲だし。
それぞれの言い分を聞いて、ヴィは眉間に皺を寄せる。
マーリエが怯えるからやめてくれ。
そして、お姉ちゃんが沈黙を守っているのも恐ろしい。
いつもなら、すぐにヴィに食ってかかるのに。
「私たちはいてもらって構いませんので」
フィリップおじさんがヴィを宥め、早速ゼアチルさんからもらったという地図を広げた。
「細かな順路はエルフに聞いてから考えるが、まずは南から行こうと思っている」
印がつけられたのは、蝶々の形をしたラーシア大陸の右下の先端部分。
本当に最南端だから、とても暑いのかな?
まぁ、体感の魔道具が効かないほどではないと思いたい。
「ここに行くまでには、この砂漠を抜けなければならないんだが、炎竜殿に運んでもらえるなら簡単だ」
砂漠もあったのか。
さすがにサハラ砂漠のように広くはないようだけど……。
考えてみたら、この地図がどれくらいの尺図なのかわからないし、私が思っているよりも大陸が大きい可能性もある。
「問題はカルワーナ山脈だな。炎竜殿に運んでもらったとしても、中腹までが限界だろう。頂上にあるという洞窟には、俺たちで行くとしても、戻ってくるまでは殿下たちだけでどうにかしてもらわないとならない」
「俺はどうにかなるとしても、カーナやネマが野営に耐えられるかだな」
雪山登山なんてしたことないからわからないけれど、ヴィはどうにかなるの?ラース君がいるから?
「お前が思っている以上に、俺は鍛えているんだ」
ヴィを訝しげに見ていたせいか、頭を小突かれた。
鍛えているようには見えないんだけどね。
本人がそう言うなら頑張っているのだろう。
「カーナは普通の野営なら大丈夫なんだがなぁ」
「フィリップ小父様に鍛えていただきましたから」
普通の野営って……キャンプ?
私が思っているキャンプよりは不便なものだよね?
「パウルたちもいるから、多少はましだろうが」
ヴィは確定事項みたいに言っているけど、そうなの?
お姉ちゃんを窺えば、当たり前だと頷いていた。
そうか。パウルも一緒となれば、いろいろと厳しそうだ。
「そちらの準備もあるだろうから、出発は早くとも五日後くらいだな」
「その間に少しはネマを鍛えるか」
「えっ、きたえるって……」
ヴィの不穏な発言にビビりつつも、何をするつもりなのか聞いてみる。
「簡単なことだけだ。食事の準備だったり、寝床の確保の仕方だったり。炎竜殿とカーナがいるから、火をおこすのは大丈夫だろう」
「ヴィが教えてくれるの?」
「不服か?」
不服というか、なぜ王太子が雪山野営での食事や寝床の準備を、人に教えられるほど身につけているのかという疑問だ。
プルプルと首を横に振り、不服はないことを伝える。
「あの……僕も一緒に教えてもらいたいです」
ダオの言葉に驚いたのはヴィだけではなかった。
「ダオ、それを教わってどうするつもりだい?」
ルイさんが不思議に思うのも無理はない。私も不思議だから。
ダオは恥ずかしいのか、小さな声で答える。
「アイセ兄上みたいに旅をしてみたい」
「アイセの奴、ダオに悪影響を与えたな!」
……ひょっとして、アイセさんもヴィに憧れて、いろいろ覚えたとか?
凄くヴィを推していたもんね。
クレイさんは、ダオは皇子なのだからそんなことしなくていいと言い聞かせていた。
「国が違えば必要とされるものも違うだろうが、己の選択肢を増やすという点では、外を知っておくのもいいと思うが?」
確かに、ヴィは一人っ子だから求められるものが多かったんだと思う。
ライナス帝国では外に嫁がない限り、ルイさんのように皇帝となった兄弟を支える。それぞれ得意なことを活かした領分でね。
「しかし、ダオはまだ幼い」
クレイさんの言い分は、即座にテオさんによって否定された。
「先ほども誰かに言ったが、幼いことは理由にならない。ネマにできるのなら、ダオにもできる」
テオさん、ダオの隊長さんのこと覚えていないのか。
まぁ、私も人のことは言えないけど。
「ダオは器用だから、料理も上手にできると思うよ」
「そうかな?」
ダオは自信なさげだが、いつぞやの砂のお城は見事だった。
ちなみに、私は料理はできるけどやらない派である。
作ったあとの片付けが面倒臭いから。
なので、洗い物を増やさないずぼら飯なら得意だよ!
「仲のよい者が一緒なら、ネマも真面目にやるだろうし、どうだろう?」
なんか余計な一言があったけど、ヴィはダオが一緒でも構わないみたい。
クレイさんは多勢に無勢と感じたのか、みんながそう言うならと納得してくれた。
「よかったね、ダオ」
「うん!」
マーリエは羨ましそうにしていたが、参加するつもりはないらしい。
ヴィが怖いからかな?
「ネマのことはヴィルヘルト殿下に任せるとして、カーナも少し鍛え直すからな」
こうして、出発前にキャンプの練習をすることが決まったのだ。
◆◆◆
夜、ベッドに入ってからお姉ちゃんに聞いた。
「おねえ様、ヴィが来ることを知っていたの?」
さすがに、ヴィに対して大人しかったねとは言えなかったので、遠回しな言い方になってしまった。
「いいえ、知らなかったわよ。でも、ラース様がいらしてくれた方がいいのは確かだから、付属品がついてくるのは我慢しようと思ったの」
付属品……。自国の王子を付属品扱いとは、お姉ちゃん、やりおるな。
まぁ、感情的にならないよう、そう思い込んで抑えることを覚えたのか。
「それに、感情に振り回されると敵の動きが見えなくなると、フィリップ小父様に注意されたことがあって。弟子と言っていただけているのに、無様な姿は見せられないでしょう?」
師匠にいいところを見せたい弟子の心境だったらしい。
フィリップおじさんもカリスマ性があるから、回りへの影響力が凄いよね。
シアナ特区で出現情報が出回るわけだ。
「さぁ、もう寝ましょう。明日から、忙しくなるわ」
お姉ちゃんが背中をポンポンと叩いて、寝かしつけようとしてくる。
レスティンを治すという目的ではあるが、やはり冒険となるとワクワクしてくる。
よーし、頑張るぞ!
誤字報告、ありがとうございますm(_ _)m
いつも、助けていただいて感謝です。