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★5巻発売お礼小話 ヴィの決意

間に合った!!!

陛下から下りてきた事案の書類に、ついため息を吐いてしまう。

光の風(3時間ほど)の間、執務室でずっと書類を眺めていたせいか、目が重く感じた。


「ヴィル、少し休憩したらどう?」


上学院にあがってから、ラルフリード・オスフェが執務室に顔を出すようになった。

宰相であるデールラントが、跡を継ぐラルフに経験を積ませようとして呼んでいるようだ。

こちらとしても、将来の右腕を今から使えるのはありがたい。


「そうだな」


長椅子の方に移動し、行儀悪く背もたれに体を預ける。

体が固まっているのか、背中が気持ちいい。

ラルフが呼んだのか、侍従がお茶の用意をしていて、軽食も添えられていた。


「焦ってもしょうがないよ」


「まぁ、そうなんだが。これほど情報がないというのもな」


できる限りの権限を譲渡してもらい、情報部隊と陛下の私兵の一部を動かしてはいるが、ルノハークの全容が掴めない。

奴隷商人の方はなんとか足がかりを見つけ、どうやって我が国で捕まえられるかを模索している。

イクゥ国の中枢も絡んでくるとなれば、慎重にならざるを得ない状況だ。


「狩りがいのある相手でよかったと思えばいいよ。このガシェ王国とオスフェ家に牙を向けたのだから、相応の報いは受けてもらわないと」


微笑みながらも、鋭く尖った氷のような気配をまとうラルフ。

ネマが眠りについてから、その手を血に染めてから、時折見せる顔だった。

まぁ、ネマには見せられない顔だが、俺は嫌いではない。

国を背負うということは、綺麗事だけではすまない。

その判断が国のため、民のためであれば、俺はラルフにすら『死んでこい』と命令するだろう。


「お前たちが持っている情報をくれれば、もう少し進められるんだがな」


オスフェ家の私兵が動いているのは調査済みだ。

『建国の英雄たち』である五家が、それぞれの得意な方面で動いているのも知っているし、情報も上がっている。

オスフェ家が報告していない情報を握っているのもな。


「まだ、不確定なことが多いんだ。もう少し待ってて」


そう言われては仕方ない。

だが、暴走しない程度には、手綱を握らせてもらうぞ。


「そうだ、ヴィル。ネマに会いにいってあげて。ラース殿も一緒にさ」


ネマが眠りについてから一巡は経った。これまでに会いにいけたのは三度だけ。

そう頻繁にオスフェ家に行っては、下種(げす)な勘ぐりをする者が出てくるからだ。

ある程度膿は出したとは言え、馬鹿なことを考える者はあとを絶たない。


『坊。自分は会いに行きたいぞ』


側に控えていたラースが、珍しく要求してきた。

…いや、愛し子のこととなると、いつもか。

最近、ラースが自分の要望を言うこともなかったな…。


「では、ネマの間抜けな寝顔でも見にいくとするか」


ラースの頭を撫でながら言う。

毎日欠かさず刷子(ぶらし)はしているので、ラースの毛並みはどの生き物より極上だと、自信を持って言える。

ネマがいれば、きっとラースから離れたがらないだろう。


「そんなんだと、ネマに嫌われるよ?」


「お前たちが甘やかしすぎるからだ。俺からの(いじ)りなんて、まだ可愛い方だろう?」


ネマ自身、非常に揶揄(からか)いがいがあるのだが、まさしく深窓の令嬢として可愛がられているので、悪意に対しての免疫がない。

だからこそ、今回のようなことになったとも言える。

怒り、悔しさ、憎しみ、そして殺意。

自分の中で渦巻く負の感情を処理しきれず、大きく弾けさせてしまった。

まぁ、五歳の幼さで負の感情を抑制しろというのは酷だろうが。


「感情も自由でいられるのは幼いうちだけだから。大きくなれば、嫌でも感情を抑えなければならないだろ?」


「まぁな」


自分も覚えのある過程は、子供らしさとは何かを忘れてしまうものなのかもしれない。

王子だから、ゆくゆくは国王となるのだからと、厳しい教育を受ける中で内心を素直に表へ出すことはなくなっていた。


「ヴィルも今だけだと思って、ネマに優しくしてみたら?」


「俺が優しくしたら、あいつは絶対怖がると思うぞ」


何を企んでいるんだと、怯えながらラースに隠れる姿が目に浮かぶ。


「そういうところは、相変わらず不器用なんだね」


幼い頃から俺の遊び相手として、側近候補として一緒にいたラルフにはそう見えるのか。

自分を不器用だと思ったことはないが、ラルフの家族のようなわかりやすい優しさというのを受けたことがないからなのか…。


「俺が与えなくても、ラースが与えているからいいだろう?」


『たまにはいいのではないか?きっと愛し子も喜ぶ』


「ラース……」


ラースまでネマに優しくしろと?

そんなに俺はネマを酷く扱っているか?

…どうも納得いかないな。




ラルフに言われたからというわけではないが、デールラントにまでネマを見舞えと言われてしまっては行くしかない。

ラースをともなってオスフェ家を訪ねれば、使用人総出で出迎えられた。


「楽にしていい。仕事がある者は、仕事を優先して欲しい」


そう告げると、ほとんどの者が一礼をして受け持ちの仕事へと戻っていった。

残っているのは、家令のマージェスとネマの執事のパウルのみ。


「シンキはいないのか?」


愛し子の騎士であるシンキだが、どちらかと言うと子守に近いか。

だが、愛し子の騎士であるがゆえに、ネマから離れるとは思わなかった。


「シンキは今、レイティモ山へこもっております」


パウルが言うには、フィリップに訓練をつけてもらっているらしい。

騎士団だけでなく、冒険者とも戦うか。

貪欲に強さを求めるのは、ネマを守るためなのだろう。

ネマに関わる者が皆、より強くあろうと努力している。

ネマが名付けしたコボルトたちも、獣人の少女も、ノックスも獣騎隊の訓練に参加しているという。

これだけ人を惹きつけ、周りに影響を及ぼしている本人は、のん気に眠りこけているがな。


ネマの部屋へ案内されると、俺よりも先にラースがネマのもとへ向かった。

女神様の加護があると言えど、いつ目を覚ますのかがわからないので、ラースも不安なのだろう。

ネマの顔を覗き込み、グルルと喉を鳴らしながら頭を擦りつける。

普段は素っ気ないくせに、ネマを起こそうとするかのように甘える姿は……まぁ、可愛いんだろうな。

ラースとは反対側の寝台に腰かけると、ネマの寝息が聞こえる。


「やっぱり、間抜けな寝顔だな」


額にかかる髪を避け、頭を撫でる。

一巡経っても、髪は伸びず、姿に変化はない。

それこそ、女神様の加護によるもので、ネマだけが時間が止まっている。


「早く起きないと、お前だけ置いていかれるぞ」


ふくふくとした頰を突き、その柔らかな感触を楽しむ。

すると、ネマの下からもぞもぞと何かが動いた。


「グラーティアか」


黒をまとうフローズンスパイダーが、じっとこちらを見ている。


『どうやら坊を覚えていないようだ』


「薄情なやつだな。ヴィと言えばわかるか?」


グラーティアを指で撫でると、ひょいっと前脚を上げた。

思い出したのか、枕元で変な踊りを踊っている。


「ハクはいないのか?」


確か、グラーティアとスライムのハクはほとんど一緒にいたように思ったが。

尋ねると、カチカチと音を出す。

残念だが、俺には何を言っているのかわからない。


『シンキについていったそうだ』


あぁ。レイティモ山にはハクの親スライムもいたな。

レイティモ山のスライムたちは、普通のスライムとは違う能力があるようだと報告があったな。

それも調べなければならない。


「本当に早く起きろ」


俺ばかり忙しくなる一方で、その原因であるネマの、ぐっすり眠っている姿が憎たらしくあり、羨ましい。

ネマの頬をつねっていると、魔力の気配を感じた。


「ネマに触らないでいただけます?」


「カーナディア。王太子である俺に魔法を向けるとは何事だ」


ラルフの妹であるカーナディアは、気がつけば俺にいつも突っかかってくる。

妹を可愛がるのはわかるが、すぐに実力行使しようとするのはやめろ。


「わたくしはネマの姉ですもの。妹に不埒なまねをしようとする者を排除して、何がいけないのです?」


「お前が本気ではないことはわかるが…。少しは使えるようになったと思ったのは間違いだったか?」


今は非公式であり、友人から招待されて遊びにきただけなので、多少非礼があったとしても、罪に問われることもない。

しかし、いついかなるときであろうと、己の立場を忘れるべきではない。

それが弱みとなるからだ。


「カーナディア、俺に牙をむくのならば、容赦はしないぞ」


「…そんなことしたら、ネマが悲しみますわ。ネマだって、殿下のことを好いているようですし」


軽く威嚇をしてみれば、カーナディアは大人しく魔法を解除した。

不貞腐れるその姿を見て、姉妹ともにそっくりだと感心してしまう。

気を張らなくていい場面では、素直に表情を出すところなんて、ネマと変わらない。


「不躾ですが、ネマがいつ起きるのか、ラース様でもおわかりにならないのですか?」


-ガルルル


「ネマの魂は女神様のもとにあるそうだ。いつ戻るのかは、それこそ女神様しだいらしいぞ」


ラースの言葉を伝えてやると、カーナディアは悲しそうに微笑む。


「案ずるな。愛し子を取り上げるようなことを神はしないだろう。愛し子はこの世界の希望だ。なぁ、ラース」


-ガウ


「…殿下が慰めてくださるとは驚きです」


本当に、ここの姉妹は俺のことをなんだと思っているんだろうな?


「親友の妹だ。これでも、守るべきものだとちゃんと思っているぞ?」


そう告げると、ますます驚いた顔をしたのち、ふふっと笑い声が漏れた。

そこで笑うのが、お前たち兄妹だよ。


「光栄ですわ、殿下。ですが、わたくしたちも貴方のことを守りますから」


だから、俺の心のままに動いていいと。

オスフェ家の者たちは、どこまで理解しているのか。…恐ろしさを感じるな。


「その言葉、後悔するなよ?」


「もちろんです」


ネマ。

お前にとって辛いことを、俺は選択する。

だから、今はもう少し寝ていろ。

時がきたらそのときは……。




格好いいヴィを書こうとして、方向を誤った作者です。

お礼になってなくてすみません。゜(゜´Д`゜)゜。


いろいろと陛下に押しつけられた……いや、これも修業かな?

あることを任されているヴィですが、このあとネマをライナス帝国にやった方がいいと陛下に進言します。

見えないところで、ヴィも頑張っていますよ!!


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