閑話 俺に休みをくれ!(情報部隊隊長視点)
誰やねんこのおっさん!の回です。
俺が情報部隊の隊長になって、もう五巡は経ったか。
十八で入隊したことを考えると、俺、そろそろ引退してもいいんじゃないか?
それなのに、なんで現場に出てんだろうなぁ。
いや、それだけやばい任務なんだが…。
「ミヤ、今戻ったわ」
「おぉ、お疲れ。で、どうだった?」
このイクゥ国潜入にともない、イクゥ国風の偽名を使い始めて半巡。
ようやく慣れてきた感じがする。
部下であり、偽りの妻をしてくれている彼女は、サワという偽名を使っていた。
「友人たちに会ってきたのだけど、やはりこの混乱で商売が上手くいっていないようよ」
同じく潜入している他の部下たちも、調査が上手くいっていないか。
イクゥ国内の情勢が悪くなければ、もう少し動きようがあるんだがな。
「まぁ、ここで焦っても仕方ないさ」
そうは言っても、早く何かしらの成果をあげないと、自国にも影響が及ぶ。
自国のルノハークの拠点はほとんど消したとはいえ、黒幕である聖主とやらの全貌がまったく見えてこない。
俺たち情報部隊が、ここまで何も掴めないとは……。
本当に存在しているのか?
ガシェ王国の王国騎士団情報部隊は、ほとんどの隊員をイクゥ国と小国家群に潜入させている。
報告によると、小国家群のほとんどが、異常な天候や災害のため、国の機能が麻痺しているという。
唯一まともなのが、パスディータ国だけというあり様だ。
イクゥ国の方も、内地は雨が降らず、逆に海沿いは大雨が続き、作物が育つ環境ではない。
水の魔法で飲み水を出すだけで商売になるっていうんだから、相当だな。
食べ物を巡っての諍いもあとを絶たない。
いつだったか、ライナス帝国軍が支援物資を運んでいたときに、襲撃されたことがあった。
幸い、ライナス帝国側には被害が出なかったようだが、襲ったのがある国の軍隊の成れの果てだったらしい。
軍隊が野盗紛いのことをしなければならないほど、追い詰められている。
毎日、他の隊員たちからの報告が送られてくるが、危ない地域へと送り込んだ者からのやつは悲惨だ。
小国家群の小さな戦が起きている国では、女子供かかわらず、魔法が使える平民を集め、戦場に駆り出しているという。
また、別の国では、死体を動物に与え、その動物を食らっているという。
極限状態に陥った人は、もはやただの獣にすぎないというわけだ。
報告書を放り捨て、深いため息を吐く。
この状況を打破する簡単な方法が一つだけある。
戦だ。
ガシェ王国、ライナス帝国、ミルマ国と、比較的余裕のある国が、イクゥ国や小国家群を滅ぼし、勢力下に置けばいい。
だが、それでは敵の思う壺だな。
ルノハークに潜り込めていれば、正直楽だったんだ。
問題が表面化する前に気づけなかったこちらの落ち度だ。
洗脳が使われている以上、正気を保ったまま潜り込むのは容易ではない。
まだ創聖教の方が簡単だろう。
だが、あれだけの組織が何かをしようとするのならば、物が動く。
食料なり、武器なりな。
商業組合に潜っている隊員が、動きを掴めれば、まだ勝機はある。
『シーリオ!愛し子が目を覚ましたわ!』
突然現れた女は、俺と契約している土の精霊だ。
いつもは知性に溢れた穏やかな顔をしているのに、今は喜びに満ち、破顔している。
それだけ、精霊にとって、愛し子が特別な存在であることが窺い知れる。
「そうか。よかったな」
愛し子、オスフェ公爵家の令嬢、ネフェルティマ様が目を覚まされたのはよかった。
ルノハークにさらわれて以来、二巡もの間眠り続けていたのだから。
「じゃあ、ネフェルティマ様のためにも、よき知らせを入れてやらないとだな」
そう言うことで、我が国のため、愛し子であるネフェルティマ様のため、ルノハークの正体をつきとめるぞ!
事態が動いたのは、十日ほど経ったときだった。
商業組合に潜っている者からの連絡で、パスディータ国からイクゥ国の教会宛てに大量の食料が送られるという。
農業で栄えているパスディータ国ならば、近隣の国に支援を送るのは不思議ではない。
しかし、ここにもう一つ面白い情報がある。
パスディータ国の中枢にいる部下からの情報だ。
パスディータ国では、そのような手配はしていないと。
現在、他国を支援できる状態ではなく、ライナス帝国の協力がなければ自国の食糧供給も危ういらしい。
限りなく黒に近いであろう目標を捉えたわけだが、問題はどうやって追跡するかだ。
冒険者に依頼することはないだろうし、商業組合を通したのであれば、その商隊自体がルノハークである可能性が高い。
ほとんどの動物が逃げ出したか、食われた今の状況では、獣騎隊の動物は使えない。余計に悪目立ちするだろう。
となると、使える手段は一つだけだ。
「セラフィ、ここ数日のうちに、とある町を商隊が通る。荷物がどこに届けられるのかを見届けて欲しい」
真名ではなく、あえて愛称で呼ぶことで、これは命令ではないし、拒否権はあるのだと伝える。
精霊との関係は、いつも探り合いだ。
セラフィのことは信用しているし、唯一無二の相棒だとも思っている。
しかし、精霊とは創造の神に連なるもの。
人とは違う考えや価値観を持っていて、何がよくて、何がいけないのかを常に観察しなければならない。
そうしなければ道を誤り、俺は『堕落者』となり、セラフィは『消滅』する。
精霊に言ってはならない命令は二つ。
世界の理に触れるものと、生あるものの生存競争に加担すること。
だが、あまりにも定義が広すぎて、自分でも理解しきれていない部分もある。
だから、お願いという形を取り、セラフィに判断させるのだ。
理に触れるかどうか。
生存競争は、ほとんど生死のやり取りの場合なので、今回は大丈夫だと思うが。
『見届けて、場所を教えればいいのかしら?』
「あぁ、そうだ」
『わかったわ。任せておいて』
セラフィは中位の精霊なので、本来なら下位の精霊を従わせることができる。
ただ、俺がそれを嫌がるので、セラフィ自らが動くのだ。
契約もしていない奴のために働かせるのは可哀想だろ。
さらに五日後、セラフィが戻ってきた。
『商隊を追ったのだけれど、途中で二つに別れちゃった。一つはフルスの教会、もう一つはここよ』
そう言って、地図を指差した場所は、ここからほど近い鉱山跡地。
『ここ、もう土地の力がないから、いつ崩れてもおかしくないの。それなのに、山の中にたくさんの人がいるのよ!驚いたわ』
確か、ほとんど掘り尽くし、最後の方には大きな崩落事故があって閉山したんだったか。
だが、ここは調べたはずだ。
「サワ、クリト鉱山跡地ってどんなところだったっけ?」
「クリト鉱山跡地は出入口がすべて崩落で塞がれているわよ。魔法でどうにかしようとしても、すぐに崩れちゃうんですって」
なんとはない会話を装いながら、サワはある紙をこちらに持ってきた。
それは、クリト鉱山跡地の報告書。
調査に向かった隊員はローエンか。
魔法を使って、中に侵入を試みるも、土魔法の効果が弱く、崩落した岩を退けることが叶わなかった。
一時、調査を中断するか。
「だはー」
俺も後回しでいいやって、指示出したわ……。
魔法の効果が弱いってことは、崩落自体は自然現象だから、人は立ち入らないだろうって。
雨を火の魔法で消せないように、精霊が干渉を嫌うときは魔法の効果が弱まる。
しかし、例外もある。
聖獣や精霊が術を用いれば、その自然現象を弱めることができるのだ。
だが、めったに使いたがらないはず。
セラフィのように、世界の理をしっかりと判断できる精霊ならやらないだろう。
つまり、ルノハークにいるとされる精霊術師は、土の精霊と契約をしていると思われる。
そして、その精霊は、神の意思から外れかけているのかもしれない。
『堕落者』と『消滅』が先か、俺らがルノハークを滅ぼすのが先か。
「精霊が崩落を抑えていたとしても、出入口がどこかにあるはずだ」
『あるわよ。ちゃんと、荷物が運び込まれるところまで見ていたんだから』
さすが俺の相棒だ!
「でかした!」
あとはいつ潜入するかだが……。
セラフィから出入口の場所を聞き、周りがどんな様子なのかも教えてもらう。
出入口付近には身を隠せる場所はなく、ずっと立っている見張りもいるという。
この見張りを無力化できれば、中への侵入は可能だろうか?
待てよ。この町に閉山前の鉱山の見取り図があるはずだ。
普通ならば、町長の屋敷か。
それとも、鉱夫の詰所か。
「ちょっと、外出てくるわ」
「気をつけてね」
サワに見送られ、町に出ると、一角に人だかりができていた。
近寄ってみると伝達屋だった。
さまざまな情報を、田舎の方にまで伝える伝達屋だが、この状況では金にはならないだろう。
それなのに来ているのはどういうことだ?
「さぁさぁ、みんな集まったかい?国の一大事だ!聞かなきゃ、後悔するよ」
元々、伝達屋とは、商業組合の一部だ。
お店などが客を呼びたい場合、近くでお店の宣伝をする。
また、人を集めるために、他国で起こった事件や事故を話したり、国が急いで広めたいことがある場合にも利用される。
「ついに、戦が始まるよ!あのライナス帝国とガシェ王国が手を組んで、この国に攻めてくる!」
伝達屋の周りに集まっている人たちのざわめきが大きくなる。
「なぜこんなことになったのか!思い出して欲しい!この国がこんな状態になり始めたときのことを!」
誰が、なんの目的で、こんなことを流しているのか。
確かに、魔物の保護とルノハークのことに関しては、ガシェ王国、ミルマ国、ライナス帝国の三国で協力体制が敷かれている。
しかし、他国を攻めるということは、絶対にない。
「神子様は仰った!創造の神がお怒りであると!その原因は……」
あぁ、創聖教が神子様に神託があったと公表したあれか。
しかし、ルノハークが創聖教内部にいるとわかった以上、信憑性はない。
「獣人だ!!獣人は神の怒りに触れた。我々は、その巻き添いになったのだ!」
民の怒りを、獣人へ向けさせようと言うのか。
だが、獣人がいるのは何もイクゥ国だけではない。
我が国にもいれば、ライナス帝国にだってたくさん……。
ちっ!そういうことか!
民の怒りは伝播する。
獣人が他の国に難民として押しかければ、その国の人は不安になる。
神の怒りが、自分たちの国にも及ぶんじゃないかと。
獣人と人との間に不和が起きれば、必然的に人と獣人の派閥ができる。
こいつらの狙いは、ライナス帝国だ!
ライナス帝国は、獣人が政の中枢にいる。
しかも、その多くは軍人だ。
どこまで民がこの話を信用するかはわからないが、何かしら手を打たなければ、最悪、国への武力行使が行われる。
俺はひとまず思考を止め、大きく息を吐いた。
考えに集中しすぎては、視野が狭まる。
このことは、急いで連絡するとして、今やれることはなんだ?
やらなければならないことは?
そちらに気を取られ、ルノハークを逃したなんてことは許されない。
鉱山の見取り図を手に入れ、大陸に散らばっている隊員たちには獣人の動向に注意をさせる。
ライナス帝国への繋ぎは、外務に丸投げするしかないか。
俺は人だかりから離れ、目的の人物と繋ぎを取るために、行動を開始した。
情報部隊隊長、頑張ってます!
ネマがグースカしていた間も、シアナ特区でもふもふしていた間も頑張っていました。
まだ、閑話で出てくる予定なので、このおっさんをよろしくお願いします。
次こそはもふもふを(´;ω;`)