第九十五話:戦闘後の静寂
ダンジョンマスターの姿が消え、辺りに静寂が訪れる。
あっけない終わりだった。ニクスの強さを考えれば当然のことではあるけれど、本当に一瞬で消し去ってしまったのだからその火力の高さがわかる。
本当に、ニクスにとってはフェルの修業相手としか見ていなかったのだろう。
まあ、今回は俺が助けに入ってしまったせいで結局フェルが最後まで相手をすることはなかったわけだけど。
「ふぇる!」
そうだ、こんなことをしている場合じゃない。フェルは攻撃をまともに食らって瀕死の重傷を負っているのである。早く回復してあげなくては。
すぐさまフェルの下に駆け寄ると、治癒魔法を施す。
折れた剣はどうしようもないけれど、そんなもの後でいくらでも買うなり見つけるなりすればいい。
フェルが死んでいないというのが一番大事なのだから。
「んっ……ありがとう、ルミエール。助かったよ」
「だいじょうぶ?」
「ちょっとふらふらするけど、大丈夫だよ」
若干ぎこちない動きで立ち上がったフェルはそう言って俺の頭を撫でてくれる。
怪我は完璧に治したが、流石に精神的な傷は癒せない。
さっきの攻撃でトラウマでも抱えていないかと思ったが、見た限りでは大丈夫そうかな。
とにかく無事でよかった。
「でも、負けちゃったね……」
「いい。ふぇる、いきてる、だいじ」
あの状況でフェルが勝つのはほぼ不可能だっただろう。
壁に叩きつけられて体はボロボロの状態だったし、得物である剣も折れてしまっていた。
あれでは、仮にその後の攻撃を回避できたとしても戦うことはできなかったと思う。
むしろ、あの状況で手を出すなというニクスの心境がわからない。
運が良ければ避けられるかもしれないけど、意識も飛びかけていたあの状況でそんなことできるはずもない。
フェルに死ねというのか。本当に怖かったんだから。
「ふむ。邪魔が入ったが、先の勝負、貴様は勝てたか?」
「多分、負けていたでしょう。剣が折れたのは想定外でした」
「だろうな。では、もし剣が折れていなければ?」
「勝てるかはわかりませんけど、一矢報いることくらいはできたかと思います」
フェルに向かってニクスが語り掛ける。
驚くべきことに、フェルはあの状況下で一矢報いる手段があったらしい。
あんな、明らかに想定外の一撃で吹き飛ばされて、意識も朦朧としていたであろうあの状況で一矢報いれた?
ちょっと想像できないけど、剣さえ折れていなければまだ戦うことはできたらしい。
つまり、俺が助けに入ったのは早すぎたわけで、フェル的にはまだ戦えたというわけだ。
いや、結果的には剣は折れてしまっていたわけだし、俺が助けに入ったのは間違いではなかったと思うんだけど、まさかニクスはそれを感じ取ってあえて助けに入るなと言ったんだろうか?
「ふぇる、ほんと?」
「うん、一応プランはあったよ。まあ、剣が折れちゃってたからできても止めはさせなかったかもしれないけどね」
キーとなるのは魔法らしい。
キングゴブリン戦でも、あえて追い込まれることによって攻撃を限定させ、その瞬間に風魔法を使って切り抜けていた。
今回もそれと同じように、それで切り抜けようとしていたらしい。
身長の関係上、どうしても急所である頭を狙うのは難しい。だから、それを何とかするために、魔法で膝を突かせ、その隙に剣で斬りつけようと考えていたわけだ。
まあ、理屈はわからないでもないけど、あの一瞬でそこまで考えが及ぶのは普通に凄いと思う。
相手がゴブリンの姿をしていたから、自然とゴブリンを相手にした立ち回りが浮かんだのかもしれない。
魔法が使えるようになってからは、確かにそれを絡めた不意打ちのようなこともよくやっていたし。
「できるだけ手は出すなと言ったはずだが、まあ今回はいいだろう。勝ち目がなくとも、いや、勝ち目がないからこそ学ぶことは多いだろうが、今の貴様にそれを理解しろというのは酷だろうしな」
「むぅ……」
そんなこと言われても、俺はニクスのように冷静に状況判断をできるほど戦闘に慣れていない。
狩りならばよくやっているけど、生死を賭けた戦いというのはほとんど経験していないのだから、そこら辺の勘が鈍いのは仕方のないことだと思う。
でも、いずれはそう言う感覚も養わなければならないのかな。
別に戦いに身を置きたいわけじゃないけど、ドラゴンである以上はそう言う場面はやってくるかもしれないし。
「さて、帰るとするか。おいガキども、遅れるなよ」
「あ、あの、ドラゴンにフェニックスって、ほんと?」
ニクスに言われて、今更ながら子供達の存在を思い出した。
そうだ、ダンジョンマスターにならばれてもいいと思っていたけど、ここには子供達がいるのを忘れていた。
えー、どうしようこれ。何とかして誤魔化さないと面倒なことになりそう……。
「嘘に決まっているだろう。奴を倒すための詭弁にすぎん」
「そ、そうなんだ?」
「それよりも貴様らは自分の身を心配しろ。ダンジョンから脱出できたとしても、スタンピードが起きている今、まだ安全というわけではないのだから」
「え、スタンピードが起きてるの!?」
どうしようか悩んでいると、ニクスがさらっと流してくれた。
あんな堂々と嘘だって言えるのはなかなか胆力があると思うけど、まあニクスなら普通かなぁ。
それよりも、今がスタンピードの真っ最中であることを忘れてはいけない。
ダンジョンの意思こと、ダンジョンマスターを倒したとはいえ、それまでに出現してしまった魔物は消滅するわけではない。
残った魔物を掃討しない限りは本当の意味でスタンピードを収束させたとは言えないのだ。
「は、早く戻らないと!」
「わかっている。貴様ら、絶対にそいつから離れるなよ」
そう言って俺の方を指さすニクス。
それ、俺に子供の世話を押し付けたいだけだよね?
まあ、別にいいんだけどさ。むしろ、ニクスが連れて行くと言ったら別の意味で心配だし。
「小娘、こっちへこい」
「あ、はい、なんでしょう?」
「これに触れてみろ」
子供達はニクスの言葉を俺を守れという風に受け取ったのか、手を繋いで内側に匿ってくる。
まあ、それはいいんだけど、その裏でニクスがフェルに何かをやらせようとしていた。
二人の目の前にはダンジョンコアがある。どうやらニクスはフェルにダンジョンコアに触れるように言っているようだけど、それって何か意味があるんだろうか?
ダンジョンコアというものがよくわかっていないから何が起こるかわからない。
またニクスがフェルに無理難題を押し付けていないかと心配だけど、子供達に囲まれている今、それを指摘することもできない。
「は、はい、わかりました」
言われるがまま、フェルはダンジョンコアに触れる。
するとその瞬間、フェルは何かに驚いたようにびくりと体を震わせ、その場に蹲ってしまった。
「ふぇる!」
思わず子供達の手を振り払って駆け寄る。
息が荒い。傷も体力も完全に回復したはずなのに汗が凄い。
い、一体何が起こったの?
心配のあまりおろおろしていると、フェルは呼吸を整えてから立ち上がった。
どうやら胸が苦しかったりするということはないらしい。
大丈夫だったんだろうか? というか何が起こったんだろう。
聞いてみてもよくわかっていなさそうだったので、後でニクスに問いただすとしよう。
今すぐ聞いてみたい気もするけど、いつまでもここに子供達を置いているわけにもいかないしね。
そう言うわけで、俺達はひとまずダンジョンから脱出することにした。




