閑話 甘やかすばかりでは俺が困る(森鬼視点)
「シンキ、どこに行くの?」
またこいつは主の話を聞いていなかったのか。
カイに精霊宮だと言えば、興味なさそうに頷いた。
興味がないなら、なぜ聞いたんだ?
カイの足元には、イナホが早く入れろと飛び跳ねている。
「イナホのことは主が抱えていくと言っていたが?」
すると、それが嫌なのか、くーんと甘えるような声を出した。
「嫌なら主に言え」
よほど、あの鞄に収まるのが気に入ったのか、イナホはあれに入るのだと言って聞かなかった。
それを主に伝えてやると、仕方ないなぁと言いながら、イナホを鞄に詰め込んだ。
セーゴかリクセーのどちらかがあぶれることになるのだが、リクセーが主の側がいいと言ったので、それぞれ運ばれる場所は決まった。
『ねぇねぇ、シンキ。愛し子も精霊宮に行くのよね?』
『精霊王様にお願いしたら、一緒に遊べるかもしれないよ!』
『シンキも一緒にお願いして!』
今日も虫たちはうるさい。
相手をしてもしなくても、こいつらはいつも騒いでいるので、無視をするのが一番だ。
順調に進んで精霊宮に着くと、虫の数が尋常ではなかった。
主が来たことで、愛し子だときゃーきゃー叫んでいる。
「精霊さん??」
主も一時的に見えるようになったようで驚いていた。
ライナスの皇帝とやらは、主が精霊を見ることができないと思っていなかったらしい。
聖獣の力のことを説明しているが、しばらく主のことはあいつに任せよう。
「グラーティア、駄目だ」
近くの木に飛び移ろうとしていたグラーティアを捕まえた。
不満そうにカチカチと牙を鳴らしている。
美味しそうなのがいると言っているが、精霊宮では生き物を殺すなときつく言われていただろう。
目を離すと、何をやらかすかわからないな。
同じことがハクにも言えるので、しっかりと捕まえておく。
『シンキ、苦しいよ……』
「我慢しろ。どうせ、グラーティアと遊ぼうとしていただろう」
服の中に押し込めば、もぞもぞと動いたあと大人しくなった。
本気で遊ばせてもらえないと理解したのか、グラーティアも俺の頭の中に入っていく。
ノックスは事前に主に言われているせいか、大人しくセーゴの頭の上にいる。
イナホにいたっては、出発前にはしゃぎすぎたせいか、鞄の中で気持ちよさそうに眠っている。
こいつらも、セーゴやリクセーのように落ち着いてくれればいいのに。
イナホは毎日元気すぎるし、ハクとグラーティアもパウルがいるときしか大人しくしていない。
パウルは魔物にも容赦なく厳しいので、あの二匹も苦手みたいだな。
ハクとグラーティアの相手をしつつ歩いていると、虫たちがまた騒ぎ出した。
主が見えていることに、今気づいたのか。周囲にたくさんの虫が群がっている。
あれは鬱陶しいだろうな。
害はないから助けなくてもいいか。
主が離れて欲しいと訴えているが、虫たちは聞く耳を持たず。
皇帝が精霊王のことを口にすると、ようやく離れる。
さすがに自由気ままな虫たちでも、精霊王のことを敬う気持ちはあるらしい。
精霊王のもとへ主を案内するために、虫たちが我先にと飛んだ。
道中に動物が現れれば、主は楽しそうに近づき観察する。
主の周りに動物が集まるのは知っていたので、俺はなるべく近づかないようにする。
俺がいては、動物が怯えるからだ。
主の楽しみを奪うのは気が引ける。
目玉みたいな変な模様の動物が去ると、今度は変な鳴き声の動物が出てきた。
皇帝は危険な動物だから近づくなと言っているが、それくらいで諦める主ではない。
「ハク、グラーティア。お前たちの出番じゃないのか?」
『出番?』
「ディー殿のぶんも、主のことを守るのだろう?」
ディー殿は俺がへまをしたせいで女神のもとへ行ってしまった。
あのとき、もっと警戒していれば、眠らされることもなかっただろう。
ディー殿に懐いていた二匹は、主が眠りについたことも相まって、酷く落ち込んでいた。
ノックスも主の側から離れようとはせず、餌も食べようとしない。
主の家族が心配していたので、俺は言った。
『お前たちがそんなんじゃ、主を任せられないとディー殿も思うだろう。主が眠っている間に強くなって、驚かせよう』
『強くなったら、ママ起きてくれる?』
ハクもグラーティアもまだ幼いので、愛し子から名を付けてもらったことがどう影響してきているのかを理解していない。
この二匹も普通とは違う成長、進化をするのは確かだ。
だが、自ら強くなろうという意識がなければ、強くなることはない。
森の中ではなく、人の住処にいて安全な生活はありがたいが、命が脅かされることがなければ、生き抜く強さは得られない。
『主を任せられると女神が思えば、返してくれるかもな』
主のことは女神が守っているそうなので、心配はないだろう。
まずは、俺たちだ。
強くなるということに関しては、ノックスが一番貪欲だった。
ノックスは動物なので、訓練を受ければ受けるほど、飛行能力が上がっていった。
俺も負けていられないと、ハクとグラーティアを連れてレイティモ山に行くことにした。
毒の属性を持つスライムに頼み、毒の耐性をつけるためだ。
そこで、ハクとグラーティアも自分の持つ能力をどう使えばいいのかを学んでいた。
二匹の面倒をみていたシズクは、なかなか厳しく鍛えたようだ。
ハクとグラーティアは俺のもとから飛び出し、皇帝の前に立ちふさがった。
『ぼくたちがママを守るよ!』
『だからあるじ様は大丈夫だよ!』
自分たちが守るから平気だと訴えているが、皇帝には二匹の言葉が伝わっていない。
仕方ないので代わりに伝えてやると、皇帝は俺たちが主に対して甘いと言った。
だが、魔物や動物を触ることに、異様な執念を持っている主に何を言っても無駄だ。
魔物が主を傷つけることができないように、動物も主に惹かれてやってきているのだから、好きにさせておいた方がいい。
そう言えば、愛し子だからかと聞かれた。
「いや、主だからだろう」
愛し子だからではなく、主そのものが原因だと思う。
皇帝も諦めたのか、主の望むようにさせた。
変な鳴き声の動物を抱っこした主の顔は、ラースに抱きついているときのようにだらしのない顔をしている。
別れ際には、顔を舐められて凄いことになっていた。
こういうことが起こるだろうと予測していたパウルはさすがだな。
彼に持たされた布を使って綺麗にする。
遭遇する動物の多さには参ったが、皇帝は不思議に思ったらしい。
主に会いにきているようだと言えば、虫たちが笑いながらそうだよと肯定した。
「なぜだ?」
『だって愛し子だもん!』
「過去にいた愛し子には、そのような力はなかったと思うが?」
『うーんとね。今の愛し子の特別なの』
『みーんな大好きになるんだ!』
虫たちは明確に問わないと、曖昧な答えが返ってくる。
人とも魔物とも違う感覚をしているからだと思うが、たまに面倒臭い。
皇帝も虫が言っていることを正しく理解できなかったのか、主に聞いている。
ただ、主もどこまで理解できているのかわからないが。
皇帝は何か思い当たることがあるのか、考え込んでいるが、主は変わらず周囲を見回している。
何かが落ちてくると、主の顔に張りついた。
「とって!とって!なにこれ!!」
グラーティアの奇妙な踊りのように、手を激しく動かしている。
面白いからと放っておいたらどうなるか……。やめておこう。
主を押さえつけて、顔に張りついている変な動物を引き剥がす。
引き剥がしたときの音がおかしかったので、じっくりと見てみれば、触手に吸盤みたいなものがついていた。
普通の動物とは違うのか、恐れることもなく、俺の腕に張りつく。
主も変なのと言いながら、指で突いている。
触っておいて、今さら毒はないのかと、変な動物に問う主。
動物の言葉はわからないが、代わりに虫が答えた。
「毒はないと言っている」
俺のことに話題が移ったみたいだが、この腕のやつはどうしたらいいんだ?
こいつは離れる気はないようで、まったく動かない。
グラーティアがこちらに飛んでくると、主のまねなのか、脚で突つき出した。
腕のは触手を動かして、グラーティアを叩いた。
四対の目が光った。
「食べようとするな」
ハクはスライムだから仕方がないが、グラーティアもカイも、食べることへの執着が強い傾向がある。
主に似た、だけならいいんだが。
「ようやく見えてきたな」
皇帝が示す先にはでかい何かがいた。
虫たちが早く早くと急かしているので、あれが目的地で間違いないようだ。
長い首が伸びてきて、ようやく全体像が見えた。
背中に木々を生やしている、こいつも変わった動物だった。
顔がこちらに迫ってくると、腕のやつが自ら離れていった。
俺たちがこいつのもとに行くことを知っていて、くっついてきたのか。
まぁいい、とっとと帰れ。
でかいやつの下をくぐると、見事に景色が一変した。
主が何者かに捕まっているが、気配が精霊なので問題ない。
あいつらが精霊王か。
精霊王たちが名乗りをあげると、真剣な話が始まった。
これは俺たちが加わらなくてもいいやつだな。
イナホが目を覚まして、そわそわし出した。
「セーゴ、リクセー。イナホが暴れないように、少し相手をしてやってくれ」
この二匹なら無茶なことはしないはずだ。
任せておけと、セーゴはイナホを鼻で突いて、主たちと距離を取らせた。
今まで大人しくしていたカイが、池の方にふらふらと歩き始めた。
カイがセイレーンであることを考えれば、水のある場所の方が落ち着くのかもしれん。
ノックスがこちらに飛んでこようとしているが、虫たちにまとわりつかれて、上手く飛べていない。
虫を避けようとするノックスの姿に、見えていることに気づいた。
「おい、ノックスが困っているだろう。ここでなら、お前たちの姿が見えるらしい。危ないから邪魔するなよ」
そう言うと、虫たちが一斉に群がり出した。
さすがに飛んでいるノックスにちょっかいをかけるのはやめたようだが、イナホたちやカイは埋もれるくらい群がられている。
息を一つ吐いて、なるべく虫を散らす。
「遊ぶのはいいが、静かにしていろよ。精霊王の怒りを買いたくはないだろう」
今まで曖昧にしかわからなかったことを、主は精霊王たちに教えてもらっているところだ。
こいつらが騒いでしまえば、話どころではなくなってしまう。
言い聞かせたところで、どこまで我慢できるかは不明だけどな。
虫の相手が嫌になったのか、ノックスが俺の肩に止まった。
お疲れと労うために、少し乱れた毛並みを整えてやる。
しかし、虫たちは遠慮しない。
ノックスが動かないのをいいことに、背中に乗って遊んでいる。
飛ぶことさえ邪魔されなければいいのか、背中の虫たちを無視して、毛繕いを始めた。
そちらに気を取られていると、バシャっと大きな水音がした。
池の中でセイレーンの姿になったカイが、尾びれを水面に叩きつけたようだ。
その水飛沫を浴びて、虫たちが喜んでいる。
本当に人の話を聞かないやつらだな。
「水の虫ども、カイを大人しくさせておけ」
『虫じゃなーい!』
『シンキ、また虫って言った!!』
「虫と呼ばれたくなかったら、少しは黙ってろ」
カイを水の虫たちに押しつけると、目の前をイナホとセーゴが駆けていった。
頭を抱えたくなったが、その前にリクセーを捕まえる。
「邪魔にならない奥で遊んでいろと言っただろう」
『イナホがあの小さいのと追いかけっこするって。止めようとしているところ!』
止めようとしていると言っているが、その声は楽しそうだった。
イナホたちに言っても無駄みたいだな。
「ハク、ハク」
『なーにー?』
カイがハクを呼ぶ声がして、ハクが側までいく。
カイが何かを言うと、ハクは池の水を飲み始めた。
綺麗な水なので、飲んでみろとでも言ったのか?
それにしては、ハクの飲みっぷりが異常だ。
『すごーい!お腹すいたのなくなった!』
ハクの感動したという鳴き声に、グラーティアが急に跳んだ。
いや、グラーティアは跳んだつもりだったが、尻から出している糸を虫たちが引っ張った。
グラーティアの跳躍の方が勝ったようで、虫たちは連なって糸に引っ張られる。
慌てて他の虫たちが助けに入り、落ちるのは免れたが、今度はグラーティアが宙吊りになった。
ジタバタと脚を懸命に動かしているが、数でかかられてはどうしようもできないだろう。
グラーティアを宙吊りにしたまま、虫たちはあちらこちらに飛び回る。
『ぼく、飛んでる!?』
虫たちの仕業だと気づいたグラーティアだったが、跳ぶではなく飛ぶという感覚が面白いのか、次第にはしゃぎ始めた。
『はやく飛んで!イナホを追いかけようよ!』
こうなっては、止められるのは主くらいだろう。
「ノックス、俺は休むぞ」
適当なところに座り、穏やかな土の虫たちの相手をしながら、精霊王とやらに視線をやる。
主を揶揄っているのか、姿を変えて隣にくっついたりしていた。
主が楽しそうなら何よりだ。
風をまとう精霊王がこちらを見やって微笑んだ。
「それにしても、愛し子に侍る魔物たちは物怖じしないね」
その言葉で、ようやく主は自分が連れてきた魔物たちがどういう状況なのか理解したらしい。
虫たちと追いかけっこをしているイナホ、セーゴ、リクセー。
宙吊りにされたまま飛び回っているグラーティア。
池の中で水の虫たちと水遊びをしているカイ。
池の水面に漂っているハク。
俺の肩で寛いでいるノックス。
「もしかして、あの子たちも精霊が見えているの?」
驚いているが、虫たちに吊るされているグラーティアが喜んでいるのを見て、少し羨ましそうな表情をした。
主も遊びに関しては、こいつらと変わらないからな。
面白いと感じたことを実際にやってしまう行動力がある。
主の関心がこちらに向いたことに気づいたイナホが駆け寄る。
『ごしゅじん様のじゃましちゃだめだって言われてたいくつだったんだ。そしたらね、この子たちが遊ぼうって!』
イナホの言葉を主に伝えると、虫たちに礼を言った。
こいつらが調子に乗るから、礼なんて言わなくていいのに。
主に対しても遊ぼうと誘っているが、まだ話が終わっていないらしい。
だが、遊んでいても構わないとのことだったので、俺は子守りからは解放された。
帰りは予想通りのことが起きた。
主に会いたいと集まった動物たちが群がる。
蹴散らしつつも進むと、水が湧き上がっている場所があった。
そこに本物の虫が集まっていたが、幻想的とも言える光景に主の足が止まった。
小さな火に似た色の光りを放つ虫は、レイティモ山の洞窟で見た虫と同じものか?
「ペェバンがこんなにも……」
『この子たちはここで生まれて、ここに卵を生みに戻ってくるの』
土の虫が言うには、ここで成体になるまで過ごし、精霊宮の外へ飛び立っていく。
そして、繁殖期になると戻ってきて、卵を生んで、再び精霊宮の外に旅立つ。
「もしかして、この湧き水は精霊王の住処にあった池から流れ出ているのか?」
『そうだよ!この森を育てる水なんだよ!』
そうか。
カイもハクも、あの池の水で空腹がなくなったと言っていた。
精霊王が言うには、女神の慈愛により、この水は万能薬のような効果を持っていると。
その水の側で育つペェバンという虫に、女神の慈愛が移ったのか。
いや、この森全体が、その恩恵にあやかっている。
だから、この森は植物を食べる動物の方が強くなった。
主は面白いと言った。
森の外とは違う、弱肉強食が及ばない森。
だが、ここは魔物である俺たちの場所ではない。
この森は俺たち魔物を必要とはしていない。
「あ、本で見たことある子だ!」
主が駆け出し、イナホたちがそのあとを追う。
尾のないポテみたいな動物が、主の後ろから忍び寄る。
それを追い払うが、他の動物が今度は上から降ってくる。
しかし、俺が近くに寄ると怯えて逃げていく。次から次へと、寄ってきては追い払うの繰り返しだ。
りゅっくとやらに、小さな動物がしがみついていたので、それを取ると、本当に小さくて潰してしまいそうだった。
震えながら俺の指にしがみつく動物を見ていたら、主が気づいた。
「小さい!可愛い!!」
おいでおいでと、小さな手を差し出して動物を誘う。
「うーん、サルの仲間かな?マーモセットに似ている気もするけど、顔はハムスターに似ているし……」
小さな声だったが、主はたまにわけのわからないことを言う。
どうせ、聞いたところで忘れろと言われるだけなので黙っておくが。
気に入ったものを連れていくと言い出すかと思ったが、今回はそんなことはなかった。
主の中の基準が何かわからないが、できるならノックスみたいに利口なやつがいい。
元気すぎるやつらの相手は疲れるからな。
無事に宮殿に戻ってくると、遊びすぎてお腹が空いたのか、あの水を飲んでいないやつらはご飯を要求してきた。
俺が言葉を伝えるまでもなく、パウルがすでに用意していた。
俺は疲れたから一眠りしたいところだ。
イナホがご飯ご飯と、スピカにまとわりついているが、スピカもなぜか疲れ切っていた。
「疲れているようだが、何かあったのか?」
「……パウルさんと訓練をして、ボロボロになるまでやられたの」
あぁ。本当にパウルは容赦がない。
だからこそ、こいつらを躾けられるんだろう。
主では無理だと思う。
今も、疲れ切ったスピカを見かねて、休ませるようパウルに言っている。
パウルとしては、訓練のあとも平然と主の世話をしてこそ一人前とでも思っていそうだ。
今回はパウルの方が折れた。
スピカを隣に座らせた主は、精霊王から力を授けてもらったという魔石を見ている。
俺は興味ないので、長椅子に寝転がった。
すると、食事を終えたイナホが俺の上に乗ってきた。
『シンキ、寝る?』
「あぁ」
『じゃあ、いっしょに寝る!』
俺の腹の上で丸くなるイナホ。
イナホは体温が高いのか温かい。
毛布代わりにちょうどいいので、好きにさせることにした。
セーゴとリクセーも長椅子に上がってきて、隙間に寝そべる。
「狭い」
『みんな一緒ー』
『今日はずっと一緒にいるの!』
「……わかった」
二匹の頭を撫でると、尾が当たる感触がした。
こうなると、他のやつらも来るのは目に見えている。
「シンキ、いいな。気持ちよさそう」
主曰く、もふもふとやらに挟まれている俺に向かってカイが羨ましそうにしている。
『カイも寝る?』
リクセーがそう聞くと、カイは一つ頷いた。
そして、椅子綿をたくさん抱えて持ってきた。
床に椅子綿を巣のように敷き詰めて、その上に寝そべる。
それを見たハクとグラーティアがこちらに来た。
『ぼくも入れてー』
グラーティアはイナホの尾の中に潜っていった。
そんなところで寝るのか?
『僕はここにするー』
ハクはカイの腹の上を陣取ったようだ。
「寝るならとっとと寝ろ」
こいつらの相手をやめて、俺も寝る態勢に入る。
あくびをして瞼を閉じると、奥の方から眠気がやってきた。
◆◆◆
やけに静かだなぁって思ったら、みんな眠っていた。
森鬼は長椅子に長い足をはみ出させているけど、窮屈じゃないのかな?
お腹の上には稲穂がいるし、背もたれと森鬼の隙間に星伍が挟まっている。
陸星は森鬼の足の間だ。
長椅子の下で、海がクッションに埋もれているし、海とクッションの隙間に白が隠れていた。
グラーティアはどこにいるのか発見できなかったが、おそらく髪の中かもふもふの中だろう。
「こうしていると、シンキも可愛いわね」
和やかな光景に、お姉ちゃんも癒されているようだ。
「私も仲間に入りたい……」
群れで生活していたスピカとしては、仲間と身を寄せ合って眠る安心感を得たいよね。
「じゃあ、私たちもちょっとお昼寝する?」
「パウルさんに怒られます」
スピカに提案すると、しょんぼりと耳を倒してそう言った。
「パウルはそんな心は狭くないよねー?」
パウルに視線をやると、ため息を一つ吐かれた。
「わかりました。スピカはもう休んでいいですよ。夕食前には起こしますので」
やったね!
パウルからの許可も下りたので、私もクッションを持って寝床を作る。
「スピカはここね」
ふかふかのクッションをポフポフ叩く。
スピカは素直にクッションの場所まで来ると、伸びをしてから寝る態勢になった。
私はというと、長椅子と海の隙間に入る。
狭い場所って安心するよねー。
「ネマ、そんなところで苦しくないの?」
変な場所を選んだからか、お姉ちゃんが心配そうに聞いてきた。
「この狭さがいいんだよ」
体の半分は長椅子の下に入ってしまっているが、清掃は行き届いているので問題ない。
「楽しい夢が見れるといいわね」
お姉ちゃんの声を聞きながら、眠りについた。
どんな夢が見れるかなぁ。
まるで保父さん。
あの子たちの相手は大変だけど、懐いてくれているので無下にもできない森鬼なのであった(笑)
忘れていましたが、「椅子綿」はクッションのことです。
造語ですのであしからず。