第三話 世界一可愛い妹(天使)が休日に出かける
第三話 世界一可愛い妹(天使)が休日に出かける
「と、いうわけで妹が明日、でかけるらしいんだ」
『ふうん』
電話の向こうで素っ気なく、玲二が答えた。
明日葉との仲を勘違いされて数日、隙あらば家に来ようと企む彼女のせいで、すっかり恋人などと認められつつある。しかも明日葉はそれを利用して、『家族ぐるみのつきあい』を狙ってくるから始末に負えない。
そんなある日、妹が件の明日葉と、休日に出かける、などという。
本来ならさすがに兄とて、妹の友人関係に首を突っ込んだりしない。近寄ってくるのが邪念をもった男なら別だが。
しかし、ヤツは駄目だ。邪念だらけだからだ。とにかく、それを知った俺は、密かに明日、尾行をすることにした。
『それさ、絵面的にかなり怪しくない? 女の子二人を、男一人がこそこそつけ回すわけでしょ?』
「そう、そこなのだ。実際は妹を心配するお兄ちゃんであるところの、なんの問題もない俺なのだが、客観的に見てそれはストーカーだという『勘違い』を生んでしまう」
『いやそれ、勘違いでも何でも無いよ?』
「そこで、だ」
『話聞こうよ』
「玲二に一緒に来てほしい。一人ならストーカーだ。だが、二人なら?」
『もっとあぶない絵面だよ!』
「むぅ……」
なんと言うことだ。赤信号はみんなで渡れば怖くないのに、尾行は駄目なのか。
「あ、じゃあ乃羽を呼ぼう」
『晶子を? それは僕を呼んで? 僕は呼ばずに?』
「もちろん、玲二を呼んで。じゃなきゃ来ないだろ」
『うーん……』
「まあ、秘蔵の玲二写真集を提示すれば、玲二が居なくても乃羽は――」
『よし、僕もいこうかな!』
食い気味だった。必死だな。
『晶子には僕から連絡しておくよ明日ねわかったじゃあまた』
息継ぎなしでまくし立てると電話が切れた。
これでよし。どんなそぶりを見せてみようと、乃羽を呼べば玲二は喜ぶ。こういうやりとりはただのお約束だ。
ともあれこれで、男二人と女の子一人だ。随分怪しさは減るだろう。後ろで二人ががちゃがちゃやっている間に、俺はちゃんと見張りを……あれ?
それじゃ一人で尾行しているのと変わらなく無いか?
「まあ、いいか……」
と、ドアがノックされた。
「どうした?」
「恭吾くん?」
返事をすると、ドアを開けて、茜音が入ってくる。もう寝る直前なのだろう、パジャマ姿がまた素晴らしく天使な妹は、
「はいはい。そういうのいいから」
軽くあしらいながら、茜音は勉強机の椅子を引いて座った。
「隣に座ってもいいんだぜ?」
俺はベッドの横をぽんぽん、とたたきながら言う。
「ねえ、恭吾くん」
スルーだった。ツッコミも入れられないなんてお兄ちゃんは哀しいです。
「この悲しみをぬぐうには、是非とも隣に」
「はいはい、話進めていい?」
「……ま、まったく茜音はツンデレなんだから」
心が折れかけけながら、俺はとぼけてみせる。
「そうだね。ツンデレツンデレ。でね」
こ、これは……っ! もしかして、ツンデレとかじゃなくてお兄ちゃん本当に眼中にない!? ま、まさかそんなはずは……。
「明日の――え? 恭吾くん大丈夫? なんか顔、青いけど」
「そんな……いや、確かに最近、明日葉を払うのに夢中で気づかなかったが……あまり、会話を……ま、まさか」
「明日葉さん? お兄ちゃん、やっぱり」
むぅ……と、うなっていると、何故か茜音までひとりでぶつぶつと言っていた。ふぅ、似たもの兄妹だな。絆だ。と、頷く。
「でも、なんだってお兄ちゃんが? うん、学年一の……ほどじゃないし、……にとっては、……だけど、一般的には……でもでも結構、……むむむ」
「あの、茜音さん?」
戻ってこない妹に呼びかける、と
「お兄ちゃんちょっと黙ってて」
「はい」
しゅん、と肩を落としてうつむいた。
することもないので茜音を眺めること数分(うん? まったく飽きない。とても天使だ)、何か決まったらしい妹が、
「わかりました。とにかく明日です。明日葉さんに聞いてみればいいんです」
と言い残して去って行った。
俺の妹は世界一可愛い天使だが、ちょっと考えていることがわかりにくいともっぱらの噂だ(お兄ちゃんは、妹の情報収集に余念が無いのです。ストーカーなどでは決して無く、自然な兄妹愛です)。
そしてまあ、俺自身、自分が鈍いという自覚はある。
だから何を考えているのか、細かいところは、シリアスな場面ではろくにわからない。
でも。
言葉以前の、感覚くらいはわかるつもりだ。それが愛、とか言ってみたりして。