ヘリオス領とメーデル。
2018/10/22 改稿
稲穂とウィーディの騒動で予定より遅れたけど、なんとか陽のあるうちに目的地へ到着した。
目的地とは、ヘリオス領の領主の屋敷。
城下町みたく、領主の屋敷を中心に街が栄えていて、大きな道の沿道には民が集まり歓迎ムードだった。
だから、お忍びの意味は!!
「お越しくださり感謝いたします」
お出迎えしてくれたのは、男装の麗人であるヘリオス伯爵。
彼女を筆頭に、屋敷の使用人たちがずらりと並んでいた。
「しばらく世話になる」
伯爵とはいえ、領主の屋敷なだけあって、かなり荘厳で独特な趣がある。
ヘリオス伯爵に案内されたのは、これまた立派な大広間だった。
テオさん曰く、明日からの予定の確認を行ってからの食事だそうな。
みんなというか、身分の高い者たちが席につき、それぞれの側付きたちは壁際に控える。
末席に座っているのは、警衛隊の隊長さんたち。予定の確認なのだから、護衛の責任者が同席するのは当たり前か。
他の警衛隊や軍人さんたちはそれぞれ警護や巡回、休憩と、各々の配置についているらしい。
「明日は、オーグルの被害があった一帯の視察となっております」
そういえば、被害を受けたとは聞いていたけれど、具体的にどんな被害が出たのかまでは聞いていなかったな。
「山間の山岳部なため、移動は馬となります。陛下においては、ユーシェ様に乗っていただくのが一番安全です」
馬か。
森鬼、馬に乗れないんだけど、どうしよう?
馬車ならまだ平気なんだけど、森鬼が近づくと馬の方が怯えるんだよね。
徒歩組いないの?
「歩きの人はいないのですか?」
「さすがに、警衛隊全員分の馬は用意できませんので、騎乗と徒士とに分かれてもらいますが」
そうだよね。さすがにこの人数全員が馬ってことはないよね。
よかった!
「カーナディア様とネフェルティマ様は、誰かと同乗していただくことになりますが、お付きの方と乗られますか?もし、技術に不安があるのでしたら、こちらで女性の軍人を手配いたしますが?」
森鬼は論外として、パウルはなんでもできるだろう。
スピカとシェルはどうだろうか?
お姉ちゃんがパウルに確認を取る。
「シェルもスピカも、単独での早駆けはできますが、お嬢様方を乗せ、なおかつ護衛もとなると力量不足かと」
そうか、スピカは馬に乗れるのか。いいなぁ。
ちなみに私はまだ一人では乗れない。
獣舎のワズとヒューにしか、乗ったことないからだ。あの子たちなら、振り落としたり、急に走ったりしないので安全だし。
「そう。では、手配をお願いできますかしら」
「畏まりました」
そして、視察二日目はロスラン計画の候補地を見にいくらしい。
こちらは奥深い森なんだとか。
シアナ計画と同様にするのであれば、周りに主要施設を建てられるだけの土地が欲しいけど、それも見てみないとわからないな。
三日目は、ある情報が届くまで未定なんだって。
ある情報って何って聞くと、陛下に秘密だって言われた。
うーん、国の重要機密ってことかな?
まぁ、前日にはわかるらしいから、大人しく従っておこう。
さて、お待ちかねのご飯タイム!!
ヘリオス領の郷土料理がずらりと用意された。
煮込み料理や焼いたものが多いので、彩りは茶色が多く地味だけど、めっちゃいい匂いがする。
カートで運ばれてきた、何かの丸焼きには驚いたけど。
警衛隊は毒見役も兼ねているようで、陛下たち皇族は大丈夫ですと言われたものから口にしていた。
私たちの方はというと、お姉ちゃんの毒見役をパウルがやっている。
私には黒が寄生しているので、毒見は必要ない。
以前、ヴィには公爵令嬢に毒見なんかさせられるかと言われたことがあるが、ママンによる調査の結果、黒に解毒してもらう方が確実だとなったらしい。
なので、私は好きなものを好きなだけ食べられるのだ!
黒に感謝だね!
寝る時間になり、稲穂を抱き枕代わりにしようとしたけど、パウルからダメだと言われてしまい、一騒動があったの。
理由は洗ってないから!
私はすでにお風呂を終えていたので、寝る準備をしている間に、パウルが稲穂を洗ってくれた。
稲穂は水が嫌いなのか、すっごい声で鳴き叫んでいた。
でも、稲穂の毛並みは前よりももっとふさっふさになったよ!
ようやく、パウルからお許しが出たところで、稲穂の尻尾をもふもふしながら寝た。
ハンレイ先生のぬいぐるみと稲穂の尻尾。堪らん寝心地だった!!
お姉ちゃんと一緒に、稲穂の尻尾とハンレイ先生のぬいぐるみのもふもふを堪能しながら寝入った。気づけば朝はあっという間に来た。
まだ眠いとぐずってはみたものの、強制的にパウルに支度させられて、お姉ちゃんと一緒に朝ご飯。
ようやく目が覚めてきた頃には、出発の準備が整っていた。
屋敷の正面にずらりと並ぶ馬。
これだけ数が揃うと壮観だなぁ。
その中で一際異彩を放っているのがユーシェだった。
まぁ、気持ちよさそうに空を飛んでいるからね。
こう、視界の隅にチラチラするもんだから、気になってしょうがない。
「カーナディア様、ネフェルティマ様、ゆっくりお休みいただけたかな?」
「えぇ。素敵なお部屋をありがとうございます」
お姉ちゃんが素敵な部屋と言ったのは、別に社交辞令ではない。
上品な調度品と木の暖かみのある色合い。豪華ではないのに、一目で上質とわかる空間を、お姉ちゃんがいたく気に入ったのだ。
部屋の空間作りは主のセンスが問われることもあるが、ヘリオス伯爵に対する評価は好評だ。
「それは、よかった。少し地味かと心配していましたが、カーナディア様が華やかですので、引き立てるのにちょうどいいようですね」
ばちこーんとウインクが飛んできて、お姉ちゃんが頬を赤らめる。
お姉ちゃん、その人、女性だからね?
「それと、お二人を護衛する者を紹介します」
ヘリオス伯爵が連れてきたのは、女性の軍人さん。
今回、同行してくれている軍人ではなく、ヘリオス領に駐屯している軍人なんだとか。
魔物被害が多発していたので、今、ヘリオス領は強い人を中心に集めていて、彼女たちも男性や獣人に混じって功績を残すほどの強者なんだと紹介された。
獣人と並ぶって、それは凄い!
なんでも、魔法の使い方が上手いとのことで、それを聞いてお姉ちゃんが喜んでいた。
きっと、質問攻めにするつもりだ!
魔法や魔道具のこととなると、お姉ちゃんは凄く食いつくからなぁ。
ひょいっと馬に乗せられて、乗せてくれた軍人さんは颯爽と馬にまたがった。
……そういうふうに乗れるようになりたい。
そう思っていたら、陛下を乗せたユーシェが近づいてきた。
どうしたんだろうと、ユーシェに声をかけようとした瞬間、ドレスの襟を咥えられ上にブンッて飛ばされる。
視界が激しく揺れ動いて、気づけば陛下に抱きかかえられているではないか!
……何が起こった!?
「フンッ!」
鼻息を勢いよく吐くと、ユーシェは上機嫌な様子で歩き出す。
「ユーシェ、ネフェルティマ嬢が他の馬に乗るのが気に入らないからって、危ないだろう。女性は丁寧に扱いなさい」
陛下に抱きかかえられたまま、ポカーンとしていたら、陛下がユーシェに注意していた。
「ユーシェがすまないな、ネフェルティマ嬢。お姫様の騎士は私でもいいかな?」
えーっと、どういうこと?
何?陛下が私の護衛をするってこと?
それって、警衛隊のみなさんの邪魔にならない?
「けいえい隊のめいわくになりませんか?」
「何、ネフェルティマ嬢のことはユーシェが必ず守る」
陛下がそう言えば、ユーシェが当然と言っているように嘶いた。
陛下の側にいた警衛隊の隊長さんも、その方が安全ですねと同意していたし。
でもな、私が落ち着かないんだよ!
陛下が近いから!
私が何かしでかさないか、自分で自分が不安なんだけど!
「では、出発しようか」
陛下がそう指示を出すと、各警衛隊から大きな号令が上がった。
先頭が動き出し、警衛隊に囲まれたルイさんが先に行く。
そして、陛下、お姉ちゃんたち、テオさんと続いた。
徒歩の人たちに速さを合わせているので、ユーシェものんびりと歩いている。
ユーシェの何が凄いって、歩いている衝撃が伝わってこないんだよ!
ワズやヒューに乗っているときは、歩くだけでも上下に弾む衝撃が来たんだけど。
あれか、水にすべて吸収されているのか?
ちなみに、ユーシェには特殊な鞍をつけていて、凄く薄いの。布よりは厚いけど、たぶん革じゃないと思う。
それなのに、お尻のフィット感もいい!
雫の沈むような柔らかさではなく、バランスボールに乗ったときのような…って、バランスボール乗ったことなかったわ。
まぁ、感触としては、お尻がふよふよしている感じ!
長く乗ってても、お尻が痛くなることはないと思う。
町を抜けて、山道を行って、川を渡って、気づいたら崖だった。
断崖絶壁ではないし、道もちゃんとあるんだけど、その道が崖から生えたような感じなの。
魔法で作ったのかな?
道を踏み外したら、下までノンストップで転がりそうで怖い。
崖の下が視界に入らないように、上半身をユーシェにぴったりとくっつけておく。
ギゼルに乗って空を飛ぶのは怖くないのに、崖は怖いのは何でだろうね。
「ネフェルティマ嬢、怖いのかい?」
「落ちたら下まで転がっちゃうでしょう?」
そう答えたら、陛下は私が転がるところを想像したのか、肩を揺らして笑っている。
「ならば、こうしよう」
すると陛下はウィーディを服の中から出してきた。
君、そんなところにいたの!?
「ウィーディ、ネフェルティマ嬢が落ちないように、支えてくれるか?」
「チィ!」
お安い御用だというふうに短く鳴くと、ウィーディは二本の触手をするすると伸ばして、私の腰に巻きつかせた。
そして、もう一本の触手は陛下に巻きついたので、ウィーディ自体が命綱のようになった。
くっ、ここでも命綱なのか!
崖を抜けるまでの辛抱とはいえ、命綱の率が高くないか?
そういえば、稲穂はちゃんとついて来ているだろうか?
まだ幼体とはいえ、一応強い魔物らしく、側にいると馬が怯えるため、森鬼と一緒に行動してもらっている。
同じ魔物でも、白やグラーティアは馬に怯えられることはないのにね。小さいからかな?
ノックスは自由行動させているので、空からついて来ているだろう。
昨日から長距離移動の連続だが、疲れた様子はなかったので、空を満喫しているんじゃないかな?
元々、レインホークは凄く目がいいので、上空の高いところにいても、私のことはわかるらしい。
ノックスには目視できる距離から離れないよう指示を出したので、私には見えなくても森鬼が見失うことはないだろう。
私が寝ている間も訓練を欠かさなかった成果だ。
やっと崖を抜けると、そこには草原が広がっていた。
山岳部なため、勾配もあるし、所々岩肌が露になっている。
アルプスの名作のように草ソリしたら、さぞ楽しいだろう。
さっきの崖を転がるより、絶対楽しい!
草原を行くと、ちらほら黄色い物体がいくつもあった。
よーく見てみると、動いているので生き物のようだ。
「あれが、ヘリオス領の名産品であるメーデルだよ」
陛下が教えてくれたのだが、メーデルってどこかで聞いたことあるぞ。
思い出した!お肉だ!
「メーデルのお肉なら食べたことあります!」
レイティモ山に行く前に立ち寄った街で、夕飯のメインディッシュがメーデルのお肉だった。
食べるのが大変だったけど、あれは美味かったなぁ。
「ヘリオス領のメーデルは、一味も二味も違うんだよ」
地形や気候のせいか、ここ一帯に生息するメーデルのお肉は、他の産地のものより上質で高級品だとか。
メーデルの乳から作られる加工品もとても美味しいらしい。
また、メーデルの毛から作られる衣服は、保温性、撥水性に富んでおり、冒険者に人気がある。
今から行く村で育てられているメーデルは、生きた黄金と呼ばれるくらい、価値の高いものなんだって。
確かに毛並みが黄色いから、黄金って言われるのもわかる。
触ってみたいけど、今は我慢。
暇な時間ができたら、お願いしようっと。
村に入ると、大勢の村人に歓迎された。
まぁ、普通の人は陛下のお姿を間近で見られる機会とか、一生に一度あるかないかだもんね。
お婆ちゃんとか拝んでるよ。
村の規模としては、ジグ村よりも大きい気がする。
土地が広い上に、そこまで建物が密集していないからそう見えるんだろうね。
早速、村長さんとヘリオス伯爵が、村の中を案内してくれる。
この村の特産でもあるメーデルは、村共通の財産なんだって。
なので、村人が分担していろいろな仕事をこなしていると説明された。
メーデルのお世話は子供たちが中心にやっていて、毛を刈って糸にする人、織物や衣服を作る人、乳を搾って加工する人。
その中でも、一番難しいのが食用に加工する仕事なんだって。
皮も加工して使うため、体を無闇に傷つけずに、苦しませず、そして鮮度も落とさないようにするには高度な技術が必要だから。
だから、後継者選びの条件が難しくなり、村での仕事をすべて経験した人の中から選び、育てるんだとか。
そんなお話を聞かせてもらいながら、いろいろな作業場を見せてもらう。
どの作業場も綺麗に保たれていて、整理整頓もしっかりとされていた。
そして、すべての作業場に女神様の像が飾られていたことがとても印象的だった。
「めがみ様をたくさんおいているのはなぜですか?」
村長さんに質問すると、自分たちが生きるための糧になるのだから、できる限りの礼節をもって女神様のもとへ旅立てるようにと。
「それに、我々への戒めでもあります。創造の神様や女神様の怒りに触れるような扱いを絶対にしないと。目に入るところに女神様のお姿があれば、雑な扱いなどできませんからね」
なるほど、そういう理由からだったのか。
女神様が監視役というわけですね。
女神様、もふもふした生き物が好きだから、しっかりと見張ってくれるに違いない。
「ネマちゃん、無理はしていない?」
ルイさんがこちらを気遣うように尋ねてきたと思ったら、何やら心配そうな顔をしていた。
どうも、加工の工程が、子供の私には衝撃が強いのではと心配してくれたようだ。
私はそれよりも、村人たちが本当にメーデルを大切に扱っている姿の方が印象的だった。
感謝をもって送るということは、とても素晴らしいことだって思う。
「大丈夫。この村のみなさんが、メーデルのことを大切にしているのが伝わってきたから。だからきっと、女神様もメーデルたちをいやしてくれるわ!」
「…本当にネマちゃんは不思議だねぇ」
ん?私が不思議ちゃんだとでも?
ルイさんの意図がわからず首を傾げる。
「ネマちゃんが興味を示すものは、貴族のご令嬢方には必要ないことばかりだよね。それに、どの工程も元から知っているようだったし」
そう言われて、ヤバいと焦ってしまった。だって、前世の関係で知っているんだもん!
意地で笑顔を張りつけて、なんとか誤魔化そうと試みる。
「自分が食べているものがどういった生き物で、どういうふうに食材になるのか、他の人は気にならないの?知らないものを口にするってこわくない?」
気になったから調べたんだよと、遠回しに言ってみる。直接調べたって言った方が逆に怪しく感じられそうだし。
本当は前世の記憶から、どういった過程を経て、食べ物が食卓に並ぶのかを知っている。
もちろん貴族だって、生産者がいて、運搬する人がいてっていう流通の仕組みなら知識として知っているだろう。
じゃあ、口にするお肉、メーデルがどんな動物で、どこの部位で、どう加工されているのか知っているのだろうか?
食べられると知っているからこそ、口にできるものってあると思うんだ。
焼肉のホルモンは内臓だし、ウニは生殖細胞といって、ようは精巣と卵巣と同じだ。
ちょっと…と尻込みしそうなものでも、ちゃんと食べられるように加工してあると食べるって人は多いと思う。
そう考えると、日本人って変なもの好きだよね。
見た目が多少変でも美味しく食べちゃうし。毒を持っているものも、大概は食べているよね。取り除けば食べられるとしても、毒だよ?
あ、でも、海外もブルーチーズやら生ハムやら、カビがついててもそのままのやつがあったね。
うーん、食文化って不思議だ。
「ネフェルティマ嬢は怖いのか?」
ルイさんとの会話に、陛下も入ってきた。
「同じメーデルのお肉でも、ヘリオス領のだってわかっていれば安心だけど、どこのメーデルかわからなかったら、本当にメーデルかもわからないんですよ?」
生産者から直接仕入れられれば、偽装の心配はないかもしれないけど。
いや、生産者自身がお肉を別のものにしたら同じか。
つまり、信用だけでやり取りが成り立っているってわけか。
「確かにそうだな。今まで自分たちが食べていたものが、本当にそれなのかなどと疑ったことはなかったな」
まぁ、皇族に偽物を献上しようなどという、不届き者はいないと思うけど。
「さすがにきゅうでんでは、料理人たちが仕入れ先をしっかり選んでいるから、そういうことはないと思います」
というか、専属の調達する人がいるんじゃないかな?
ちなみに我が家では、身内が狩ってくる。
屋敷勤めではない使用人、オスフェ家の配下、郎党衆みたいな人たちが、訓練中とかに動物を狩るんだって。
それを、我が家に持ってきて、料理長が捌く。
白が来てから、廃棄する部分を食べてくれるから助かるって言ってた。
そんな白は、我が家の料理人たちのことをご飯をくれるいい人って懐いている。
あの子、意外とちゃっかりしているよね。
「しかし、ヘリオス領のメーデルが被害にあった今、他のメーデルを偽って売りつけるというのも考えられますよ、陛下」
メーデルが被害?
ヘリオス領の魔物被害って、メーデルなの?
「メーデルがひがいにあったの?」
「そうなんだ。オーグルがメーデルの群れを襲ってね」
メーデルで収入源を得ている村にとっては、大打撃というわけか。
出荷量が減って、偽物まで出回ってしまえば、イメージも悪くなる。
まったく、生産者の苦労を顧みない悪い奴は、お腹を下して苦しむんだぞ!
「今は見舞金で乗り切っているが、偽物となると取り締まるのは難しいだろうな」
日本でも産地偽装ってニュースになったりするけど、細かく規定が決まっているもんね。
和牛は日本の品種、国産牛は日本で育った外来種を含む牛、輸入牛は海外で育ち加工されたものっていう具合に。
和牛と言えば、ほとんどがブランド牛だ。
松坂牛、一度でいいから食べてみたかった…。
ブランド?
こっちでブランドって聞いたことないな?
貴族御用達とかはあるけど、衣服やお菓子ばかりだし。
どこどこの果物が美味しいとかはあるけど、ブランド化まではしていないかも。
「じゃあ、国がほごしたらどうかな?」
「保護?メーデルをか?」
「うーんとね、ヘリオス領のメーデルっていうふかかちをかな?とくしゅ技術法みたいなものです」
我が国で施行した特殊技術法は、新しく魔法や魔道具を発明したものの権利を特許のように保護するものだ。
その発明を使って商売もできるし、権利の売買もできるらしいよ。
「だが、あれは魔法構造を中心としたものだろう?」
「魔法こうぞうがヘリオス領のメーデルなんです。国が保証しますよって」
なかなか、上手く伝えられないな。
どう言うべきか。
「お話し中失礼いたします。ネマが言いたいのは、ヘリオス領のメーデルがライナス帝国でもっとも上質なメーデルだと、特別な扱いをしてはどうか、であっているかしら?」
お姉ちゃんの助け舟に頷き、ありがとうとお礼を言う。
ほんと、私が言いたいこと、やりたいことを察してくれるお姉ちゃんは凄い。
「しかし、それでは不公平ではないか?」
「国が基準を設ければよろしいかと。例えば、飼育環境や製造過程などを、専門の者たちが不定期に確認すれば、偽装もできないでしょうし」
それ!それが言いたかったの!!
ほんと、お姉ちゃんの頭の中、どうなってんだろうね?
ひょっとして、私の心の中を読んでいたりして……。
「専門の者ですか……」
そっか。専門家と言ってもピンと来ないのか。
「動物のことにくわしい人とか、料理人とかおいしゃさまとか……」
魔物を研究している人がいるのだから、動物を研究している人もいるに違いない。
目利きのできる料理人ならば、肉質の良し悪しはわかるだろう。
動物を優先的に診る治癒術師もいると聞いた。
そういった特定のプロフェッショナルを集めてチームを組めば、審査もできると思うんだ。
「全部知っている必要はなくて、それぞれくわしい人を集められないかな?」
「なるほどな。他には装飾品に詳しい者と狩りの達人を入れれば完璧というわけか」
猟師であれば、解体の手順や腕の良し悪しもわかるし、デザイナーみたいな職業の人なら、衣類や革細工に詳しいかも。
「ルイ、お前はどう思った?」
「面白いと思いますよ。何より、他のものにも用いることができます。リリュ茶やぺシェといったものまで」
「領地の名産にライナス帝国唯一の称号を与えれば、その地域での生産も活気づき、競争すればよりよいものが生まれるか」
陛下とルイさんは、しばらく政治的な話をしていた。私には難しくてよくわからなかったが、何やらまとまったようだ。
ライナス帝国の名産品をブランド化しようぜ計画は、ルイさん主体で行うらしい。
ルイさんにいろいろ教えてくれって言われたけど、私は詳しいことはわからないよ。
とりあえず、知っていることは全部教えるから!
「では、話はここまでにして、メーデルのところに行こうか」
「さわってもいいの!?」
ようやく、メーデルがいる場所に行くと言うので、一気にテンションが上がった。
ルイさんが触ってもいいのかと、視線だけで村長さんに問うた。
「基本は穏やかな性格をしていますが、雄は攻撃してくることもありますので、驚かしたりしないようお願いいたします」
動物に近づくときの、基本中の基本だね!
残念ながら、森鬼と稲穂、星伍と陸星は離れてもらうことにした。
メーデルが魔物に反応するかもしれないからだ。
ウィーディも離れるよう、陛下に言われている。
かろうじて姿が見える場所で、ちょっと待っててと言うと、稲穂が淋しそうにきゅぅっと鳴いた。
それを聞いて、私の肩にいた白とグラーティアが稲穂の方に飛び移る。
どうやら稲穂が淋しくないよう、白たちが相手してくれるようだ。
星伍と陸星も稲穂にじゃれつき始めた。
白が一際大きく鳴いたと思ったら、空からノックスが降りてくる。
うん。全員集合しちゃったね。
この大きさも生態もまったく違う子たちで、どうやって遊ぶのかが気になる。
普段の様子からして、突拍子もないことをしそうで心配だな。
「パウル、スピカを借りてもいいかな?」
「ハクたちの世話ですか?」
どうなるかわからない稲穂という要素があるので、お目付け役にスピカをつけようと思ったのは、パウルにお見通しだった。
「そう。お家じゃないし、稲穂もいるから危ないことしないか心配で」
ウィーディもいるから、また喧嘩にでもなったら大変だし。
それこそ、メーデルたちが怯えて逃げ出してしまう。
「わかりました。スピカ、ネマお嬢様の言う通りに」
「スピカ、この子たちがやりすぎないよう見はっててね」
「はい!」
スピカは尻尾をふりふりしながら、笑顔で了承してくれた。
私は白たちに、しっかりと釘を刺しておく。
「大きな音を立てたり、遠くへ行ったらダメだからね。稲穂は魔法も使っちゃダメだよ」
きゅっと、いいお返事が返ってきた。
他の子たちもそれぞれ鳴き声でお返事したので、大丈夫だと思いたい。
「スピカもいっしょに遊んでてもいいから」
再会してから、スピカがこの子たちと遊んでいるところを見ていない。
スピカの性格なら、本当はこんな広い場所で駆け回りたいとうずうずしていると思う。
「いいんですか!?」
先ほどより激しく尻尾が振られる。
正直でよろしい。
「いいよ。いっぱい遊んでおいで」
となると、白とグラーティアが不利だな。
駆け回る犬系の魔物と一緒となれば、背中に張りつくくらいしか…。
何やら相談が終わったのか、スピカが白を持ち上げて、思いっきり投げた。
白、投げられるの好きだな。
その白を追いかけて、星伍、陸星、稲穂が駆け出す。
それに負けまいと、ノックスが上空を滑空し、その背中にグラーティアが乗っていた。
そうか。白がボール代わりなのか…。
なんか、玩具を用意すればよかったね。
みんなが遊びに夢中になり始めると、お姉ちゃんがクスクスと笑いながら言った。
「ネマが注意をするときの言い方、お父様そっくりよ」
なんですと!?
「おとう様ににてた?」
念のため、パウルに確認すると、多少はと返ってくる。
多少ってどっちだよ!
そう詰め寄ると、パウルは少し間を置いて口を開いた。
「ネマお嬢様に言い聞かせるときの口調に似ている気がします」
むぅぅ。やっぱり似ているのか。
似るなら、ママンの方がよかったのに…。
でも、女の子は父親に似ている方が美人になるって言うし、まだ諦めないぞ!
気を取り直して、もふもふに突撃じゃーー!!
◆◆◆
もふもふに埋もれて幸せー!
メーデルは、見た目はヒツジに似ているけど、もふもふの度合いが違った。
毛質はお姫さまみたいな高密度なんだけど、性質の違う毛が二種類ある。
長くてくるくるしている毛と、その毛の隙間に短くて弾力のある毛。
くるくるした毛が不規則な凹凸を作っているので、表面はぽこぽことしたセーターの編み模様を触っている感じ。
村長さんが教えてくれたんだけど、この毛が外敵から身を守る盾のような役割を果たすらしい。
確かに、他の肉食動物が噛みついたり、引っ掻いたりしても、深く刺さることはないだろう。
それに、雄には鋭い角がある。
額から伸びるとんがった一本角。
まるでユニコーンみたいだ。
これで突進してきたら、ブスリとやられちゃうんだけどさ。
雄のメーデルに一声かけてから角を触ってみると、当たり前だけど硬かった。
だけど、その硬さに反して、カツンッていう軽い音がした。サイとは違って、メーデルの角は地球の生き物と近いかもしれない。
もふもふを堪能していると、あっという間にヘリオス伯爵の屋敷に帰る時間となってしまう。
あの子たちを回収するために、別れた場所へ行くと、とんでもない光景がそこにあった。
「白っ!!」
白の体の中で、ウィーディが蠢いている。
出ようとしているのか、触手が激しく動いて、それに合わせて白の形もうねうねするもんだから、非常に不気味だ。
「白、ウィーディを出しなさい!」
早くしないと、中のウィーディが溶けちゃう!!
不服そうにみゅぅぅと鳴いてから、ペッと勢いよくウィーディを吐き出す。
「ウィーディ、大丈夫!?とけてない?」
「チィィィ……」
元気のない鳴き声に、さらに不安が募る。
白がごめんよぉぉぉ。死なないでおくれ!!
ウィーディを抱きしめて、どうしたらいいのかとあたふたしていたら、ウィーディごと陛下に抱き上げられてしまった。
「心配はいらない。スライムの中で動きすぎて疲れているだけだ」
「本当ですか?ウィーディ、死なない?」
「あぁ、死なない」
よかったぁぁぁ!!
何がどうなって白の中に入るはめになったのかわからないけど、溶かされてなくてよかった。
「ネマ様、申し訳ございません」
耳をペタンと伏せたスピカが謝ってきた。
「何があったか教えてくれる?」
何か理由がなければ、白はあんな行動しないだろうし。
「はい。イナホがウィーディに近づいていって、それを怒ったウィーディが触手を出そうとしたので、ハクが止めたのです」
なるほど。またか!!
陛下に下ろしてもらうと、稲穂を呼びつけた。
「稲穂、ウィーディと仲良くなりたいのはわかるけど、ウィーディのいやがることをしてはダメ!」
そう叱ると、弱々しい鳴き声が微かに聞こえた。
おそらく謝っているのだろうが、謝る相手が違う。
「ごめんなさいするのは、私じゃなくてウィーディにでしょ?」
すると、稲穂はのろのろと陛下の足元まで行き、きゅうきゅうと鳴いた。
ウィーディはというと、プイッと顔を逸らす。
「きゅぅぅぅ……」
稲穂の物悲しい鳴き声に、陛下が苦笑しながらウィーディとの間を取り持ってくれた。
「ウィーディ、幼きものが反省しているのだ。強きものは、それを許す度量も持ち合わせていると思うが?」
陛下が優しい手つきでウィーディを撫で、宥める。
ウィーディは渋々といった様子だったが、稲穂の方を見て、チィと鳴いた。
それを聞いた稲穂は、元気にきゅーんと鳴き、尻尾をブンブン振っている。
ウィーディが許してくれたのが、よっぽど嬉しいんだな。
でも、ウィーディに嫌われているみたいだから、無闇に近づくのはやめようね。
おいおい、ゆっくりと慣れていけば、仲良くなれるはず。
それか、稲穂が大人になって落ち着くまで、触手で威嚇されるかもしれないけど。
「白、ありがとうね。メーデルたちがおびえないようにしてくれたんだよね」
「みゅっ!みゅーぅ」
偉い偉いと褒めれば、白は照れたのか縦に横にと伸び縮みをしている。
その奇妙な動きに、つい笑ってしまった。ほんと、うちの子可愛いわぁ。
「じゃあ、みんな帰るよー!」
そう号令をかけると、白は私の手から飛び降りて、スピカの肩に乗った。
おや?っと思っていたら、グラーティアは稲穂に乗り、私のところへはノックスが来た。
君たち、打ち合わせでもしてたの?
「ノックス、つかれた?」
頬に擦り寄ってくるノックスを撫でる。
飛んでいるよりも、あのやんちゃっ子たちの相手をする方が疲れたのだろう。
肩だと危ないので、ノックスを腕に抱いて、ユーシェに跨った。
ユーシェが怖いのか、ノックスがわずかに震えているのに気づいた。
「大丈夫。ユーシェは怖くないよ」
落ち着くようにと、ノックスを撫で続ける。
怖かったら、森鬼の肩で休んでもいいんだよと言っても、動く気配はない。
最近は、聖獣たちと遊ぶことが多かったから、淋しかったのかもしれない。
ぎゅーっと苦しくない程度に、ノックスを抱きしめる。
「いつもありがとう。大好きだよ」
「ピィッ!」
ノックスに好き好き攻撃をしていたら、危ないという理由で再びウィーディによる命綱が巻かれることに…。
今回は潔く受け入れよう。私の両手はノックスを抱きしめるので忙しいからさ。
あっ!!草ソリするの忘れてた!!
くぅぅ。すっかり忘れてた…。
ほどよい勾配といい、障害物の少なさといい、あの広さといい。絶好のロケーションだったのに!
次は絶対に忘れないようにしないと!!
書籍化作業にともない、この回の話が出版に適さないと判断されたため、一部改稿しております。
大まかな流れと伝えたかったことは変えずに改稿しました。