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探し物は魔法の薬!

「本当、アイセも困ったものだよ」


心配そうな表情をしている人がいる一方で、そうだねーと心のこもっていない相づちを打つ人がいる。


「宮殿が堅苦しいという気持ちも、外に憧れる気持ちも理解できるが、せめて一人くらいは誰かをつけていって欲しかった……」


ブツブツとアイセさんへの愚痴を呟いているのはクレイさん。

それを見事に右から左にスルーしているのがルイさん。

弟思いの兄とダメな叔父さんの図が目の前にあった。

私はただ、ルイさんに休憩付き合ってと誘われたから来ただけなのに。


「アイセ様の行き先も知らないって、よくへいかが許しましたね?」


「自分の身くらい、自分で守れるよ。クレイが甘やかしすぎなんだって」


ほんと、ここの皇族は我が子を崖から突き落とす獅子のごとく、厳しいよねぇ。

私、生まれたのがガシェ王国でよかった!王族じゃないけど!


「クレイ様、アイセ様は無事に帰ってきますよ」


今までも、何度か一人でお出かけしているってことは、何かしら伝があって安全に歩き回っているんじゃないかな?


「そうそう。それに、北の方に向かったみたいだから、心配いらないって」


ルイさん、一応は把握しているのか。


「南に行っていたら、問答無用で連れ戻しますよ!」


それからたっぷりとお二人の会話に付き合ったのだが、要は甘やかすのはよくない教育方針のルイさんと、弟や妹に淋しい思いをさせたくないクレイさんのやり取りは毎度のことのようだ。

いつもならテオさんやエリザさんが巻き込まれているらしいが、あのお二人は絶対に聞いていないと断言できる。


ようやくお二人から解放されて、お部屋に戻ると、パウルが一通の手紙を持ってきた。


「ラルフ様からです」


「おにい様!」


最初はほぼ毎日と言っていいほどやり取りをしていたのだが、ルノハークが動き出してからはあちらも忙しかったようで、数日ぶりのお手紙だった。


いそいそと開けて、中を読んでみると、びっくりすることが書かれていた。

国境沿いでの戦いで、レスティンが負傷して王都に戻ってきたと。

騎士団の治癒術師では治しきれず、ゴーシュじーちゃんがお兄ちゃんにお願いしにきた。

しかし、あのお兄ちゃんでも完全に治すことができなかったらしい。

そこで、お兄ちゃんはシアナ特区へ行くことを勧めた。

ハンレイ先生なら治せるかもしれないし、温泉の効能にある創造神の涙による奇跡も期待できるからって。

でも、レスティンはすぐに復帰することを望んだ。

怪我した片脚が、動かないにもかかわらず。

お兄ちゃんの見立てによると、脚自体の機能は治っているはずなのに、なぜか動かないと書いてある。

それって、神経がやられているのか、それとも他に原因があっての後遺症なのか。

どちらにしろ、それを治すには上級の治癒術が必要になるわけだが……。

ん?温泉と言えば、あの洞窟にもいたペェバンって、万病に効くって。

あ、病気じゃないと効かないのかな?

ちょっと気になったので、図書館で調べてみることにした。


図書館にお邪魔すると、顔馴染みになった書官長さんが出迎えてくれた。

書官っていうのは、いわゆる司書のような仕事をしている人たちのことだ。

本の管理、修繕、本のことならおまかせあれってね。

その書官長さんにお願いして、ペェバンの薬に関連する本を探してもらった。


どの本もペェバンを煎じることで、様々な病気を治すことができるとしか書いていなかった。

でも、ペェバンと何かを組み合わせて、別の薬を作ったりすることができるんじゃないかなって思うんだよね。

そういう、特殊なペェバンの使い方を探しているんだけど、全然見つからない。

やっぱりないのかなぁ。


結局、数日探し続けても見つからなかった。

しょんぼりしていると、書官長さんから聞いたのか、陛下がわざわざ図書館に来てくれた。


「ずっと探し物をしているが、見つからずに落ち込んでいると聞いてね」


「ペェバンの利用法を探しているんですけど……」


「ふむ。万病薬ではない使い方ということか……」


陛下にも心当たりがないのか、黙ってしまった。

そんな私と陛下の間に上から降ってきたものがあった。

白と遊んでいたはずのグラーティアだった。


「グラーティア!?」


ぷらーんぷらんと揺れるグラーティアは、天井から糸を垂らしている。


「心当たりが一つある。その本を持ってくるから、その間に遊んであげるといい」


「えっ?場所を教えていただければ、自分で……」


「大丈夫だから」


ポンポンと頭を叩いて、陛下は皇族専用の部屋を出ていってしまった。


「グラーティア、白と遊んでいたんじゃないの?」


カチカチと牙を鳴らして、何かを訴えてくる。

うん、よくわからないね。

仕方ないので、片割れの白がどこに行ったのか探す。


意外なことに、森鬼は図書館に来ると必ず本を読んでいる。

男の子が好みそうな、冒険譚や戦記ものばかり。

意外すぎて感想を聞いたら、同族をたくさん殺しておいて英雄とは、人は恐ろしい思考をしているのだなと言われ、何も言えなかった。

人間の戦いって、ある意味縄張り争いなんだけど、相手が死ぬまでやり合うよね。追い払えば勝ちなのに。

私もその理由は知らない。

理由を説明されても、理解はできないと思う。

でも、恨みとかで人を殺める人の気持ちなら知っている。

言葉にするなら憎しみと怒り。

心臓がぎゅーってなって、鳩尾(みぞおち)の辺りから、熱いものがせり上がって弾ける。

そいつらの姿しか見えなくなって、いつの間にか殺していた。

後悔はしていないと思いつつも、たまに苦しくなるときがある。

これでよかったのかなって。


(あるじ)、どうかしたのか?」


グラーティアを手にしたまま動かなくなった私を心配して、森鬼がこちらを見つめていた。

この苦しさを誰かに言うのはやめたんだ。

言ってしまえば、相手にも辛い思いをさせてしまうから。

それに、私だけじゃない。お兄ちゃんとお姉ちゃんも、家のため、私のために人を殺めている。たとえ人を殺した悪い奴だったとしても、優しい二人だから、きっと苦しんでいると思う。

でも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、そのことを口にしたりしない。それも、二人の優しさだから。


「大丈夫。それより、星伍(せいご)陸星(りくせい)の姿も見えないけど……あっ!」


いつもなら、私か森鬼の側で大人しくしている二匹だが、今は姿だけでなく、気配すらない。

グラーティアだけがここにいるってことは、アレだ!


「かくれんぼしているのね!」


正解というふうに、両前脚を振るグラーティア。

そうとわかれば、陛下が戻ってくるまで付き合おうじゃないか。


皇族専用の部屋の中とはいえ、広さは十分あり、隠れる場所もたくさんある。

グラーティアを持ったまま、部屋の中をさまよい、三匹が隠れている場所を探す。


「どこかなぁー」


ソファーの下や本棚の隙間など、隠れられそうな場所を徹底的に見てみるも、見つからない。

さすが、変幻自在のスライムと草の氏長の子供だちだ。能力が高すぎて、どこにいるのかまったくわからない。

グラーティアがあっちだという指し示す場所は特に念入りに調べる。


「ここにもいないなぁ」


森鬼に肩車をしてもらい、本棚の上を調べたものの空振りだった。

それにしても、埃がないのがさすがである。


しばらくウロウロして、先ほどは気にならなかったものが目に入ってきた。

背の高い照明の下。丸い脚の部分がこんもり膨れていた。


「みーつけた!」


膨らんだ部分に触ると、柔らかなもふもふだったので、さらにもふもふをもふもふする。

触りすぎたのか、もふもふににょきっと耳と脚が生えて、ブルルルッと体を振った。


「ワンッ!」


照明の脚に擬態していたのは陸星だった。

上手く薄茶色の部分を隠して、真っ黒の体毛だけにしていたようだ。


「陸星、かくれるの上手だねー」


陸星を褒めていると、陛下が戻ってきた。

どうやら、タイムアウトのようだ。


「お待たせしたね。……何をして遊んでいたんだい?」


「かくれんぼをしていました。見つけられたのは陸星だけなんですけどね」


「隠れんぼか、懐かしいね」


子供の遊びってどこの世界でも似るものなのか、こちらの世界にも隠れんぼや鬼ごっこは存在する。

まぁ、鬼ではなくオーグルごっこなんだけど。


「へいかもかくれんぼで遊んだんですか?」


「うん。私がユーシェに認められるのが早かったからね。兄上とルイとで、よく遊んでいたんだよ」


聖獣の契約者になると、後継者確定となり、貴族たちが裏で暗躍することも減るため、兄弟仲良くすることができたらしい。

だから、自分の子供たちも早く聖獣に認められれば、仲良くすることができるんだけどねと、淋しそうに仰っていた。


「さて、ネフェルティマ嬢はこの本を読んでごらん」


そう言って渡されたのは、一冊の古い本。

だが、装丁が凄く豪華なので、貴重なものなのだろう。


「じゃあ、グラーティアは頑張って残りの白と星伍を探してね」


グラーティアは任せろというように、いつもの踊りを踊ったあと、ポーンッと飛び出していった。


陸星は森鬼の足元で寛いでいる。

グラーティアの手伝いはしないらしい。

頑張れグラーティア!


私は本を読むことに集中した。

ページをめくる音だけと思いきや、意外とグラーティアが動き回る音が聞こえている。


本の内容は、エルフ族に伝わる薬の作り方だった。

ペェバンの項目にはいくつか種類があり、効果を見ていくと、動かない体が動くようになるという記述を見つけることができた。


「あった!」


その作り方を見ていくと、ペェバンの他にアニレーとトマという植物が必要だと書いてある。

聞いたことのない名前だ。


「アニレーとトマって、どんな植物なんですか?」


「確か、魔生(ませい)植物だったと思うが……」


魔生植物とは、我が家にもある不気味な植物のことだ。

自然界にある魔力を吸収して育つ植物は、派手な色合いをしているせいで、見た目が恐ろしい。


「私も見たことないので、詳しくはわからないのだが、極めて貴重な植物だと聞いている」


つまり、ペェバンよりも手に入りにくいということか……。


「冒険者組合に依頼を出しても、手に入るのはいつになるか」


しかも、作り方もちょっと特殊なんだよね。

魔法じゃなくて、精霊の力を借りること前提みたいだし。


「可能性があるとすれば、帝都内のエルフ地区だろう」


帝都のエルフ地区ってあれか、こんもり森になっていた場所か。

しかし、いまだに帝都は一度も行ったことがない。

それに、ルノハークの件があるので、お外に出られないのだ。


「ネフェルティマ嬢がこれほど必死になって探しているということは、ガシェ王国に使いたい人がいるであっているかな?」


聞かれたので、レスティンの現状を説明した。

動物好きな同志のために、彼の足をなんとかしてあげたい。

でないと、レスティンは可愛がっているワズにすら乗れなくなってしまう。



「だが、その彼は治療を望んでいないのだろう?費用も、公爵家なら賄えるだろうが、騎士となれば厳しいのではないか?」


うぐっ。陛下の言う通りだ。

どうにかして、レスティンが治療に積極的になってもらえるようにしなければならない。

費用は……パパンに相談だな。

ひょっとしたら、福利厚生的なもので、国から少しは出してもらえる可能性もある。

なんたって、レスティンは騎士団の歴史の中で、最強の獣騎士と言われているくらいだ。

レスティンほど動物の扱いが上手い騎士はいない。彼が隊長職を退くとなれば、国の損失にもなる。


「頑張って説得します!」


それと同時進行で、アニレーとトマを探す。

作り方も、森鬼がいるから精霊の力って部分はクリアしているし、まずは材料集めだ!


「こちらでも少し調べてみよう。ただし、期待はしないように」


「はい。私もおとう様に聞いてみますね」


とりあえず、今日はこれくらいでってことになった。

じゃあ、部屋に戻るかってなって、周囲を見回せば、星伍がいた。


「グラーティア、星伍を見つけられたんだね!凄い!!」


褒めると、グラーティアは嬉しそうにカチカチと牙を鳴らした。


「星伍も凄いよ!私は見つけきれなかったよ。どこにかくれていたの?」


「ワンッワンッ!」


星伍は同じ場所でくるくると回ったあと、ここだよと、隠れていた場所を教えてくれた。

そこはなんと、収納棚の開き戸の中!

どうやったらそんなところに隠れることができるのか、星伍に尋ねると再現してくれた。

器用にカリカリと触って、開き戸を開けたり閉めたり……。

犬ってこんなことできたっけ?

それとも、ハイコボルトの星伍だからなのか?


残るは白だけとなったので、みんなで探すも見つからない。

どこに隠れているんだ!?

このまま遅くなると、パウルに怒られてしまう。

……仕方がない。


「白、こうさんする!出てきてー」


そう告げたとたん、壁の一部が(うごめ)き始めた。

そして、つるんと剥がれると白になった。

……わかるかい!!

まさか、忍者のように壁の一部になりすましていたとは。

ということは、グラーティアは白の上を歩き回っていたってことだな。

うーん、でも白だとは気づけなかったからノーカンか。


「白の勝ちだね!パウルにお願いして、何か美味しいものを用意してもらおう」


私たちの目を(あざむ)き通した白へのご褒美だ。

白は嬉しそうにぽちょーんぽちょーんと飛び跳ねていた。

本当に、君たちの遊びには、毎回驚かされるよ。



◆◆◆

レスティンを治す薬を作るために、アニレーとトマの情報が欲しいとパパンに手紙を出した。

そうしたら、陛下と同じようにレスティンが望まないのなら無駄だと書いてあった。

もちろん、治療に積極的になってもらえるよう説得もするから、費用をどうにかできないかと返事を書いて送る。

またすぐに返事が返ってきたんだけど、パパン、転移魔法陣の前で待機していたりする?


次の手紙には、費用は私名義のお金があるからそれを使えばいいって。

アニレーとトマの情報は、ジーン兄ちゃんに聞いてみると書いてある。

つか、私名義のお金って何!?

次の手紙で聞いたら、シアナ特区の一部の利益が私名義のお金として分けてあるんだって。

将来、何かをやるときの資金にしたり、嫁いだときの持参金にもできると書いてあるけど、文字が少しガタついているのはお嫁に行く想像ですら嫌だったってことかな?

パパンの心労を減らすためにも、お嫁には行かないから、領民たちのために使いたいということをお返事に書いておいた。


あとはお兄ちゃんにも、手紙を書いたよ。

レスティンを説得するのを手伝って欲しいって。

お兄ちゃんの返事もすぐに来た。

やっぱり、手紙用の小さい魔法陣の前で待機しているんだ!

お兄ちゃんは協力するし、必要な情報も集めてくれるって!本当にありがたい!!


あ、ママンにもお手紙書かないと、わたくしだけないの?ってブリザードが送られてきそう……。


パパンからの返事を待っている間に、ルイさんから呼び出しされた。

いつもは勝手に押しかけてくるのに珍しい。


「ルイ様、ごきげんよう」


「わざわざ来てもらってごめんね」


ルイさんだけでなく、ゼアチルさんもいた。


「ネフェルティマ様がエヴィバンを作る材料を探していると聞きましたので」


エヴィバンというのが、私の作ろうとしている薬の名前だ。

エルフ族に伝わる薬なので、ゼアチルさんが知っていてもおかしくない。


「はい。大切な人を助けたいのです」


ノックスとの絆を繋いでくれたのはレスティンだ。

それに、獣舎で仲良くなった動物たちにとってもかけがえのない人でもある。


「エヴィバンはエルフ族の中でも秘薬とされているものです。材料が揃ったとしても、作れるエルフは少ないと思います」


「精霊の力が必要だと書いてありました。私を守ってくれている子たちに手伝ってもらってもダメですか?」


「えぇ。皇族が保管してある書物を読まれたと思いますが、あれには書かれていない材料が必要なのです。私ではお教えすることができないので、帝都の森の長老にお会いしてください」


お薬作るのに、隠し味的な何かがあるのか……。

しかし、帝都に行っても大丈夫なのかな?


「お外に出ても大丈夫なのですか?」


「こちらでも護衛を用意しますが、日程を調整いたしますので、少しお待ちください」


いつもご迷惑おかけします。


「もちろん、僕も一緒に行くからね」


……毎回、私がどこかに行くたびに皇族がついてくるのはなぜだろう?

暇なのか?暇なんだな!?


「ああ言っていますけど、いいんですか?」


公務とかその他もろもろ、サボりの口実に使われている気がするので、ゼアチルさんに聞いてみた。


「ルイベンス殿下をお止めできるのは、太上(たいじょう)陛下と皇太后陛下だけですので……」


うん。つまり、諦めろってことですねー。


「だから、ネマちゃんの護衛は、僕のところの警衛(けいえい)隊がするから安心してね」


それはあれか、ルイさんに振り回されるお仲間はいっぱいいるから安心しろってことだな。


というわけで、帝都へのお出かけが決定しましたー!



やっと、やーっと!帝都にお出かけすることができます!!

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