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誰にでも勘違いはあるよね……。

もふなで6巻、電子書籍版も同時発売ですので、よろしくお願いしますm(_ _)m

転移が終わっても、とりわけ風景が変わることはなかった。

転移魔法陣が設置してある部屋は、どこも殺風景だからね。


「この先に、眺めのいい場所があるんですよ」


総帥さんはそう言って、どこか嬉しそうに歩みを進める。

綺麗な景色は好きなので、私もワクワクしながらついていったんだ。

そうしたら……。


「いや!無理よ!!」


マーリエの意見に激しく同意したい。

ロッククライミングでもできそうな、ほぼ垂直にそびえ立つ崖のようなもの。わずかにある足場を魔法で補強して、一応道にはなっているんだけどね。

人がすれ違えるくらいの幅だし、何より落ちたらワイヤレスバンジー待ったなしだ!

転がり落ちるどころじゃなく、真っ逆さまだよ、これ。

確かに、景色はいいんだけど、景色を楽しむ余裕はない!

なぜ柵を設置しない?手すりは?安全帯はないの!今こそ命綱の出番でしょー!!


「ダオは大丈夫?」


「うん。ちょっと怖いけど…」


意外と肝が座っているよね、ダオ。

対人になると、まだ怯えることが多いけど。

武術とかの方が向いているのかもしれないな。


「マーリエ。パウルと森鬼、抱っこされるならどっちがいい?」


「なんで抱っこなのよ!?こんな場所でさらに高くなることできるわけないでしょう!」


落ち着いてくれ、マーリエ。

抱っこが一番安全なんだよ!

なんとか宥めようとしていたら、パウルがマーリエの前で膝をついた。


「抱き上げるのが怖いのでしたら、手を繋ぐのはいかがですか?」


パウルがそう提案し、手を差し伸べる。マーリエはけっして景色を見ないようににしながら、パウルの手にしがみついた。


「必ずお守りいたしますのでご安心ください」


私がお願いしたことなんだけど、うちの使用人が他のご令嬢に尽くしているのって凄く違和感があるな。

だって、使用人のみんなはオスフェ家至上主義みたいなところがあるからさ。


(あるじ)はどうするんだ?」


「もちろん、抱っこで!」


森鬼が私を落とすなんてことは絶対ないだろうし、もし落ちても森鬼ならなんとかしてくれそう。精霊たちもいるしね。

森鬼に抱っこされて、改めて景色を眺めてみると、確かに絶景だ。

北の山脈からの景色も絶景だったけど、あそこは万年雪で少し淋しい雰囲気もあった。

こちらも少し似ているかもしれない。

ほぼ垂直の崖ばかりで、緑は申し訳程度にしか生えていない。

生き物を、というか人が入ってくるのを拒む感じがする。

まぁ、絶景って呼ばれる場所の大半は、人が立ち入らなかったからこそ残ったものだもんね。


マーリエはパウルに必死にしがみついていて、ダオは無謀にも下を覗いて立ち(すく)んだりしていた。

警衛(けいえい)隊の人たちも、なるべく壁となる崖側を歩いているのに、総帥さんは軽やかな足取りで進んでいる。

尻尾がゆーらゆらしているのはご機嫌な証か?

ウキウキしているのは、ネコ科動物の血が騒ぐのか?

でも、高いところは好きでも、崖は登れないからね!

無事に、誰一人ワイヤレスバンジーを体験することなく平地に着いた。

平地も魔法で手が加えられているようだが、小さな集落くらいの広さはありそうだ。


「ここは飛竜兵団たちの仮住まいとなっております」


飛竜兵団の軍人たちは、勤務中はここで寝泊まりしているんだって。

基本、日勤みたいな勤務はなく、三つの隊がそれぞれ二日間常駐して任務や訓練に当たるらしい。

もちろん、二日間ずっとというわけではなく、地上と同じように巡回、訓練、休憩をローテーションしている。

二日間の勤務が終わると、次の日は本部での雑務処理、そして二日間のお休みになるらしい。

お勤めご苦労様です!

あ、ご苦労様って立場が上の者が使う言葉だっけ。

あれ?貴族の私は使ってもOK?

うーん、他国の貴族だし、使わない方が無難か。

どんな質問をしても、打てば響くように答えてくれる総帥さんに、もう一つ聞いておこう。


「そういえば、竜舎は本部から近いって聞いていたのですが?」


「えぇ、意外と近いんですよ」


ここからは見えないと言って、崖の隙間を拭うように作られた道を行く。道を抜け、視界が開けたら、そこにワイバーンたちがいた。

雄々しいワイバーンの姿に気を取られていると、総帥さんがあちらが見えますかと指を差す。

その先には大きな建物があった。

あれがさっきまでいた本部か。

こうして見ると、本当に大きいな。

ある程度距離があるのに、はっきりと存在を示している。


「ワイバーンがここから飛び立てば、一幾(いちいく)かからないくらいです。ほぼ滑空で着いてしまいますよ」


二、三分で着く距離とは思えないが、それだけワイバーンの飛行能力が優れているのだろう。


「ここの責任者と長のワイバーンを紹介しましょう」


ワイバーンたちが放し飼いにされている場所に近づく前に、やらないといけないことがある。


「申しわけありませんが、この子たちが遊べるような場所がありますか?ワイバーンに近づくことができないので」


護衛としてついてきていた星伍(せいご)陸星(りくせい)

残念ながら、聖獣は平気だけどワイバーンは怖いと言う。

聖獣を怖がらないのは、私が名前をつけたことと、特化した属性を持っていないからなのかな?


「そうですね。生き物の頂点にいる竜種です。怯えるのも無理はない」


総帥さんは動物好きな軍人さんを二匹の世話役としてつけてくれた。

ここでスピカもお留守番だ。


「スピカも待っててね。あの子たちがたいくつするようだったらいっしょに遊んであげて」


なんだかんだと好奇心旺盛な二匹だ。

いい子にしてくれるのは助かるが、退屈させるのも可哀想なので、スピカに遊び相手をお願いする。


「畏まりました」


「星伍と陸星はスピカとこのおにいさんの言うことをちゃんと聞くのよ?」


二匹は揃ってワンッとお返事をしてくれた。

ふと、宮殿にお留守番している子たちは大丈夫だろうかと心配になった。

いくら名前をつけたとはいえ、稲穂は強いと有名な魔物だ。

獣人たちが殺気立つ恐れがあるということで連れていけなかった。

そうしたら、白とグラーティアが自分たちから稲穂と一緒にいると言うので、お願いしてきたんだけど……。

面倒をみているのが(かい)ということもあり、なおさら不安になってきた。

それにしても、稲穂が来てからというもの、白とグラーティアは稲穂に対して面倒見がいい。

雫曰く、親スライムまで進化できる個体は、親スライムにならないとすべてにおいて成熟しないらしい。

なので、白もまだ幼体なのだが、稲穂に対してお兄さんぶる二匹の姿は微笑ましい。

いや、一生懸命なところが可愛い!

見守りカメラを設置して、私がいないときの様子を見てみたい!

絶対に可愛いことやっているから!


お留守番組に見送られながら、ワイバーンが放し飼いになっている区域に入った。


「ここには若いワイバーンも多く、繁殖も行なっています」


赤ちゃんは見当たらないが、体が小振りなワイバーンならいた。

成体になる直前なのかもしれないね。


「彼が飛竜兵団の団長を務めるガイエンです」


「ガイエン・コーサスと申します。先日はワイバーンたちの言葉を伝えてくださり、感謝いたします」


ソルが来たときのことか。

陛下のお迎えに来たワイバーンたちは、任務が終わっても巣に戻ろうとはしなかったんだよね。

団長さんが困っていたから、ワイバーンたちはソルに挨拶してからじゃないと戻らないって通訳してあげたの。

ソルって、竜種に大人気なんだよね。ガシェ王国の竜騎部隊の子たちも、ソルには丁寧な態度になる。頑張って敬語を使おうとして、変な言葉になっていたけど。


団長さんからの感謝を受け取り、まずはここの群れの長を紹介してもらうことにした。

他のワイバーンと違い、巌のように大きく、尻尾の棘も立派だった。


-竜の娘殿、歓迎いたす。


「長のダノンです」


竜種のみんなは、私を竜の娘だと言う。

ソルに意味を確認したところ、原竜の契約者のことを示すらしい。

つまり、ソル以外の原竜、ワジテ大陸にいるという水竜が契約すれば、その相手も竜の娘だ。

じゃあ、男だったらどうするんだと聞けば、竜の(せがれ)という言葉が返ってきた。

あ、息子じゃないんだって思ったよね。


「ダノン、よろしくね。私はネマよ」


ダノンの顔は鱗ではなくて、硬い肌が石のようにゴツゴツしている。

リンドブルムに似ている部分でもあるけど、爬虫類というより恐竜だ。

なでなでし終わると、ダノンは首を伸ばして大きく咆哮した。

リンドブルムやリンドドレイクよりも低い鳴き声は、その振動が感じられるほど迫力があった。

さすが恐竜!迫力はギゼルより上だな。

ダノンが咆哮したのに合わせて、他のワイバーンたちも一斉に咆哮した。

空気が震えている。怖いというよりも、感動の方が勝る。

ほんと、無条件で歓迎してくれるって嬉しいね。

突然の咆哮だったので、お世話をしていた軍人さんたちが驚いていたけど、すぐに穏やかな雰囲気になった。


「普段、飛竜兵団はどんなことをしているの?」


ダオが興味津々といった様子で団長さんに質問する。


「巡回や訓練以外の時間は、ワイバーンの世話ばっかりです。彼らの寝床は触らせてもらえないので、藁や丸太、石など、材料となるものを用意したり、餌の用意も我々がします。ワイバーンは気に入った者にしか世話を許さないので」


ふむ。竜騎部隊とあまり変わらないね。

ただ、リンドブルムたちと違って、気に入った人がいれば、他の人を乗せることも可能だ。


「餌は何を食べるの?」


格好いい生き物には、ワクワクしちゃうよねぇ。

ダオの気持ち、よくわかるよ!


「今日のダオはダオじゃないみたい」


団長さんに、キラキラとした眼差しを向け質問をしているダオを見て、マーリエが呟いた。

今日のダオは生き生きしているもんね。


「でも、今日みたいなダオも好きだよね?」


マーリエの耳元でそう囁けば、真っ赤になりながら私を睨んできた。

ふっふっふっ。そんな顔で睨まれても怖くないからね。

初恋ってやつかな?可愛いよねー。


「むかつくわ!ネマのその顔!」


恥ずかしさを誤魔化すためか、私の頬をつねる。

そこまで痛いわけではないので、手加減はしてくれているようだ。


「まぁまぁ。マーリエのこと、おうえんするから」


「あまり期待できないわね」


ライナス帝国の貴族じゃないからね。後ろ盾にはなってあげられないけど、陛下たちにそれとなぁく言うことくらいならできるし!


-竜の娘御なら大丈夫だろうが、卵を抱えて気が立っているものもおる。他の者たちは十分気をつけられよ。


「たまご!?赤ちゃんが生まれるの?」


ダノンの言葉に私のテンションは一気に上昇した。

ワイバーンの赤ちゃんだよ!絶対可愛いに決まっている!!


「卵のことをダノンが言ったんですね。いくつかの番が卵を温めておりますので、もう少ししたら生まれるでしょう」


「赤ちゃんはワイバーンたちが育てるのですか?それともみなさんが?」


「彼らは子供をとても大切にするので、子育てを手伝うことはありません」


そうなのか。

リンドブルムたちは卵を人間に預けることをなんとも思っていなかった。

どちらかと言えば、遊ぶことに全力なので、人間に預ける方がいいとか思っていそうだな。


「じゃあ、赤ちゃんを遠くからながめるしかないのですね」


「えぇ。親のワイバーンが警戒しない距離を保って観察するくらいしかできません。親離れする頃に気に入る者を選び始めます」


目の前に、可愛い可愛い赤ちゃんワイバーンがいるのに、指を咥えて見ているしかできないとか、ある意味拷問。

ポテポテした動きを()でまくることができないなんて……。私だったら泣くわ。


「かわいい子を目の前にして何もできないなんて……」


「えぇ。飛竜兵団の者たちは、皆ワイバーンのことを愛しておりますので、その時期には涙に崩れる者が多く……」


やはり、竜種が好きな人は似通うのかもしれない。

リンドブルムたちが素っ気ない態度を取ると、泣きそうな顔をする竜騎士もいるし。

彼らの喜怒哀楽は竜種に直結しているようだ。


「気持ちはよくわかります」


うんうんと深く頷くと、団長さんから羨ましそうな顔をされた。


「ネフェルティマ様なら、卵や赤ん坊を抱えるワイバーンでも受け入れると思いますよ」


-竜の娘御に牙や爪を向ける竜はおらん。


「いいなぁ」


「ネマはどんな生き物でもはべらかせるものね」


……みんな一斉に言うのはやめて。

ダノンの声で、ダオとマーリエがなんて言ったのか聞き取れなかったよ。

そのときだった。

ワイバーンたちの鳴き声が響き渡ったのは。

先ほどのダノンの咆哮とは違い、殺気や怒りに満ちた声だ。

ダノンはすぐに翼をはためかせ、問題が起こった場所に飛んでいってしまう。


「申し訳ありませんが、安全が確認されるまで、こちらでお待ちいただいても?」


「お力になれることは?」


団長さんは静かに首を振ると、失礼と言い残して走り去っていった。


「何が起こったのかしら?」


マーリエも突然のことに少し不安なようだ。

ワイバーンたちの声に耳を澄ませるも、怒っていることくらいしかわからない。

ただ、気になるのが、卵という言葉が混じっていたこと。


「たまごに何かあったのかも……」


竜種の卵は高額で取引されると聞いたことがある。

野生のワイバーンやリンドブルムなどから卵を奪うなど、まさに命がけなのだが、一生遊んで暮らせるお金が手に入るとあって、挑む者も少なくない。

野生よりは、飼育されている竜舎の卵を狙う方が簡単かもしれないが、それは立派な犯罪だ。


「誰かが卵に近づいたってこと?」


「もしかして泥棒?」


ダオとマーリエがそれぞれ疑問を口にするが、ここは軍の施設である。

そう簡単に侵入できるとは思えない。

ひょっとしたら、内部犯、もしくは手引きした者がいる可能性も出てくる。


「ネフェルティマ嬢。ライナス帝国軍総帥としてお願い申し上げる。貴女様の身は私がお守りするゆえ、ワイバーンたちを落ち着かせてもらえないだろうか?」


「ちょっと!まだ、何が起こったのかもわかっていないのよ!そんな危ないところにネマを連れていく気なの!?」


私が口を開く前に、マーリエが総帥さんにまくし立てる。

私のために怒ってくれるのはとても嬉しい。

だけど、総帥さんの気持ちもわかるんだよね。

何が起こったのかは判明していないが、あれほどワイバーンたちが怒っている。日頃お世話をしている軍人たちが、彼らを宥めようとするが、最悪の場合、死者が出るかもしれないのだ。


「マーリエ、大丈夫だから落ちついて」


「私は落ち着いているわよ!」


「さっき、ダノンも言っていたけど、ワイバーンたちが私を傷つけることはないから」


どうしてそう言い切れるんだと、涙を溜めた目で睨まれた。

これって、私が泣かせたことになるんだろうか?


「だって私、炎竜のけいやく者だよ?この竜玉(オーブ)があれば、言葉もわかるし、原竜にたてつく竜種はいないって聞いているもの」


いまだ仮契約中とはいえ、ギゼルもダノンも、カルスだって、私を竜の娘と言ったのだ。

そんな彼らが、私に牙を向けることはないと言い切れる!


「そうすいさんは、ワイバーンたちが軍人さんたちをおそうかもしれない、誰かが死んでしまうかもしれない。それをきぐして、私にお願いしたんだよ」


ダオもマーリエも、もうわかっているはず。

総帥さんが、部下を死なせたくない一心で、こんな子供に頭を下げたのだと。

皇族に(つら)なる者として、軍人を見殺しにしてはいけないということを。


「……僕からもお願いするよ。ネマ、彼らを助けてほしい」


私は今、猛烈に感動している!

ダオが、皇子として私に発言したのだ!

ダオの性格もあってか、基本、私やマーリエに対して、そういった発言はしない。身分差はあれど、友達として接してくれているからだ。

そんなダオが!皇子として、軍人たちを助けて欲しいって言ったんだよ!!


「もちろん!任せておいて!」


日々、心身ともに成長しているダオのためにも、私が一肌脱ごうじゃないか。


「殿下方はここでお待ちを」


「パウル、あなたもここにいて」


私の指示にパウルは難色を示した。

しかし、今は説明している暇はない。


「森鬼、行くよ」


森鬼だけを連れて、総帥さんのあとを追う。

パウルを置いていったのは、ワイバーンが警戒するだろうと思ったからだ。

その点、森鬼はなぜか竜種に警戒されない。

ダノンはわからないが、ギゼルとカルスは森鬼を背に乗せていたので、愛し子の騎士とやらが関係しているのかも。

森鬼に抱っこされ、凄い速さで走る総帥さんのあとを、凄い速さで森鬼も走っている。

総帥さん、やっぱりネコ科なんだぁと思った。方向転換するときの尻尾の動きが、猫というよりはチーターに近いものがある。


問題の現場に着くと、ちょうど軍人さんが一人吹っ飛ばされていた。

翼で薙ぎ払われたようだが、尻尾じゃなくてよかった。

尻尾の先のトゲトゲには毒があるからね。


「ダノン!」


-竜の娘御、来られたのなら仕方ない。我の側から離れるな。


「わかった。それより、何があったの?」


私はダノンの足元に行き、総帥さんは軽く頷いたあと、団長さんの方へ行ってしまった。


-卵が盗まれそうになったのだ。ここにいる人にな。


懸念していたことが当たってしまった。

それは誰かと問えば、ダノンが卵の親であるワイバーンに聞いてくれた。


-そこの奴がっ!弱き者ゆえに、こちらが大人しくしておれば図に乗りおって!!


殺気とともに放たれる咆哮は、自分に向けられたものでなくても恐ろしく感じる。

ワイバーンの視線の先には、若い軍人がいた。

ワイバーンたちの殺気を間近に浴びて、腰を抜かしているらしい。


「団長さん!そこの人をつかまえて!」


非常時なので、指で差したことは許して欲しい。

若い軍人は驚いた表情を見せたものの、すぐに団長さんに慈悲を請うた。


「団長、俺、何もしていないです!本当です!信じてください!!」


一方の団長さんは困惑していた。

私が捕まえろと言ったからには、ワイバーンが何か言ったのだとわかっているだろう。

しかし、それは自分の部下だった。

部下を疑いたくない気持ちと、ワイバーンを怒らせ、他の部下に怪我を負わせた犯人を許せないという気持ちがせめぎ合っているのかもしれない。


「何をしている。そ奴を拘束しろ!」


団長さんが決めかねている間に、総帥さんが命じる。

そのとき、若い軍人は総帥さんを睨みつけた。

その眼光は、自分が所属する組織の頂点に立つ者に向けるものではない。

恨み、憎しみ、そういった者が向ける目だった。

総帥さんの命令で、我に返った軍人たちが若い軍人を拘束する。


「……獣人ふぜいがっ!!」


若い軍人が放ったその言葉に、誰しもが動きを止めた。

ライナス帝国の軍人が、口に出していいものではないからだ。

これには他の軍人たちも殺気立った。

中には、仲のいい友人が獣人という人もいるだろう。尊敬する上司が、総帥さんのような獣人という人もいるかもしれない。

そんな獣人たちをも侮辱する言葉だった。


-人とは哀れだな。しかし、我が子に対する狼藉は断じて許さんぞ!


ワイバーンが哀れだと言ったのは、種族の多様性を認められない人へなのか、それとも、自分より劣る存在を見つけ(しいた)げずにはいられない人の愚かさへなのか。

しかし、その哀れみも、生き物の頂点に立つ竜種の価値観にすぎないのかもしれない。


「落ちついて。おとうさんがそんなんじゃ、たまごちゃんもビックリしちゃうよ」


愛しい我が子に手を出されたのだから、許せないのはわかるよ。


「この人の処分はこちらに任せてくれない?あなたたちはたまごちゃんにせんねんするべきよ」


母体のストレスがお腹の赤ちゃんによくないのと同じように、両親が怒りまくっていたら卵にもよくない。

外の世界が怖いと感じるかもしれないじゃないか!


-しかしっ!


「たまごちゃんの方が大事!ほら、さっさとつがいをなぐさめに行くの!彼女だって怖い思いしたんだから!!」


母親にとって、我が子が奪われるかもしれないという状況はさぞ恐ろしかっただろう。

怒りが先行したとしても、我が子が無事であっても、怖い思いをしたのだから、早く安心させてあげたい。

番のもとへ行けと追い立てれば、ワイバーンは渋々と従ってくれた。

卵をそれは愛おしそうに抱えている雌は、雄のワイバーンに甘えるように喉を鳴らしながら体を擦りつけている。

ラブラブな二頭の様子に満足すると、私は捕まった若い軍人に差し向かう。


「あのワイバーンは、あなたのことをあわれだと言っていたわ。私はそうは思わないけど、あなたのその目はかざりものなのね」


「ガキに何がっ……」


押さえつけていた軍人さんが、彼の反発を強い力で押さえ込んだ。


「他国の者である私ですら、軍にいるじゅう人さんたちが日々努力をして、誰にはじることもない存在だとりかいしているのに。私よりも近くにいたあなたがりかいできないのなら、その目も耳もかざりものなのでしょう?」


陛下も言っていたではないか。

人は自分に都合の悪いことは、見なかったことにするし、聞かなかったことにするって。

そして、自分に都合のいいことだけを盲目的に信じるって、凄く楽なんだと思う。


「じゅう人に誰か大切な人を殺されたのですか?なぜじゅう人をにくんでいるのです?」


親兄弟を殺されたというのなら、憎んで当然だし、他の獣人が悪いわけではないと理解していても、憎しみが抑えられないということもあるだろう。


「獣人が……獣人がいるから俺はっ!……俺は……」


彼も自分の気持ちがわからないのかもしれない。

言葉にできない気持ちに振り回されて、混乱しているようだ。


「あのね、大事なのは、あなたがどうありたいのかなんだよ。強くなりたいのなら、たんれんをすればいい。かしこくなりたいのなら、勉強すればいい。あるぼうけん者は、強い自分が好きだからぼうけん者になったと言っていたわ。その人はむらさきのぼうけん者だけど、かんたんにむらさきになったわけではないと、あなたも思うでしょう?」


おちゃらけていることが多いフィリップ小父さんだが、冒険者としていろいろな苦労をしてきたことは(うかが)える。

というか、苦労せずに生きられる人など、ほんの一握りだろう。

感情のままに生きるのは、子供のわずかな時間にしか許されないのだし。


「俺はっ、強いんだ!あいつらさえいなければ俺はっ!!」


ふむ。獣人に劣等感を覚えているのか?

戦闘において、獣人より抜きん出ることは非常に難しいだろう。

しかし、ライナス帝国軍には、その難しいことをやってのける人たちがいることも知っている。

その人たちが行った努力は、私の想像する範囲を越えているんだろうと思ったけど。


「自分ができないことを周りのせいにしていない?できないことはできないって言っていいんだよ?だって、努力してもできないことはあるんだから。一つのことにこしつしないで、他のことにちょうせんすることも必要だと思う」


一つのことを極められるのは、本当に極一部だけ。

言葉は悪いが、ある意味変人の領域に足を突っ込んでいる人たちだ。

王立魔法研究所の面々を見てみろ!

魔法が好きすぎて、イっちゃっているんだぞ!


「……他のこと……」


「そうよ。あなたしかきわめられないものがあるかもしれないじゃない。そう考えると、ワクワクしてこない?」


ちなみに私はワクワクするタイプだ。

新しいこと、知らないことを目の当たりにすると、好奇心が疼いてしょうがない。

そして、私はもふもふを極めるのだ!

この世界のもふもふをすべて網羅するのが夢なんだ!!


「俺……なんてことを……。総帥が獣人を贔屓しているって言われて、許せないって。そしたら、総帥を引きずり下ろそうって……」


……私の話、聞いてた?

私が一人でしゃべっている間に、冷静になって現状を把握して、我に返ったってこと?


「あとで詳しく聞こう。連れていけ」


ちょっと待って!

私、めっちゃ恥ずかしいじゃん!

会話として成立してなかったってことでしょ!?

偉そうに言っておいてこのオチ!!

あな……穴を掘らせてくれ!私は埋まるから!!


「ネフェルティマ嬢、ご助力感謝いたします」


総帥さんと団長さんが揃って頭を下げる。


「いえ……何かかんちがいしていたみたいで、おはずかしいです」


もうやだー。埋まりたい……。


「とんでもない!ネフェルティマ嬢が我々獣人のことを思ってくださっていることがわかり、とても嬉しかったです」


総帥さんの満面の笑みだけが救いだった。


「ダオとマーリエにはないしょですよ!へいかにも言わないでくださいね!」


とりあえず、私の恥ずかしい場面は口外しないよう釘を刺しておく。

約束通り、ダオとマーリエには言わなかったみたいだが、陛下には筒抜けだった。

次の日にめっちゃ揶揄(からか)われたよ!

ユーシェ、陛下の恥ずかしい秘密、何か知らない?



爬虫類祭りにするつもりだったのに!!

ワイバーンの出番が少なくなってしまった(´;Д;`)


でも、赤ちゃん、生まれるから!!

そのときリベンジ!!

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