精霊宮への道のりは未知ばかり。
パウルに叩き起こされ、寝ぼけつつ顔を洗おうとしたら、水がキンキンに冷たくて一気に目が覚めた。
「寝ぼけている時間はございませんので、少々乱暴な手を使わせていただきました」
悪びれもせずに、しれっとしているパウル。
私がちゃんと起きたとわかったら、すぐにちょうどいい温度の水に変えてくれた。
優しさが厳しい……。
朝ご飯の前に、ソルにおはようの挨拶をした。
そして、今日、精霊宮に行くことを告げる。
-今日であったか。あやつらは癖は強いがお主を可愛がってくれるだろう。
ソルがそう言うってことは、かなり変わった人たちなのかな?
-次はソルも一緒に行こうね!
-機会があればな。
機会と言うけれど、それは作ることが可能なので、つまりは一緒に行ってくれるということだ。
ツンツンばかりじゃなくて、たまにはデレてくれてもいいんだよ?
朝食を終えると、ルイさんがお迎えにきてくれた。
陛下はすでに南側の広場で待っているらしい。
陛下を待たせるとは!!
もっと早く言ってよ!
ルイさんを急かしながら、広場へ向かうと、ユーシェが気持ちよさそうに空を飛んでいた。
「お待たせしました!」
駆け寄ると、陛下は爽やかな笑顔で出迎えてくれた。
「急がなくてもいいよ」
いやいや、陛下を待たせるとは、何様だと言われてもおかしくはない。
「今日はよろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げると、優しく撫でてくれる。
「お願いするのは私の方だよ」
どういう意味かよくわからないんだけど、何かあるってこと?
「さて、準備ができたのならば行こうか」
海はすでにセイレーンの鳥の姿になっており、両肩にはバッグが下げられてた。そのうちの一つには、稲穂が入っている。
最初、私が抱っこして連れていこうと思っていたけど、あのバッグを稲穂が気に入ったことと、水の聖獣に怯えた気配があったのでやめた。
稲穂の反対側には星伍が。
残る陸星を私が抱っこしてサチェに乗る。
白とグラーティアは森鬼にくっついており、ノックスはそのまま飛んでついていく予定だ。
「スピカ、淋しいだろうけど、待っててね」
残念ながら、スピカは魔物ではなく獣人なので、連れていくことができないと言われた。
私が名前を付けたものの、獣人では縛られないので精霊宮に入る資格がないのだと。
「はい。無事のお帰りをお待ちしております」
そうは言っても、耳も尻尾も下がってしまっている。
私が長く眠っている間も、星伍や陸星といった仲間が常に側にいた。
仲間が誰もいないという状況は心細いよね。
帰ってきたら思いっきり構ってあげようと心に決めて、サチェに乗った。
正しくは、乗せられただけど!!
ユーシェが飛び立ち、サチェが続く。
そして、それを追うように海が羽ばたく。
サチェは海がちゃんとついてこれているか気にしつつ飛行してくれているみたい。
ほんと、同じ青天馬でも、性格がたいぶ違うよね。
サチェは余裕があるというか、基本うちの魔物たちにも優しい。
ユーシェは好き嫌いがはっきりしていて、嫌いなものはとことん嫌いだ。特に、ソルとは相容れない。
聖獣の年齢とか気にしたことなかったけど、ユーシェはまだ若いのかもしれないね。
順調に空の旅は進み、あっという間に精霊宮が見える場所まで来た。
見るのは二回目だけど、やっぱり存在感が凄い。
なんか、近寄っちゃいけない気にさせるのはなぜだろう?
精霊宮ではなく、その手前にユーシェは降り立った。
一応、まだ絋深の森らしい。
「ここからは徒歩となる。聖獣が進む道から逸れると、永遠にさまようことになるから気をつけるように」
何それ!怖っ!!
突然言われたことに、驚きよりも恐怖が勝ったのだろう。
陛下が笑いながら手を差し出してきた。
「手を繋げば、迷うこともないだろう」
ありがたいやら畏れ多いやら。
でも、永遠にさまようことは回避したいので、陛下の手を取ることにした。
「ありがとうございます」
ここからはサチェが先導するようだ。
サチェのあとを陛下と私が歩いて、森鬼、海と続く。一番後ろにユーシェがついたのは、森鬼たちが迷子にならないようにするためかな?
セコイアの木に似た、背の高い木々の合間を歩いていると、目の前に壁が現れた。
壁のように、木々が密集しているんだけど、どうやって入るんだろう?
サチェがヒィィィーンと高い声で鳴くと、木々が生き物のように動いた。
まるで、開けゴマみたいな光景だな。
「人が精霊宮に入るには、聖獣がいないといけない理由の一つがあれだ。精霊宮にいる精霊は、聖獣くらいしか動かせない」
つまり、精霊術師でも開けられないってことか。
木々が動いてできた隙間から中に入ると、思いのほか明るくて驚いた。
あれだけこんもりした木々が密集しているのだから、薄暗いと思っていたのに。
ポケーッと呆気に取られていると、目の前を何かが横切った。
なんだろう?と目で追っかけてみると、ふいに視線が合ってしまった。
「えっ!?」
自分の見たものが信じられなくて声が漏れる。
目が合った方も驚いているのか、まん丸お目めがさらにまん丸になっていた。
そして我に返ると、ピュッと草木の陰に隠れてしまった。
「精霊さん??」
「ネフェルティマ嬢は精霊を見たことがなかったのか!?それだけ侍らせておいて!」
言い方をどうにかしてくれとは思ったけど、そんなにか?と思って周りを見れば、なんかうじゃうじゃいた!
どうして今まで視界に入ってこなかったんだと疑問に思うくらい、たくさんいたわ。
ソルとは真名での契約ではなく、愛称で交わしたことを告げると、それはそれで驚かれた。
「炎竜殿がネフェルティマ嬢のことを大切にしているのはわかるが、精霊が見えなければ、聖獣の力を使うことも難しいだろうに」
「ソルの力なら竜玉を通して借りれますよ?」
そうではないと、陛下は首を横に振った。
「聖獣の力とは、魔力と同じようなものだ。流れ込んでくる聖獣の力を、己がものとし、制御する。しかし、魔力とは違い、世界の理に触れることまでできてしまう。だから、精霊たちが抑える」
私の歩幅に合わせて、陛下がゆっくりと歩きながら話してくれた。
「例えば、私がユーシェの力を使って、この森を水浸しにしたとしよう。その水は土に浸み込み、地面を緩ませ、草木の根を腐らせるだろう。そうならないよう、精霊たちが散らしてくれるんだよ」
魔法だと、魔法構造に維持することを織り込んで、発動とは別に維持する用の魔力も送り込まなければならない。
それがなければ、魔力の量だけ発動して消えてしまう。
属性の性質が大きく関係するが、発動より維持する方が魔力は少なくてすむ。特に土属性のものは維持が簡単らしい。
なんかさ、みんな呼吸するみたいにポンポンと魔法を使うから簡単に思っちゃうけど、いろいろな縛りがあるんだね。
まぁ、チートたちはその縛りすら打ち破るからチートなんだろうけど。
「精霊と意思の疎通をし、理の範囲内で聖獣の力を振るう。それができなければ、契約者は世界を破壊する者となる。わかるか?」
私は何度も頷いた。
聖獣の契約者にとって、精霊とは制御装置や補助装置のようなもので、聖獣の力を使うのになくてはならないもの。
私の場合は、今まで聖獣たちが自ら力を振るっていたので、精霊が見えなくても問題なかったのか。
「私、魔力がないから力を使う感覚がわからなくて……」
「あぁ、それで暴走させたのか」
もちろん、陛下はあの一件を知っている。
しかし、私に魔力がないことを知らなかったってことは、幼いから力の使い方を誤ったのだと思っていたのかもしれない。
「女神様のご助力がなければ、ネフェルティマ嬢は今、ここにはいなかっただろう。魔力がない者が聖獣の力を内に取り込めば、体が保たない」
ヴィにも教えてもらったが、魔力がない契約者は、聖獣の力を纏うらしい。
その纏うが抽象的すぎてよくわかんないのだが、バリアーみたいに体を覆えばいいのかな?
どうやればいいのかと聞いてみたら、これまた理解しづらい答えが返ってきた。
「衣装のようなものだと思えばいい。その場に相応しい衣装を身に纏うのだとね」
わからないことが顔に出てしまったようだが、こればかりは陛下も教えることができないらしい。
陛下の魔法属性は水の特級だし、契約している聖獣も水とくれば、ソルの力とは相性が悪い。
打ち消しあうか反発するか。何が起きるかわからないとまで言われた。
教わるなら皇太后様とカイディーテの方がいいだろうと。
話が一段落して、ようやく周囲を眺めることができた。
周りは見たことのない植物ばかりで、色とりどりなのは魔法植物かな?
すると、精霊がひょっこっと私の前に現れた。
今度は目が合っても隠れるようなことはない。
小さな小さな口が動いて、何かを言っているようだが聞こえない。
首を傾げると、陛下が一言。
「ネフェルティマ嬢は君たちのことが見えているよ」
とたんに精霊がパッと笑顔になり、透き通った綺麗な翅をパタパタと動かす。
目の前の子が何かを言ったのか、どんどん精霊が集まってくる。
声は聞こえないものの、みんな嬉しそうな顔していた。
私の顔や髪の毛に張りつき、目が開けられない!
見えなかったときはいいけど、今は見えているんだから距離感は大事にしようぜ!!
というか、まさか日常的にこんな感じだったの?
ペチペチと叩く、小さな手の感触もある。翅が肌に触れるとくすぐったい。
「ちょっと、みんな、はなれてぇ……」
目が開けられないので、歩くこともままならず、陛下の手にしがみつくしかない。
陛下も笑っていないで助けてよ!
「嬉しいのはわかるが、精霊王のもとへ行くのが先だ」
陛下の言葉に、精霊たちはピッと姿勢ではなく翅を正した。
精霊にとっても、王は王ということか。
「ネフェルティマ嬢にずっとついていた精霊たちだ。認識してもらえて嬉しかったのだよ」
「そっか。側にいてくれてありがとう。精霊王様のところに案内してくれる?」
そうお願いすれば、どの子も力強く頷き、こっちだというふうに飛んでいく。
数が多いので、まさに道しるべになっていた。
精霊たちと一緒に歩いていると、初めての動物に遭遇した。
なんか、見たことあるぞ!
列をなしてもそもそと歩く紫色の生き物。家族なのか、一回り小さい個体が三匹いた。
サチェの脚に驚いて、その場でくるんと丸くなってしまう。
面白くて、マジマジと観察すると、中心部分が目のような模様になっていてちょっと怖い。
甲羅が重なることで目の模様になるのは、威嚇も兼ねているのかもしれない。
丸くなったものの、何もないと気づいたのか、元に戻って再び歩き出した。
紫の甲羅といい、ネズミっぽい顔立ちといい、冒険者組合本部のアドの部屋にあったはく製そのものだ。
つまり、あのはく製は精霊宮に住む動物だったってことか!
となると、なんでアドはそんなものを持っているんだろう?
アルマジロもどきの家族を見送って先に進むと、今度は黒い物体が飛び出してきた。
脚が四本あって、よく見るとクマっぽい。
サイズはだいぶ小さいけど、クマっぽい。
クマっぽい何かは後脚で立ち上がって前脚を大きく開いた。
-んばーーー!
赤ちゃんのような声に、ちょっとほっこりしてしまう。
抱っこをねだる幼な子みたいだ。
宮殿の図書館にあった本には、もう少し怖い顔つきで描かれていた動物だ。
精霊宮にいる動物の中で、数少ない肉食性だとされていたけど。
-んばーー!!
つぶらなお目めに上目遣いに、抱っこをねだるような仕草。
つい、ふらふらと近寄りたくなる。
クイッと腕を引かれたので、陛下を見上げると、短くダメだと言われた。
「あれは精霊宮の中でも凶暴な部類だ。可愛い見た目に騙されてはいけないよ」
見た目は可愛いのに凶暴だと言われ、タスマニアデビルを思い出した。
色も同じ黒い体毛だし、クマより似ているかも?
違いと言えば、口と爪か。
口はクマのように突き出しているし、爪は長くて鋭い。
昆虫が主食なので、ほじほじしたり、穴に突っ込んだりしやすいからだろうけど。
-んばぁ?
ほらっ!抱っこしてくれないのって訴えているじゃん!
おぼつかない足取りで、こちらに来ようとする姿なんて、あんよが上手って言いたくなるわ!!
「へいか、だっこしてあげたいです!」
神様からもらった力があることは誰にも言っていないので、頑張って陛下を説得するしかない。
今日の服だって、これでもかっていうくらい防御系の文様魔法がたくさん刺繍されている。
動物の爪や牙では傷つけることはできないだろう。
「しかし……」
なかなか折れてくれない陛下に、白とグラーティアが前に出てきて、何かを訴えた。
森鬼の通訳によると、二匹は自分たちが側にいて守ると言っているらしい。
白に取り込まれれば満足に動くことは敵わないし、グラーティアなら即効で眠らせることができる。
「守る側のお前たちが、主人に甘すぎるのではないか?」
陛下はそう苦言を呈すが、森鬼はそうか?と肯定はしなかった。
「こういう状態のときは好きにさせておくのが一番だ。魔物が主を傷つけることができないのと同じで、動物も主を傷つけることはできない」
「愛し子だからか?」
「いや、主だからだろう」
私が神様からもらった力のこと、森鬼は知っているのかな?
愛子の『騎士』として必要な知識は、神様から埋め込まれたらしいので、知っているのかもしれないね。
「つまり、ネフェルティマ嬢の好きにさせよと言うのだな?」
「そうだ」
「仕方がない。ネフェルティマ嬢はよき騎士を得たようだな」
陛下が折れた!
行っておいでと、繋いだ手は離され、背中を押された。
「ありがとうございます!」
お礼を言って、んばーの子に近寄ると、期待のこもった目で見つめられた。
「おいでおいで」
私も真似して両手を広げると、よちよち歩きで私のもとまで来た。
そして、私にガシッとしがみつく。思ったよりも力が強かったが、爪を当てないようにしてくれている。
よいしょと持ち上げると、本当に赤ちゃんみたいだ。
私でも抱っこできる重さってことは、成体ではないのかな?
-んばぁーー!
上機嫌な鳴き声に、よしよしと背中を撫でる。
毛並みは固めで、コシが強い。短毛なので、つるっとした肌触りだ。
甘えるように顔を寄せてくると、私の顔をペロリと舐めた。
細くて、とても長い舌だった。
どう考えても、口に収まる長さではない。地球の動物で、喉の部分にしまう子がいたけど、それか?
それにしても、この子の唾液、凄くべっちょりしているんだけど……。
はっ!?もしかして、タスマニアデビルではなくて、アリクイなのか!!
それならば、舌が長いのも、唾液が粘着質なのも、爪が長くて鋭いのも納得がいく。
ベロベロ舐めて満足したのか、んばーの子は降りたがる素ぶりをしたので降ろしてあげた。
すると、大きな声で一鳴きした。
これは、仲間を呼ぶ声だと直感が言う。
しばらくして、のしのしと草木を踏みわける足音がした。
ぬっと顔を出したのは、んばーの子と同じ顔だった。大きさは違うけどね。
「君のおかあさん?」
クマよりは小さいけど、ブタよりは大きい。
母親んばーは、こんなところにいたのかと、子供を小突いた。
そして、私を見やると、その長い舌で一度だけ舐めた。
たぶん、子守りご苦労様ってことだろう。
子供のんばーは、母親の背中によじ登り、しっかりとしがみつく。
やはり、アリクイだな。
母親んばーは、子供が乗ったことを確かめると踵を返した。
その背中を見送り、陛下が安心したのか、私の肩にポンと手を置く。
「あれほど友好的な態度は見たことがない」
陛下は何度かんばーに遭遇したことがあるらしく、いつも私たちを見つけると突進してくるんだと苦笑いしていた。
森鬼がべちょべちょになった私の顔を綺麗にしてから、陛下は先を促した。
「さぁ、先に進もう」
再び手を取られ、さらに森の奥へと進む。
少しいくと、木の上に何かがぶら下がっているのを発見した。
「珍しいな。あれが姿を見せるとは……」
陛下が驚いた動物は、ガライマという種類だ。
ガシェ王国の王宮の図書館にある本に記載されていた。
二百年ほど前の聖獣の契約者が書いた本、精霊宮に住まいしものは隅から隅まで熟読したので覚えている。
ただ、こちらも絵だったので、本物とは少し違っていた。
鳥とナマケモノを足したようなイラストだったが、本物はどちらかというとコウモリに似た顔つきをしている。
耳は小さくて丸いが、くしゃっとした感じのへちゃむくれだ。
皮膜の代わりに、羽毛のついた翼もどきがあるが、飛行するには適さず、滑空するのに用いられるらしい。
しかし、ほとんどを木の上で過ごし、動きがのろいため、低い位置までは降りてこないんだとか。
ガライマに別れを告げて、精霊の道しるべをたどる。
しかし、少し歩いただけで、別の動物に遭遇してしまう。
それを何度か繰り返すと、陛下が怪訝そうな顔をした。
「まるで、ネフェルティマ嬢に会いに来ているようだな」
精霊が何か言ったのか、なぜだと問うている。
「過去にいた愛し子には、そのような力はなかったと思うが?」
精霊の言葉では納得できなかったのか、陛下の表情は訝しげなままだった。
「精霊は、ネフェルティマ嬢が特別なのだと言っているが、心当たりはあるか?」
精霊よ。人の秘密を勝手にしゃべるでない!
神様にお願いした、人間以外に好かれる能力のことだろうが、ここは全力でしらを切る!!
「特別??」
「今まで現れた愛し子とは違う能力を授かっているのかもしれない。ネフェルティマ嬢の力が覚醒していないからわからないのか、それとも……」
とか言いつつ、考えふけっている陛下。
愛し子自体、他の世界から転生した魂なので、それぞれが希望する力を神様から与えられている可能性が高いんだよね。
私が求めた力が異色だっただけかも。
陛下は考え込みながらも歩みは進めている。
だいぶ奥まで来たと思うんだけど、精霊王たちがいる場所はまだかかるのかな?
他にどんな動物がいるのかと、私はワクワクしながら歩いていた。
「うぇっぷ!!」
突然、顔面に張りついた何か。
「とって!とって!なにこれ!!」
パニックになり、わたわた暴れていると、誰かに押さえつけられた。
動けなくなり、なんとか我慢していると、プチプチプチッて変な音が聞こえた。
ぜぃはぁと乱れる息を整え、視線を森鬼にやれば、その手に謎の物体があった。
「それ、何!?」
一見するとタコとかイカに見える。
触手ではなく、軟体動物の脚のように見えたからだ。
「私も初めて見るな」
何度も精霊宮に来ている陛下も初めて見る生き物だと!?
一生懸命うねうねと動き、森鬼の腕に絡もうとしている。
ツンツンと指で突つくと、それから逃げるように体をうねらせた。
よく見ると脚らしきものには吸盤がついていて、イカよりもタコみたいな丸くて大きめのものだった。
これが張りついていたから、剥がすときに変な音がしたのか。
タコみたいだけど、頭と思われる部分はずいぶん小さかった。
目もどこにあるのかわからないくらい小さいか、元からないのかもしれない。
色は黄色で、赤い斑点が毒々しい。
「……君、毒は持っていないよね?」
私の問いに答えたのは精霊だった。
「毒はないと言っている」
森鬼がそう通訳してくれたのだが、ここで陛下があることに気づいた。
「シンキは精霊が見えているのか?」
あれ?陛下は知らなかったんだっけ?
森鬼が愛し子の騎士であることは知っていた。
ユーシェが教えたのか、知識から察したのかはわからないけど。
「騎士は精霊が見えるのでは?」
ガシェ王国の初代国王も愛し子だが、騎士は騎獣であるサイだった。
そのサイも精霊が見えていたらしいと、ヴィは言っていた。
そして、騎士とは愛し子が利用されたりしないよう、聖獣や精霊が愛し子のために暴走しないよう、調整する役割があるとも。
「ヴィルがそう言っていたのか?」
「ヴィというかラース君に教えてもらいましたよ」
「ユーシェ、知っていたのに教えなかったな?」
森鬼のことはユーシェから聞いていたのか。
でも、ユーシェが知っている全部を教えたわけではなかったと。
「なぜ言わなかった?」
睨めつけるようにユーシェを見る陛下と、不満そうに嘶くユーシェ。
沈黙の中、陛下は深いため息を吐いて、私が悪かったと非を認めた。
どういうやり取りがあったのかはわからないが、喧嘩は避けられたようで何より。
歩きながら、ユーシェがなんて言ったのかを教えてもらった。
『騎士が精霊を見ることができるのは当たり前でしょ?』って言ったんだって。
つまり、ユーシェは陛下も知っていると思ったから言わなかった。
「私の持つ知識が断片的なもので、愛し子のことも、騎士のことも、もっと聞いておくべきだった」
常に一緒にいるからなのか、伴侶と言うくらい距離が近いからなのか、言葉が足りなくなっていたんだね。
ユーシェも陛下だから知っているだろうって思ったのも、陛下の有能さを間近で見ていたからこそ。
「これからユーシェに問うことも増えるだろう。だから、面倒臭がらずに教えてくれよ?」
ユーシェの鼻面を撫でながら、陛下は愛おしいという顔を隠そうともしなかった。
あれだ!あれ!
竜騎士や獣騎士が、自分たちの相棒に見せるだらしのない顔だ!
言い換えるなら、可愛がっているペットが甘えてきたときの飼い主の顔。
デレってしちゃうよね。可愛いもんねー。
「ようやく見えてきたな」
陛下の安堵した声に促されて、前方に目を凝らすと森があった。
つまり、私には何も見えなかったということだ。
「どこに?」
「ほら、あそこに脚があるだろう?」
「あしぃ??」
陛下が指を指す場所を集中して見てもわからない。
つか、脚?
頭が混乱しているまま、陛下に引っ張られるように進む。
「わかるか?精霊王の住まう場所の門番、コモリザエだ」
コモリザエなら知っているけど、門番ってなんでだ?
かなり大きな動物なはずなので、上を仰ぎ見てみたら、めっちゃビックリした!
「うわぁっ!!」
ぬぼーって顔が!!
なんなんだ!ここの動物たちは、人を脅かすのが趣味なのか!!
ゾウよりも三倍くらいは大きな体の上に、背の低い木々が生い茂っている。
ゾウみたいなのに、長いのは鼻ではなくて首だ。
スッポンとか、首の長いカメのように可動範囲の大きい首。
それが真上から迫ってきたら恐ろしいわ!!
しかし、コモリザエの顔は私を通りすぎ、森鬼のところで止まった。
森鬼の腕から何かが飛び、コモリザエの顔に張りついた。
森鬼、まだその子を張りつけていたままだったの!?
コモリザエはゆっくりと首を持ち上げ、背中の小さな森へと動かす。
あのタコもどき、背中の住人だったのか。
……ということは、森鬼はタクシー代わり?
人間が立ち入らないからって、警戒心なさすぎでは??
「ネフェルティマ嬢、コモリザエの脚の下をくぐってごらん」
陛下に言われるがまま、おそるおそるコモリザエの下に行く。
反対側に出ようとして、一瞬で景色が変わった。
その景色を見る間もなく、誰かに飛びかかられ、ぎゅーぎゅーと締めつけられながら振り回される。
お姉ちゃんの大好きホールドよりも荒々しく苦しい。
「待ちくたびれたぞ!!」
「……ぐるじぃ……」
誰か!へるぷみー!!
どんな動物を出すか、凄く悩みましたが、んばーをメインにしてみました(笑)
んばーはアリクイとナマケグマをモデルにしています。
あとは帰り道も動物たちに通せんぼされそうだなぁwww