『私』と別れる私
今日は、高校入学式の前日。 春の涼しさを感じる夕方、部屋の中で制服のスカートをひらりと揺らしながら『私達』は鏡の前で制服の試着をしていた。
鏡の前でニコニコ微笑みながらポーズをとっていると『私』が私に話しかけてくる。
『よし、これで完璧。 湊の視線は私に釘付けだね!』
「はいはい」
『あれ? 反応が薄いぞ! どうしたの?』
「私は湊の前では、恥ずかしいくてこんなポーズ出来ないよ⋯⋯」
私は顔を真っ赤にして塞ぎ込んだ。
「⋯⋯私は、湊とまともに話すことも出来ないのに、湊の前でこんなポーズを取れる訳ないじゃない⋯⋯」
『そう言うところだよ! 湊の前で照れたらいいじゃん!』
「⋯⋯でも、湊の前では平然としていたいかな」
『全然出来てないけど⋯⋯』
「ぐ⋯⋯」
私は更に塞ぎ込んでしまった。 鏡の中の私が悲壮感に溢れていた。
『⋯⋯うん? この景色見覚えがある。 あれ? 川端ことね?⋯⋯私が今、いるのは⋯⋯前に読んだ小説の世界?』
『私』が突然、私の名前を叫んだ。 私は今更、『私』については生まれつき、あたり前のことだと思っていたのだが、今までにない『私』の発言と表情に驚く。
「どうしたの? ⋯⋯貴方らしくない反応ね」
『⋯⋯うんっと。 実はね⋯⋯』
そうして、『私』の口から聴かされた内容に、私は驚いた。 『私』が言うには、この世界は小説の世界であり、『私』は前世にそれを読んだとーー
そして、私はその小説では、悪役の生徒会長として君臨。 学校を支配して、生徒たちを駒にするらしい。 そして、湊とヒロインの手によって成敗されるのだとーー
『話したらスッキリした! うん、大丈夫! なんとかなるよね~』
「⋯⋯ちょっと。 どう言うことなの? ねえ?」
私の気持ちを置いてぼりにして、『私』は部屋を飛び出して、湊の元に向かう。
「湊~どう? 似合う?」
「おう、似合ってるぞ。 サイズも丁度良かった見たいだね」
「じゃあ私を見て! ⋯⋯ドキドキする?」
「するよ、とっても」
「やった! ⋯⋯さすが、悪女の実力だね!」
「悪女? ことね、なにを言っているんだ? ⋯⋯それより早く着替えて、晩ご飯を食べようか。 今日の晩御飯は、ことねが好きなカレーライスだぞ!」
「本当! 嬉しいなぁ。 じゃあすぐに着替えて来るね!」
湊と楽しそうに話す『私』。
私はそれどころじゃないんだけど!
それから色々なことがあったーー
「アンタは、そうやっていつまで、猫を被っているの! なによ!⋯⋯私は犬派よ! って違うわ! そうやってとぼけて! ⋯⋯私、知っているのよ貴方の本性を。 ⋯⋯ねぇ『理想』の使者さん」
ヒロインと教えられた彼女ーー桐原彩乃。
「⋯⋯と言うことで、今日からここで世話になります! ことね様!」
私のライバル? らしい彼女ーー櫻井美羽。
「ことねちゃんこそ! 推しの魅力を理解しているね! ⋯⋯これからはちゃんと、『ことね』と『姫様』に分けるからね!」
『私達』と意気投合した彼女ーー倉石瑞稀。
原作ではなかったらしい、出会いと行事を経験をする私達。
ーーそんな中、私は『私』の存在が消えかけていることに気付く。 二学期、彼女はあまり表に出て来なくなった。 湊との会話に困っていると、出て来てくれるが、それも続かない。
ーーその様子はまるで、『私』の役目が間もなく終わろうとしているかのようだった。
私はいつものように、鏡に向かう。
「文化祭明日だね⋯⋯」
『うん! 明日は楽しもうね!』
「貴方⋯⋯消えるの?」
『ふふ。 わかる? そうだね。 多分消えるかな』
私にとって、『私』はとても大切な存在だった。 いつも、寂しい時に見守ってくれる存在。 困っていたら助けてくれるお姉さんみたいな存在。
ーーでも、私は思った。 『私』は私だと。
たしかに、考えていることも違う。 理解出来ないこともあった。
それでも、私は私だからーー
文化祭の夕暮。 私達は湊と二人で静かな場所で過ごしていたーー
「⋯⋯だからそろそろ、私とはさようならなんだ⋯⋯」
「さようなら? それはどう言う?」
『勝手に体に入ってごめんなさい。 迷惑だったよね。 私はそろそろいなくなるから私と楽しくやってね!』
「⋯⋯おいおい。 さっきからよくわからないぞ! 『ことね』は『ことね』じゃないか!」
『ありがとう! それが、私の聴きたかった言葉だよ! ⋯⋯さっきは全然答えてくれなかったもん⋯⋯さようなら』
そう言うと、私の体から、小さな光が出てきました。
私と湊は、それが見えなくなってもしばらく見つめてました。
ーー私は敢えて、『私』のように湊に声をかける。
「よし、じゃあ行こう!」
「⋯⋯おいおい。 結局なにも変わってないような気がするんだけど?」
「うん! 私は私の影響を受け過ぎたみたい。 だってあっちは前世の記憶ありだよ! 最近まで、記憶がなくたって、長生きしてるのはあっちだし、性格も引っ張られるよ! ⋯⋯湊はこんな私、嫌い?」
「大好きだよ! 大好きだ!」
ありがとう。 もう一人の私。
ーーこれからは、『私達』は私だよ。




