閑話 グウェン・フィールズの場合
モブによる重複視点です。
私は宮廷近衛師団第二部隊のグウェン・フィールズ。12ある部隊の中で第二部隊は王族の護衛・警備を専門としている。
第一部隊が国王陛下専門なので、我々の対象者は王妃様と王太子様となる。
王族の側にある第一・第二部隊は近衛師団の中でも花形と呼ばれる部署だ。
2年前、史上最年少で隊長に任命され、私は出世頭として注目されている。
正直、出世なんてものには興味はない。
同僚たちはもったいないとか、面白味がないとか、散々好き勝手に言ってくれるが余計なお世話である。
師団長への定期報告を終え、第二部隊の詰所へと向かう。
詰所では休憩中の隊員たちが食事やおしゃべり、仮眠など、思い思いに過ごしていた。
多少、雑多な印象はあるが、男だけの職場だ。致し方あるまい。
私が隊長になってから、整理整頓と身だしなみは体に叩き込んでやったので、これでもずいぶんましになった方だ。
そこに一人の隊員が慌てて駆け込んできた。
「おいっ!『癒しの天使』が来てるぞっ!!」
詰所は一瞬静寂に支配され、その後すぐに野太い歓声があがった。
食事中の者は急いで飯を掻き込み、仮眠していた者は飛び起きる。
こいつらのこんなテンションを見るのは初めてだ。
「よっしゃ!!俺、午後はヴィルヘルト殿下の担当だ!」
そう叫んだ隊員に、羨望と嫉妬の視線が集まる。
まったく、こいつらは何をしているんだか。『癒しの天使』?聞いたこともないし、誰を示しているかはわからないが、仕事に支障が出るようであれば、注意しておかなければならないな。
「浮かれて失態を犯すなよ」
「あ、隊長いらしてたんですか?」
「大丈夫です!天使の前でヘマはしません!!」
こいつら…。
一瞬殺意を覚えたが、辛うじて殺気を抑え込む。
「ところで、『癒しの天使』とはなんだ?」
すると、隊員たちは信じられないと、驚愕の視線を飛ばしてきた。
「えーっと、本当に『癒しの天使』を知らないんですか?」
「くどい。知らないから尋ねているんだ」
隊員たちの表情が、驚愕から嘆き憐れみへと変わった。
本当に失礼なやつらだ。
「オスフェ公爵令嬢のネフェルティマ様のことですよ」
ネフェルティマ様…炎竜事件の審議会のときにお見かけしたが、どこにでもいそうな普通の子だった。
そう、上質なドレスを着ていたから貴族のご令嬢に見えたが、平民が着てる簡素な服だったら平民の子として紛れてしまうだろう。
良くも悪くも目立つ所のない平凡な顔立ち、と言うよりは印象に残りにくいと言った方がしっくりくるな。
上級貴族でなければ、諜報部隊がスカウトしただろう。
両親、兄姉の家族は皆、美男美女な上、智力・武力・魔力に優れている。
それは血の成せる技かと思っていたが。一時、不義の子ではないかと噂があったが、公爵夫妻が完全に否定された。
「…普通の子で…」
「「「ではありません!!」」」
おい。人の発言、喰うなよ。
「ネフェルティマ様は大変心のお優しい方です。俺たちにも気やすく話かけてくれます」
「それに、凄く博識でいらっしゃいます。植物や動物のこと、魔法や薬、治癒術のことを教えてもらいました」
「オレは嫌味な貴族に絡まれているところを助けてもらいました。ネフェルティマ様は、立場が弱い者を守る為に身分という権力はあるのだと仰いました。他にもネフェルティマ様の言動で、救われ、癒された者は多いと思います」
「ネフェルティマ様は純粋なんです。屈託のない笑顔で、凄い、格好いいと言われれば、嬉しいんです」
おいおい。それは本当に3歳児の話か!?
3歳児が身分とか権力を理解できるものなのか?
審議会では途中でヴィルヘルト殿下の聖獣と遊び出したぞ?
「ネフェルティマ様の凄さは、お会いしたらわかりますよ。なぁ」
言葉尻は他の隊員たちに向けられ、全員が肯定の意を示した。
「そうか。では、お会いできるのが楽しみだな」
こいつらがここまで傾倒する幼女か…。確かに、会えばわかるだろう。
そして、その機会はすぐに訪れた。
王宮の東棟には、王妃様と王太子様がお住まいになっている。
先程、ヴィルヘルト殿下がお呼びだと言われ、執務を副隊長に押しつけてきた。
ヴィルヘルト殿下の私室の前には、警備にあたっている部下が二人立っていた。
どこかいつもと様子が違う。
キリッとした顔付き、隙もなく、いい意味で緊張感がある。普段より二割増で真面目な勤務態度だ。
これがいつもなら、俺の苦労も減るんだがな。
二人には敬礼をして、私室の扉をノックする。
「宮廷近衛師団第二部隊隊長グウェン・フィールズ。ヴィルヘルト殿下にお取次ぎを願う」
扉が開かれると、殿下付きの筆頭侍女殿が恭しいお辞儀で出迎えてくれた。
「フィールズ様、お待ちしておりました。どうぞ、中へお入り下さい」
侍女殿に案内され、殿下の私室へと足を踏み入れる。
ここへは初めてではないが、相変わらず簡素な内装だった。
無駄な装飾や華美な物を好まない殿下は、部屋にも余分な物は置かず、質は良く実用性のある物しかない。
そんな殿下の私室には似つかわしくない、幼い笑い声が響いていた。
噂のネフェルティマ様が遊びに来られているのだろう。
侍女殿が私の来訪を告げ、私は殿下の前で家臣の礼をとる。
「呼びだててすまなかったな。楽にしていい」
殿下から労わりと礼を崩す許可を得て、私は立ち上がった。
「ネマ、この者は宮廷近衛師団第二部隊隊長のグウェン・フィールズだ。グウェン、オスフェ公の娘のネフェルティマだ」
殿下に紹介され、私は近衛兵の敬礼をし、名を改めて名乗った。
「初めまして、お嬢様。グウェン・フィールズです」
大きな本を楽しそうに読んでいた幼女は、椅子から下りて丁寧に挨拶をしてきた。
「デーりゅらント・オすふぇのじじょネふぇるティマでしゅ。えっけんのまでみたかりゃはじめてじゃないよー」
ほぅ。あの審議会のときに私を認識していたのか。
「ネマ、王宮で何かあったときはこのグウェンを頼れ」
「あい。グうぇん、よろしくなの」
素直に満面の笑みを見せてくれるネフェルティマ様。
「こちらこそよろしくお願い致します」
殿下に面倒事を押し付けられた気がしないでもないが、子供の前でそんな態度をとるわけにもいかないので、私も笑顔で返しておく。
「そうだ、グウェン。ネマを竜舎へ連れていってやれ」
はい?私に子守をしろと?しかも、あのいけ好かない奴の部隊の所で??
我々の宮廷近衛師団は名前が示す通り、王宮の警備が専門だ。
王都内の警邏、魔物の討伐、戦は王国騎士団の仕事だ。そのため、人員も多く、国境の砦まで含めると10万人近くいるのではないだろうか?
こちらも12部隊に別れているが、王都にいるのは3分の1程度。残りは東西南北にある4つの領地にいる。
その部隊の一つ、第十二部隊、竜騎部隊と呼ばれている隊長とは犬猿の仲だ。
思い出すだけでも胸糞悪い!
しかし、殿下の御命令とあらば、私情は抑えるべきだ。
「それは構いませんが、危険ではありませんか?」
リンドブルムもリンドドレイクも竜種としては凶暴な部類に入る。
竜騎士たちはまず、竜に気に入られなければ騎乗することもできない。
「なに、ネマなら大丈夫だ。危険があれば炎竜殿がどうにかするだろう」
殿下がそうおっしゃるなら仕方ない。
念のため、もう二人ぐらい護衛として連れていけば、何か起こっても対処はできるだろう。
結局、奴らがなぜこの子供に傾倒するのかはわからないままだ。
グウェンって誰ぞやって思った方、すみません。
次話への布石だと思っていて下さい(笑)
そして、変態王子の名前が判明しました!
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