遊ぶときはみんなで楽しくがモットーです!
お姉ちゃんにおど……命令されたパウルは、確かな情報からと言って話してくれた。
我が国の国境で戦闘が行われたのは事実だと。
「ディルタ領の騎士団と情報部隊、獣騎隊で制圧に成功しています。被害は少ないと言っているようですが、詳しい報告はまだされておりません」
獣騎隊には仲のいい騎士も動物もたくさんいる。
彼らが危ない目にあっていないかと不安になった。
国と民を守るのが彼らの仕事だけど、だからといって心配がないわけではないのだ。
この世界の戦いも、簡単に命が奪われるものだから。
「ディルタ領にいる者からの情報ですと、どうやらレスティン様が負傷されたようです」
やっぱり!
レスティンのことだから、誰かを守ったか、動物のために身を呈したのかもしれない。
「治癒術師もいますので、今頃は回復されているでしょう」
私を安心させるためか、パウルの口調は柔らかかった。
治癒魔法があってよかったと思う。
治癒魔法が万能ではないことは知っているが、それでも回復の速さは地球とは比べものにならない。
傷口が完全に塞がらなくても、出血が止まり、血管さえ治れば助かる命も多いだろう。
騎士団にいる治癒術師は、最小限の治療に抑えて、治癒魔法を使える回数を増やすようにすると聞いた。
戦いが終われば、本格的な治療を受けられる。
だからもう、レスティンは治っているよね。
「ただ、気になることがあります。ディルタ公爵家の者が、こちらに接触しました」
パウルの言っている意味がよくわからなかった。
ディルタ公爵家ってことは、ジーン兄ちゃんのお家だ。オスフェ家とは仲がいいのだから、やり取りがあってもおかしくはないよ?
「それは、我が家が放っている間者にってことかしら?」
「はい」
そこら辺もパウルが教えてくれた。
情報収集を目的とした使用人、間者、密偵、間諜、そう言った呼ばれ方をする者たちは、自身の所属を明かすようなことはけっしてしない。
なので、ディルタ公爵家の間者が我が家の者に気づいても、見て見ぬ振りをするものらしい。
相手が他国の者であれば警戒し、監視するだろうけど、建国以来の付き合いであるオスフェ、ディルタ、ミューガ、ワイズ、ゼルナンの五家は信頼し合っている。
それなのに、慣例を破って接触してきたってことは、余程のことがあったということになる。
「ディルタ公爵家が伝えてきたのは、ヘリオス伯爵家を警戒せよと」
「ヘリオス伯爵家を……。何か情報を掴んだのかしら?」
思ってもみなかった家名に、お姉ちゃんも訝しんでいる。
疑いを向けざるをえない情報があるのかな?
「それはまだわかっていませんが、こちらもヘリオス領内での情報収集を急ぎ行わせております」
ヘリオス家の人たちはちょっと変わった人ではあるけど、陛下への忠誠は厚いように感じた。
誰かが、ヘリオス伯爵家が疑われるよう仕向けているとか?
ここでヘリオス伯爵が失脚すれば、ロスラン計画は別の領地で行われることになるかもしれない。
権力争いの激しいこの国なら、ありえそうだよね。
「申し訳ございませんが、このことは国王陛下からのお許しがあるまで口外しないと『名に誓って』いただきます」
私たちも含め、他国の者が自国の貴族を疑っていることが皇帝陛下に知られると、心象を悪くしてしまうと王様が心配しているらしい。
それは、私たちが居心地の悪い思いをしないようにという気遣いであり、外交問題に発展しないための配慮だった。
「我が国王陛下の許しなくば、いっさいを口にしないとカーナディア・オスフェの名に誓いますわ」
「ぜったいに言わないと、ネフェルティマ・オスフェの名に誓います!」
パウルは、森鬼、スピカ、シェルにも名に誓わせ、自分も私たちに向かって膝をついた。
片膝をついて頭を下げる姿は臣下の礼に似ているが、両手には我が家の家紋が入った懐中時計を大切そうに持っている。
「我が国王陛下の意に背いて口外しないことを、パウル・ダウニーの名に誓います」
パウルって、こういう儀式的なことがほんとよく似合うな。
なんだか、こっちまで厳かな気持ちになるよ。
でも、パウルが今、名に誓っているということは、誰かから報告を受けたときにしていなかったのかな。
不思議に思っていると、お姉ちゃんがこっそりと教えてくれた。
「国の者から報告を受けたときに名に誓っていても、主人の前でもう一度することによって、誠意を示す意味があるのよ」
それで、王様の意に背いてっていう言い回しなのか。
私たちに告げることは、一応、王様も承諾していることになる。
しかし、いったい誰が敵なのか。
わからないのが恐ろしい。
事態が重くなったこともあり、パパンはライナス帝国への警戒を強めることにしたようだ。
我が家の間者を増員するって。
そのせいか、パウルの姿が見えなくなることが増えた。
たぶん、情報のやり取りをしているんだと思う。
パウルがいないからといって、好き勝手できるわけでもないんだけど……。
「海、何をするつもり?」
「……水で遊ぶ?」
うん。やろうとしていることは、だいたい予測はついているよ。
白とグラーティアがそわそわしているしね。
でも、この前にそれをやって、パウルから怒られたこと忘れてない?
「お風呂で遊んではいけないと、パウルに言われていなかった?」
「パウル、今いない」
-みゅっ!みゅっ!
白も、今がチャンスだと言っているような気がする。
「ダーメ!やるなら、お外に行こう!ユーシェとサチェもさそえば、もっとすごいことができるよ」
そう言うと、白もグラーティアも嬉しそうに飛び跳ねた。
ガシェ王国で起きていることは心配だけど、私が何かできるわけでもない。
うだうだ思い悩んでいても、気持ちが落ちていくだけなので、ここは思いっきり遊ぼうじゃないか!
早速、お外に行く準備をしようとしたら、スピカからダオの使いが来たと言われた。
「ダオルーグ殿下より、ネフェルティマ様へのお言葉をお伝えいたします」
用件は、暇だったら遊ぼうというものだったので、喜んでとお返事をした。
「ちょうど、今からお庭で遊ぼうと思っていたんです」
「……それは、ダオルーグ殿下に外へ来いということですか?」
「遊ぶなら、お外で遊びましょうっていうおさそいですね」
凄く睨まれているんですけど、今までにもお外で遊ぶことはあったのに。
「貴女の方が、殿下のところへ行くべきでは?」
直接伝えろってことか?
まぁ、それでもいいけど。
「わかりました。じゃあ、行きましょう!」
私はすでに準備ができているので、使いの人を早く早くと急かし立てる。
「その動物も連れていくのですか!?」
おっと、そうだった。
私たちだけならよかったけど、稲穂はお留守番になっちゃうな。
幼体とはいえ、キュウビが宮殿内にいると、知らない人が大騒ぎしてしまうんだよね。
だから、部屋の外に行くときは気をつけるようにって、陛下に言われているの。
私の雰囲気から、お留守番なのがわかってしまったのか、稲穂はへちゃりと元気がない。
さすがに可哀想なので、どうにかして連れていってあげたいんだけど……。
「ちょっと待っててください!」
使いの人を待たせ、スピカにお願いして、稲穂が気に入っているショルダーバッグを出してもらう。
その中に稲穂をムギュッと入れて、絶対に尻尾を出さないよう言い聞かせた。
姿が見えないように、隠して連れていけばいい。
「海、稲穂を連れて、お庭で待っててくれる?美味しそうな人がいても、今日はついていっちゃダメだからね」
私がダオたちを連れてお庭に行くまで、海に稲穂のお世話をしてもらうのだ。
ただ、海だけだと心配だな。
「ノックスも海といっしょにいてくれる?何かあったらすぐに知らせてね」
連絡要員として、ノックスにもついてもらうことにした。
ノックスはピィッと元気に返事をすると、海の肩に止まる。
「じゃあ、先に行ってる。主も、早く来て」
先ほどの稲穂のように、海も眉毛がハの字に下がっていた。
よしよしと頭を撫でれば、ダメージを知らない髪の毛でスルスル滑る。
美少年の淋しそうな顔って、なんとかしてあげなきゃって気持ちになるよね。
「すぐに行くから。海お兄ちゃん、稲穂をお願いね」
あえて「お兄ちゃん」と言うと、稲穂がきゅぅんと海を見た。
たぶん、私の真似をして、海お兄ちゃんとでも言ったのだろう。
海が、とろけるような笑顔になっている。
白とグラーティアは森鬼に任せるとして、星伍と陸星は心配いらないか。
うちの魔物の中では、森鬼についでしっかりしている子たちだからね。
「お待たせいたしました!」
ノックス、海、稲穂に見送られ部屋を出ると、使いの人が所在なさげに立っていた。
彼の視線の先には、部屋の外で待っていたらしい陸星がいた。
「さぁ、行きましょう!」
私が意気揚々と声をかけると、先導するように駆けていく星伍と陸星。
それを見て、使いの人が困惑していた。
「どうされたのですか?」
心なしか歩みも遅いので、心配になって聞いてみたら、犬も連れていくんですかと、逆に質問された。
二匹を私が連れて回っていることは、だいぶ周知されていると思っていたんだけどなぁ。
「この子たちは私のごえいです」
ガシェ王国には獣騎隊があるので、貴族の護衛ができる動物もいるのだろうと、エリザさんのお友達は好意的だったけど。
「あ、動物が苦手でしたか?」
ひょっとしたらと思って聞いてみたら、彼は眉間に皺を寄せた険しい表情のまま肯定した。
「幼い頃、シュルギーに噛まれてから、猟犬が苦手でして……」
あー、シュルギーね。
こちらの世界では中型犬なんだけど、明らかに大型犬並みの大きさがある種類だ。
ゴールデンレトリーバーとジャーマンシェパードのかけ合わせたような外見だけど、首元のもふもふが凄いんだよ!
見た目の優美さもあって、貴族からも人気があるらしい。
「あの大きさでかまれたら、おそろしいですよね」
私も前世で、何度も犬に噛まれたことがあるからよくわかる。
「じゃあ、星伍、陸星。お兄さんに近づかないよう、そのまま先頭を歩いてね。貴方は、この子たちの後ろをついていってください。後ろからなら、怖くないですよね?」
「後ろから、ですか?」
「そうです。野生動物は視線が合うとけいかいします。そして、相手が背中を見せたらおそいかかる。だから、後ろは前よりも安全というわけです」
すべての動物に当てはまるわけではないが、急に視線を逸らしたり、走って逃げたりするのは危ない。
なので、驚かさないよう、ゆっくりとした動きをすればいい。
そう教えると、難しいですねと返ってきた。
「恐怖を感じているときに冷静でいられるか、自信はありません」
確かに。私もクマとかに襲われたら、ギャーギャー悲鳴を上げてしまうと思う。
地球でも、このもふもふ能力があったらよかったのになぁ。
そしたら、アフリカでライオンと戯れて、アメリカでグリズリーと遊んで、南極でペンギンとお散歩して……。
ただ、そんな旅費はないけど。
「そうですね。おそわれそうな場所に行かないのが一番です」
結局、そういう結論になってしまった。
「でも、この子たちは私にきがいを加えない限り、人をおそったりはしませんので、安心してください」
さぁ、急ぎましょうと促せば、使いの人は二匹の後ろを歩き始めた。
ジッと、二匹の後ろ姿を見つめながら歩いていく。
私も、二匹と使いの人を見守りながら歩いているけど、つい、二匹のお尻に目が行ってしまう。プリプリと動くお尻が可愛いんだ!
そんな二匹は、十字路に来ると立ち止まって、周囲の臭いを嗅いだ。
「右に……」
使いの人が道を教えてくれようとしたけど、言い切る前に二匹は先に進んでしまった。
「ダオの匂いでわかったみたいです」
「とても利口なんですね」
二匹のお尻を見つめながら褒められるって、なんか面白い。
褒められたことに気をよくした私は、二匹がどれだけお利口なのかをたくさん話した。
使いの人は、二匹から目を離さないようにしながら、私の話に付き合ってくれる。
興味ないのに、相づちを打ってくれるなんて、律儀な人だね。
私が一方的に話ししている間にも、テテテッと軽快に進んでいった二匹は、ある扉の前でお座りをして、ワンッと一鳴きした。
使いの人が扉をノックすると、中から出てきた侍女に私が到着したことを伝える。
「……どうぞ、お入りください」
愛想笑いもなく、無表情な侍女だった。
ダオ陣営に快く思われていないのは知っていたけど、こう露骨だと笑えてくる。
そんな侍女を横目に、部屋へ入ろうとしたとき、小さな声が聞こえてきた。
「失礼な態度、申し訳ございません」
使いの人が、侍女の態度が悪かったことを謝ってきたのだ。
「気にしていませんよ。貴方がいっしょだからと、先ぶれを出していませんでしたし」
本来であれば、使いの人が先に戻って、私が来ることを伝えてから、部屋を訪れるべきだった。
すぐに遊びたいからと、一緒に来てしまったこちらにも落ち度はある。
なので、彼が謝る必要はないのだ。
「ネマ、早かったわね」
扉の近くで立ち止まっていた私を迎えてくれたのは、マーリエだった。
ダオとマーリエはだいたいワンセットで動いているから、いるだろうなぁとは思っていたけど、本当にいたね。
「ちょうど、お外に遊びにいこうとしてたの」
こっちよと、マーリエに手を引かれて部屋の奥に連れていかれる。
「ネマ、いらっしゃい。お菓子、あるよ」
ダオがすぐにお菓子を勧めてきたのは、私のことを食いしん坊だと思っているからか?
そんなにダオの前でお菓子食べて……いたわ。
「これ食べたら、お庭で遊ばない?」
「やっぱり食べるのね」
勧められたのに手をつけないのは失礼だもん。
それに、ライナス帝国のお菓子って、どれも美味しいんだよね!
お菓子を手にとって、口に頬張ると不思議な食感がした。
外は固くて、パリッではなくガリッて音がしたのに、中はふんわりしっとりしている。
香ばしい匂いと、じゅわって広がる甘さが堪らない!
お茶を一口飲むと、口の中に残っていた甘さがスッと消えた。
このお菓子に合わせたお茶みたい。
ちょっと気になったので、黒になんのお茶なのか教えてもらう。
ティブナミという種類なのだが、初めて聞く名前だった。
ライナス帝国のお茶は、花を原料とした花茶が主流なので、ティブナミも花の一種かもしれない。
口の中が落ち着いたところで、ダオに謝ることにした。
いろいろと手順を飛ばしてしまったからね。
「ダオ、先ぶれも出さずに、急に来てごめんなさい」
「大丈夫だよ。僕の方から誘ったんだし。それにね、ネマのことだから、すぐに来ると思っていたんだ」
「予想通りだったわね」
私が来る前にどんな会話をしていたんだか。
ダオとマーリエは、お互いに顔を合わせて笑っている。
「それで、今日は何して遊ぶの?」
「お外で、水のすべり台を作ろうと思って」
今日、海がお風呂場に作って遊ぼうとしていた、ウォータースライダーを外でやってみたかったんだ。
「すべり台って、どんなものなの?また、危ないものだったりしたら……」
マーリエの顔が恐ろしい。
パウルとの約束もあるので、そこまで激しいスライダーにはしないつもりだ。
「水で作ったしゃ面をすべりながら下りるの。ユーシェとサチェにお手伝いしてもらうし、速くならないようにするから!」
本音は、急角度の超スピードのやつを作りたいんだけどね。
「よくわからないけど、面白そうだね」
ダオが承諾してくれたので、早速お庭に行くことにした。
部屋から出るときに、警衛隊の隊長から睨まれてしまった。
少しは取り繕うことも覚えてくれよ。
ダオの空いている時間なんだから、自由に遊んでもいいと思うんだけど。
相変わらず、頭が固いんだから。
お庭に到着すると、ちゃんと海が待っていてくれた。
これから、ユーシェとサチェを呼び出すので、稲穂にはまだバッグの中で待っているように伝えた。
「ユーシェ、サチェ、遊びましょ!」
大きな声で呼ぶと、噴水の水が勢いよく吹き上がった。
その水から飛び出してきたユーシェは、私の側に駆け寄って、うりうりと鼻面を押しつけてくる。
「ユーシェ、水で私たちが通れるくらいの筒を作ってくれる?」
早速、ユーシェにお願いする。
ユーシェはお安い御用だと言うように、短く嘶くと、空中に水のチューブを出現させた。
サチェも、これからどうするのかと、私を覗き込んでくる。
「サチェも手伝ってね。あの筒を長くして、こう、ぐるぐる巻くように……」
スライダーのコースを作るために、私はお庭を駆け回る。
私が走ったあとには、水のチューブがどんどん伸びていった。
なんだか、エイリアンにでも襲われている気分だ。捕まったら最後的な。
走りながら、高さや勾配も、細かく指示を出す。
なかなか大変な作業だ。
ゴール地点には、ゼリー状にした水をクッション代わりに敷いた。
ぷるんぷるんと弾む水は、それだけで面白そう。
スタート地点に戻り、最後に階段を作ってもらった。
これで完成だ!
高さはほどほどにして、大きく緩やかなカーブを続けることで、距離は稼げた。
我ながら、いい出来だと思う。
「じゃあ、やってみよー!」
私がいそいそと階段を登っていると、横から白が抜いていった。
ちゃっかり白の背中にはグラーティアがくっついている。
お前たちーー!!
急いで登り切るも、私より先に白とグラーティアが滑り下りていった。
くそぅ……先を越された!!
-みゅっみゅっみゅ〜!
下まで到着したのか、白の楽しそうな声が聞こえてきた。
「はぁぁぁくぅぅぅぅ!!!」
白の名前を叫びながら、スライダーを滑る。
お尻側は、水が流れるようにしているので、徐々にスピードが上がっていく。
何が凄いって、ユーシェとサチェの力のおかげで、服が濡れないことだよ!
わざわざ水着に着替えなくてすむ!
その流水の効果もあり、カーブの部分でも勢いは衰えることなく、体が左右に振られる。
こ、これは……めっちゃ楽しい!!
足元に光が見えてきたと思ったら、ポンッと外に飛び出た。
そして、ぽよんぽよんと跳ねて、水のクッションの端っこまで行って、ようやく止まった。
「うぅぅぅ。これだよ!これ!!」
ちゃんと、私が求めていたウォータースライダーに仕上がっていて、大満足だよ!
浮き輪があれば、もっと大掛かりなものも作れるね!!
急いでスタート地点に戻ると、まだダオとマーリエが下にいた。
「どうしたの?すべらないの?」
「それが……」
ダオに尋ねると、言い淀むダオを庇うように、警衛隊の隊長さんが前に出てきた。
「危険なものかもしれませんので、確かめてからでないと、殿下にはさせられません」
ほい、来た!
過保護なのはしょうがないけど、これは大人でも楽しめるから、みんなやるべきだよ。
「じゃあ、隊長さんがやる?それとも、他の人?時間がもったいないから、早く早く!」
私が危なくないと反論するとでも思っていたのか、隊長さんはすぐに返答しなかった。
「はーやーくー!もう、そこの彼でいいよね?」
隊長さんが呆けている間に、近くにいた警衛隊の人を指名して、準備をさせる。
邪魔になる剣を仲間に預けさせて、背中を押して階段を登らせる。
「あおむけに寝っ転がって、手は胸に乗せて……それっ!」
肩をグッと押して、警衛隊の人を出発させる。
すぐに、ぎゃーっという悲鳴が聞こえてきた。
ニマニマしながら下に戻ると、隊長さんが鬼の形相に……。
「私の部下を勝手に使わないでいただきたい!」
隊長さんが厳しい口調で言い放つ。
すると、ユーシェから冷気が漂ってきたので、慌てて宥める。
「ユーシェ、ダメ。隊長さんは、自分の部下をあんじて、怒っているのよ。私がやってはいけないことをやったから、せきにん者として正そうとしただけ」
隊長さんが、私に危害を加えることはないと言い聞かせる。
ユーシェは陛下から私を守るよう言われているからか、少し敏感になっているみたい。
「隊長さん、ごめんなさい。私にとっては、ダオとマーリエと遊べる時間は貴重なの。だから、少しも無駄にしたくないと、気がせいてしまって」
私が謝ると、隊長さんは驚いた表情をしていた。
マーリエが私の服を引っ張って、耳打ちをしてきた。
「簡単に謝ってはだめよ。ネマの行動を止められなかった彼にも責はあるんだから」
そうかもしれないけど……。
でも、隊長さんの指示を待たずに動いたのは、まずかったかなぁって。
「自分が悪いことをしたと思ったら、まずはあやまるべきでしょ?」
「だからといって、身分が高い者は謝ったりしないものなの!」
私はよく、パウルや使用人に謝っているけどねと反論したら、それは身内でしょうがって怒られた。
解せぬ。なんで、謝って怒られているんだろう?
「……あやまったらめいわくでしたか?」
そう隊長さんに聞いたら、いえと否定してくれたので安心した。
「ただ、貴族のご令嬢に謝罪していただくことが初めてでしたので、驚いただけです」
隊長さんの言葉に、マーリエがほらみなさいと勝ち誇った顔をしていた。
「ネフェルティマ様は庶民のような感性をお持ちのようですね」
おや?これは嫌味かな??
それとも、褒め言葉かしら?
「身分の低い者たちには、大変好ましいと感じるでしょう」
判断に悩んでいたら、さらに隊長さんが告げた。
好ましく思われるなら、よいことなのでは?と首を傾けると、鼻で笑われた気がした。
嫌味も通じませんかって呟きが聞こえたぞ!
「レクス、もういいよ。それ以上、ネマに酷いことを言ったら許さない」
ダオが止めに入ってきたけど、やっぱり嫌味だったか!
最後の呟きは、聞こえないように言ったみたいだが、精霊さんのおかげでばっちり聞こえました!!
「ダオ、ありがとう」
庇ってくれたダオにお礼を言い、隊長さんと向かい合う。
言われっぱなしは、オスフェ家の者として許されないのだ!
「しゃざいの気持ちも、かんしゃの気持ちと同じように、素直に伝えるべきだと思っています。悪いことをしたと思ったら、ごめんなさい。何かをしてもらえたら、ありがとう。気持ちを伝えることに、身分は関係ないのです」
大人になれば、いろいろな柵が増えて、素直になれない場面もあるかもしれない。
でも、言葉にしないと、気持ちは伝わらないよね。
「レクス、相手がネマでよかったわね。他国とはいえ、王家の血筋を引く公爵令嬢よ。陛下の耳に入ったら……」
マーリエが最後まで言わなくても、隊長さんは気づいたようで、視線をユーシェに向けた。
そういえば、ユーシェを慕う精霊もつけられているので、もう陛下に伝わっているかもしれないなぁ。
水の精霊が、風の精霊みたいにおしゃべりじゃないといいんだけど。
「もし、へいかに伝わっていたら、私の方から説明しておきます。二人の周囲にいる大人たちが、私のことをよく思っていないことは知っていますし、嫌味を言われたくらいで泣きついては、オスフェ家の恥ですもの」
それで陛下が納得するとは思わないけど、私が望んでいないことはしないはずだ。
「この話はここまで!」
ちょうど、ふらつきながら、スライダーを体験した警衛隊の人が戻ってきたので、感想を聞いてみたいのだ。
「どうでしたか?」
警衛隊の人は隊長さんに視線をやり、私に話してもいいのかと確認しているもよう。
「……危険はないと感じました。度胸試しのようなものです。恐怖と感じるか、楽しいとかんじるかは己しだいかと」
度胸試しか。そういった一面はあるかも?
「それで、貴方は楽しかったですか?」
「最初は恐ろしかったですが、感覚を掴んだ最後の方は楽しかったです」
うんうん。楽しかったのなら、何より。
さて、安全が確認されたのなら、文句はないだろう。
「楽しんでもらえて、よかったです!」
大人にはぬるいかなって思ったけど、体験したことない人にとってはちょうどいい加減だったみたいだね。
「隊長さん、ダオもやっていいでしょう?」
「……えぇ」
許可が出たので、早速ダオを押し上げるようにして階段を登る。
「ここに寝そべったら、手をこう胸に当ててね。せーので、私が押すから」
「うん」
ちょっと表情が固いけど、バルグさんの尻尾ブンブンが平気だったダオだ。
きっと、ウォータースライダーも気に入ってくれるはず。
「せーのっ!」
力一杯、ダオの肩を押す。
きゃーっと可愛らしい声が聞こえたが、悲鳴というよりは、喜んでいるように感じる。
まぁ、下に行って確認してみよう。
本当は私ももう一回滑りたいけど、クッションのところにダオがいたら危ないからね。
今は我慢!
ゴール地点に向かうと、ダオが放心していた。
思っていた反応と違うな。
「ダオ、大丈夫?怖かった?」
おそるおそる声をかければ、ダオの表情が見る見る笑顔になっていった。
背後に後光が差しているかのごとく、眩しいほどの笑顔だ。
「すっごく楽しい!!こんな楽しいものを作るネマは天才だよ!」
喜んでくれるのは嬉しいが、元は地球の技術なんだよ。
私が天才などと、けっしてないから!
「これを思いついたのは、海なの」
実際、私がウォータースライダーを思いつく前に、海がお風呂場で作っていたのだから嘘ではない。
「それでも、ネマは凄いよ!」
純粋な気持ちで褒められると、なんだか面映ゆい。
それにしても、こうやってダオが感情を表に出せるようになってきて、本当によかったと思う。
最初は、人見知りが激しくて不安だったけど、根は本当にいい子なんだもん。
このままで大人になってもらいたいね。
他の皇子たちは、一癖も二癖もあるような人たちだから。
「もう一回やりたい!」
ダオのことでしみじみしていたら、ダオから次を要求してきた。
「マーリエが終わってからね」
私はこのあとも暇なので、後回しでもいいが、マーリエも時間が限られている。
クッションから抜け出すのに手こずっているダオを助け、マーリエのもとへ行く。
「ダオ、本当に怖くない?」
次はマーリエの番だと伝えると、マーリエはダオに何度も同じことを聞いた。
ダオは楽しいよとしか返さないので、不安を解消することはできなかったようだ。
恐怖と戦うマーリエを鼓舞しながら、滑るときの体勢を教えて、いざっ!
「……ぃやぁぁぁぁぁーーー!!!」
マーリエがチューブの中に消えると、物凄い悲鳴が上がった。
……あれ?
これはまずいと思って、走ってゴール地点へ。
ダオもついてきてくれたけど、到着したときには、マーリエは滑り終えていた。
「だおのうそつきぃぃ……。ネマもきらいよぉぉ……」
「マーリエ!」
ガチ泣きしているマーリエを見つけて、慌てて駆け寄る。
怖かったと、泣きながらダオにしがみつくマーリエを、二人で慰めた。
怖かったね、ごめんね。もう、大丈夫だよと、声をかけながら、頭をよしよしする。
マーリエには、刺激が強すぎたようだ。
このままでは、マーリエは怖い思いをしただけになってしまう。
みんなが楽しくないと、遊びとは言えないよね。
「怖くないのを作る!」
マーリエでも楽しいって思えるスライダーを増設しよう!
そう宣言すると、そういうことじゃないわよ!って、マーリエに突っ込まれたけど、作るったら作るんだい!!
再び、ユーシェに協力してもらい、大人くらいの高さの滑り台を作った。
こっちは筒状ではなく、公園にあるような滑り台だ。
斜面の角度を緩やかにするため、真ん中辺りは平面にしてみた。
もちろん、水はながれているけど、勢いは弱めに設定したよ。
「……外に振り飛ばされたらどうするのよ」
滑り台を見て、マーリエが呟いた。
上部がひらけているため、そんな心配が出てきたのか。
「心配なら、白を持ってすべるといいよ。必ず、マーリエのこと守ってくれるから」
いいタイミングで、スライダーから滑ってきた白を捕まえて、マーリエに渡す。
「こんな小さいスライムに何が……」
「スライムだからこそだよ。この子の体はしょうげきを通さないし、一瞬で形を変えられるもの」
私が眠っている間に覚えたこの技は、対象の表面を素早く覆うことで、物理攻撃を無効化するものだ。
魔法も中級程度なら、なんとか防げると森鬼が言っていた。
一度、試してみたけれど、本当に一瞬だったし、呼吸ができないとか、視界がなくなる、なんてことはなかった。
「白、試しにマーリエをおおってみて」
-みゅっ!
次の瞬間には、マーリエの手の中にいた白の姿はなく、極薄に伸びてマーリエを覆っていた。
さらに、マーリエに対して、えいっとパンチを当ててみる。
そこそこ力を入れているので、普通なら衝撃を感じるはずだ。
「どお?何も感じないでしょ?」
白だけなら、森鬼のパンチすら無効化することができる。
極薄状態だと無理だけど、コボルトの武の氏のパンチはしのげたらしい。
メリケンサックをつけたドーベルマンのパンチの無効化できたら十分だと思うよ。
「弱くしているってわけでもないみたいね。手の感触すらないなんて」
「これなら、何があっても大丈夫!」
白にはそのままでいてもらい、マーリエを滑り台に連れていく。
「こっちは、座った状態で、腕を前に伸ばすと安定するよ」
飛行機から脱出するときのポーズだ。
後ろに倒れちゃうかもしれないから、念のためだ。
「いくよー」
マーリエの背中を押して、水の流れに乗せる。
スーッと滑っていって、真ん中の平面で程よく減速し、再び斜面で加速する。
こちらも、狙った通り、いい出来に仕上がった!
クッションの上にぽふんと下りたマーリエ。
さて、感想はどうだろうか?
「どうだった?」
「……なんて言えばいいのかわからないのだけど。怖いって思うのに、それが楽しいって感じたわ。矛盾、しているわよね?」
「そんなことないよ!」
ジェットコースターやお化け屋敷も怖いけど、最後には楽しかったーってなるもんね。
マーリエも楽しむことができたので、スライダーと滑り台、両方で遊ぶことにした。
ダオには滑り台は物足りなかったようで、何度もスライダーを滑っていた。
すると、警衛隊の人たちからもやってみたいという声が上がった。
隊長さんが睨みつけて黙らせていたけど、こちらもばっちり聞こえましたー!
私が言っても、いいよとは絶対に言わなさそうなので、ここはダオに協力してもらう。
「レクス、警衛隊のみんなにも試してもらいたいのだけど、いいかな?」
「私たちがですか?」
「そう。僕を守ってくれる者たちの度胸が、どれくらいのものなのか見てみたいんだ」
全部、私が教えた言葉だけど、警衛隊の皆さんは驚いている。
普段、ダオから何かをして欲しいなんて言わなさそうだしね。
「それは、ご命令でしょうか?」
「うーんと、お願いかな。無理にとは言わない」
隊長さんなら、命令でしょうかって聞いてきそうって予測も当たった。
命令の方が早いんだけど、ダオの性格上、簡単に命令したりしないだろうから。
たまにするお願いの方が、叶えてあげたいって気持ちにさせるんだよ!
「……畏まりました。お前たち、無様な姿を見せるなよ」
警衛隊の人たちにも、スライダーをさせることに成功した!
ほとんどの人は悲鳴も上げず、速いのが楽しいって言ってくれた。
中には速いのが苦手だったり、狭いところが怖いっていう人も。
「不甲斐なくて申し訳ございません」
ダオに対してそう謝ったのは、閉所恐怖症だった人。
どうやら、自分が閉所恐怖症だって知らなかったみたい。
そんな彼をダオと一緒に慰める。
彼のように苦手な人がいる一方で、スピードの魅力に取り憑かれた人もいた。
その人は、風魔法を使ってブーストをかけ、通常よりも速くスライダーを滑っていく。
そんな方法があったとは、私も驚いた。
「殿下、そろそろお時間です」
ダオが滑り終わったところで、隊長さんから声がかかった。
もう十何回も滑ったのに、ダオはまだ遊び足りないようだ。
「もうちょっとだけ……」
「なりません」
こればかりは、ダオの味方になってあげられないからなぁ。
「ダオ、いつでもできるわ。次は、道すじを変えて、もっとすごいのを作ろうね」
次の約束をすれば、ダオは嬉しそうに頷いた。
「けいえい隊のみなさんも、そのときは協力してくださいね」
よりよいコースを作るために、体験したみんなの意見を取り入れたいのだ。
それに、安全確認もしてもらわないといけないしね。
「ネマ、私が滑られるものを作るのも忘れないでよ」
マーリエにもちゃんと約束をして、二人と別れた。
私だけがお庭に残ったのだが、うちの子たちはどうしているかな?
ちょっと長くなってしまいましたが、やっぱりちびっ子たちを書くのは楽しい(笑)
魔物っ子たちのスライダー体験は次回に持ち越しになります。
白とグラーティアだけというのは不公平なので、みんなにやらせてみよう!
あ、今月末にコミックの3巻が出ます!
原作の7巻は順調に進めば6月頃だと思います。